Lメモ影技・ディレクターズカットVol.1 投稿者:とーる
「ええええええっ!? 僕が主人公なんですかぁっ!?」
「そ、君が主役」

 図書室のカフェテリアの一角、ゆるゆるとコーヒーを飲む幻八の目の前で、来栖川
空は辺りに似合わない素っ頓狂な声を上げていた。

「……またサクリファイスなんでしょ、そーいうこといって絶対そうなんだぁっ!」

 疑心暗鬼の塊になっている……。
 誰が悪いんだろう……。
 目がうるうるしている空に、ゆっくりと幻八が説き伏せるように訴えかける。

「今回ばかりは違う。空くんには無理を言うかもしれないが、君が主役なのは間違い
ないよ。役どころとして、君が一番適当だと判断したんだ」
「幻八さんのいうことに間違いはありませんよ」

 幻八の背後に、茶色の長い一本おさげの少年が立って言葉を継いだ。

「お、来たね、とーる」
「はい」

 とーると呼ばれた少年は傍らに持っているバインダーを幻八に手渡した。

「とりあえず、小道具製作と画像演出の技術提供ということで工作部、衣装作成とビ
デオ化の流通で第二購買部の言質はとってきました。ただ……」
「ただ?」
「出演交渉に関しては幻八さん当人が行うべきだと思いまして、アポイントをとるだ
けに留めました」
「……彼女の?」
「マネージャーといっしょに交渉、だそうです」

 頭をかきつつ幻八は苦笑した。
 話の見えていない空はとーると幻八の顔を行ったり来たりするだけである。
 そんな空の様子に気づいたとーるは、にこやかに頭を下げた。

「1年生の来栖川空さんですね? 私はA-Toll(えい・とーる)と申します。とーる
とお呼びください」
「は、はい、あの……よろしくお願いします」
「仮眠館の娯楽用上映作品として映画を撮ります。どうせやるならきちんと準備をし
て、ということでバックアップを行っています。ストーリーテリングは幻八さんがや
りますので、空さんはそちらの指示を仰いでください」
「……あのー、僕、まだお受けするとはいってないんですが……」

「さーくりふぁーいす〜、れぇぇぇぇっつ、さーくりふぁ〜いす〜♪」

 幻八さん、妙な節をつけてセリフ言わないでください。
 だが、その単語にぎくりと反応してしまったのは当の空であった。

「……幻八さぁん、それは脅迫っていうんですよぉ」
「いやだなぁ人聞きの悪い」
「その割に笑みが邪悪ですよ」

 幻八の背後でとーるが軽く突っ込む。
 表情を変えずに、幻八は右の拳を軽く振り上げた。

「アクア流交殺法表技! 刃拳(ハーケン)っ!!!」
「ほげーーーーーーっ!?」

 武技言語もなしに真空刃が飛ぶ。
 ボケツッコミも容赦がない幻八であった。

「そっ……それじゃ……beakerさんのとこ……ろに……交渉を……(がっくし)」
「ほいほい」

 気絶してるとーるをずりずりと引きずりながら、幻八はカフェテリアを後にした。

「空くん、君も来てくれ。来てくれるよねぇっ」

 振り返った幻八の笑みは、言いようのない迫力に満ちていた。
 空は、うなずくことしか出来なかったと言う……。



「あー忙しかったっ!」

 第二購買部管轄の売店で、はふぅと息をつくのは雛山理緒。放課後の喧騒も過ぎ去
り、ちょっと遅めの3時のティータイムと言ったところか。

「はい、お疲れ様でした」
「あ、ありがとーbeakerくん」

 缶コーヒーを手渡すbeakerに、理緒は満面の笑みでお礼を返す。

「今日も忙しかったみたいね」
「まぁ、稼がせてもらってるわけだから。願ったり適ったりってところですか」

 beakerの脇に立つのは格闘部随一の空手家で、来栖川綾香の終生のライバルである
坂下好恵である。
 会話自体は短いのだが、分かり合っているとでも言うべきだろうか、beakerと好恵
のそんな雰囲気を理緒はうらやましそうに眺めていた。
 そんな、この学校では極めて珍しい平和的な光景にHere comes new chalanger!!

「お邪魔いたします、責任者を連れてきましたよ」
「あ、とーるくん、いらっしゃい」

 beakerが穏やかに頭を下げた先には、さっきの騒動の主、幻八ととーると空の3人
組が立っていた。

「昼休みの話の件ですか?」
「はい、責任者を連れてきました」
「昼休みが終われば暇だったんですが……」
「……昼休みが終われば授業があるじゃないですか」

 真顔のとーるを見てbeakerは、ぽん、と手を打つ。
 ……授業があることを本気で失念してたんですか……。
 まぁ、授業を受けるのは学生の権利であって義務ではないですから。
 とにかく、beakerに事の次第を伝え、本日のメインイベント。

「え……あたしが、空くんの、お姉さん?」
「義理の、ということになるけど、役柄としてはその通り」

 幻八から概要を聞いて好恵は、ふむ、と首を傾げる。
 形容しがたい沈黙と緊張。
 持ち前の気の弱さから無意識におろおろとする空をわき目に、幻八はじっと待つ。
 好恵の返事を。

「あたしは空手しかできないよ。他の武道は知識として知っている程度だし」
「殺陣指導は責任をもってやるよ。もともとあれだけの使い手なのだから、基本を覚
えてしまえば後はどうにでもなるさ」

 ほんの少しの逡巡。それが無意識のうちに現れたのか、好恵の向けた視線の先に
beakerがいた。
 気にしてみていないとわからない程度に小さくうなずき、beakerは好恵に言葉をか
ける。

「難しく考えることはないですよ。他流試合をしていると思えば、稽古だって苦には
ならないでしょう」
「それに、坂下さんにお願いしたのは闘術の達人と言う理由からです。魔法や特殊戦
闘は別の方に依頼しておりますので」

 beakerのあとを引き継いでとーるが言葉を継ぐ。

「別の方?」

 自分以外のキャスティングは目の前にいる空しかわかっていない。どうやら話の発
端である幻八も出演するらしいが、どんな連中に声をかけたのだろう?
 そんな思いからの疑問符だった。

「坂下さんの相棒の呪符魔術師に来栖川綾香さん、敵方の呪符魔術師にハイドラント
さん、最強の格闘家に柏木耕一先生、以上の方々には快諾していただきました」

 あくまでにこやかにいう。とーるの言葉が本当かどうかは好恵にはわからない。

「綾香を誘ったのならそっちに頼めばよかったのに」

 ほんの少しだけ険を含んだ声とともに好恵がとーるに非難の眼差しを向ける。
 だが、それを柳に風のごとく受け流し、とーるはアルカイックスマイルのまま諭す
ように言う。

「呪符魔術のほうが綾香さんじゃないとダメだったんですよ」
「?」
「まぁ、この辺はハイドラントさんといろいろありまして……」

 ハイドラントと綾香のいつもの様子を思い浮かべて、妙に納得が行ってしまう好恵
であった。

「まぁ、呪符魔術の演出がああ言う風になるとは俺も考えてなかったがな」
「うまくいったのだから結果オーライでしょう、幻八さん」

 事情を知っている幻八ととーるは納得しているようだが、何があったのか知らない
人たちはそうはいかない。

「……ハイドラントさんに何をやらせたんですか、あなたがた……」

 beakerが嘆息しながら突っ込む。日常茶飯事なのでみんな忘れているが、ハイドラ
ントが乱発する音声魔術の威力はすさまじい。『魔王の使徒』という肩書きは伊達で
はないのだ。
 それをわかっているのかいないのか、とーるはごく無造作にぼそっと言った。

「考えてる以上にハイドラントさんは器用な方だった、ということです」



「おらぁぁぁぁぁっ、プアヌークの邪剣よぉっ!!」
「いいかげん見飽きたぞっ! 真・魔皇剣!!!」
「そっちだってワンパターンじゃねえかっ!」
「貴様こそぉぉぉぉぉっ!!!!」

 ……いいよねぇこれだけ書いて誰と誰が戦ってるのかわかるカップルって☆

「「なにいっていやがるこの腐れ電気騎士ぃぃぃぃぃっ!!!!!」」

 即興で編み上げたにはやたら強力な構成の音声魔術と、渾身の力をこめて振り下ろ
した二刀から放たれる膨大な剣気がとーるを襲った。

 ずばごしゃっめきょっ☆

「……いやぁ、いい攻撃ですねぇ……死ぬかと思いました」
「「しれっと生き残ってるんじゃねえっ!!」」
「これがシリアスな話だったらこの十倍は死んでます」
「……だからっていって生き残るなよ……」
「ということでハイドラントさん、お話があります」
「人の話はきちんと聞けというに」

 とーるがハイドラントに向き直った隙に、抜け駆けを試みる悠。
 そろそろそろ……。

「なにしていやがるこの野郎!!」

 ごべばしゃん。

「おぐぅっ!? 音声魔術の使い手のツッコミはコエ○タマリンかぁっ!」

 妙にノスタルジックなボケを返しつつ、悠は不意打ちを食らって吹っ飛ばされるが、
落下位置を綾香の目の前に設定できる当たりがSS使いである……。

「あら、ゆーさくじゃない。どしたの?」
「おおう、綾香……綾香の顔がこんなに近くにあるなんて……ここは天国か……」
「雰囲気作ってもダメよ。ここはLeaf学園なんだから」

 いや、死にそうなのは事実ですよ。額から血も出てるし。
 だが、それを意に介さず、嘆息する綾香。

「あぁもお……このぐらいの傷で死ぬわけないでしょ。つばつけとけば治るわよ」

 と口で言う人はいるが、本当にひと舐めした人差し指で傷をこする人はそうそうい
ませんよ、綾香さん。
 膝をついて悠の頭を腿に乗せると、おもむろにぐりぐりぐり。

「あうあうあうあうあう、しみるしみるしみるぅぅぅぅぅぅっ」

 痛がってる割に幸せそうな悠であった。
 ……という光景を、

「……いいなぁ」

 指をくわえて見てないでください。それでもダーク十三使徒の長ですか?

「うらやましいものはうらやましいのだ」
「あのー、そろそろ本題にうつってよろしいでしょうか?」
「……高いぞ」
「いきなり出演料の話ですか? まぁそれなりのものは考えておりますが……」
「なんの話だ?」

 それをこれからお話しようと思っているのに、とはさすがのとーるも口に出さない。
 気を取り直してとーるはハイドラントにかいつまんで影技Lの概要を説明する。

「で、俺にも出てくれって言うのか?」
「ええ。綾香さんの敵役ということになりますが」
「綾香と競演できるっていうのは魅力だが……俺は呪符なんざ使わん。何でそんなま
だるっこしいことをするんだか」
「そこが問題なんですよ。演出として、呪符起動のコマンドは音声認識なんです」

 呪符魔術師の呪符は術者の『おうかがい』をコマンドワードとして起動する。
 符を構えておうかがいを立てる、というのが演出になるのだが、L学で呪府を使う
人間はあまり見かけない。ハイドラントに至っては音声魔術師だ。
 ふむ、と首をひねりながら、ハイドラントはおもむろに右腕を伸ばした。

「要は、魔力が目で見えるようにすればいいんだな?」

 ハイドラントが意思力を込めると、右手の先に1枚の呪符がどこからともなく現れ
た。

「これは、呪符?」
「いや。俺の意思力を音声ではなく紙っぺらの形に固定してみた。あとはもう一度構
成しなおした魔力をこれに乗せてやれば大抵のことはできるぞ」
「……私は魔術については門外漢なのですが……そういうことって簡単にできるんで
すか?」

 懸案事項がいきなり解決してしまったのでちょっと拍子抜けしつつ、とーるはぱた
ぱたと風にはためきさえする意思力の呪符を見ながらハイドラントにたずねた。

「俺はできるぞ」
「あ、あの、綾香さんにもできますか?」
「さぁなぁ……当人に聞いてみるのが一番手っ取り早いだろうな」

 手の中の呪符を消し去ると、ハイドラントは悠朔の傷を弄んでいる綾香の元に歩み
寄った。

「よ」

 げしっ。ごろんっ。
 綾香に声をかけながら太ももの上で煮えている悠を蹴り飛ばし、ハイドラントはさ
っきの呪符をもう一度右手に創り出した。

「なにそれ?」
「呪符、だとさ」

 怪訝そうな顔をしている綾香にとーるがさっきハイドラントにした説明を繰り返す。

「あたし、魔術師じゃないんだけど。そーいうのは姉さんに振ったほうがいいんじゃ
ない?」
「この役は魔術の腕もさることながら、ある程度のレベルで立ち回りもこなしていた
だく必要があります。芹香さんにそれが可能でしょうか?」
「……そりゃダメね」
「ではお願いできますか?」
「そーねぇ……」

 ちょっと小首を傾げると、綾香はおもむろに右手をかざして意識を集中した……が、
なにも起こらない。

「うーん、ハイド、あんたどうやってそのお札作ったの?」
「魔術の構成に色をつけてやればいい」
「それじゃよくわかんないわよ」
「わかるように教えると思うか、俺が?」
「…………」

 ちょっと頬を膨らませて、綾香は両足を肩幅まで開き、左腕を腰に、右腕を真正面
に伸ばして構え、目を閉じた。
 呼気とともに綾香の右拳にゆっくりと魔力が満ちていく。
 格闘家、という側面があまりに有名なために忘れられがちだが、綾香も優秀な音声
魔術の使い手である。来栖川、という特殊な血の才能ともいえるかもしれない。
 彼女の近くにいるであろうハイドラントですら、時に忘れてしまうその事実を、今
まざまざと見せ付けられようとしていた。

「……なにか、辺りが暗くなってきたような気がするのですが……」
「綾香、おい、綾香? はぁ、こりゃ、だめか」
「なにがだめなんですか?」

 半ば楽しそうに、ハイドラントは悠然と腕を組みながらとーるに一言だけ注げた。

「来るぞ」

 ハイドラントが言った刹那、綾香の右腕からどんっという破裂音とともに、呪符が
現れた。
 いや、呪符というにはあまりに大きい。床の間の掛け軸というよりは、貼り合わせ
る前の襖紙や障子紙の大きさである。

「あれは、呪符! それも、大アルカナ!?」
「さすが綾香、それでこそ俺が……」

 ハイドラントがみなまで言う前に、その膨大な魔力を秘めた巨大呪符……大アルカ
ナはさっきまで吸収していた光と風を一気に質量に転換して、綾香を中心に炸裂した!
 どっかああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!

「ぐわああああああ」
「うひゃあああああ」
「どえええええええ」

 哀れな男3人は夜空の星になってしまいましたとさ。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……どうハイド、こんなもんで……あれ? ハイド?
ゆーさくーっ? みんなどこいっちゃったの?」

 知らぬは当人ばかりなり。



 とにかく、メインキャストはこれで決まった。
 あとは撮影を待つばかり。
 だが、その撮影もそう簡単にうまくいくわけがない。
 その話の顛末は、またの機会ということで……。

                           (to be continued!!)