試立Leaf学園の想い出〜HAPPY BIRTHDAY・松原葵〜 投稿者:佐藤 昌斗

「はっはっはっはっ…」
 めっきりと冷えて来た、季節は冬。
 冷えた空気に、今日始めて袖を通す新品のトレーニングウェアからわずかに覗く
素肌が引き締まるような、そんな感じを、白く見える息を弾ませながら走っている、
短く髪を揃えた小柄な少女――松原葵は、時間的にまだ早い、青く広がる空に薄靄
がかかった早朝の、もはや日課となったランニングコースを走る身体に、吹きつけ
る冷たい風と共に感じていた。

 いつもと同じ、ランニングコース。

 季節毎に変わる風景。

 でも、変わらない街並み。

 そんな中を、走り抜けて行く。

 規則正しく息を弾ませて。

 いつもと同じ、今の自分にベストだと思えるペースで、走る。

 変わらない街並みを。

 変わらない風景を。

 そして、巡り行く季節の中を走る。

 走り抜けて行く。

 しかし、葵にとって今日はいつもと違っていた。
 廻りは別に変わらない。ただ、葵にって今日と言う日が、ただいつもと違うだけ
だった。
 1月19日――今日のこの日は、葵が今ここにいる事を祝う日。
 葵が生まれてきた事を、皆で喜び合う日。
 松原葵の誕生日である。
 





  試立Leaf学園の想い出〜HAPPY BIRTHDAY・松原葵〜





「葵〜」
 試立Leaf学園、1時間目が始まる前。
 葵が教室移動の為に渡り廊下を歩いていると、自分の事を呼ぶ声が聞こえて、葵
は立ち止まり声のした方に振り返った。
「別に、今でなくてもいいんだろうけど、渡しておこうって、思って」
 そこに居たのは、すらりとした肢体に、女性らしさを過分に含んだ、だが少しあ
どけなさを感じさせる、緩やかなウエーブを描く黒髪に何処か悪戯っぽい感じのす
る、やや釣り上がった瞳の少女――葵の憧れであり、葵がしている格闘技の目標で
もある来栖川綾香が、綺麗にラッピングされた小さな箱を差し出していた。
「えっ? なんですか、綾香さん。あの…それは?」
「えっ? じゃないでしょ。今日は、葵の誕生日でしょ? だったら、あなたに渡
そうとしてるものは一つ…でしょう?」
 綾香は、少し苦笑いしながらそう言うと、小箱を葵に手渡し、
「Happybirthday! 葵」
 と、流暢な発音でそう言い、改めて優しく微笑んだ。
「あっ…ありがとうございます。私…嬉しいです!」
 本当に嬉しそうな満面の笑みを浮かべて言う葵に、綾香はからかうように、
「あたりまえでしょ! 葵が嬉しくもないものなんか、私が渡すわけないでしょう?」
「あっ…あの、わ、私はそう言う意味でいったんじゃ…」
「わかってるわよ。ふふっ。さっ、時間ないからさっさと開けて見てくれる?」
「あっ、はい」
 綾香の言葉に腕時計を見てみると、早めに出てきたとは言え、確かに次の授業ま
での時間はもう残りわずかだ。葵は、少し慌てながらも、手渡された小箱のラッピ
ングを外して中の小箱を開けて見た。すると、そこには、


     「あなたの16歳の誕生日に
                   ささやかながら贈り物を…」

                               来栖川綾香


 と言う内容のメッセージカードと共に、一本の口紅らしきものが入っていた。
「あっ、あの、綾香さん…これ」
「あぁ、口紅みたいだけどリップクリームよ。あなた、毎朝ロードワークしてるん
ですってね。好恵から聞いたわ。だから、この時期は唇が乾燥することあるでしょ?
だから、ね。私が葵に似合いそうなの選んだの。本当はいっしょに買いに行くのが
いいんだだけど。たまには女の子らしいこともしてみなきゃ、ねっ?」
「綾香さん…」
「さっ、そろそろ時間よ。早いとこ行かないと遅刻するわよ?」
「あっ、はい!」
「…キスするときに、かさかさの唇じゃ、ムードでないしね」
「あ、綾香さん!?」
「ふふっ。ほら、私ももう行くから、葵もそろそろ行かなきゃ。じゃね♪」
「あっ、これ、ありがとうございました! 私、大事にしますね!」
 廊下の奥へと歩いて行く綾香の背中にそう言うと、葵は小走り気味に次の授業先
の教室へと向かって行った。
(大事に、じゃなくて使ってほしいんだけどね〜。…まっ、あの子らしいか)
 葵の生真面目さに、なんだか可笑しくなる綾香だった。



 1時間目の休み時間。
「松原さん。ちょっと良いですか?」
「あっ、ティー先輩。はい、いいですけど…どうかしましたか?」
 教室に戻ろうとしていた所、葵は、優しげに細められた眼に眼鏡をかけ、帽子を
被った少年――T−star−reverseに呼びとめられた。
「いえ。今日は…松原さんの誕生日だと聞きましたので、その…プレゼントをお渡
しし様かと思いまして…」
「あっ、そんな。別に気を使っていただかなくても…」
 葵が恐縮そうにそう応えると、ティーは少し慌てて、
「あっ、別に無理してる、と言う事はないです。私が貴方に贈り物がしたいだけの
事ですから」
 と、やんわりとした口調で葵に言った。
「ティー先輩…」
「さて…これを受けとっていただけますか?」
 そう言ってティーが差し出した物は、不思議な図のようなものが描かれた、丁度
手に納まるぐらいの大きさの木で出来た物であった。
「あの…これは??」
「これは、まぁ…お守りの一種です。そこに描かれた図は、”招運の陣図”と言っ
て、そのお守りを持つものに運気…つまり幸運を呼びこむ力があると言われてます
…が、残念ながら駆け出しだった私が作ったものですので、あまり効果は望めない
かもしれません。…済みません、こんなものしか贈れなませんで」
「い、いえ。これで十分です。大事にします。ありがとうございました! ティー
先輩」
 済まなそうに言うティーに、葵はそう言うと満面の笑顔で笑いかけたのだった。
「それじゃあ、私はこれで」
「あっ、はい。ありがとうございました、ティー先輩」
 ティーを見送り、自分も教室へと戻ろうとしたその時、葵はまたもや呼びとめら
れた。
「おぉーい、松原!」
「山浦先輩?」
 振り返った先にいたのは、がっしりとした体格で、いかにも体育会系と言う感じ
に短く刈られた髪に、眼鏡をかけた少年――山浦がいた。
「今日は、松原の誕生日と聴いてな。これをやろう。受け取れ」
「柔道着…ですか?」
「うむ。お前には、一刻も早く柔道の道に目覚めてもらわなければならんからな。
これは、その時の為のものだ。じゃあ、俺はこれで行くぞ」
「は、はぁ…」
 葵に柔道着を押し付けるようにして渡すと、山浦は鉄下駄のあげるガランゴロン
と言う音を響かせさっさと行ってしまった。
 後には少しぽかんとした葵が一人残されたのだった。



 2時間目の休み時間。
 葵が教室で次の授業の用意をしていると、友人である黒い髪を三つ編みにしてポ
ニーテールにすると言う、ちょっと個性的な髪形をした、少し大きめな済んだ紫の
瞳が印象的な、屈託のない笑顔を見せる少女――隆雨ひづきが近づいてきた。
「あ・お・い・ちゃん。はいっ! これッ」
「えっ? 何ですか??」
「プレゼント。葵ちゃん、今日が誕生日だったでしょ?」
「あっ…ありがとうございます」
 今朝から数度目となった、包装紙を開ける作業に少し嬉しく思いながら葵が包み
を開くと、
「あっ…これ…キーホルダー…ですか?」
「うん。この前散歩してたら売ってるの見つけてね。で、結構良かったし、値段も
手ごろだったから、葵ちゃんにどうかなぁ〜…って」
 ひづきに渡された包みから出てきたのは、山羊座のシンボルマークをあしらった、
キーホルダーだった。
「あっ、これ…確か、山羊座の」
「うん。私のは…ほら、獅子座のなんだよ」
 そう言って、ひづきはスカートのポケットから、同じようなデザインの、だが獅
子座をあしらったものらしきキーホルダーを葵に見せた。
「どう…かな? 気に入ってもらえると嬉しいんだけど」
 葵はあまりこう言う事には詳しくはなかったが、
「いえ。確かに、私はこう言うのよくわかりませんけど…でも、嬉しいです。あり
がとうございます、ひづきさん」
 と、嬉しそうに笑い、少し不安そうなひづきに応えた。
「あっ、そうだ。肝心なこと言い忘れてた。葵ちゃん、お誕生日おめでとう!」
「ありがとうございます」
 そうして、二人は優しげに微笑み合ったのだった。
 と、その時。 
「松原さ〜ん、坂下先輩が用事があるって」
 葵を呼ぶ声が聞こえて来た。
「好恵さんが?」
「何だろうね? 好恵ちゃんが用事だって珍しくない?」
「ええ。ちょっと行ってきますね」
「あっ、うん」
 葵が廊下に出るとそこに、短く髪を纏めた、綺麗とも可愛いとも違う、言うなれ
ばカッコイイ、と言うの感じの凛とした空気を漂わせる、涼しげな眼差しが眼を引
く少女――坂下好恵がいた。
 好恵は葵に用事がある時はだいたい昼休みか放課後の部活後に済ます。だから、
このように、短い休み時間に来ると言う事は珍しかった。
「好恵さん、どうかしたんですか?」
「ちょっと葵に渡す物があってね。はい、これ」
「…えっ?」
 そう言って好恵が差し出したのは、簡素なだが、丁寧に包装されている細長い長
方形の物だった。
「今日は葵の誕生日よね? まぁ、だからってわけじゃないけどあげるわ」
 と、少し照れたように言う好恵に、葵は少し顔が綻ぶのを感じた。
「開けていいですか?」
「す、好きにしなさい」
 そう言う好恵の姿をなんだか可愛らしく思えて、思わず笑みが洩れるのをどうに
か堪えながら、葵が包みを解くと、中からシンプルなデザインの、時計が入ってい
た。
「あっ、ありがとうございます。今使ってる時計、もう寿命らしくてどうしようか
と思ってたところなんです」
「きちんとペースを測れないと、トレーニングにも支障が出るものね。それはスト
ップオッチの機能とかもあるそうよ。じゃあ、私はもう行くから」
「好恵さん、ありがとうございました!」
「しっかり、トレーニングしなさいね。そして…また手合わせしましょう、葵」
 好恵の去り際の言葉を噛み締めるように、思い起こしながら葵は遠ざかって行く
好恵の背中に、
「…はい、好恵さん。もう一度…」
 呟くようにそう言ったのだった。



 
 3時間目の休み時間。
「お誕生日おめでと〜、葵ちゃん! はい、これ」
 廊下に出た葵に、そう言う声と共にいきなり手が差し出された。
「よ、YOSSY先輩?!」
 その手の主は、既にトレードマークと化した竹刀袋に入れた木刀を差し出した方
とは反対側の手に持ち、短い髪に人懐っこそうな笑みを顔に浮かべ、でもこめかみ
にある傷が何故かその雰囲気を消してしまうような、そんな不思議な雰囲気を持つ
少年――学園1のナンパ師を自称するYOSSYFLAMEであった。
「あの…これは?」
 葵は、YOSSYが差し出した手に握られる紙らしきものを見て不思議そうに尋
ねる。
「あっ、これはね…なんと、今度隣の市で行われる異種格闘技戦のチケット、なん
だな〜」
「えっ!? 今度行われるって、あの?」
「そう! かの有名なヒゲソン・クレイジーとアンダー・グフの対戦さ」
「確か、チケットは既に売り切れてしまったって言われてましたよね?」
 葵も近くで行われると言うビッグファイトに、行って見たいと思い、チケットを
探して見たのだが、時既に遅く、良い席は全て完売し、隅の方の席しか取れそうも
なく、小柄な葵では、観客がひしめく隅の方の席では試合を見ることは難しい為に、
仕方なく断念したのであった。
「そりゃ〜…もちろん、苦労したさ。バイトに継ぐバイト。そして、徹夜で列に並
び…そして、苦労して手に入れたんだよ。いやぁ〜…本当に苦労したな〜…」
 チケットを取る為にどれだけ苦労したのか思い出しているのか、やけにオーバー
なリアクションでYOSSYは葵に話す。だが、一転して笑顔をを見せると、
「だから…はい。葵ちゃん、格闘技好きだから喜んでもらえると思ってさ、プレゼ
ントさせてもらうよ」
「いいんですか?!」
「あぁ。もちろんさ。受けとってもらえる?」
「…ありがとうございます、YOSSY先輩! 私、この試合で見たことを少しで
も生かせるように頑張ります!」
「でさ、話は変わるんだけど…それ、ニ枚あるんだ。だから…」
「ありがとう〜! 私、葵ちゃんとしっかり見てくるね、YOSSY君」
 「俺と一緒に行かない?」とYOSSYが続けようとした矢先、そう言う明るい
声が聞こえたかと思うと、YOSSYの手からひづきが残りのチケットを取った。
「葵ちゃん、一緒に見に行こうね♪」
「はい! YOSSY先輩、本当にありがとうございました!」
 瞳をきらきらさせながら言う葵に、結局続きを言えず、YOSSYは、
「…まっ、楽しんできなよ」
 と、言うとその場を後にしたのだった。
(…本当はデートの誘いのつもりだったんだけどな〜。まっ、本気で喜んでくれた
みたいだし、良しとする…かな?)
 背後から聞こえる、葵とひづきの楽しそうな声を聴きながら、そんな事を思うY
OSSYであった。



 昼休み。
 葵が昼食を終え、中庭を歩いていると、
「松原さん! 会えて良かった…」
「どうかしたんですか? ディアルト先輩」
 走ってきたらしく少し呼吸を整えながら言う、長身に短髪を逆立てた髪型の、制
服を動き易いように改造している少年――ディアルトが、葵に声をかけた。
「いや、松原さんに渡す物がありまして」
「私に…ですか?」
「ええ。こんな物しか思い浮かばなかったんですが…誕生日おめでとうございます」
 そう言ってディアルトはリボンで結ばれた、ちょっと大きめの袋を葵に手渡した。
「ありがとうごいざいます! あの…これは?」
「開けて見てください」
「はい。…あっ、これ…」
 袋から現われたのは、赤色の真新しい新品のレッグガードとグローブだった。
「今使ってるのは、そろそろ縫い目がほつれたりとしてるようでしたので…」 
「ディアルト先輩…嬉しいです。ありがとうございました!」
 ディアルトは、葵が思ったより喜んでくれたのが嬉しく、
「良かった…」
 と笑顔を浮かべて呟いた。
「えっ?」
「いや、何でも。おっと、そろそろ屋台のを開店させないと。じゃあ、松原さん。ま
た」
「はい!」
 足早に立ち去るディアルトを見送ると、葵は歩くのを再開した。


 葵は、この学園に入学して、1ヶ月くらい経った頃から、1学年上の少年に「昼休
みだけでいいから、蹴り技を教えて欲しい」と、頼まれ、それ以来こうして昼休みに
なると人の邪魔にならない校舎裏へと、蹴り技を教えに行っていた。
 もちろん、始めは戸惑いもしたし断ろうともした。でも、自分でも人にものを教え
る事が出来ると言う事と、今では自然に集まってくる人達との交流がまんざらでもな
く思えて、今もこうして続いているのだった。
 いつまで続くかは解らない。
 けれども、最近では自分の居場所が増えたみたいで、葵は少しでも長く続いて欲し
い、と少なからず思うようになってきていた。
 校舎の角を曲がり、いつもの場所に行くとそこにはいつもと違う人物がいた。
「遅い! 青い人の分際で、自分をいつまで待たせる気だ?」
 と、待ち合わせをしていたわけでもないのに勝手な事を言っているのは、白いコー
トに白いズボン。無意味に他者を警戒するかのような眼差しの中肉中背で、葵とは中
学からの付き合いのある少年――Runeであった。
「Runeさん?! な、なんでここに…?」
 葵とRuneにはちょっとしたしこりがある。だからこそ、葵はRuneに思わず
引いてしまうような行動をする。もっとも、それは色々とRuneにされた悪行の数
々がそうさせるのかもしれなかったが。
「今日は青い人がより青くなった記念すべき日だと、お前廻りをうろちょろしてるの
に聴いてな。で、これ以上青くなったら空と区別つかなくて困るんじゃねーかと期待
して来てみたんだが…詰まらん。いつも通り青いだけじゃねーか」
「青い青い言わないでください!! まったく…」
 「何しに来たんですか?」と葵が続けようとしたその時。
「まぁ、暇つぶしに相手してやるよ。…構えろ」
 コートの袖を捲くりながらそう言うと、Runeは脚を僅かに開らいた。
「えっ?」
「青いだけじゃなくてカメにもなったのか? それとも日本語が通じねーのか?」
 戸惑う葵に直もRuneは言う。
「…解りました。行きますよ、Runeさん」
 そう応えると、葵は手に持った荷物を脇に置き、空手スタイルの構えを取った。
「おう」
 Runeも短くそう答えると、改めて葵に集中した。
「…はッ!」
 先に動いたのは葵だった。Runeとの間に開いた間を一気に詰めると、軽いジャ
ブを繰り出す。
「誘いのつもりか? ぜんぜんなっちゃいねーぞ!」
 そう言いながらも、葵の側面に身体を捻ったRuneは、肩から葵の右脇に当たっ
て行く。
「乗ってきてるじゃないですか!」
 そう言うが早いか、身体を捻ってRuneの肩当て…と言うか体当たりを左にかわ
すと、葵は間合いを僅かに開き、得意のハイキックをRuneに繰り出した。
「ったく。わかってねー奴だな!」
 葵の行動を読んでいたのか、そう言うとRuneは自分から葵のハイキックに当た
りに行く。
「えっ?」
 バシッ。
 小気味良い音がして、Runeの右肩に、葵の右足がぶつかった。予定の位置とは
違う場所で当たってしまったハイキックに、葵がバランスを崩したその時。
「ほら…よッ!」
 今度は左肩からぶつかって来たRuneに、バランスを崩した葵は対処が遅れてし
まい、そして。
「きゃッ!」
 葵は地面に倒れこんでしまったのだった。
「ぅ〜…」
 なんとか受身は取れたものの、勢い良く倒れてしまった衝撃で、声にならない声が
葵の口から漏れた。
「だから言ったろーが。なってねーって」
 葵がゆっくりと起き上がるのを見ながら、苦笑い気味に言うRune。
「まぁ、暇つぶしにはなったぜ。じゃーな、青い人」
「次は…次は、負けませんから!」
「期待しねーで待ってやるぜ。昼飯1週間でな」
 立ち去ろうとする背後からの葵の言葉に左手をひらひらさせつつ、Runeはそう
応えた。
(…ちっ。右肩がちぃと痺れてやがる。こりゃー痣くらいにはなってるかもな。まぁ、
あいつにしては上出来か…)
 葵が見えなくなると、痛む右肩を右手で押さえながら、そんな事を思い、しかし口
元に笑みが浮かんでくるRuneであった。


「ごめん! 週番でちょっと…はぁ、はぁ」
 Runeが去って暫らくして、問題の蹴り技を教えてくれと葵に頼んだ人物。短く
揃えた髪を真中で分け、眼鏡をかけた少し大きな瞳に口元の黒子が少し目を引く、手
にYOSSYと同じく竹刀袋に入れた日本刀と何やらラッピングされた袋をを持つ以
外は、酷く平凡な少年――佐藤昌斗が、全力で走って来たのだろうと思えるような、
荒い呼吸を整える合間にそう言って現われた。
「まだ時間もあるし、大丈夫ですよ」 
 そう言って、葵は昌斗に微笑んだ。
「ほんと、ごめん! はぁ、はぁ…あっ…そうだ。これ…プレゼントなんだけど…受
け取ってもらえる…かな?」
 更に葵に謝りながら、思い出したように昌斗は手の中の丁寧にラッピングされた袋
を葵に差し出した。
「あっ、ありがとうございます」
「開けて…もらえるかな??」
 少し居心地が悪そうに、走ったからだけではない赤みを顔に浮かべながら、昌斗は
葵にそう言った。
「はい。それじゃ、開けますね?」
「うん」
 葵が袋を開けて見ると、そこには。
「あっ…これ、キツネの縫いぐるみ…ですね? うわぁ〜…」
 葵が袋を開けると、その中には、ディフォメルされた可愛らしい狐の縫いぐるみが
入っていた。
「実はさ、それ…有り合わせの布で作ったんだ。だから…ちょっと不細工かも」
「えっ? これ、手作りなんですか??」
 照れたように言う昌斗にそう言われて葵狐の縫いぐるみを良く見てみると、確かに
何処で作られた、と言う事を示す物がない。
「男が人形の手作り…ッて言うのもおかしいし、気味悪いかもって、思ったんだけど
…どうかな?」
「いえ、そんなことありません。大事にしますね、佐藤先輩」
 狐の縫いぐるみを抱きしめるようにして持ちながら言う葵に、昌斗は「作って良か
ったな…」と心底思ったのだった。
 確かに男が作った、と言うのは普通なら変な事だろう。だが、葵には変に思うより
も、自分の為にわざわざ作ってくれたと言う事が、その事が嬉しかったのであった。
「葵〜!」
「葵ちゃん!」
「あっ、皆が来たようだな…」
 自分を呼ぶ声に葵が振り向く。

 そこには友人が、いる。

 笑顔がある。

 いつもの事、いつもの時間。

 だけど、同じじゃない時。 

 特別な日ではあるけれど、特別でない日。

 そんな日が静かに過ぎようとしている。

 空には青空が広がり、そして。

 そして、ここには笑顔が広がっている。

 そんな事を思いながら、葵は近づいてくる皆に手を振るのだった。


「ワタシだけが祝わなくても、アナタには沢山の友達がいる。これはとても素晴ら
しいコト。ですから、ワタシはここで静かに祝いましょう。Happybirth
day、葵サン…」


 
  試立Leaf学園の想い出〜HAPPY BIRTHDAY・松原葵〜

                                   了