Lメモ涼風譚12話「群青色の青春」(3) 投稿者:昂河

「──私は、悩んではいないのです」

 セリオは、いつもの表情でそう言った。

「え、でも、来栖川さんは……」
「──綾香様はそうおっしゃいます。ですが、私には「悩む」という感情は…
…分かりません」

 少しの躊躇。
 昂河は、なんとなくそれを感じ取ったような気がした。

「この子はそうは言うけどね。でも、人間で言えば「悩んでる」ことになるの
よねー」

 言って、綾香はストローでジュースを一口飲んだ。

「それじゃあ……何が「悩んでる」ことになるのかな」

 崇乃の言葉に、セリオは視線を崇乃に向けた。

「──私達メイドロボは、人間のために作られています。そのために一番相応
しい体が今の私の体です。ですから、陸奥さんがこの姿に好意を持たれるのも、
理解できるのです」

 昂河は、極端にのぼせやすい後輩の顔を思い浮かべた。
 陸奥崇は、セリオが「好き」だ。そして、セリオを、人間の女の子と同じよ
うに扱っている。
 その姿は、昂河から見て微笑ましいものだった。

「──陸奥さんが、私に対して抱いているその感情は、私に対するものなので
しょうか」
「え?」

 崇乃が首をかしげる。昂河も、不思議そうにセリオを見た。

「──私の姉妹達。彼女達は、同じ姿をしています。その彼女達を見ても、陸
奥さんは嬉しいのでしょうか」
「……ほら、ね」

 綾香がウインクしてみせる。

「セリオ、それ陸奥君に言ってみたかい?」
「──いいえ」
「どうして?」

 昂河の言葉に、セリオは目を細めた。その表情は、困っているように見える。

「──分かりません」
「分からない?」
「──はい。本人にきくのが一番なのは、分かっています。ですが、私はそれ
を陸奥さんに尋ねることができないのです」
「……それは、陸奥君のことを考えて、なのかな」

 優しくたずねた昂河に、セリオは驚いたような顔をした。
 と言っても、マルチや鈴花のようにはっきりとそれと分かる表情ではない。
 だが、セリオは驚いた。昂河はそう感じた。

「──昂河さんは、なぜそのようなことを言うのですか?」
「それを陸奥君にきいたら、陸奥君は悲しむ。君は、それが分かってるんじゃ
ないのかな」
「…………」

 セリオは目を伏せた。

「陸奥君が君のことを好きなのは、君もちゃんと分かってる。陸奥君は、セリ
オタイプならどれでもいいわけじゃない。「君」が好きなんだ。そして、だか
らこそ時々、君がメイドロボであることを忘れて対応する。それが……いいこ
とかどうか、僕には分からないけれどね」
「あら。セリオがメイドロボであることを忘れてしまうくらい、セリオ本人を
見てくれるんだもの、あたしは嬉しいけど」
「だけど、セリオはメイドロボだ。それは、どうやっても変えられない。人間
としてみるんじゃなくて、メイドロボとして彼女を扱うことは大切だと思う」

 その言葉に、綾香はむっとした顔をした。

「ちょっと、昂河くん。それじゃあ、昂河くんはセリオがメイドロボとしてた
だ人に奉仕していればいいっていうの?」
「そういうことじゃないよ。メイドロボにできることとできないことをちゃん
と知って相応に扱う必要があるということだよ」

 そう言った昂河に、綾香はしぶしぶ、という顔で黙った。

「でも、陸奥君なら……大丈夫だと思うよ。セリオがセリオだからできること
とできないことがあることを、ちゃんと分かってくれると思う」
「──そうですね」
「で、最初のことだけど、やっぱり陸奥君にきいてみたらどうかな?」
「晶、それ……」

 崇乃が口をはさみかけたが、昂河はかまわず先を続けた。

「セリオがそう思ってるってことを、陸奥君に分かってもらった方が、今後の
ためだと思うんだ。陸奥君は、君が人間のことを色々学びたがっているのを知
っている。だからこそよけいに、君が陸奥君の言動をどう思ったか、知っても
らうことは大事だと思うよ」

 セリオは話す昂河の顔を見ていたが、昂河が話し終わると微笑んだ。

「──ありがとうございます、昂河さん」
「結論、出たかい?」
「はい」
「よかった」

 にこ、と笑った昂河に、セリオも笑顔を返した。
 満開ではない、ほころびかけた花の笑顔。

「ふうん……」

 綾香はずずっとジュースをストローですすると、猫のような笑みを見せた。

「さすが、工作部員。メイドロボのことは分かってるってこと?」
「そういうわけでもないと思うけど」
「今の話、八塚くんはどう思う?」

 いきなり話をふられて、崇乃は口に入れたばかりのハンバーガーを慌てて飲
み下した。

「んー、晶は間違ったことは言ってないと思う。でも、難しい問題だな」
「そうね。あたしは……分かるけど、昂河くんみたいに割り切れないわ」

 綾香はテーブルの上に目線を落とした。

「セリオは、あたしの大事な友達よ。メイドロボでも、そんなこと関係ない。
だから、「メイドロボとして」っていうのは、理屈としては分かっても、あ
たしはセリオをそう扱えない。それは、陸奥くんだって同じだと思うのよ」

 今度は、昂河が黙って綾香を見た。

「「メイドロボとして扱ってほしい」なんて、セリオに、言ってほしくないの」
「…………」
「分かる? 昂河くん」
「……それも、分かるよ」

 静かに、昂河は言った。

「僕の意見はあくまでも僕の意見だ。最終的にどうするかは、セリオが決める
ことだしね」
「……でも、そこでセリオをまた悩ませたくもないのよね」
「──問題ありません、綾香様」

 セリオが口をはさんだ。

「──私は、陸奥さんにそのようなことを言うつもりはありません」
「……そう。なら、いいわ」

 かたん、と思い切り良く、綾香は席を立った。

「ありがと。結果はどうあれ、意見は参考になったわ。あたしも、ちょっと考
えるところがあったしね」
「役にたてたならよかったよ」
「俺はほとんど何も言わなかったけど……」
「あはは、そうねー。それじゃあ八塚くん、八塚くんは鈴花ちゃんをどう思っ
てるのかしら?」
「鈴花は、大事な家族だよ」

 にっ、と笑ってみせた崇乃に、綾香は楽しそうに笑った。

「ふふ、いいわね。それじゃ、またね2人とも」

 綾香は、ひらりとスカートの裾をひるがえして、店を出ていった。セリオも、
2人に会釈して綾香の後を追った。

「……なあ、晶」
「ん?」
「俺は、確かに鈴花を家族と思ってるけど、同時にメイドロボなのは確かだな
って思ってる」
「……うん」
「だけど、好きになっちゃったら……大変だろうな」
「そうだろうな……」

 目を細めて、昂河はシェイクの最後の一口をすすった。