「──私は、悩んではいないのです」 セリオは、いつもの表情でそう言った。 「え、でも、来栖川さんは……」 「──綾香様はそうおっしゃいます。ですが、私には「悩む」という感情は… …分かりません」 少しの躊躇。 昂河は、なんとなくそれを感じ取ったような気がした。 「この子はそうは言うけどね。でも、人間で言えば「悩んでる」ことになるの よねー」 言って、綾香はストローでジュースを一口飲んだ。 「それじゃあ……何が「悩んでる」ことになるのかな」 崇乃の言葉に、セリオは視線を崇乃に向けた。 「──私達メイドロボは、人間のために作られています。そのために一番相応 しい体が今の私の体です。ですから、陸奥さんがこの姿に好意を持たれるのも、 理解できるのです」 昂河は、極端にのぼせやすい後輩の顔を思い浮かべた。 陸奥崇は、セリオが「好き」だ。そして、セリオを、人間の女の子と同じよ うに扱っている。 その姿は、昂河から見て微笑ましいものだった。 「──陸奥さんが、私に対して抱いているその感情は、私に対するものなので しょうか」 「え?」 崇乃が首をかしげる。昂河も、不思議そうにセリオを見た。 「──私の姉妹達。彼女達は、同じ姿をしています。その彼女達を見ても、陸 奥さんは嬉しいのでしょうか」 「……ほら、ね」 綾香がウインクしてみせる。 「セリオ、それ陸奥君に言ってみたかい?」 「──いいえ」 「どうして?」 昂河の言葉に、セリオは目を細めた。その表情は、困っているように見える。 「──分かりません」 「分からない?」 「──はい。本人にきくのが一番なのは、分かっています。ですが、私はそれ を陸奥さんに尋ねることができないのです」 「……それは、陸奥君のことを考えて、なのかな」 優しくたずねた昂河に、セリオは驚いたような顔をした。 と言っても、マルチや鈴花のようにはっきりとそれと分かる表情ではない。 だが、セリオは驚いた。昂河はそう感じた。 「──昂河さんは、なぜそのようなことを言うのですか?」 「それを陸奥君にきいたら、陸奥君は悲しむ。君は、それが分かってるんじゃ ないのかな」 「…………」 セリオは目を伏せた。 「陸奥君が君のことを好きなのは、君もちゃんと分かってる。陸奥君は、セリ オタイプならどれでもいいわけじゃない。「君」が好きなんだ。そして、だか らこそ時々、君がメイドロボであることを忘れて対応する。それが……いいこ とかどうか、僕には分からないけれどね」 「あら。セリオがメイドロボであることを忘れてしまうくらい、セリオ本人を 見てくれるんだもの、あたしは嬉しいけど」 「だけど、セリオはメイドロボだ。それは、どうやっても変えられない。人間 としてみるんじゃなくて、メイドロボとして彼女を扱うことは大切だと思う」 その言葉に、綾香はむっとした顔をした。 「ちょっと、昂河くん。それじゃあ、昂河くんはセリオがメイドロボとしてた だ人に奉仕していればいいっていうの?」 「そういうことじゃないよ。メイドロボにできることとできないことをちゃん と知って相応に扱う必要があるということだよ」 そう言った昂河に、綾香はしぶしぶ、という顔で黙った。 「でも、陸奥君なら……大丈夫だと思うよ。セリオがセリオだからできること とできないことがあることを、ちゃんと分かってくれると思う」 「──そうですね」 「で、最初のことだけど、やっぱり陸奥君にきいてみたらどうかな?」 「晶、それ……」 崇乃が口をはさみかけたが、昂河はかまわず先を続けた。 「セリオがそう思ってるってことを、陸奥君に分かってもらった方が、今後の ためだと思うんだ。陸奥君は、君が人間のことを色々学びたがっているのを知 っている。だからこそよけいに、君が陸奥君の言動をどう思ったか、知っても らうことは大事だと思うよ」 セリオは話す昂河の顔を見ていたが、昂河が話し終わると微笑んだ。 「──ありがとうございます、昂河さん」 「結論、出たかい?」 「はい」 「よかった」 にこ、と笑った昂河に、セリオも笑顔を返した。 満開ではない、ほころびかけた花の笑顔。 「ふうん……」 綾香はずずっとジュースをストローですすると、猫のような笑みを見せた。 「さすが、工作部員。メイドロボのことは分かってるってこと?」 「そういうわけでもないと思うけど」 「今の話、八塚くんはどう思う?」 いきなり話をふられて、崇乃は口に入れたばかりのハンバーガーを慌てて飲 み下した。 「んー、晶は間違ったことは言ってないと思う。でも、難しい問題だな」 「そうね。あたしは……分かるけど、昂河くんみたいに割り切れないわ」 綾香はテーブルの上に目線を落とした。 「セリオは、あたしの大事な友達よ。メイドロボでも、そんなこと関係ない。 だから、「メイドロボとして」っていうのは、理屈としては分かっても、あ たしはセリオをそう扱えない。それは、陸奥くんだって同じだと思うのよ」 今度は、昂河が黙って綾香を見た。 「「メイドロボとして扱ってほしい」なんて、セリオに、言ってほしくないの」 「…………」 「分かる? 昂河くん」 「……それも、分かるよ」 静かに、昂河は言った。 「僕の意見はあくまでも僕の意見だ。最終的にどうするかは、セリオが決める ことだしね」 「……でも、そこでセリオをまた悩ませたくもないのよね」 「──問題ありません、綾香様」 セリオが口をはさんだ。 「──私は、陸奥さんにそのようなことを言うつもりはありません」 「……そう。なら、いいわ」 かたん、と思い切り良く、綾香は席を立った。 「ありがと。結果はどうあれ、意見は参考になったわ。あたしも、ちょっと考 えるところがあったしね」 「役にたてたならよかったよ」 「俺はほとんど何も言わなかったけど……」 「あはは、そうねー。それじゃあ八塚くん、八塚くんは鈴花ちゃんをどう思っ てるのかしら?」 「鈴花は、大事な家族だよ」 にっ、と笑ってみせた崇乃に、綾香は楽しそうに笑った。 「ふふ、いいわね。それじゃ、またね2人とも」 綾香は、ひらりとスカートの裾をひるがえして、店を出ていった。セリオも、 2人に会釈して綾香の後を追った。 「……なあ、晶」 「ん?」 「俺は、確かに鈴花を家族と思ってるけど、同時にメイドロボなのは確かだな って思ってる」 「……うん」 「だけど、好きになっちゃったら……大変だろうな」 「そうだろうな……」 目を細めて、昂河はシェイクの最後の一口をすすった。