Lメモ涼風譚番外編 「バレンタインとチョコレート」後編 投稿者:昂河

 教室は、いつもの通りの朝の風景だった。
「おはよう、藤田」
「よう、昂河」
 ちょうど近くにいた浩之に挨拶をして、昂河はカバンを置いた。
 先に来ていたはずの雅史はいなかった。寄り道でもしているのだろうか。
「今日の国語の宿題、やったか?」
「ああ、やってあるよ」
 いつもの朝の会話を交わしていると、向こうからあかりがやってくるのが見えた。
「おはよう、神岸さん」
「おはよう、昂河くん」
 にっこりと昂河に挨拶を返すと、あかりはいそいそと綺麗にラッピングされた箱
を差し出した。
「はい、浩之ちゃん」
「あ?」
「今日はバレンタインでしょ。チョコレートだよ。浩之ちゃんのために作ったんだ
からね」
 きょとんとした浩之に、あかりは笑みを見せた。
「あ……ああ、そっか……。でも、なんでこんなとこで渡すんだよ。みんな見てる
だろ」
 突き放すように言った浩之に、あかりは笑った。
「だって、みんな学校で渡すみたいだったから」
「んだよ、そんな理由か?」
「だめ?」
 あかりが困ったように首を傾げる。
「……あー、しょーがねー、わざわざ作っちまったんならもったいねえからな。く
れるっていうなら今のうちにもらっとくぜ」
 軽く顔を背けながらも受け取った浩之に、あかりは笑顔を見せた。
「素直じゃないな」
「んだよ」
 微笑した昂河を、浩之は軽く睨んだ。
「あ、昂河君にも、はい」
 あかりは一口大にラッピングされた包みを、昂河に差し出した。
「え、僕にも?」
「うん。友達だもん」
 にこっと笑うあかり。
「ありがとう。嬉しいよ」
 昂河もにこっと笑い返した。
 どう見ても義理チョコだが、それでももらえるというのは嬉しいものだ。
「雅史ちゃんにも持ってきたんだけど……雅史ちゃん、まだ来ないのかな」
「あ、佐藤は……」
 今朝見かけた光景を思い出して、昂河は一瞬躊躇した。
「お、いいタイミングで来たぜ。おーい、雅史ー」
 浩之が軽く手を上げた。
「なんだい、浩之?」
 のほほんとした顔で、雅史はやってきた。
「あ、雅史ちゃん。はい、これ」
 やはり一口サイズの包みを、あかりは2つ差し出した。
「バレンタインのチョコ。どうぞ」
「あかりちゃんからなら仕方ないなあ。もらうよ」
 あっさりと笑顔で言うと、雅史はあかりからのチョコを受け取った。
「それじゃ、他にも渡す人がいるから、ちょっと行ってくるね」
 あかりは手提げバッグを手に持って、足早に教室を出て行った。
「……ふーん。相変わらずマメな奴」
 その後ろ姿を見送って浩之が肩をすくめた。
「大丈夫だよ。たぶん、大きなチョコは藤田にだけだと思うな」
「なっ、なんで「大丈夫」だよ?!」
 慌てたように言った浩之に、昂河はくすくす笑った。
「……ところで、浩之。バレンタインだね」
 雅史が改まって浩之を見る。
「お、おう」
 既に何事か察した浩之が、ちょっと後ずさる。
「これ……僕から」
 雅史はやはり綺麗にラッピングされた箱を差し出した。
「君への、僕の気持ちだよ。受け取ってくれるよね?」
「あ、……あははは……いや、その、さすがに男からってのはなあ」
「受け取ってくれるよね?」
 雅史は爽やかな笑顔をみせた。その語調にはうむを言わせぬものがある。
「…………しょうがねぇ……もらっとく」
 がっくりと肩を落として、浩之は雅史からのチョコを受け取った。
「そんなに気を落とすなよ。男からチョコを渡しちゃいけないってことはないしさ」
 昂河が声をかけると、浩之はジト目で昂河を見た。
「お前はもらったことがないからそんなことが言えるんだ」
「照れてるんだね。仕方ないなぁ、浩之は」
 雅史がのほほんとそんなことを言う。
「いや、僕だって……今日は渡すつもりだし」
「えっ?! 男に?!」
「違うっ!」
 即座に否定する。
「まあ、色々とあってさ。女の子にこっちから渡そうかなと思って。」
「ほほう……」
 浩之はにやりと笑った。
「さては、吉田だな?」
「う……」
 どんぴしゃで言われて、昂河はさすがに何も言えなかった。
「いよいよ積極的アプローチかぁ? そういうことならまあ、応援するぜ。でもな
んでバレンタインなんだよ。ホワイトデーにすればいいじゃねえか」
「浩之、相手からチョコをもらえるとは限らないからじゃないかな」
 雅史が言う。
「僕も応援するよ、昂河君。お互い、好きな人がいることに変わりはないからね」
「ありがとう」
 好意を感じる言葉に、昂河は微笑んだ。
「ダァ〜〜リィ〜ンっっ」
 不意に、浩之が後ろからがばっ、と抱きつかれた。
「のわっ!?」
「うふふ〜、今日は乙女のイベントっ☆ 勿論私も例外じゃないわよぉ」
 浩之の後ろから顔をのぞかせたのは、黒髪の鉄腕美少女、四季だった。
「浩之にチョコを渡す気かい?」
 笑顔はそのままに、声は冷たく雅史が言う。
「何よ、あんたに文句言われる筋合いはないわよ。今日は誰でも渡せるし、受け取
らなきゃならない日なのよ」
 ふふん、と笑うと、四季はとててっ、と浩之の前に立った。
「はいっ」
 笑顔でラッピングされた包みを差し出す。
「受け取ってくれるわよね、ダーリン(はあと)」
「…………聞いておくが、お前が作ったのか?」
「もっちろん! ジンちゃんとひなたちゃんにもちゃーんと作ってあるんだから。
あ、でも最初に渡したのはダーリンだからね☆」
 にこにこしながら四季が言う。
「あ〜……まあ、なんだ、もらえる物はもらっとくぜ」
 ちっ、と舌打ちしつつも、浩之は四季のチョコを受け取った。
「うふふ〜。絶対食べてね、ダーリン☆ さーて、ジンちゃんとひなたちゃんにも
渡してこーようっと♪」
 四季は颯爽と教室の外に向かって歩き去った。雅史の殺気のこもった視線などど
こ吹く風である。
「……相変わらず、嵐のような人だね」
「浩之……どうして受け取ったのさ」
 四季を見送った昂河の隣で、雅史が恨めしげに浩之を見る。
「いや、こういうのってもらえるだけでもまあ、嬉しいもんだろ」
 あっさりと浩之は答えた。そしてうつむく。
「お前からのも入って、これでチョコ3つ……。例え脇役扱いな主役でも、こうや
って俺を見てくれる奴がいる……それがどれだけ嬉しいか……」
「浩之……」
「そう、本来はもっとたくさんチョコをもらえておかしくないんだ、俺は……それ
なのに、この学園にいるばっかりに、影の薄い扱い……そんな俺にだってチョコを
くれる奴がいる。それが、俺にはたまらなく嬉しいんだ……」
 チョコを抱えてぐすん、と鼻をすすりあげる浩之。
「……大丈夫だよ浩之、僕にとって君は主役さ」
「雅史……」
「だからほら、涙を拭いて。僕の胸で泣いてもいいんだよ」
「それは却下」
「……実は苦労してるんだな、藤田」
 全然目立たない苦労だけど、と昂河は自分の言葉に心の中で付け加えた。



「……結局、放課後になっちゃったなぁ……」
 昂河は呟いて溜息をついた。
 いや、一応は機会を見て渡そうと思ったのだ。
 だが、休み時間は短いし、呼び出しでもしない限り人前で渡すことになってしま
う。
 昼休みという手もあったが、運の悪いことにこの日昂河は日直で、次の授業の準
備をさせられてしまったのだ。
 そんなわけで、結局今は放課後である。
 お目当ての彼女はというと、生徒会の会議で生徒会室である。
「……はぁ」
 教室の自分の机に突っ伏して、昂河はまた溜息をついた。
「なーに落ち込んでんだ、昂河?」
 声をかけられて、昂河は顔を上げた。
 机の前に立っていたのは、額に傷のある少年だった。
「よっしー……」
「どうした? チョコがもらえなくて嘆いてたのか?」
「……そういうお前はもらえたのか?」
「そりゃあもう、バッチリ」
「ばっちりともらえなかったのか」
「…………お前なぁ」
 YOSSYFLAMEは複雑な顔をした。
「もらったんだけど、残念ながら本命チョコはなし。せっかくここ数日は点数稼ぎ
してたってのに」
「ここ数日おとなしくしてたくらいで本命もらえるわけないだろ」
 肩をすくめたYOSSYに笑うと、昂河は身を起こした。
「僕も義理はもらったけど。……それより、渡す方がさ……」
「あぁ? 渡すって、チョコ?」
「ああ。言っとくけど、男にじゃないぞ」
「だよなあ? って、今日はバレンタインだろ。ホワイトデーじゃないのか、男が
渡すのは」
「別に悪くはないだろ」
「悪くはねえけどさ。……ふーん、しっかしとうとう攻勢に出るわけか」
 そう言うと、YOSSYはにやりと笑った。
「相手は吉田さんだろ?」
「……なんで周知のことになってるかな」
「いまさらいまさら」
 顔をしかめた昂河に、YOSSYがカッカッカ、と笑う。
「で、渡すのはチョコだけか? こう、乙女心を掴むようなアイテムは?」
「いや、チョコだけだけど」
「なんだ、せっかくだからプレゼントもつければいいのに。まったくお前って奴は
不器用だな」
「そんなこと言われても……。だいたい、別に告白するわけじゃないし」
「違うのか? 相変わらず変にオクテだなぁ。好きなんだろ?」
 ストレートに言うYOSSYに、昂河は苦笑した。
「いいんだよ。今言わなくても……いいんだ」
「しょうがねえなあ。ま、本人がそう言うなら仕方ないか」
 YOSSYは肩をすくめた。
「で、そのお相手は?」
「生徒会活動」
「で、待ってるのか。でも教室に戻ってくるのか? まっすぐ帰っちまうかもしれ
ないぞ」
「…………」
 はた、と動きを止めた昂河に、YOSSYは苦笑した。
「どうせなら生徒会室前で待ってろよ。なんならつきあってもいいぜ?」
「……いや、1人で行くよ。君と一緒に行ったら、彼女の前でからかわれそうだ」
「よくお分かりで」
 笑うと、YOSSYは袋に入った木刀を担ぎ上げた。
「そいじゃ、俺は部活にでも行ってくる。しっかりな、昂河」
「ああ。ありがとう」
 手をひらひらっと振って去ったYOSSYを見送って、昂河も椅子から立ち上が
った。



(……よく考えると、誰もいないところでチョコを渡すっていうのは、確かに告白
のシチュエーションだよなあ、やっぱり)
 生徒会室の前の廊下でしばらくぼーっとしていた昂河は、改めてそれを思った。
 さっきのYOSSYの反応もそうだが、「バレンタインにチョコを渡す=愛の告
白」が本来の形なのだ。
 もしかしたら、当の由紀にもそう思われてしまうのではないだろうか。
(いや、まさか……でも……)
 もし、自分がもらう方だったら、たとえ相手が知らない人間でもまずはそれが目
的かと思ってしまうだろう。
(しまった……)
 こんなことなら、休み時間に雑談交じりにでも渡してしまえばよかったかもしれ
ない。
 それなら、冗談というか、義理チョコとして受け取ってくれたかもしれないのだ。
(うわ、気付かなきゃよかった)
 思わず、昂河はそう思った。
 これでは、チョコを渡すことをますますためらってしまうではないか。
(う〜……)
 困った、と思ったその時、生徒会室の扉が開いた。
 中から、生徒会役員が出てくる。会議が終わったのだろう。
(どっ、どうしようっ)
 慌てたその時、当の由紀が廊下に出てきた。いつものように桂木美和子と一緒だ。
「あれ、昂河くん?」
 しかも、彼女は昂河に気付いてしまった。
「どうしたの、こんな所で。誰か待ってるの?」
「あ……え、ええと……」
 思わずどもる。
 困ったように視線を彼女からはずすと、その隣の美和子と目が合った。
「あ……」
 おそらくは挙動不審に見えているだろう昂河の態度に、美和子はきょとんとした
顔をした後、くすっと笑った。
「由紀、私先に行ってるね」
「え? ちょ、ちょっと美和子」
「由紀を待ってたんでしょ、昂河くん」
「あ、いやその」
「ごゆっくり〜」
 おどけたように言うと、美和子はさっさと歩いていってしまった。
 後には昂河と由紀が残る。
「昂河くん……私に用事でよかったの?」
「あ、……うん」
 一瞬迷って、昂河は覚悟を決めた。
 分かっている。浩之やYOSSYの指摘や美和子の態度は、昂河が由紀に対して
好意を抱いているのが分かっているからだ。
 面と向かって誰かにそれを言ったことはないはずだ。けれど、そう扱われてそれ
を肯定しているのは自分だ。
 由紀本人がそれに気付いているかどうかは分からないけれど、ここでなんでもな
いふりをするのは男らしくない。
 ちらり、と周りを見る。既に廊下には自分達しかいない。
「……あのさ。ちょっと、改めて言いたいことがあって」
「え?」
 由紀がきょとん、とする。
「いや、大したことじゃないんだけどさ」
 軽く言いながら、昂河はカバンからラッピングされた薄い箱を取り出した。
 心臓がドキドキ言い出している。それを自覚しながら、昂河は由紀に向き直った。
(くそ、緊張してるのか、僕)
 できるだけ平静を装う。それは自分の得意技のはずなのに、思うようにはできて
いない気がする。
「これ、吉田さんに」
 チョコの箱を差し出す。
「私……に?」
「いつも、色々お世話になってるお礼。バレンタインだし」
 言って、彼女の顔を見る。
 由紀は目をぱちくりさせて昂河の顔を見ている。
「それ……変だよ。バレンタインって女の子が渡す日でしょ」
「欧米では、男性が女性に花を贈る日でもあるんだよ。でも、せっかくだからと思
って、チョコレート」
 言って、昂河は微笑んだ。
「手作りではないけど……ちゃんとバレンタイン用のチョコだから。……あ、いや、
ちゃんとっていうのは変か」
 じっと昂河を見ていた由紀が、小さく笑った。
「それ、お店で買ったんだ」
「店っていうか、うん、まあ」
「お店の人に変な目で見られなかった?」
「それは大丈夫。いや、からかわれたけど」
「からかわれたの? うふふ」
 おかしそうに笑うと、由紀はうつむいて大きく息をついた。
「……昂河くん、ずるい」
「え?」
 思ってもいなかった言葉に、昂河はどきりとした。
「私、昂河くんに感謝されるようなこと、何もしてないよ」
「そんなことない。僕は君に色々助けてもらった。君はそんな気はないと思うけど、
でも僕には助けになったんだ。だから、お礼がしたかった。……だから」
 何を自分は慌てているのか。心で自分を叱咤する。けれど、声が少し震えた。
 由紀はうつむいたまま黙っている。
 差し出したままのチョコの箱を引っ込めるわけにもいかず、そのままの姿勢で昂
河は由紀を見た。
「……もしかして……迷惑、だったかな……」
「あ、ううん、違うの! そうじゃないの」
 昂河の言葉に、由紀は慌てたように顔を上げた。それからすぐまた顔を伏せる。
「……そうだよね。お礼。うん。そうだよね」
 由紀はそう呟くと、自分のカバンから箱を取り出した。
 やはりラッピングされている。バレンタイン用のチョコレートだろう。
 由紀はそれを昂河に差し出した。
「それじゃ、私からもお礼。チョコのお礼じゃなくて、友達だから」
 そう言ってにこっと笑う。
「私ね。私も、昂河くんに色々お礼したかったの。私みたいな子と友達になってく
れてありがとうって」
 その言葉に、今度は昂河はきょとんとした。
「私、昂河くんと会えて色々あって、面白かったから。だから」
 笑顔で、由紀はそう言った。
「もう。バレンタインなんだから、男の子から先に渡さないでよ。女の子の立場が
ないでしょ」
「……ごめん」
 真面目に謝った昂河に、由紀はくすくす笑った。
「でも、私にくれるって言ってくれて、嬉しい……」
「……渡したかったから。僕から、君に」
 伝えてはいけない思いを言葉に込める。
 由紀は、昂河の差し出したチョコを受け取った。
「これは、私から。昂河くんに」
 そして自分の持つチョコを昂河に差し出す。
「……ありがとう」
 昂河は両手でそれを受け取った。
 彼女がどういうつもりでチョコを用意してくれたのか。さっきの言葉通りにとれ
ば友達への義理チョコ、ということになる。
 それで十分だった。何よりも、自分と会えて面白かったと言ってくれたことが、
嬉しかった。
「チョコ交換って変だね」
「そうだね」
 2人でくすくす笑う。
「……ホワイトデーは、それぞれこのチョコのお返しかな?」
「あ、それいいよね。私、ちゃんと手作りにしてあげる」
「それじゃ、僕も手作りにするかな」
 冗談ぽく言う。心はすっかり軽くなっていた。
「吉田さん。一緒に帰ろうか」
「うん」
 すんなりと出た言葉に、由紀はうなずいた。
「それじゃ、1回教室に行こ。美和子が待ってるから」
「あ、そうだった。……桂木さんは、きたみちさんにチョコ渡したのかな」
「さあね?」
 くすくす、と笑って答えると、由紀はチョコをカバンにしまった。
「ねえ、昂河くんは他の人にもチョコ渡したの?」
「いや。渡してないよ」
「そうなんだ」
「……吉田さんは?」
「秘密!」
 にこっと笑った由紀の笑顔に、昂河も笑みを浮かべた。
 これでいい。こうやって、仲良くできれば。
 連れだって歩きながら、昂河はもらったチョコレートを大事にカバンにしまった。