Lメモ涼風譚9話 「浅葱色の光は揺れて」 投稿者:昂河

 放課後の学校。下校時刻も過ぎ、人の少なくなった学内は、どこかひっそりとし
ている。
 それはこの校舎から離れた場所でも同じだった。
「はぁーっ、終わったぁー」
 昂河は溜息と共にそう言うと、机に突っ伏した。
 腕の下には広げられたノート。その横には、本。
 ここは図書館の閲覧コーナーである。昂河の他にも何人かの生徒が本やノートを
広げている。
「まったく、小出先生も無茶言ってくれるよ」
 うつぶせたまま、昂河はつぶやいた。
 今日も外がいい天気だったため、昂河は八塚崇乃と一緒に古典の授業をサボり、
屋上に行ったのだ。
 そして戻ってきた2人を待ち構えていたのは、古典教諭小出由美子のお説教とレ
ポートの特別課題だった。
 明日中に提出するようにとの厳命を受け、昂河は仕方なくレポート作成のため、
図書館におもむいた。
 崇乃は今日は部活を抜けられないとのことで、今夜どうにかすると涙ながらに言
っていた。
 もう1度溜息をつくと、昂河はのろのろと顔を上げた。
 時計を見ると、もう午後7時をまわっていた。
「あー、静かになってるはずだ」
 つぶやいて上体を起こす。
 何気なく辺りを見た瞳が、知った影を映した。
「…………」
 視線の先には、本を選んでいる吉田由紀の姿があった。隣には桂木美和子の姿も
ある。
(……この時間に来てるってことは、生徒会の仕事があったのかな…)
 思いながら、昂河は視線をはずして机の上を片付けにかかった。
 吉田由紀。昂河が気になっている女の子である。
 「気になる」。それが何を意味するのか、昂河はあまり深く考えたことはない。
 いや、考えないようにしているのかもしれない。
 ただ、彼女のことをかわいいと思っているのは確かだった。
 明るくて、いつも一生懸命で。昂河をテニス大会に誘ってくれたときも、試合の
ときも、この間エルクゥユウヤに目をつけられたときも、彼女の笑顔は昂河に元気
をくれた。
(どうしよう……せっかくだから、声をかけようか)
 片付け終わってカバンを手にとって、昂河は迷った。
 何も一緒に帰ろうというわけじゃない。挨拶をするだけだ。
(‥‥よし)
 カバンの持ち手をぎゅっと握って、昂河は由紀達のいる方へ近づいた。
 普通にさよならの挨拶をすればいい。緊張する必要はない。
 思いながら、昂河は口を開いた。

「「あの‥‥」」

 自分の声に別の声が重なる。
「え?」
 昂河は声のした方を見た。
 そこには、昂河と同じようにあっけにとられたような表情でこちらを見ている青
年がいた。
 昂河よりも少し背が低いが、すらっとした体躯の、端正な顔立ちの青年だった。
眼鏡をかけ、少し長めの髪を後ろで軽く、くくっている。
 黒い学ランの上に浅葱色の羽織を羽織ったその青年を、昂河は見知っていた。
「‥‥きたみちさん?」
「‥‥昂河君、だったか」
 お互いの名を呼び合う。
「ええと‥‥」
「あー‥‥」
 そしてお互い言葉が続かない。
 昂河と同時に由紀達に声をかけたのは、3年生のきたみちもどるだった。
「父上?」
 その隣で不思議そうにもどるを見上げるのは、もどるの「娘」、靜だ。
「あれ、昂河くん?」
「きたみち先輩‥‥」
 なんとはなしにこう着状態の2人に、声がかけられる。
「吉田さん」
「桂木さん‥‥」
「お姉ちゃんたち、こんにちはー」
 靜がぺこりとおじぎする。
「こんにちは、靜ちゃん」
 美和子がにっこりと微笑む。
 それを見て、昂河は思い出した。確か、美和子はテニス大会にもどるとペアで出
場したのだった。
(なるほど、それで彼女に声をかけようとしたのか)
 昂河は納得した。どうやらもどるもその辺りに思い至ったらしく、なるほどとい
うようにうなずいた。
「3人で一緒にいたの?」
 由紀がきいてきた。
「いや、僕ときたみちさんが君達に声をかけたタイミングが、ちょうど同じになっ
ただけだよ」
「そうみたいだな」
 もどるも苦笑する。
「ええと……2人とも、何の用で?」
 美和子が遠慮がちにきく。
「ああ、ええと」
「お姉ちゃんたちといっしょにパフェ食べようと思って」
 もどるが答える前に靜が言った。
「パフェ?」
「靜たち、さっき巡回が終わったとこだったの。それで、甘いもの食べたかったか
ら」
「で、ここに来たらちょうど君達を見つけたから、もしよかったら‥‥と思って」
 照れ気味に、もどるが続ける。
「えっ‥‥ご一緒していいんですか、きたみち先輩」
「君達がよかったら、ぜひ」
 その言葉に、美和子は由紀を見た。由紀はその視線を受けて、昂河を見た。
「昂河くんは? 何か用だったの?」
「あ、いや……見かけたから、挨拶をと思って」
「そっか」
 そう言った由紀の表情が、なんとなく残念そうに見えたのは昂河の気のせいだろう。
「昂河君、もしよかったら君もどうだい」
「え」
 昂河はもどるを見た。もどるは、人の好い笑みを浮かべている。
「せっかくだから、一緒に甘いものでも食べないか? 君も疲れているようだし」
「あはは‥‥そう見えますか」
 昂河は頭に手をやった。同時に、もどるの観察眼に感心する。
「ちょっと急ぎのレポート書いたものですから。‥‥でも、僕も一緒でいいのかな‥‥」
 そう言って、昂河は女の子達を見た。
「全然かまわないよね、美和子」
「うん。せっかくだし、一緒に」
「晶お兄ちゃんも、一緒にパフェ食べよっ」
 それぞれから返事が返ってきた。
「じゃあ‥‥ご一緒します」
「よし、じゃあカフェテリアに行こうか」
 もどるが言って歩き出した。みんなその後についていく。
 さすがにこの時間になると、図書館カフェテリアも客はちらほらとしかいない。
「いらっしゃいませーっ」
 その中に、明るく元気な声が響く。
 にこにこと笑みを浮かべているのは、長い黒髪が印象的な、メイド服の女の子。
 このカフェテリアのチーフである川越たけるだ。
「こちらのお席へどうぞー」
「ああ、ありがとう。ほら、靜座って」
「うん」
 たけるに示された席に、まずもどるが靜を座らせる。それに続いて、皆も適当に
座った。
「ご注文、決まったらお呼び下さいねっ」
 そう言って、たけるはカウンターに戻っていった。
「靜、何にする?」
「うーんとねー……チョコパフェ!」
「そうか。‥‥君達は?」
 もどるに言われて、一同はメニューを思案顔で見た。
「きたみち先輩は、何にします?」
 美和子がきいた。
「そうだね‥‥フルーツパフェにでもしようかな」
「じゃあ、私もそれで」
「いいのかい、同じで」
「はい。‥‥先輩と同じだから‥‥」
「えっ‥‥」
 なんとなく頬を赤らめて見つめあう美和子ともどる。
 その様子に、くすくすっと由紀が笑う。昂河も笑みを浮かべた。
「昂河くん、どれにする?」
「えーと‥‥じゃあ、靜ちゃんと同じにしようかな」
「そっか。私はね……えーと……私もチョコパフェにしようかな」
「同じだ」
「うん。おんなじ」
 にっこりと笑ってみせる由紀に、昂河も笑みを返す。
「じゃあ、決まりだね。たけるお姉ちゃーん」
 靜が呼んだ。
「はーいっ」
 たけるがすぐにやってくる。
「ご注文、お決まりですか?」
「チョコパフェ3つと、フルーツパフェ2つお願いします」
「はい、チョコパフェが3つと、フルーツパフェが2つですね」
 たけるは注文を繰り返し、手元の端末にデータを打ち込むと靜を見た。
「靜ちゃんは、どっちを食べるの?」
「チョコパフェ!」
「ん、了解。じゃ、しばらくお待ち下さいね」
 にっこり笑うと、たけるは再びカウンターに戻っていった。
「昂河くんもきたみち先輩も、甘いもの好きなの?」
「うん、大好きだな」
「僕はまあ、嫌いじゃないな」
 由紀の問いに、昂河ともどるはそれぞれ答えた。
「男の子で甘いもの好きって、珍しくない?」
「そうかなぁ。わりといると思うよ」
「でも、いいよね。だって一緒に甘い物食べに行けるから」
 そう言って、えへへと笑う由紀。
「父上もねー、靜と一緒に甘いもの食べてくれるの」
「よかったわね、優しいお父さんで」
「うんっ」
 美和子の言葉に、靜は笑顔でこくっとうなずいた。
「でも靜ちゃん、甘いものばっかり食べてると太るぞ?」
「あうー、晶お兄ちゃんひどいー」
 ぷうっと頬をふくらます靜。
「昂河くんてば、それ禁句」
「そうよねー」
「うっ‥‥ごめん」
 同じように頬をふくらませた由紀と美和子に、昂河は慌てて謝った。
「こりゃ、彼女達の方に分があるな」
 もどるがそう言って笑った。
「昂河君は尻に敷かれるタイプかな?」
「きたみちさん、それはないですよ」
 情けない声で言う昂河に、皆おかしそうに笑った。
「ちぇっ」
「まあまあ。それも悪くはないさ」
「慰めになってません、それ」
「はは、ごめんごめん」
 笑顔のまま謝るもどる。
 ふぅっと溜息をついて、昂河も笑みを浮かべた。
 なんだか、こういうのも悪くない。
 由紀と美和子はともかく、もどると靜とは1度顔を合わせたことがあるだけなの
だが。
 こうして一緒に過ごす時間は、なんだか優しい。
(‥‥この学校の人達は、みんなそうだ‥‥)
 いつも、ふと気が付くと、昂河のいる場所を、そこに作ってくれている。
 そのたびに、なんだか気恥ずかしいような気持ちになる。
「‥‥晶お兄ちゃん、怒っちゃった?」
 急に黙り込んだ昂河に、靜が首をかしげてきいた。
「怒ってないよ。大丈夫」
 昂河はにこっと笑ってみせた。
「‥‥嬉しいと思ってさ。こうして、靜ちゃんやきたみちさんや、吉田さんや桂木
さんと一緒に過ごしてるのが」
「……気持ちは‥‥分からないでもないよ」
 もどるが軽く目を伏せて言った。
「なんとなく、だけれどね」
 どこかしみじみとした口調。
(……この人も……)
 何か背負っているものがある、もしくはあったのだろうか。
 こんな優しさとは、無縁のところに。
「私も‥‥きたみち先輩や靜ちゃんと、こうしていられて嬉しいです」
 少し頬を赤らめて、だがはっきりと美和子が言った。
「あっ、美和子ってば。私と昂河くんは目に入ってないわけ〜?」
 からかうような口調で由紀が言う。
「由紀だって、昂河くんがいれば私達は目に入ってないんじゃない?」
「えっ?! な、何言ってんのよもう、美和子ってば〜!」
 由紀がバンバンと美和子の背中を叩いた。その顔が赤い。
「靜も、父上やみんなと一緒にパフェ食べれて嬉しいな」
 靜がにぱっと笑った。
「靜、みーんな大好き! ‥‥でも、一番は父上だけど‥‥」
 てへっ、という感じで続ける。
「‥‥ありがとう、靜」
 もどるが優しい目で靜を見て、その頭を撫でた。
「おまたせしましたー!」
 明るい声がして、トレイを手にしたたけるがやってきた。手際よく、皆の前にパ
フェの器を置いていく。
「たけるお姉ちゃん、これ‥‥」
 靜がとまどったようにきいた。
 靜の前にあるパフェだけ、明らかに盛りが違う。
「靜ちゃんには、サービスね。子どもはいっぱい食べなくっちゃ」
「でも、いいの?」
「いいのいいの。それに、みんなのにも少〜しだけおまけしてあるの。今日はもう
すぐ閉店だし、材料は使い切っちゃった方がいいから」
「ありがと、川越さん」
「気にしないでください」
 礼を言った由紀に、たけるはにっこり笑った。
「でも、みなさん仲がいいんですね。なんだかダブルデートみたい」
 にこにこと続けるたけるの言葉に、靜をのぞく皆が顔を見合わせて、同じように
赤面した。
「ふふふ、いいですね。じゃあごゆっくり‥‥って、わぁっ!」
 カウンターに戻ろうと振り向いたたけるの目の前に、そびえる電柱があった。
「ででで、電芹? 何やってるの?」
「みなさんが仲むつまじいご様子でしたので、つい観察を‥‥」
 電柱の後ろからそっとのぞいているのは、長いオレンジ色の髪をポニーテールに
した、たけると同じメイド服の少女、電芹だった。
 彼女がHMセリオタイプなのは、昂河も知っている。だからといって機械扱いす
る気は昂河にはない。
 そもそも、HMのような、人と意思を交わし交流できる機械というのが、昂河は
大好きなのだ。
 そして、同時に彼らが人格を持っているということは当たり前だとも思っている。
だから、人にするのと同じように接するのは当然だと、昂河は思っていた。
「もう、電芹ってば。みんなびっくりするでしょ」
「ですが、こうして恋人同士が語りあう様子を正面きってまじまじと見るのは失礼
ですし」
「電芹ちゃんてば、私達そういうんじゃないよ〜」
 由紀がわたわたと訂正する。
「違うんですか?」
「う、うん……」
「そうですか‥‥残念です。放課後のひとときを語り合う恋人達‥‥やがて彼らは
離れるのが辛くなり、共に夜の街に消えてゆく‥‥そういう展開を期待していたの
ですけれど」
「ででで、電芹ってばどこでそういうの覚えてきたのやばいよまずいよ火サスだよ
殺人事件で探偵が出てきて犯人はお前だだよ〜」
 電芹の大胆な思考に、思いきり慌てるたける。
「でも、ハードボイルドとはそういうものだと秋山さんが」
「「「「「「 違うっ 」」」」」」
 全員でツッコミ。
「違うのですか‥‥残念です」
 がっかりする電芹。
「もうっ、電芹ってば〜。いいから邪魔しないのっ。じゃ、みなさまごゆっくり〜」
 たけるは電柱の陰に隠れたままの電芹をひっぱって戻っていった。電柱ごとひき
ずられていく電芹を見送って、一同は顔を見合わせた。
「「「「 あ、あははは 」」」」
 同時に出るひきつり笑い。
「じ、じゃあいただきまーす」
 靜がそう言ってスプーンをパフェに差し入れた。
「そうだね、食べよっか」
「そうだな」
「いただきまーす」
 それぞれがパフェを口にする。
「ん〜、おいしい〜」
 靜がとろけそうな笑顔で言う。
「うん、なんかほっとするよねー」
 由紀も幸せそうに言う。
「それに、甘〜いにおいがする〜」
 そう言って、靜がパフェに顔を寄せた。
「‥‥あ」
「靜ちゃんてば、鼻の頭についちゃったよ」
「ふみー」
 鼻の頭にクリームをつけて、困った顔をした靜に、皆微笑した。
「とってあげる」
 美和子が手を伸ばして、クリームをぬぐい取った。
「はい、大丈夫」
「ありがと、美和子お姉ちゃん」
 にぱっと笑う靜。
「ありがとう、桂木さん」
「いえ‥‥」
 もどるにも礼を言われて、美和子は嬉しそうに微笑むと自分のパフェに手を伸ば
した。
 それからしばらく、皆もくもくとパフェを食べていた。たまに、他愛ない会話を
交わす。
 カフェテラスの客も1人、2人と減り、昂河達5人が最後の客になった頃。
「ごちそうさまー」
 満足気に靜が軽く息をついた。
「靜が最後になっちゃったね」
「たくさんあったからな。おいしかったかい?」
「うんっ、とっても」
 にこにこする靜に、もどるもまた満足気な笑みを浮かべる。
「じゃあ、そろそろ行こうか。‥‥桂木さん、吉田さん。駅まで送るよ」
「あ、じゃあ僕も一緒に」
 そう言ったもどると昂河に、美和子と由紀は顔を見合わせた。
「でも‥‥いいんですか?」
「女性を守るのは男の役目だよ。な、昂河君」
「ええ」
「でも、靜ちゃんもいるし、早く帰った方が‥‥」
 遠慮がちに言った美和子に、靜はにっこりと笑ってみせた。
「父上は強いから、一緒にいると安心だよ」
「‥‥靜ちゃん」
「じゃ、送ってもらおっか、美和子。せっかくだし」
「‥‥そうね」
「よし」
 きたみちは微笑を浮かべると、立ち上がった。
「じゃあ、行こうか」
 そう言って、靜を椅子から下ろして、もどるはレジに向かった。皆も後に続く。
「‥‥吉田さん」
 声をかけた昂河に、由紀が振り向く。
「よかったら‥‥また、一緒に来よう」
 不思議なほどにすんなりと、その言葉は出た。
 由紀は一瞬目を見開いて、そして笑顔になった。
「うん。昂河くんのおごりでね」
「あっ、そうくるか」
「うふふっ」
 くすくす笑う由紀。
(ま、それもいいかぁ……)
 口には出さず、昂河は思った。
 今度は電芹がレジに出てきた。そつなく会計をすませていく。
「ありがとうございました」
「またね、電芹お姉ちゃん」
 靜が手を振る。
 5人はもう人気のない廊下を、話しながら歩いていった。
 ふと昂河が窓の外を見ると、空は晴れているのか星が見えていた。
(……外に出たら、綺麗かもな)
 思いながら、談笑する4人の後に、昂河はゆっくりとついていった。