木々の間から、せみの声が聞こえる。 夏休みの学校には、いつものにぎやかさはない。 来ているのは、基本的には部活の生徒達くらいである。 それでもグラウンドに行けば運動部の生徒達のかけ声が響いているのであろうが、 ここ、図書館内にはそれも聞こえてこない。 夏休み中も図書館は開放されていて、冷房がひんやりと心地よい室内には、夏休 みの宿題をしている者や、この休みの間に本をたくさん読んでおこうという者達の 姿がちらほらとあった。 神岸あかりは、後者であった。 ちょうど読みたいと思っていた本が夏休み前に入っていたので、それを読むため に図書館に来ていたのである。 このLeaf学園の図書館の品揃えは、町の図書館以上のものである。だから、 あかりはこの学校に入ってからは、ここで本を借りることが多かった。 「……ふぅー……」 読み終わった本を閉じて、あかりは息をついた。 この本は前後編に分かれている。今読んでいたのは前編だった。それなりの厚さ の本だ。 あかりは本を読む速度はあまり早い方ではない。だが、今は夏休み。一日中本を 読んでも誰にも咎められない。 家まで借りていってもいいのだが、それをするにはその本は少々重かった。 (……続き、戻ってるかなぁ) 思いながら、あかりは席を立った。本が収められていた棚へ向かう。 本を借りたときには、そこには前編しかなかった。後編は誰かが借りているらし い。 家に持ち帰られているなら、当分は読めないかもしれない。 (う〜、でも続き読みたいな……) 本を抱えてそのコーナーまで来た時、あかりは足を止めた。 ちょうどその本があった棚の前に、1人の女生徒が立っていたのである。 彼女の手は、あかりの持っている本の後編を本棚に戻していた。 「柏木さん」 あかりはその女生徒に声をかけた。振り向いた彼女の動きに合わせて、つややか な黒いおかっぱ髪が揺れる。 「……神岸さん」 「柏木さんがその本読んでたんだ」 あかりは笑顔で女生徒──柏木楓に話しかけた。 楓は、あかりの持っている本に目をやった。 「神岸さんも、その本読んでいたの」 「うん。読みたいと思ってたら、ちょうど入ったから」 「私も……」 楓は微笑んだ。 「買ってもいいんだけど、まず読んでみようと思って」 「面白かった?」 あかりの問いに、楓は微笑したままこくりとうなずいた。 「これなら、買ってもいいかも」 「本当? そうかぁ。ふふ、楽しみ」 頬をゆるませるあかりに、楓はすっと手を差し出した。 「返すんでしょう?」 「あ、うん。…ありがとう」 楓の行動を理解して、あかりは自分の持っている本を渡した。 楓はその本を棚に戻すと、さっき自分が返したばかりの本を手に取り、あかりに 渡した。 「ありがと。‥‥柏木さんも、本は好き?」 「ええ」 「私も。いいよね、本読むのって」 「どういうのが好き?」 「うーんと、推理小説とか。童話なんかも好きかな。あと、これみたいなファンタ ジーとか」 「私は、推理小説は海外の作家のを読むことが多いの。ファンタジーは両方」 「私近頃はね、古典っていうのかな、昔のにこってるの。指輪物語とか」 その言葉に、楓は目を細めた。 「読んだわ。昔の本だと、あとはドラゴンランスとか」 「あ、それ読んでない。面白い?」 「ええ。テーブルトークRPGのプレイが元になっている小説なんだけれど。登場 人物の設定とか、やっぱり日本人と違って向こうの人ならではの感覚っていうか」 「へえー。日本でもあるよね、ロードスとか」 「あれもいいけど、雰囲気がやっぱり違うの」 「そっかぁ。今度読んでみようっと」 2人は笑顔を浮かべた。 「‥‥じゃあ、私は帰るから」 「そうなの? よかったら、また今度お話しようね」 「ええ」 にっこりと笑って、楓は去っていった。 その後ろ姿を見送って、あかりは手の中の本を確かめると、続きを読むために読 書コーナーに向かった。 窓からは明るい光が差し込み、まだ日は長い事を告げていた。