Lメモ外伝『ナイトメア・イン・ホーリーナイト』 投稿者:風見ひなた

『メリークリスマース!本日は12月25日、クリスマスですね。番組をお聴きの皆様、
お楽しみいただいてますでしょうか?今日はこの番組に素敵なゲストがいらっしゃってま
すよー!』
『番組をお聴きの皆様、はじめまして!広瀬ゆかりです!』
『いやー、ゆかりちゃんご苦労様です!若い女の子なのにクリスマスも仕事仕事!』
『うふふ、皆さんそう言われますけどそんなことないですよ。仕事、大好きですから!』
『さすがに業界一の頑張り屋さんと言われるだけありますねぇ、ご立派です!』
『そんなことないですってば、もう…困っちゃったなぁ』
『あはははは。それじゃあ行ってみましょう!《長岡詩穂のミュージックアワー!》
今日はクリスマスソングでお送りしますよー』


 風見は死地にいた。
 切り裂いても切り裂いても襲い来る、妖魔達。
 呪詛の声を上げてゆっくりと凶器を振り上げるただれた顔の男。
 過去の鎖から逃すまいとする……亡者達。
「悪い夢なら……醒めるがいい」
 そう言いつつ、風見は悪夢の映し出された銀幕を切り裂くように、刃を振るった。


 Lメモ外伝『ナイトメア・イン・ホーリーナイト』


「ひなたさん……遅いな」
 美加香は窓の外を見ながら呟いた。
 外はしんしんと雪が積もっている。
 ホワイトクリスマス……だが、美加香にとってはそれは心配の種以外の何者でもない。
 風見は用事がある、と残して家を出てから帰ってこない。
 もう7時になる……平時なら決して心配する時刻ではない。
 だが、今日はクリスマス。ティーナや笛音、OLH、マール、西山を呼んでパーティー
をしようと決めたはずである。
 それなのにこんなに帰ってくるのが遅いというのは……。
 まさか雪が降ったからといって行き倒れになるなんてこともないだろうが。
「風見、帰ってこないな」
 西山がぽつりと呟いた。
 自分の心情を代弁されたようで、思わず美加香は首を振ってしまった。
「どうせどこかで油でも売ってるんですよ。本当にしょうがないんだから!」
 口に出たのはそんな言葉だった。
「だが、風見は約束を破るのが大嫌いな奴のはずだが……」
「帰ってこない人が悪いんですっ!もう、先に始めちゃいましょう!」
 美加香は本心とは裏腹に、そんな悪態をついてテーブルに向かった。
 そして、グラスを人数分用意して子供向けのシャンパンを取り出す。
「さっ、みんな乾杯しましょ!」
 西山はまだ何か言いたそうだったが、諦めたように息を吐くとテーブルに向かった。
 ぽぉんと大きな音を立てて、栓が弾け飛ぶ。
 一同はどこか足りないような気分を振り払うかのように各々のグラスにピンク色の液体
を注ぐと、大きな声で叫んだ。
『メリークリスマス!』


『さーて、それじゃあ張り切って一曲目行きましょうか。ゆかりちゃん、選んでくれる?』
『はい。えーと、《クリスマス・ナイト》です』
『初めっからノリの良い曲できてくれるわねー。それじゃ、行ってみましょうか!』


「ふふ……洒落が効いている」
 風見は血泥にまみれながら、そう呟いた。
 天国より聖なる子の舞い降りた聖誕祭の夜に死者は地獄から蘇り……復讐をする。
 主は全ての子に愛の祝福を。
 亡者は自らを闇に葬った男に狂おしい呪詛を。
 風見はもう一度苦笑すると、刃を背後に向かい一閃させる。
 電信柱の影から顔を出した顔のない妖魔が闇色の牙を剥きだしていた。
 見覚えがある。修業時代に…殺した妖魔だ。
 子供をさらっては喰い殺していた。半ば爆発するような激情を込めて…砕いたはずだ。
 耳障りな叫び声を上げ、ないはずの口から絶叫を上げる妖魔を見ながら、風見は歯を食
いしばった。
「黙れ!地獄で大人しくしているがいい!」
 もう一刃が繰り出され、妖魔は今度こそ完全に塵へと帰る。
 だが、その時には既に新しい妖魔が地面から盛り上がっていた。
 何もないはずの住宅街の道路の真ん中で…風見は死闘を演じ続ける。
 何度も……何度でも刃を振るいながら。


『そーいえば長岡さん、高校生の親類はいらっしゃいますか?』
『え?ううん、いないけど……どうして?』
『いえ、私の通っている学校に長岡さんって人が居るんです』
『へえー、もしかしてゆかりちゃんのボーイフレンドかなぁ?』
『まさか!その子、女の子ですよー』
『あらら、ざーんねん!ほら、そこのほっと胸なで下ろしてるラジオの前の君、安心しな
さいよっ』
『もー、長岡さんったらぁ』
『まぁそれはそれとして、もしかしたらいるかもしんないわね。親類の顔あんまりしらな
いから、ひょーっとすると遠縁なんかにさ』
『もしそうだったら、ちょっと不思議ですね!』
『さーて次の音楽は…』
『《恋人はサンタクロース》でーす』


「遅い……もう三十分経つぞ」
 七面鳥を囓りながら時計を見て、西山が呟く。
 そうやって周囲が騒ぐほど、美加香は不機嫌になっていった。
「知りません!」
 そう言いながら、本物のシャンパンをぐいっと一気飲みする。
 だんだん荒れて行く美加香を見ながら、マールはふっとため息をついた。
 その時、玄関のチャイムが鳴った。
 はっとルーティがドアに向かおうとするが、それよりも早く美加香が駆けだしてゆく。
「遅いじゃないですか、ひな……」
『メリークリスマス!』
 言いかけた美加香を封じるように、声が被せられる。
 そこにいたのはわざわざサンタの扮装をして、ヒゲメガネまで付けた誠治とちびまる、
電芹、それにとーるくんだった。
 その後ろにはT−STAR−RESERVEとてぃーくん、きたみち親娘も居る。
「ありゃ……?飯つくって押し掛けてきたんだけど……迷惑だった?」
 こりこりと頭を掻く誠治に、美加香は首を横に振った。
 もちろん顔に浮かべた笑みにはわずかばかりの落胆が混じっていたが……。


(こいつは……帰れませんね……)
 風見は苦い表情を浮かべながら肩を押さえた。
 先ほど、挟み撃ちされて傷を受けてしまったのである。
 もちろん風見にはDK細胞という回復手段がある。
 だが、今はそれを使う暇もままならぬものだった。
 痛みと怒りのため舌打ちを上げながら、風見は右手のカタールを握りしめる。
 左手のものは先ほど折れてしまったばかりだ。
 亡者達は身体が『闇』で構成されている。
 そうとしか呼びようのない外見の物質……まるで甲殻類のキチン質のような硬度。
 元がどんなに弱い妖魔や人間でもその鎧のために苦戦する強敵となり、強敵は更に恐ろ
しい存在となる。
 そして彼等は必ず風見の周りから湧いてくる。
 電柱の影から。マンホールの下から。コンクリートの道路から。
 じわじわと液体が滲むように浮かび上がり、風見に牙を剥く。
 どんな理由で突然亡者が襲ってくるようになったのかは分からない。
 しかし連中は次から次へと風見に迫ってくる……。
 ある者は妖魔、ある者は暗殺者、ある者はエルクゥ……よくも我ながらここまで殺した
者だ、と苦笑するしかないような数で。
 こんな状態で家に帰るわけには行かない。
 無論、家にいるみんなは強力な戦闘力を持つ。あっと言う間に連中を殲滅できるだろう。
 だが……そういうわけにはいかない。
(僕の招いた事件に…みんなを巻き込めるか!)
 それに、家にはマルティーナが居る。きたみちや誠治にも声を掛けた以上、他の子供達
がやってきている可能性は非常に高かった。出来るだけ子供達の安全は守たねばならない。
 塀を登ってまた『闇』が舞い降りてきた。
 風見はぎゅっとカタールを握りしめる……。
 そのとき、道の向こうから声がした。
(まずい!)
 ひとけのない住宅街を選んだつもりだが、やはり通行人はいる。
 その叫び声を聞きつけて、亡者は彼を狩りに向かう。
「させるかあっ!」
 風見の怒気迫る叫びと共に、刃光が夜の闇を裂いて亡者の背に突き刺さり、塵と化す。
 獲物を失った風見は舌打ちをしながら、腰を抜かす通行人の反対側へ走っていった。
(もっと人の少ない場所だ……!)
 誰であろうと、自分の災害に人を巻き込むつもりはなかった。
 夜の闇の向こうへと消えて行く風見の背中を、男はへたりこんだまま見つめている。
 男のポケットからはラジオ放送が流れていた。


『はい、ここで番組からクリスマスプレゼントがありまーす』
『わぁ、素敵ですねー!なんでしょうか?』
『じゃーん!これこれ』
『きゃーっ、可愛いーっ!』
『ナマハムちゃん飼育セット!サンタさんも乗っている、流行りの生き物ですね』
『この子、確か全長3メートルまで大きくなるんじゃありませんでしたっけ?』
『ちっちっち、これは新種のプチナマハムって言う種類だからこれが最大でーす』
『あっ、それじゃあおうちでも飼えますね』
『提供は……えーと、第二購買部……?なんでしょうか??』
『えっ!?』
『あっ、ゆかりちゃん知ってるの?』
『い、いえ!知りませんとも!おほほほほほ……』
『そぉ?えーと、じゃあこれをお葉書をくれた一名様に差し上げます』
『さっ、歌に行きません!?』
『なんで急いでるのかな……まぁいいや。それじゃあ次の曲!』
『ちょっと今までとは毛色が違いますね。《ホワイトブレス》です!』


「ほらほら、ラジオ聴いてみな。風紀委員長がラジオに出てるぞ」
「あーっ、ホントだ広瀬さんだ」
「ホワイトブレスってクリスマスソングかなぁ?」
「ところで第二購買部って……」
「いつから連中はラジオにまで手を出したんだ?」
「そのうちCMするぞ」
「お父様、お…おしっこ……」
「あーはいはい!ルーティちゃん、トイレはどこ!?」
「そこの突き当たりを右に曲がったドアだよ!」
「おーう、西山ぁ!呑んでるかぁぁ!?」
「うっ……OLH、貴様本物の酒呑んでるな?」
「あー、いいなー!ボクも呑むー!」
「私だって!」
「駄目だよ笛音ちゃん、子供がお酒呑んじゃ」
「おらぁぁっ!このガキ、笛音に手ぇ出してんじゃねぇぇ!」
「わーーっ!?」

 そんな喧噪の外に、美加香はいた。
 シャンパンの瓶を持ってはいるが、全然減っていない。
 もちろん美加香はいくら酒を飲んでもけろりとしているから変わらないが。
「風見君を待っているのですか?」
 はっとして振り向くと、微笑みを浮かべたTが立っていた。
 美加香はわずかに躊躇ったが、やがてこくりと頷く。
 Tはそれを聞いて、ふうっと息を吐いた。
「遅い……ですね」
「ええ」
 美加香の表情は冴えない。いや、みんなが盛り上がれば盛り上がるほど暗くなる。
 たった一人いないだけで。
 いや、そのたった一人が居ないからこそ。
「占って……みましょうか」
「えっ?」
 美加香は顔を上げた。
 その顔に向かい、Tはウインクする。
「占いですよ。占い。どうです、お一つ?」
「……折角ですけど、私あんまり占いとかそういうのは……」
 美加香がそう言いかけた途端、Tはじゃっと易の道具を拡げて見せる。
「今日は聖なる日、クリスマス。もしかしたら……奇跡が起こるかも知れませんよ?」
 美加香の顔がほころんだ。
「中国占いで?」


 風見は頭上を見上げた。
 そこには大きく…そして古びた教会。
 かすかに星灯りで見える鐘はすでに錆び付いて久しいようだ。
 庭は草が伸び放題でろくに手入れもされていないらしい。
 どうやら廃墟となっているようだった。
「この町に……こんな場所があったのか……?」
 風見はぽつりと呟いた。
 敵を予備のダガーで倒しながらやってきて、たどり着いた先がここだった。
 知らない道を通って来たのだが、こんな教会の存在は見たことも聞いたこともない。
 昔は信者達が集まり荘厳な雰囲気を漂わせていただろう聖堂も、今では不気味な蜘蛛達
の巣窟だろう。
「えらく豪華な教会だが……カトリック系か?」
 古くなったので移築したのか…その割には新しい教会の話など聞かないが。
 まあ…人に知られていない場所の方がいいだろう。
 過去との闘いの場としてはこれ以上の場所は他にあるまい。
(亡者達よ…おびき出してやろう。今度こそ永遠の死をくれてやる!)
 そう心の中でひとりごちると、風見は教会の古びた大きなドアをくぐった。
 風見は気付いていなかった。
 見上げている間中、亡者達はただの一匹も気配を漂わせはしなかった……。


「あなたの探し求める人は……どこにもいない」
「えっ?」
 美加香はぎょっとしてTの顔を凝視した。
 しかしTは、何も言わずただ続けて行く。
「少なくとも人がたどり着ける場所にはいない」
 美加香は敢えて口を挟まないことにした。
「あなたの捜し人はたった一人、戦っている。己の過去と…それを統べる者と。誰にも頼
らず……誰にも頼れないと思い込んでいる」
 もちろん、美加香には意味は分からない……。
 風見が亡者達と死闘を演じていようなどとは思いもしない。
 だが、風見が危険な状況にあり、そして自分を頼っていると言うことだけは非常によく
理解できた。
「どうすれば……ひなたさんの所に行けますか?」
「東北。町の…はずれ、そこにこの世ならぬ場所が創られている……が」
 そこでTはぎらりと紅く光る目で、美加香を睨んだ。
「気を付けるが良い。凶兆が出ている……お前達はそこで哀しいことに遭うだろう」
 それでもいいか……とその眼は言っている。
 美加香はひるまずににこりと笑いかけると、言った。
「私の他に誰がひなたさんを助けられるんですか?」

 美加香が走り出ていった後……。
 Tはぽつりと呟いた。
「これでいい…世界を灰色に保つためには。導師……今参りましょう」
 そして音もなく、T−STAR−RESERVEでないTはその場から掻き消えた。
 為すべきことをするために。
 Tが消えたことなど、誰一人気付かなかった。


『あーっ、アイテムがきれたーっ!?』
『そんなときにはここ、第二購買部!たくさんの魔法のアイテムを格安価格で大奉仕!』
『あっ、あなたははつよさん!』
『はつよさんではなーい!初代だ!さあお嬢さん、君もわしとゴォトォヘブン!』
『やーん、素敵ーっ!もうラブラブなのーーっ!』
『あなたもわしもすぐ行こう!第二購買部!』

『うーん、《戦場のメリークリスマス》の次にこのCMかぁ……』
『ちょっとギャップが凄かったですね』
『さあ、番組も終わりに近付きました。ゆかりちゃん、一番のクリスマスソングってなん
だろう?』
『一番のクリスマスソング?』
『そう。あるじゃない、ポップスとか賛美歌とかさ。その中で一番の曲』
『そうですねぇ……やっぱり《WHITE ALBUM》でしょうか?』
『やっぱり流行りの曲が好きなわけ?』
『いいえ、そんなことはないです』
『じゃあ、なんでその曲?』
『ええと…私、歌わないから偉そうなこと言えないけど…』
『構わないから』
『はい。えっと、やっぱりクリスマスソングって色々あるじゃないですか。でも、そのう
ちで心にじーんと響く曲っていくつあるでしょうか。共感できない曲をいくら聴いても全
然意味がないと思うんです』
『……みんなが共感できる曲が一番?』
『いえ。自分が一番いいなぁって思う曲、心の琴線に触れる曲、そんな曲です。だから、
この番組に出るとき、私わくわくしてたんです。たくさんクリスマスソングを流して、そ
の中で一番の曲を聴いて貰う、そのお手伝いが出来るって』
『………………………』
『あ……すいません、ナマ言って』
『いや、そうじゃなくって……驚いた。あたしの言いたかったことと殆ど一緒だ』
『えっ、やっぱり長岡さんもそう思いますか?』
『思うよ!やっぱり、あたしだって一番の曲を聴きたいもの!』
『じゃあ、長岡さんの一番の曲って何ですか?』
『うーん、恥ずかしいな……すごくオーソドックスだけどね』
『はい』
『それじゃあ、お願いします。《クリスマスキャロル》』


「君たちは……」
 風見は絶句した。
 見覚えがある。聖堂の椅子に座って自分をじっと待っていた者……。
 忘れもしない、それは……。
『風見……』
『待っていたぜぇ……』
『いてえよ。痛え。心が、傷が、痛むんだよぉ……』
『お前にやられた傷が……痛むんだよぉ……』
 知っている、僕は確かに彼等を知っている。
 中学時代。あの灼熱の悪夢から醒めると……いつの間にか消えていた。
 そう信じていて、思い込もうとしていた。
 思い出す、あの悪夢の中の出来事を。
 そう……僕は心の闇に命ずるままに、彼等を……。

「紅蓮の煉獄に……」

 風見は詠唱を呟きかけた口を押さえ込むと、ぎろりと影達に向き直った。
「痛い?心が?傷が?……冗談じゃないですね!自業自得ですよ!」
 風見はまくし立てるようにそう亡者達に叫んだ。
 中学時代、自分を虐めて……そして日陰に、心の奥底に眠る自分の叫びの命ずるままに、
殺した同級生達……!
 そんな風見の叫びを聞いて……亡者達は同時に躍りかかった。
『風見のくせに!』
『生意気なんだよ!』
『死ねよ!生きてても意味ねえんだからよ!』
『弱虫は俺達に踏まれて死ねばいいのさ!それが《自然淘汰》って奴だよ!』
 知っている。
 その台詞はみんな、一度投げかけられたことがある。
 覚えている。僕はそれらを言われる度に深く、深く傷ついたんだ。
 毎日毎日、じっと悩み続けたんだ。生きればいいのか……死ねばいいのか。
「だけどね」
 風見は誰にも聞こえない呟きを唇の端から漏らすと、銀の輝きを懐から光らせた。
 そして……闇が切り裂かれる。
 教会に満ちる淀んだ空気、積もった暗黒。
 それらごと巻き込むように……風見の刃が宙に舞い、そして砕け散った。
 彼等の一人の指が風見の肩に伸ばされる。
 そしてそいつはがくりと膝を突き……足下から塵となって……。
『おまえは…不……よ……ぉっ………………………』
 そんな叫びとも囁きともつかない声をあげ、闇に還った。
 指が塵に戻るとき、風見の身体が揺れる。ぽつりと雫が滴る。
 風見は泣いていた。
「違うんだよ…違うんだ……。僕は…もうその言葉で泣けるような、傷つくことができる
ような、そんな純真な僕じゃなくなってしまったんだよ……僕は…もう………」
(変わって…しまったんだ……)
 泣いていた。声も出さず。叫びも上げず。
 ただ、呟きと目から墜ちる雫だけで。泣いていた。

 そして、風見は崩れ落ちそうな天井を睨んだ。
 許さないつもりだった。
 叫んだ。
「出てこい!僕にこんな悪夢を見せた奴……こんな事をさせた奴!八つ裂きにしてやるっ!」
 その瞬間、教会に雷鳴のような音が響いた。
 いや、音ではない……音楽だ。
 風見はその音楽が聞こえる方へとゆっくり、ゆっくり歩き出す。
 そして風見は息を少しばかり吸うと、大きく聖堂の奥のドアを開いた。
 大きな不協和音を立てながら、音楽が一層大きく響き出す。
 風見は知っている。この音楽の名を。
 《もろびとこぞりて》………もしくは。
 《シュハ、キマセリ》。
 風見はじっと演奏者を見つめていた。
 彼は古ぼけたグランドピアノから手を離すと、大仰に一礼する。
 そして言った。
「父と子と聖霊の御名において……
 全ての子にハレルヤ。
 この世に満ちる生命達にハレルヤ。
 ありとあらゆる罪深き咎人にハレルヤ。
 未だ時の来たらない希望達にハレルヤ。
 救われぬ悪夢達にハレルヤ。
 この世の底辺で藻掻き苦しむ人間達にハレルヤ。
 救いを与える使徒達にハレルヤ。
 そして……
 我等の偉大なる魔王にハレルヤ!」
 その男は知っている。今夜は知っていることばかりだ。
 風見は拳を強く握りしめると、叫んだ。
「ハイドラント!どういうつもりだぁっ!」
 びりびりと部屋が振動するような衝撃を秘めた声。
 だが、その中でハイドラントはくっくっと薄笑いを浮かべてすらいた。
「怒るなよ……今日は聖なる日だ。キリスト教の主が生まれ、そしてこの世が終わる日。
魔王が降臨する日なのだからな」
「……何?」
 眉をひそめる風見に、ハイドラントはにやりと笑って訊いた。
「余興は……楽しんで貰えたかね?」
 風見はぎりっと奥歯を強く噛んだ。
「やはり貴様の仕業か……!亡者を呼びだして、僕を襲わせたのは……」
 だが、ハイドラントはちっちっと指を振った。
「亡者?違うな。アレは夢だ」
「…夢?」
「そう。悪夢……お前の心の闇が内包する、忘れたい過去の記憶……」
 それから、ハイドラントはふてぶてしい笑みを浮かべて、言った。
「そしてコレが…お前に贈る最後の悪夢だ」
 ぱちん、とハイドラントが指を鳴らした。

 その瞬間、風見は炎の海の中に立っていた。
 ここは教会ではない。よく知っている場所。
 一度たりとも忘れたことのない場所。
 今も連綿と続く、後悔と、嘆きと、そして自らへの怒りの出発点。
 二年前の炎上する我が家。
 足下には髪の長い少女が倒れている……風上日陰。
「お…兄…ちゃ……」
 知っている。
 あと十秒もしないうちに二つ目の爆薬が炸裂し、風見を襲う。
 そして日陰は風見を庇って……死ぬのだ。
 あのときは力不足で彼女を守ってやれなかった。
 だが、今は違う。今の自分なら日陰を護ることが出来る。
「日陰!しっかりしろ、今助けてやる!」
 そう叫びながら、風見は日陰に手を伸ばす。
「おにい……ちゃ……ん?」
 日陰の小さい手に風見の手が触れる。
 その途端に日陰の身体が闇色に染まり、鋭い牙を剥きだした亡者が飛びかかってくる。
『オニイチャァァァァァァァン!』
「ひっ!?」
 風見の手に握られた刃が……日陰の首筋を刺し貫いていた。
 日陰は亡者などではなかった。
 うっすらと涙を流しながら、あどけない表情で風見を見つめていた。
「お兄ちゃん……どうして………」
「あ…あああ………あああああっ………」
 かちり、と音がした。
 純白の閃光と熱波が風見と日陰を包み込む。
「あああああああああああああああああああああああああああっっっーーーーーっ!」

 ハイドラントは悪夢に墜ちた風見をじっと見つめていた。
 やがて、風見が身の毛もよだたんばかり血の色のの絶叫を放つ。
 ここまでは計算通りだった。
 この日のために必死でお膳立てをしたのだ。
 対象者の深層意識の中の記憶を妖魔に投影させ、そして記憶を弄くる呪法。
 結界を出現させ、存在しない場所を創造する魔法。
 非常に多くのコストを背負ったが、それなりの効果はあったようだ。
 今、自我に大きなダメージを喰らった風見の精神が弱り、そしてそれを吸収した魔王
風上日陰が降臨する……!
「ハイド……ラントォォォ!!!!」
 風見は血走った目でハイドラントを睨み付けた。
 ハイドラントは予想外の事態に戸惑い、舌打ちをした。
 計画は失敗したようだ……。
「ちっ、耐えたか……!」
「ハイドラント…許さない!殺してやる!貴様は絶対に八つ裂きにしてやるっっ!!」
「フン、出来るか!?貴様に!」
 ハイドラントが叫ぶと同時に……風見の手から蒼い閃光が伸びた。
「なにっ!?」
 それはハイドラントに当たりこそしなかったものの、教会の壁に当たり強力な衝撃波を
発する。
 ハイドラントが振り向くと、そこには綺麗な空洞が出来ていた。
 ごくっと唾を飲み込むと、ハイドラントは額を拭う。
「なるほど……正の心を込めるほど強くなるのがSS不敗流……ならば負の心を込めるほ
ど強くなるのが貴様の鬼畜拳……。それが貴様の真の拳というわけか!」
「ハイドラント…僕はこれほど怒ったことは未だない……。自分ですらどれほどの破壊力
が出るのか予測が付かない。だが、それでこそ貴様を討つに相応しい!」
 ハイドラントはにやっと笑うと、黒い上着を脱ぎ捨てた。
「面白い…相手になってやろう。羅喉流の力、見るがいい!」
 そして……闘いは始まる。


 西山ははっとして天井を見上げる。
「馬鹿な……これは、風見と…ハイドラントか!?」

 ほぼ同時に、違う空の下にいたEDGEも満天の空を仰ぎ見る。
「この力…あの子は一体何をしたの!?」

 どちらにしろ、危険なことには変わりがない。
 二人はごくりと息を呑むと、呟いた。
「負と負の力がぶつかり合うと……とんでもないことになる!」


 美加香は自転車を乗り捨てると、息を吐いた。
「ここね……」
 目の前には広大な空き地が広がっている。
 バブル期にマンション建設が挫折してからずっと手を付けられていない。
 だが、今の美加香はびりびりとした邪悪な気を敏感に感じ取っていた。
 この先に、風見はいる。
 だが……どうやって向こう側に行けばいいのだろう?
「止めておきなさい」
 はっとして美加香は振り返った。
 冷たい印象の美人が、身じろぎ一つせず自分を見つめている。
「今この中では恐ろしいまでの邪気が渦巻いています。下手に開くと……死にますよ」
「あなたは…篠塚先生……」
 名前を呼ばれても、弥生はただ12月の風に黒いコートをなびかせるだけだった。


「はぁぁぁっ、SS不敗流奥義『舞葉(ぶよう)』!」
 風見の手刀がハイドラントに襲いかかり、髪の端を切り取っていった。
「ふん、『舞葉』か!闘気を刃に変えた手刀で襲いかかる奥義……だが!」
 ハイドラントはわずかに体を動かすと、風見の胴を蛇のような動きの突きで襲う。
「効かん!効かないなぁっ!」
「ごふっ……!」
 風見は歯を食いしばると、気合いを込めて拳をハイドラントに叩きつけた。
「殺してやる……殺してやるっっっ!!」
「無理だな!今の俺には誰一人として勝てん!絶対にだっ!」
 その叫びと同時に、ハイドラントの放った蹴りが風見を吹っ飛ばしていた。
 さらに倒れる風見に向かって、ハイドラントは拳を突き出す。
「雷神槍!!!」
 泳ぐ風見の腹をエネルギーの槍が刺し貫き、風見は壁に縫いつけられる。
「がほっ…!」
 風見はびくっと手足を痙攣させたが……それきり動くことが出来なくなった。
 ハイドラントは少しも呼吸を乱れさせては居ない。
「……いいざまだな」
「何故だ……?」
 風見は血の涙と、血の唾を吐きながら呟いた。
「何故……勝てない?何故お前は……傷つかない?」
「…ここは、俺の結界だ。この中では全ての邪気は俺の力となる……お前がいくら邪気を
生み出して力に変えようと、その力は全て俺に帰ってくる。お前は鏡に向かって攻撃して
いるようなもんなんだよ!」
 ぽたりと……風見の目から血が落ちる。
 それは傷から流れ出たのか。目から滴り落ちたか。それすら分からないほど、風見は手
ひどく傷ついている。
「傷も治せまい?DK細胞は確かにありとあらゆる傷を高速で治療することが出来る。…
だが、それはSS不敗流に限っての話だ。西山が組み込んだDK細胞は正の心にしか反応
しない。負の心を持つ貴様や俺の拳では治療どころか拒絶反応を引き起こすだけの厄介者
にしか過ぎんわけだ」
「そこまで……調べていたか……」
 風見はがくりとうなだれると、力を抜いた。
 死んだように見えるが、まだ死んだ訳ではない。もっとも、それもすぐ側に迫っている
が。
 ハイドラントはにやっと笑うと、風見に近付いた。
「今の貴様の命を絶つことは容易い……わかるな?」
「……ああ」
「だが、俺には日陰が必要だ……風見。俺の軍門に降るがいい」
「………………」
 風見は応えなかった。
 ふっとハイドラントは笑うと、風見に蹴りを喰らわせた。
 ごふっという音を立て、風見が更に血を吐く。
「選択肢は一つしかないんだ、風見。逆らえば……」
「……………」
「貴様の家族、知人、全てを殺す。美加香もマルティーナも、全て……」
 ハイドラントは勝利を手にして増長していたのか。
 或いは吸収しすぎた圧倒的なまでの邪気が彼の自我、判断能力を狂わせたか。
 それは不明だが、彼が致命的な一言を口走ってしまったことだけは確かだった。
 風見の腹に刺さっていた邪気が消滅した。
 ……いや、取り込まれた。
 それまでとは比べ物にならないほどの怒りを込めた風見の動きが、ハイドラントに迫る。
「ハイドラントォォォォォォオオオオオオオオっっっ!!!」
「馬鹿め!怒りでは俺に勝てん!吸収して……吸収……できない……?」
 ハイドラントの油断は、結界に頼りすぎたことだった。
 確かに風見の邪気を吸い、強化されたハイドラントは50%しか扱えないはずの羅喉拳
を完全に扱って見せた。だが、それは思わぬ隙を露呈することになった。
「これが……僕の怒りだっっっっ!!!!!!!!!」
「しかし!その傷ついた身体で貴様の邪気を吸った俺に勝てると思うのかっ!?」
 その言葉は二重の意味で裏切られた。
 風見の身体が驚異的なスピードで回復してゆく。
 傷口が塞がり、血が止まる。DK細胞が増幅される。
 そしてその身体から立ち上る力が、教会の姿をした結界のあちこちにひびを走らせる!
(漏れる!?邪気が……漏れて行く!?)
 それを悟った瞬間、風見の拳がハイドラントを捉えた。
 渾身の力で放たれた一撃は、それ一撃で充分なほど巨大な一撃でもあった。
「裏九鬼流裂鬼拳奥義 舞刃凶嵐(武神狂乱)」
 そして風見の手から繰り出された無数の『舞葉』がハイドラントの全身を襲った。

「砕ける……!?」
 珍しく弥生が感情を露にし、叫びを上げた。
 だが結界から漏れてくるのは予測したような邪気ではない。
 それを駆逐した、怒りの邪気に似ているがそれとは全く異質なもの。
 美加香は涙をこぼしながら、結界に向かい拳を繰り出した。
「火行奥義!火辰烈鳳!!」
 弥生は数秒後の惨事を予測し、戦慄した。
 破れた結界から凝縮された邪気が吹き出し、町を包み込む。
 通常の生命体では生きられないほどの邪気は、あっと言う間に町を死の世界に変えるだ
ろう。
 風見と美加香、二人の力が呼応して結界は弾け飛んだ。
 吹き出してきたものは弥生の想像とは全く違っていた。
 それは温かく、雄々しい、そして懐かしいような力で……。


『いい曲でしたね』
『ええ。これこそクリスマスという感じがしました。……あっ』
『どうしたの、ゆかりちゃん?』
『いえ……ちょっと……涙が……』
『……はい、それでは《長岡詩穂のミュージックアワー》そろそろお時間です』


「美加香さん、遅いなぁ」
「おーい、みんな!全部喰うんじゃないぞ!」
「あっ、そうか。二人分残しておかなくっちゃ」
「あーあ、もう腹一杯だよ」
「それでもシャンパン一杯分は入るだろ?」
「まっ、クリスマスだしな……少しくらい親切にしてやってもいいさ」


 崩れかけた教会の中で、風見は虚ろな目で座り込んでいた。
 美加香はそっと側に駆け寄ると、その横に立つ。
 風見は何かをしきりに呟いていた。
 そっと、耳を傾ける。
「殺してやる…殺してやる…殺してやるっ……殺して………やる…………」
 美加香は目を潤ませて、その頭をぎゅっと抱きしめた。
「もういい。もういいんだよ…ひなたさん、もういいんだよ、誰も殺さなくて…いいんだよ」
 風見は呟くのを止めた。
 美加香はそっと顔を寄せると、囁いた。
「帰ろう。ひなたさん、ちび達にクリスマスプレゼントあげるんだって楽しみにしてたも
のね。みんなと料理を食べるんだってわくわくしてたもんね。帰ろう……おうちに」
 その途端……風見は大声で泣きだした。
 恥も外聞もなく…子供のように泣いた。
 理性を捨て、感情の迸るままに泣き尽くした。
 そんな風見の頭を抱きながら、美加香は二千年前の聖母も同じような気持ちで偉大な子
を抱いていたんだろうかと思った。


 ハイドはよろよろと歩き去って行く。
 弥生の側をすれ違いざまに、呟いた。
「参った……完敗だ」
 そんな彼に言葉を掛けることも出来ず、弥生はただ背中を見つめる。
 美加香の自転車の籠に入れてあったラジオが突然鳴り始めた。

『それではみなさん、メリークリスマス!』
『メリークリスマス!』

 弥生はふっと顔を緩ませると、ハイドラントの背中に向かって呟いた。
「……メリークリスマス」
 そして、そんな自分に向けるかのような微笑みの後、彼女は歩き出した。
 雪の降り積もる町を楽しみながら。

                  完

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ひ:今回のごめんなさい大賞!もう間違いなくハイドさん!
み:わーい、もうすっげえ嫌な奴ですねぇ(笑)
ひ:「邪気」に支配されていたとでも思って下さい。でないと可哀想です(笑)
み:しかも「完敗」なんて言わせてるし(汗)
ひ:やばいったらありゃしねえ(笑)許せ、ハイドさん(汗汗)
み:それにしても、このネタ確実にブッキングおこしますね
ひ:うん、間違いなくこんな木っ端SSを吹き飛ばすような素晴らしいSSが投稿される
  に違いない!あまつさえ「るーちゃんったらクリスマスSS書いちゃっておっちゃめ
  ー☆」的状況になるかも知れない!そーゆーときは!
み:そぉゆぅときは?
ひ:こちらを無視しちゃって下さい(笑)
み:珍しく腰が低いですねぇ
ひ:さすがにこんな自己中心SSででかい顔するなんて出来ません!
み:あぅー(汗)
ひ:そいでは皆様!そろそろお開きにいたしましょう!
み:『メリークリスマス☆』赤十字美加香と!
ひ:『クリスマスくらい何も訊かないで』風見ひなたがお送りしました!