あなたは静寂の音を聴いたことはあるか? 音が全く聞こえないこととは又違う。それは沈黙だ。 静寂の音というのは確かに存在するのだ。 例えば命未だ生まれぬ古代の海で。 例えば吹雪の止むことのない雪原で。 例えば人の住まぬ地下深くで。 私達人間が音を出さない場所で、それは不意に響いてくる。 人の手によってかき消されてきた音が静かに心に響いてくる。 だがその調べに決して耳を貸してはいけない。 それは人の居ない場所で聞こえる音。私達とは全く異質な音。 もしその音の流れにたゆたえば、きっと帰って来れなくなってしまう。 そして数多くの冒険家が戻って来れないのは、実にこの音の為なのだ。 だから冒険を志す者よ、気を抜くな。あなたの居るべき世界に帰るために。 「静寂の音…………というのを知っている?」 沙留斗の言葉にディアルトはゆっくりと首を振った。 「いいえ…聞いたこともありませんね」 その返事に、沙留斗は一つ頷いた。 カンテラが揺らめき、二人の影が壁に大きく映っていく。 「そういう言い伝えがあるんですよ。南極…密林…高山…地底。ありとあらゆる場所で聞 こえてきて、冒険者達を失踪に導く、そんな音の伝説が」 「ローレライの歌声のような?」 ディアルトが相槌を打つと、その声の振動でゆらゆらと埃が光の中に舞うのが見えた。 沙留斗はなるべく埃を散らさないようにひっそりと口を開く。 「人魚に誘惑されたと思われてる人の中には、海でその声を聞いた人もいるだろう。でも、 違うんだな……もっと、別のものなんだ、その音は」 「沙留斗さんはその本質を何だと考えて居るんです?」 ディアルトが何気なく訊いたその問いに、沙留斗は少しだけ固まった。 数秒もしない内に彼は無表情にぽつりと呟く。 「そうだね……人間という種そのものに訴えかけてくる混沌への回帰……。他者という自 己確認対象が消えるとき、人は自らという存在を生まれた場所に溶かし込み、消滅してし まうのかもしれない………」 言ってから、沙留斗は取り繕うように笑顔を浮かべた。 「カッコ付けすぎたね。本当は僕にだってわからないさ」 「人気のない場所で、か……じゃあ、僕らも危ないな。なにせここは……」 耳をつんざくような……高周波のような……そんな、音。 やがてその音はおぼろげに意味を為し……。 ディアルトはハッとして暗闇の奥を見つめた。 聞こえるはずはない。 ここは学園地下117階。 人の呼び声など、聞こえるはずはない。 だがディアルトはゆらゆらと歩き出していた。カンテラも持たずに、ゆっくりと。 相棒の異変にぎょっとして沙留斗は声を上げた。 「ディアルト君!?一体、何が………」 「……呼んでる」 ディアルトは虚ろな目で暗闇を指さすと、もう一度呟いた。 「呼んでるんだよ」 「呼んでる!?一体何がこんなところで僕たちを呼ぶって……」 言いかけた沙留斗の口が、ゆるゆると閉じる。 目から光が失われ、とろんとした目つきになった。 「……本当だ……呼んでいる……」 「そう…いかなくちゃ」 二人はカンテラを床に取り落としたまま、頼りなげにふらふらと歩いていった。 「捜索だぁ?」 「どちらかと言えば救助、ですけどね」 まさたはジンにそう応えた。 風見とゆきはいささか眠そうにそのやりとりを見つめている。 「図書館の地下でディアルトさんと沙留斗さんが行方不明になってしまいまして…」 「ああ、あの盗掘屋コンビか。ほっとけよ、あんな奴等」 簡単にいうジンに、まさたは深いため息をついた。 「そういうわけにもね…すみませんが、エウクゥ同盟にこの事件を依頼しようと思います」 まさたがそう言うと、ジンはぱたぱたと手を振った。 「却下だ、却下。そういうのは図書委員かジャッジか生徒会に頼みな」 「残念ですが、図書委員には現在地下まで潜ってモンスターと闘うだけの戦力はありませ ん。図書委員は独立組織なので生徒会の応援も頼めません。頼みはジャッジか同盟だけで すよ」 まさたが食い下がると、ジンはいかにもめんどくさそうな顔で肩を竦めた。 「ジャッジに頼めばいいだろう?連中は完全に正義の味方だからな、ひょいひょい動いて くれるさ。……うちはより大きな危機に備えて力を蓄えねばならない」 ジンは岩下やセリスが聞いたら激怒しそうな台詞を平然と吐いてのけた。 しかしどうみても現在のジンは日曜日に庭でごろごろしている中年サラリーマンである。 この状況で言うどんな台詞も全て虚しく聞こえてしまうのだった。 まさたは目を細めると、ふーーーん、と何度か頷いた。 「そこまで言うんならジャッジに頼みますけど………いいんですか?」 「何がだ?」 「いえ………既に学園ではトラブルコンダクターといえばジャッジ、というイメージが貼 り付いています。このままじゃ同盟は完全に『イロモノ』として忘れられますね」 ざくっ、という音と共にジンの動きが止まった。 だらだらと汗を流している。 「それならまだしも学園至上に残る『キワモノ』としてギャグメーカー扱いされるように なればもはや取り返しがつきませんね」 第二撃でジンは机に沈み込んだ。 相当にショックな指摘だったらしい。 ジャッジは対魔集団、と言うことになっているのだがそれ以外の問題解決能力も高くか なりまっとうな評価を受けている。 対してエルクゥ同盟の方は対巨大敵に効果を発揮するチームなのだが、メンバーの構成 故か何故かギャグ集団としての評価を受けていた。 この場合如何にその集団の根底にシリアスな設定があろうと問題ではない。 現在周囲にどう思われているか、そしてどれだけの実績があるか、なのである。 「まぁいいですけどねぇ、同盟がお笑い呼ばわりされても。所詮その程度の集団って呼ば れるだけですから」 ここで人は人、自分は自分と割り切れれば楽だが、ジンはそこまで器用でも無神経でも 大人でもなかった。 「待てっ…………!」 ふるふると震えながらジンは呟いた。 「その依頼…………受けてやろうじゃねえか!」 まさたはその返事ににっこりと笑うと、ぽんっとジンの手を打った。 「さっすがジンさん!心が広いですねぇ!それじゃあ僕は司書の仕事がありますので後は 任せますよ!バックアップは大船に乗ったつもりで居て下さい!」 「ああ、こちらも任せておけっ!」 ジンは胸板を叩いて大きく笑った。 そんな二人をゆきと風見がぼんやりと見ていた。 「乗せられちゃいましたねぇ、ジンさん」 「馬鹿だな」 「風見さんは結局動くんでしょ?」 「ああ。……図書委員だろうとジャッジだろうと同盟だろうと……結局僕がやるんだ」 「……………………苦労性ですね」 「我ながらね」 そして二人ははあっとため息をついた。 風見はごいごりと頭を掻いて、呟いた。 「ま、いつかはこうなるだろうとは思ってもう手は打ってあるけどね………」 「……あれ?そう言えば、秋山さんは何処に?」 会話が噛み合ってない。 風見はああ、と呟くと机に突っ伏した。 「秋山さんは少々用事があってね……」 「用事?」 「そう。果たし合いに、ね」 戦士に休息はない。 たとえ過去を捨てたとしても、たとえ平穏な日常に身を移しても、体の中でくすぶり続 ける熱い血は誰にも止めることは出来はしない。 かつては「草」としていやいや闘っていたはずのこの身も、一枚の紙切れでたやすく男 を修羅へと変える。 (度し難いな……我ながら) 自らの呪われた業に苦笑を与えながら、秋山は暗闇に包まれた回廊を歩いて行く。 かつて慣らされた闇への耐性のおかげでこんな光の届かない地底でも歩くことが出来る。 正確には、わずかな光で行動できる、と言った方が正しいが。 そう……この階層には光を携えた何かが居る。そいつが秋山をここへと呼びつけたのだ。 さあ、来るがいい。 何者であろうとこの俺に牙を剥いたことの意味を知らしめてやろう……。 秋山は立ち止まると、扉の前に立った。 その扉は見上げるばかりに高くそびえ立っている……。 遺跡に到達不能な階層など決して存在しない。かつては誰かが使っていたのだから。 問題は、現在そこを誰が使っているかということだ。 秋山は無意識に息を吸い込むと、大きく扉を開け放った。 そこにいたのは無数の人影――。 (笑止だ。何人いようと俺の敵ではない!) そう、幾百ものむっちりしたビキニパンツを着用した――。 (……はれ?) 筋肉野郎達がマッチョポーズを取りながら声も一つに叫んでいた――。 『ジーーク・アニキーーーーーッ!!』 秋山は硬直した。 当然だ。誰でも硬直する。硬直しない奴が変なのだ。 筋肉野郎達は顔の作りも髪型も当然の事ながらそれぞれ異なっていたが、その顔に浮か んでいる笑顔だけは恐ろしいことにほぼ差異はなかった。 数百人のマッチョメンがてらてらとローションにてかる筋肉を誇示しつつも彼らの前に 高く鎮座まします教祖らしき人物に歓呼の声を上げている。その上笑顔の型すら全て同じ と来れば、まるでこいつら全員一つの生命体ではないかとすら思えてくるのだった。 信じたい光景である。 彼らは秋山の存在などまるで眼中にないかの如くひたすらに教祖に向かって礼拝(?) を続けている。 そんな観察を続けていると、突如教祖が手をかざした。 それと同時にぴたりと合唱が止まる。 「諸君!我々の元についに待ち望んでいた人材が訪れた!紹介しよう、彼こそが我々の新 しき同志、秋山仁だ!!!」 ばっ……と一気に数百もの視線が秋山に注がれ、秋山は当然ながらあとじさった。 信徒達の目は一様にきらきらと希望に輝き、秋山を尊敬の眼差しで見つめている。 「あれが……秋山様」 「我々の偉大なる幹部…」 「これで我々の活動も一層際だつというもの…」 そういった囁きが交わされた後、筋肉男達は一斉にポーズを決めた。 『ジーーーーーーーーク・アニキーーーーーーーーーーーーーーッ!』 「兄貴じゃねえええええええっ!」 秋山は叫びを上げると、迷わずこの非日常的な世界から脱出を謀った。 つまり、尻尾を巻いて逃げ出したのである! だが彼らもそれほど甘くはなかった。 いつのまにか包囲していた筋肉達が一斉に秋山に突撃をかける。 ぬめぬめしたローション筋肉風呂DX攻撃にさらされ(うげげっ)、秋山は敢えなく捕 らえられてしまった。 「はっ、放せぇぇぇーーーーーーっ!」 そんな秋山の元につつつっと教祖が近寄ってきた。 この男ばかりは厚手の豪華なガウンを羽織っている。 「何故逃げるのです、同志秋山よ?」 「誰が同志だーーっ!俺はこんな非常識な光景を見せつけられるためにこんな地底くんだ りまで来たわけじゃねえっ!」 秋山が吠えると、教祖は両手を挙げて困り果てたような表情を見せた。 「偽の果たし状を送りつけたことは謝りましょう。ですが、我々にはどうしてもあなたの 力が必要なのです」 「我々ぇ……?」 聞き返してから、秋山はとんでもないことに気付いた。 「あーーーっ!?あんた、どこかで見たことがあると思ったら……阿部先生!?」 「おやおやばれてしまいましたね」 そう言うと、阿部貴之教諭はくすくすと陰気に笑った。 お忘れの方や最近の方のために解説しておこう。 阿部貴之教諭は試立Leaf学園創設期(本家にまだ存在していた頃)に活躍した、 熱血体育教師で「あった」。彼はとあるSS使いの陰謀により、クスリを使って筋肉兄貴 になる特異体質になってしまったのである。ここ数ヶ月行方不明になっていたのだが…。 「最近見ないと思ったら……こんな地下で何してやがる!?」 「ふっふふふふ……革命の用意だよ……」 阿部は本来の口調に戻ると、なんだか無表情っぽい不気味な笑みを浮かべた。 秋山は眉をしかめて問い返す。 「……革命?それに、こいつらはなんだ?」 「彼らは僕の同志。学園に革命を起こすべく集まった筋肉ボーイ達さ」 「あんたら……裸人教団か?しっと団か?」 呆れた調子で訊くと、阿部教諭はばっとガウンを脱ぎ去った。 高笑いを挙げながらその下から現れるのは、見事としか言い様のない素晴らしいまでの ワンダフル美筋肉!(うぷっ…) 「ノウッ!我々は筋肉聖徒会……!この学園を筋肉の名の下に統治せんと画策する影の生 徒会よおっ!」 「どーでもいいが影の生徒会は暗躍生徒会じゃねえのか……?」 冷静に突っ込むと、ぴたっと貴之の動きが止まる。 つつーーーっと冷や汗がローションに濡れた身体を伝っていった。 「………今は三流でもいつかはこの学園を我々の手にするのだ!間違っては居ない!」 いいわけくさいねぇ。 貴之はそのままびしっと秋山を指さすと、高らかに宣言した。 「そーゆうわけで!そのために必要な人材として是非とも君には我々の同志に!」 「やだ」 「なんてこったい!君にはまだ我々の理念の素晴らしさが分かっていないようだっ!」 分かってたまるかっ! 秋山は微妙な笑みを浮かべながら必死に逃げ出そうともがいた。 そんな彼を見ながら、貴之はぱちんと指を鳴らす。 「こうなったら直に生の声を聞かせるしかないようだね!ヘイ、幹部Y!」 「ウイッス!男Y、語らせていただきますっす!」 壇上から下りてきた筋肉男の一人がびしっとポーズを取りながら白い歯茎を輝かせる。 秋山はその男にも見覚えがあった。 最近とんと見なかった矢島である。 「自分は同じクラスの神岸さんに振られてから、荒れに荒れた生活を送ったっス!それで、 薔薇部に入って生き甲斐を捜そうとした……だけど、駄目だったっス!そんなとき阿部先 生に出会って、自分は生まれかわったっス!鍛えることこそ真の生き方!もう自分は女の 子なんかには心も動かされないっス……自分の伴侶はまさにジャスト自分っス!!!」 目がイっている。唇の端からよだれも垂れている。 明らかに正常な状態ではない。 貴之は興奮したように秋山に語りかけた。 「どうだい秋山君!素晴らしいだろう!?彼は肉欲など既に脱しているんだ!」 「どーみても人間も止めてるだろがーーーっ!?」 秋山が突っ込むと、貴之は心外そうな顔を作った。 「人間を止めている!?馬鹿な、ただ単に手製の栄養剤を投与しただけなのに!」 「するなっ!そういうことはっ!」 よく見ると、どいつもこいつも目が死んでいる。 どうやら貴之が拉致った上にクスリで洗脳した連中のようだ。 「ほら、あいつもこいつも目が虚ろだろ!特にあの二人なんて特に……特、に……」 秋山は指さして、ぴたっと止まった。 そのどちらにも見覚えがあった。 周囲よりも一回り弱々しい身体をした彼等は、びくっびくっと痙攣を繰り返している。 「………ディアルトと沙留斗………居なくなったと訊いてはいたが………」 秋山の視線を受けて、貴之は嬉しそうに胸を反らす。 「彼等も我々の理想を説くと喜んで入会してくれたよ」 「うそつけっ!」 秋山がツッコミを入れると、貴之は不快そうな顔をして首を振った。 「いや、本当のことさ。ここへ誘導するのでさえ催眠音波を使ったが、その後は自分から 進んでの行動だよ。なんなら本人に訊いてみるといい」 そう言って、貴之は二人を前に引っぱり出させる。 「さあ、彼に語るといい」 だが、二人はがくがくと震えるばかりで、一向に喋ろうとはしなかった。 「あ……あああ……」 「うううっ……」 明らかに禁断症状が出ている。 ちっ、と秋山は舌打ちすると二人の口にざらざらと粉末と錠剤をたっぷり混ぜ合わせた 特製カクテルを注ぎ込む。 途端にびくっ!と大きく震えてディアルトが口を開いた。 「ウ…ウン、ボクタチジブンノイシデニュウカイシタンダ。ココハスバラシイヨ。ミンナ シンセツデ、ボクタチタクサンノヒトニオセワニ…オセ…オ…………」 がくっ、がくがくっ。 「オ……オクレ兄さぁ〜〜〜ん」 古い上にイってるーーーーーーーーーーっ!!! 秋山はムンク状態の叫びを上げた。 構成員の手で何事もなかったかのように二人は運ばれていった。 「どうだい、素晴らしいとは思わないかい」 貴之はそう言ってにっこりと笑った。 秋山は顔を伏せたまま、ぼそっと呟く。 「…………目的は」 「え?」 秋山は辛抱強くももう一度繰り返した。 「てめえらの目的は何だ?」 「決まってるじゃないか!生徒全員にあの栄養剤を与え、学園を筋肉ボーイ&ガールで一 杯にする……健全な肉体にこそ健全な精神は宿りかし!!さあ秋山君、我々と共に歩き出 そう!」 そのとき……秋山はキた。 我慢の限界を大きく上回り、堪えきれない怒りが爆発する。 「………けるな」 「なんだい?もっと大きな声で頼むよ」 「………ふざけるなぁぁぁぁ!!!!!!!!てめえら、許さねえぞぉっっっ!」 アドレナリンの増加により筋肉がみるみる盛り上がり、学生服の上を吹っ飛ばす。 燃えるような力強さを備えた一匹の野獣がそこにいた。 「拒むんだね……なら仕方ない。幹部Y!T!力尽くで言うことを訊かせてやれ!」 貴之の命令で、矢島と高橋が筋肉を膨れ上がらせて突撃する。 だが、秋山は避けるどころかますます力を込めて彼等を睨み付ける。 「それがどうしたぁぁぁぁっっっ!!!!!」 次の瞬間には秋山の鉄拳が二人に叩きつけられていた。 衝撃に耐えかね、壁に思い切りめり込んでゆく。 全身からオーラを発しながら、秋山はゆっくりと貴之に歩み寄っていった。 「ば……馬鹿な。あの二人は『マ薬』によって強靱な鋼の肉体を得ていたはず……」 貴之はごくっと唾を飲みながら呟いた。 秋山は無表情にそんな彼を見つめながら、言った。 「教えてやろうか?」 「あ……ああ…………」 「それはなぁ……」 秋山の拳が強く強く握られる。 そして、突風を巻き起こさんばかりにそれは解き放たれた! 「てめえらの身体に………『魂』がねえからだよっ!」 「げはぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」 秋山の渾身の一撃が貴之を襲う。 さすがのビューティホーマッチョもこれにはたまらずぶっとばされてゆく。 ずしん、と巨体が壁にめり込む音がして……。 場に静寂が返った。 「いくら身体だけ鍛えても……心の伴わない拳などただの飾りだ」 秋山の呟きに貴之は血を吐きながら頷いた。 「そうか……そうだったのか。僕たちは身体作りに追われて肝心の精神の発育を行ってい た……だから、負けたのか……………」 闘いは終わった。 秋山が勝ったのだ。 だが、彼の心を満たしていたのは勝利の後の心地よい達成感ではなく後味の悪い虚しさ ばかりだった。 (一歩間違えば……俺も又、こいつらになりうるんだ………) 貴之が彼の前に跪いていた。 矢島と高橋も一緒である。 「感服しました……是非とも、我々を鍛え直して下さい」 「あなたの中に漢をみたっス!それを教えて貰いたいっス!」 「俺達の新しい指導者はあなたしかいないよ!」 初めて、秋山の顔に笑みが浮かぶ。 「俺の教えは厳しいぞ?」 『構いません!』 そうだ………これだ。 秋山は心の中に未だかつてない歓びがわき上がってくるのを感じた。 「いいだろう……俺達の新しい門出が始まるぞ!」 『コ………コーーーーチィィィ!!!!!』 ここから始めよう……俺達の、歴史を。 生まれ変わった俺達の最初の一歩を今踏み出して行こう……。 『えー、こちらゆき。人質二名の安全を確保しました』 「おう、こちらジン。どうだ?別状ないか?」 『クスリを投与されて危ない状況ですが、幸い毒抜きも軽く済みそうです』 「分かった。じゃあディアルトと沙留斗を連れて安全なところまで逃げろ」 『りょーかい』 ジンは通信機のスイッチを切ると、ふうとため息をついた。 その後ろには風見がリモコンを持ってスタンバイ完了している。 「準備完了………いつでもいけます」 「ああ。んじゃ景気良く一発やっちまってくれ」 「秋山さんがまだ中にいますが?」 「問題ない。やれ」 「らじゃ」 到達不可能な階層なんてない。かつては誰かが行ったことがあるんだから。 図書館地下の随所には予め爆薬が仕掛けられている。 風見はリモコン爆弾に手を伸ばすと……。 ひしっと抱き合った四人の頭上に三階分の落盤が叩きつけられた。 こうして今日も学園の野望の芽の一つが陽の目を見ることもなく摘み取られた。 だが、これが最後の筋肉軍団とは限らない。 いつの日にか、第二第三の………! ぼこっ。 「あー、ひどい目にあった」 土砂の中から秋山が顔を出した。 つい先ほどまで貴之以下三名に人柱ならぬ肉柱になって貰っていたおかげで無事だった のである。 「まったく、エルクゥ同盟は味方でも遠慮なく巻き添えにするんだから……」 「災難っスよねー」 ついでぼこっと矢島達が顔を出す。 これだから筋肉は。 「前の連中はみんな逃げちゃったけど、これから頑張って仲間を増やそうね」 「ああ、やるぞ!」 『……………その前に、生きて帰れたらね』 ぴきっとその場の全員の動きが止まった。 額に血管マークを浮かべまくったディアルトと沙留斗がつるはし片手に四人の頭を睨み 付けていた。 「あ………あはははははははは」 「……笑って死ねるなら幸せだ」 そして………地底に絶叫が巻き起こる。 なお、その中の一つに歓喜の叫びが混じっていたが――それはまた、別の話。 完 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ひ:えーーーっと、またやってしまいました(汗) み:あーあーあーあーあーあー、ディアルトさん秋山さん沙留斗さん……ひどすぎ(汗) ひ:了承も得ず主人公にしてしまった秋山さん、ご迷惑をおかけしました〜! み:それから? ひ:クスリ漬けにしてしまったディアルトさん、真に申し訳ございませんっ! み:で? ひ:クスリ漬け二号沙留斗さんごめんなさい! み:他には? ひ:…………………………ごめんよぉーーーっ! み:いつか刺されますよ、絶対(汗) ひ:うん、間違いなくね。次はまともな奴書こう……絶対に。 ディアルトさんにはいつか罪滅ぼしするとして………………。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― マ薬 沙留斗が持ち帰った、服用するとダイナマイツマッチョボディになれるクスリ。 中毒性があり怪しい幻覚を見ることもあるので使用前には医師・薬剤師の注意をよく 聞いてご服用下さい。 元ネタ:マサルさん ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― み:なんですか、これ? ひ:こういうものを持ち帰ったということでチャラにならんだろうか み:絶対無理です(汗) ひ:ううっ、やはし地道に謝罪しよう(汗) なお、今回登場した「筋肉聖徒会」なる怪しげな組織はこの回で事実上潰れました。 ほっといてもどうせ誰も使わないでしょうが念のため……。 み:あー、気持ち悪いSSだった……(汗) ひ:その気持ちの悪さはあとがきの(汗)の多さに如実に現れているな み:それにしても後遺症がないクスリで良かったなぁ…… ひ:さすがに良心が痛むよ、こういう事しちゃうと…… ディアルトさん、ホントにごめんね。 こういう酷いSSはもう書かないと心に誓いつつ…… み:「ゆきちゃんガンバ!」赤十字美加香と! ひ:「最近精神が病みつつあるなぁ…」風見ひなたがお送りしました!