Lメモ外伝「妄想魔学読本」 投稿者:風見 ひなた
 図書館という場所がある。
 そこには様々な蔵書が存在している。
 それは知識の固まりであり、先人達の経験の結果である。
 人は文字を覚え、知識を伝えることを覚えたときから精神的に急激な進化を始めた。
 そのスピードはそれまでの言葉の社会とは段違いのものであった。
 今日の我々人間種の繁栄はひとえに書物のおかげと言って差し支えなかろう。
 だが、忘れてはいないか?
 急激に繁栄を遂げる者は、急激に破滅へと近付いているのだという事を。
 破滅と繁栄はいつも隣り合わせに存在している。
 そしてそれはそこへ至る道筋についても同じ事だ。
 知ってはならない知識というのは確かに存在する。
 フィロソフィア(知を愛する者)にとって書物とはまさに生きる糧であるだろう。
 しかし何にでもリミッターというものは欠かすことは出来ない。
 そのために知を司る者は、求道者に与える知識の量を制限せねばならない。
 この学園の図書館はありとあらゆる知識の集う場所。
 そして、その司書とは知識を与える者にして知識を制限する者。
 故に、彼は書を司る者である。
 与えることだけが正しいとは限らぬのだから。


 図書館の地下にはさまざまな施設がある。
 その中には立ち入りが禁じられた場所も多々あり、委員といえどもその構造全てを把握
しているわけではない。
 事実ここは暗黒領域であり、毎年何人かの生徒が行方不明になる。
 また、どうやら委員も知らない間に妙な連中が住み着いてしまったらしく、世間を騒が
している「学園のダニ」、ダーク十三使徒のミサが行われているのを見た、やらでっかい
ペンギソが飼育されている現場を目撃した、とかいう生徒が出現することもしばしばだ。
 もっともその目撃した生徒とやらは決して人前に現れることはない。
 これが通常の学校なら信憑性なしということで一笑に伏されるべきものだが、この学園
に限っては目撃された側が秘密裏に暗殺行動をとる可能性があるので油断がならない。
 近年でDセリオでもノーマルセリオでもないセリオを目撃した、という生徒も出たらし
い。
 まあそんな洒落にならない都市伝説というか学園伝説はさておき、地下だ。
 そんな暗黒領域の他にも、いろいろと怪しげな部屋はある。
 資料室もその一つだが、どうもまさたが封印されている間に盗掘が行われたらしく、か
なりのウィンドゥが空になっている。なくなった資料を購買部で見かけた、という噂もあ
りどうもそれは事実だったらしいがまさたは何も言ってない。
 大体この図書館、どうも個人運営の感が強く学校から独立した機関であるらしい。
 それが何で学園内にあるかというと、まさた曰く「学園側にもいろいろ見られちゃいけ
ないものがあるからね」ということで、どうやらトリプルA級の弱みを握っているらしい
がまああの館長だしみんな取り立てて何も言うわけではない。
 さて地下だがこれがまた深い。
 某図書委員曰く地下65565階まであるらしく、いろいろ怪しい生き物も生息してい
るらしい。図書委員間ではたまにダンジョンアタックが行われるらしい。怪我人多数、自
給自足、完全サバイバルでモンスターやらトラップやらをくぐり抜けて目的の資料を捜す
というもので、購買部の商品捜しと対を成すものになっている。
 何にせよ地下まで潜るのは至難の業だが、実は館長だけが知っている秘密の通路がある。
  そしてその通路はあるはずのない階、地下65566階…「禁断の間」へと通じる。
 この場所こそ、Leaf学園で一番危険な書類の眠る場所。
 そこに収められた書類は何も学園の不正行為の証拠などに留まらない。
 禁断の魔道書………。
 触れてはいけない知識が眠っている。
「んーーーっと、クレアバイブルの間には異常なし、と………」
 まさたは手にしたリストにチェックを入れながら、大金庫の扉を閉めた。
 すでにリストの大半は黒く染まっている。
 まさたはまた次の金庫室を空けて、ため息をついた。
「マリオノール・ゴーレムの書はまだ返ってきてないのか……」
 まあ使う人が使わないとそんなに危険なものではない。
 世界を変革できる可能性もあるが、それは別の書物で防げる範囲のパワーレベルしかな
い。所詮は人間の記した書物だ。
 それよりも、人間ならぬ者の記した書物の方がはるかに怖い。
 特に異界に通じるものは。
 金庫室を閉めて、まさたは次の金庫の前に立った。
 ごくり、と自然に唾が飲み込まれる。
「怖いねー、この世界と密接に関係してる世界の本は……」
 何重にもされた厳重すぎるロック、対魔結界、自動作動するブービートラップ、全てを
かわして奥を覗き込み、息を吐く。
「秩序法典と運命大典………か」
 ペアになった、みすぼらしい装丁の書が置かれているのを確認し、金庫を閉めた。
 まったく、ぞっとしない。
 自分の寿命が記された書物、それを書き換える事の出来る書物、世界を書き換える書物、
すなわち運命そのもの。
 まさたは最強力危険物を確認し、次の間に向かう。
 このとき、まさたは気が緩んでいた。
 だから、うっかりと許してしまった。
 次の金庫を空けた瞬間、中から煌めく光が走り抜けていったことを。
「し、しまった!?逃げ出したかっ!」
 まさたは慌てて金庫の上の表示を確認した。
 顔から血の気が引いてゆくのが分かった。
『世界樹の末葉の書』

 今日もごはんが食えるのは、可愛いさおりんのおかげです。
 風見は手にした弁当箱を抱えてうきうきと図書館へと向かっていた。
 今日は美加香がお料理研究会の朝練で弁当を作っておらず、学食に向かうつもりだった
のだ。(ちなみにルーティは小学校給食なので必要ない)
 だが、四校時終了のチャイムが鳴ると同時にルーンたち同級生に殴り倒され、気が付け
ば教室には誰もいなくなってしまっていた。
 昼抜きで過ごさねばならなくなったと落胆していたところに沙織がやってきて弁当をく
れたというわけだ。
 ちなみにさおりんはもう一つ弁当を持ってきており、祐介にあげるそうなので風見は安
心して弁当を受け取った。
(今日は暑いから、涼しい図書館で食べよう)
 図書館は飲食厳禁なのだが……。
 図書委員特権である。あそこの冷房は人間のためのものではないのだが。
 風見は油断しまくったしまりない表情で図書館のドアを開いた。

 どすべきぐしゃばきどががががががががががすぱんちゅどーーーーーん。

「………どういうつもりだっ…………」
 風見は半眼で暴漢たちを眺めた。
 いずれも凶悪な顔立ちである。
「ええい、やかましい!おとなしくそこで縛られてろ!」
 そう言ったのはその中で一番凶悪な男、ジン・ジャザムだった。
「うむ、なんて極悪そうな奴だ」
「お前に言われたくねぇぞ………」
 ジンはそうつっこんでから、後ろに立っていた二番目に極悪そうな少年に場所を譲った。
「うわぁ、残虐非道って感じ」
「フグ毒喰らいたくなかったらそのへっぽこな口ちょっとつぐんでてね」
 まさたはにっこりと微笑みながら、右手に持った注射器からちょっと液体を出してみた。
 スタンバイ完了している。
「んで」
 風見は不意に真剣な表情になって、三人を見た。
「エルクゥ同盟の面々が僕に何のご用です?」
「いやぁ、実はね………『世界樹の末葉の書』が逃げちゃった」
  まさたは相変わらずにこにことして言った。
 対照的に風見の顔がひきつる。
 それまで静観していたゆきが、不思議そうに訊いた。
「逃げちゃった?………『盗まれた』じゃなくて?」
「そう、自分の意志で脱走したんだ」
 まさたはこともなげに答える。
「ええっ?自分の意志で…………?」
 ゆきの顔が困惑に染まる。
 風見は不思議そうにゆきを見た。
「どうしたのゆきちゃん?何か不思議なことでも?」
「だ、だって」ゆきはそんな平然とした風見を戸惑ったように見る。「本が自分で逃げ出
すなんて、変じゃないか」
 まさたと風見はきょとんと顔を見合わせた。
「変ですかね?」
「まさか。当然じゃないですか」
 ゆきは助けを求めるように、ジンを見た。
「ジン先輩、何か言ってやって下さいよ」
 だがエルクゥ同盟のリーダーは首を傾げただけだった。
「本ってのはじっと読まなかったら逃げるもんだろ?」
 まさたと風見もうんうんと頷く。
 ゆきはひくっと震えて三人を指さした。
「そ、そんなわけないじゃないか!本は無生物だろ?自分の意志もないものがどうして動
いたりするんだよっ!あなた達、どっかおかしいよ!」
 まさたはにっこりと微笑むと、ぽんっとゆきの肩に手を置いた。
「ゆき君………一つ訊くけど」ゆきの眼を覗き込む。「どうしてそんなことが言える?」
「えっ」
「本は、動くよ。自分の意志だってあるんだから」
「嘘だっ!今までそんな本見たこともないっ!」
 ゆきは絶叫と共に否定したが、まさたはにっこりと笑うだけだった。
「君が見たことないだけだろう?」
「そ、それは……」
 ゆきは狼狽した。今自分の足下から常識が覆されようとしている。
「見たことがないものをないと決めつけちゃいけないなぁ?…それとも」
 まさたはぬっとその笑顔をゆきに近づけた。
「君はそんなことはないという証拠を持っているのかな?」
「う………」
 ゆきは返答に窮した。
 考えてみればそんなことがないという証拠がないのと同様にそんなことがあるという証
拠だってないのだが、今のゆきはそれに気が付かない。
「いいね?本は生きてて、動くんだよ?」
「は、はい………」
 結局言いくるめられてしまったゆきである。
 風見は少し吹くと、面白そうにゆきを見た。
「本は知識の固まりだから、それを誰かに伝えようとするんだ。で、逃亡できるだけの魔
力をもっていれば当然逃げるさ。見て貰うためにね」
 それはつまり。
「その本って……それだけやばい力を持ってるんですね?」
 三人はにこりと笑った。
 無言の肯定だった。
「あああ、久々野さんの後継も見つかってないのにーーーーっ!」
 ゆきは頭を抱えてちょっと泣いた。
 現在エルクゥ同盟は4人しかいない。
 久々野彰が引退してしまったせいだ。
「とはいえ、ジャッジの連中に任せるわけにもいかねえからな…」
 ジンの意見は正しい。
 まさたの狙いは本を捕獲するものだ。
 一切の魔を禁じるジャッジにかかれば、あっと言う間に本は八つ裂きにされてしまうだ
ろう。
 ゆきはそういえば、と呟いた。
「その本って一体どんな代物なんですか?」
「イドの悪魔を現実空間に実体化させる一種の投影魔術のやり方が記された魔道書だよ」
 まさたがあんまりさらりと言ったので、ゆきには理解できなかった。
「へ?イドの悪魔?……深層心理にあるもう一つの自分ですか?」
「……ちょっと違うかな」
 正確には、深層心理にある様々な欲求や心の欠片に姿を持たせ、現実世界に出現させる
ものである。
 大概の場合心の中のおどろおどろした欲望が具現化し、化け物として現れるが……。
「この学園の方々はちょっと変わった人が多いからねぇ」
 まさたはふうっと息を吐いた。
「で、それを僕に使うと僕の中に存在する………」
『すかたん魔王がおめおめと出てくるわけじゃな』
 風見の言葉を、ひょっこりとジンの肩に顔を出した遊輝が引き継いだ。
 何故か魔王風上日陰と凌辱者遊輝は仲が悪い。
 前世で何かあったんだろうか。(こいつらにそんなものがあればだが)
『一度呼び出してどっちが上かとことん思い知らせてやるのもよいのじゃが』
「……されてたまるかそんなこと」
 ジンが半眼でつっこんだ。
 無論この白い外面美少女は本気だ。
 ……………巻き添えで学園壊れるだろうなぁ。
 ゆきはぽん、と手を叩いた。
「あ、それじゃルカの奴に使ったらやっぱり異世界の魔王が…………」
『やるなよ』
 遊輝を除く一同のツッコミで、ゆきはすごすごと引き下がった。
「わかりました。よもやどっかのダーク馬鹿が拾って……なんてことがあっちゃまずいで
すからね。ここで身を隠してますよ」
 風見はにっこりと人畜無害な笑みを浮かべた。
 その言葉に三人はぎょっとした顔をした。
「ひ、ひなたさん!?どっか打ったんですか!?」
「うそだっ!この人がこんなに善良な顔をするなんて!」
「か、風見!俺か!?俺が重火器連射したのが悪いのか!?」
 ………てめえら人を何だと。
 内心の怒りを抑えつつ、風見は笑った。
「いや、今日は美加香もいないし………夏服になると持てる暗器も減るしね。戦闘力が落
ちてるから今日は自重しよう」
 三人は釈然としない顔をしながらも、頷いた。
「そうか……じゃあ、行ってくるからな。ここを動くなよ」

「さて」
 風見はぱかっとお弁当を開くと、嬉しそうに手を合わせた。
「いっただっきまーーーーっす!」
 言うなりがばがばと中身をかき込み始める。
 風見は今、とってもお腹が空いていた。
 戦闘行動がどうだっていいくらいに。
「おいしいおいしいっ!」
 そのまま一気に腹に詰め込み、ふうっと息を吐く。
「ごちそうさまっ!」
 早い。
 水筒から熱い梅こぶ茶を取り出して喉を潤しながら風見は天井を見上げた。
 たまには休んでもいいよね……昼寝でもしようかな。
 そう考えて横になった風見の耳に、妙な話し声が聞こえてきた。
「ん?」呟いて、起きあがる。
 中庭からのようだ。
 風見はてこてこと歩いていき、本館の窓から地面を見下ろした。
 あれは………?
「沙織さん!?」
 短く叫ぶと、風見は窓から跳びだした。

「どういうつもりだよっ!」
 祐介は弁当箱を抱えた沙織に叫んでいた。
「僕に弁当をくれるんじゃなかったのか!?」
 沙織は可愛いピンクの弁当箱をぎゅっと抱きしめる。
「……このお弁当は、私のだもん」
「僕の弁当はっ!?」
「………………だって、祐君作っても食べてくれないもん」
 そう言って、非難がましい眼で祐介を見る。
 それが気に障ったらしく、祐介の目が危険な色に染まる。
「ふーん………そうか。僕にはあげるものなんかないけど、あいつにはあるんだな?」
 沙織の肩がびくっと震える。
「どうして風見君のこと……」
 言ってから、はっと沙織は口を押さえた。
 祐介はぎりっと歯を噛み合わせると、沙織を苦々しげに睨んだ。
「わからいでかっ!あいつに日頃どれだけ……いや」
 祐介は言葉を切った。
「言う必要もないか……こうなったら、いっそ君を僕に逆らえないように……」
 そんな祐介を見て、沙織はぽつりと呟いた。
「祐君っていつもはぞんざいに扱うけど取られそうになったら執着するタイプの人だった
んだ?」
「……………予定変更。壊すっ!」
「きゃーーーーーーーーーーーーーっ!?」
 祐介の電波が沙織向けてはなたれんとした、そのとき……
 ぶみ。
「あれ?」
 目測を誤った風見は祐介の上に着地してしまった。
「か、風見君?」展開に付いていけず沙織が呆然と呟く。
 どうしたもんかと風見は腕を組んだが、とりあえず包みをさしだした。
「お弁当美味しかったよ。ありがとう」
「う、うん……どういたしまして」
 ……………………………………………………………………………………………。
「人を踏み台にして間抜けな会話するなーーーーーっ!」
「うおおおおっ!?」
 突然がばっと起きあがった祐介に、風見は振り落とされた。
 祐介はぎらりと追いつめられた野獣の目で風見を見る。
 そして、突如笑い出した。
「くっくっく…………あはははははは……………………ひゃーはははははははははは!」
 ぎくっ。
「…………祐介さん?」
「ゆ、祐君?」
 やばい笑いをあげる祐介に、おずおずと二人は声を掛けた。
「黙れっ!」
 祐介はトリップした眼でこちらを睨み付けた。
「お前だ……………お前と岩下のせいで僕のハーレム計画が水の泡にっ!」
「だからそおいう不実な言動をするなとゆーのに」
 半眼で風見が呟く。
 それに刺激され、祐介が力を解放した。
「お前なんて死んでしまえばいいんだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 途端に風見も沙織も電波を喰らって悶え苦しみ、やがて狂死する。
 はずなのに当の二人はへーぜんとしている。
 風見は自分の掌をじっと見ているし、沙織は奇矯な行動をとる祐介を呆気にとられてみ
ている。
「……何故!?何故効かないっ!?」
 祐介は焦りと驚愕の入り交じった表情で絶叫した。
 風見はふっとニヒルな笑いを浮かべる。
 ……なんだかその周りがきらきらと輝いていた。
 祐介は必死に出力をあげるが、二人には全く効いている様子はなかった。
「そ、そんな……馬鹿な!」
 風見はすっと右手を掲げると、小袋を指し示した。
 そこには小さな文字でこう書かれていた。
『ミノフスキー粒子』
「購買部で一袋300円で売ってた」
 ………………………………………………………………………………………………。
「反則だーーーーーーーーーーーっ!」
 常識を覆されて泣く祐介に、風見はダッシュで近付いていった。
「勝てば官軍っっ!」
 一瞬沙織の目の前で祐介を殴っていいものか迷ったが、ここまで来たら一緒だと思った。
(さおりんには別のいい人を見つけてあげよう)
 そんなわけで風見の容赦ない釘バット攻撃が祐介を遠くのおそらに吹っ飛ばしていった。

「沙織さん……………ごめん」それでもやっぱり良心が咎めて、風見は謝りながら振り向
いた。
 だが、沙織は思ったよりもショックを受けていなかった。
 というか全く元気そうで晴れ晴れとした表情をしていた。
「ううん、いいよ。もうあきらめが付いたから」
(ずいぶん立ち直りが早いんだな)
 風見はちょっと言おうかどうか迷った。
 憧れていた人を失ったばかりだし…………。
 だが、早いうちの方がいいかも知れない。
「あの、僕責任とって別の人紹介してあげようか?一般生徒だけどいい人が……」
 沙織はにっこりと笑うと、風見の台詞を遮った。
「じゃあ私童顔で活動的でちょっと背が小さくて性格が一筋縄で行かない人がいいな」
 風見はそのリクエストを聴いて、ちょっと考えた。
(沙織さんってショタだったのか……………………)
 そんな条件に合う奴は今のところ一人しか考えつかない。
 二年、佐藤雅史。
 だが。
(だめだ………あいつだけは、あいつだけはだめだっ!)
 即座に却下して、風見は首を振った。
「いや………残念だけど、知り合いにはそんな人はいないな………」
 そんな風見を見て、沙織は付け加えた。
「あ、それからちょっと恋愛に疎くて朴念仁の人がいいな」
 そして、クスクスと笑った。
 風見は何がおかしいのか分からず、頭を掻いてとりあえず笑っておいた。
「じゃあ、そういう人を捜しておきますね」
 風見ひなた。サディストで極端に子供に弱い、おおぼけ野郎である。
「ふっ……………昼休みのデートとは…………いいご身分だな」
 その声に、ぞくっと風見はすくみ上がった。
 おそるおそる振り返る。
 そこには最大最強で最凶でそのうえ最狂なライバルが不敵な笑いを浮かべて立っていた。
 沙織がびくっと身をすくませる。
「な、何?あのくそ暑い中、黒い長袖に身を包んだ変態っぽい笑いを浮かべた暑苦しい人
はっっ!?」     
  ひくっとハイドラントの顔がひきつった。
 風見が不信感たっぷりの表情を浮かべてハイドラントを見つめる。
「ハイドラント……あんた、さおりんに顔知られてないって事は……授業出てねーんじゃ?」
「そ、そんなことてめーにゃ関係ないだろっ!」妙に慌てた調子でハイドラントは叫んだ。
 沙織は変態さんを指さして、露骨に嫌そうな顔で風見に訊いた。
「風見君……知り合い?」
「知り合いっつーかなんつーかとりあえず僕の後を追い回す危険思考の持ち主」
 沙織はごくりと唾を飲み込むと、真剣な表情で言った。
「風見君、友達は選んだ方がいいわよ」
「最近強烈にそう思う」
「だーーーーーーーーーーーーーーーっ!」」ハイドラントはじたばたと地面を踏みならした。「違うっ!俺が追ってるのは日陰だっ!」
 沙織が再び目線で説明を求める。
「日陰ってのは僕にそっくりな容姿をした従妹」
「ああ……つまり、従妹にそっくりな風見君を追い回してる節操なしなのね?」
 独特な解釈をしてくれる。
「ちがぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁっぁあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 ハイドラントは耳障りな不協和音を立てて絶叫した。
「大変ね、風見君………変態に追い回されて」
「苦労が耐えません」
「そこっ!重々しく頷くなっ!」ハイドラントはぜいぜいと息を荒げて突っ込んだ。
 と、突然にやぁっと笑う。
 沙織と風見はぎくっとして一歩引いた。
「ふっふっふ………これを見ても平静でいられるかな……………?」
 そう言って取り出したものは……………。
「せ、『世界樹の末葉の書』!?」
 驚く風見をにやにやと見つめながら、ハイドラントはぱらぱらと本をめくった。
「ふっふっふ、中身はしっかりと暗記させて貰ったぞ……まだ本の助けがいるがな」
 あの本に籠もった膨大な魔力を完全に自分のものにするにはそれ相応の才能と練習が必
要だ。一朝一夕で身につけられはしないが、それでも本が必要とはいえいきなり使えるよ
うになったハイドラントの才能は大したものに違いない。
「これを貴様に使えば……日陰を呼び出せるな?」
 ぐっ、と風見は歯を食いしばった。
 ハイドラントはにやりと笑うと、すっと手を天にかざした。
 わらわらと周囲に気味の悪い形をした化け物どもが現れる。
(一般生徒たちのイドの悪魔か…………)
 沙織がひっ、と脅えた声を出して風見の背中にしがみついた。
 実際に恐怖している。
 そりゃそうだ。欲望の権化、人間のダークサイドとも言える部分を見せつけられたら普
通は気分が悪くなったり本能的恐怖を覚えたりするだろう。
「ひなたん、見ろ。美しいだろう?これこそが抑圧された人の真の姿だよ」
 風見はけっ、と吐き捨てた。
「そんなものは人の一面にすぎないでしょう?汚点をクローズアップしただけのこと…」
 だが、それでも。
(美しいとも思えてしまう僕も、やはり狂っているのだろうな)
 風見はそんなことを考えつつ、背中の沙織に声を掛けた。
「さおりん……今だけでいい、パートナーになってくれないか?」
「えっ?」沙織はぎょっとして風見を見た。「美加香ちゃんがやるみたいに?」
 風見はくすっと笑うと、首を振った。
「沙織さんに出来ることを」
「じゃあ条件一つねっ!」沙織はにこっと笑うと、ぺしっと風見の背中を叩いた。「これ
から私のことを『さおりん』って呼ぶよーに!」
「さ………さおりん?」
「そ。さおりん」
 風見は口の中でもごもごと繰り返していたが、やがてにっと笑うと楽しそうに言った。
「よーし、いきますよさおりん!」
「オッケー!」
 そう言うと、二人はがしっと手を組んで空高く舞い上がった。
 最上点に到達する直前に、ごそごそと自分の服の内を探る。
 そして、一番高く達した時点で二人は声を揃えて叫んだ。
『W(だぶる)メテオ!』
 同時に、風見の手から暗器の雨が、沙織の手からアタックの嵐が迸った。
 ぐさっと鋏が化け物の額に刺さり、そこからぐしゃっと崩れて白い液体にする。
 炎を纏ったバレーボールが化け物の身体を吹っ飛ばし、白い飛沫を飛ばす。
 たちまち化け物たちは白い固まりになっていった。
 すたんと二人は地面に着地し、きっとハイドラントを睨み付けた。
「化け物とはいえ所詮は一般生徒!SS使いとリーフキャラのコンビには勝てませんよ」
 ハイドラントは周囲を見渡し、うーむと呻った。
「ひなたんの夏服に暗器が入ってるのも変だが……どっから出てきた、バレーボール……」
 ぎくっとさおりんは汗を垂らしたが、ぱたぱたと手を振って「きにしないきにしない」
と呟いた。
「さあ、残るはお前だけだっ!」何かを誤魔化すように風見は声を上げた。
 だがハイドラントはふっと笑うと、本を構える。
「甘いな………化け物どもは本の小手調べ。直接魔法をかけてくれる!」
 ごくっと風見は唾を飲むと、さおりんを後ろ手に庇った。
「あ………なんか、この構図ってどっかで…………」
「やめい。あの世界と重ねるな」とハイドラントは苦笑した。
「ネタバレはまずいってば…………」さおりんはつつっと汗を垂らす。
 しばしの膠着の後、ハイドラントは本を開いて叫んだ。
「その内なる姿をさらせっ!」
「喰らうかっ!」
 風見は素早く身を伏せた。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
 さおりんの叫びが響く。
「さ、さおりんっ!?」風見は血を吐くような叫びをあげ……。
「うっ……げろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげ
ろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろ……」 敢えて描写は控える。
 とにかくさおりんは口から白い液体を吐き出した。
 風見はしくしくと涙を流して拳を握りしめた。
「ううっ……この魔術って、投影のためにエクトプラズム吐かなきゃいけないんだよなぁ」
「……………Leaf学園で初めてだろーな、ゲロ吐くヒロインって………」
 ハイドラントがげっそりした表情で呟く。
 なんか、作者としては他のさおりんファンの報復が怖いんだが。いや、マジで。
 そしてむくむくとエクトプラズムが形を取り始め、さおりんは血の気を失いばたっと倒
れた。
 意識の奥底の一部を投影するため、意識本体はしばらく活動を停止する。
 さおりんを腕に抱えた風見は驚愕の叫びをあげた。
「こ、これはっ……………!?」
 それは指をくわえ、じっと風見を見上げていた。
「か、可愛いっ!」
 思わず風見は三歳児と化したさおりん(のエクトプラズム)を抱きしめていた。
 ハイドラントは本を眺め、ため息をついた。
「この作者らしい展開だ…………」
 三歳児さおりんは嬉しそうに風見の腕の中で笑い声をあげた。
 ハイドラントは油断している風見を指さし、呪文を唱え始める。
(次ははずさん…………)
「その内なる姿をさらせっ!」
「ふにゃーーーーーーーーーっ!!!?」
 突然飛び出してきた黒猫に魔力光がぶち当たった。
「って、なんでエーデルハイドがこんな所に!?」
「うっ……げろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげ
ろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろ……」
 やがてどう見ても猫の大きさ以上のエクトプラズムが形を取る。
「あいった〜〜!もうっ、なんなのよぷんぷん!」
 そこに出現したのはあの美加香以上にちみっちゃくて胸なしで馬鹿そうな少女だった。
 ハイドラントは思わずそいつを蹴り飛ばしたくなった。
「てめえかっ、千奈………」
 どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど…。
「千奈美ちゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!」「がふっ!?」
 ハイドラントは突撃してきた葛田に轢かれた。
「く、葛田さんっ!?」
「千奈美ちゃん千奈美ちゃん好きだよ愛してるよもう離さないよ千奈美ちゃんっっ!」
「ひっ…は、離してぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 そしてエーデルハイドこと智波の裏人格、千奈美ちゃんは葛田にさらわれてどこぞに連
れて行かれてしまった………………。
 葛田たちが去ったと同時に、がばっとハイドラントは起きあがる。
「くそっ、あの馬鹿弟子め……あとでおぼえてやがれ……」
 だが、その顔がにやっと崩れる。
 風見は未だにちびさおりんにじゃれついている。
 まだチャンスは去っていない。
「おっと、そこまでだ」
 ハイドラントはぎくっとして振り返った。
 エルクゥ同盟の三人がじーっとハイドラントを見つめていた。
「灯台もと暗し、ってわけだ。こんな所にいやがったか…………」
「ちっ!」
 確かにこいつらは敵だ。
 だが、その潜在意識はどうか?
 ジン・ジャザムとてダーク属性、決して味方に付かないとは言えまい!
 特にジンだ。こいつの欲望…破壊願望はさぞ強いに違いない!
「内なる欲望をさらせっ!」
「げっ!?」
「ジンさん!?」「先輩!?」
 はい、お約束。
「うっ……げろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげ
ろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろ……」
 そして。
「必中!煌めき!魂!幸運!(略)愛と機械の魔法少女マジックナイト・ジン見参……っ
てオイ」
 ジンはわなわなと震えた。
「なんじゃこりゃああああああああああああああああああ!?」
 ゆきとまさたはそんなジンを眩しそうに見つめていた。
「先輩の潜在意識化の欲望って……変身願望だったんですね」
「なんかもう輝いてるね」
 慌てまくった調子でジンは転げ回って叫びまくった。
「違うっ!違うんだーーーーーーーーーーーっ!」
 ハイドラントでさえ目に涙をためていた。
「自分の心に……素直になれよ」
「だ、だからこれはぁぁっ!」
 ぽんぽん。
 ジンはぎくっとして振り向いた。
 最近重婚した幼妻ことティーナがにっこりと笑っていた。
「お仲間☆」
 いっ………
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
 マジックナイト・ジンは背中にティーナを貼り付けたまま逃走した。
 三人は呆然としてそれを見ていたが、やがて何事もなかったかのように向き直った。
「おいつめましたよハイドラント!」
「ふん、やれるもんかよ!」
 大分馴れてきたハイドラントは高速で呪文を詠唱した。
「内なる姿をさらせっ!」

 ゲロ吐き×2。

「わーーーーーーーっ!取り消しっ!今の無しっ!」
 ハイドラントの涙混じりの絶叫で、エクトプラズムはぷしゅうううとしぼんだ。
 我に返ったゆきとまさたを見て、ハイドラントはぞくっと身震いした。
「ゆきのカニバリズムの化身はともかくとして……あんたは一体何なんだ!?」
 まさたはくすっと笑うと、ちっちっちっと指を振った。
「な・い・しょ☆」
 まさたの内面の正体。
 それはここでは恐ろしくてとても描けない。
「よくこんな奴等が学園の秩序を保ってるな……」
 気を取り直してハイドラントは本をぱらぱらとめくる。
(にしてもこれじゃ勝ち目ねえ……よし、ここは!)
 ハイドラントはにやっと笑うと、本を頭上にかざした。
「ま、まさかっ!?」まさたの叫び。
 そう、そのまさか。
 ハイドラントは自分に向けて魔術を放っていた。
「我の内なる姿よ、いでよ!」

 ゲロ。

「ど、どんな恐ろしい者が出るんだっ!?」ゆきは地面に身を伏せて風圧に耐えた。
「なにせハイドラントさんですからね……予想も付きません!」まさたは魔力風の中で強
烈な吐き気に襲われた。
 やがて、突風の中から地響きと共に何かが現れる。
「こ、これはっ!?」
「あの黒い姿は……!」
 そう、その黒いボディは………。
 消火栓だった。
 ……………………………………………………………………………………………………。
「やれっ!やってしまえっ!」
「オラ、中身吹けえっ!おらおらおらおらぁ!」
『や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜!』
 タコ殴り。

 まさたはひくひくと痙攣しているハイドラントをさりげなく踏みつけつつ、本を手に取
った。
「やれやれ、これで一件落着、と」
 そう言いながらぱらぱらと本をめくってみる。
 奥付のところでひくっと動きが止まった。
『第二刷』
 これって……。
「しゃ、写本かぁぁぁ!?」

 購買部では、beakerがのんびりと店番していた。
「今日は結構売り上げがよかったよ。ミノフスキー粒子みたいないつも売れないものも売
れたしね」
「それはそうと……何?この薄汚いの」
 好恵はひょいと汚れた本を拾い上げた。
 beakerはうーん、と首を傾げるとしげしげとそれを見つめる。
「ハイドラントさんが預かっててくれって持ってきたんだけど……」
「もう引き受け時間過ぎてない?」
 しばしじっと見つめ合う。
「ま、いっか。倉庫にでもほーりこんどくか」
「そうね。あー疲れた疲れたっ!今日も一日よく働いたわねー!」


「千奈美ぃぃぃぃぃ!愛してるぞぉぉぉぉぉぉ!」
「きゃーーーーーーっ!?そこはだめーーーーっ!」

「ジンさん、諦めなさいっ!!!!」
「勘弁してくれぇぇぇぇぇぇ!」

「え?本物はどうするんですか?」
「何言ってるの?ここにあるじゃないか」
(……写本を持って帰る気か)

「なんで新城先輩がひなたさんと一緒にいるんですかっ!」
「あたしでも風見君とのコンビ技使えたもん。パートナーは美加香ちゃんである必要はな
いってことよ!」
「な、なんですって!」
「あなたの時代はもうおわりよっ!」

 風見はぼんやりと空を見ていた。
 その横ではハイドラントが引きつけを起こしている。
 とりあえず、今日も平和だった。


                 めでたしめでたし