『緊急事態発生』 『対緊急時対応プログラム38起動』 『現時刻をもって校門封鎖及びバリケード作成を実行』 『目的――試立Leaf学園の破壊』 「ようこそ……冥界へ」 冥王は微かに笑った。 「始まった……!」 美加香は苦い表情のまま呟き、校内を走り抜ける。 そして目の前を歩く生徒の一人に声を掛けた。 「とーるくん!」 「え?」 振り返る。 とーるの顔が凍り付く。 美加香の手に握られていたのは、超高電圧スタンガン。 「み、美加香お母さん!?」 「――ごめんねっ!」 「がっ!?」 とーるの眼が見開かれる。 泳ぐように美加香に手を伸ばし、ゆっくりと倒れかかる。 「何故……お母さん……?」 「……ごめん……」 音を立てて倒れたとーるの身体を持ち上げながら、美加香は呟いた。 背後で爆音が轟く。 悔しそうな顔でそちらを振り向いてから、美加香は素早く逃走した。 『COMPLETE……Dシリーズを完全に掌握』 『ERROR……HMー13及び14オリジナル掌握に失敗』 『ERROR……とーる掌握に失敗』 『ERROR……HMー212A及びB掌握に失敗』 『ERROR……捕獲可能対象に《皇華》見つかりません』 『ERROR……捕獲可能対象に《そーしゅ》見つかりません』 「さすがにガードが堅いな……まあいい、Dシリーズだけで充分だ」 『COMPLETE……KURUSUGAWA−HAL−7000リコンパイル終了』 「破壊せよ、全ての敵を!!」 『COMPLETE……《天空の劫火》掌握に成功』 迷宮に冥王の哄笑が轟く。 それが試立Leaf学園史上、最も不可解な事件の幕開けだった。 Lメモ外伝「電子の迷宮に竪琴は響かない」1 事の起こりは数時間前、図書館奧の端末室でのことだった。 美加香はティーナと笛音に手にした物を見せつけていた。 二人は不思議そうな顔で訊いた。 「それ、ただのネコミミバンドじゃないの?」 「お兄ちゃんに見せれば喜んで貰えるかな?」 美加香はそんな二人にちっちっと指を振って見せる。 「甘い甘い!これは私と誠治さんの二人の力で作り出したマルティーナ新オプション!! これまでHMにしか出来なかったネットダイブを人間にも可能にするスーパーアイテム!」 「この一対をティーナちゃんと笛音ちゃんが付ければ笛音ちゃんにもネットダイブが出来 るようになるんだ」 誠治の説明を受け、ティーナと笛音はネコミミバンドを八方から眺め見た。 どこから見てもただのネコミミ付きヘアバンドに見える。 でも美加香達がそう言うのだから、きっと間違いないんだろう。 「これはネコミミ部分に魔法サーキットが組み込んであって脳波パルスを電子情報に相互 変換することで人間の視下部にネット内のイメージを投影させ、直接的にネットへ干渉す ることが出来るのよ。生憎これが使えるのは魔力を持つマルティーナとリンクしたときに 限られるんだけど……」 美加香が何か言っているが、初めから聞く気はない。 ともかくこれを付ければ笛音と一緒にネットで遊べるのだ。 ティーナと笛音は早速ネコミミバンドを装着し、端末の前に立った。 「じゃあ早速ネコミミインターフェイスを起動させるからね!!」 ……そんな名前だったのか。 二人はちょっと呆れたが、敢えて気にしないことにした。 ネットダイブの直前に耳元でいつも聞こえる、ぶぅぅぅんという振動音が響く。 浮遊感。 わくわくどきどきする焦燥。そして……。 肉体から離れたティーナは、横でこちらを見ている笛音の手を掴んでネットの世界へ旅 立っていった。 「肉体から離れる、か……」 誠治は眠ったように静かになる笛音を見ながら呟いた。 「HMの場合は意識しないが、それが人間になると……まるで幽体離脱だな」 「別に死の世界へ旅立った訳じゃないんですから」 美加香は苦笑してそう応えた。 だが考えようによっては誠治の言うとおりなのである。デカルト以降連綿と受け継がれ てきた近代思考では肉体は精神の器に過ぎないということになっている。精神の宿らない 肉体などは、ただの肉の塊にしか過ぎないのだ。植物状態にある人間に人格の有無を認め るかどうかという問題は現在でも真剣に討議されている。 美加香が学んだ『塔』の思想で言ってしまえば、肉体と精神は不可分である。 音声魔術の要素とはその肉体に流れる「血」であり「遺伝情報」である。人間のDNA に宿る人格的素養の上に経験が積み重なり一つの人格を形成する……音声魔術師達に取っ てはその解釈が自らのアイデンティティを守る上で必要となった。 一方で美加香が親しむHMの基本理論によれば肉体はハードであり精神はソフトである。 HMはソフトを積み替えれば人格が移植される、これは人間であっても同じ事であると言 うのだ。ただし彼女の師である長瀬主任はこの考えを是としなかった。ハードの特徴は、 ソフトにもまた影響されて然るべきだと唱えたのである。 そんなわけで美加香は肉体と精神とは不可分だと考えている。 だが、そんな思想を持っていたところで今美加香が行っている実験は極めて危険だ。 事前の安全実験は既に万全であるものの、一つ間違えば植物人間を作り出してしまうか も知れないのだから。 「大丈夫……ラボでの実験は上手く行ったんだから」 美加香は自分に言い聞かせるようにしてそう言うと、端末の前に座ってモニターを見た。 中には素人が見ても無意味な文字列がただただ滝のように流れている。だが、美加香も 誠治もこれを頭の中で翻訳し即座に視覚的イメージを組み立てることが出来る。 頭の中で紡がれる電子の迷宮を見ながら、美加香はふと誠治の言葉を思い出し苦笑した。 (電子の海の中に漂う……冥界か) そんな事を思いながら淡々とキーを打ち込んでティーナ達の道案内を続ける。 頭の中で思っただけで勝手に指が動いてくれるのが有り難い。訓練の成果だ。 「美加香ちゃんはタイプが速いねぇ」 「誠治さんこそ、文字通り目にも留まらない位じゃないですか」 隣に座った誠治に軽口を叩きながらも、目はモニターに固定されている。 工作部には処理実行出来るだけの端末がなく、やむを得ず図書館の端末室に保管された 学園中枢への直通端末を使わせて貰っているのだが……これが快適だ。 (さすが来栖川が本腰入れて投資しただけはありますね……) 長瀬ラボでの噂によれば、試立Leaf学園への投資額はマルティーナの数億円を軽く 数十倍は凌駕するという。そんな大金を何に使ったかも知れない噂だが、この端末の使い やすさを見る限りではあながち嘘ではないような気がしてくる。尤も金額は僅かに少ない だろうが。 (僅かに……が数億円になるんだから私の感覚じゃ追いつかないんですけど) マルティーナ製造に使った数億円であれだけ揉めたのだから、笑い話に思えてくる。 しかしその数億円を動かしたのも自分の計画なのだから、自分の能力も捨てた物ではな いように思えてくるのだから現金なものだ。 実際には美加香の来栖川側からの評価は本人が思っているよりも相当高いのだが。 こんなたわいのない独白を頭の中で行うことが出来るようになった頃………。 突然にそれは起こった。 『HAZARD!!』 「え?」 唐突に画面上に現れた文字に美加香は目を見張った。 その直後に多数のエラー表示が画面の下から溢れ出してくる。 『ネットワークエラーが発生しました』 『中枢との接続が確立できません』 『物理的な干渉が行われています』 『インターフェース誤作動しました』 『目標の座標が確認できません』 『座標をロストしました』 『HMー212Cの自我防衛機能を作動、姫川笛音の精神リンクを解除』 『防衛機能作動に失敗しました、精神ロストしました』 『再起動して下さい』 『再起動して下さい』 『再起動して下さい』 画面上は今や数え切れないくらいの!マークの警告文で一杯になっていた。 「馬鹿な!?何故中枢との直接リンクが揺らぐんだ!?」誠治が叫び、キーボードを叩く。 その音で美加香は我に返り慌ててティーナ達を振り返る。 ティーナの瞳には生気がなく、笛音は目を閉じたままぐったりと椅子に崩れている。 笛音の瞳を開いて確認してみたが、意識がないのは明らかだった。 「冗談でしょ……笛音ちゃんの精神がこの中に取り込まれたって言うの?」 「有り得ない!こんな……こんな馬鹿なことが勝手に起こるわけが……」 意味を為さない誠治の声を聞きながら、美加香は頭の芯から沸き上がる頭痛を堪えてい た。落ち着いて。落ち着かなくちゃ、ティーナ達は帰ってこない。 ひたすらパニックを押さえようと躍起になっていたときに、端末の音源から妙に明るい 竪琴の旋律が響いてきた。 メロディに気付いた二人がゆっくりと頭を巡らせると、画面には美しい風景が映し出さ れていた。恐らくは外国なのだろう、日本では見られない優しげな海が見える岬だ。だが それがどこの国の何という岬なのかは美加香には皆目見当がつかない。 「……タイナロン岬だと?」誠治がぽつりと呟いた。 「知ってるんですか?」 「テレビで見たことがあるだけなんだけどな……俺は記憶力は良いんだ」 文系は全くダメな美加香にはタイナロン岬が何処なのか分からなかった。 そんな美加香の困惑を見て取ったのだろう、誠治は説明を付け加えた。 「地中海はギリシア、ペロポネソス半島の先端にある岬だ。ペロポネソスは世界史でもお 馴染みだろう、ポリス間の争いが激化しアテネ同盟とスパルタ同盟が互いの覇権を掛けて 争ったポリス崩壊のきっかけとなったペロポネソス戦争の舞台だ。もっともそんな言い方 をするよりも、寧ろギリシアそのものと言った方がいいかも知れないが」 そんな説明をされても元々地理知識が欠如している美加香には通じない。 だが、美加香は全く別の所で眉をしかめた。 「……ギリシア?」 《ギリシア神話が好きなんだよ》 ズキンと頭の芯が痛んだ。あれは誰の言葉だっただろうか? (ダメだ、考えちゃ。そんなことより今はすることが……) 脳が思い出すことを拒絶し、美加香は頭痛を堪えながらモニターを見つめた。 カメラはゆっくりと風景の中を移動している。やがて岬の風景を描写することを止めた カメラは、切り立った崖の風景を映し出した。どこの崖かは知らないが、岬の近くだろう と言うことは植物の種類から大体分かった。 その崖のただ中に大きな洞穴が開いている。カメラはその穴に侵入していく。 深い深い穴だ。 いつしか誠治は魅入られたようにモニターに釘付けになっている。 どこか湿った穴の中の風景をひたすら走り抜けるカメラ。 その光景を見ながら、美加香はぼんやりと懐かしいイメージを連想した。それは男性や 子供なら誰もが持つイメージ。そして全ての女性がある種の敵意を持って抱くイメージ。 (母体への胎内回帰) 誠治はその連想に魅入られているというのだろうか? やがてカメラは洞穴の最奥部にまで辿り着いて停止した。そこに映っていたのは。 巨大な門だった。 ブチンと音を立ててカメラからの映像が途切れる。 誠治はその音と共に我に返り、ぶんぶんと繰り返し頭を振った。 「何だ……今のは?」 「合成映像ですよね、いくら何でも」 あんな巨大な門が現実に洞窟の奥深くにあるわけがない。見上げるばかりに高く聳える 門であった。馬鹿馬鹿しい、何の意味があるというのだ。 美加香が胸に沸き上がる嫌な予感を押し殺そうと藻掻いていると、モニターに音を立て 大きな赤文字が浮かび上がった。 『タルタロスへと迷い込んだ春の乙女は冥王によって妻とされた』 「えっ!?」 『モニターの前に立つデメテルよ。汝の娘と冥王に捕まり戻らない。汝は嘆き悲しみて、 世界に冬が訪れる』 美加香はきゅっと唇を噛んでキーボードに触れた。 「誰ですか、あなたは?」 『我は冥王。冥王ハデスである』 「何の冗談か分かりません。ティーナと笛音ちゃんを捕まえたのが貴方だというのなら、 今すぐに二人を帰して下さい」 『それは呑めぬ。彼女たちは既に冥王の后、帰すことなど出来はしない』 誠治は会話文を見ながら、憤慨の声を挙げた。 「何だこいつ!?くだらないジョークをかますハッカーだな、オイ!?」 言ってから気付いた。 「………学園中枢に………ハッカーだと?」 そんな者がいるわけはない。 来栖川が全力を持って作り上げた学園中枢に侵入し、誠治と美加香が作り上げたインタ ーフェースに干渉してティーナを捕獲することが出来るハッカー。そんなものはそうゴロ ゴロしているわけはない。……それに。 それに、こいつはどうやってティーナ達がダイブするタイミングを知ったというのだ? これは偶発的な物では有り得ない。明らかに計画的な行動だ。 以上のことを悟ったとき、誠治はもう一度同じ呟きを繰り返した。 「何だ……こいつ……?」 美加香は憎々しげにモニターを睨み付けると、キーを強く鳴らしながら宣告した。 「帰さないと言うのなら、力尽くでも取り返します!」 『その挑戦を受けよう。ただし貴方にはそれ相応のリスクを負って貰う』 「リスク?」 美加香の反復に《冥王》は恐ろしい発言を返した。 『私が敗北した場合、エウリュディケは無事に帰そう。ただし貴方が敗北した場合は…… この試立Leaf学園を《天空の劫火》をもって焼き尽くしてくれようぞ!!』 「なっ!?」 遠慮のない悲鳴が喉の奥から迸った。 硬直する美加香の肩を誠治が慌てて揺さぶる。 「どうしたんだみかちょん!?《天空の劫火》って何だ!?」 「……かつて久々野彰さんが風紀委員長だった頃、来栖川財閥がその権力に対抗・及び封 じられた魔人SGYを監視するために作った浮遊要塞です。その責任者は来栖川綾香様に あり、彼女の決定一つでいつでもどこでも熱線が地上に向けて発射されるようになってい たんですが、久々野さんの引退後その役目を失いあまりにも物騒だという事で学園中枢の マザーコンピュータによって制御キーを永久封印されて学園の遥か上空に人知れず放置さ れていたんです。行き場のなくなった戦術核みたいな不要物ですよ」 「………初耳だな」 「極秘事項ですし、当時の情勢を知る者も大抵忘れていたことです。……まさかこんなも のを担ぎ出してくるなんて……何者なの、この人……?」 美加香は震える手でキーを触ると、眉を引き締めて思い切り叩いた。 「その賭、乗らせて貰います」 『Good!』 「みかちょん!?」誠治は驚愕の悲鳴を上げた。「責任問題になるぞ!?」 「時間がないんです!」美加香は悔しそうな顔で言った。「こんな脅しを掛けて来るって 事は、相手は《天空の劫火》の封印を解除していないにしてもそれに近いところまでいっ てるって事です!先に解かれてしまえば私達は消し飛びます!!それにっ!!」 美加香は真剣な顔で呟いた。 「最早この学校からは逃げられません。Dシリーズは既に支配されているはずです」 『聡明だ!!』 モニターに文字が浮かび上がった。 誠治は驚いてきょときょとと部屋を見渡す。盗聴されているかと思ったのだ。 『どこを見ているのか?マイクだ、マイク。貴様の目は節穴か』 よくよく見てみれば、確かにモニターのすぐ横に音声入力用のマイクが置いてある。 「趣味が悪いですね。冥王ともあろう方が、盗み聞きなんかしてたんですか?」 美加香は挑発的な口調で呟いた。 それに応えるようにすぐさま文字が浮き出る。 『私は何でも知っているのだよ。君の推測通り、学園はもうじき封鎖される。Dシリーズ は既に奪取済みだ。端末に一度でも触れたことのある学内の機体は逆ハックさせて戴くつ もりなので……行動は早く願おうか』 その文字列を見ながら、美加香は眉を顰めて考えていた。 (キーレスポンスが異様に早い?マイクで出力してるのか……それにこの人、私のことを 知っている?……一体誰なの?) 敢えて文字で会話するのも声を聞かれたくないからと考えれば納得がいくのだが。 美加香は頭を振ると、誠治に向かって言った。 「さあ、急ぎましょう誠治さん!私は今すぐ逆ハックされる可能性がある機体を鎮圧しま すから、誠治さんはマールとルーティ、それからてぃーくんを呼んできて下さい!!」 「てぃーくんも!?彼はHMじゃ……」 「いいから早く!!時間がないんです!!」 疑問の声を挙げかけた誠治を制して、美加香は矢継ぎ早に指示を出す。 そこにドアが開き、まさたが茶を持って顔を出した。 「どうです、はかどり具合は?ちょっと休憩してお茶に……」 「丁度良かったですまさたさん!!今すぐエルクゥ同盟を召集して下さい!!」 「うん?」 まさたは部屋の中の様子を一瞥して、軽く頷いた。それだけで何か起こったのは分かっ たらしい。 「分かった。風見君は図書館にいるから……他の三人をすぐに呼ぶよ」 「お願いします」美加香は一礼し、モニターを振り返った。 モニターには赤い字でこう描かれている。 『Good Luck!!(健闘を祈る!!)』 美加香は顔を歪ませて、酷く不快そうな顔をした。 それが数時間前の事だった。 「……とゆーわけなの」 美加香の前にはマール、ルーティ、てぃーくんが並んでいる。 事の重大さは彼等にも十分に飲み込めたらしく、一様に緊張した顔をしている。 「ティーナばかりか笛音ちゃんまで……許せないっ!!」ルーティは義憤に燃えた表情だ。 「それで、私とルーティは早速学園中枢にダイブしてティーナ達を連れ戻せばいいんです か?」マールはさすがに慎重だ。ただしその眼の奧には静かな怒りの炎が灯っている。 美加香は頷くと、奧からネコミミインターフェイスを二セット取り出した。 「これがさっき完成した改良版ネコミミインターフェイス『ネコミミまっしぐら』よ。 外部からの干渉阻害能力を著しく高め、しかもマールとルーティで相互リンクさせるから 冥王の妨害も通じないハズ」 それはそれで凄いのだが、何ともいただけないネーミングセンスである。 てぃーくんは困ったように美加香を見て、首を傾げて言った。 「それで……僕はどうすればいいの?」 どう考えても傀儡であるてぃーくんには無縁の話であるとしか思えない。 だが美加香はちっちっちと指を振って答えた。 「てぃーくんはマールとペアになって一緒に潜って欲しいの」 「ええぇ!?そんな、僕なんて何もできないよ!?」 「そんな事もないんだなぁ、コレが!」 美加香はぽんっとマールの頭に手を置いて言った。 「通常のネット空間では演算処理能力の優れたソフトが圧倒的に有利になるわ。まず一般 のネットではマールに適うプログラムは居ないわね。でもそれはあくまで一般の話」 「今回は違うの?」 「……どうやらこの冥王がぐっちゃぐっちゃに掻き乱してくれたネット世界……魔法的な 異相が狂ってるみたいなの」美加香は深刻そうな表情でマールを眺め下ろした。「現在の 学園中枢はまさに冥王の牙城……《冥界》とでも言うべき空間になっていて、魔力を備え たプログラムでしか空間に影響を与えられないみたいなの」 「ああ、だからてぃーくんが必要なんですね」マールは得心した表情で頷いた。 てぃーくんもルーティも首を傾げている。解るわけがない。 マールは二人を振り返って、美加香の代わりに説明した。 「今の美加香さんの説明によると、ネットの中では一種の魔力的磁場が働いていて魔力を 伴った攻撃以外は通じないそうなんです。だから一般の攻性プログラムはともかく魔的な 攻性プログラムを持たない私は全く無能で……美加香さん直伝の魔力格闘プログラムを持 つルーティや、同じく魔法で動いているてぃーくんが私の魔力の一部を使って放つ精神間 攻撃の方が効果があるということ……ですよね、美加香さん?」 「そーゆーこと」美加香はマールの頭を撫でながら答えた。「だからてぃーくんにマール の代わりに攻撃をして貰いたいの。マールは探査能力を活かしたナビゲーター役に専念し て貰うから」 説明を受けてようやく合点がいったてぃーくんが、うん!とにっこり笑って頷いた。 「つまり僕にマールちゃんのオプションをやってくれってことなんだね!!」 「そうそう!」美加香は頷いてからその耳元に口を寄せ、ちょっと意地悪な笑みを交えて 囁いた。「それに好きな女の子は自分の手で助けてあげたいでしょ?」 「えっ、あの…………」てぃーくんは真っ赤になって頷いてしまった。 マールとルーティはその光景を横目で見て忍び笑いを浮かべながら、ネコミミを装着し ている。戦闘前の微笑ましい時間だ。 ルーティはえいっと声を挙げててぃーくんにもネコミミを被せ、ぽんと頭を叩いた。 「さあ、頑張ろうっ!!」 「う、うん!!」 「必ず二人を連れて帰りましょうね!!」 そして三人は美加香と誠治の方を振り返り、笑顔で言った。 『行ってきまーーーっす!』 「はい、気を付けてね!!」 こうして三人は電脳世界へと旅立っていった。 「………行ったか」 「はい」 誠治の声に、先ほどとは打って変わって深刻な顔で美加香は頷いた。 「私は悔しいです、誠治さん。我が子が捕まっているのに私は何もしてあげられず……… 子供達の手に任せるしかないなんて……!」 「……………………」 本気で悔しがる美加香から眼を背け、誠治は何も言わずに部屋の奥を眺めた。 そこには『切り札』がごろりと倒れたままになっている。どう使うかで戦況は逆転する。 誠治はふうっと息を吐くと、美加香の方を向かないまま呟いた。 「俺達にも出来ることはあるさ。ここを守るために闘う奴等もいる……しっかり、やらな くちゃならないんだ……」 「……はい」美加香は頷いた。 そして端末に座り直し、キーボードを構える。 マール達のサポートをするために。 「来たか」 ざっ、と地面を踏みしめる。 ジンは凄絶な笑みを浮かべて目の前の3体の影を見つめている。 その後ろには暗器を構えた風見と震えながらモップを握りしめるゆきがいる。 秋山の姿は見えない。 「僕は結界を張って図書館を守ります……秋山さんが見つければ良かったのですが」 図書館前の扉の前で魔法陣を敷き、魔法書を開いているまさたが呟いた。 ジンはフン、と鼻を鳴らして笑いながら言った。 「馬鹿野郎、俺達を誰だと思ってやがる?天下無敵のエルクゥ同盟だぜ?……それにだ!」 彼の瞳には三体の影の内最も存在感のある者が映っている。 その名はDセリオ。来栖川警備保障の誇るDシリーズ最強の機体。 「俺の名はジン・ジャザム!!宿命のライバルの前では無敵になる漢なんだよっ!!」 「障害物発見……直ちに排除します」 Dセリオの身体から不吉な発振音が聞こえる。 そんな彼等を見守りながら、風見は決然とした口調で呟いた。 「守るんだ……みんなを!」 やけに暗い。 いつの間に眼を閉じていたのだろうか? そう言えば不明のことを「冥」と言うのだそうだ。 いつだったかデータベースで知った。 ふと眼を開けば、ルーティの目の前には広大な花畑が広がっていた。 花は大好きだ。ちょっと嬉しくなった。 「うわあ……!」思わずため息が漏れる。「凄いね、姉さん!」 言ってから姉の事を思い出す。何故自分がここにいるかも。 「姉さんは何処っ!?」 「ここですよー」足下で小さな声が答えた。 姉の声は聞こえる。だが、何だろうこの声の小ささは? 目の前の何処にも姉は見あたらない。 「姉さん?」 「ここですってばー」 再び足下で小さな声が答える。 よくよく腰をかがめて見てみれば、10センチくらいの赤毛の人形が自分を見上げてい た。可愛らしい人形だが、見覚えがある。姉だ。 「うわあ、姉さんっ!?」ようやくそれがマールであることに気付いたルーティは、思わ ず驚きの声を挙げた。 「だからさっきからここだと言ってるのに」マールはちょっと膨れて妹を見上げている。 「また縮んだねぇ姉さん……」 「仕方ないのよ、てぃーくんに力の大部分を委託してるから」 その言葉にルーティはもう一人の存在を思い出した。 「そうだ!そーいえばてぃーくんは!?」 「あなたの足下」 「う〜〜〜〜〜〜〜ん」 足の下でうめき声が聞こえて、慌ててルーティは飛び上がった。 「てぃーくん!?」 「あいたたたた……ひどいよルーティちゃん、踏んづけて気付かないなんて」 ようやくルーティの重圧から解放されたてぃーくんはむくりと身体を起こした。全く効 いていないように見えるのだが。 てぃーくんはぱんぱんと身体の土を払って、周囲を見渡した。 「いやあ……随分と見晴らしがいいとこだね」 「そうですね……エウリュディケの庭園と掛けているんでしょう」 マールはそんな訳の分からないことを言いながらその肩によじ昇る。 ルーティは毎度の如く姉の意味深な発言は放っておくことにした。どうせ逐一問い質し ても自分には解らないのだ。ここら辺は母親である美加香によく似ていると思う。 ふとどこからか管楽器の音が聞こえてきたような声がして、ルーティは周囲を見渡した。 視界の果てにトランペットを持って歩く男と、それについてゾロゾロと行進していく子 供達が見えた。とても楽しそうだ。 思わずふらふらと歩き掛けたルーティを見て、マールは声を挙げた。 「ルーティ!!」 「はっ!?」我に返ってルーティが声を漏らす。 マールは呆れた顔をしてルーティを眺めた。 「ダメですよ。この電子迷宮は今や《冥王》の手でぐちゃぐちゃにミキシングされて私で も上手く異相関係が掴めないんですから。下手に動くと電脳の歪みに引き込まれて帰って 来れなくなっちゃうかも知れないんですからね!!」 「う……うん」マールの脅し文句に恐れを抱き、ルーティはこくこくと頷いた。 てぃーくんはふーんと頷いて納得した表情で呟いた。 「ああそうか。『迷子になって帰って来れない』からあそこに『ハメルーンの笛吹き』が いるんだね」 「そうですね……異人伝説の側面は無視して、冥界行進で掛けてるみたいですね」 今度はなんとなくルーティにも意味が分かった。が、口には出せない。 マールはちょっと不快そうな顔をして呟いた。 「冥王さんという方はどうやら隠喩が大好きみたいですね……」 ルーティには何故姉がそんなに嫌そうな顔をするのか解らなかった。いつもはパズルや とんちが大好きな人なのに。 トランペットの音が近くで響いた。振り向くと凶々しいメイクを施したピエロがにこや かに邪悪な笑みを浮かべながら立っていた。 「ちゃらりららら……どうですお坊っちゃんお嬢ちゃん、私達のサーカスに寄っていきま せんか?今なら楽しい楽しいイベント盛りだくさん!飴玉も付いてきますよ〜!!」 だがマールはてぃーくんの肩に座ったまま、いつもの温厚な姉には似ない冷たい表情で 呟いていた。 「結構です、私達は急ぎますから。……特に」刺すような視線がピエロの顔を射る。 「特に死神(ジョーカー)の主催するサーカスなんておぞましくて行く気もしない!!」 マールが叫んだ瞬間、ピエロはトランペットを血のたっぷり付いた鎌に変化させて三人 に向かって斬りかかってきた!! 「ひょーーーーーほほほほほっほほほほっっっ!!」 「ひ、ひえええええええええええっ!?」 ルーティはあまりの急な展開に付いていけずに硬直する。 だが続くマールの鋭い叱責の声で素早く我に返る。 「ルーティ、しっかりしなさい!!」 「あ……!か、火行奥義っ、火辰烈鳳!!」 そう叫んで拳を繰り出した途端、現実世界での数倍も激しく燃えさかる火炎がピエロの 腹を吹き飛ばした。 「え……?」ルーティは自分の引き起こした現象に眼をぱちくりさせる。 ピエロに生まれた隙を見逃さずにマールは足下のてぃーくんに呼びかける。 「今です、とどめを!!」 「う、うん!………『把ぁぁぁぁぁぁぁ!!!』」 ティーの見よう見まねで繰り出したてぃーくんの練丹の気合いは、螺旋を描く青光の帯 となって敵を包み込んでびりびりとこちらの空気まで振動させ、文字通り敵を粉砕した。 やはりルーティと同じくてぃーくんもあまりの威力に固まっている。 一人マールだけが物憂げな表情をしてピエロの立っていた場所を見つめていた。 「だから嫌なんです……悪趣味な隠喩なんて……」 そんな彼女にお構いなく二人の驚きは炸裂する。 「ね、姉さん姉さんっ!?」 「凄いよ、今僕ティーみたいだったよ!!」 とても嬉しそうだ。 「あーもう」マールはちょっと肩を竦めながら、二人を見た。 「当たり前でしょルーティ。マナが存在しない上に機械のボディを経由しないと効果を 発揮させられない現実世界と比べれば、マナたっぷりで直接意志の力を使えるこの冥界 の方がそれは効果がはっきり現れるに決まっています」 「そ、そーなの?」ルーティはちょっと怯んだように言った。 「それからてぃーくんの場合は『こうすればティーさんみたいに出来る』と信じてるから 出せたんです。精神を介する攻撃魔法の場合は思いこみの強さがダイレクトに影響します からね。パワーソースは私の魔力ですし……」 「え、僕の力じゃなかったんだ……」てぃーくんは落胆した調子で呟いた。 二人とも可哀想なくらいがっかりしている。 マールはふっと笑うと、そんな二人に笑いかけた。 「でも……あなた達二人が敵を倒したのは本当です。頑張りましたね」 その言葉にルーティとてぃーくんはたちまち顔を輝かせた。 「………うん!!」 「………そうだねっ!!」 三人は顔を見合わせるとにっこりと笑った。 そして花畑よりも更に遥か彼方を見ながら、ガッツポーズで叫んだ。 『さあ、冥界の果てまでレッツゴーだあっ!!』 「ふふ……のこのこと向こうからやって来たか」 《冥王》はくっくっと喉を振るわせながら呟いた。 玉座に座る花嫁の頬に唇を寄せながら愉悦の笑いを漏らす。 「木乃伊取りが木乃伊になる……そんな言葉も知らずに……愚かなことだ」 花嫁は……エウデュリケは何も言わない。 ただ紫色の瞳で虚空を見つけ続けるのみ。 「くっくっ……」 《冥王》は低い嗤い声を挙げた。やがてそれは大きくなる。 「くははは、はーっはっはっはっっ!愉しき哉!!悦なる哉!!全ては私の思うが儘よ!! ふふふ、ふはははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」 まるで壊れたネジ巻き人形のように嗤い続ける《冥王》。 だが、たったネジ一本でも電子の頭脳を狂わせるには十分だと……誰が知ろうか……? 続く ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― まあそんなわけでよーやくストーリーが一歩前進(笑) 滅茶苦茶な話ですが、読んでいただけるなら読んで下さいませ。 でもってもしも面白ければ「早く続き書け」と言ってあげて下さいなっ!!(笑) なお、今回は最近のものとはちょいと文体を変えてあります。 具体的には……言わなくともいいですよね(笑)