Lメモ外伝「妖刀夜行(前編)」 投稿者:風見 ひなた
「……黴臭いな」
「仕方ないですね、ここ数年来手入れしていなかったらしいですから」
 風見はそう言いながら資料室のスイッチを入れた。
 まだ電気系統はいかれていなかったらしく、ぱちんという音を上げて電灯が部屋の中を
照らした。
 とはいえそれでこの部屋に漂っていたおどろおどろしいすえた空気が一掃されると言う
わけではない。何故なら、本当にこの部屋を不快にしているのは通気の悪さからくる黴臭
ではなくこの部屋に収められた品物から漂う廠気だからだ。
「……不気味だな」
 YOSSYFLAMEはぽつりと呟いた。
 風見は頷きを返すとガラスケースを撫でた。
 手に着くのはこびりついた埃と、黒っぽい闇。
「歴史の重みがそうさせるのかもしれませんね……500年間ごしに伝わる人の想いが」
「……想い?」
「怨恨…悲恋…慟哭…500年前の雨月の山で鬼の伝説に生きた者たちの」
 そう言って風見は古ぼけたガラスケースを見つめた。
 もちろん単なるガラスケースではなく、よく見れば四方に対魔結界が張られている。
 それは外部の者の侵入を防ぐと共に、内部からの『脱走』をもまた許さない。
 ケースの中には一振りの太刀とサレットに似た冠、それに一冊の書物が収められていた。
 書物には掠れた字でこう書かれている。
『雨月悲恋鬼憚補遺録(うげつひれんきたんほいろく)』
  相当時代を経た書物らしく、その年代もまた500年の闇をくぐっているらしかった。
 恐らくは鬼伝説が生まれた頃と同時期に書かれたものなのだろう。
 そしてその書物が非常に重要な価値を持つことは明らかだった。
 風見もYOSSYも知っている……鬼伝説が真実であったことを。
  そしてそのタイトルから当時の記録が記されたものであろうと想像するのは容易い。
「よくもまあ盗掘に会わずに残っていたもんだ」
 YOSSYが感心した声をあげると、風見は苦笑して彼に振り向いた。
「ここら辺は廠気に惹かれて邪妖がウロウロしてますからね……盗掘も一筋縄ではいきま
せん」
 それにしても、と風見は続けた。
「さすがの僕もあなたが付いてきてくれなかったら危なかったかも知れませんね。礼を言
いますよ」
「ま、委員会も暇だったし……まさたがくれた謝礼金はでかいからな」
 YOSSYは照れたように言うと、そっぽを向いてしまった。
 確かに風見とYOSSYの組み合わせは少々珍しいものだった。
 風見が館長に書物の回収を依頼し、戦闘力の不足から榊のかわりにたまたま通りかかっ
たYOSSYに同行を依頼しなかったらまず見られなかっただろう。
 そして二人の戦闘力はこの部屋に至るまでの廊下に散らばる無数の邪妖の死骸が物語っ
ていた。
「さて、と……」
 風見はケースの隅の結界に呪符を近づけて手早く結界を外すと、その中に手を差し入れ
た。ひんやりとした地下の冷たい空気とは違った温もりを持つ不快感を感じさせるような
湿気が手にまとわりつく。
「これですね……」
 風見は古びた書物を取り出すと、再びケースを閉じようとした。
「ちょっと待った」
 風見を止めたのはYOSSYの声だった。
 訝しげな表情の風見を押しのけ、ケースの中に収められた太刀を手に取る。
 大事な文化資料を取り上げられて食ってかかろうとした風見だったが、YOSSYの真
剣な瞳を見て罵声を喉の奥に引っ込めた。
 YOSSYは少しばかり熱のこもった瞳で刀を手に取りながら、唾を飲み込む。
「すまん、刀にはやっぱり道を志す者としてちょっと興味あるんだ……見せてくれないか?」
 そう言われては風見も返す言葉がない。
 もともと文化を人に伝えるために存在するのが図書館の役割である。
「いいですけど、汚しちゃ駄目ですよ」
 風見はそう言ってYOSSYの好きなようにさせることにした。
 YOSSYは嬉々として太刀の鞘に手を掛けると、一気に引き抜いた。
 こんな環境の悪い場所に放っておかれたんだ、すっかり錆びてボロボロになっているは
ずだろう……。
 風見はそう思っていたが、白い輝きが顔を照らすとその眼は丸く開かれた。
 太刀はその大振りな長さと収められていた環境、そして500年の古さにも関わらずま
るで手入れされ尽くした名匠の作品のように美しい光を放っていた。
 そしてその刃がこちらに向ける輝きは今なお鋭い切れ味を予想させる。
 YOSSYは感嘆の声を挙げながらそれを薄暗い地下の電灯に照らしていた。
「成る程……こいつは良い刀だ。ただ、銘が彫られていないな……いや」
 左手に持った鞘に目を向けたYOSSYは、風見の方をちらりと見てからそれを目の前
に突きつけた。
 訝しそうな目を向ける風見に、YOSSYは鞘をちらつかせる。
「見ろ、ここに誰かの名が彫ってあるぞ」
 風見はそれを見て、眼を細めた。
 鞘にはくっきりと『日向』と彫られていた。
「……これは『ひなた』と読むのか?『ひゅうが』と読むのか?」
 風見は困惑してYOSSYの方を見た。
 YOSSYは肩を竦めて鞘を引き寄せる。
「さてな。大方持ち主の名前だろうが……お前と一緒の名ってのは奇遇だな」
「ええ……」
 答えながら、風見の目はYOSSYの方を向いてはいなかった。
 その眼は手にされた抜き身の太刀に釘付けになっている。
「しかし……良い輝きだよなぁ……」
 YOSSYが刀身を電灯に照らすたびに風見の目にその煌めきが飛び込んでくる。
 何て美しいんだろう。
 まるで……まるで……あの刀のようだ。
 昔持っていた僕の…我の……あの愛する太刀。
 大事な者の名を取り『露』と名付けたあの……。

『スティ・ベルク・レヴィ……イルク』
『妾に勝てると思うてか……?』
『血を。血を呑むが良い。それでお前は……なる』
『あなたは私を見て下さらない……様』

「敗れぬ……イルク……我は………退くわけには……」

「何?」
 YOSSYの言葉に風見ははっとして我に返った。
「え、どうしました?」
 何故だか焦った口調で風見が訊くと、YOSSYは太刀を持ったまま首を傾げた。
「いや、さっき何か言わなかったか?」
「言ってませんよ」
「そうか?」
 YOSSYはそれだけ言うと、太刀を鞘に収めた。
 再びケースにしまいながら、ため息をつく。
「いい太刀だった……太刀なんてものは叩きつけるのが本来の目的なのに、切れ味もちゃ
んとしてたしな。まあ……特殊な術もかかってなさそうだったし、何でこんな所にあるの
かは分からないけど」
「ええ……そうですね」
 風見はそう相槌を打った。どこか虚ろな目で。
 YOSSYはため息をつくと大きく伸びをして、周囲を見渡した。
「いやー、しかしこの部屋……25番資料室だったか?購買部倉庫と同じくらい変なもの
がたくさん置いてあるな」
「ここに置いてるのは歴史的資料価値を持つものが多いんですよ。まあもっとも購買部に
おいてるモノの中にはここから盗まれたものも多いんですがね……」
 風見はぼんやりとした瞳で答えた。口だけが妙に良く回る。
 後ろの方でがたんとYOSSYが置いてあるものを漁り始めた音がした。
 今がチャンスだ……。
 風見はケースの中からもう一度太刀を取り出すと、それをわずかに抜いた。
 相変わらずの水に濡れたような輝きが風見の顔を照らす。
 この光を見ていると何か頭の中がかき乱されるような感覚を覚える。
 それでも風見は刀から目を離すことが出来ない……。

『堕ちよ……鬼道に。呑み込まれるのだ……身を委ねるのだ……お前の本当の欲望に』
 ………………………………………。
『狩るのじゃ……雨月の鬼を一人残らず刈り取るがよい……』
 ………………………………………………。
『どうしたのですか、このような夜更けに……』
 我は……………。
『陰に棲む者はまた陽に惹かれつつも妖の魔性を糧とし全ての夜を狩り取るまで……』
 我は…………………。
『何を言ったところで貴様は鬼……我等と同じ夜の眷属なのだから』
 我は…………………鬼ではない………………。

 がたん。

 風見は慌てて刀を鞘に収めると、物音のした方を振り返った。
 YOSSYが妙なポーズのまま凍り付いた表情をこちらに向けていた。
「な、何かな風見君?」
「こっちの台詞ですが……何やってるんですか、そんなところで?」
 風見が同じように硬直した顔を向けると、あはははとYOSSYは乾いた笑いを上げた。
「いや、その、ちょっと触ってたら荷が崩れちゃって……」
「そ、そうですか」
 風見はほっとした様子で呟いた。
 そんな風見の手に握られた太刀を見て、YOSSYは首を傾げた。
「あれ?何でその刀を出してるんだ?」
「え、あ、いやっ!別にっ!ちょっと見たくなっただけでっ!」
「そうか。いや、邪魔したな」
 そう言ってから、二人は同時にあははははと虚しい笑い声を上げた。
「さ、帰りましょうか!」
「ああ、とっとと帰ろう!」
 こうして二人は地下から脱出した。

 ケースの中にはあの太刀が静かに鞘に収まって眠っていた。


 今宵は良い月だ………。
 太陽とは違うあの優しい光は俺達の心に優しく訴える………。
 永き時を経てもなお俺達を見守る母なる地を彷彿とさせる………。
 この身の殆どを機械の身体に変えても……あの光は俺の心にも公平に降り注ぐ。
 月よ。あの美しい星よ。
 願わくば、届けてくれ……俺達の祈りを、母なる地に……。
 ジンは深夜の公園で一人月を見上げていた。
 この公園はカップルもおらず、一人考えに耽るには都合がよい場所だった。
 穏やかな風と美しい月に誘われて出てきたのはなかなか正しかったようだ。
 時計の柱にもたれかかり眺める月はとても美しい。
 穏やかな表情で安らぎを噛みしめていたジンの顔に、突如険しい緊張がみなぎった。
 それは、戦士の貌だった。
「何者だっ!」
 ジンの叫びを受け、音もなく公園の入り口に一つの影が現れた。
 背はあまり高くない。このように明るい夜でもその姿は闇に包まれたようにはっきりと
はしない。だが、そいつが持つ殺気だけは本物だった。
「これだけの殺気……俺に気付かせずにここまで来たってか。へっ、面白しれえ……」
 ジンは肌がひり付くような鬼気を身に受けながらも、心底嬉しそうに唇を歪めた。
 拳を固く握ると、既に我が身に通わぬはずの貪欲に破壊を求めるエルクゥの血が全身を
駆けめぐるのを感じる。
「何者かは知らねぇが……この頃俺は血に飢えてんだっ!狩(や)ってやるぜっ!」
 ジンが一歩踏み込んだ。
 それと同時に、襲撃者の姿が掻き消える。
(いや、上だっ!)
 月を背に襲撃者が高々と跳躍を掛けてきていた。
「馬鹿がっ!隙がでけぇんだよ!」
 そう叫ぶと、ジンは右手の銃口を襲撃者に向けた。
「喰らいなっ!」
 ジンの右手に内蔵された電磁ライフルがスパークと共に光条を吹き出す。
 手応えあった……!
「何だ、その貧弱な攻撃は……?」
 襲撃者は落ち着いた声でそう呟いた。
 予想もしない言い種に、ジンは目を剥いた。
「木行為す雷 剋するところの金行黒金の輝き 以て我汝を斬る……把っ!!」
 襲撃者は何事か呟いたかと思うと、背中から銀光を放ち超高電圧の弾を切り裂いた。
「……何!?」
 着弾と同時に弾は高熱を伴う自壊を起こし、目標を破壊するはずだった。
 しかし襲撃者はいともやすやすとそれを叩き斬ると、硬直するジンの目前に舞い降りて
くる。
 いつもは高い判断能力を持つジンも、このときばかりは対応が遅れた。
(しまった……)
 それは普段に比べてもわずかに劣る程度の遅れに過ぎなかった。
 だが、その遅れが彼の命取りとなった。
「葬る」
 金属と金属が弾きあう高い音が周囲に響き……。
 そしてジンの右腕がわずかにずれ、地に墜ちた。
「なっ……なにぃぃぃぃぃぃっ!?俺の、俺の腕がぁぁぁぁぁ!?」
 超合金で出来ているはずのジンの右腕はまるで切断面が見えないくらい滑らかな切り口
で切断された。それはまるで粘土でも削り取ったようにすら思えた。
 襲撃者は殺気と失望、怒気の入り交じった瞳を向けるとショックでうずくまるジンに告
げた。
「我を落胆させるな、イルク……我は汝と闘わんがために黄泉返ったのだからな」
「……イルク?」
 ジンは驚愕と恐怖の入り交じった眼で襲撃者を見つめ返した。
「そうだイルク……貴様の名だ。我は貴様を葬り……つぶらを、稲を、露を護るのだ」
「てめぇ……何言ってやがる?」
 ジンの呟きに、襲撃者の目が細められた。
「なおも愚弄するか。ならば……ここで死ね」
「なっ……俺はイルクなんて名じゃ」
 本当にそうか?
 ジンの頭の中で何かが酷く痛んだ。
(……何だ)
 お前は知っているはずだ。この男を。この殺気を。この技を。
 この男は、お前が葬った……。
「割ァァァァァァツ!」
 襲撃者の太刀がジンの頭に振り下ろされた。
『いかん、ジン!』
 叫びが公園に響く。
 ジンの左腕から白い少女が飛びだし、ジンの前で手をかざした。
 たちまちジンの姿が掻き消え、刃は空を切り裂く。
 かん、と音を立てて触れた地面に深い溝を作って刃は止まった。
『くっ……危ないところじゃった』
 少女はジンを抱えて額を拭った。
 それから、襲撃者の方を向いて牙を剥く。
『ヌシ……何者じゃ!この男は妾の生餌ぞ……邪魔だてする者は許さ』
 言いかけた口が止まった。
 遊輝はごくりと唾を飲み込み、顔の見えない襲撃者を凝視した。
 それから、震える手で襲撃者を指さした。
『な……何故じゃ……何故お主が……何故お主がここにいる!?』
「さあて……」
 顔が見えずとも、襲撃者が歓喜を顔に浮かべているだろう事は何故か確信された。
 襲撃者はくっくっと笑いながら太刀を振り上げた。
「イルクを追って黄泉帰りて……まさかあなたにまで出会えるとは……宿業とは恐ろしい
もので御座いますな……白蛇御前(シロヘビノゴゼン)」
『貴様!?やはり……やはり主なのか、ヒュウガ!!』
「如何にも」
 ヒュウガと呼ばれた襲撃者は、太刀を支えるように立つと右腕でサインを作った。
 『印』だ。
「東陰の宿星の御下に西大妖を狩る……我葬るは白き蛇……東威神の力見るが良い!!」
 男の手から青い光弾が放たれ、遊輝に向かい放たれる。
『ぬうっ!?』
 遊輝の声と共に彼女の直前で光の壁が生まれ、弾を掻き消した。
 しかし遊輝は腕を押さえ、わずかに呻く。
 防ぎきれなかった力の余剰が遊輝の身体に傷を付けていた。
『なんと……陰陽を使うか。しかも……妾に傷を付けるなどと……』
 くく……くくくく。
 襲撃者は遊輝に向かって嘲った笑いを向け、自らの身体を抱きしめた。
「くくっ…素晴らしい。この身体……力に溢れている!」
 その言葉に、遊輝は苦々しげに顔をしかめた。
『なるほどの……ヤツの力をも取り込んだか』
「くくくっ……負けぬ!今度は負けぬっ!我は汝を、全ての鬼を狩るっ!」
『だが、精神(こころ)は歪んだようじゃなあっ!』
 遊輝の手から放たれた紅蓮の炎が周囲一帯を包みながら襲撃者に放たれた。
「陰火を剋する陽なる水の気……訃っ!!」
 その炎の中を突っ切って、襲撃者が銀光を遊輝に向ける。
『くっ……封印された身で、しかもジンめを抱えたままでは戦闘もままならぬっ!』
 炎を薙いで迫る襲撃者の太刀を蹴り上げ、遊輝はジンを抱えて跳躍した。
 遊輝自らが体術を使うとは思っていなかったらしく、襲撃者の対応が一瞬遅れる。
 だが、遊輝が浮遊したところで襲撃者にも高い跳躍力があった。
「逃すかあっ!」
『ふん、主と違い妾はこの500年で新たな戦術を学んだわ!』
 そう言い放つと、遊輝は迫ってくる襲撃者の目の前にして大きく息を吸い込んだ。
『誰かぁぁぁぁ!!助けてぇぇぇ!!変質者が刀を抜いて迫ってくるーーーーっ!』
「なっ!?」
 襲撃者は跳躍したまま遊輝を斬るタイミングを逃した。
 だがそれを力尽くで逃さないよう、襲撃者は浅い斬檄を繰り出した。
 しかしそれしきを喰らうほど遊輝は弱くもなく、襲撃者の一撃は弾かれて地面に叩きつ
けられた。
「くっ……」
 受け身を取り、すかさず次の攻撃に移ろうとするが周囲に人が集まりつつある雰囲気を
感じ取って襲撃者は攻撃を躊躇った。
『次はこうはいかんぞ!……さらばじゃ!』
 その隙に遊輝は捨てぜりふを残し、ジンを抱えて空の彼方へ逃走する。
「お巡りさん、あっちの方向です!」
「この公園の中じゃないですか!?」
 その間にもどんどん声は近付いてくる。
 襲撃者は舌打ちをすると、闇に……消えた。


            なんか最近続き物ばかりですね。
                                後編へ続く。