Lメモ外伝「猪名川由宇の関西弁会話」 投稿者:風見 ひなた


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 初めましてー ABCABC英会話っ♪
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 それはある寒い冬の日の朝の事であった。

 へくしょぉいっ、とけたたましい音を立てて橙色のお下げが上下に揺れた。
「なんや、えっらい寒いなぁ……風邪ひいたか知れへん」
 くしゃみの主である猪名川由宇はずずっと鼻を啜り、首に巻いたマフラーをぎゅっと両手で
握りしめた。
 彼女の言うとおり、今日はとても寒い。朝起きれば庭一面にびしっと霜柱が立っているの
が分かるくらいの冷え込みようである。アパートの池の氷の中に浮かぶ葉っぱを見るのは
それはそれで風流なものかも知れないが、暖かい神戸生まれの由宇にとってはたまった物で
はない。
 由宇はふと何を思ったかきししと顔を歪めて笑った。
「こういう時は職員室のストーブでカンしたポン酒が美味いんやなぁ……楽しみやで」
 言うまでもないことだが、明らかに服務規定違反ぶっちぎりだった。
 だが猪名川由宇の辞書にタブーという言葉など一切存在しないのだ……ことマンガの技法に
関して以外のことならば。そう、猪名川由宇はこの教育界に存在してはならないほどの破天荒
な職業観念の持ち主なのである。
 由宇はリュックを顧みて、中に堂々と仕込まれた日本酒の瓶を想像して頬がにやけるのを
感じた。
「ふふふ、待っててや……今温めたげるからな」
 まるで背負い子をあやすような口調でほくそ笑みながら、由宇は校門をくぐってまっすぐに
職員室に向かおうとしていた。
 その矢先のことだった。
 突如背後でギギギギィィッッと物凄く耳障りな音を立て、何かとてつもなく凶悪な物の気配
が急激なスピードで接近してきたのだ。
「な、何や!?」
 由宇はぞくっと背筋に悪寒が走るのに気付き、慌てて振り向いた。
 そこには土煙を巻き上げながらこちらに向かって全力で疾走する一台のバンの姿があった。
 ほんの十数メートルしか離れていないというのに無茶苦茶なアクセルの踏み方だ。
 あの位置から急ブレーキを入れたとしても確実に由宇を跳ね飛ばすだろう。
 由宇はあまりの事に半ば呆然としながら、それでも目の前の危機が慌ててハンドルを切る
だろうと何処かで高を括っていた。
 それが物凄く甘い考えだったと言うことは、次の瞬間に証明された。
「あ、猪名川先生おはようございまー――ぐべらあああああっ!?」
 今の物音にも全く頓着せずに呑気に由宇に話しかけようとした生徒の一人がバンに跳ね飛ば
されて軽々と宙に舞った。ありていに言うと景気良く轢かれた。
 一瞬だったが由宇の目には確かにバンの上に高々と「1HIT」という文字が浮かぶのが見えた。
 それでも全く速度を落とす素振りも見せないバン。
 すぐに、恐慌が校庭中に広がった。

「ディルクセン君が暴走車に轢かれたーーーーーーーっ!?」
「俺かぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!?」

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 Lメモ外伝「猪名川由宇の関西弁会話」

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「なんでや、なんでウチばっかり追って来るんやぁぁぁーーーーーっ!?」
 猪名川由宇は目から滂沱の涙を流しながらひたすら校庭をかけずり回っていた。
 何故か背後に迫り来る大型バンのおまけ付きで。
 先ほど可哀想な犠牲者を一名出したバンは、ヅラをすっ飛ばして跳ね飛んでいった前途ある少年
のことは全く気にする風もなくぐるぐるとカーライトを光らせて由宇の姿を認めると、突然猫が魚
を発見したときのように一目散に彼女めがけて飛びついてきたのである。
 すんでの所で第一撃は避けたものの、それでバンが諦めたかというとそんなことはまったくなく、
ゴミ箱を派手に蹴飛ばした上でぐるりとこちらを振り返り、再攻撃を始めたのだ。
 以来こうして逃げ通しなのである。
「何でウチを追って来るんやぁぁぁぁーーーっ!? ウチ何か悪い事したとでも言うんかっ!?」
 由宇はぼたぼたと涙をこぼしながら校庭を全力疾走していた。
 生徒達は由宇の災難に巻き込まれるのはごめんとばかりに遠巻きにその一方的な追跡劇を見守っ
ている。先生がんばってーとか言っているが、誰一人として助ける気はないようだ。
 そんな愛すべき生徒達を見ながら、猪名川由宇は叫んでいた。
「ええいっ、何でよりにもよってウチなんや!? もっと追いつめ易そうなヤツとか追いつめたら
楽しそうなヤツとか一杯そこら辺に転がっとるやないかい!?」
「先生、その思想だけで既に轢かれる素質充分でーす!!」
 愛する生徒の声援を受けて由宇はうがああっと叫び声を上げた。
「何や、ウチが何したっちゅーねん!! ウチは何も人様のご迷惑になるようなことはしてへんで!!
……あ、もしかしてアレか!? この前の同人のネタか!? 祐介×耕一ネタが悪かったんかっ!?
それとも皇○○室ネタの方なんかーーーっ!?」
「先生、それは殺されてしかるべきだと思いまーす!!」
「仕方ないやんか!! 妙にウケたんやから!!」
 ともあれこうしてちんたらと人間のスピードで走っていては轢き殺されるばかりだ。
 由宇はぎりっと奥歯を噛みしめると、同人作家256の秘密のうちの一つ『加速装置』を起動させ
物凄いダッシュでみるみるバンを引き離し始めた。

(註:同人作家の奥歯には謎の加速装置ぶくろが付いている!!
   その加速能力は実に音速の3倍!!
   唯一の欠点は作動中は等速の音しか聞こえなくなることだがそれは既に音ではない!!)

「ふはははははははははーーーーっ、見たかこの加速力ーーーっ!!」
 それは音速の3倍というのだから先日ヘッドにヒビが入ってた某音速旅客機以外は追いつきようがない。
「ザクとはちゃうんやで!! ザクとは!!」
 由宇は得意絶頂になって走り続けまくった。
 そして十二分に引き離したと感じたところで余裕たっぷりに振り向いてみる。
「さぁてヤツは一体どこらへんでまごまごぉぉぉぉっ!?」
 彼女のすぐ背後30センチのところで白く輝くバンの車体があった。
 ふと運転手と目が合う。
 彼女はニッと眩しい笑顔を浮かべ、右手の親指を立ててサインを送ってきた。
「付いてきとるーーーーっ!? しかも故意ーーーっ!?」
 まずい、と彼女の理性は鋭敏に危機を告げていた。
 相手もやはり尋常な相手ではなかった。
 このままでは危険が危ない!!
 由宇は蒼白になりながらも前方を振り仰ぎ、校舎の壁面にぽっかりと通用口が開いているのを発見した。
 これまで混乱のため全く考えが及ばなかったことに奇妙な可笑しさを覚えながら、由宇は勝ち誇った笑みを
浮かべる。まったく、こんな事に気付かなかったなんて!!
「なんや、校舎の中に入ってまえばこっちのもんやんか!!」
 相手は車だ、狭い校舎内を通り抜けられるわけがない。
「残念やったなぁ、また一昨日来ぃやぁっ!!」
 由宇は余裕の笑みを浮かべながら校舎の中に飛び込んだ。
 念のためにしばらく走ってから、ゆっくりと振り向く。
 バンが狭い通用口を強引に粉砕して廊下に入ってくるところだった。
「ウソやぁぁぁぁぁぁーーっ!?」
 がびーんと大口を開ける由宇に向かって、運転手は片目をつぶってぐっと右手の親指を立ててみせる。
 しかも一体どんな材質を使っているのやら、バンにはキズ一つ付いていなかった。
 そのバンを見る者は語る……『まるで地獄のオウガのようだ』と。
「まるで地獄のオウガのようや!?」
 由宇は無意識に呟きながら、くるっとバンに背を向けて全力で走り出していた。
 何故だか目から涙がこぼれたが、それが何故だか分かるはずもなかった。
 とにかく走ろう!! 走らないと、死ぬ!!
「うえぇぇぇぇぇぇん、何でウチがこんな目にぃぃぃぃぃぃっ!?」
 由宇が速く走れば走るほど、バンは速度を速めて由宇にぴったりくっついてくる。
 哀れなのは競争する由宇とバンの前にたまたま居た生徒達である。
 まさか校舎内に暴走車とそれに追われる教師がいるなどとは夢にも思わない彼等は、奇声を挙げて
逃げまどう由宇がすれ違うや否や盛大な音を立てて跳ね飛ばされていった。
「げぶらっ!?」
「ぬごす!?」
「ぬがあああああっ!?」
「はにゃ〜〜〜ん!!」
 一気に4人を跳ね飛ばしたバンはカルテットボーナスで3000クレジット取得だ!!
「ああっ!? Hi−Wait君・沙留斗君・へーのき君がぁぁぁぁぁ!?」
「最後のmakkeiさんを意図的に忘れていますね、先生!?」
 教室に逃れた月島瑠香の叫びを後方に聞きながら由宇とバンは全力で走っていく。
 瑠香の隣に立っていた天神が悔しそうに拳を震わせていたが、それは由宇の耳には届かなかった。
「くそう、俺も忘れられちゃった四天王の一人なのにぃっ!!」
「轢かれたかったんですかっ!?(がびーん)」

「ちょっと待ちや、このままやとマジで轢かれるってーーっ!?」
 由宇は分かり切った叫びを挙げながら、長い長い廊下を着実に被害者を増やしつつ走っていく。
 既に暴走教師と暴走車のカーチェイスのことは全校に知れ渡っており、由宇の姿を見るや否や蜘蛛の子を
散らすように生徒達が逃げていった。
「何て薄情な連中なんや!? ウチの代わりになったろうって剛の者はおらんのかいっ!?」
「先生、いるわけないと思います!!」
 教室の扉の後ろに避難した昂河の声が遙か後ろから聞こえてくる。
「ああ!! せめて誰かウチと一緒に走ったろうという気概のあるヤツは……!?」
 由宇がそう叫んだとき、遙か前方に腕組みをした小さな影が見えた。
 どこかボサボサという印象のある緑色の髪、小柄で胸もそれほどないくせにどこか傲慢そうな胸の反り、
生まれ持った女王の威厳、自らの才能を微塵も疑わないものだけが持てる溢れださんばかりの絶対の自信!!
自称我らがL学のくいーん、詠美ちゃんさまである!!
「あーーっはっはっは、苦戦してるらしいじゃない温泉子パンダ!!」
「なんや詠美っ!?」
 詠美は由宇に向かってびしっと指を突きつけると、居丈高に笑った。
「ちょっとパンダが短い足で走るのを見に来たのよ、やっぱパンダにゃ密猟者との駆けっこが良く似合……」
 そこで詠美はひきっと口元を歪ませると、くるっと逆を向いて由宇と並んで全力で走り始めた。
 どうやら考えた口上を喋っている内に轢かれそうになり、大慌てで反転したらしい。
「似ぃぃぃあぁぁぁぁーーっ!? 車が、車がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「アホやぁぁぁっ!! やっぱアンタは大馬鹿詠美やぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ふみぃぃぃぃぃぃぃぃ、『鹿』は余計だもんっっっ!!」
 一応一緒に走る仲間は出来たものの、全然役に立ちそうにない。
「そうか分かったで、きっとこの災難はあんたの巻き添えやったんやな!?」
「ふみぃぃぃぃぃぃっ!? 私何もしてないわよぉっ!!」
「ホンマやな!? ホンマに何もしでかしてないんやなあっ!?」
「ホントだもん!! 精々冬弥総受けとかキ○○トネタ描いただけだもんっ!!」
「アホーーーーーーーーッ!!!」
 由宇が叫んだとき、がらっと教室の扉が開いて一人の生徒が顔を出した。
「先生、ネタのヤバさでは五十歩百歩です!!」
 XY−MENの声を後方にしながら、由宇と詠美と暴走車のチェイスは続いていった。

「このままやとキリがないな……どうしよか!?」
「ふみぃぃぃぃぃ、パンダ早く考えなさいよぉぉ!! あたしはちょお迷惑なんだからねーーっ!!」
「迷惑被っとんのはウチやぁぁぁっ……と、ラッキー、角が見えたやん!!」
 由宇は前方に90度直角に左へと折れ曲がった角を見つけ、にやっと笑みを漏らした。
「いくらあの階段まで昇るバケモノ車でもあのカーブは曲がれへんやろ!?」
「おお! 由宇、パンダのくせにあたまいいじゃない!!」
 さすがの詠美も由宇の意図することに気付き、手を打って喜んだ。
 カーブというよりは文字通り角、あの狭い空間で車が曲がりきれるはずがない。
 早速二人は全力で角まで向かうと、左に向かって急激に向きを変えて走り込んだ。
「さあ、どうや!?」
 二人が息を呑んで待っていると、角の向こうからきゅりりりりっと物凄いタイヤ音が聞こえてきた。
 思わず目配せして、作戦の成功を確認し合う。
「上手くいったようやな……?」
「ふっふーん、さっすがちょお天才詠美ちゃんさま、見事なアイデアよね!!」
「ちょい待ちや、誰があんたのアイデアやねん!?」
「この詠美ちゃんさまに決まってるじゃないの、ばかぐみん!!」
 一瞬最後の漢字変換に戸惑い、やがて詠美の知能指数を思い出して納得する。ああ、『馬鹿・愚民』ね。
 その途端、唐突に角の向こうからこちら側に顔を向けてバンが滑り込んでくるのが見えた。
「なっ……ま、まさか!?」
「え? なに? なに?」
「あの角でドリフトやてーーーーーっ!?」
 運転手がイエーッと言わんばかりに笑顔で親指を立てるのが見えた。
 既にそのときには由宇は口から絶叫を挙げて逃亡を開始していたのだが。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!?」
「あああ、待ちなさいよ温泉パンダーーーーーーーーっ!!」
「何やねん何やねんアレはぁぁぁっ!? 常識の通用する存在とちゃうやんかぁぁぁっ!?」
 そんなことは既に通用口を破壊して校舎に入ってきた時点で分かっていたことだが、由宇は思い切り喚いた。
 由宇は叫びながらもそれでも必死に逃げる方法を考えようとして、次の角の前にあるドアに気付いた。
「そうや!! トイレやぁぁっ!!」
「え? トイレ? ふふん、所詮はしもじもの者ね。このあたし程こうきになるとトイレなんて行くわけが……」
「アホか、行きたいわけちゃうわいっ!!」
 景気良く詠美の頭でハリセンの音を立てながら、由宇はトイレの扉を指さした。
「トイレの扉は両開きで、おまけに横に隙間があるやろ!?」
「ふみゅう……それがどーかしたの?」
「ホンマにアホやな、扉の横に隠れればええんやんかっ!!」
 そう言うと由宇は詠美の手を取って、トイレの前に来たときに強引に扉にタックルした。
 更に詠美を左へと突き飛ばし、自分は逆に右へと反動を利用して一気に跳ぶ。
 若干足下が濡れているのが気になったが、この際そんな事は言っていられない。
 一瞬遅れてばぁんと扉が開き、バンがトイレへと飛び込んでくる。
 だが目の前に二人の姿を認めることが出来ず、由宇の狙い通りバンはそのままフルブレーキで向かいの壁に
突っ込んで豪快に壁面に車体をめり込ませていった。
「よっしゃ、ビンゴッ!!」
 由宇が計画の成功を見て取り、ガッツポーズを取った。
 詠美はきょときょとと自分の身に何が起こったのかを考えながら、ふと金具のイカれてしまった扉と壁の破片
と車体の区別が付かなくなったバンを見てとにかく相手が沈んだことだけは理解した。
「まー、さすが詠美ちゃんさまよね!! パンダの浅はかさとはワケが違うわ!!」
「だから何であんたの手柄やねんっ!?」
「何よう。あたしがパンダの言うとおりにしてあげたから上手く行ったんでしょ?」
「……あのー、もしかしてマジでそう思っとるんか?」
「まあパンダの忠誠は覚えておくわ、くいーんは心が広いんだから!!」
 由宇は一瞬本気で黄色い救急車を呼ぼうかと悩んだ。
 一瞬というのは、いきなりバンが息を吹き返してその場でぎゅりんと回転したからである。
 総毛立って戦慄する由宇と詠美の前でバンはまばたきするかのようにチカチカとカーライトを点灯させた。
 運転手は満面の笑顔で両手の親指を立てていた。
「う………」
「あ………」
『うううううううううわあああああああああああああああああああああああああああああああ!?』
 二人は扉を開けると全速力で廊下に飛び出していった。

「何やねん、どないなっとるんやあの車はぁっ!? 何で傷一つなく平気で走るんやぁぁぁぁっ!?」
「知らないわよぉっ!! パンダ、きっとあんた呪われてるんだからっ!!」
「呪い!? やっぱ呪いなんか!?」
「そーよ!! 前世か祖先の悪行のせいなのよ!! きっとあれは怨霊が燃料の怨霊カーなのよぉぉぉ!!」
「そ、そうなんかもなぁ……確かにあの頑丈さや動き方はこの世の物とちゃうしなぁ……」
 走りながらもおそるおそる振り返った二人は、背後30センチでぴったり付いてくるバンの存在を確認して
見るんじゃなかったと思いながら死力を振り絞ってひたすら走る。
 勢いよく目の前の階段を昇りきって、廊下に出た瞬間に由宇は舌打ちした。
「しもた……っ!! 気付かへん内に本能とはいえ最上階に昇ってきとるやんか!?」
「へ? 何かそれって問題あるの?」
「大馬鹿詠美、逃げ場がなくなるやないかっ!!」
「おお!!」
 背後でがたんと大きな音がして、振り返るとバンが階段を登り切ったところだった。
 運転手はにこにこと笑いながら四方八方に両手で親指を立てまくっている。
 二人は目配せすると、急いで廊下の先まで逃げ出した。
 それでも長い廊下を全力で走りながら、由宇はふうっと軽くため息をついた。
「こうなったらもう最後の手段を使うしかあらへんな……!!」
「ふみゅ!? パンダ、まだそんな手が残ってたの!?」
「ああ……それはこのハリセンや!!」
 そう叫びながら由宇は懐から愛用の巨大ハリセンを取り出した。
 使い古したグリップは所々傷み、一見柔らかな紙と紙の間には無数の補強が見て取れる。だがそれだけに
それが歴戦をくぐり抜けてきた逸品であり、補強のため一層威力を増しているように思えた。
 由宇は精一杯走りながらも、遠い目をして愛しそうにハリセンを撫でた。
「このハリセンはウチが修業時代に大阪ナンパ橋で朝から立ち続け、言い寄って来たナンパ男100人を叩き
伏せた百人斬りの業物、いわば血塗られた歴史を持つ伝説の魔剣なんや!!」
「ふみゅ!? 伝説の魔剣!!」
 詠美は大阪ナンパ橋を知らなかったが、由宇のハリセンが実はでんせつのまけんだった事は理解した。
 由宇はそんな詠美の純真な瞳をまじめな顔で覗き込むと、悲しそうな顔で呟く。
「そやけどウチの身体は数々の激戦のためもう限界が来とるんや。このハリセンさえ使えばあんな怨霊カーの
一台二台、百台だって一撃や……でももうウチにはこのハリセンを使うだけの力は残ってへんねん!!」
「由宇!! それ以上言わなくていいわよ!!」
「ああ……!! さあ詠美、このハリセンを使うんや!! そしてあの大魔王を打ち倒すんやでっ!!」
「うん、分かったわ!! 由宇の命、きっと無駄にはしないから!!」
 そして二人の魂の籠もった熱い視線が交錯し、語らぬ想いを紡ぎ合う。
 最早今の二人に長ったらしい言葉はいらない!!
「詠美……」
「由宇……」
 がしっと手を組んだ二人の心に通じる女同士の熱い友情!!
 由宇から詠美の手に魔剣ハリセンキャリバーが手渡され、最後の死闘に挑む乙女に祝福がもたらされる!!
 朝日に白く輝くその刀身を華麗に閃かせ、詠美の構えはまるで王と呼ばれた往年の野球選手の如し!!
「任せたで、詠美!!」
「おっけー!! このちょお天才えいみちゃんさまくいーんに任せればだいじょーぶよっ!!」
 由宇がそれこそ全力で逃げ去っていくのを気にも留めず、魔剣を手にした詠美は今まさに伝説の中にいた!!
 ハリセンを相手に突きつけて彼女は高らかに叫んだ!!
「さあ、かかってきなさい魔王!! このちょお天才詠美ちゃんさまくぴゅぽ」

 どがああああああああああああああああんっ!!!

 詠美は、飛んだ。


「ああああああああああああああああああ、あの役立たずうううぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」
 窓からガラスの破片と共にキラキラと飛んでゆく詠美を見下ろしながら、由宇はフェンスにしがみついて
人を人とも思わない死人に鞭打つ悪逆な台詞を吐いていた。
 場所は既に屋上、完全に追いつめられた形である。
 背後でキュッ、とタイヤの音がする。
 振り返ればバンがチカチカとカーライトでこちらを威嚇しているところだった。
 もう武器がない。弾薬がない。手駒がない。
 あったところでどうしようもない。
「ふ……ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……」
 自然と口から笑いがこぼれる。
「参った。ウチの負けや、あんたにどんな恨みがあるんか知らんけど、好きにしいや……」
 自分でも驚くほどあっさりとした言葉が転がり出てきた。
 或いは、本心か。
 フェンスの前で観念し脱力する由宇に向かって、バンはこれまでの速度は何だったんだというくらいに
ゆっくりと近付いてきて、1メートル、80センチ、60センチ、50センチと差を詰めていき、やがて
絶対の30センチを越えて由宇が目を瞑り、25センチ、20センチと近付いたところで急停車してドア
がばぁんと開かれた。
 音に驚いて目を開いた由宇に向かって、バンの運転手は笑顔を浮かべたまま謎の小包を小脇にかかえた
まま帽子を脱ぎ、深々とお辞儀した。
「どもー、地球上何処にでも北は北極から南はサウスポールまで、愛とまごころを手渡しでお届けする
ペンギン便でーす!!」
「……は?」
 硬直する由宇に向かって、運転手は帽子を被り直すとにこやかな笑顔で訊いた。
「猪名川由宇さんですよね?」
「はあ、ウチですけど……」
 すっかり毒気を抜かれた由宇に向かって、いそいそと運転手は小包と印紙を差し出した。
「はい、ここに印鑑お願いしますね。ハンコなかったらサインでもいいですよー」
「あ……さよですか」
 由宇は呆然とした表情で『愛とまごころ手渡しで ペンギン便』とペイントされたバンをまじまじと
見つめ、次に雑貨(マンガ用品)と書かれた小包に目を置いた。
 そういえば二週間ほど前に知り合いから余ったペンやインクを送ると言われたような気がする。
 とりあえず虚脱状態のままペンを走らせ、印紙を手渡してから再びバンを見て、訊く。
「あの……いつもこうやって手渡しで?」
「ええそうです。当社のモットーは『手渡しで伝える愛と真心』ですから!! そりゃもう地球上何処に
いても本人に手渡しますよ、ロシアアメリカ日本にラオスにイスラエル、富士の樹海にギヌンガ・カップ、
M12基地に南極未踏覇圏、ピラミッドの中からコミケ会場まで今まで渡せなかったことはないですね」
 運転手は物凄く誇らしげな表情で胸を張ってみせた。
 どうやらそれが彼女なりの誇りらしかった。実際それは誇っていいと思われる事だが。
 由宇は粉々に砕け散った屋上のドアと相変わらず傷一つないバンを見比べて訊いた。
「あの……いつもこんな渡し方で?」
「いやーすみません。私、大の車好きでして……受け渡しの時以外愛車に乗っていないと何処か落ち着か
ないんですよねー。それにほら、この子は丈夫だから、戦場で地雷を踏んだり高射砲の直撃を食らっても
全然安全だしアマゾンの河でも沈まないし結構早いからコンコルドくらいなら平気で追いつけますから。
うふふ、可愛い子でしょ?」
「…………さい、ですね…………」
 最早由宇には恐ろしくてツッコミを入れることなど出来はしなかった。
 この女と車には関わってはいけないと、全力で頭の中の警報がそう告げていた。
 運転手はなでなでと愛車を撫でさすっていたが、やがてふうと僅かに憂鬱そうな顔を向けた。
「でも何故か大抵のお客さんはこの子を見ると逃げちゃうんですよねぇ……何でかしら? どう思います?」
「さあ……何でやろうねえ」
 由宇はもう極力運転手と目を合わせないようにしながら、そう呟くのがやっとであった。
 やがてさて、と運転手は気合いを入れると、胸の『風見 鈴香』と書かれたバッヂを朝日に煌めかせながら
鮮やかな手際でバンに乗り込んだ。
「それじゃ、私は次の任務……いえ、配達に向かいますから!! 良かったらまた利用して下さいね!!」
「はあ……考えときます」
 そして運転手を乗せたバンは思い切りエンジンを蒸かし、次の目的地へと向かう。
 フェンスをぶち抜き、地上数十メートルからダイビングをかましながら。
 よろよろと由宇が地上を見下ろしたときには、バンは傷一つなく校門を抜けるところであった。


 風が吹いた。
 まだまだ冷たく。
 だがやがて春の訪れを運ぶ風が。

 そんな風に吹かれながら、詠美はずりずりとハリセンを手に屋上へと這いずってきた。
「ふ……ふふふ……え、詠美ちゃんさま……くいいん……」
 そんな詠美を見下ろして、由宇はその手から愛用のハリセンを抜き取ると大声で叫んだ。

「何でやねえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんんんんんっっっっっっっっっっ!!!」

 バシッと景気のいい音が冬の青空に虚しく吸い込まれていった。

                  おわり

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おまけ『神戸人の会新入会員査察試験』


美加香「とゆーわけでゲットしてきましたよ、新候補者のある日の日常入りのビデオ!!」
智子「よしよし。これで私らの輪の中に彼女を受け入れるかどうかが決まるわけやな」
美加香「じゃ早速上映しましょうよ♪」

(きゅいいいいいん)

智子「……あー、よーないな」
美加香「あれれ? 何だかヘンですよ?」
智子「何や、こいつ。何で神戸住んどって大阪ナンパ橋やねん」
美加香「この人『ウチ』とか言ってますよ?」
智子「何処の世界にウチとか言う神戸人がおんねん。そんなん長田人だけやで」
美加香「でも温泉があるらしいですよ?」
智子「……神戸の温泉旅館って何処やねん」
美加香「さ、さあ……?」
智子「じゃあわざわざ有馬まで温泉入りに行く私らはなんやねん!?」
美加香「わあっ、智子さん落ち着いて!!」
智子「お前何やぁ!! 北区民かぁぁぁぁぁ!?」
美加香「智子さん!! 智子さん!!」
智子「パンダは神戸の山奥に帰れってなんやぁぁ!! あのガキ王子動物園に放り込んだるううううっっ!!」
美加香「智子さんしっかりして下さい!! 智子さーーん!!」

(ぽーん。しばらくお待ち下さい)

智子「はーはーはーはーはー……」
美加香「や……やっと落ち着いてくれた……」
智子「いや、すまん。どうやら私としたことが興奮してしもたようやね」
美加香「いいんですよ、同郷じゃないですか。気にしないで下さい」
智子「うんうん、ええ子や。まあとりあえずこのメガネパンダは偽神戸人ってことで」
美加香「はい、わかりました」
智子「……ところでこのタイトル、全然『会話』ちゃうと思うんやけど」
美加香「ええんちゃいます? あの人の一人芝居でも」
智子「……今、何て言うた? 『ええんちゃいます』?」
美加香「……あ(汗)」
智子「お前もか!! お前もかああぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?」
美加香「みに゛ゃあああああああああああああーーーーーーっ!?」

            本日の放送は終了いたしました。

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とゆーわけで9ヶ月ぶりですが、皆様お元気でしたでしょうか(笑)
ここ9ヶ月SS書く気がせずにやる気が戻るのを待ってましたが、筆力落ちちゃったし(笑)
半ば諦めてたんですが、今日は書けそうな気がしたんでやってみたら一気に書けちゃいましたね。
何事もやってみるもんですなー……。
あと、猪名川さんが妙に邪悪なのは神戸人だからです。
詠美ちゃんさまが馬鹿なのは詠美ちゃんさまくいーんだからです。
風見姉(通称)が踏み越えちゃってるのは……趣味だからです(笑)
……設定キラーはまだ生きております(笑)

とゆーわけで、またお会いいたしましょう(笑)