昼休み。校庭の真ん中。 そこに、肉のぶつかり合う鈍い音が響き渡っていた。 それは偶然か……それとも運命か。 どうかしらないが、とにかく二人の人間が問答無用で殴り合っている。 「楓ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 「いくぜっ! ビーストキャノンッ!!」 例によってバーサク状態にあるのは、言わずと知れた西山英志。 『暴走する愛の権化』の名にふさわしい、見事な暴走っぷりを見せている。 一方、その彼に正面から挑むというとてつもなく無謀なことをしているのは、 今日この学園にやってきた転校生。 銀色の髪をなびかせ、西山と真っ向からぶつかり合っている。 (名は確か……XY−MEN、だったか) 野次馬の群れに混じって二人を遠巻きに見物しつつ、ハイドラントは記憶か ら彼の名を引っ張り出した。 志保のニュースで知った名だ。 (読み方は……わいーめん、だったか? それとも「きしめん」だったか……) まあ、そんなことはどうでも良い。 彼には、さっきからずっと気になっていることがあった。 (あの転校生……どこかで会ったな?) 最初に彼の顔を見た時から感じていた疑問だった。 が、どこで……? 「うおぉぉぉぉっ!! ムーンスラッシャーっ!!」 転校生が戦う姿を見るたび、記憶中枢が強く刺激される。 (そうだ……俺は奴と戦ったことがある……) いつだったか……。 どこだったか……。 銀色の髪。帽子が邪魔だが……。 確かに見た覚えが―― (!) 帽子が、邪魔? なぜ? (……あの帽子は……隠している……?) そうだ。 あの帽子が、奴の正体を隠している。 帽子の下には―― 「思い出した……」 ハイドラントは、思わず小さく声に出していた。 彼は確かに転校生に会っていた。そして戦ったのだ。 そう…… (そう、それは……) それは、二年前―― Lメモ私的外伝10 私的外伝も、これで十作。 今回はXY−MENさんとハイドラント、過去の因縁編です。 しかし……人の過去を勝手に書くのが好きだな、俺(笑) では、食後に一作の駄文をどうぞ〜。 「銀狼と暗殺者」 【爪の塔、吉川教師室――黒衣の暗殺者】 「任務?」 「ああ。最高執行部からうちの教室に下されたものだ。 是非、ハイドラント君に任せたいのだが……」 吉川教師に呼び出されて彼の教師室に向かった俺を待っていたのは、予想通 りの話だった。 今でこそ吉川教室の教室長代理という立場にあるが、長いこと柏木教室で学 んでいた俺は、今更この男から何かを学ぶ気などはない。 とすれば、話といえば執行部から各教室に下される任務のことか、でなけれ ばこの男が陰であれこれと巡らせている陰謀に関することか、どちらかしか考 えられない。 吉川教師は、俺の機嫌を伺うように、品のない笑みを浮かべながら続けた。 「いや、簡単な任務だ。『塔』最強のソーサラス・スタッバー――暗殺技能者 魔術士――である君なら、ね」 (最強……) 元々どうしようもなく俗っぽい言葉だが、この男の口から出ると、一層薄っ ぺらな印象を受ける。 それに…… (”最強”は柏木賢治だ……少なくとも今は、まだ) 俺は無表情のまま、必要最小限の言葉で尋ね返した。 「で?」 吉川の眉がぴくり、と跳ね上がる。 こんな態度を取れば怒らせるだけだということは分かっている。だが、俺に はこの男に対する態度について配慮する理由など――吉川が今のところ曲がり なりにも俺の教師である事を考えれば無い訳はなかったが、それでも俺はこの ヤクザ魔術士に対して敬語の一つも言う気にはなれなかった。 吉川はほんの数秒、忌々しげな視線で俺を睨んでいたが、すぐに表情を取り 繕うと、また似合わない猫なで声で続けた。 「一人、暗殺して欲しいのだよ。『鶴来屋』の幹部の一人をね」 (暗殺か……) まあ俺に下される任務など、諜報か破壊工作でなければ暗殺に決まっている。 「名は?」 「伊藤。まだ若いが、取締役の一人だ」 「……太田さんシナリオで消える奴の一人だな」 意味不明な事を呟きつつ、俺は吉川が差し出した書類を手に取った。 鶴来屋。 表向きは、数百の従業員を抱えるリゾートホテル。 そして裏向きは、来栖川財閥や『塔』と密接な関係を持つ、柏木一族が支配 する一大組織。無論、柏木賢治とも深い関わりがある。 最近、その鶴来屋の一部が反『塔』的な動きを見せており(柏木賢治との関 係が推測される、と注釈があった)、そしてその中心人物が伊藤であるらしい。 彼を殺すのが今回の任務なのだが…… 「……あん?」 命令書の最後の一行を見て、俺は眉をしかめた。 「……『可能であれば、鶴来屋旅館の中で目標を殺害せよ』……?」 「うむ」 吉川が頷く。 「絶対とは言わないが、出来るなら鶴来屋の中で奴を殺して欲しい」 「理由は?」 俺が聞くと、吉川は意味も無く偉そうに胸を張った。 「『塔』の力を、鶴来屋の連中に知らしめるためだ。我々が本気になれば、安 全な場所など何処にもないのだ、とな」 「……ふん」 不機嫌に鼻を鳴らす俺。 (命令するだけなら簡単だがな……) 暗殺というのは屋外で実行するものだ。普通は。 理由は明白である。屋外であれば、暗殺者は好きな場所で目標を襲う事が出 来る。厳重な警護で固めていても、隙はどこかに必ずあるものだ。 だが屋内となるとそうはいかない。限定された空間である以上、暗殺者の侵 入するルートは自ずと限られてしまう。当然、警備する側はそこを重点的に警 備する。暗殺者はそれを突破して目標に辿り着かなくてはならないわけだ。 簡単な任務、では断じてなかった。 「ああ、あくまで可能であればの話だ。最低限、目標をきちんとスタッブして くれれば問題はない。 だが君なら不可能ではないと、私は信じているよ」 俺の不機嫌に歪んだ表情に気付いてか、吉川は媚びるような口調でそう言っ てきた。 (ふん……) 信じるのは勝手だが、こっちが応えねばならない義理はない。 「あまり期待するな」 そう言い捨てて、俺は吉川に背を向け、部屋から退出しようとした。 必要なことは聞いた。後は実行するだけだ。 「ああ、ハイドラント君」 ドアを開けた時、吉川が何気無さそうに口を開く。 「今回の任務は、ヴィンビとスエインをサポートにつける。 すぐに君の部屋に向かわせるから、それから出発してくれ」 「……分かった」 一瞬だけ沈黙した後、俺は答えてドアを閉めた。 「ヴィンビとスエインか……」 自分と同じ、吉川教室の生徒である。 俺は舌打ちした。 鬱陶しさにうんざりして。 (まあいい……邪魔になるなら殺すだけだ。理由は後で適当につければいい) 邪魔になる、というのは、二人の腕が未熟という意味ではない。 二人に与えられる任務が、俺のサポートよりも俺の監視であることが明白だ からだ。 吉川は警戒しているのだろう。俺が彼を裏切って柏木賢治の元へ行き、全て を話すのではないか、と。 早い話が信用されていないのだ。 (ふん……サドホモヤクザが……) だが今の俺は、吉川と絶縁する訳にはいかなかった。 あんな奴でも、高橋教師や春木教師に比べればまだマシな方だ。愚挙と暴挙 を重ねた挙げ句に自滅した、あの連中に比べれば。 それに今の『塔』で、柏木賢治と正面切って戦おうという意志と能力を多少 なりとも持っている人物といえば、この吉川しかいない。利用できるうちは利 用すべきだった。 しかし、利用価値が無くなったら…… (とっとと始末して、俺が奴の後釜に座る、か) 問題は長老たちがそれを認めるかどうかだが、俺には柏木賢治との関係から、 上層部にも幾らかは縁がある。 敵が多い柏木賢治のこと、その縁も多くは非友好的なものだったが、だから こそ、柏木教室を捨てた俺にとっては有利に働くものもある筈だった。 (……ま、どう動くにせよ、今すぐの話じゃない) 今すべきことは、与えられた任務を果たし、己の能力に対する上層部の評価 を確立することだ。吉川の思惑など、取り敢えずはどうでもいい。 俺は一つ頭を振ると、準備を整える為に部屋へと向かった。 【鶴来屋旅館前――銀髪の少年】 「ほええ〜……」 オレは思わず間抜けな声を上げていた。 鶴来屋。 この地方では最大のリゾートホテル。皇族の人達も宿泊したことがあるとい う、由緒ある旅館。 その偉容と美麗さに、オレは完全に圧倒されていた。 「すっげー……凄すぎるぞ、ここ!」 「XY−MENさん……そんな大声で……」 横から恥ずかしそうな声と共に腕を引かれ、ようやく我に返る。 「あ……ああごめん、楓ちゃん。初めて見たもんだから……。 でも、ほんとに凄いよ。楓ちゃんが羨ましいや、こんな旅館の経営者の家に 生まれたなんて」 「そんな……別に私がすごい訳じゃないですし……」 そう言いながらも、楓は少し嬉しそうな顔になって俯いた。 (かっ……可愛いっ……!) その仕草を見て、思わず拳を握り締めて絶叫するオレ。胸の中でだが。 オレと彼女――柏木楓は、同じ中学のクラスメートだ。 小さい頃から親父に連れられて各地を転々としていたオレは、当然多くの人 間と出会ってきたが、一目惚れという経験をしたのは彼女に会ったときが初め てだった。 以後、オレは彼女と親しくなるべく、オレなりに彼女にアプローチしてきた。 例えば今日は、彼女の家が有名な旅館を経営していると聞き、少々強引に案 内を頼んでみたのだ。楓は承知してくれたが、実は嫌がられているのではない かと、オレは少々不安に思っていた。 が、どうやら杞憂だったらしい。 「じゃあさ、今度は中を……」 「や、楓ちゃん。こんにちは」 浮かれた声で言いかけたオレの後ろから、誰かが楓に声をかけた。 「あ、伊藤さん。こんにちは」 「誰……うをっ!?」 礼儀正しく挨拶を返した楓に続いて振り返ったオレは、思わず奇声を上げて 後ずさりした。 中央にいるのは、大柄な若い男。 高価そうなスーツを着こなしてはいるが、その顔はどう見ても、オフィスで デスクワークに励んでいるより、日本武道館で血みどろの殴り合いをしている 方が似合いそうだった。 周りにいる黒服の男達も、彼と似たり寄ったりの体格と顔付きをしている。 唖然としているオレをちらりと見て、伊藤と呼ばれた男は楓に尋ねた。 「友達かい?」 「はい。鶴来屋を案内して欲しいって頼まれたもので……」 「そうか。……自分の勤め先だから言う訳じゃないが、ここは本当にいいとこ ろだよ。ゆっくり楽しむといい」 後の言葉は、オレに対してのものだった。 「は、はい」 慌ててかっくんかっくんと首を振るオレ。 「じゃあ、楓ちゃん。また家に遊びに行くからね」 「はい。お仕事頑張って下さい」 「はは、ありがとう」 にっこりと笑って、伊藤は鶴来屋の方に歩いていった。 その後ろ姿を見つつ、まだ多少呆然としながら、楓に聞いてみる。 「……今の、鶴来屋の人?」 「ええ。若いけど、取締役」 「と、取締役!?」 (あのレスラー崩れが?) 胸中で叫んで、もう一度彼の背中を見やった時。 「あっ……」 「危ない!」 曲がり角から、伊藤たちの前に一人の少年が飛び出してきた。 「うわっ!」 咄嗟に避けることも出来ず、為す術もなくぶつかる少年。 伊藤の体に弾かれ、大きく転がった。 「いてて。何だよ、もう……ひっ!?」 文句を言いながら起き上がろうとした少年の口から、短い悲鳴が洩れた。 伊藤たちの姿を見たからだ。 (そりゃ、びびるよな……) あからさまに顔を引きつらせている少年を見ながら、思わず頷くオレ。 が、オレや少年の心情を裏切るように、伊藤は笑って少年に手を差し伸べた。 「大丈夫かい?」 「は、はい……」 遠目にも、彼の笑いが作り物ではなく、少年を安心させるための本物の笑顔 であることが分かった。 伊藤は少年の手を取って立ち上がらせると、ズボンに付いた汚れを払ってや る。 「曲がり角を走ると危ないよ。この辺は車の通りも激しいから」 「……ご、ごめんなさい」 「いや、僕も不注意だったから、おあいこだな。 じゃ、気をつけるんだよ」 最後に軽く少年の頭を撫でると、伊藤は鶴来屋の中に入っていった。 少年はしばらくその背を見送っていたが、やがてまた走り出す。 今度は、早すぎない程度のスピードで。 「優しい人だな……。見かけと違って……」 「ええ」 オレが呟くと、楓は嬉しそうに頷いた。 伊藤が去っていった鶴来屋の入り口を眺めやりながら、 「特に子供や、体の弱い人には凄く優しいんです。 強い人は弱い人を守ってあげなくちゃならない、っていつも言っていて……。 姉さんに聞いたんですが、あの人はいま弱者を食い物にする人達と戦うため に頑張っているんだそうです。詳しいことは分かりませんけど」 「ふーん……偉い人なんだなぁ……」 楓と並んで彼の去った後を見つつ、オレは感心して頷いていた。 【鶴来屋旅館前――暗殺者】 「ほう……随分と立派なもんじゃないか」 月明かりに照らし出された鶴来屋を見て、ヴィンビが感嘆の声を上げた。 彼は長身の体を、黒い戦闘服で包んでいる。 顔を覆った黒い覆面のせいで、声がくぐもって聞き取り辛い。 「……予想通り、警備は厳重そうだな」 そう言った小柄の男はスエイン。同じく覆面と戦闘服を身に付け、無感動な 表情で旅館の周囲に視線を巡らせている。 「……」 大して緊張した様子もない二人を見つつ、俺は無言で肩を竦めた。 今からやることが遊び程度のものであることは二人とも知っている。気合を 入れろと言っても無理な話だ。 それでもやるべきことはやらねばならない。 「任務内容は、鶴来屋内で伊藤を暗殺すること。証拠は残さず、但し『塔』の 暗殺者によるものだと、見る人間が見れば分かるような形で。 伊藤は今夜、仕事の関係でまだ鶴来屋にいる。 確認しておくが、今回の任務は強いて成功させる必要はない。危険が高すぎ ると判断した場合は速やかに撤収する。 ……ある意味では簡単な任務だ」 「簡単、ね」 俺の言葉に、ヴィンビが意味ありげな笑いを浮かべた。 奴の顔を軽く睨む。 「……何が言いたい?」 「いや、大した事じゃないがね……」 ヴィンビはへらへらとした態度のまま続けた。 「例えばの話だが……俺達の誰かが敵に内通していて、侵入した途端に警備員 のお出迎え、なんてことになったら大変だ、と思ってな。 簡単どころじゃなくなるよなぁ? そんなことになれば」 「……俺が内通していると言いたいのか」 「例えだよ、例え。 いや、最近うちの教室に移籍してきた誰かさんは、ひょっとすると以前の教 室にまだ未練があるんじゃないかなぁって、ちょっと思っただけさ」 軽口めかしてそう言ってくるヴィンビ。 が、眼が笑っていないのは一目で見て取れた。 「……安心しろ。もし仮にそうだとしても、お前らが罠の危険など感じる必要 は全くない」 「ほう? 何故だい?」 「当然だろ」 俺は奴の顔にあからさまな嘲笑をぶつけてやる。 「お前らのような雑魚を始末するのに、俺がそんな手間を掛ける必要が、一体 どこにあるってんだ?」 「……貴様……」 ヴィンビが表情を一変させ、底冷えのする眼で俺を睨み付けた。 嘲笑を浮かべたまま奴の視線を受け止める俺。 張り詰めた空気が周囲に満ちる。 「……そこまでにしておけ」 沈黙を破ったのは、スエインの低い声だった。 「こんな所で時間を潰していれば、それだけ危険が増すぞ。 ……確かにどうでもいい任務ではあるが、それだけにつまらん理由で失敗す るのは馬鹿馬鹿しいだろう」 「……」 「……」 俺とヴィンビは、黙って互いの顔から視線を外した。 スエインの言う通り、こんなところで無為に時を過ごすのは愚行以外の何で もない。 俺は一つ息を吸うと、頭を切り替えた。 任務に一切の私情を挟まない、プロの暗殺者のそれに。 「……手筈通りにいくぞ。 まずは陽動だ」 「ああ」 「分かっている」 二人が頷く。 そして、俺達『塔』のスタッバー三人は、行動を開始した。 【鶴来屋旅館、客間――少年】 「ん……」 遠くで物音を聞いたような気がして、オレは目を覚ました。 辺りを見回す。 「……あれ……」 違和感があった。 見慣れた自分の部屋ではない。 なぜこんなところに…… 「……ああ、そうだった」 ようやく思い出すオレ。 今日、楓に鶴来屋を案内してもらい、色々と見て回った。 夢中になっていたせいで、気が付いた時には既に夜。 楓の姉、千鶴に泊まっていくよう奨められ、遠慮しながらも結局好意に甘え たのだった。 「起きたついでだ。トイレでも行ってくるか……」 オレはベッドから降りると、部屋を出た。 ……実は部屋の中にトイレはしっかりあったが、寝惚けていたオレは気付か ない。 「どこだったかな……トイレは……」 寝惚け眼をこすりつつ、廊下をさまよう。 どこか遠くで複数の人がばたばたと動き回っているような音が聞こえたが、 オレは気に留めなかった。 しばらく歩くうち、何となくそれらしいドアにぶつかる。 「ここかな……」 実はその扉には『運搬用通路』としっかり書いてあったが、やはりオレは見 落としていた。 ドアを開く。 「……へ?」 「!」 オレと『彼』は、きっかり三秒間、硬直して見詰め合った。 ドアを開き、そこから体を出した瞬間、すぐ近くにいた人間と目が合ってし まったのである。 「……はぃっ!?」 その人間の姿をしっかりと認識した瞬間、オレの眠気は完全に吹っ飛んだ。 見るからに機能性最重視と分かる黒い上下。顔を隠した覆面。 どこからどう見ても、ヤバい種類の人間としか思えなかった。 「ちっ……」 舌打ちの音が聞こえる。 その時初めて、オレは彼の後ろにも、そっくり同じ格好の人間がいることに 気が付いた。 二人。中肉中背の男と、小柄な男と。 「全く、警備員をあらかた引き離せたと安心した矢先にこれだ……」 「うまく行かないものだな」 二人は冷たい視線でオレを見ている。 人を見る視線ではなかった。例えて言えば、線路を渡ろうとした瞬間に降り てきた遮断機の棒を見るような……そんな目だった。 そして、オレの目の前にいる男も。 「お前らは先に行け。俺はこのガキを始末してから行く」 低い声でそう言って、腰に帯びたものをゆっくりと抜く。 肉厚のナイフ。 銀の刃が、引きつったオレの顔を映し出す。 「死体の始末を忘れるなよ」 「分かっている」 短いやり取りの後、後ろにいた二人はオレの脇をすり抜けて通路の向こうに 走り去っていった。 「さて、と……」 音も立てずに消えた二人の背を見送ると、残った黒衣の男はオレを見据える。 氷のような眼差し。 「……!」 オレは大声を上げようとした。 が、声が出ない。 「どうした。悲鳴を上げないのか?」 「……」 面白がるような男の声に答えず、オレはじりじりと後ずさりした。 分かるのだ。大声を出そうとすれば、その瞬間にオレは殺される。 「ふふふ……賢いじゃないか。長生きできるぜ、数分間だけな」 男は静かに近付いてくる。 オレが後ずさりする分だけ、ゆっくりと。 「俺の名はヴィンビ。ヴィンビ・ストットアウル。 あの世に行ったらこの名を出しな。俺に殺された奴等とお友達になれるぜ」 男はにやにや笑いを浮かべながら――覆面をしていても分かるものは分かる ――嬲るようにそう言ってきた。 「う……」 喉がカラカラに渇いている。 生まれて初めて目の当たりにする、明確な殺意。 その威圧感に、オレは圧倒されていた。 「な、なあ……」 オレは必死に声を振り絞る。 助けを呼ぶためではなく、男を説得するために。 「オ、オレ、誰にも言わないからさ……。絶対、誰にも、何も……。 だから……」 「ふん……?」 男は鼻を鳴らすと、立ち止まった。 オレもつられて足を止める。 「そうだなぁ……俺も無関係な人間を殺すのは気が引けるしな……」 「!」 その言葉に、オレは暗闇で一筋の光明を見たように思った。 「た、助けてくれるのか?」 「……ああ」 「見逃してくれるんだな? 本当に!?」 「ああ。もちろん」 男は頷いた。 その時オレは、満面に喜びを浮かべていたと思う。 喜びの表情で……男の嘲りの声を聞いた。 「もちろん――嘘に決まってるだろ、バカ」 ………。 男がすっと右手を上げるのを、オレは黙って見ていた。 喜びの表情を凍りつかせて。 「光よ」 男が小さく呟き――彼の腕から力が解き放たれる。 黒魔術。 熱と衝撃を伴った光が、オレに向かって押し寄せ―― 「――――――――!!!」 その時、 オレが、 本当のオレが、 「ォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」 目覚めた。