Lメモ私的外伝14「War in Storm」(一)  投稿者:ハイドラント

「……奴らを潰せ、と?」
「みたいね」
 ぴくり、と片眉を上げて反問してきた彼に、広瀬ゆかりはやや強張った表情
で頷いた。
 風紀委員会の会室。
 さして広くもない部屋の中に、ゆかりが着いている委員長用の机、会議用の
大卓と椅子、無数の資料が収められた資料棚が詰め込まれている。
 そして窓際には黒衣に身を固めた少年が、こちらを見下ろしていた。
「何の為にだ?」
「一つは、貴方達の『塔』に対する服従の証明」
 少年との距離はさして離れていないが、ゆかりはやや大きな声で彼の問いに
答えた。
 外に吹き荒れる強風が窓を揺らし、がたがたと耳障りな音を立てている。
「……ふん」
 少年は、明確な悪意を込めて笑った。
 構わず、言葉を続ける。
「もう一つは、来栖川に対する牽制。
 最近、また少し五月蝿いみたいなのよ、あそこの連中」
 来栖川財閥。爪の塔、鶴来屋グループと並ぶ、三大勢力の一角。
 この三者は常に、他の二者を抑えて頂点に立つべく、暗闘を繰り広げていた。
 L学園は、その舞台の一つであると言える。
 ゆかりは、そして少年も、この学園における「塔」の走狗だった。
(私は、自ら望んでの事では無いけれどね…………彼もか)
 ゆかりは、父親が「塔」にいる為だ。少年の方は、また事情が異なる。
「しかし、あそこは実の所来栖川とさして深い関わりは持っていない筈だぞ。
 確かに、財閥から資金援助を受けている節はあるが……」
「この場合重要なのは、あそこに来栖川の技術――軍事技術の最先端があるっ
て事よ」
 疑問を口にする彼を遮り、ゆかりは命令書の内容を反芻しながら告げた。
「あそこを力で潰して見せれば、牽制としては極めて有効よ」
「……まさかとは思うが」
 少年が眉をしかめる。
 どうやら、推測が及んだらしい。
「こちらの最先端も出せ、と言うのではなかろうな?」
「……命令書には、そう明記されてた」
「馬鹿言うな。量産型『ダウアー』はシステムのまとめ上げがようやく終った
所だし、『オーガ』にしても、まだ……」
「私に言っても知らないって」
 彼と議論する義務はない。突き放すようにそう言うと、少年は舌打ちした。
 ……風が強くなってきたようだ。
 がたたっ、と一際大きく、窓ガラスが振動する。
(どうやら、直撃みたいね……)
 数日前に現れた台風七号は、朝鮮半島に抜ける気配を見せていたものの、結
局日本を中央突破する事に決めたらしい。
 これから暫く雨と強風が続くと思うと些か気が滅入るが、これも夏の風物詩
と思えば諦めもつく。
 それに、嵐の中で大仕事をやる羽目になった連中の事を思えば、むしろ自分
の幸運に感謝したくなるくらいだ。
 自分より不幸な少年は、暫しの間苛立たしげな表情で天井を睨み付けていた
が、やがて小さく吐息を洩らした。
「……分かった。『オーガ』は投入しよう。
 だが、戦場に連れて行くだけだ。実際に使うかどうかは現場で判断する」
「そう。
 ま、その辺りは私の知った事じゃないから、好きにやって頂戴。
 後で『塔』が何か言ってきても知らないけどね」
「ふん」
 下らなそうに鼻を鳴らすと、彼は踵を返して扉へと歩いていった。
 ノブに手をかけ、一度こちらを振り向く。
「一応聞いておくが……事後処理はどうなる?」
「それが私の仕事よ」
「そうか。……では、な」
 短い挨拶を残して、扉が開き、閉じた。
 風音が響く中、遠ざかっていく足音が微かに聞こえる。
「ふう……」
 小さく息をつくと、ゆかりは椅子の背もたれに深く身を沈めた。
 気が重い。
 漠然とした不安が胸にある。
(私は……この学園が好き)
 ここは、平和な世界だった。
 兵器や魔術による爆発は日常茶飯事、女の子絡みの諍いは絶えず、意味不明
の争いも絶えず、いつも何処かで騒動が起きている――
 それでも、ゆかりにとってここは平和な場所だった。彼女の求めていた安息
が、ここには確かにあった。
 しかし。
 それも……
「もう、近いのね……楽園の崩壊と、戦乱の始まりは」




              Lメモ私的外伝14




 Lメモ書き始めて一年半。よーやくここまで来た。
 私的外伝最終話、「魔王政変」前哨戦編をお届けします。
 いや、まあ、現在のLメモ計画表ではって事だけど。ネタが思い付けばまた
書きますが。
 それでも一つの区切りには違いないんで、気合は入ってます。多分。
 では、どーぞ。




           「War in Storm」




 七月三十一日が、始まる。




【午前十時二分 『ジャッジ』本部】


「今日は嵐だな」
 窓越しに暗雲が広がる空を見上げ、彼は呟いた。
 傍らの小さな少女が尋ねる。
「台風が来るんですか?」
「そうだよ。……マルチは、台風を見るのは初めてかい?」
「はい! なんだか楽しみですー」
「そうか」
 無邪気に笑う少女の頭を、セリスは優しく撫でた。




【午前十時七分 第二茶道部部邸】


 ダーク十三使徒の本拠たる第二茶道部の地下七階、般若の間。
 明かりはない……が、天井自体が僅かに発光し、部屋の姿を朧に浮かび上が
らせていた。
 寝台、椅子、数台のコンピュータ、それ以外にも様々な器材が、やや雑多に
この部屋には詰め込まれている。
 ここは、唯ひとりの者の為に在る部屋。
 ハイドラントが見つめる先、部屋の中央の培養漕の中に漂う彼女が、その人
だった。
 培養漕のプレートには「HMX−13j」と記されている。
「……予定よりも、いささか早くなってしまったが。
 皇華よ、お前を外に出す時が来た」
「はい……兄様……」
 少女は、美しい容姿をしていた。
 血統書付きの猫を連想させる面差し、すらりと伸びた手足。
 長い真紅の髪と金色に輝く瞳を除けば、それはハイドラントの記憶の内にあ
る、十二、三歳頃の来栖川綾香の姿に瓜二つだった。
 皇華の姿を見る度、彼は不安と、胸に走る痛みのようなものを意識する。
「キョアッキョアッキョアッッッ!!!
 今日はグレーテストにハッピー・デイ! 遂に、遂に、つーいーにー、我ら
が最高傑作たるワンダフリャでデインジャーなオーガセリオ様様様が、愚かな
大衆の度肝を抜いて黒焼き殺す為に地上にデビューする時が来たのだ!!
 我が輩は今、モーレツに感動しているでござーるっ!!!!」
「………」
 唐突に背後で響いた狂声に、ハイドラントは無言のまま培養漕の曇りを顔面
で拭いた。
 というか、それはさっきからいたし、彼も知ってはいたのだが、用のない時
にはその存在を認識したくなかったので、全ての知覚に対象限定的なチャフを
展開して無視しようと努めていたのだが。
 この存在感の有り過ぎる異生生命体をシカトしようと試みるなど、そもそも
無駄だったらしい。
 諦めて、背後に向き直る。
「……皇華の実用に問題は無いんだな? 高橋」
「無論でアルよ。
 このオーガは最強! 無敵! 比類無き無限の力を示しまくって大宇宙の意
志を導き、惑星をおでんソードで両断する事すら可能に違いない!!
 そうだろう、ハイドライド君!!!」
「うあ。商標問題になりそーな間違えかたを」
 明らかに三次元世界以外の何かを見ている黒髪の女性と、深緑色の貫頭衣を
纏った男――神凪遼刃が、そこに控えていた。
 神凪は、女から微妙に距離を取って、その息が届かない位置に立っていたり
する。
 女の名は高橋。
 かつて「塔」で天才と変態の名を欲しいままにした「男」。
 数年前の風見邸襲撃事件の主犯であり、その際に心ならずも魔王風上日陰を
覚醒させた人間でもある。
 彼はその時に死んだ筈だったのだが、故あって、いま技術者として、しかも
女の姿で、十三使徒に身を置いていた。
 技術者、開発者としての高橋は優秀である。天才の名に恥じない。
 例え性格がマッドでファッキンでクールでロックでデスメタルでジャイアン
リサイタルであろうと、気にならない程に。………………………………………
…………………………………………………………………………………おそらく。
 そう自分を納得させようとして……ハイドラントは溜め息をついた。
 溜め息の重さは人生の重さだと誰かが言ったが、今の自分なら溜め息で釘が
打てそうだった。
「……そうか。ならばいい。
 では、皇華を出すとしよう」
「ちょーっと待っチョ、ハイドちゃわ〜ん」
 そう言うと、高橋は背後に光速で移動して肩に手を回しつつ耳に息を吹きか
けてきた。
「……何だ?」
 生理的な嫌悪感と言うかナメクジ型宇宙人に異種交配を迫られたかのよーな
自我崩壊の危機を感じ、暴走しそうになる意志に全力でブレーキを掛けつつ、
問い返す。
 ぐるんぐるんと人間の骨格では不可能としか思えない動きで首を回転させな
がら、高橋は言ってきた。
「出来れば、あそこのメインコンピュータを無傷で押さえて欲しいのねん」
「……何故だ?」
「うーん。ボキュ達の至高の作品オーガセリオにはでーんでん及ばないにして
も、あそこの機体もそれはそれでそれなりにグッダーなモデル。
 コンピュータを奪って蓄積されたデータを得られれば、それはきっとオーガ
ちゃんのグレートアップに役立つんじゃないかなーって思う訳なんでござるよ
ハイドラントうじ、ニンニン」
「なるほど……」
 脇で聞いていた神凪が頷く。
 ハイドラントにしても異論は無かった。
 彼女らの優れた性能は彼も良く知る所だからだ。
「分かった。目標基地の破壊の前にコンピュータを奪取しよう」
「わーい。だからハイドちゃんちゅきー!」
 チュッ。
「…………………………………………………………………………………………」
「わーっ! 導師、攻城戦術級魔術だけは止めて下さいっ!!」
「きょーほほほーーー!!!」




【午前十時十七分 第一校長室】


 この学園には三人の校長がいる。
 柏木千鶴。柏木賢治。柏木耕平。
 現在は全く表舞台に現れず、実在すら怪しまれている柏木耕平を別にすると、
二人の校長によって学園の運営が為されているという事になる。
 と言っても、二頭政治とは言えない。第二校長柏木賢治は独断で何かの取り
決めをする事は決してなく、必ず姪でもある第一校長千鶴に話を通すようにし
ていた。……少なくとも、表向きは。
 一方の柏木千鶴は、余程重要な事件でなければ、独断で物事を進める事の方
が多かった。これは殊更に独裁者たらんとしての事ではなく、秒単位で大小各
種の騒動が連発しているこの学園を統括するには、日本的お役所仕事より専制
的システムの方が向いているというだけの事だ。
 企画を持ち込むのならどちらの校長が良いか、それは状況によって異なる。
慎重な判断を求めるのなら賢治の方が良いだろうし、速やかに実行に移される
事を望むなら千鶴の方が良い。
 だからこの場合は千鶴校長だと、弥生は判断していた。
「特別補習?」
「はい」
 書類に走らせていたペンを止め、鸚鵡返しに言ってきた千鶴に頷きを返す。
 彼女は不思議そうに首を傾げた。
「何故、急に?」
「授業が、かなり遅れています」
 断定的な口調で告げる。
「私の担当する美術は、どの学年も一学期分として予定していたカリキュラム
の半分も終えていません。
 他の先生方の担当しておられる授業も、大なり小なり、遅れているようです。
 私達教師の力不足もあると思いますが、生徒達の異常な行動による所も大き
いでしょう」
「ええ……それは篠塚先生のおっしゃる通りです」
 机の前に立つこちらの顔を見上げながら、千鶴は困ったように右手を頬に当
てた。
「しかし、この学園の教育方針の一つは『個性の尊重』です。
 一般的な学校のように個性を潰して画一的な社会人を生産するのではなく、
生徒達が元々持っている長所の伸長を助けるのが我が校の教育であり、その成
果が今の生徒達です。
 確かに、冗談では済まない騒ぎを起こす事も有りますが、彼らが失敗作だと
は私は思いません」
「私も、この学園の生徒達が世間一般の高校生より劣っているなどとは思いま
せん。
 現在の一般的な通念からすれば、彼らは社会人として或いは不適格かもしれ
ませんが、おそらく近い将来には彼らのような人材こそが社会で必要とされる
ようになるでしょう」
 少し言い過ぎかという気もしたが、表情には出さない。
 一拍置いて、続ける。
「しかし、高校生として相応の知識を身につける事も必要です。
 個性の伸長を阻害せず、且つ高等教育を修了させる事が、私達の課題なので
はないでしょうか」
「…………」
 千鶴は黙り込んだ。
 やり込められて不機嫌になった……という風ではない。
 やがて彼女は視線を落とすと、ぽつりと呟いた。
「篠塚先生」
「はい」
「……有り難うございます。
 そんなにも、生徒達の事を真剣に考えて下さって」
「………」
 ちくり、と胸が痛んだ。
 そして、自分にそんな感情がまだ残っていた事に気付き、驚きを覚える。
 こちらの内心に気付いた様子もなく、千鶴は笑顔を浮かべた。
「分かりました。補習を行いましょう。
 早速、校内放送を流させます。夏期休暇中とは言え殆ど全ての生徒は登校し
ているようですから、すぐに集まるでしょう」
「一つ、宜しいですか」
 電話に手を伸ばした千鶴を遮るように、口を開く。
「なんです?」
「最初の校内放送では、重要な話があるから生徒は全員教室に入るように、と
だけ。
 補習の通告は、生徒が全員校舎内に入った頃を見計らって」
「……確かに、最初から補習と言えば生徒達は来たがらないでしょうが………
そこまでせずとも……」
 さすがに難色を示す千鶴。
 が、これも予測のうちだ。その為に手札も用意してある。
「実は、少々小耳に挟んだ事がありまして」
 弥生は何食わぬ顔で続けた。
「何と言いましたか……あの、魔王だか何だかを崇拝している生徒達の団体…
……」
「ダーク十三使徒さん……ですか?」
「それです。
 何でも今日は彼らにとって特別な日らしく……七月最後の太陽が空の中央に
昇る時――つまり今日の正午ですか――に、大規模な暴動を起こすとか」
「そんな事を……」
「もし本当にそのような計画があるとすれば、未然に防がなくてはなりません。
 と言って、確たる証拠も無いのに彼らを罪人扱いして捕らえるのも問題が有
ります。
 ここは、補習授業を利用して彼らを夕方頃まで校舎内に閉じ込めてしまうの
が最善ではないでしょうか。校舎には、それを可能とするシステムがあると聞
いています」
「なるほど……そういう事ですか」
 得心した表情になる千鶴。
 それから暫く思索を巡らす風で視線をさ迷わせていたが、やがて頷いた。
「そうですね。ではそういう手筈で行う事にしましょう」
「はい。有り難うございます」
「それは私の台詞です。
 篠塚先生のような頼りになる方がこの学園に来て下さったのは、本当に幸運
でした。
 先生ほどの方なら、きっと他にも――」
(これで邪魔は入らなくなる……か)
 取り留めのない話を始めた千鶴に適当に相槌を打ちつつ、弥生は今日これか
ら起こる事に思いを巡らせていた。
 彼は目的を遂げる事が出来るだろうか。
(どうでもいいけれど……でも)
 まかり間違って彼が死んだりしないよう、それだけは祈っておこう――と、
弥生は思った。




【午前十時二十三分 風紀委員会会室】


「悪あがき……かしらね」
 誰もいない部屋の中で、ゆかりはぽつりと呟いた。
「意味があるのか……ないのか。それすらも分からないけれど……」
 傍らの電話から受話器を持ち上げる。
 そして、一つずつゆっくりと、ボタンを押し始めた。




【午前十時三十五分 第二茶道部部邸】


「我が同胞達よ!」
 第二茶道部地下一階大聖堂、集まった使徒達を前に、ハイドラントは荘厳と
形容してもいい声で説教をしていた。
 壇上から見下ろせる使徒達の数、およそ百人。
 ダーク十三使徒の総結集である。
「遂にこの日が来た!
 今日こそは、我らが理想世界創設の為の、最初の戦いの火蓋が切って落とさ
れる日である!」
 黒い十字架を背後に、やはり黒い甲冑姿のハイドラントが声を張り上げた。
 その甲冑には、牙を剥いた虎の顔を象った装飾が施されている。
「我らが主にして、大いなる『ロウ』の執行者たる魔王の御覚醒には、今少し
の時がある。
 その間に、我らは魔王の露払いとなり、ロウの定めに抗うであろう愚か者共
を駆除しておかねばならぬ!」
 揃いの黒服を身につけた使徒達は、両膝を突き、身を少し前に傾け、瞑目し
た顔の前で両手を組んだ姿勢で、ハイドラントの言葉を静粛に聞いている。
「我らが敵は数多く、そして強大である。
 だが我らは敗れはせぬ。我らはロウの使徒、勝利と栄光を約束された、選ば
れし民なのだ!
 全ての母、深遠なる闇――大神『ダーク』の御心を知り、十三の戒律に服す
る限り、我らには加護がある!
 何も恐れるべき事は無い!
 それでも戦いを恐れる者は、今すぐこの場より去れ! 恐れざる者は、ダー
ク十三戒律の使徒たる者は、立て!!
 立って、我らが主を讃えよ!!!」
 ハイドラントが言い終えるより早く。
 使徒達は一斉に立ち上がり、狂熱に浮かされた顔で、口々に叫び始めた。
「深遠なる闇に――万物の母ダークに愛を!!」
「全てを支配するロウに敬意を!!」
「ロウの執行者、魔王日陰に忠誠を!!」
「魔王の導き手――『ロウの鍵』ハイドラントに守護を!!」
 大聖堂の中に無数の叫びが響き渡る。
 ハイドラントは、その叫びに応えるように両手を掲げた。
 そして、手を下ろし、使徒達を静まらせると、マントを翻して高らかに声を
上げる。
「全ての存在にロウの裁きを!」
 使徒達が唱和する。
『ロウの裁きを!!』
「全ての必然にロウの浄化を!」
『ロウの浄化を!!』
「全ての運命にロウの軛(くびき)を!」
『ロウの軛を!!』
 合唱は、大聖堂を揺り動かさんばかりだった。
 本来は清涼な筈の聖堂の中に熱気が渦巻き、かなりの高温になっているが、
使徒達は気にかけた様子もない。
 そして一際大きな声で、ハイドラントと使徒達が揃って叫ぶ。
『絶対のロウの下に、世界を従属せしめよ!!!!!』


「……フン」
 ――魔界の貴族。傷つけられた誇りにかけて人間を憎悪する悪魔――
 初等部の高見津弘明(たかみつひろあき)こと魔族ベネディクトは、苛立た
しげに舌打ちした。

「…………」
 ――破滅を観察する男。魔術暗殺技能者――
 神海は、いつも通りの冷静な眼差しで、興味深そうに彼らを見守っていた。

「きゃーっきゃっきゃっきゃっきゃー!!!」
 ――あらゆる意味で異常な存在。狂気の天才――
 額に宝石を埋め込んだ女――高橋は、使徒達に合わせて狂笑していた。

「…………暑い」
 ――ただひたすらに力を求める妖術師――
 神凪遼刃は、襟元をぱたぱたさせて風を送っていた。

「電芹、そっちは終った?」
「はい。後は詰めるだけです」
 ――呪術師と特異なメイドロボ。浮いているようで浮いていない二人組――
 川越たけると電芹は、地上で弁当の準備をしていた。

「我らが理想世界に栄光あれ!!」
 ――魔術士にしてビーストマスター。最高位の使徒――
 葛田玖逗夜は、使徒達の狂騒の先頭に立っていた。

「え、えーと……えいこうあれー」
 ――大鎌を振るう蒼い死神。邪気なき悪、十三使徒最強の戦士――
 むらさきは、訳が分からないながらも取り敢えず叫んでいた。

「……彼らの闇こそ、光に対抗し、均衡を保つ力となる………筈だ」
 ――混沌を信奉する男。反転能力者――
 T−starは、冷たく独りごちた。

 そして。
 ――…………――
 壇下の端では、一体のメイドロボ――セリオタイプが、黙ってハイドラント
をその金色の瞳に写していた。




【午前十時四十五分 来栖川警備保障基地】


『全校生徒の皆さん、おはようございます。校長の千鶴ちゃんでーす。
 突然ですが、すっごく重要なお話があります。直ちに教室に入って下さい。
 詳しい事は、また後で連絡します。
 十一時までに教室に入ってね。遅れた生徒は、おしおきよ〜♪』


「……なんだろ? 今の放送」
「――重要な話、と言っていましたが」
「夏休みだってのに……何かあったのか?」
 眉根を寄せて疑問を口にしたへーのきに、DセリオとOLHが応じて声を上
げた。
 来栖川警備保障Leaf学園支部。
 そのメインルーム内には、正社員であるDシリーズ――来栖川が開発した、
戦闘能力を追求したHMであるDセリオ、Dマルチ、Dガーネット、Dボック
スの四体――と、アルバイト三人――へーのき=つかさ、OLH、森川由綺教
師――がいた。
「――森川先生は、何か聞いていませんか?」
「ううん。何も……」
 コンピュータの前のDマルチが、作業の手を止めて口にした問いに、由綺は
かぶりを振った。
 何かを思い出そうとするように、天井を見上げる。
「……何も聞いてないと思うけどなぁ。
 何か突発的な事件でもあったのかも。だとしたら、今日は私は非番だから、
聞いてなくてもおかしくないよ」
「ふーん……」
 ぽりぽりと頬をかきながら、取り敢えずへーのきは納得して椅子に座り直し
た。
 が、ふと別の疑問が湧く。
「……先生。非番なら、なんでこんな所に来てるんです?
 ここのバイトも今日は休みでしょう」
「え? それは……」
 少し困ったような顔をする由綺。
「その……なんて言うか……今日、台風が来るって言うから……。
 独りで部屋にいると、その……」
「――単純ニ言エバ、恐インデスネ」
 単純ロボのDガーネットにそう言われ、由綺は少し恥ずかしそうに俯いた。
 周りに人がいれば安心できるという事なのだろう。
 なんだかな、と思いつつ、へーのきは一応言ってみた。
「それなら、彼氏の所にでも行けばいいのに」
「かっ……彼氏!?」
 へーのきは何気なく言ったつもりだったが、由綺は素っ頓狂な声で上げた。
 先刻以上に顔を赤く染めながら、慌てた様子で言ってくる。
「い、いないよそんなの……私なんか……」
「そんな事無いでしょう、由綺先生くらい美人なら。
 そう言えば、冬弥先生と仲がいいって噂も聞いてますけど」
 面白いものを見つけたという顔で、OLHが口を挟んできた。
 ますます焦る由綺。
「そんな事ないってば! 噂なんて私は……」
「――確かに、統計的に見ても森川先生と藤井先生は接触を持つ事が多いよう
です」
「――そうだったんですか。森川先生と藤井先生が……」
 由綺の必死の声を聞いているのかいないのか、Dマルチは冷静な声で分析し、
Dセリオはその横で頬を染めながらぶつぶつ呟いていたりする。
 もう声も出ない様子の由綺に、やれやれと思いつつへーのきが助け船を出そ
うとした時、傍らの箱から音がした。
「――ジカン、ジカン」
「あ」
 箱……もといDボックスにそう言われてさっきの放送を思い出し、腕に巻い
た時計に目を落とす。
 時計の短針は十一の半歩手前を指していた。
「……もう五十分過ぎてるや」
「十一時までだったか? 急いだ方がいいな」
 よっ、とOLHが席から立ち上がる。
 へーのきも手荷物が入った鞄を手にした。
「んじゃ行ってきます。セリオさん、あとよろしく」
「――はい。行ってらっしゃい」
「――あ、ちょっと待って下さい」
 しかし、Dマルチの声で二人は足を止めた。
 彼女は脇のモニターに目を向けている。
「――『ジャッジ』の方々が入口に来られています。
 どうやら緊急の用事のようですが……お通しして良いですか?」
「ジャッジが?」
 突然の事に、驚きがそのままへーのきの口をついた。
 ジャッジ。
 学園屈指の実力を持つ治安維持団体。
 だが、警備保障は当然ながら治安を乱す方ではなく保つ方である――目的と
しては。結果が伴わない事はあるにせよ、だ。
 少なくとも、こんな朝早くに押しかけられねばならない事をした覚えはない。
「なんだって、ジャッジが……」
「――分かりません。とにかく、話を聞いてみましょう。
 入口ゲートを開いて下さい」
「――分かりました」
 Dセリオに頷き、Dマルチが手元のキーを素早く操作する。
 数十秒後。
 どたどたと喧しい足音がしたかと思うと、メインルームの扉が乱暴に押し開
けられた。
 入ってきたのは――
「……おいおい」
 へーのきは思わず絶句した。
 他の面々も同じだ。Dセリオなどは咄嗟に戦闘態勢に入ったりしている。が、
それも無理はないかもしれない。
 ジャッジのリーダーその一、炎の使い人、岩下信。
 リーダーその二、霊波刀の使い手、セリス。
 SS不敗流の風見ひなたと、パートナーの赤十字美加香。
 風の使い人、冬月俊範。
 幻力使い、天神貴姫。
 圓明流倭刀術、ディアルト。
 時間を操る男、SOS。
 ……街一つくらいなら五分で根こそぎ破壊できそうなメンツだった。
「ジャッジの実戦要員が揃いに揃って……一体、何があったんです?」
 彼らはここまでずっと走り通しだったらしく、激しく息を切らしていたが、
へーのきの問いに皆が顔を上げた。
 そして、一斉に口を開く。
「大変なんだっ!」「じゅうさん」「くるって、今連絡が」「ハイドラ」「攻
撃に」「匿名の電話があって」「急いで戦闘準備を!」
「……えーと……」
 OLHが、額に手を当てて瞑目し……やがて、ぽんと手を打つ。
「なるほど、『ジュウさんが狂って戦闘準備を始めて、ハイドロボムを電話で
出前して攻撃に来るから大変だ』か!」
「それは確かに大変ね……」
「――じゅうサンッテ誰デスカ?」
「ちがーう!
 みんなも一度に喋るな!」
 ジャッジ達の一番後ろにいたセリスが、岩下らをかき分けて前に出てくる。
 へーのきは、彼にもう一度尋ねてみた。
「結局、何なんです?」
「つまりな……」
 セリスは、軽く息を吸った。
 そして、ゆっくりと、告げる。
「十三使徒が、攻めてくるんだ」
「どこに?」
「ここに」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」


『だしぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!???』