「Dセリオ!!」 息を切らせた長瀬がラボに飛び込むと、ベッドに縛り付けられたDセリオが目に飛び 込んできた。 彼女は顔を真っ赤にし、全身汗だくになって苦しそうな呻き声をあげている。 「おいしっかりしろ!」 「駄目です。今の彼女は極めて危険な状態です!」 長瀬はDセリオの肩を掴もうとして部下に止められた。 「一体どうしたんだ!?」 珍しく取り乱し部下に掴み掛かる。 「思考回路が暴走しているんです」 「思考回路が?」 Dセリオは何本ものケーブルでラボのメインコンピューターに繋がれており、研究員達 は異常の原因を究明すべく、モニターに噛り付きキーを叩いていた。 「それで・・・彼女は助かりそうなんですか?」 長瀬は必死に自制しながらさっきの部下に訊いた。 彼は明るい答えを期待していた。 ここの研究員達は猛者ぞろいだから、きっと大丈夫・・・ しかし、部下の言葉は無常だった。 「いえ、現時点では何とも・・・何しろ固いプロテクトが何重にも張り巡らされてますんで」 なんてこった・・・ 彼女を護るための機構が逆に彼女の命を奪おうとしているなんて・・・ 佐竹のいない今、彼女のプロテクトを突破する事は極めて難しいだろう。 長瀬は机に手をつき、がっくりとうなだれた。 そんな間にも、Dセリオの容体はどんどん悪くなってゆく。 「もう駄目かもしれない・・・」 そんな声がちらほらと出てきて、ラボの中が諦めムードに入ってきた時・・・ 「──私に任せてください」 「Dマルチ!?」 ラボの入口に小柄な少女が立っていた。 「できるのか?」 「──分かりません。でも善処はします」 Dマルチは一本のケーブルを取り出すと、自分とDセリオの耳センサーに繋げた。 「それでどうするんですか?」 長瀬が心配そうに訊く。 「──私がDセリオさんの頭脳の中に入ります」 ☆★☆ 「──くっ!」 Dマルチは流されそうになって慌てて壁にすがり付いた。 まさかここまで流れが激しいとは・・・ 今Dマルチは・・・正確にはDマルチの意識のコピーは、Dセリオの頭脳神経内に侵入 していた。 そこで彼女が見たものは、神経網内をごうごうと流れる情報の濁流だった。 「──情報の流れが激しすぎる・・・このままでは神経が耐えられずに切れてしまう」 Dマルチは原因を突き止めるべく情報の中を泳ぎだした。 しかし、この激しい流れの中を自分の思い通りに泳ぐのは一筋縄では行かない。 そのうえ、自分自身が情報体のため、気を抜くと流れに取り込まれ分解されてしまう のだ。 ざばぁ・・・ 「──ごぼっ、はあ、はあ、はあ・・・」 流れの緩い所を見つけ、Dマルチは少し休憩を取る事にした。 しかし、休みながらも今まで集めたデータを処理してゆく。 Dセリオの神経網の構造、情報の種類、流れの量と強さ・・・ 「──!」 数刻後、Dマルチの高性能コンピューターは原因らしき部位を割り出した。 「──行きます!」 彼女は再び濁流に飛び込んで行った。 「──これは・・・?」 目の前の情報の水路が、古びてひびの入ったダムのようなものに塞がれていた。 ダムによって塞き止められた情報は、ごうごうと渦のようなものを作っている。 Dマルチは渦に巻き込まれながらもダムへとだんだん近づいてゆく。 設計書によれば、こんなものはここに無いはずだ。 開発時のバグだろうか? とにかくこれが一体どんな性質のもので何故できたのかを突き止めなければならない。 「──うっ!?」 突如右足に激痛を感じ、彼女は渦の中から泳ぎだした。 壁に掴まって自分の足を見てみると、右足の膝から下が消し飛んでいた。 「──おかしいですね・・・外部の情報の流れに対するプロテクトはかけているはずなのに ・・・」 別にここで情報に飲まれ、消えてしまっても本体には影響無い。 ただ、そうなると今自分が収集したデータも一緒に消えてしまうため、再び調査を一 から始めなければならない。 彼女は守りを強化すると再び渦へと飛び込んだ。 「──くぅぅ・・・・・・流れが・・・強すぎる・・・!!」 Dマルチは自分を情報の流れから守りながら体制を整えるだけで精一杯だった。 今までに体力を消耗しすぎたか・・・? 彼女は仕方なくダムに近づく事を一旦あきらめ、渦を巻いている情報の種類を調べて みる事にした。 ズキンッ! 「──いっ・・・!」 弱った体を情報の渦は容赦無く責め立てる。 「──まだ・・・せめて、情報の解析を終えるまでは・・・」 必死で頭脳をフル回転させる。 渦は体を侵食してゆく。 「──解った!!」 彼女が声をあげた時、既に下半身は完全に溶けており、左手も半分無くなっていた。 泳ぐ力を無くした彼女は、荒々しい情報になすすべも無く流されてゆき・・・ ダムに激突した。 ☆★☆ がくんっ 今までDセリオの傍らに佇んでいたDマルチは突然その場に膝をついた。 「どうした!?」 長瀬が彼女に駆け寄る。 「──ぜえ・・・ぜえ・・・ぜえ・・・」 Dマルチは荒い息をつきながらも長瀬の方に向き直った。 「──逃げ・・・て・・・くだ・・・さい・・・」 「逃げる?」 訳が分からないというように長瀬が聞き返す。 「──早く・・・・・・爆発します! 早く!」 「ば、爆発だって!?」 びくんっ! Dセリオの体が大きく跳ねた。 「なんだ?」 「──ああ・・・あ、あ、あ・・・」 Dセリオの体ががくがくと小刻みに震える。 「──早くっ! 早く逃げてくださいっ!!」 Dマルチが叫んだ時だった。 カッ! ラボは光に包まれた。 ☆★☆ 「う・・・何があったんだ・・・?」 長瀬は痛む体をさすりつつ体を起こした。 見ると、機器の計器類にはひびがはいり、積んであった書類などはバラバラに散らば っていた。 倒れていた研究員たちも、意識を取り戻しだした。 「あれ・・・俺は一体・・・」 「今のは何だったんだ!?」 「爆発したのか・・・?」 爆発!? Dセリオが爆発したのか!? 長瀬は慌てて立ち上がった。 「あ・・・」 焼け焦げたベッドの上には、先ほどと同じようにDセリオが寝ており、その上にはD ガーネットが覆い被さるように倒れていた。 長瀬は、とりあえずDセリオが無事らしいことに安堵の息をつくと、Dガーネットに 声をかけた。 「──ガガー、ナ、長瀬サンデスカ・・・?」 どうやらかなり損傷しているらしい。 一体どうして? 「──Dセリ、オサンノ攻撃・・・ヲ防ゴウ、トシマシタガ・・・防ギキレ・・・マセン・・・デシ ・・・タ・・・」 そうか・・・ 先ほどの爆発はDセリオが爆発したわけではなく内臓兵器が暴発したものだったのだ。 「よくやりましたDガーネット、後は我々に任せなさい」 「──ダメージ・・・85%・・・・・・スリープ、モード・・・移行・・・」 Dガーネットは、自分のメモリーを護るために眠りに就いた。 長瀬は怪我の無い部下を呼び、すぐに倒れたままのDマルチと動けなくなったDガー ネットを別のラボに移させた。 これでふたりは大丈夫だろう。 その時、長瀬背後から、悲しげにすすり泣く声が聞こえた。 「な、何だ・・・?」 恐る恐る振り返る。 そこで見たものは・・・ 「Dセリオ・・・?」 顔をクシャクシャにしてすすり泣くDセリオの姿だった。 あの無表情だったDセリオが真っ赤になって泣いている。 長瀬たちはいきなりの豹変ぶりにあっけに取られていた。 「──お父さん・・・」 Dセリオの、今にも掻き消えてしまいそうな小さな呟き。 しかし、目ざとい長瀬はそれを聞き逃さなかった。 「佐竹君が・・・どうしたのかね?」 はっと泣きやみ、長瀬に驚いたような目を向ける。 しばらくその状態が続き・・・ 再びDセリオの目から涙がぽろぽろこぼれ始めた。 どうしようもなく立ち尽くす長瀬と、涙をこぼしながら見つめるDセリオ。 「あー・・・その、なんだ・・・」 なんとなく居心地悪くなった長瀬が口を開いた時だった。 がばっ! 「わっ!?」 「──・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」 Dセリオは長瀬に飛びつきがっしりとしがみつくと、堰を切ったように泣き出した。 どーしたものか・・・ 部下達のヒューヒューという冷やかしの中、とりあえず長瀬は、背中に手を回し優しく 抱き留めることにした。 ☆★☆ さぁぁぁぁぁ・・・ まだまだ冷たい風が、研究室の屋上を吹き抜ける。 「こんな所にいましたか」 「──長瀬さん・・・」 手摺りにもたれて町並みを見ていたDセリオは、長瀬に呼ばれてゆっくりと振り返った。 「寒いですねぇ」 長瀬はどっかりと彼女の隣にもたれ掛かった。 そのまま、ふたりは何をするでもなくじーっと屋上からの景色を眺めていた。 「──私は、馬鹿ですよね」 不意に、Dセリオが口を開いた。 「?」 いきなりの自虐的な質問に長瀬は眉をしかめた。 「──皆を傷つけまい・・・そう思う余り、自分の心を凍らせてしまい大切な事も言えなく なって、挙げ句の果てには爆発する。本当に笑い話ですよね」 Dセリオは、ふっと寂しげな笑みを浮かべた。 「確かにあの爆発事件は驚きましたけどね・・・でも、感情を表に出せるようになったの だから、別にいいじゃないですか。差し引き0ですよ」 長瀬は彼女を慰めたつもりだった。 しかし、彼女は下を向いて黙り込んでしまった。 「Dセリオ・・・?」 「──違います・・・違うんです・・・」 Dセリオは力無くふるふると首を振った。 「違うって何がです?」 「──感情を表に出せるようになったわけではありません。私の心が壊れただけなのです」 「壊れた・・・?」 さすがにそんな答えは予想していなかったのか、長瀬は呆気に取られたような顔をした。 「──その証拠に、今私の中ではドス黒い破壊衝動が渦巻いています」 「えっ!? どうして」 「──理由なんてないんです! とにかく何かを壊したいんです! ミサイルをばらまい てレーザーで辺りを薙ぎ倒したいんです!!」 「・・・・・・・・・」 吐き出すように話し出すDセリオに対し、長瀬はただ聞いているしかなかった。 「ん・・・?」 何か手に違和感を覚えた。 じゅっ・・・ 「あぢぢぢぢぢぢぢぢぢぢ!!」 手摺りからゆらゆらと陽炎が立ち上がっている。 見ると、手摺りを掴むDセリオの手が、プラズマを纏って緑に輝いていた。 「──私は・・・自分が恐い・・・」 じゅあっ! 融けた飴のように手摺りが焼き切れた。 「──・・・私は恐らく廃棄処分されるのでしょうね。こんな危険なロボットは・・・」 ☆★☆ それから数年後・・・ 「ぜえ、ぜえ、ぜえ・・・」 「──はあ、はあ、はあ・・・」 雲ひとつ無い青空の下、ふたりの人物が瓦礫の山の上に大の字になって寝転んでいた。 そのひとり、つんつんの逆立った髪の男がゆっくりと体を起こした。 「へっ、今回は引き分けって事にしておいてやるぜ」 ぶっきらぼうに、でも親しげにそう言い放つと、よろよろとその場を去って行った。 がらっ・・・ その男が去って少し後、瓦礫の一部が動き、その下からひとりの男子生徒が現れた。 制服の所々が煤けてささくれ立ってはいるが、特に怪我はしていないようだ。 「セリオさん、大丈夫?」 彼は心配そうに、倒れたままでいる少女・・・Dセリオに話しかけた。 「──大丈夫です・・・」 Dセリオは笑みを見せるとゆっくり起き上がろうとしたが、手と膝で四つん這いになった 状態で止まってしまった。 「どうしたの?」 「──足を・・・やられてしまったようです・・・」 情けないといった顔をして答える。 「じゃあ本部に行ってマルチさんに直してもらおうよ」 「──すみません、へーのきさん」 「いいよ別に」 Dセリオはへーのきにおんぶしてもらっていた。 「──・・・・・・」 彼女は背中に顔を埋め、安心しきった顔で目をつぶっていた。 普段は頼りないけど、自分を見守ってくれる大きくて広い背中。 お父さんの背中もこんな感じなんだろうか・・・ 「──お父さん・・・」 お父さん・・・か・・・ へーのきはDセリオの小さな呟きをはっきりと聞き止めていた。 彼はDマルチから佐竹という人物の事をわずかながら聞いていた。 別にへーのき自身、彼女を恋人などではなく女友達や妹みたいなものとして認識して いるので父親と重ねられても特に問題は無いのだが。 でも・・・ 彼女を作った佐竹さんって一体どんな人なんだろう。 あまり詳しくは知らないけど、さぞかしいい人なんだろうなあ。 ちょっと嫉妬を覚えるへーのきだった。 一陣の風がへーのきとDセリオの髪と服を揺らせた。 「──気持ちのいい風ですね」 背負われたままDセリオが顔を上げた。 「そうだね」 へーのきはふと思った事を聞いてみることにした。 「セリオさんはさ、この学校に来てよかったと思う?」 「──はい、みんないい人ですし、多少暴れても大丈夫ですし」 た、多少ねえ・・・ 「──どうしましたか?」 滅多に見せてくれない本当の笑み。 やっぱりセリオさんにはかなわないなあ。 へーのきもにっこりと微笑み返した。 「なんでもないよ。早く行こう」 ふたりはほのぼのした空気を振り撒きながら、ゆっくりと本部へ向かった。 彼女の心は未だ壊れたまま。 いつ誰によって癒されるのか、それはまだ分からない。 でも彼女は思う。 ここには今の自分を受け入れてくれる暖かい人達がいる。 自分の攻撃を受け止めてくれる逞しい人達がいる。 ずっとこのままでもいいかもしれない。 でも、永遠というものは無い。 どんなものも、いつかは変わるものだ。 だから私は今を精一杯生きて行こう。 もし不幸な未来が待ち受けていたとしても、今を思い出す事ができるように・・・ そして、今日も学園には彼女の声が響く。 「──私はセキュリティを司る者、Dセリオ。あなたを公共物破損の疑いで連行します」 終わり ────────────────────────────────────────