「マルクトよりケテル、コクマ、ビナー、ケセド、ゲプラーへ」 ――マルクトは王国。ケテルは王冠。コクマは知恵。ビナーは理解。ケセドは慈悲。 そしてゲプラーが神の力……か。木曜日のコードがセフィロートの木とは。それほど正 当性を主張したいのかね? 特別教室の大半と教員室を備えた校舎、リネットを見下ろせる小高い岡の上に立ち、 シッポは皮肉げに口元を歪めた。 セフィロートの木。 カバラ思想のシンボルにして、ユダヤ神秘思想の最奥義。 天界に生える、生命の木。 10の球(セフィラー)と22の径(パス)で構成された、宇宙の象徴。 セフィラーは様々な意味を持ち、そこにはそれを象徴し、守護する大天使が座す。 人はマルクトより22のパスを経て総てのセフィラーを会得し、最後にはケテルへと 至る。 神の精神へと至る、至高の道程。 ――規律を最上のものとする生徒指導部には、まぁお似合いかもしれないが……。 「情報特捜部の首魁、悠朔を捕らえる。各部隊指定された侵入口よりリネットへの突入 を開始せよ。校舎内で遭遇した目標以外の人物は即座に保護し、脱出を促せ。目標が抵 抗した際には銃の使用を許可する。繰り返す、銃の使用を許可する」 『ケテル了解』 『コクマ。了解した』 『ビナー了解』 『ケセド、任務了解。これより行動に移る』 『ゲプラー、移動開始します』 「総員の健闘を祈る」 指令を出し終えると、シッポはモバイル・コンピュータに接続したマイクのスイッチ を切り、大きくため息を吐いた。 ――思ったよりは上手く進んでいる。 このマイクを使った指令は、伝達順位を最高に設定した『鉢がね』から総ての『鉢が ね』に流れるようにしてある。 二学期の初頭より生徒指導部が新たに装備として採用した『鉢がね』型の思考伝達装 置。 指導部は軍に酷似したその命令系統から、『鉢がね』から出される命令にはほぼ絶対 服従だ。だからそれを外部の人間が操るのは、比較的容易い。 命令コード――特定のワードをキーとする、命令パターン――さえ掴んでいれば。そ して今シッポが行っているように、余計な思考がはみ出さない手段を講じていれば。 ――ま、私の組織の名前も、考えてみれば結構恥ずかしい名前だし……余所の事は言 えないけどなぁ。 国連裏組織―eden―に属する破壊工作員。 その裏の顔を持つ彼にしてみれば、学生が組織したグループの命令コードを奪取する 事など、さしたる労のないことだった。 後は比較的単純に済んだ。指導部のリーダー、ディルクセンになりすまし、各部隊に 指示を出していただけだ。命令が思考伝達装置に頼っているため、声の判別などという 事は出来ない。最初に警備ルームを制圧した――この学園にはいくつかそういった類の 設備がある。ジャッジが設置し、治安維持の名目で使っているものもあれば、学園の警 備のために学園創設期に設置されていたものもある。大抵は生徒のプライバシーを侵害 しない程度の、穴だらけ監視だが――と言っておけば、ディルクセンが姿を見せなくて も不自然ではない。 唯一の不安が、ディルクセン本人が指導部の連中と連絡を取った場合だ。彼の足止め と護衛の有無の確認。それが朔に課された仕事だった。もし彼が急に思い立って『鉢が ね』を身に付けたりしたら、計画はそれでおじゃんだ。 それだけが心配だった。 だが未だにその兆候がないと言う事は、どうやら足止めは上手く行っているらしい。 コンピュータの画面は分割され、学園のどこかの廊下をいくつかと、指導部のメンバ ーが『鉢がね』を用いて連絡を取っている状況をチャット状態で映していたが、 「シャロン」 先程と別のマイクを使ったシッポの呼びかけで、廊下を映していたものが、一人の女 性を映した映像と入れ替わった。 「はい、こちらシャロン」 「ティファレト、ネツアク、ホド、イェソドの所在と現状は?」 マルクトなどと同様、セフィロートの木のセフィラーの名であり、それぞれ美、勝利、 栄光、基盤の意味を持つ。 が、今はそれは指導部内で編成された小隊名でしかない。 「先程と同じく学内を巡回警備中。今は命令系統の混乱を避けるため、マルクトから以 外の連絡は受け付けないようになっています。……邪魔が入る心配はありません」 「ダミーの存在にも?」 ダミー――数日間『鉢がね』を盗聴し構築した、超高度なディルクセンの思考パター ンプログラム。命令を出す時以外の雑念などはすべてこのダミーが担当している。 元バーチャルアイドル用の女性感情プログラムであるシャロンや、それを長年パート ナーとしてきたシッポには、これを作り上げるのはさほど難しい事ではなかった。だが 所詮は急造プログラム。見破られる可能性は充分にある。 「全部隊に言える事ですが、今のところ気付いていないようです」 が、これも問題無いらしい。今のところは。 「よし。現状維持」 「了解。現状を維持します」 「……そういえば保科智子さんは今何処に居ます?」 「保科さんですか? 先程図書館に入ったのを確認しました。それからしばらく経ちま すが、まだ出てきてません」 「? 早いな」 「指導部との接触はダミーに影響を与える可能性がありますから」 しれっとした表情であっさり告げる。 なんだかんだ言ってもシャロンも女の子である。 こういう色恋は最も好むところだ。 「ディルクセンさんに同情するよ……」 ――思考がダダ漏れじゃ、プライバシーもなにもあったもんじゃないな。 ディルクセン本人は感情を押し殺しているつもりだし、思考の表層にもほとんど出て いない。恐らく指導部では知られていないだろうが、ダミー制作のために徹底的にデー タを洗った二人には隠し切れなかった。 「部長にはこのことは?」 「言ってません。危険だと思ったので」 「……危険、か」 「はい。保科さんはこの件に無関係ではないですが……むりやり巻き込むのはどうかと 思いましたから」 ――徹底的に潰す気だからな。部長も私も。 生徒指導部を。 争いを始める原因となったのは、結局どちらが先に作ったのだろう? 志保がディルクセンに喧嘩を売ったのが直接原因になったのか。 それともとーるが監査部を作ったのが引き金になったのか。 ――力の分散のための組織と言って作るだけ作って、あとを考えてない。戦術処理用 に造られた人間と言っても、彼は実践を知らなすぎる。部長が監査部設立を鼻で笑う訳 だ……。 監査部にはメンバー選出に致命的な問題を抱えていた。 Dマルチ、冬月俊範、猫町櫂は戦闘能力を保有しているし、それぞれ戦闘集団の一員 だ。生徒会から選出された藍原瑞穂にしても、学園屈指の――総合戦力では学園最強と の呼び声も高い――格闘家、炎使いの岩下信の庇護下にある。 ディルクセンの感情から、智子へ危害が加えられる可能性は低い。 だが城下和樹と長岡志保。 もし指導部が実力行使に出た時、彼らには頼りとする力がなかった。 いや、訂正する。 ・・・・・・ 正確には、力がないと思われていた。 ――指導部も運がなかったな。知らなかったとはいえ、アマチュアがプロに喧嘩を仕 掛けたんだから。 人間は打算のためにならいくらでも非情になれる。 その事を知らないとーるは、結局甘いのだろう。騎士道に憧れを抱く、生真面目で誠 実な戦術分析・機動兵器制御用生体コンピュータ。 美加香を母と呼んだ意外性からその事は露見し、はやくからとーるは戦略能力に優れ ると話題になった。 視界内の端末を触れる事無く制御する、アンプラグドインターフェイス。電脳空間へ の擬似実体投射など、話題に上るだけあって確かに優れた能力を持っている。 だが、戦略を組むのは電脳ではなく人間なのだ。 電脳として優秀であっても、とーるは人間として甘い。 戦略コンピュータとしては致命的な欠陥品だ。 実際に数多の諜報部と熾烈な情報戦を繰り広げた経験を持つ、悠朔やシッポ、そして シャロンから見れば。 「キレた部長なんか、二度と見たくないな」 「同感です」 ――指導部の中には再起不能になるのも、出るだろうなぁ。 その事に関して妥協する気はない。 普段温厚な――あるいはそう装っている――彼にしても、腹に据え兼ねることはある。 でなければ部長の計画に乗りはしなかっただろう。 わずかな憂いを宿したシャロンの映像の隣で、『鉢がね』のやり取りをモニターして いるチャットは驚くほどの速度で流れ続けている。 ディルクセンは部屋の中央の椅子に座らされ、極度の緊張を強いられていた。 朔はもう銃は納めているが、僅かでも妙な動きを見せれば即座に発砲すると告げられ ている。 装填してあるのは弱装ゲル弾――火薬を減らし、弾頭にゲル状物質を付け、殺傷能力 を極力排除したもの。威力はゴム弾のさらに下をいく――だと言っていたが、至近距離 から射撃を受ければ、いくらゲル弾といっても当たり所が悪ければ死に至ることもある。 ゆかり達は傍観者に徹する事に決めたらしい。 ゆかりは机の上に両肘をつき、組んだ両手に顎を乗せ、面白そうに2人を見比べてい るし、側近の三人は忠実に、ゆかりを警護しながら彼女の後ろで待機している。 孤立無援。 今ここには何処にも救いの手がない。 唯一の期待は朔が『ここに指導部が攻めて来る』と言った事だが、来させてはならな い。 根拠も理屈もない直感だが、確信もしている。 指導部がここに来た時、朔は"なにか"をやる。 それがなにかわからないが、猛烈に嫌な予感がする。 来させてはならない。 絶対に。 時間が経てば経つほど焦りと嫌な予感は大きさを増していく。 いつしかそれは危機感と呼んで差し支えないほどのものになっていた。 だが、手も足も出ない。 伝える手段がない。 引きかえらせる方法がない。 どうしようも……ない。 絶望。 その感情の味が舌の上に広がる。 身体が意志に反して震える。 ――どうすればいい? どうすればいい? どうすればいい? どうすればいい? ガチガチと歯が鳴る。 もう食いしばる事さえ出来ない。 ――考えろ! 考えろ! 考えろ! 考えろ! 考えろ! 考えろ! 考えろ!! 己に暗示を掛けるように、同じ単語を繰り返す。 「はっ! はっ! ひっ! はっ! はっ! はっ! ふっ! はっ! ひははっ!」 運動をした訳でもないのに呼吸が荒い。 自覚の無いままに訳のわからない言葉も混じる。 ふと視界が歪んでいるのに気付いた。 ――あ、俺……泣いてるんだ。 ふやけた世界を見つめ、錯乱気味の頭の中でどこか客観的に、ディルクセンはそう自 覚する。 首になにかを押し当てられる感覚と、パシュっという乾いた音。 「あ?」 それを聞いたのはその時だった。 「鎮静剤だ。……責任感が強いのは結構だが、別に命まで取ろうって訳でもない。そん なに取り乱されては興が削げる」 インジェクター(無針注射器)を、半ばトレードマークになった白衣のポケットに押 し込み、朔。 「動脈に直接打ち込んだから、すぐ効くだろう」 朔の言葉通り、もやがかかっていた頭がすっきりとし始める。 「どういう……つもりだ?」 ・・・・・・・・・ 「別に。興が削げると言ったそのままだ。どうせなら落ち着いて取り乱せ」 薬の効果があった事を確認すると朔は数歩下がり、定位置へと戻った。 「でないと面白くない」 再びディルクセンを戦慄が襲う。 ――こいつ! 「そう、その顔だ」 蒼白になったディルクセンの表情を見て、朔が嬉しそうにそう言う。 「……広瀬」 「なんですか? ディルクセン先輩」 「これは脅迫と拘束だ。風紀委員会は取り締まるべきではないのか?」 「そうしたいのはやまやまですけど、私達も脅迫と拘束を受けている身ですから。下手 に動いて撃たれろって言うのなら、まず貴方が手本を見せて下さい」 そこで朔に視線を向ける。 「ね?」 「……あ、それいいな。そういう事にしとくから動かないよーに」 「はいは〜い」 絶望的なまでににこやかに、ゆかりは肯いて見せた。 その上でディルクセンにヒラヒラと手を振る。 所詮ゆかりにとってはディルクセンは厄介者。言う事を聞かない邪魔な部下でしかな い。 義理を欠いてきたのはディルクセンの方だし、今更言っても仕方の無い事だ。思想が 異なるのだから。 「くそっ……。こんな事をして只で済むと思うなよ」 芸の無い負け惜しみの言葉だったが、言わずにはいられなかった。実際今でこそ朔が 優位に立っているが、いずれ必ず逆転する。この拘束が解かれた時こそ、反撃の時だ。 彼は権力を持つ者であり、朔は持たざる者だ。 それは明確な事実である。 だが、ゆかりとのやり取りで微笑していた朔から表情が消えた。 彼をよく知る者は知っている。 それは怒りが極限に達した証。 彼は怒りが募れば募るほど冷静に、そして無表情になっていく。 朔の怒気を察して空気が張り詰める。 「はっ……。ははははははは……」 次の瞬間、朔は笑い出した。 「ははははは、くっく……。こんな事をして? 只で済まない? そう言ったのか? はは……」 「何がおかしいっ!?」 顔に手を当てて笑う、だが朔の目は笑っていなかった。 銃――M92ストック――を引き抜くと同時にセフティを外す。 座っているディルクセンの太股に銃口を向ける。 撃つ。 発射音は銃口に備え付けられたサウンド・サプレッサーでほとんど殺され、迫力のあ るものとはならなかった。 「がっ!? ぎゃああああああああああああ!!」 「寝言は寝てから言え。あまり私を怒らせるな」 椅子から転げ落ち、太股を押さえるディルクセン。 その足から血が流れ出している。 「動脈は外しておいた。致命傷にはならないから安心しろ。鎮静剤を打っておいたから ショック死もないはずだ。……尤も死んだところでどうとも思わんが」 撃ったのはゲル弾ではない。紛う事無き実弾。 それがディルクセンの足を貫通していったのだ。 「なんて……ことを」 さすがに血の気の引いた顔でゆかりが呟く。 「貴様っ! 貴様……畜生! 撃ったな!? 撃ちやがったな! 畜生!!」 床に転がり呪詛の言葉を口にするディルクセンを、朔が冷然と見下ろす。 誰も止められなかった。 銃を抜くその動作があまり速く、そしてなによりあまりに自然であったがために。 「洒落で済まない事を先にやったのはこいつらだ」 朔の言葉に、ゆかりが訝しげな表情を浮かべた。 「どういう事? ……か、聞く前に治療してもいいかしら?」 「……ああ」 彼女の問いに、朔は嘆息しながら肯いた。 「まずはこれを見て貰おうか」 ディルクセンの足の治療を終えた後、言って朔が――相変わらず何処に仕舞っていた のかどう考えても謎なのだが――懐から取り出したのはA4サイズの分厚い封筒だった。 そこから一枚抜き出し、ゆかりに渡す。 「写真? この街の航空写真みたいね」 「倍率を上げたのがこれになる」 出された二枚目を手にし、それを食い入るように見つめる。が、 「それで?」 「同様の写真だ」 今度はまとめて数枚手渡された。 その中の総てに映っている、制服に身を包んだ女生徒がいる事に気付いた。 特徴ある人物に、勿論見覚えがある。 「……この人、長岡さん?」 「正解」 再び椅子に座らされていたディルクセンの肩が、わずかに震えた。 「それで?」 「志保の周囲をよく見ろ」 言われてもう一度写真に目を落とし、ゆかりは眉を顰めた。 「なにこの……あからさまに怪しい三人連れ」 サングラスに黒いスーツ。 ゆかりの言葉通り、見るからに怪しい。 写真には時間も記入されており、順に見ていくと志保が工事現場に逃げ込むところま で映されていた。 そして黒尽くめの三人がそれを追って工事現場の中に入るところも、写真に納められ ている。 「ちょっと……」 このあと何があったのか。 この三人が何をしようとしたか。 想像したゆかりは戦慄した。女性として。 「幸いこの直後、佐藤雅史が駆けつけたおかげで大事には至らなかった。シッポとシャ ロンも上空で待機していたしな」 「これが生徒指導部の仕業だっていうの?」 「ああ勿論」 言いながら次の写真を出す。 今度は学内の写真で、どれも志保の背後をマークし続けている松原美也――ディルク センの妹――の姿を映し出していた。 「……状況証拠ってやつじゃない? これじゃ証拠とは言えないわよ?」 ちょっと前に特捜部は騒ぎを起こしたところだし。と続ける前に、朔は次の写真を出 した。 「ラストだ」 最後の写真には、先程の黒スーツの三人。 彼らがサングラスを外したところを映し出していた。 「三人とも生徒指導部部員ではないが……警邏隊第一小隊を束ねている永井の子飼いの 連中だ。これで証拠と言えるかな?」 「知らん!! 俺は知らん!」 叫ぶディルクセンの額に、銃口を突き付ける。 「あまり私を怒らせるな。……そう言わなかったか? 少し黙ってろ」 「………………くっ」 悔しそうに歯ぎしりするディルクセンの手に、朔はイヤホンを落とした。 「?」 「付けろ」 言われるままに、イヤホンを耳に当てる。 『永井。長岡の件、お前の好きにしろ。殺し以外なら何をしても構わん。立ち直れない ほどに、傷つけてやれ』 聞こえて来た声はあまり馴染みの無い声。 だがディルクセンはそれを言ったのが誰なのか、誰よりもよく知っていた。 馴染みが無いのも当然だ。 自分の声を客観的によく聞くという人物は、あまり多くないだろう。 『ったくよぉ、最初からこうすりゃよかったんだよ。お前がくだんねぇ感傷で躊躇して やがるから、保科の奴にも嗅ぎ付けられるのさ。……へへっ、実行部隊の連中が喜ぶぜ。 なんせあの女、面だけ見てりゃぁ上玉だからよ』 今度の声は聞き覚えがある。 扱い辛い、彼の部下だ。 『甘く見て、しくじるなよ。下手をすれば、情報特捜部あたりの連中が一緒にいないと も限らん』 『心配すんなよ。あいつは付けねらわれてることを誰にも喋ってねぇ。情報特捜部だの 監査部だのの方にも動きはねぇ。そこらへんはきちっと情報を押さえてるって。おい、 聞いたな? ……思う存分やって来い。……んじゃ、ここで朗報が来るのを待つとしま しょうか? 生徒指導部長閣下?』 朔はそこでスイッチを切った。 「なんならもう少し前から再生しようか? 面白い痴話喧嘩が聞けるはずだ」 「……そんな……馬鹿な」 「言うまでもないが、これはアナログテープだ。マスターを変造出来るデジタルよりも 証拠能力が高いことになる」 蒼白になるディルクセン。 ――馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 盗聴機には警戒していたはずだ。特捜部の動きにも目を 光らせていたのに、何故? 何故こんなテープがある!? 所詮機械で検出できるのは無線式の盗聴機のみ。 シッポは備え付けに苦労するとはいえ、一度設置してしまえば発見される確率の低い 有線式の盗聴機を使った。 そしてシッポは生徒指導部に気付かれないように動いていた。 ただそれだけの事だ。 「情報特捜部を甘く見過ぎたな。……部室の前を指導部のボスの妹がうろちょろしてい れば、誰だって警戒するさ。……尤も、私は生徒指導部は法という正義の信徒と思って いた。警戒はしていたがまさかここまですると思っていなかったから、偉そうな事は言 えないが……」 私も甘くなった。 独白するように、朔はそう呟いた。 だが彼はもう気付いていた。 己が目覚めた事を。 従順な犬のふりをしていた、戦いを知る狼。 ――もう……忘れていたつもりだったんだがな。敵対する者は叩き潰せ。そう叫ぶ声 が……聞こえる。 人間は…変われるもんと違う…。 体を縛りつける過去という名の鎖は肉体と同化し…。 引き離そうとすれば鮮血をしたたらせ骨や筋まで剥ぎ取ってゆく…。 キレイ事の入るスキなんぞあらへん。それが現実や。 外道はくたばるまで外道味やで。 ニコラス・D・ウルフウッド ――TRIGAN MAXIMUM―― 「報復はようやくこれから正念場だ。……楽しみにしていてくれ」 ドアを開け、廊下に足を踏み出しながら、朔はディルクセンに微笑みかけた。 心の底から、嬉しそうに。