今行われているのは物理の授業である。 が、物理ではなく科学の授業を受けているような気分になる。 「好奇心こそ人類が持つ最大の武器だ。わずかでも疑問に思った事を追求する ことには多くの意味がある」 そう黒板の前で講釈をしている柳川祐也教師を見ていると。 何故か、と問われると困るが、恐らくは彼が科学部顧問であり、巷で狂科学 者と呼ばれている事と無関係ではあるまい。事実物理を選択した生徒は授業を 面白いと思う反面、どのような無茶な課題を出されるか気が気ではないという 事だ。 「先日なかなか興味深い漫画を手にする機会があった。内容は教師から見放さ れた女生徒が、裏でこそこそと悪事を働く表面的優等生達に利用されて、知ら ぬままその悪事の片棒を担がされる。確か銃の密売だったな。そこを警察に逮 捕され学校を追われ……復讐に舞い戻ったところから物語が始まるんだが」 そこで少し祐也は首を傾げた。 「復讐と一括りにしていいかどうかは疑問の余地があるな。失ったものを取り 戻しに来たとも解釈できるし、手に入らないものなら壊してしまえばいいとい う思考も見て取れる。その辺りは作中でも語られているから、興味があれば読 んでみるといい」 そこでスッと、生徒の一人が手を上げた。 「なんだ? 長瀬祐介」 「……読んでみるといい、は良いんですが、なんて名前の本なのか、先生言っ てませんよね?」 一瞬キョトンとした表情を浮かべ、祐也は苦笑した。 「『零』という漫画だ。同じ作者の作品の中には『昨日を唄って』なんかがあ る。他には……題は忘れたが羊の群れの中に狼が一匹。その時殺されるのは狼 の方だ、とかいう文章が……カバーに書いてあったはずだ。どこの出版かは忘 れたが、本屋を捜せば見つかるだろう」 祐也はクイッと眼鏡を押し上げた。 「話を戻そう。その『零』の中で、復讐に使われる小道具の中に簡易なロボッ トが登場する。外観から察するに思考能力は皆無に近く、人間という個体をど うやって認識しているかさえ疑問なロボットだが……そいつらは空気銃、チェ ーンソー、スタンガンで武装している」 「ああ、バンペイクンが襲ってくるあれか〜」 生徒の誰かがそんな声を出した。 読んだ事があるのだろう生徒達が、それを聞いて笑い声をあげる。 声が静まるのを待ち、祐也は背を向けて黒板に向かった。 「この学園でDシリーズが警備に使用されている事を考えると今更という気も するが、一度ぶつかった疑問は解消しておくべきだろう」 カツカツと白墨を削る音が教室内に響く。 文章を書き終えた祐也が生徒達の方へと振り返る。 「今日はこれを、徹底的に検証したいと思う」 Lメモ科学講座 『メイドロボの実戦における実用性』 「実戦……即ち戦闘に使用するにあたり、果たしてメイドロボは実用に耐える か否か、だ」 ガタンと椅子を蹴りながら、生徒の一人が立ち上がる。 「質問があります。実用に耐えるか、というのは実戦で役に立つかどうかを検 証するだけなのか、それとも人間と比較して優れているか劣っているかを考察 するという事なのか、それをはっきりしてもらいたい」 白衣を翻し直立不動。 三年の菅生誠治だ。祐也を相手にこれほど倣岸不遜な態度を取れる生徒も珍 しいと言える。 もともとこの講義で何をするかを前もって掲示板に告知してあったし、その 上正規の授業終了後の特別講義ということで、全学年自由参加にしてある。内 容が内容である為か生徒達の関心を強く買ったらしい。当初予定していた視聴 覚室に入りきらず――視聴覚室と同程度の設備があり、尚且つ大人数を収容可 能な――第一会議室へ移動を余儀なくされたという経緯をすでに経ているのだ が、それでも人数が減った様子も無い。 そんな中だ。メイドロボに関する事ならば当然放ってはおけないということ なのだろう。 同様にHMX-12――マルチ――を保護する会の面々や、Dセリオの宿敵ジン・ ジャザムの姿なども見て取れる。 「まずは人間と比較するところから始めよう。そこからおいおい、実戦で人間 とメイドロボどちらが優れているか結論が出るだろう」 着目点No.1――近接戦闘。 「率直に俺が出した結論から言おう。人間の勝ちだ」 祐也はあっさりとそう断言した。 それに対し生徒から様々な意見、反論が出る。 「単純なパワーと防御力、あと耐久性いう点では、メイドロボは人間を圧倒で きるはずだと思いますが」 科学部部員のひめろくの言葉に祐也は肯いてみたものの、言葉を継ぐ。 「確かにお前の義手のように、絶大なパワーを出す事は可能だ。看護目的のメ イドロボには緊急時用にパワー開放機構が付随されるとも聞いている。病人の ベッドを持ち上げて運ぶ、などの目的の為だ。常人にはどう足掻いても不可能 な事だろうな」 祐也は他人事のようにそう述べる。 彼はエルクゥと呼ばれる鬼だ。常人を遥かに凌駕するパワーをその身に秘め ている。パワーに関しては、決してメイドロボにひけを取りはするまい。 絶大なパワー、とは言ってもそれはあくまで人間と比べての話で、実際には 電圧量とモーターのパワーがメイドロボのそれを決定する。電源が充電式電池 である以上、使用するパワーに比して稼動時間も減少する。 パワー開放機構はあくまで緊急時に、後先を考えずにリミッターをカットす る言わば最後の切り札的なものなのだ。 「だが……例えば、だ。ひめろく君、お前とジンが腕相撲をすれば、もしかし たらお前が勝つかもしれん。だが、格闘戦で勝てると思うか?」 ひめろくは首を横に振った。 科学分野になら広い知識を誇るひめろくではあるが、格闘というジャンルに 秀でている訳ではない。豪腕にものをいわせて暴れるくらいのことは出来るだ ろうが、戦闘に熟達した者達の相手をするには、どうにも心許ない感は拭い去 れない。 「もし怪力であるだけで、その人物は格闘において強いと断じるなら、重量上 げ選手が格闘最強だろうな」 それこそなんでもないように、祐也はひめろくの返答を受け入れた。至極あ たりまえの返事だ。 掴んで持ち上げて投げる。あるいは叩きつける。 その単純な動作さえ、ひめろくの手には余る。腕は怪力であろうとも、それ を支える身体は生身だ。腕が耐えられたとしても、全身が先に悲鳴をあげるだ ろう。 怪力を生かすにしても、それ相応の知識と経験が必要になる。ナイフを持っ ただけで強くなれる訳ではないのと同じだ。全くの素人であれば驚異と感じる だろうが、ある程度の実力があれば格闘経験の無い者が持つ刃物など、注意が 必要ではあってもさほど恐れるものでもない。 筋力は格闘戦を行う際、必要条件にはなりこそすれ、充分条件にはならない。 「でもセリオタイプなら、格闘スキルデータをダウンロードして……」 「確かに、それは可能だ。が、それで一流の格闘家になれるかどうかと言われ るといささか疑問だな。理由はいくつかあるが、まず完璧な格闘理論が存在し ないことが上げられる。現存する流派……というより格闘大系と言うべきか? 空手、柔道、中国拳法、マーシャルアーツ、レスリング、ボクシング、ムエタ イ、テコンドー、などなど。軽く挙げただけでこれだけ出てくる。中国拳法に は八極拳、太極拳、蟷螂拳、少林拳など多くの流派があるし、空手にしても蹴 りを重視している流派もあれば、組み合っての攻防を重視する流派もある。 ……さて、ここでクエスチョンだ。メイドロボに格闘技を習得させるならば、 どのタイプのデータを組み込むのが最適だと思う?」 教室をざわめきが満たした。 同じ流派であってさえも、体格に差があればおのずと戦法は異なってくる。 その中で、メイドロボの性能を最大限にまで引き出せる武術とはなんなのか。 生徒達の中の一人が立ち上がる。 「A.最適と言えるようなデータは存在しません」 教室のざわめきは最高潮に達した。 何故ならその答えを発したのが誰あろう、HMX-13セリオそのものであったか らだ。 「面白い意見だが、その根拠を聞かせてもらおうか?」 「はい。まずそもそも現存する格闘体系は人が基本的に持っている四肢、およ び頭部を用いる事が大前提となっています。ですが、メイドロボがロボットと いう属性を持つ以上、それに捕われる必要はありません。ギミックを追加する 事で、可能性を大きく広げる事が可能です」 視線が集中する中、とうとうと立板に水を流すが如く、淀み無くセリオが語 り始める。 「しかしその可能性を考慮しても、残念ながら大きく性能を向上させるのは難 しいかと考えられます。それを説明するに当たり、まず基本パーツを用いてと 前提を付けて仮定してみます。 多数の細かい作業をこなす事を前提に作られたこの手は、大きな衝撃に耐え るようには作られておりません。打撃などに用いれば、まず壊れる事になるで しょう」 ロボットに単一の技能を与えるのは、それはそれで高度の技術を要するが、 実はさほど難しい事ではない。 しかしまったく異なる複数の技能を所持させようとすると、途端に難易度は 格段に上がる。例えばピアノを弾けるロボットと、卵を上手に割る事が出来る ロボットがある。だが、その両方を兼ね備えたロボットを作るのは非常に難し い。行う動作がまったく違うからだ。 また、仮にそれが可能になったとしても、余計な部品(負荷)を付けられた そのロボットは、以前のように上手くピアノを弾く事は出来ないだろう。 あまり知られていない事だが人がこなす仕事を基本的に総てこなすべく作ら れたメイドロボの腕部は、実は驚異的なバランスの上に成り立っている。乱暴 に扱えば壊れるのは自明の理と言うものだ。 「それを踏まえ、空手、八極拳などの打撃をメインとする格闘技は不適当だと 判断します。そうなると投げ技が主体である柔道やプロレス。あるいは太公釣 魚を代表とする八掛掌のような、相手の力を利用してダメージを与える技を主 とする武術が適当か、ということになりますが……残念ながら、これも適当と は言いかねます」 「ほう? 何故だ?」 祐也は出来の良い生徒を得て、酷く楽しそうに問う。 「まずメイドロボが極限まで軽量化されている事が理由に挙げられます。成人 男性ならば抱き上げる事が容易という重量では、投げ合いには向きません。 次に先程ひめろくさんが、メイドロボならば防御力、耐久性において人間を 圧倒出来るとおっしゃいましたが、これは半分が正解で、半分が誤りと言える かと思います。確かにある程度までの衝撃ならばまったく問題無く無効化する 事が出来ますが、その反面、応力が限界を超えてかかった場合、生じた歪みは 元には戻りません。また、見た目に変化が無くとも残留応力が生じれば、いず れその部分から壊れる事になるでしょう。 打撃によって受けたダメージならばそのパーツを交換すれば済みますが、投 げによるダメージの場合、背骨などのメインフレームにダメージが及ぶ可能性 が格段に上がります。メインフレームに歪みが発生すれば戦闘の継続はおろか、 立つ事さえ困難となります。 また、地面に叩きつけられる時の衝撃を殺す事は難しく、メモリ、CPU 、ハ ードディスクなどの重要機器の損壊を招く危険性もあります。よって、メイド ロボにとって投げの間合いで戦う事は自殺行為だと結論付ける事が出来ます」 「結構。ではカウンターが有効ではない理由を聞こうか」 「はい。その理由は主に私達メイドロボが外界を認識する方法に起因します。 外界の状況を認識するに当たり、使用するシステム自体は人間の方々とさほど 変わりはありません。主として使用するのは視覚と聴覚、触覚になります。言 うまでもない事と思われますが、中でも重要なのが視覚です。 私達メイドロボの視覚は光学カメラで作られています。つまり、視覚として 得た情報は、三次元で構成されているものを平面的に変換されたものであり、 相対的な正しい位置情報を得るためにはもう一度三次元的に認識し直す必要が あります。プログラム技術の飛躍的な向上により日常生活を送る事に関しては 問題が出ないほどその行程は高速化しましたが、残念ながら戦闘行動……特に 格闘動作を取るには、少なくとも現在の技術では不充分と言わねばなりません」 それは人間が、いや、動物であればどのような生き物でも一瞬で、かつ無意 識のうちに行う行為。 生まれた時から持っている機能。 だがメイドロボは違う。あくまで造られた者。 CCDカメラがどれほど立体的に映像を表示するとしても、メイドロボ自身 がそれを三次元として認識できなければなんの意味もない。 あくまで、人が作り出した技術。 未だ自然が作り出した命という神秘を追い続けているだけのデッド・コピー。 オリジナルに及ぶべくもない。そこに追いつくのはまだまだ先の話だし、追い ついたとしても結論にさほどの差は出ないだろう。 「特に格闘動作、と申し上げたのにも理由があります。相手の動きを正確にト レースし、次の行動を予測し、それに対応する事は現段階では非常に困難であ ると言わざるをえません。 流れとしてはCCDカメラの映像を三次元的に変換し、状況を認識する。自 分と相手との位置関係から、最適な攻撃方法を検索、実行する。或いは相手の 攻撃予測を立て、それに対応する動きをする。となります。 攻撃を行うにしても防御行動を取るにしても、何度も、多くのデータを検索 しなければなりません。どれほど処理演算能力の上昇、多数の並列計算を用い たとしても、経験や勘から即座に対応出来る人に追いつく事は極めて困難であ ると言えるでしょう。 また、データに無いような攻撃を受けた場合。データに無い状況に陥った場 合の対応は格段に劣ったものとなります。 相手がどう動くかを考慮せず、攻撃動作を取り続けるという選択肢もありま すが、そのようなワンパターンな攻撃行動を取る者を倒すのは、さほど困難な 事ではないかと思われます。それは各種のウェポンアームを付けたとしても、 変わる事ではありません。 メカとしての利点を敢えて最大限に生かすなら、形状を制御できるウィップ などで相手の動きを止め、なおかつ組み合いになっても持ち上げられないよう 装甲などの重量パーツを装着すれば、あるいは戦闘に勝つことは出来るかもし れません。 ですが戦闘用のパーツを装着した時点で、逆説的ではありますが、それはす でに戦闘ロボであり、メイドロボと呼べる存在ではなくなっているのではない かと考慮します。 以上の考察から、メイドロボに格闘戦をさせるのは不適切な行為であると考 えます」 意見を言い終えて、セリオが着席する。 それを満足そうに見ながら祐也は一つ肯き、教室を見回した。 「セリオ君が出した結論は、私が出したものと概ね一致する。が、意見や反論 は歓迎する。何か言いたい事がある者は言ってみろ」 ざわざわと周辺の生徒同士で論議が繰り広げられる中、一人の男が片手を挙 げ、奇妙な威厳を伴った動作でゆらりと立ち上がる。 左の人差し指でクイッと眼鏡のフレーム中央部を押し上げる。雷のようなギ ザギザの付いた、珍しいフレーム。この学園でもそんな珍奇なものを身に付け ている者は一人しかいない。 「よろしいかな?」 「……九品仏か。言ってみろ」 九品仏大志。 若干十九才でありながら、何故かLeaf学園教諭扱いとなっている、ある意味 才覚ある人物。 担当は帝王学の名を冠した世界史で、学園で騒動が起こる度にあちこちから 人材を集めては傭兵部隊を結成していたりする、世に言う変人の一人。 「うむ。先程の説明は極めてわかりやすいものだったと思うが、聞く限りにお いては素人になら勝てると言っているように聞こえたのだが、そこらへんはど うなのであろう? 我輩としては主に家事を担当するメイドロボにとって、そ れこそが白眉ではないかと思うのだぁが?」 フムと祐也が肯く。 メイドロボが働く場として期待されているのは、まず第一に老人や病人の介 護。すなわち医療及び家事全般。 次いで事務業務となる。 戦闘が想定される職場ではない。 が、例えば高齢者の一人住まいなどは泥棒にとって絶好のターゲットである。 そういった危険に遭遇しないとは言い切れない。 顔を見られたからと居直り強盗に化けたりすれば、住人の命に関わる。 「確か非常時に対応するために、メイドロボはスタンガンを装備していたと記 憶しているが?」 言いながら祐也は誠治の方へと視線を向ける。 やはりこの中でメイドロボの構造に詳しい人物となれば、メイドロボ本人か 彼しか居ない。 「確かにそれはあるが……だがそれは外敵を排除し、無力化する手段であって、 格闘とはまた異なるだろう。 格闘で素人相手に勝てるかどうか、という質問に対しては……勝てる、とい うのが私の意見になるな。ただし、メイドロボが自主的に人間に危害を与える ことはまず有り得ない。何重にもプロテクトがかかっているし、メイドロボ当 人の意思もある。彼女達は初期設定では総じて暴力には否定的だ。生命の遵守 を第一義に設定されているからね。 でもだからこそ、主人の危機に際しては非常手段に訴えることもある。その 時には彼女達は、己の身がどうなろうと構わない覚悟で攻勢に出るはずだ。 リミッターを解除し、腕が壊れようが躊躇せず、相手がどう動こうが相手の 体に攻撃を叩き込む動作だけを行おうとしたとすれば、攻撃をさばく技術が無 い素人では、まず防げるものではないだろうね」 「なぁるほど。簡潔な説明痛み入る。……だがしかぁし! ここでまたひとつ の疑問が湧き上がる。すなわち『メイドロボによる殺人が行われる可能性があ る』ということだが、このことにメーカーはどのような見解を持っているのか? 幾重ものプロテクトといえど所詮は人の作ったもの。人の手で解くことが絶対 に出来ないということはあるまい?」 「それは……」 誠治が一瞬口ごもる。 が、 「道具を作るのがメーカーの仕事だ。作り手は最大限の安全を考慮して世に送 り出しているつもりだし、また現状でもそうなっている。殺人を目的に使用さ れるとなれば、それはあくまで使い手の悪意によるものだろう」 「それはメーカーの意見ではなく科学者の弁であろう」 「現在この国での死亡率は自動車事故がトップだ。だがそれは自動車メーカー の罪か?」 「ではダイナマイトを作り出したノーベルや、核兵器の基礎理論を構築したア インシュタインに罪が無いと言い切れるのかね?」 「科学者は常に時代の最先端を目指し、実践してきた。その使用法を誤り、使 いこなせない責任を製作者に求める事こそ愚かだろう」 「それは責任の転嫁というものであろう」 喧々囂々。 舌戦を繰り広げる二人の眺める祐也の額に、青筋が浮かぶ。 「おい、ほどほどにしておけ」 「柳川先生は引っ込んでいてください!」 「さよう! これは極めて重要な課題だ。論を唱えるだけ唱えて中途に終わる 訳にもいくまい」 「では君は科学者に愚鈍なユーザーの行動すべてに責任を取れというのか? 科学の発達無くして人類の繁栄は無いんだぞ」 「科学の発達だけが人類の発展だとは言えなかろう? 我輩はナチュラリスト という訳ではないのだが、すでに行き過ぎという見方も出来なくはない。環境 問題はすでに深刻なものとして各国の関心を……」 「ちょっと待て! それは議題のすり替えだ。今論議すべき題材ではない」 「む。確かに。これは我輩としたことが……。先の弁は取り消させて頂こう。 問題は技術を生み出した者に、なんらかの責任が生じるか否かであったな」 ブツンと、なにかが切れる音が、した。 「黙らんか! この馬鹿者どもが!!」 叫ぶのと同時。 ゴウッ、と、一陣の疾風が吹いた。 教室の前から、後ろへと。 「…………」 「…………」 風を引き起こしたものは巨大な鬼の双腕。 その手に頭を掴まれた、二人の身体。 そしてその腕の持ち主である、祐也その人。 教室に居並ぶ生徒達が、教壇から消えた教師の姿を追い求め、視線を教室の 後ろへと回転させる。 三人の姿が見えた。 ひびの入った壁に頭をめり込ませ、ぷらーんぷらーんと両手両足を揺らせる 二つの身体と、その頭がある部分を押さえつけている白衣の教師。 「うっわ、あれ、死んでるんじゃねぇか?」 「いや、よく見ろ。一応痙攣してる」 「……やべぇじゃん」 こそこそと会話する生徒に、祐也は目を炯々と光らせ、ゆっくりと頭を巡ら せた。 「論議されつくした結論の出ぬ議題で授業が中断してしまったが、誰か他に何 か言いたい事がある奴は居るか?」 当然、全員がガクガクと首を左右に振った。 「結構!」 袖の千切れ飛んだ服。 掌に付いた二人の血。 溢れる威圧感を引き連れて、祐也が闊歩する。 背後でズルズルとなにか大きくて重いものがずり落ちる音がしたが、教室に 座する何者にも、そんなものを気に留める余裕を与えたりしない。 威厳をもって定位置である教壇に戻り生徒を見据え、 「では授業を再開するとしよう」 祐也は静かに宣言した。