戦場は膠着状態に陥っていた。 数の上では優位でありながら、戦力比は圧倒的に、たった一人であるOLHに大きく傾 いている。 睨み合ったまま動かないのは、ただただOLHが仕掛けてこないからだ。 瘴気が満ち始めたこの空間で、東西は焦りを。神凪遼刃はその瘴気が満ちる様に期待を 抱いてOLHの動向に気を配っている。 ナノマシンの力で再生している幻八。 東西の連れている精霊――命――の力で傷の治療を受けている榊宗一。 どちらも満身創痍だ。 とてもまともに戦える状況ではない。 今はまだ。 そう、今はまだだ。 幻八はARMSの力で見る見るうちに身体を構築しているし、命は生命の精霊だ。二人 とも体調が万全近くまで回復するのは目に見えている。 なのに何故、OLHは仕掛けてこないのか? ――なにかを待っている? 瘴気が満ち始めたのは何故なのか? ――結界か……魔法陣か。精霊の力が衰えているのは瘴気が満ちてきたからだけじゃな い。という事は外界とのチャンネルが妨げられているということだ。 東西は唐突に理解した。 ――待っているのは、魔法陣が完成する時? だがそれでは疑問が残る。 現段階においてさえ、OLHは絶対的な優位にある。 "剣士"も"ARMS USER "もほとんど動く事さえ出来ない状態で、術者二人は今の ところ有効打を持たない。 闇使いのOLHにとって、瘴気は助けにはなるがあくまで補助的な役にしか立たないだ ろう。しかし妖術士の遼刃にとってそれは力の源に他ならない。 今のままならば楽々と倒せるであろう敵を目の前にして、何故わざわざ魔法陣の完成を 待たなくてはならないのか。手痛い反撃を受ける事さえありえるというのに。 ――待っているのは完成する時ではなく、させる時? 時が来るのを待っている? なら何を、とそこまで考えた時、一人の少女と視線が合った。 いや、それは虚空を見つめているだけだ。視線が合ったと思ったのは東西の勘違いに過 ぎない。主の命無き時はただ佇むだけの肉でできた人形。 かつては笛音と呼ばれた少女のなれの果て。 だがもの言わぬ少女の存在は、東西に一つのヒントを与えた。 「……まさか」 冷たい汗が、額を濡らす。 彼女には親友が居た。 その親友は、OLHを取り合うライバルでもあった。 琴音を、笛音を愛した男は、同様にその少女を愛していた。 想うが故に二人の少女を手にかけた男の傍らに、その少女は居ない。 ならば今、その少女――ティーナは一体、何処に居るのか? そして二人の少女を応援し続けていた、あまりに大らかで物事に頓着しない性格のせい でOLHをやきもきさせていた女性教師。斎藤勇希は? 「まさか……そんな」 OLHが己という存在を誇示するがの如く闇の波動を流し続けていたのは何故なのか? 彼の今の実力ならばなんらかの目的があったとしても、隠密に進める事が出来たはずだ。 琴音を。 今のそれは抜け殻にすぎなかったとはいえ、あれほど執着した少女を粉々に打ち砕かれ て、それでもOLHが平然としていたのは? ――まさかOLHさんの目的は……! 「どうやらお互い……気付くのが遅すぎたようですね」 東西と同様、蒼白になった遼刃が呟く。 三つの影がその場を訪れたのは、丁度その時。 「斎藤先生。ティーナ。それにてぃーくんか……。役者が揃ってしまいましたね」 その姿を認め、OLHがパチンと指を鳴らす。 それを境に命以外の精霊達の声が急速に遠ざかっていった。 東西はその瞬間に魔法陣が完成したのを知った。 「お兄ちゃん……。連れてきたよ。お兄ちゃんに言われた通り……」 淡く微笑んでゆっくりと近付いて来るティーナに、OLHは同じように微笑みを返した。 「ああ。ご苦労だったね。大変だっただろ?」 かぶりを振るティーナ。 それを見てOLHの笑みが深いものになる。 「それでこそ、俺が愛したティーナだ……。おいで」 視線の高さを合わせるために、しゃがんで両手を広げたOLHの胸の中に、ティーナは 駆け込んだ。 「お兄ちゃん!」 それは本来、心温まる光景であったはずだ。 「OLHくん……」 「ああ、勇輝先生。お久しぶり……と言うほど時間は経ってないか」 ティーナを目の前にしても、OLHの瞳の中の闇は消せない。 そのことが、勇輝には涙が出るほど哀しかった。 「あまり時間が無いようなので単刀直入に聞きますが、東西さん。"跳ぶ"事は出来ますか?」 遼刃の問いに、東西は力無く首を左右に振った。 跳ぶ――空間跳躍にはおおまかに言って三種類方法がある。 ひとつは空間と空間の距離を捻じ曲げる事で繋げ、転移門――ゲート――を作る方法。 ふたつめは任意の――半径2m前後――の空間を結界で包み、その空間ごと転移させる 方法。これには大抵触媒が必要で、影使いや闇使いが得意とする。触媒なしでこれを為せ る者も学園には居るが、その場合は自己のみの転移で、他者を運ぶ事はほとんど出来ない。 欠点はあるがゲートより移送量が少ない反面、大抵は発動が早く、自身が移動しなくて もいい分戦闘向きの能力と言える。 そしてみっつめが自分の移動速度を光速近くまで高めるという無茶な方法だ。これは主 に音声魔術師が擬似転移と呼ぶ魔術で為され、ごくまれに超能力者にも同じ手段でテレポ ートする者がいる。 残念ながらどれも精霊使いである東西には縁のない能力だ。 「では仕方がありませんね。次善の策でいきましょう。……東西さん。貴方はOLHさん を"滅ぼせ"ますね?」 確信を持った遼刃の問いに東西の顔が蒼白に染まる。 それは常に彼の傍らにあり、今は宗一を治癒している命にしても同じだった。 「それは……!」 「否定する事はありませんよ。確かに貴方は私と対局にある人だ。が、今は共通の敵を討 つための仲間なのだから」 ――それも、もう間も無く終わる関係ですがね。 言わなければ、東西はなんの躊躇もなく、自分が立てた計画の通り動いてくれるだろう。 だが、そうすればきっと、彼は自身を責める。 今後ハイドラントと戦うためには、彼の力は絶対に必要だ。 ――私にはどうでもいい事なのかもしれませんが……。 それでも、と遼刃は思う。 確かにこの世界を呪っていた。 仲間を。 家族を。 妹達を。 奪っていったのはこの世界なのだから。 だがそれでも。 ――憎み切るほど嫌いにはなれなかったな。 「三人、外に跳ばします。跳ぶ寸前で、貴方の術を発動させなさい。そうしなければ全員 が巻き込まれるのでしょう?」 「三人って……それじゃ!」 「私は残ります。三人が限界ですからそれ以上を要求されても困りますよ」 苦笑を浮かべた遼刃が、ひょいと、無造作に東西に向って片手を振るった。 「あっ!?」 意外な行動に、東西の動きが遅れる。 驚く暇もないうちに、遼刃のその手の中に東西の眼鏡はあった。 「……これが封印具なのでしょう? 私のスカーフの場合は瘴気を。貴方の場合は溢れ出 る神聖を……といったところですか?」 「……いいのだな?」 ガラリと、口調が変わった。 その姿が白銀の輝きに包まれ、蛹から産まれ出た蝶が羽を広げるかのように、エーテル で形成された一対の翼が広がる。 同時に、口元に凶悪な笑みが浮かびあがった。 「いいのだな?」 再び、問う。 「我が身を以って願う」 短い、遼刃の答え。 「契約は為された。我は今よりこの地、彼の者、そして汝らを浄化する。神の幕屋にて傷 ついた心を癒すがいい」 「感謝します。……ここに居たのが貴方でよかった」 その言葉に、東西はわずかに眉を顰めた。 「いったい……どうなっているんだ?」 宗一は呼吸が安定してきた事を自覚しながら、眼前での会話を理解できないままに聞い ていた。 「わからん。しかしこのプレッシャーは……」 傍らの幻八も完調とはいかないまでも、七割がた回復している。その彼も困惑を隠し切 れない。 『東西にはふたつの顔があります。ひとつは精霊使いとしての、人としての顔。もうひと つは精霊を支配する絶対者としての顔。72の名と様々な尊称を持つ者の力を受け継いだ。 ……いえ、その身に宿した者の顔です』 「あの翼からするとAngelのようだが……」 『"不世出の偉大なる者"、"天の書記"、"契約の天使"、"人類の扶養者"、"天国の宰相"、 "神の顔"、"炎の柱"、"闇の支配者"、"小YHWH"……』 命の並べる異名のひとつに、幻八が聞き覚えのあるものがあった。 「まさかそれはっ!」 「知っているのか?」 「とんでもない大物だ……。玉座に侍る者。王国の支配者……」 それは一説には四大天使――ミカエル、ウリエル、ガブリエル、ラファエル――をも凌 ぐ、天使達を統べる者。 「天使の王……メタトロンか」 「馬鹿にしてやがるのか?」 その声は不信に満ちていた。 「そんな戯れ言を俺に信じろってのかよ?」 だがそれ以上に、怒りと憎悪に彩られていた。 「ええ!? オロチッ!!」 ジン・ジャザムの咆哮が、部屋の空気を、いや、部屋そのものを震撼させる。 「自分はオロチじゃない。岩下信です」 気まずげな表情を浮かべた信がジンの言葉を訂正する。だがその言葉を、誰も信じる事 は出来なかった。 当たり前だ。 信にとっては盟友であった者。ジンにとっては宿敵であり、親友であった者。セリスを その手にかけたのは、間違いなく彼であったのだから。 「残念ですけど……その言葉を信頼することは出来ません」 片膝を立てて机の上に腰掛けたゆきが、だが油断の無い眼差しのまま、冷然と告げる。 この部屋に居る誰もが抱いているであろう、その心情を。 「だが彼がオロチであるなら、この状況は自殺行為に等しい。……尤も先の折その正体を 見極められなかった俺には、言う資格の無い事かもしれないが、な」 背を壁に預け、腕を組み、瞳を閉じたまま、天神昂希は己の見解を述べた。彼だけはこ の目の前に立つ青年が、"オロチ"ではなく"岩下信"であることを認めるのにやぶさかでは ないらしい。 その表情に変化は無い。 少なくとも薄暗い部屋の光源で知覚できるような変化は。 「……随分、自嘲的な言葉ですね」 ピンッ、とコインを指で弾く音が響く。 五円玉がかすかな光源からの光を反射しながら回転、上昇し、頂点に達すると落下を始 めた。 目の高さまで落ちてきたそれを、鋭く腕を降って取る。 開いたその手の中にあったのは、五円玉ではなくそれぞれの指に挟まれた四枚の一円玉。 キン……ッ、と耳鳴りがしたかと思うと、それは2cmほどの輝く四つの球体へと変化 した。 「セリスさんは貴方を恨んだりはしなかったと思いますよ。そんなつまらない事を気にす るような人じゃなかった」 四つの球体を拳の中に握り込む。 指の隙間から漏れる光の輝きを衰え、消える。 開いた手の中には五円玉があった。 それをまた宙へと放る。 「なぐさめの言葉が欲しいなら、余所を当たったほうがいいと思いますよ」 コインを弄ぶ少年――makkei――の痛烈な言葉に昂希は舌打ちし、だが言い返す ことなく沈黙を守った。 緊迫していた空気が、目に見えて重くなる。 「確かに信用出来ない理由もわかります。でも、今は信じて貰うしかない。自分達に残さ れた時間は、あまりに短すぎる」 「……自分……達?」 ゆきの不審そうな言葉に、信が肯いた。 「自分と悠君だ。自分達が自我を失わずにいられるのは、おそらく今夜だけです」 「……悠さんが? どういうことです?」 「彼もまた、魔に喰われました。闇の波動に触発されて覚醒したオロチに乗っ取られた自 分と同様に」 それを聞いた5人の表情が硬化する。 「……なるほど。押さえていられるのは月の影響があってのことってわけか」 「そういうことです」 ジンの指摘に、再び信が肯く。 魔に属する者は多かれ少なかれ、必ず月の影響を受ける。 今宵は新月。 最も魔の者達の力が衰える夜だ。 「今夜魔王風上日陰を討たなければ、自分は再びオロチと成り果てるでしょう。そうなれ ば再び意識を取り戻せる可能性は極めて低い」 「その前にここで死ぬってのもありえるんじゃねーか? どう言ったところで、てめぇは セリスの仇だ」 「あなたがそれを望むというなら、自分はあなたを倒した後で日陰を討つ」 静かな宣言だった。 学園で二強と言われるジンと信。 信じるもの、理想とするものがあまりにかけ離れているためか、普段の交流はほとんど ない。ただその壮絶な強さのみが伝わり、畏怖される存在となってきた。 直接本気で戦ったことなどただの一度も、ない。 あるいはそれは、己の身に住まう者の影響を受けてのことなのか……。 人外の力振るう、破壊と、憎悪と、そして愛という名の渇望を抱く狂気の王達。彼らは お互いを憎むほどに嫌悪している。だが強力すぎる力を持つが故に、そしてそれぞれの勝 手な理由から、争う事無く過ごして来たのだ。 「今決着をつけるのもいいかもしれねーな。どっちが最強か、卒業までにはっきり決めち まいたいとこだったしよ」 「…………」 ジンの挑発に、しかし信は応えない。 構えも取らず棒立ちのまま、ただ強い視線でジンの瞳を睨み続ける。 「それは後でも出来ることです」 「逃げるのか?」 「……自分には守らなければならないものがある。倒さねばならない敵がいる。今立ち止 まっている暇はない。手を貸してもらえないなら、せめて邪魔はしないで下さい」 「ふん……」 10の瞳が注目する中、ジンは腕を組み、瞳を閉じた。 「…………罠、じゃ、ないかな?」 それまで沈黙を保っていた東雲忍が、ぽつりと呟く。 「それか、時間稼ぎかも……」 決して考えられない事ではない。 どころか、最もありえる話だ。 「それは違うじゃろうな」 だが、それに対する否定は意外なところから出た。 その部屋に居る全員が、その声が聞こえた方向に視線を向ける。ジンのその肩へと。そ れを受けてジンが忌々しげに口元を歪め、舌打ちする。 「そやつがオロチでないことは、この妾が断言してやろう」 それは少女の特異な風体――真冬だというのに胸元の大きくはだけた純白の浴衣。そし て鉄球に繋がった手枷と足枷。全身に巻き付けた太い鎖――を差し引いたとしても、一種 異様な光景だった。 ジンは決して大柄ではない、中肉中背の男だ。 その肩の上に小柄とはいえ少女が腰掛けており、男の方はそれを苦ともしていないのだ から。 「遊輝……」 誰かが呟いた。 戦くように。 畏怖するように。 凌辱者の名を冠する者の名を。 「あのすかたん魔王を倒すのじゃろ? 面白そうではないか。のぅジン?」 遊輝はそう言ってクツクツと笑った。 「いずれ格の差を思い知らせてやるつもりじゃったし、丁度良い機会というものじゃ。そ この封じられておる蛇も露払い程度の役には立ちそうじゃしのぅ」 「もし……」 遊輝の後を継ぐように、ゆきが口を開いた。 「もし日陰を封印できたら、風見さん、帰って来ますよね?」 「妾は封印で済ます気はないがの。いずれはケリを付けねばならん相手。それが思ってい たより早まっただけの事じゃ。違うか? ジン」 それが決定打だった。 「いいだろう。岩下」 ジンが開眼して、言う。 「その話、乗ってやる!」 **************************************** 朔 「さて、ようやく第六幕……。先は遠く険しいなぁ」 はじめ「大風呂敷を広げた責任は取らないとね」 朔 「まったくだ。さて、今回のコンセプトは戦力比の安定化だな」 はじめ「メタトロンの力を有する東西さん(公式設定にあらず。しかも無許可・滝汗)や、 真の力を隠したままの昌斗さん(裏設定より引用)なんかがその対象です」 朔 「あと、ようやく学園側の反撃が始まるかってところだな」 はじめ「ジンさん達ですね」 朔 「縛鎖のmakkei。双炎剣の忍。超越者昂希。エルクゥ同盟のエースゆき。堕 天の王オロチを従える信。凌辱者遊輝。そしてLeaf学園の英雄、福音の狂戦士 ジン。そうそうたるメンバーだろ?」 はじめ「どうして……こんな戦いが起こってしまったんでしょうね?」 朔 「中庸者はいない。誰もが悩み、迷いながらも選択する。選ぶ道が異なれば、争い は起こるさ」 はじめ「悲しい……話です」 朔 「君は運命に抗う事ができるか? Wait next stage!!」 はじめ「いつ出るの?」 朔 「さあ?(汗)」