Lメモ「ひな祭りだよ、全員集合!」(中編) 投稿者:ギャラ
「……」
「そうですにゃ。たしかに綺麗ですにゃあ」
 甘酒のせいか、芹香の頬が僅かに赤らんでいる。
 ほうっ、と溜息をついて、芹香は手にしたお猪口を口元へ運んだ。
「……」
(綺麗だにゃ〜、芹香さま……)
 肩の上でエーデルハイドが見惚れていることにに気づいているのかいないのか、芹香は
静かに甘酒をたしなんでいた。
 周囲の喧噪からも切り離されているかのような、静かな雰囲気であった。
「……」
「一献、お注ぎしますよ」
 横から伸びてきた手が、卓の上の徳利を掴んで、芹香の手の中のお猪口に甘酒を注ぐ。
ゆったりと視線を上げた芹香の前で、T-star-reverseが微笑んでいた。
「一人でいるのも悪くないかとは思いますが……仲間と呑むのも悪いものではありませんよ」
 その言葉を合図にしたかのように、数人分の足音が近づいてきた。
 間もなく、神凪遼刃、神無月りーず、東西、トリプルGらオカルト研のメンバーが歩いて
くるのが見えた。
「あぁ、こんな所にいたんですかぁ。お邪魔してもいいですか?」
「……」
 こくん。
 りーずの言葉に芹香は一瞬ためらったが、結局頷いた。
 そのためらいに気づいたりーずが、苦笑を浮かべる。
「あ……まあまあ、せっかくのひな祭りなんですし、楽しくやりましょうよ。ほら、ちょうど
 ここに新薬入りの甘酒が」
 気まずい雰囲気を察したのか、神凪が二人の間に割って入った。
 甘酒が数滴、その手からこぼれ落ちる。
 と――
 ずきゅん。
「うわあああっ!?」
「おお、なかなかいいビームですね」
 甘酒の落ちた所の地面に、拳が入るくらいの穴が開いていた。
 その消滅の際にどんな反応があったのか、謎の怪光線を放って。
「危ないじゃないですか! どんな新薬を入れたんですか、それは!?」
 怪光線に危うく眉間を貫かれかかった東西が、神凪に食ってかかる。
「いや……ちょっと千鶴先生の料理をベースに、ルルイエ写本を参照して……」
「そんな危ない物を持ち歩かないでくださいっ! そんな事だからオカルト研が危険呼ばわり
 されるんですよ!」
「何を言うんだ、東西くん。オカルト研が危険なのは事実じゃないか」
 にこやかに言いながら、りーずが東西の肩に手を置いた。
 あああああ、などと呻きながら頭を抱える東西。
「う〜ん……もう少し収束率が高い方が美しいんですが」
 その隣では、トリプルGが怪光線の論評をおこなっていた。
「まあ……賑やかすぎるかもしれませんが」
 苦笑するT-star-reverseの声を聞きながら、芹香が、ほんの微かに、唇をほころばせる。
 その肩の上では、主人の気持ちを感じ取ったのか、エーデルハイドがごろごろと喉を鳴らしていた。



「……お?」
 東西の後を追っていた幻八は、奇妙な光線が空へと飛んでいったのに気がついた。
「何だ、ありゃ?」
「何となくですけど、オカルト研の皆さんが関わっているような気がします……あ、気のせい
 かもしれませんが」
「いや、間違いないと思うよ」
 ワケの分からない事態は、たいてい科学部かオカルト研が関わってるし、と声に出さずに
幻八は続けた。
「そうですね……」
 同じことを考えていたのか、琴音もくすくすと笑う。
「え、何それ? ひょっとして、この間テレビでやってたような予知っていうやつ?」
「……ティリアさん!」
 エリアに鋭くたしなめられて、ティリアが戸惑った表情になる。
 琴音の事情を知っている幻八やエリアは、複雑な表情で顔を伏せた。
「いえ、いいんです、エリアさん。……ティリアさん、それは違いますよ。わたしには、予知
 の力なんてありませんから」
 そう言って、琴音はくすくすと笑った。
 屈託のない笑顔を見て、幻八もほっとした表情になる。
「ふ〜ん……あの、ひょっとして、わたし、何か変なこと聞いちゃった?」
「いいえ、そんな事はありませんよ」
 琴音の笑顔に翳りはない。
「そっか、よかった……って、あたっ!?」
「まったく、あんたはもうちょっと考えてから行動しなさいってのに」
「だからって、頭を叩くことはないでしょ!?」
 余程痛かったのか、目の端に涙をにじませてティリアがサラに食ってかかる。
 その様子を見ながら、幻八は不安を拭いきれずに尋ねていた。
「琴音ちゃん……その、無理はしなくても……」
「本当に大丈夫ですよ」
 琴音はにっこりと微笑んだ。
「今は、幻八さんや、東西さんや、神凪さんや、長岡さんや……お友達がいっぱいいますから」
「そうか……そうだね」
「さ、急ぎましょう! わたし、一度来栖川先輩とゆっくりお話してみたかったんです」
「あ、ちょっと待ってください……ティリアさん、サラさん!」
「は〜い」
「はいはいっと」
 そして、一行は、琴音を先頭に駆け足で進んでいった。



 篠塚弥生は、これ以上ないくらい冷たい眼差しをしていた。
「……言葉は無力なものだと言いますが、今日ほどそれを痛感したことはありません」
「……そうですね」
 葛田がやる気のない相槌をうつ。だが、それにも気づかないかのように弥生は言葉を続けた。
「たとえ百万言費やしたとしても、今のわたしの気持ちを表しきることは出来ないでしょう」
「……そうですね」
 弥生の呟きは、氷の冷たさを保ったまま紡ぎ続けられる。
「あのような人物が知り合いだと認めざるを得ないわたしの情けなさは」
「……そうですね」
「悪かったなぁぁぁぁぁ!!!」
 ハイドラントは、涙まじりに絶叫した。
 今、彼は、悠朔や葉岡、ガンマル、冬牙といった面々とともに綾香を取り囲んでいた。
ひなあられの入った器を捧げ持つ者。綾香のお猪口に甘酒を注ぐ者。五人のSS使いが綾香の
為に働いている。さながら、ハーレムの女主人といった様相であった。
 もっとも、主人である綾香は仏頂面であったが。
「……導師。どうしてそのような姿に……わたしは導師のどうしようもない姿を見てどうした
 ものかと悲しみのどうしょう(衝動)をこらえています……」
 葛田が俯いて、声を振るわせる。
「ちなみに、今の洒落なんですが……」
 ごすっ。
 葛田の頭に、子供の頭部ほども大きさのある石がぶつかっていた。
「ゆーさく! 座布団全部持ってちゃいなさいっ!」
 石を投げつけた体勢のまま、綾香が怒鳴った。
「……座布団なんて何処にあるんだ?」
 悠朔が、綾香に聞こえないように小声でぼやく。
「何か言ったぁ〜?」
「いや、何も言ってないぞ、うん」
 目の座った綾香の言葉に、悠朔がぶるぶると首を振る。綾香の顔は、既に真っ赤になっていた。
 ――泣く子と酔っぱらいには勝てない。
 そんな言葉を実感しながら葛田の身体を引きずっていく悠朔の後ろで、葉岡とガンマルは
声をひそめて話しあっていた。
「……甘酒って、アルコール入ってましたっけ?」
「さあ……でも、この学園だからね。誰かがこっそり入れかえてても不思議はないよ……」
 ひそひそと囁く二人の横で、ハイドラントがこっそりと冷や汗を垂らしていたが、その事に
気づいた者は誰もいなかった。
「そこぉっ! 男がひそひそ話なんかするんじゃあないっ! 男だったら、もっとど〜んと
 ……ど〜んと……きゃはははははははっ!」
「あ、綾香さん、落ち着いて……」
 笑い転げてひなあられを辺りかまわず投げまくる綾香と、それを宥めようとする冬牙を
眺めながら、弥生は深々と溜息をついた。
「処置なし、ですね……由綺さんの所にでも行ってきましょうか」
 そして、助けを求めるハイドラントの視線を黙殺して、弥生は立ち上がった。



「いやいや、なかなか絵になる庭じゃないか。なあ、理奈?」
 英二は、上機嫌であった。
「まあ、これで本物の酒でもあれば言うことはないんだがな」
「……兄さん、自分が倫理の教師だって自覚してる?」
「もちろんだとも。宴席で酒を呑むのは人倫に従った行為だぞ。なあ?」
「え、えっと……わたしはあんまりお酒、呑みませんから……」
 英二に振られて、由綺が困惑した表情になる。
「なら、そっちの青年たちはどうだね?」
「英二さん……」
 英二に呼ばれたうちの一人、冬弥が半眼で英二を睨んだ。
「俺と彰はともかく、こっちの二人は未成年だって承知してますよね?」
「いや、でも僕は酒は結構……」
「き・た・みっ・ちゃ〜ん?」
 慌てて口を押さえたきたみちに、理奈が詰め寄る。
「それが高校生の台詞かしらぁ〜?」
「あ、いや、その……」
「はっはっは。いいじゃないか、理奈。俺だって高校の頃には酒の一本や二本……」
「兄さんは黙ってて! 頭痛くなるから……」
 何やら揉め始めた緒方兄妹と、それに巻き込まれたきたみちの様子を肴に、響子は持参した
日本酒で一杯やっていた。
「まったく、相変わらず見てて飽きない兄妹よね〜」
「ホントにね」
 その隣でご相伴にあずかりながら、由美子も笑う。
「あ、八塚くんも一杯どう?」
「いや、俺も未成年だし……」
「なぁ〜に言ってんの! 男の子でしょ! ささ、ぐいっとぐぐっと!」
 響子が酒瓶を八塚の目の前に突きつける。
「それとも、何? あたしの酒なんか呑めないっていうの?」
 完全にできあがっている。
 響子にからまれて、八塚は観念してお猪口を差し出した。
「じゃあ……一杯だけ」
 甘酒とは違う、透き通った液体が注がれていく。
 だが――
「不潔よぉぉぉ!」
「がふっ!」
 叫び一閃、マナの蹴りが八塚に炸裂した。
 しかも、状況が悪かった。
 普段の立っている状態ならば、すねを蹴られるだけで済んだだろうが、八塚はゴザの上に
あぐらをかいていた。当然、身体全体が低くなる。その為、マナの低い蹴りは見事に八塚の
水月にめり込んでいた。
 たまらず悶絶する八塚。
「ちょっと、何するのよ! せっかくのお酒がこぼれちゃったじゃない!」
「高校生にお酒を呑ませようとするから悪いのよ!」
 食ってかかる響子に、マナも一歩も引かずに睨みつける。
 二匹の獣のように睨みあい、威嚇しあう二人を、由美子は無責任に煽っていた。
「お〜、どっちも頑張って〜」
 そんな様子を見ながら、七瀬は苦笑していた。
「まったくもう……教師がこんなだから、生徒が落ち着かないのか、生徒があんなだから
 教師もこうなるのか……」
 どっちも正解かな、と呟いて七瀬は視線を移した。
 と、一人喧噪から外れて座っている美咲の姿が目に入った。
 何やら嬉しそうな表情で、手にしたお猪口の中を見つめている。
「どうしたんですか、美咲さん?」
「あ……ええ、ほら」
 美咲が、手にしたお猪口をこちらに差し出す。
 見れば、その中には桃の花びらが一枚、白い甘酒の中に浮かんでいた。
「へえ……」
「さっきたまたま落ちてきたんだけど、なんだか嬉しくって……」
 照れたような笑いをもらす。
 普段の落ち着きとは裏腹の、あどけない笑顔は、とても綺麗だった。
「あ……美咲さん……」
「美咲さ〜ん」
 七瀬の言葉を遮るように、泣き声があがる。
 そちらでは由綺が、睨みあう響子とマナを止めようと悪戦苦闘していた。
「あの、マナちゃんたちを止めるの、手伝ってもらえませんか?」
 余程慌てているのか、半分べそをかきそうな声になっている。
「はいはい」
 苦笑と微笑みの中間くらいの笑顔で、美咲は立ち上がった。
 ふと手にしたままのお猪口に気づいて、七瀬へと差し出す。
「そうだ、よかったら、飲んでもらえないかな?」
「え、でも……」
「わたしじゃ、なんだか勿体なくて飲めないの」
 ふわりと微笑んで、美咲がお猪口を手渡してくる。
 曖昧に頷いて、七瀬はそれを受け取った。
「僕にとっても、勿体なくて飲めませんよ……」
 由綺たちの方に歩いていく美咲の後ろ姿を眺めながら、七瀬は小声で呟いた。
 その場に座りこんで、なんとなくお猪口を軽く揺らしてみる。
 ほのかに残った手のぬくもりが、例えようもなく心地よかった。
「まあ、いいか……」



 マルチは、初めて見るひな段を前に目を輝かせていた。
「わぁ、すごいですぅ〜。これがおひなさまですか〜」
「まあ、ちょっと違う所もあるけどね」
 角を生やした三人官女を見て、セリスが呟く。
「綺麗ですね〜。まるで校長先生みたいです〜」
 最上段にあるおひなさまを見て、マルチは感嘆したように、ほうっと息をついた。
「本当だな……」
 その視線を追って、天神も呟いた。
 長い黒髪といい、整った顔立ちといい、たしかに千鶴によく似ている。
 似すぎている、と言ってもいいくらいに。
(……まさか、な)
 心中に浮かんだ微かな疑問を、天神は即座に打ち消した。
 柏木家に代々伝わる物らしいから、たまたま先祖によく似た人物がいても不思議はないだろう。
「……そうだ、マルチ! 来年は、マルチにもひな人形をプレゼントするよ」
「ええっ、そんな、悪いです」
「いいって、いいって。マルチだって女の子なんだから、ひな人形くらい持ってても当然だろう?」
 セリスとマルチの会話が耳に飛び込んできて、天神はもの思いから醒めた。
「そうだ。遠慮することはない」
 そう言って、マルチを安心させようと唇の端を軽くつり上げる。
 不器用な言い方ではあったが、その気持ちはマルチに十分伝わったらしい。
「あ、ありがとうございます〜」
 そう言って、マルチが何度も頭を下げる。
「だから、そんなに気にすることはないってば」
 ひどく恐縮するマルチを宥めるのに、天神とセリスはまた一苦労することになった。
 そして、その時には、天神の脳裏から先程の疑問は完全に消え去っていた。



「あ、こんにちは、冬月先輩、SOSくん」
「時間的にはこんばんは、ですけどね」
 冬月が穏やかな笑顔で答えると、初音は照れて顔を真っ赤にした。
「そうだった……あ、そうでしたね」
「別に敬語を使わなくてもかまいませんよ」
「こんばんは、初音ちゃん」
 SOSも微笑んで会釈する。
「よく似合ってますね、その着物」
「え……えへへ、ありがとう。そうかな……」
 SOSの言葉に、初音が照れ笑いを浮かべた。
 橙色を基調にして、子犬の模様の入ったその着物は、たしかに初音によく似合っていた。
 が、初音の顔に複雑な表情がよぎる。
「でもね……」
「でも、何です?」
「あのね……笑わないでね?」
 初音が不安げな瞳で見上げてくる。
 冬月は、できるだけ真面目な表情で頷いた。
「ええ、分かりました」
「この着物ね……お姉ちゃんのお下がりなの」
「それくらい、別に……」
「梓お姉ちゃんの、小学生の時の……」
 初音の声が細くなって、段々と消えていく。
 冬月とSOSは、そんな初音から顔をそむけた。
「そ、そうですか……」
「そ、それは、また……」
「あーっ、やっぱり笑ったー!」
 肩を震わせる二人を見て、初音の瞳に涙が浮かぶ。
 二人は、慌てて言い訳した。
「い、いや、そんな事はないですよ」
「そうそう、誤解ですってば」
「う〜っ……」
「あ、そうだ。さっき、あっちの方でゆき君を見ましたよ。見せてあげてきたらどうですか?」
「え、ゆきちゃん?」
 初音の顔が、ぱっと明るくなった。
「じゃあ……行ってこようかな。あの、変じゃないよね?」
「ええ、もちろんです」
 不安そうになった初音の顔が、SOSの言葉でまた明るくなる。
「うん! じゃあ、行ってくるね。さよなら!」
「はい、さようなら」
 手を振ってぱたぱたと走っていく初音を見て、冬月とSOSはどちらからともなく笑みを
浮かべた。
「微笑ましい、とでも言うんでしょうか?」
「そうですね」


つづきます。