「……ところで、さっきの人とギャラ先輩ってどういう関係なんです?」 「いえ、単に、先日ハイドさまの着替えでも盗んで裏ルートで売りさばこうと、第二茶道部に 忍びこんだ時に知り合いまして」 「…………」 「こう、一目お会いした時から他人のよーな気がしませんで……いつの間にやら 意気投合しておりましたな」 ――類友。 そんな言葉が、四人の脳裏に一斉に浮かんだ。 Lメモ私的奇譚・風紀動乱っぽい編「愛と正義の名の下に」(中編) ダーク13使徒幹部、篠塚弥生の朝は早い。 爽やかな朝の光が差し込む洋風のベッドルーム。清潔さと上品さが問答無用で空間を 支配しまくっている、そういう部屋である。 時刻はきっかり早朝五時。 もちろん、目覚まし時計などという無粋な物は使わない。 毎朝決まった時間にきっちり目が覚める。 弥生さんとは、そういう人である。 ぴしっとしたまま眠りにつき、ぴしっとしたまま目を覚ます。 きっと、酒呑んで二日酔いで洗面器とお友達になっている時にも、ぴしっとしているのに 違いない。 直立不動、眉一筋動かさない冷静な表情でリバース(隠喩表現)を続ける弥生さん。 ……あまり想像したくない光景ではあるが。 であるからして、寝室着もモーモーパジャマだのどてらだのといった無粋な物とは無縁で あったりする。 寝る時もスーツ。起きる時もスーツ。 一応寝室用はシルク100%のスーツだったりするが、何故かシワはつかない。 ついでに言えば、寝癖もつかない。 どう考えても不自然だが、この事実を知っている者たちは『弥生さんだから……』の一言で あっさり納得していた。 もっとも、理奈だけは『TaS君のアフロみたい』といらん感想を漏らしていたが。 あの時は、さすがの弥生さんも三時間ばかり落ち込んだ。 「ふふっ……」 その時のことを思い出したのか、弥生さんの口元に微かな笑みが浮かぶ。 その笑みは、果たして自分に向けられたものなのか。 それとも、憂さ晴らしに三時間の補習を言いつけられて泣いていたハイドに向けられたもの なのか。 だが、彼女の冷たい微笑みは、その内心を語ることはなかった。 ……いや、そんなもん語られても困るだろーけど。 「朝刊でーす」 「ご苦労さまです」 起床からおよそ五分で、kosekiが朝刊を配達に来る。 それを受け取った弥生さんは、食パンをトースターに入れると手早く着替えを始めた。 豊満な肉体を包む黒の下着が露わになるが、覗きを警戒する様子も見せない。 そんな命知らずはいないと、確信しているかのようであった。 なにしろ、弥生さんである。 『第一回・チキチキりーふ学園京極作品に出てきそうな雰囲気の女性コンテスト』で 圧倒的多数による投票で一位を勝ち取ったお人である。覗きでもしようものなら、絶対 殺される。いやむしろ、呪われる。たとえ生まれ変わったところで、必ず不幸な目に あわされる。その恐怖が、学園生徒の全員にあった。 なお余談ながら、二位は瑠璃子、三位は梓であった。三位決定の理由が『どすこい(仮)』に あったという事実は、今なお選挙管理委員会の最重要極秘事項である。 いやほら、鬼化すると体重増えるし。 それはさておき。 焼き上がったトーストと紅茶をテーブルに並べ、弥生さんは新聞片手に席についた。 もちろん、読む新聞も読○だの東○ポだのといった低俗なものではない。 ダーク経済新聞、週刊スタッバーなどの経済誌、業界紙ばかりである。 どういう内容かは深く気にしないでいただきたい。 「……来栖川重工株は20円高……鶴来屋は横這い……」 紅茶を口にしながら、ぱらぱらとページをめくっていく。 普段ならばもっとゆっくりと目を通すところだが、今朝は他にも読むべきものがあった。 回覧板である。 より正確に言うなら、ダーク13使徒回覧板である。 『ダーク13使徒の健全な社会生活と治安維持のため』という分かったような分からない ような大義名分の下、有志によって制作されている回覧板である。 死体回収曜日の変更のお知らせ、『うちの瑠璃子、知りませんか?』といった尋ね人、 『求む! 魔王ドゲラバッパムーン用素体志願者!』などの求人広告など、なかなか充実した 内容を誇っていたりする。 幹部たる四大使徒の身としては、しっかり目を通して置かねばなるまい。 もっとも、中には『日陰ちゃんFC、次の例会は今月第三土曜日に』などといった記事も あったりするのだが。 弥生さんが回覧板のページをめくる。 その途端、 「……なっ!」 さすがの弥生さんが、その動きを止める。 その視線の先には、でかでかと『導師とジャッジの岩下信、熱愛発覚!……か?』という 見出しが踊っていた。 ジャッジ司令、岩下信の朝は遅い。 夜は妖魔の跋扈する時間である。当然、ジャッジの活動は深夜遅くにまで及ぶ。 放っておいてさっさと寝ればいいような気もするが、それが出来るようなら最初から ジャッジに入ったりなどしない。 『正義』と油性マジックで額に書きたくなるくらい正義なのがジャッジという組織 なのだから。 そんなわけで、岩下は朝は時間の許す限り睡眠をとることにしていた。 「信さ〜ん、朝ですよー」 「ん……ああ」 「岩下さーん、朝ですよー」 「……むぅ」 玄関前から、瑞穂とSOSの声が聞こえる。 かつては瑞穂だけだったが、最近になってSOSの声も入るようになった。そのせいで あまり清々しい目覚めではない。 (……こんな時は、藤田くんが羨ましくなるなぁ……起こしに来るのはいつも神岸くん だけらしいし) 鞄を手にしながら、そんなことを考える。 知らないとは幸せなことである。 たしかに浩之を起こしに来るのはあかりだけだが、近くの電柱の陰では雅史がハンカチを 噛みしめていたり、それを見て電芹が意味もなく対抗意識を燃やしていたり、何故かご近所の 壁にへばりついたギャラが恨めしげな視線を送っていたりもするのだから。 なかなかに不気味な朝の光景ではある。 「信さーん」 「岩下さん、先に行っちゃいますよー」 「ちょっと待ってくれっ」 叫び返しながら、郵便受けを開ける。 五月雨堂や第二購買部からのDM、ガス料金徴収のお知らせなどをまとめて引っぱり出し、 急ぎの手紙がないかだけ、ざっと目を通す。 と、新聞に挟まれていたらしい手紙が、手から滑り落ちた。 「……おっと」 拾い上げて、封筒を見る。差出人はない。ついでに言えば、切手も消印もない。 それを見た瞬間、何かが岩下の勘に触れた。 「……何だ?」 警戒しながら、封を開けて手紙を取り出す。 中には、便せんがたった一枚。そして…… 『あなたに、あいたい……』 「血文字ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!?」 爽やかな朝の風景に、岩下の叫びが響きわたった。 岩下信、三年後に交通事故確定。(4/28訂正:三年半後に延期されました) ……いや嘘だが。 「……なあ、葛田、氷上……」 「「はい、導師」」 第二茶道部部室。 ダーク13使徒の拠点であることが公然の秘密となっているこの場所に、静かに佇む 漢の姿があった。 ハイドラント。 『ちょっと陰のある所が素敵☆』などと一部男子生徒から熱い視線を向けられたりもする 首領様である。 葛田とのカップルが学園公認となっていなければ、下駄箱はラブレターで埋まっていた かもしれない。いや、ちなみに公認したのは弥生さんだったりするが。 だが、今日の彼は奇妙に生気の欠けた表情をしていた。 「運命というやつは……どうしてこんなに過酷なんだろうな」 側に控える部下たちに目も向けないまま、ぽつりと呟く。 「導師……っ!」 「泣くんじゃない、氷上くん……導師が耐えておられるのにっ!」 感極まったのか、巨体を震わせて氷上が嗚咽を漏らす。それを窘める葛田の声も、僅かな 湿りを感じさせずにはいられなかった。 「いや、いいのだ、二人とも……ここで倒れるならば、俺も所詮それまでの男ということ……」 ハイドが穏やかな微笑みを浮かべる。 憑き物の落ちたような、爽やかな表情だった。 ……実は、似合わないことおびただしいが。 そして、その視線の向く先には。 「えっと、ハイドさんにはやっぱりアイドルタイプの制服が似合うんじゃないかな?」 「えーっ、やっぱりマスターには毛皮とかゴージャスな雰囲気の方がいいって!」 「お兄ちゃん黒ばっかりだし、むらさきはこんな金のラメ入りレオタードとかすきー」 「……兄さまには、やはり和服が似合うのではないかと」 「――この力○山風のトランクスは如何でしょう?」 「ハイドさんには、この白のキャミソールが似合うのではありませんか?」 岩下とのデートに向けて、ハイドの衣装を選ぶ13使徒女性陣の姿があった。 いつの間にか、受けることに決められたらしい。 『相手の思惑を探るためです。虎穴に入らずんば虎児を得ず、と言いますし』と弥生さんは 言っていたが、ハイドはこれっぽちも信じてはいなかった。 絶対こいつら、楽しんでる。 (……皇華以外の提案が通ったら、舌でも噛むか……) 死んだ魚のような目で、その光景を眺めるハイド。 その傍らでは、シュヴァルツヴァルキューレに押さえ込まれた葛田と氷上が、同情の涙に 頬を濡らしていた。 ……合掌。 一方その頃。 もう一つの当事者であるジャッジの部屋でも、方向性こそ違うがやっぱり騒ぎが起こって いた。 「……やはりこれは、果たし状と解釈するべきだろうか」 「うーん……確かに、それが妥当だろうね」 腕組みをして、岩下とセリスが重々しく呟きあう。 彼らの前には、一枚の手紙が広げられていた。 今朝、岩下家に届けられた例のブツである。ただ、朝とは違って、そこには日時と場所、 そして差出人名がくっきりと浮かび上がっていた。 『今度の日曜日、中央公園の噴水前で待っています(はぁと) ハイドラント』――血痕で 書いた後で丁寧に拭い、ルミノール反応を利用してあぶり出すという手の込んだ手口である。 なんとなく、ダーク13使徒っぽいような気もする。 「しかし、こんな丸文字をハイドラントが使うでしょうか?」 てゆーか、想像するだけで嫌だ。 SOSの表情は、きっぱりとそう語っていた。 実のところ、岩下もセリスも同感である。本音を言えば、このまま焼き捨てて見なかった ことにしてしまいたい。 何しろ女の子っぽい丸文字である。しかも、ハートマークまで付いている。これをハイドが せっせと書いている姿を想像するだけで、電波の扉が開けそうだった。 「ゴメンネ、ゴメンネ、ゴメンネ、ゴメンネ……」 現に美和子はあっちの世界に旅立ってしまっている。まあ、2〜3時間も放っておけば 復活するだろうが。 電波慣れしてるし。 「……冬月くんは、どう思う?」 「え?……え、ええ、そうですね、まあハイドラントの可能性もないわけじゃないんじゃ なかったりすることもないかもしれないんじゃないかとっ」 「どうしたんだい、何か顔色が悪いようだが……」 「露骨に怪しいんですけど……」 「そ、そそそんなことはないですよ! 嫌ですねぇ、ははははは……」 冷や汗まみれの顔で言っても説得力はない。 だが、とりあえず岩下はそれで納得してくれたらしかった。 「そうか……そうすると、後は天神くんの調査に期待するしかないが」 難しい表情で天井を見上げる。 (……ふぅ) 追求されなかったことに安堵しつつも、冬月の心は罪悪感でいっぱいだった。 何しろ、彼はそれがハイドラントの筆跡などではないことを知っているのである。 それどころか、アレイがそれを書いている姿も見たし――他の連中には、丸文字は 書けなかったらしい――、kosekiが新聞配達のついでに岩下の家に届けたことも知って いる。 それを黙っているのだから、一歩間違えれば裏切り行為に違いなかった。 (……いや、これも正義のためなんだ! これが成功すれば、13使徒の活動を大きく 抑えられるはずだっ!) 必死で自分に言い聞かせる。 (冬月さま……) そんな苦悩する冬月を、優しく見守る瞳があった。 (頑張ってください、冬月さま……私が付き人として見守っていますから!) もっとも、見守るだけではあったが。 ……だってバレたら怖いし。 マルチやSOSはともかく、きっと岩下は怒る。風見も怒るだろう。セリスも怒るかも しれない。 どう考えても洒落にならない事態であった。 「まあ、天神くんが帰ってきたら詳しいことが分かるだろう……」 セリスが呟き、一同が同意して頷く。 こうして、ジャッジの会議は、一名の苦悩する男と、一名の扉を開いた少女を出しつつも 和やかに終了した。 ……でもって、そのころの天神さん。 「まさか『喰われちゃった四天王』改め『喰われちゃった三面拳』たる、この俺を……」 強敵に対する敬意と敵意を込めて、天神が笑みを浮かべる。 それを受け止めた男は、こちらも不適な笑みを返した。 「ふっふっふ……俺の背景の力、甘く見てもらっては困るな」 天神とガンマル。 喰われちゃったの力と背景の力が激しくぶつかり合う。 まさかこの二人が相争うなどと、誰が予想し得ただろうか。 だが、現実に戦いは起こっている。 誰の目にも止まらない力を持って13使徒本部に忍び込もうとした天神を、ガンマルが 阻んでいるのだ。 「このまま、ハイドが岩下さんになびいて綾香を諦めればよし……そうでなくても、綾香の 評価はがた落ちになるはず! 邪魔をされてなるものかっ!」 「……いいだろう、止められるものなら!」 天神の手から、幻力によって生み出されたレーザーが迸る。 それが髪の先を焦がすのを感じながら、地面すれすれにまで沈み込んだガンマルの蹴りが 天神の脚を払う。 「……くっ!」 それに逆らおうとはせず、自ら倒れ込みながら天神が身体を捻る。 「もらった!」 ガンマルが隙をついて大きく踏み込み――ここに、お互いの死力を尽くした激闘が開始 された。 : : : 「にゃあ〜〜〜お昼寝は気持ちいいです〜」 芝生の上に寝転んで、千紗が喉を鳴らさんばかりの表情で微笑む。 その隣では、楓がこれまた猫同然の仕草で身体を丸めて転がっていた。 ぽかぽかと陽の当たる、心地よい午後。 「うにゃあ……」 完全に猫化した二人の少女は、ほのぼのごろごろとひなたぼっこを楽しんでいた。 「……あ」 ぴくんっ、と楓の耳が動く。 「にゃあ? どうしたですか、楓のおねーさん?」 「今、何か音がしなかった……?」 「にゃ? 千紗は気がつかなかったですけど……」 二人して、首だけ持ち上げて耳を澄ます。 ほとんどプレーリードッグの世界である。 そのまま、しばらく待ってみて、 「……気のせい、みたい。ごめんなさい」 「にゃあ〜」 再び身体を丸めて、二人は昼寝の続きに入る。 それは、とても気持ちのいい、晴れ渡った昼下がりの話であった。 : : : 「……せめて、気づいて……」 「俺たちの戦い……」 そんな楓と千紗のわずか五メートル後ろで、力尽きた男たちが涙にくれている。 こうして、人知れず始まった激闘は、人知れず終わったのである。 「……いつかは、日の当たる場所に……」 ――ぶぎゅるっ。 「……あれ?」 「どうした、スフィー?」 「ん〜、今何か踏んだみたいな気が……何だろ? やだなぁ……」 ……どうやら、夢が叶うのは当分先のよーである。 もののあはれと知りにけり。 ついでに、おまけ。 「……はっ!」 「どうしたんですか?」 「……今ふと気がついてしまったのですが、これは全然ディルクセンさまへの報復になって いないのではっ!? いや、ディルクセンさま一行も出ておられませんしっ!」 「……」 頭を抱えて苦悩するギャラを後目に、アレイは部室備え付けのポットからお茶を注ぐ。 それをずずーっと婆くさくすすって、 「――今ごろ気づいたんですか?」 悟りきった瞳で、ぽつりと呟いた。