Lメモ:『とある日常の授業風景』  投稿者:でぃるくせん
  リズエル四階にある第二化学教室。
「あー、だからこの物質Aと物質Bを化合させる事によって得られるエネルギ
ーが…………」
  かりかりかりかり、と黒板に白い文字が刻まれていく。チョークを握るのは
お馴染み柳川裕也教諭。天災の誉れ高い、リーフ学園の誇る物理教師である。
そして数学教諭でもあり、化学教諭でもあり、まぁとにかく理数系の科目を掛
け持ちしていた。
「全部の科目を担当できるほど、大人のリーフキャラがいないのだから仕方な
かろう?」
「あのー、柳川先生?  誰に話し掛けてるんですか?」
「気にするな。授業を進めるぞ」
  かりかりかりかり、ぱらぱら、かりかりかりかり。
  黒板に文字と計算式と図形が書き込まれ、柳川の声にしたがって、生徒達が
教科書のページをぱらぱらとめくっていく。それは、どこにでもある普通の授
業風景。
  しかし、ここはリーフ学園。そしてこれは柳川の授業。このままで終る訳は
当然の如くあるはずもない。
「で、今日の実験だ…………何をしている、お前達?」
  『実験』の言葉を聞いた瞬間、生徒達が一斉に教室の最後方へと後退し、机
や椅子やその他の機具を積み上げてバリケードを作り上げた。
「はい、早く受け取って、次の人に回して!」
  そんな声とともに鉄兜やら防弾チョッキやらが配られていたりもする。
「何をしている、と聞いている」
  苛立たしげに、柳川が重ねて問い詰める。
「先生…………先週の実験を、覚えてますか?」
  セリスがジト目で問い掛ける。柳川は不審げな表情で考え込む仕種を見せ、
それから何か思い出したような表情、そしてにやりとした笑みをその顔に浮か
べた。
「ああ、あれはちょっとした失敗だったな」
『リズエルの一角が吹っ飛ぶような失敗が、ちょっとした失敗ですかい!?』
  すかさず全員の突っ込みが入る。しかし柳川は動じた色も無く、
「いつもの事だ、気にするな」
『いつもの事なら尚の事悪いわ!!』
  しかし、実際いつもの事である。だからこそ、生徒の側もこんな周到な準備
をして命懸けの授業に臨んでいるのだ。
「まぁ良い。心配するな、今回の実験はお前達に被害が及ぶような類のもので
はない」
  今までのはわざと巻き込んでましたといわんばかりの台詞を吐きつつ、柳川
は教卓の上に何やら重量感の有る物体を持ち上げた。
「誰か、ノイマン効果というのを知ってるか?」
「はぁ、成形炸薬ですね。爆薬の効果を一方に集中させるための……」
  ミリタリーマニアでもあるディルクセンが真っ先に反応した。にやりと笑み
を浮かべ、柳川が大きく頷く。
「そのとおりだ。爆弾を作る際に一方に中空を造っておくと、爆薬が炸裂した
際に発生するエネルギーは、そちらに向かって噴出する。これをノイマン効果
と言う」
「……授業と全然関係無いんじゃ?」
「でだ。これが俺がさっきの休み時間に作り上げた成形炸薬だ。これを使って
ノイマン効果を実証してみる」
  セリスの呟きを軽く無視して、柳川は成形炸薬を再び床に降ろす。そして、
遠隔爆破装置らしいリモコンを手に取ると、とことこと教室の真ん中まで爆薬
から距離を取る。
「爆弾の威力が一方向にしか届かないんだったら、なにも距離を取る必要はな
いんじゃないのか?」
「いや、成形炸薬だからって、本当に一方にしか被害が及ばない訳じゃないん
だ。確かに大半のエネルギーはその方向に集約されるけど、一部は周囲に被害
を及ぼす。一部といっても、人一人吹き飛ばすには十分な量だ」
「なるほど、まさかここまで被害は及ばないよな?」
「……あのサイズなら大丈夫だろう。まぁ、柳川先生の事だから、核並みの威
力を持ってる新型爆薬を作って立って驚かないが」
「…………結局危ないんじゃねーか」
  菅生誠治と橋本が、身を低くしながらぼそぼそと会話を交わす。もちろん、
危険を察知した数人が、高姿勢匍匐前進ですでに教室から脱出しようと試みて
いたが、
「悪ぃな、柳川先生に『逃げ出す奴もいるだろうから、見張っとけ』って言わ
れてんだ」
  ジンが最強の門番として立ち塞がったためあえなく断念。退路は既に断たれ
ていた。
「…………で、叔父貴はどこを吹き飛ばすつもりなんだ?」
  訝しげに呟いたのは梓。どうもリモコンの調子がおかしいらしく、分解して
手入れしている柳川の背中を、バリケードから頭だけ出して眺めながら首を傾
げる。
「床に設置したからには下の階にきまっとろうが」
「んなこと判ってるって。あたしが言いたいのは、この教室の下はどこだった
かって事だよ」
  何を当然の事を、という表情のディルクセンに腹立たしげな視線を送り、梓
は再度リズエルの地図を脳裏に思い描いた。が、何しろ数千人の生徒達が学園
生活を送るリーフ学園の校舎である。巨大な校舎のその地図を、そうそう思い
出せるものではない。
「そうだ、生徒手帳に地図が載ってたはず……」
  匍匐前進で近づいてきたセリスが胸ポケットから手帳を取り出した。生徒手
帳の前の方のページ、地図はすぐに見付かった。
「どれどれ……四階の化学教室がここだから……三階はどれに当るのかな」
「方角は全部同じだろ?  じゃぁこの第二社会教室じゃないの?」
  何故か各階の地図で縮尺が違うなどのリーフ学園らしいアバウトさ(ちなみ
にどう見ても手書きだった)に悩まされつつも、セリス、梓、ディルクセンの
三人はセリスの生徒手帳を指差しながら、下階の教室が何かを探すのに夢中に
なった。
「いや、番号は上下で同じだと思うぞ?  ほら、こっち、第一社会科教室だろ
う」
「……ああ、確かにここだ。ここにトイレがあるから」
「ちょっと待って。確か今、B組が第一社会科教室で日本史の授業受けている
んじゃなかったっけ?」
「……で、担任は?」
「……あたしに聞かなくても判ってるだろ?  ……耕一だよ」
  三人は顔を見合わせた。ぎこちない動作で傍らの戸口に突っ立っているジン
を見る。ジンの表情も、やはりぎこちない形の笑みで固まっていた。
「はは……………………聞いてねぇぞ、それは」
「よし、これで直ったはずだ」
  狙ったようなタイミングで、どことなく浮かれた様子の柳川がそんな言葉を
発する。
『柳川先生を止めろっ!!』
  四人の声が見事にハモった。しかし。
「もう遅い!」
『やっぱり確信犯かあああぁぁぁぁぁっ!!?』
  ぽちっ、ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!
  ようやく柳川の意図に気づき、一斉に彼に飛び掛かろうとした生徒達を尻目
に、無情にもスイッチは押し込まれた。
  そして、爆発。炎の奔流が床を焼き尽くし、下階へと突き抜ける。周囲には
多少焦げ目がついた程度の被害ですんだのは、さすがは柳川開発の成形炸薬と
言ったところだろう。
「むぅ、これほど見事に爆発力が一方に集約されているとは……さすがは柳川
先生と言うしぺきゅおっ!?」
「馬鹿言ってる場合じゃないだろ!  叔父貴、何考えてやがる!」
「あああああ!  落ち着くんだ柏木!!」
「梓、落ち着けっての!!」
  妙な感心でとぼけた事をほざいたディルクセンを容赦無い一撃で沈黙させ、
鬼の力全開で柳川に飛びか掛かろうとした梓をセリスとジンが二人がかりで押
さえつけた。そんな四人を眺めつつ、柳川が愉快そうな笑みを浮かべて誰にと
も無く言葉を口にする。
「ふふん、例え下階で何事かが起こっていたとしても、それは実験中の不幸な
事故にすぎん。そう、これは単なる事故!  誰の責任でもない不幸な事故なの
だ」
「……なぁ、誠治。逃げた方が良くないか?」
「……橋本もそう思うか?  実は俺も、そう思ってたとこだ」
  前方で展開されている光景から目を背け、二人はこめかみを抑えてこくこく
と頷きあった。そして、背後で事の成り行きについていけず硬直している生徒
達を振り返る。
「おーい、みんな、逃げるんなら今のうちだぞ」
「もうすぐ確実に修羅場になるからな、ここは」
  その言葉に群集はぴくんと反応した。呪縛から冷めたように、一斉に教室か
ら逃れ出る。この後に続く事が確実な惨劇から少しでも遠ざからなければ、こ
ちらの命まで危うくなってくる。
「……間一髪だな」
「ほんとにな」
  脱出者達の先頭に立って逃れでた二人の耳に、どどどどどどどというすさま
じい地響きが聞こえてきたのは数秒後。
  そして、
「柳川あああぁぁ!!!!!!  これは、一体何のつもりなんだっっ!!!!!!!」
「こ、耕一先生、お、落ち着いてくださいっっ!!」
  さすがに切れた様子の柏木耕一の声がリズエル中に響き渡ったのは、さらに
その数秒後の事だった。
「……どうした、柏木耕一。えらく焼け焦げているじゃないか、火事でもあっ
たのか?(ちっ、仕留めていなかったか)」
  首根っこにきたみちもどるをしがみつかせたまま、第二化学教室の扉を粉砕
して駆け込んできた耕一の姿を見た柳川の表情が、露骨に落胆したものへと変
わる。ちなみにきたみち班長に続いて九条和馬も耕一を制止するために首根っ
こに飛びついたのだが、直後に吐血・死亡して今ごろは第二社会科教室の前に
転がっているところである。
「……ああ、『突然』天井から炎が降ってきてな、たまたまビデオ操作のため
に教室の隅でパネルを弄くっていなかったら、多分死んでたよ」
  引きつった笑顔で徐々に柳川との間合いを詰めていく。きたみちが必死に押
し止めようと両の足を踏ん張るが、いかんせん一人ではなんともならない。
「ほう……それは災難だったな。しかし、不幸な事故だ。誰を責める事もでき
ん」
「よくもぬけぬけと……!!」
  ずるずると距離が詰まる。それに応じて、二人も徐々に鬼の力を解放しはじ
めた。
「だめだっ、このままじゃ……」
  きたみちが悲鳴のような声を上げた。彼も鬼の力を解放しているが、さすが
に地力が違ってはどうしようもない。もうほとんど抵抗も出来ないままずるず
ると引き摺られていく。
「ジン、柳川先生と柏木先生を抑え込むぞ!」
「言われるまでもねぇっ!  梓、お前も手伝え!」
「わかってるよ!」
  窮地のきたみちを救うべく、と言う訳ではないのだが、ともかくそれまで呆
然としていたセリス、ジン、梓の三人も二人を引き離すためにそれぞれ飛び掛
かった。
  しかし。
「柏木耕一…………今日こそ決着を付けてやろう!!」
「ぐはっ!  ごふっ!?  がっっ!!!」
「ああっ、耕一先生がサンドバッグ状態!?」
「って、何考えてやがるてめえらっっ!!  なんでみんな耕一さんを止める側
に回ってやがる!!!」
「しまった、何も考えずに飛び掛かったから!!?」
  耕一を取り押さえるのに回ったもの、きたみち、セリス、梓。一方柳川を抑
えにかかったのはジン一人。これでは話になりません。
「……勝因は、柳川先生の人徳の無さ、か?」
「……そこ。あとで狩るからな」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
  ディルクセン、要らん事を口にして自爆。
「セリス君、柳川先生を抑える方に回って!」
「それはぼくに死ねって言ってるのと同じなんだけど?」
「梓、邪魔するなっ!  せめて一発殴らんと気が治まらん!!」
「落ち着けってば、耕一!」
「ジン、何故止めだてする!」
「当たり前でしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
「…………こりゃもう収拾不能だな」
  しかも火が床に燃え移りかけててるし。誰も気づいてないようだが。
  と、ディルクセンが内心呟いたとき。セリスやきたみち、梓の制止を振り切
って、耕一が強烈な一撃を、やはりジンの制止を振り切って飛び掛かった柳川
の右頬に見舞った。
「……げっ!?」
  吹き飛んだ柳川が背後の机を粉砕して床に落下したのを目にして、彼は思わ
ず絶句した。マズイ、これは本格的にマズイ。急いでこの場から逃げださなく
ては。
「……この期に及んで逃げるのは、さすがに無しじゃないですか?」
「…………」
  ずりずりと後ずさりして、隠密行動なんかした事はないディルクセンはあっ
さりきたみちに首根っこを掴まれた。耕一vs柳川の壮絶な戦いが続く光景を
目前に、しばらく無言でにらみ合っていた二人(と言うか、ディルクセンが一
方的に剣呑な目付きをしていただけのような気がしないでもない)だが、やが
て観念したように全身から力を抜いた。
「…………ガス臭いの、わからんか?」
「ガス臭い?」
  ディルクセンの唐突の言葉に、きたみちは周囲の臭いを確かめた。
  確かに、ガス臭い。
「……なんで…………あっ!!」
  慌てて先ほど破壊された机に視線を巡らせる。そう、ここは化学教室。それ
ぞれの机にはガス栓が付いている訳で。
「……もう逃げても間に合わんだろうなあ」
  何もかも投げ捨てたように、ディルクセンがけたけたと乾いた笑い声を上げ
たその時。




  …………化学教室を中心として、巨大な爆発が発生した…………




「……………………………」
「……………………………」
「……………………………」
「……………………………」
「……………………………」
「……………………………」
「……………………ごほっ」
  黒焦げ一同、昏倒。
  目が覚めたのは第一保健室、背後から発せられるすさまじい冷気によってで
あったという。
『俺(あたし)達は、巻き添えだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!』×4
  ご愁傷様。


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  取り敢えず、ふと思い付いたのでリーフ学園での日常的な授業風景を書いて
見ました。
  …………どこが日常的なんだって?  いや、柳川先生の授業ですし(笑)
  とりあえず、これはシリーズ化してく予定です〜(笑)