Lメモ異録「偽書・ある一つの終末へと至る道程」B  投稿者:雪乃智波
「ところでさー、電芹」
 瓦礫を全て投棄し終わった教室で、たけると電芹は残った机を並べなおして
いた。
「はい、なんでしょうか? たける様」
「右手と左手ってどっちのほうが重いのかなあ?」
 えと、と、電芹が両手を見比べてみるが、彼女の体は精巧に作られすぎた結
果、左右の重さもまったく同一に作られていた。
「利き腕のほうが重くなるのではないでしょうか?」
「そっかー、んしょっと、これで終わりだねぇ」
 たけるが最後の机に椅子を並べ、教室を見回した。
「ずいぶんと減っちゃったねえ」
「明日の朝にはまた生えてきますから…」
「そかそか〜」
「……ところでさー、電芹」
「はい、なんでしょうか? たける様」
「今日の晩御飯なんだっけ?」
 どうでも良くないことだが、この二人はハイドラントの命令のことをすっか
り忘れていた。


 連続で打ち込まれつづける魔術に途切れが生まれるまで、かなりの時間が必
要だった。
 光熱波、熱衝撃波、雷撃、重力変化、等など…。無数の魔術に、部室はほぼ
全壊し、私の周りには陽炎が揺らいでいた。
 はぁ、はぁ、はぁ……。
 息が切れている。
 魔力制御のための杖もばらばらに折れてしまっていた。
「そう、それこそが力の差と言うべきよね」
 日陰さんが小さく笑った。
「あれだけの魔術の中で傷一つ負うことの無い、力…。けれどその力の行きつ
く先について考えてみたことはある?」
 私はゆっくりと首を横に振った。
 疲れていた。
 全力で結界を張りつづけたからだ…。
 ちゃんと準備せずに儀式魔術を行使すると極端に疲労する。
「蟻のことは? 蟻について考えたことはある? 私たちが道を歩くときに、
気付きもせずに踏みつけているかもしれない、小さな生き物のことは? 力は
強き者に弱き者の存在を覆い隠し、時に忘れさせるわ。そしてそれは仕方の無
いこと…。私たちも同じ。力を追い求めれば、いずれ私たちは、その力によっ
て自分たちの存在すら知らないうちに踏み潰してしまう。だからこれは自然な
流れなのよ。どうして抵抗するの?」
 私は考えることすら億劫で、私はその時、思ったままの少し乱暴な意見を口
にした。
「……死にたく、ないからです……」
 一度言葉を口にすると、続きの言葉が生まれてきた。
「……死ぬのは怖いからです……。死は悲しいからです……。別れは辛いもの
だからです……。誰かが死ぬのを見たくないからです……。私は……」
「それは誰かが死ぬときよ。全てが消滅すれば、そんなことを考える必要もな
くなるわ」
「……残った貴女はどうするんです……? どうなるんですか?」
「消えるわよ。自分の手で……」
「私は……」
 私が言葉を放つたびに、私の周りで大きく魔力が揺らぐ…。
 生まれ持った性質、制御できないレベルに常に押し上げられる魔力。
 私が言葉を届かせれば、それは魔力の波となってその相手を押しつぶすだろ
う。
 だから私は言葉を封じていた。
 それを今、開放しようとしている。
 本当に大丈夫だろうか?
 これでいいんだろうか?
「そんなのはいやです」
 そして力が解き放たれた。
 私を取り巻く力の大きさに、私自身少し後悔する。
 日陰さんが、私に手を向けた。
 封印を解いた私の魔力よりも大きな力、それこそ歴然たる力の差が目の前に
現れた…。
 そうか、それでも差は大きいんだ…。
 その時、その澄んだ声が私の耳にまで届いた。

「我掲げるは降魔の剣!!」

 そして…

「我は渡る天の楼閣!!」

 その叫びが私の鼓膜に届くのと、部室の壁に拳大の穴が空くのと、日陰さん
の腕のそばの空間に光に包まれたネクタイが突き刺さるのはすべて同時に起こっ
た。
 ぎゃりっ!
 光速に限りなく近い速さで打ち出されていた魔力を帯びたネクタイは、日陰
さんを直撃はしなかったものの、彼女のシールドを破り、ダメージを与えるこ
とには成功していた。

 日陰さんはそっと宙に浮かんだままのネクタイに手を伸ばした。

 ダメージを、そう、ほんの微々たるダメージを…。

「来たわね」
 日陰さんはクスリと笑い、ネクタイを手に取ると、無造作にそれが飛んでき
た方向に投げた。
 それが誰だか分かった瞬間、私は全力で日陰さんに、できる限りの魔術を放っ
ていた。


 擬似転移で撃ち込んだネクタイが俺の元に戻ってくるのはあっという間のこ
とだった。紛れも無い、化け物じみた力を持つ敵がそこにいる。
 弾丸ほどの速さで俺の喉を目掛けて飛んできたネクタイを素手で掴む。
「光よ!」
 13使徒の放った光熱波を魔力硬化したネクタイで受け止める。
 ズシとした重さが腕にかかり、俺はそれを弾き飛ばす。
 そもそもだ、そもそも…。
 視線を走らせると、右斜め後方から一人の13使徒が浮遊魔術を使ってこち
らに飛び掛ってくるところだった。
「そもそも俺はおまえらが気に入らなかったんだっ!」
 その声を起点にして、飛び掛ってきた13使徒に対し、拳大の空気圧を無数
に叩きつける! 魔力と魔力のぶつかり合いが目には見えぬ激烈な火花を散ら
し、俺の魔術は数発が命中したに留まった。
「その程度かっ!」
 そいつはそう叫ぶと俺に向かって魔術を放とうとして…
「な、消えたっ!?」
「魔術が飛んできたからと言って目を閉じるな」
 俺の拳がそいつの腹部に深く突き刺さっていた。
 そして一瞬の時間の空白も置かずに、俺はそいつの背を蹴り飛ばして跳んだ。
 次の瞬間無数の集中された光熱波がそいつを貫いて消える。

 −−イラ……

 頭の奥で、体の芯で、何かが疼いた。
「人をっ!」
 地面に着地すると同時に完成していた構成を放つ!
「殺すなっ!」
 目の前に生まれた丸い光の渦に向けてっ!
 異空間を通り、乱反射した真空波は俺が開いた全ての穴から一斉に噴出した。
十三使徒に向けて!
 殺さない程度に弱まった真空波はその場にいた十三使徒から確実に戦力を奪
い去った。
 これで芹香さんの所に行けるっ!
 そんな俺の耳に乾いた音が届いた…。

 パチパチパチパチ……。

 それは拍手。
 その音と同じように、喧騒の中で小さな、乾いた、熱意の無い拍手。
「…さすがだね、ちなみん…」
 俺はこの男が嫌いだった。
 四大使徒の一、支配の大使徒。葛田玖豆夜……。
「…葛田……」
「…それでこそ僕の選んだ好敵手だよ…」
「そっちで勝手に決めたんだろうがっ! そこをどけっ!」
「…駄目だよ。ちなみん。ここを通りたければ僕を殺すんだね…」
 殺す、という言葉を聞いた瞬間、頭の、いや、全身の血液が逆流した。
「殺すとか、壊すとか、簡単に言ってんじゃねぇっ! それが嫌いなんだっ!
 壊して、それで逃げるのかよっ! 壊したその後のことなんてこれっぽっち
も考えてねぇんだろうが!」
「…後なんて無いよ。それこそ跡形も残らないほどの絶対的な破壊。それが結
末なんだ…」
「それが逃げだって言ってるんだっ! この世界が気にいらないんだったら、
壊すんじゃなくて、正してみろよっ!」
「…そんなことができるわけないって知っているだろう? ちなみん…」
「だったら壊して、また作ればいいだろう! おまえらは怖いんだよ。失敗す
るのが。だから全部壊してうやむやにして、自分の責任からさえ逃げようとし
てるんだろ! その上、それを認めるのも、死ぬのも怖いからかりそめの主義
を主張してっ! 破壊するだけの主義なんてありえない。ありえないんだっ!」
「…君も、僕を傷つけるんだね…」
「誰だって、誰かを傷つけてるんだよ!」
「…僕は、僕と君はよく似ていると思っていた。表に出る『かたち』は違って
いたけれど、その奥をひっくるめて考えれば、似ていると思ってた。だからい
つか分かってくれると信じてたのに…」
「勝手に俺を決め付けるなっ! 下らない議論は終わりだ。そこをどけ。そう
でなかったら力ずくで通る!」

 ふと、体の奥で力が湧き上がってくるのを感じた。
 誰もがふと感じることのあるだろう意識の形だ…。
 それが今は明白なエネルギーとなって、俺の体から溢れ出そうとしている。

「…それこそ僕の望むものだよ。さあ、僕を殺してくれ。僕が君を殺す…」
「やだねっ!」


 雪君が行ってしまってから15分、一人で泣いた…。

 慰めや、哀れみを期待しない涙なら、15分で十分だ。
 よろよろと立ち上がってスカートから埃を払った。

「私にできること、もう、なにもないのかな?」

 さっきも言った言葉、
 もう一度小さく呟いてみる。
 本当になにもないのかな?
 私に出来ることって何だろう?
 料理なら自信ある。
 勉強だって平均からすれば出来るほうだし、運動だって苦手じゃない。
 でもそれが何だっていうのだろう?
 何かを決めなきゃ。
 今すぐに決めなきゃ。
 私は何かをするべきなんだ。
 このままグズグズ泣いてるのだけはイヤだ。
 何かをしなきゃ。

 でも、なにを?


「たまにイラつくんだ…」
 ハイドラントは一つ一つの言葉をゆっくりと紡ぐ…。
「訳も分からず、自分の含めたこの世界の全てを破壊したくなる…。それは衝
動だ…」
「分かりますよ…」
 Runeもゆっくりと答える。
「そんなもので世界を破壊する奴は単に弱いんだ」
「…………」
「俺は違う。世界は滅びるべきなんだ。俺のために…、なのに…」
「つまらないじゃないですか。世界が滅びると」
「なんで、俺が負けてるんだ…?」
「…それは激情に我を見失うからですよ。貴方はまだ自らの感情を制御しきっ
ていない」
「……Rune…」
「なんです?」
「いつか、絶対殺す」
 それを言いきってハイドラントは地に沈んだ。
 Runeは軽く肩をすくめると、その場を歩き去った。


「くすっ、結構手間取ってるのね」
「…それは、智波さんが優しい人だからです…」
 空間がぴしぴしと音を立てていた。
 二人の想像を絶する魔力が擦れ合う音。
「…優しすぎて弱い人だから…」
 芹香がまだ手に持っていた杖の残骸を捨てる。
「…誰一人傷つけたくないんです。彼は…」
「そんなことは不可能よ」
「…智波さんはそのことも分かっています。その上でそれを求めて、また傷つ
いて…」
 日陰がクスリと笑う…。
「まるで彼のことはなんでも知っているという口ぶりね」
「…知っていますよ…」
 芹香が懐から、小さなビンを取り出す。
「…ずっと知らない振りをしてたんです…」
 そしてその中身を自身の足元に注ぐ。
「…エーデルハイドは私の猫です。貴方の好きにはさせません…」
 落ちた雫が契約の最後の条件となった。
 部室全体に張り巡らされた積層型魔方陣がその形を遂に成し、指定された空
間の断絶を始める。
「そう、最初からこれが目的だったというわけ?」
 オカルト研の部室が現実の空間と断絶され始めていく。中に芹香と日陰を残
したまま。
「…いいえ、少なくとも貴方と消えるつもりはありませんでした…」
「…契約の履行……」
 日陰が小さく呟く。
「でも、貴方がそれに気付いていたという時点ですべては終わっていたはずよ」
「…だから、知らない振りをしていたんです…」
「知らない振りって…」
 ふっと、日陰が吹き出した。
「それで世界との契約まで誤魔化してしまうなんて大した先輩ね」
「……魔方陣の効果はもって半日、でもそれだけあれば十分でしょう。さあ、
私を殺すなり好きにしてください…」
「…………」
 日陰がじっと芹香を見つめる。
 真剣な目つきで、その瞳を…。


「芹香さんっっ!」
 それは一瞬で起こった。
 オカルト研究会の部室の消滅。
 同時に芹香さんと、もう一つの強力な魔力も消えた。
 俺は思わずオカルト研究会のあった場所を振り仰いでいた…。
「超ペンギソ、さおりーーーーんっ!」
 葛田の叫びに咄嗟に振りかえると葛田の召還に応じた体長数十メートルとい
う巨大なペンギンのなりそこないのような生物が俺に悪意に満ちた視線を向け
るところだった。
 超ペンギソの六つの目と、俺の二つの目が合った…。
 来るっ!
 強烈なプレッシャーとともに、超ペンギソの口から高熱のエネルギーが放た
れた!


 パンドラが開いた箱にはこの世の全ての悪が詰まっていたという。しかし、
全ての悪が飛び出した後、その箱の奥底に残っていたもの、それが希望だ…。
 では何故希望はこの箱の一番奥に閉じ込められていたのだろうか?
 その答えは容易である。
 希望こそが人を狂わせる最大の悪だからだ。

                  「ある一つの終末へと至る道程」より




 さくっ。
「よぉし、これで完成、と」
 Runeは爽やかな笑みを浮かべつつ、額に浮かんだ汗を服の袖で拭った。
「あれぇ? Runeさん、何を作ったんですか?」
 たまたま通りかかった葵がとてとてと、Runeに走り寄ってくる。
「なにって、見て分かりませんか?」
「…盛り土に、立て札ですか? ……ってお墓っ!?」
 Runeと葵の前にはおよそ高さ20メートル、円周150メートルほどの土の
山と、その手前の地面に刺さった立て札があった。
 立て札には『黒いのの墓』と書かれてある。
「Runeさん、人のことを色でしか呼べないんですか?」
 呆れ顔で葵が呟く。
「青いのに言われてたら、黒いのも成仏できませんね」
 Runeがふぅ、とため息をつく。
「それはそれとして、黒いのってやっぱりゴキブリか何かですか?」
「生命力という点では匹敵してるかもしれませんね」
「誰がだぁぁぁぁっ!」
 少しくぐもったそんな叫びが聞こえ、あれほどに高く積み上げられていた土
砂を吹き飛ばして、熱衝撃波が黒いのの墓を内側から吹き飛ばしていた。
「誰が、社会的害虫だっ!」
 ぱらぱらと舞い落ちる土砂の下でハイドラントがふんぞり返っていた。
 どざざぁぁぁっ!
 そして当然というか、真上に巻き上げられた土砂が落ちてきて、彼はその下
に埋まった。

「もうすぐ夕焼けですね…」
「今日も良い天気でしたしね」

 今日は薄い雲の上に青い空の見える、良い天気の一日だった。




 次回、Lメモ異録「偽書・ある一つの終末へと至る道程」第三話


 奇跡など存在しない。
 もしも貴方が奇跡を見たのなら、その裏にはそれ相応の努力をしたものがい
る。

                  「ある一つの終末へと至る道程」より


 智波さん…。私が貴方を殺します。


 俺は死は厭わないよ。それが生きるために必要なんだ…。


 この人を殺さないでっ! 他のものはどうなってもいいからっ!


−−−−あとがきとかいふもの−−−−

 はい、第二話をお送りました。Lメモ異録ですが、ハイドラントさんをこっ
ぴどくギャグキャラにしているのは決して恨みがあるわけではなく、壊しやす
いキャラだってだけです。(笑)
 それにしても三話で終わるはずが伸びているのは単純にギャグの所為です。
ええ、ギャグの所為ですとも。

 それから日陰のキャラクターはオリジナルのものと著しく異なります。(笑)
俺の筆力の無さだと思ってください。なんかイメージ的に日陰ってこんな感じ
なんです。なんででしょうかねえ?

 ま、そういうわけで、最近はいろいろ大変だったりするのですが、頑張って
続き書きたいです。

                               雪乃智波