Lメモ・学園男女混合テニス大会! 第74章 「願わくは…」 投稿者:YOSSYFLAME




「篠塚先生……」
 心配そうに葵が、腕を押さえ蹲る弥生を見やる。
 その葵の肩を、T-star-reverseはそっと叩く。
「変化球というものは、総じて腕を痛めやすいものです。
 松原さんの粘りの前に、先に篠塚先生の肘の方が限界に達してしまったようです」
「そんな……」
「しかし、松原さんが気に病むことはありません」
 落ち込みの色を見せる葵の肩をしっかり掴みながら、ティーははっきり口にする。
「これはあくまで勝負の結果。あなたが気に病むことではないです。
 それに、同情は相手にとって最大の侮辱。それは、あなたならご存じのはずです」
「……せんぱい」

 しかし、そんな二人を。
 いや、T-star-reverseを見て、呆れ果てた顔をしている男がひとりいた。
(なぁにをしらじらしい。……何から何まで全ぇん部、筋書き通りのくせしやがって)








「おい……大丈夫か?」
「ええ……これしき……」
「全然大丈夫じゃねーじゃねーか。右腕上げることもできないくせによ」
 うってかわってレディ組。
 5−0と勝利を目前にした矢先のこのアクシデントに、さすがのXY−MENもやや
面食らい気味ではあったりもするこの状況。
「言っておきますが」
 そんなXY−MENの心境を読んだのか、レディが強い口調で言う。
「これはアクシデントではありません。完全に、してやられました」
「何……?」
「彼……T-star-reverse……少し甘く見過ぎていたようですね……」
「まさか……あの人畜無害野郎がか?」
「私も……そう思っていました。少なくとも“彼”のときには。ですが……」
 レディが呟く。確信と、少しばかりの愉悦をマスクの奥に秘め。



(まったく。こと葵ちゃんのことに関しては、まるで人が変わるんだからなぁ。
 ……それも……尋常じゃなく、な)
 隣の佐藤昌斗にもそれは告げずに、YOSSYFLAMEはコートを見つめる。
(まぁしょうがねえか。あいつは、あのときの葵ちゃんの顔を、見ちまったんだからな)
 YOSSYは述懐する。一週間前の決勝トーナメント抽選会を。
 準決勝。あとわずか1勝で、葵の目標、憧れというべき来栖川綾香と対決することが
できると決まったときの、彼女の表情。
 夢が叶う。もう少しで、夢が叶うんだ。そんな葵の表情。
 それを、T-star-reverseは見てしまった。
 見てしまったのだ。あの、T-star-reverseが。
(と、すれば、あいつの取る行動は一つしかないよな。そう。あいつなら)
 T-star-reverseという男。
 傍目には、いや、本質的にも、穏和な人間として周囲の人望を集めている。
 兼部王と異名をとる彼のこと、人脈は当然広いのではあるが、特筆すべき事項として
彼が所属するどこの部活においても、彼の存在は重要なファクターを占めているのだ。
(まあ悪く言えば八方美人と言えなくもないんだけど)
 それでも、温厚篤実な彼があらゆる周囲の人間から慕われているという事実は変わら
ない。
(でも、一点だけ、な)
 そう。
 彼が同じ格闘部仲間である松原葵に思慕を抱いているのは、知っている人間なら知っ
ていること。
 しかし彼の場合、どういう訳なのかその度合いが強い。強すぎるといっていい。
 穏和で理性的な彼がこと松原葵絡みになると、まるで見境がなくなってしまうのであ
るのだから。
 実際YOSSYはそのことを、その身をもって痛感させられている。
 だからこそ、YOSSYにはわかる。
 この試合をティーは、T-star-reverseはどう捉えているか。
(もしまだ葵ちゃんと綾香の試合が先の見えない話だったら。あいつはきっと、対等な
選手同士として、勝敗は二の次の爽やかな試合を目指したんだろうな。ひいてはそれが、
葵ちゃんのためにもなるってことだから。対セリス先輩戦然り。対理緒ちゃん戦然り。
でも、この試合は……)
 葵のあのときの表情を見てしまったティーが思うことはただ一つ。“必ず勝つこと”。
 対戦相手のXY−MEN、レディ・Yなど、今の彼にとってはただの邪魔者。
 だからこそ、思いつけた。
 一見無茶なようで合理的。そして冷徹なこの作戦を。



「ゲーム、再開!」
 審判のコールにて再び試合が再開される。
「松原さん!」
 葵を鼓舞し、ティーが猛然とゲームに向かう。
 その前に立ちはだかるは、野獣戦士・XY−MEN!
「さあ来やがれ! お前らなんざこのXY−MENひとりで十分だ!!」
「……行きます!」
 レディを後方に下げて立ちふさがるXY−MENに、立ち向かう葵。
 そんな葵をバックアップするため後方に立つT-star-reverse。



(俺が見た限りでも、まともに闘えばティー組の苦戦は避けられない。
 ティーも葵ちゃんも。そしてこのコンビも強い。それは練習してよくわかってる。
 ……でも)
 試合前の控え室で、YOSSYはそれを感じた。
“勝って勝てない相手じゃない”YOSSYはそうやって二人を励ました。
 どんな相手とでも試合前には緊張する葵はいいとして、そのときのティーの表情。
 一瞬だけ見せた、なにやら覚悟を決めたような、悲壮な表情。  
 おそらく誰よりもティー自身がわかってる。準々決勝の対戦相手の強さを。
 だから。



「ゲーム! ティー、松原組、2−5!」
『さぁさぁ容赦ない容赦ない! 手負いの篠塚せ……じゃないレディYを抱えたXY−
MEN組を攻める攻める攻めまくる! T-star-reverse&松原葵組ぃ!
 たぶん球の威力の二人平均なら今大会一、二を争うこの二人! この二人に怒濤のよ
うに攻められた日には、さすがのXY−MENも一人では分が悪すぎるぅ!』



 だから、ティーは作戦を敢行した。
 まともに闘えば、ジリ貧で敗北を噛みしめることになる公算が高いと読んで。
 ならば、5ゲームくらい相手に呉れてやってもかまわない。
 そのかわり、相手の核。レディ・Yの右腕を頂戴しよう。そんな策略を。
 XY−MEN一人と彼ら二人なら、例え5ゲーム先取されようと、7ゲーム連取の大
逆転を狙えて狙えないことはないはず。そうティーは踏んだのだ。
 そして、その作戦は……見事に的中した。



「ゲーム! ティー、松原組、3−5!」
 ティーと葵の超重ショットを立て続けに喰らった日には、XY−MENといえどもた
まらない。
 粘りに粘り、またティー組の勝ち味の遅さも手伝ってか、割合長くは粘れるものの、
結局はポイントを奪われ、ゲームを奪われるという結末に。
 これでティー組、3ゲーム連取。
 あと1ゲームでも奪おうものなら、スコアは4−5。
 そうなれば、あと1ゲーム奪えば勝利というXY−MEN組のアドバンテージなど、
ほとんど無きに等しくなるのだ。
 次のゲーム。どちらにおいても正念場。



「なあ、よっしー。葵ちゃんの動き、なんか変じゃないか?」
 そんな中、声をかけてくる佐藤昌斗。
 圧倒的優勢の中、それでも葵の変調を見抜いて。
「やっぱり……まだ気にしてるのか……」
「反則じゃ、ないんだけどな……」 
「……なに?」
 不用意に漏らしたYOSSYの一言に、昌斗が詰め寄る。
 しまった、と口をふさぐも、時既に遅し。
「どういうことなんだ。説明してもらおうか、よっしー」

「そうか……そういうことだったのか……」
「反則じゃないさ。むしろ予選なんかであった今までの“潰し”の戦術とくらべたら、
比較にならんほど温厚な戦術さ。ただ」
「回避不能の、恐るべき戦術……」
 さすがは昌斗、ティーの戦術の本質を理解してる。とYOSSYは感心する。
 戦術自体はきわめてシンプル。ティーと葵、二人の重量級の球質を単純にレディに向
かって放ち打ち返させる。それを延々と繰り返す。ただそれだけの戦術。
 しかし、おそらくこの戦術を実行できるのは、大会参加全チーム中、ティーと葵だけ。
 それなりの技術と粘りという特性を持ち、なおかつ豪球を持つ選手同志の組み合わせ
によってのみ成される戦術。
「いずれの条件が欠けていたとしても、使いこなすことができない戦術……」 
「そ。ティー達でさえ、効果が現れるのに5ゲームかかったんだから。
 他のやつらがおんなじ真似したら、効果が出る頃には試合が終わってるってこと。
 だけど、それゆえに一度ハマったら」
「回避することは、絶対にできない。少なくとも、篠塚先生の腕の耐久力じゃ……」 
「まさに、無敵のハメ技ってやつだな」 
「だから……ティーは言わなかったのか。葵ちゃんに、この全容を……」
 昌斗の握り拳が震えている。
 何事にも正面から正々堂々と挑むタイプの葵にとって、この戦術は到底納得のいくも
のではないにちがいない。
 ティーが葵に告げなかったのは、ある意味当然といえば当然のこと。
 しかし、葵である。
 意図的であろうがなかろうが、対戦相手が100%の力を出し切れない状態の中、徹
底的に叩き潰せといわれても、躊躇してしまうだろう。
 事実葵のショットの切れは、次第に鈍くなってきている。
 そして、それを見逃してくれるほど、目の前の対戦相手は甘くなかった。



「…あ…っ…!」

「イン! 15−30!」
「っしゃああっ!」
 逆転を告げるコールとともに空気を震わす獣人の咆哮。
 葵の一瞬のスキをつき、必殺スマッシュを叩き込む。
(まずい!)
「松原さん……!」
 YOSSYが危機感を感じるとともにティーが葵のもとへ駆け寄る。
 ティーが何事かを葵に伝える。しかし、話終わったあとの葵の顔からは、未だ曇りが
とれていないのだ。
 それがわかっているのだろう。ティーの顔も、いつもの笑みが少しばかり曇っている。
(まずいな……)
 二人の僅かな不協和音を気にかけるYOSSYは、気づいていなかったろう。
 彼の横で、佐藤昌斗が何かをこらえるように拳を震わせていたのを。



「うりゃあああっ!」
「く…っ!」
 XY−MENが、松原葵とT-star-reverse二人相手に粘り粘りまくる。
 レディ・Yの腕の消耗を抱えながらも、対戦相手のお株を奪う猛烈な粘りを見せて。
“心構えだけお願いします。
 あなたがゲームを引っ張る展開が訪れるかもしれない、という心構えをね”
 その言葉が、今、XY−MENの脳裏に浮かぶ。
(そうよ! こんなときにまで、おんぶに抱っこでいられるか!)
 コートを縦横無尽に駆け回るXY−MEN。
 レディに言われるまでもなく、それはわかっている。
 レディの腕は、度重なる豪球を受けての消耗。
  ならば、それが復活するまで、粘って粘って粘りまくる。これが今の自分の仕事。
「はっ…はっ…」 
 さっきから、松原葵の気合のノリが悪い。
 そうとわかれば、悪いがこっちとて容赦するほどの余裕があるわけでもなし。
 なにより……あと2ポイントで勝てるのだから。
 ここは――
「がああああぁあっ!!」
 ドンッ!
「イン! 15−40!!」
 ――撃つ!

「よっしゃああああああああああああぁぁあっ!!」
 XY−MENが両手を高々と上げる。
 あと一球。あと一球で勝利が決まるこの展開に、このパフォーマンスに観衆が沸く。
 しかし、ことここに至ってもティーと葵、二人の空気は晴れないまま。
(おいおいおいおい、いーかげんにしとかんと――)
 たまりかねてYOSSYが立ち上がる。乗り込んでいこうとしたまさにそのとき――

 むにゅ☆
 
 異様な擬音がコートに響いた。そんな気がするほどの衝撃。
 昌斗の手がわきわきと、葵の慎ましやかな両胸をもみもみ揉みしだいていたのである。

「仙人キーック!」
 妙なかけ声とともに、ティーの蹴りが昌斗を吹き飛ばす。
 当の葵はあまりのことに、ただただ硬直し立ちすくんでいるのみ。
 審判もあまりのことに、何もすることができずただ口を開けて見ているのみ。
 対戦相手のXY−MENとレディも、ただ呆然と成り行きを見ているのみ。
「一体なにをしてるんですかあなたは。YOSSYさんじゃあるまいし」
(うるせーよ)
 そんなYOSSYの呟きを意に介する暇もなく、ティーは昌斗に殴られた。
「うるさい! そもそもお前の態度に原因があるんだろうが!」
「え……?」
 思わぬ昌斗の文句に、ティーが思わず聞き返す。

「なんで葵ちゃんに黙って自分一人だけで作戦遂行しようとした!?
 なんで葵ちゃんを説得してから、作戦に移らなかったんだ!?」
「……あなたには理解できないんですか。松原さんの性格が――」
「理解できてないのはお前のほうだよ!」
 殴られ腫れた頬を押さえながらやれやれといった調子で説かんとするティー。
 しかしながら今の昌斗は、その説法すら一蹴してのけ、そして言った。
「お前さえちゃんと説得すれば、どのみち葵ちゃんは一緒にやってくれたと思うぞ?
 それしか勝てる方法がないのなら、葵ちゃんはためらわずやってくれたはずだ。
 葵ちゃんはもう大人なんだ。自分の信念に甘えるような子供じゃない。
 それは俺が証明してやる。慎ましくもふくよかな暖かい両胸を包んだ両手にかけて!」
 ごんっ。
「やかましいわ。人のお株を奪いやがってからによー」
 後ろからYOSSYに木刀で殴られ昌斗は苦悶しうずくまる。
 そんな醜態に目を合わせず、下を向いているティーを、葵は見つめている。
 胸のことを言及され恥じらいに頬染め両手で胸を隠しながらも、優しく微笑んで。
「……そんなこと。あなたに言われなくともわかってますよ」
 葵の優しい視線に目を合わせず身体で受け止めながら、少々バツ悪そうに昌斗に呟く。
「松原さんのそういうところは、私だってそれくらい、わかってますよ。
 だからこそ、彼女に負担をかけさせたくなかった。彼女の優しさに甘えたくなかった」
「甘えればいいんだよ。それがダブルスってやつだろ?」
「そーゆーこと。な、葵ちゃん?」
 いまなお後頭部の痛さに苦悶しながら、しれっと答える昌斗。
 そんな昌斗をどつき倒しながらYOSSYが、葵に笑いかける。
「ティーせんぱい」
 コートに座り込んでいるティーに、手を伸ばす。

「がんばりましょう! ふたりで……」

「……ありがとう……ございます……」
 ティーの声にやや湿り気があることに、昌斗とYOSSYはにやけて顔を見合わせる。
 云百年も生きていても、人間の世界、まだまだわからないことがあるものだ。
 葵に連れられて戦線に戻る友の姿は、二人にとって少しばかり、羨ましく写った。



「ゲーム! ティー、松原組、4−5!」



「……それがどうしたあっ!」
 葵のわだかまりも、T-star-reverseの後ろめたさもなくなった。
 一切の迷いがなくなった、葵とティーの猛攻が、XY−MENを完全に圧倒する。 
 後がない。次、ゲームを取られたら追いつかれる。
 そうなったら、レディー・Yを欠く自分一人では、再び突き放すことはまず不可能。
(だからどうしたって言ってるんだよ!!)
 押されて押されて押されまくる。そんな絶望的展開にあっても、XY−MENは諦め
ない。
(俺が挫けたら終わっちまうんだ! 俺がやらなきゃ駄目なんだ!!)
“チーム”としての妙な責任感。
 神海に言われたからではなく、今ここで、自分がやらなければいけない。
 細かいことは一切抜きで、XY−MENは今、それだけを脳裏に浮かばせていた。
 しかし、勝負とは非情なもの。
 そんなXY−MENの覚悟なにするものぞと、ボールが脇をすり抜ける――

 パァン!
(え?)
 
 力のないボールが、
 それでも正確に的確に、
 ネットを越えて、
 敵方のコートに吸い込まれていった。

「ご迷惑をおかけしました。XY−MENさん」
「……レディ!」
 歓喜の声をあげるXY−MENに答えるは、腕を震わせながらも凛と立つ女性。
 レディー・Y。堂々の復活。

 それにしても。
「“合気”……篠塚先生も使えたんですか?」
「正確に言えばあれは、合気ではないですね」
 未だ腕の震えが取れていない状態で、何故葵の剛球を打ち返すことができたのか。
「篠塚先生の経験からなる、非力な力で剛球を打ち返すことができる、そういう能力。
 まぁ、合気みたいなものなんですけれど。テニス限定の、ですね」
「じゃあ、どうすれば……」

「イン! 0−30!」
「イン! 0−40! マッチポイント!」
 悩んでいる間に、逆に追いつめられてしまう葵。
 自分たちの剛球が通用しない。
 レディの球はフラフラ球。そう思ってXY−MENのみに集中していると、微妙なコ
ントロールでレディにポイントを奪われる。
 レディに気をとられると、XY−MENの剛球をコートに叩き込まれてしまう。
 崖っぷち。完全に瀬戸際に追い込まれた葵。
(どうしよう……このままじゃ、準決勝が、綾香さんとの試合が……)
「大丈夫です」
 追い詰められた葵の肩を叩きながら、ティーがいつもの温和な笑みを浮かべ断言する。
「柔能く剛を制す。ならば、剛能く柔を断つ、です」 



「ぃやあああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーああああっ!!!」
 ドオォオオオオンッ!



『でぇたぁあっ! 松原選手の必殺技! 崩拳球打、だぁあーーーーーーーーっ!!』

(これですよ)
 ティーの口元が緩み眼鏡の奥の目が微笑む。
 弥生の“合気”すら通用しない、葵の“剛”が、コートに砂煙をも立たせている。
「よしっ!」
 葵のガッツポーズに会場は一気に沸き立つ。それほどこのワンプレイは凄かった。

「beakerくんっ、松原さん、勝てそうじゃない!?」
「ええ……!」
 比較的客観主義のbeakerですら、理緒の言葉に素直に頷く。
「松原さんのスタミナがあれば、これから全球崩拳球打を打っても十分保ちます。
 そして今の篠塚先生には、崩拳を打ち返せる術はない。
 懸案事項はXY−MENさんですが、彼を避けて打ち込めば十分。
 理緒さん、勝てますよ。松原さんたちは、この試合」
「うんっ!」



 ズドオォオオオオンッ!
「イン! 30−40!」
 葵の崩拳はまさに、無人の野に突き刺さるがごとく。
 レディの合気をもってしても、手も足も出ない葵の超豪球。
(……まずい)
 今なお痺れる腕を抱え、レディは未だかつてないほどに焦っていた。
 自分が崩拳を打ち返せる可能性は、奇跡を考慮してすら全くのゼロ。
 そうなると頼みの綱は嫌でもXY−MENになるのだが、
(万が一を考えても、彼の守備範囲だけには打ち込んでこない)
 勝つこと、そのことだけを考えている今の葵に躊躇も逡巡もない。
 一片の容赦なく、勝つための一撃を叩き込んでくるだろう。
 そして、ここで決められたらデュースに突入することになり、それはつまり。
(私達の勝つ可能性が、完全に途絶える――)

「……あっ!」
 脳裏に浮かんだ一瞬の絶望。
 それがよりにもよって、最大の好機を向こうに与えるチャンスボールになろうとは。
 落下点に走りこむ、松原葵。
 それを見守るT-star-reverse。口元には勝利の確信を浮かべて。
(ダメっ――!)






「こおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!!!
 松原ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」






 コート、いや学園中に轟いた銀狼の刹那の咆哮。
 咆哮だけではない。彼の持ちうる殺気の全てが、氾濫の如く彼女に放たれた。
 今一瞬、彼の目には他に何も映ってはいなかった。
 目に映るのはただひとつ。倒すべき相手。倒さなくてはならない相手・松原葵!






(あれはっ!?)
 会場の全てが一点に注がれる。
 YOSSYFLAMEも、佐藤昌斗も、坂下好恵も、来栖川綾香も、
 そして、T-star-reverseさえも、誰も見たことのない葵の姿。
 ラケットを軽くボールに向け投げる。そしてそのまま突き進む。
 ボールの落下点で止まり、両足を大きく広げ、腰を下ろして脇を締め。
 両腕を腰につけ、両拳をぐっと握り締める。空手で言う正拳の構え。
 ボールとラケットが重なるその瞬間、葵は動いた。
 双手の力を、ラケットに伝え、一気に、開放。双手で放つ、崩拳――






「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
 ドンンンンンンンンンッッッッッッッ!!!!!






 唸りを上げ、それは相手、XY−MEN・銀狼に迫り放たれる。
 銀髪と化した男は、動いた。
 しかしそれは、銀髪の異形とはあまりにも似つかわしくない。どこにでもあるテニス
スタイル。
 松原葵の放ちし超豪球。
 もとい超破壊球を受けるスタイルが、誰でも知ってるテニスの基本。
 しかしながら。
 XY−MENは彼の持つ野生の勘にて、一瞬で判断し実行に移した。
 獣人はわかっていた。これが一番だということを。
 銀狼はわかっていた。この球を打ち返すにはこれしかないことを。
 何千回も何万回も、夢に出るまで、魂に刻まれるまでしごかれ仕込まれた“コレ”

 そして、衝突した。
 葵の“剛”と、XY−MENの“剛”が。



 ビキッという音が、コートに響いた。
 銀狼の貌が、苦悶に歪んだ。
 されど、その武器は、ラケットは最後まで振りぬかれていた。
 レディー・Yに叩き込まれたフォーム。それと一寸違わずに。



 かくて、ボールはネットをふらふらと越える。
 しかしそこに、T-star-reverseが待っていた。
 もはやXY−MENには、ボールを打ち返すことは不可能。
 T-star-reverseは、振りかぶった。獣人と、仮面の女性に引導を渡すために。
 
 仮面の女性は、ネットに走った。
 おそらくは崩拳並みの球威で放たれるであろうT-star-reverseのスマッシュを前に。
 おそらくは打ち返すことは不可能であろうことを知っていても。
 この状況でT-star-reverseが、一片の躊躇いもなく打ち抜くだろうことを承知で。

 レディー・Yは自らの身を、阻止不能の剛球の前に晒した。
 T-star-reverseは一瞬の逡巡もなく、ラケットを正確無比に、壮絶に振りぬいた。


 
 かくて、ボールは落ち、転がった。
 素顔を隠すマスクが外れかかった、女性の足元、の向こう側に。
 悔しそう、というより諦めたような表情で立ち尽くす、温厚篤実な男の足元に。






「ゲーーーーーーーーーーム! 
 アンドマッチウォンバイ、XY−MEN&レディー組! ゲームポイント、6−4!」






 XY-MENには、ひとつだけわだかまりがあった。
 完璧なプランをもって、勝利を手中にしかけていた葵を誘導してしまったということ。
 葵の素直さ、葵の純粋な気持ちを利用したような、そんな後ろめたさがあった。
 しかしながら、彼の手を握った葵の手に、負の気持ちは感じられなかった。
「ありがとうございました!」
 その瞳には、悔し涙が滲んでいるのは、XY−MENにもわかる。
 でも葵は、自分にできる精一杯の気持ちで、自分との健闘を称えてくれた。
(謝るまい)
 お互い全力で戦った結果。謝罪はそんな葵を侮辱することにほかならないから。
 隣では、T-star-reverseとレディー・Yが握手をしている。
 ティーの顔にも、マスクが壊れかかっているレディの顔にも、わだかまりはなかった。



「XY−MEN先輩!」
 握手を終えて去らんとするXY−MENに、葵が駆け寄ってきた。
 言い忘れたことがあるような子供のように、息を切らせて。
「最後の技。まだ未完成だったんです。
 先輩が気合を入れてくれたから。だからできたと思います。
 先輩。……ありがとうございました!」
 元気よく、笑顔で、ペコリと会釈してくれた葵。
「……松原」 
 言いたいことを言い終わって、駆け足で戻る彼女の背中に、XY−MENが声かける。
「……こっちこそ、ありがとな」
 やや照れくさそうに、それでもはっきりXY−MENはそういう。
 なぜならそれは、おそらく葵は気づいてくれたから。
 自分が胸に抱いていた、後ろめたさというものを。
 だから、葵は来てくれた。
 見た目よりもずっと大人で、思っていたよりさらに優しかった後輩の背中。
 XY−MENはそっと、軽く敬礼を送った。



「お疲れさまでした」
 神海がタオルを持って、待っていてくれた。
「ありがとうございます」
 それだけを言って、タオルを受け取り、そのまま歩いてゆくレディ。
 傍目にもはっきりとわかる、大苦戦による疲労。
 何も言わず、神海はレディの後ろをついてゆく。
 ふと、そんなレディの足が止まる。神海を見ることなく、ポツリと一言、呟く。
 ――勝たせて、いただきました。
 その、一言だけ。



「惜しかったよな」
「ああ」
「なんだよ、よっしー、なんか顔にやけさせて。なんかおかしいか?」
「いやな。たださ、やっぱりあいつは、あいつだったなって思ってさ」
 余韻に浸りながら、YOSSYは述懐する。
 最後のティーのスマッシュ。あの“勝っていたはずの”スマッシュ。
 もし100%の力で振り切れたなら、レディのマスクごと吹き飛ばしていただろうと。
 この試合、なりふりかまわず。
 葵の為に、どうあっても勝たんとしていたティー。
 しかしそれでも、最後の最後でツメが甘い。
 もう何百年にもなる仙人のくせに、いつまでたっても半人前。
 もう何百年にもなる仙人のくせに、いつまでたっても人間臭さが取れない男。
「だけどさ」
「まぁな。そういう奴だから、気に入ってる。俺もお前も、多分他のやつらもな」
「……葵ちゃんも、な……」
「ああ。
 ……そうだ。葵ちゃんといえばアレだ。なんか二人っきりになってるんじゃねーか。
 許せねーよ。ちょっと行って邪魔しに行こうぜー」
「よっしー」
「あ?」
 いきりたつYOSSYを、昌斗が宥める。
「葵ちゃんをなぐさめられるのは、今はあいつしかいないよ……」
「……フン」



「松原さん」
 初夏の暖かい風に包まれながら、葵とティーは向かい合う。
「力になれなくて、申し訳ありませんでした」
「いえ、そんなっ」
 頭を下げ謝るティーに、慌てて葵も頭を下げる。
「あの、確かに綾香さんと対戦できなかったのは残念ですけど」
 ぐさりとティーの胸をつくお言葉。
「だけど。それ以上に私、得るものがいっぱいあったんです」
 ティーの目を真正面から見つめて。葵は思いのたけを打ち明ける。
「せんぱいは私に言ってくれました。何事にも挑戦する気持ちが大切ですよ、って。
 この大会を通じて私、いろんな人たちのことを知ることができました。
 そして私、自分が本当に、いろいろな人に支えられて、今ここにいるんだ。
 今、それを本当に感じています。この大会は、それを気づかせてくれました」
「松原さん……」
「そして、私でもここまでやれるって、これだけやれるんだ、って。
 テニスという競技に触れて、あらためて、努力することの大切さに気づきました。
 ……せんぱい」
 すぅと息を吸って、そして。その思いを目の前の男に、その思いを投げかけた。

「私と一緒に過ごしてくれて、一緒にいてくれて……、……ありがとうございました!」

 暖かい風が二人の頬を優しく撫でる。
 照れて赤くなった頬に、やや潤みながら、真っ直ぐ見つめてくれる瞳。
 ティーの手が、自然に葵の両肩にかかる。
 二人の距離が近くなる。緊張と恥じらいのあまり、目を瞑る葵。
 優しく肩を抱きながら。だんだんと、近づくお互いの唇。
 そして……



「んなわけねーだろハイパーエロ仙人がっ」



 YOSSYFLAMEの木刀の一撃で、その距離は数メートルにまで引き剥がされた。  

「あ、あのですね……いきなり木刀で殴りかかる人がありますかっ」
「いーだろー、どーせてめーなんざいくらぶん殴っても死なねーんだしー」
「そもそもあなた、前の場面で気を利かせてくれたんじゃなかったんですかっ!?」
「いつ俺が気なんざ利かせたぁ? フン、としか言ってなかったですけどねぇ」
「そういう台詞は普通は……うぎゃああっ!!」
 いい終わる前にディアルトのボディプレスで潰される。
「ちょ、ちょっと人の話をうわわわわわわ」 
 説得にかかる暇もなく、Runeによる暗躍生徒会謹製簀巻き寿司に処せられる。
「おーし、みんなで人間手巻き寿司の作成だー」
「おーっ」
 Runeの一声で始まる手巻き寿司作りイコール袋叩き。
 YOSSYもディアルトも佐藤昌斗もここぞとばかりになぐってけって。
「まぁ、恒例行事みたいなものですYO。HAHAHAHAHA」
「てめーはドサクサにまぎれてなにすとろべりっちゃってますかこの白ランアフロっ」
「OH−、事実捏造デース」
 なんかあまりの急展開にしばし呆然としていた葵だが、不意にくすっと笑いが漏れる。
 いつもと変わらない空間。いつもと変わらない仲間たち。
 そんな空間があることの喜びに、不意に気づいたから、かもしれないと、葵は思う。



(松原さん)
 青空を見上げながら、レディは思う。
 最近妙に、自分の生徒のことを思うようになってきた。
 そんな自分に気づいてしまい。マスクの奥を赤く染める。
 けれど、たまには自分もこんな気分になっていい。そう自分を納得させる。
(願わくは――)



 ――願わくは、あなたたち本来の場所で出会えますことを――












      XY−MEN&レディー・Y組……準決勝進出!