「よく見えないな〜」 靄の中、一人歩く影が見える。 「……私、眠った筈なんだから、夢ねきっと」 呟きながら靄の中を歩き続ける。 「夢ならなんで私の思うようにならないんだろう……」 そう口にしたとき、目の前から靄が一掃される。 「あっ」 靄が晴れたその先には、 「お待ちしておりました、雛山理緒様」 理緒の方に礼をしている大きな建物の影をバックに青年が立っていた。 「りーずくん……よね?」 理緒の言葉に、その中性的な顔を上げ微笑みを浮かべる。 Lメモ 「真夏の夜の夢」 今、理緒の目の前にLeaf学園が佇んでいる。 夜に浮かぶ学園のシルエットは不気味な雰囲気を醸し出している。 「あ、あの……りーずくん?」 「なんで御座いましょうか? 理緒様」 微笑みを浮かべながら、りーずが応じる。 「な、なんで「様」なんて呼ぶのか、そろそろ説明してくれないかな? 夢よね? これ……」 「そうですね…… 答えを知りたければどうぞついてきて下さい」 そう言って、りーずは学園の中へと入っていく。 「ちょ、ちょっと待って」 理緒も慌てて校門をくぐり、生徒昇降口から中に入る。 「うわぁ………」 すると、其処は理緒が知っている場所ではなくなっていた。 絨毯をひいた、豪奢な部屋…… そして、理緒を出迎えるように並ぶ、オカルト研究会のメンバー達。 その列の先に、理緒をここまで連れてきた神無月りーずと、来栖川芹香が立っ ている。 りーずをはじめとする、男子部員は、黒のスーツに身を包み。 女性部員は、メイド服を着こなしている。 芹香だけが、白いドレスを着て、他の者達と雰囲気を異なるモノとしている。 「……………」 ドレスの裾を抓み、芹香が優雅にお辞儀をしてみせる。 「『ようこそおいでくださいました、雛山理緒様』? って、芹香先輩待って下さい! な、なんで先輩まで「様」付けで呼ぶんですか!?」 慌てふためく理緒に、芹香は唇の前に人差し指を立てる。 それを見て、理緒が言葉を詰まらせる。 「王子の元までご案内します。ついてきて下さい」 りーずが、理緒の手を取り、奥にある扉へと導く。 扉の前につくまで、理緒は芹香の様子をうかがいながら歩を進める。 「そうだ……服を着替えないと……」 そう言われて、自分の服装を省みる。 パジャマに着替えていたはずなのに制服を身に纏っている。 パチン りーずが、指を鳴らす。 「はぁ〜」 理緒が感嘆の声を漏らす。 りーずが指を鳴らした瞬間、制服は、エメラルドグリーンのドレスへとその姿を 変えていた。 「では、ごゆっくりおくつろぎ下さい」 りーずの後ろ、夢の扉がゆっくりと開いてゆく。 ――数日前 「はぁ〜」 学園内の屋台の一つ、猫町櫂がひくたこ焼き屋台。 今日も盛況を極め、店仕舞いをはじめる頃その溜息は聞こえていた。 「どうかしたんですか?」 猫町のお得意さまにして今日の最後の客、ローブ姿の青年=神凪 遼刃が訝しげ に問い掛ける。 「もうすぐ夏休みですよねぇ……」 「はぁ……大分暑くなってきましたし、もう二週くらいで夏休みですね」 神凪が、まだ十分に顔を覗かせている太陽を見ながら答える。 「雛山さん、またゆっくり出来ないんでしょうね……」 「………ご自分のことは良いんですか?」 神凪が苦笑しながら問い掛ける。 「はっはっは、そりゃお休み欲しいですけど……雛山さんに比べたら……」 (どっちもどっちだと思いますが……) 神凪はその言葉を飲み込む。 「たまにはゆっくりさせて上げたいですね」 猫町が溜息混じり話を切り上げる。 「と言う理由なんですけど……合宿とかでお二人何とかなりませんか?」 神凪が、芹香に掛け合っている。 ここはオカルト研究会部室、幾人かの部員がまだ残っている。 「猫町さんというと……あの”たこ焼き屋台”の猫町君?」 りーずの確認に神凪が頷く。 たこ焼き屋台……猫町は、文化祭での屋台勝負以来客入りはそれ以前より遥か に増している。 屋台持ちの猫町と言えば学園内で知らない者は今や皆無であろう。 「……雛山さん、ご家族ほったらかしでついてくると思います?」 眼鏡をかけた青年=東西が、口を挟む。 その言葉に神凪が口をつぐむ。 雛山理緒、家族を大事にしその家計を助けるために数多くのバイトにいそしむ 勤労少女。 家事も一手に担っているという噂だ。 「まぁ、ご家族もついてくるでしょうね……」 T−star−reverseが、本から目を離さずに告げる。 「夢ぐらいしかないでしょうね……彼女が快く受け取る物があるとすれば」 神凪が溜息をつく。 「……………………」 「『なら、夢をプレゼントすればいいでしょう』ですか?」 部室内の皆が注目する中、芹香が静かに頷いた。 ――夢の中の厨房 「料理お願いします!」 智波が芹香を急かす。 芹香が机の上に置かれた皿に手をかざし、料理を思い浮かべる。 すると、何もない空間からいきなり料理が出来上がってくる。 「はい、ご苦労様です」 智波が、出来たばかりの料理を客人が待つテーブルに並べに走る。 「しかし、この夢って凄いですね……感覚を完璧に再現するなんて……」 「それで、夢の特性……理不尽さを失わないんですからね……」 T−star−reverseと、沙耶香がいそいそと豪華なお皿を形作りな がらはなしている。 「だけど、私達はちょっと苦労しましたね」 沙耶香が苦笑する。 「沙耶香さん達女性陣はまだ良いですよ、私達男性陣は長瀬さんに鍛えこまれた んですよ?」 T−star−reverseが肩を竦める。 「はいはい、何話し込んでるんですか?」 料理をおいてきた智波が話に加わろうとする。 「長瀬さんの特訓を思い出してたんですよ」 「ああ、芹香さんもやるとなるととことんですからね」 見慣れたことのように、けらけらと笑う。 「ま、後の舞踏会は僕達もゆっくり出来るんですから、王子様とお姫様には楽し んで貰いましょう。 僕達の努力が無駄にならないように」 「猫町君が王子様とはね」 理緒が、笑う。 「似合いませんよね、この格好」 猫町櫂が自分の豪奢な衣装を見直す。 二人は長大なテーブルに向かい合って座っている。 「ううん、似合ってるよ。 でも、これ夢なんでしょ? 猫町君が出てくるなんてちょっと意外だったかな」 理緒がくすくす笑う。 「そ、これは夢ですよ。 だから気兼ねなく楽しんで下さい、お姫様」 猫町からも笑いがこぼれる。 二人の目の前には、二人分とは思えないほどの量の料理が並んでいる。 「楽しみも……それを楽しむための時間も、まだ沢山残っています」 猫町と理緒の中間の位置に控えるりーずが、双方に微笑みながら夢の時間を告 げる。 ――数日前、オカルト研究会部室 芹香が、部員に液体の入った小瓶を渡している。 「なんですか? これ」 トリプルGが、小瓶の中の液体を眺めながら尋ねる。 「……………」 「夢を見る薬?」 猫町の話をした後に出してきたと言うことは、それに関係するのだろう。 「……………………………………………」 「『夢を見るための眠り薬みたいな物です』って……」 眠り薬と聞いて、皆が少しひく。 「ははぁ……この方法ですか……」 りーずが芹香が小瓶と共に持ってきた書物から目を離し、説明をはじめる。 「人の精神は”無意識”で繋がっていると言います。 つまり、人は無意識面でのネットワークが出来ているというわけですね。 そして、無意識面を通して対象の意識を意図するところに連れてくる」 「つまり……」 「夢の中での会合が可能になるわけですか? なら、猫町さんと雛山さんにちょっとしたバカンスが贈れますね」 トリプルGが、頷きながら今回の目的部分を探り出す。 「………………………」 「『理解できたところで、シナリオにうつりましょうか』? シナリオ?」 芹香の表情が楽しげになる。 ――夢の中の厨房 「食事終わりました!」 東西が厨房に駆け込んでくる。 「さて、じゃ、僕達も着替えますか」 智波の言葉に厨房にいる全員が頷く。 猫町と、理緒はきょとんとしていた。 今まで自分たちが食事していた場所が、立ち上がった途端にテーブルは消え去 り、舞台を正面に望む大広間へと唐突に変わったから…… 「夢と知ってても驚くね」 理緒が微笑みながら猫町に話しかける。 「さぁ、お楽しみはこれからですよ」 何処からともなく聞こえてきたと同時に、舞台袖から出てきた芹香が中央へと 移動する。 芹香が人差し指を立て頭上にかざし、指揮をする素振りを見せるとワルツが流 れだし、オカ研のメンバー達がスーツと、ドレスに着替えて現れる。 「舞踏会……」 「そう………ですね」 唖然としていた猫町だが、女性を誘い出す者が現れるのを見て、 「えっと……僕と踊っていただけますか?」 顔を真っ赤にしながら手を差し出す。 「はい」 理緒も照れ臭そうに手を取り…… 「あ、でも私踊れない……」 「あ」 双方とも、肝心なことを思い出したようだ。 「ワルツって……僕も踊れませんよ?」 「でも、中には踊ってる人も居ますね」 「踊れない人が多そうですよ?」 そのような会話が聞こえだし、何故か一ヶ所に集まっている。 そこへ、芹香がやってきて、「赤い靴」と「赤いハイヒール」を人数分揃える。 「…………………」 「『はくだけで上手に踊れるようになる靴です』か?」 東西が手にとって、しげしげと眺める。 (赤い……踊れるようになる…………靴?) 頭に何か引っかかる物がある。 「来栖川さん、これって……」 「………………………」 「『昔、童話で読んだものにそんなモノがありました』? って、それって……」 『はくなぁーーーーーーーー!!!!!!』 芹香の言葉を聞き幾人かが大声を上げる。 出した本人と、童話に縁遠そうな人間が、きょとんとしている。 「や、やっぱり良い機会ですから教えて貰いましょう。ね?」 何かに気付いた者達が同じ意見を口にして舞踏会が始まった。 「で、結局”壁の華”ですか……」 「へぇ〜、そんな言葉知ってるんですか?」 壁にもたれ掛かっている、東西と神凪が話をしている。 「姫川さんがいれば無理にでもお誘いするんですけどね」 神凪が呟く。 神凪は東西に聞こえるように言ったつもりだが、東西からの返事はない。 いぶかしんで様子を見ると、入り口の方に気を向けている。 「そろそろかな?」 東西が、いたずらっ子の笑みを浮かべる。 神凪が、言葉の真意を確かめようとしたその時、二人の来客に控えめに扉が開いた。 みな、それぞれ踊りに集中していて気がつかない。 「姫川さん……」 神凪が信じられない思いで呟いたときには、既に東西は琴音の前に移動していた。 「ようこそ、お二人とも……お手をどうぞ」 東西が微笑みながら、来賓の少女達の手を取り、神凪の元にやってくる。 「ちょっと、人を呼んできますね」 くすくす笑いながら東西が人の波の中に消える。 「こんばんは、神凪さん」 「こんばんは……どうしたんですか? よく来れましたね」 「東西さんからのお誘いです……丸い動物が呼びに来たんですよ」 動物の様相を思い出して、琴音がくすくす笑う。 (貘……夢を喰らうという精霊? 無意識を移動しても可笑しくないが…… 相も変わらず理不尽な能力だ) 神凪は、精霊術の理不尽さに心中で舌を巻いた。 「松原さん!」 T−star−reverseが、一人の少女の名前を呼び、人混みをかき分 けてくる。 「こんばんは、お呼ばれに応じてきました」 松原葵が、明るい笑顔でT−star−reverseに話しかける。 その答えに、T−star−reverseが困惑する。 「ティーさんが、呼んだことにしてあるんです」 後から追いついてきた東西が、耳打ちする。 後輩の余計なお世話に苦笑しながら、T−star−reverseが葵の手 を取り踊りの輪の中に戻っていく。 「さて……と」 東西が、神凪に目配せする。 神凪が諦めたように肩を竦めるのを見てから、 「姫川さん、僕と踊っていただけますか?」 「はい」 琴音が東西の手を取り同じく踊りの輪の中に入っていく。 「優先順位くらい心得てますよ」 神凪が苦笑する。 「そう、大分上手になりましたね」 「そうですか?」 智波と沙耶香が待っている。 「智波さんが踊れるなんて思いもしませんでした」 「芹香さんと居ると、社交の場も覗くことがあるので……それでいつの間にか覚 えました」 智波が危なげな沙耶香の踊りをリードしている。 沙耶香の方も最初の頃ほど危なげな物ではなくなってきていた。 りーずは少しだけ拗ねていた。 「踊れないワケじゃないのに……」 芹香を誘ったのだが、トリプルGを指導するという名目の元、取り敢えず断ら れたのだ。 「……次は踊って下さいよ……」 りーずはひとりごちることしかない。 「と、ととと」 焦りを声に出してしまっているトリプルG、とても芹香と踊っている状況に酔 える状態ではない。 「………………」 「『慌てないで』ですか? ちょっと無理っぽいです」 引きつった笑いで答える。 芹香は、優しく微笑みながらトリプルGのステップを助けるようにゆったりと 優雅に舞い続ける。 「……………」 「……………」 黙って踊り続ける二人もいる。 「え〜と、松原さん? 大丈夫ですよ、リズムは合ってますから……」 「そうですか? でも、足捌きが………」 葵は、踊り始めてからずっと足下ばかりを見つめている。 「リズム感良いですから、直ぐになれますよ」 T−star−reverseが、やんわりと言う。 「はい、がんばります」 踊り始めてから初めて、T−star−reverseの顔を見つめ、答える。 「夢みたい……」 「だから夢ですよ」 ゆっくりと、自分たちのペースで周りを気にしながら、パートナーの足下を気 にしながら舞い続ける猫町と理緒。 「豪勢なお食事をいっぱい食べて、こんな広いところで綺麗なドレスで踊って、 本当に夢よね」 理緒が微笑む。 「でも……良太達も一緒だったらよかったのに……」 その笑みが曇り始める。 「夢ですよ……しょうがありません」 「私だけ楽しんで……酷いお姉さんなんだね、私……」 「でもね……今日は本当に楽しいよ。 猫町君が私なんかにずっと付き合ってくれてたんだもん」 「…………」 理緒の照れが混じった笑顔に言葉を失い、魅入る猫町。 恋人達の語らいが、夢の夜を彩る。 恋人達の語らいだけが夢に時間と言う砂を注ぎ続ける。 砂が満ちれば宴は終わる。 「ここまでだね」 「ありがとう、猫町君」 宴を終えた者達は、共に舞った者達を送っていた。 「また、明日ね……」 「はい、たこ焼き食べさせて上げますよ。 今日のごちそうには劣りますけどね」 「ううん、猫町君のたこ焼き、美味しいから何よりのごちそうだよ」 「……おやすみなさい」 「おやすみ」 眠りがひとときの別れを連れてくる……… ――翌朝 「おはよう♪ 猫町君」 「あ、おはようございます」 「〜♪」 「楽しそうですね」 理緒は、鼻歌を歌いながら終始表情を嬉しそうに崩している。 「わかる? 昨日良い夢見たんだ♪」 「へぇ〜、どんな夢ですか?」 「へへ〜、内緒♪」 「気になりますね」 猫町が苦笑する。 「良いことは大事にしまっておく物だよ」 理緒が人差し指を立てて猫町に諭す。 「わかりましたよ」 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン 「授業始まっちゃうね、急ごうか?」 理緒が駆け出す。 遅れて猫町も駆け出す。 (オカ研に昼食代わりのたこ焼き配達……あの笑顔が見れるなら安い物だな) 猫町が笑みを浮かべながら、理緒を追い抜き校門をくぐる。 了 ************************************ 東西:と言うわけで、気が早い作品でしたね(ケラケラ) 『命』:…………… 東西:どした? 『命』:遊ぶことしか考えてませんね 東西:そんなことはない…… 東西&『命』:では、また〜 P.S:靴のネタわかる人、います?(笑) 99/06/04