Musician's Lメモ 2nd track "Fire beat"(2)  投稿者:とーる

「恐らく、あの向こうにいるのは、魔王級、または、それに順ずる力の持ち主です」

 神無月りーずの感覚を信じないわけではない。
 神無月りーずの言葉を信じないわけではない。
 だが、あまりに酷な予測である。
 魔王、と呼ばれる存在。
 強大な魔力を内包し、世界の因果律すらゆがめる存在。
 Leaf学園が『特異点』と呼ばれる所以の一因でもある。いるだけで次元をゆがめる
ような存在がそうそういてたまるものか。
 だが、この扉の……結界の向こう側には魔王が、あるいはそれに匹敵するだけの強
大な力を持ったものが存在する。
 引き返すべきか……? 自分一人ならばまだしも、ここには大切な仲間がいる。大
事な友達がいる。彼らを巻き込むわけにはいかない。

 と、とーるが内心苦悩しているわきで、

「わぁい、ドラマーさんです〜」
「み、水野くん!?」

 あろうことか精霊石をこなごなにした結界を、まるでそこに存在しないかのごとく
無視して、水野響はずかずかと踏み込んでいってしまった。
 りーずの口がふさがらない。顎をかくんと落として、目を見開いている。

「早く音楽室に行くです〜」

 早く来いといわれても……。
 躊躇するとーるをわき目に、次に結界の内側へ踏み込んだのは、

「なんともないデース! トール、早くこっちにおいでヨ!」

 これまたなにも考えていないかのごとく無造作に、宮内レミィが扉の前へ向かった。

「……私の目は光学センサーを内蔵していますが、それでは物理法則を超越している
ものを感知することはできません。
 ですが、さっきの精霊石をこなごなにした『力』は確かに存在したものと類推する
ことはできます」

 とーるが呆然と、そんなことをつぶやく。それはりーずに言ったものかどうか、無
意識のうちに口をついているだけなのかもしれない。
 だが、りーずはとーると同じく前にいる響とレミィを見据えて、憮然とした口調で
つぶやいた。

「叡智を求める者が最も恐れなければならないもの、それは無知と蛮勇です」
「は?」
「魔術の心得がある私には、『そこに結界があること』『結界の構成要素』がわかり
ます。わかるからこそ、それを認識する。だが、彼女たちには『そこに結界があるこ
とがわからなかった』」
「……すみません、もう少しわかりやすく……」

 困ったように言うとーるに向かって、ついにりーずはこうはき捨てた。

「要するに、裸の王様の衣装は、子供にとってはただの裸でしかない。そういうこと
ですよ」

 そこまでいって、りーずは先に行った二人と同じぐらい無造作に廊下に踏みこんだ。
 とーるのほうが逆に狼狽してしまうぐらい、何も考えない足取りだ。

「り、りーずさんっ!?」
「人を阻めなかった結界は、その時点で用を成しません。効力は消滅していますよ、
とっくに」

 憤懣やる方ない、という風情で振りかえることなく、りーずは歩を進める。
 特に何も起こらない。
 とーるは、おっかなびっくり右足を踏み出した。
 ……何も起こらない。
 小さくため息をつきつつ、とーるも響たちの元へむかった。



 いつも、そこには辿りつけなかった。
 あの人がいるのに。
 わかっているのに。
 私は、私すら拒絶するその隔たりを感じて、踵を返す。
 どうして、「SS使い」という人たちは自分一人で物事を決めてしまうの?
 私は、何もしてあげられないの?



 音楽室の扉は固く閉ざされていた。

「さて、いよいよですね」

 誰に言うともなく、とーるがつぶやく。
 りーずは神妙な面持ちでドアを凝視している。
 レミィと響はワクワクしながらその瞬間を待っている。
 防音加工してあるドアのノブに手をかけると、とーるの全身にびりっという電撃に
似た衝撃が走った。慣れ親しんだ感触だ。
 この期に及んで、扉の向こうにとんでもない力の持ち主がいることをとーるは再確
認した。
 ドアノブをしっかりと握る。さっきの衝撃以上のものは伝わってこない。

「……開けます」

 エアロックの隔壁のごとく重々しい防音扉を開く。
 薄く開いた隙間から漏れ出したのは、炎が噴出してきたかのような熱気だった。
 だが、音楽室の中で燃え盛っているのは、紙や木を燃やしたときの赤い炎ではなく、
ガスバーナーのような青い炎だった。
 炎の向こうで人影がうごめく。

「誰か、いますね」
「ドラマーさんです〜」

 轟々と燃え盛る青い炎の向こうに、火勢に負けないぐらい激しいドラムのビートが
あることを、響の耳は敏感に聞き取っていた。

 ごうっ!

「なにっ!?」

 すると突然、炎の壁から青い火の玉が飛び出してきた。
 とっさのことで避ける間もない。とーるは慌てて響をかばうように抱きかかえ、身
構えた。

 じゅわっ。

 数秒固く目を閉じていたが、思い描いた火の玉の衝撃は訪れない。

「結界を踏み越えたものを仲間とは認識しないようですね。まぁ、当然のことでしょ
う」
「ひーほー」

 いつのまにか、りーずの傍らには雪だるまに手足を生やして三角帽をかぶせた姿の
ディフォルメされたものがちょこんと立っていた。

「ジャックフロスト、吹雪だ」
「ひぃぃぃぃぃ〜、ほぉぉぉぉぉぉぉぉ〜っっ!!」

 りーずがそれ……ジャックフロストに命じると、口からこれでもかといわんばかり
の猛吹雪が噴き出された。冷気を操る悪魔であるジャックフロストは己の力の源であ
る冷気を吹雪に変えて放つことができる。

 しゅごごごごごごごぉっ。

 炎の壁にぶつかった吹雪は瞬時に蒸発し、もうもうと水蒸気を吹き上げた。
 だが、火勢は一向に衰える気配を見せない。

「……何だか、つらそうデス」

 たった数分、それだけのことだが、レミィに指摘されるまでもなくジャックフロス
トの限界が近いことは、召喚者であるりーずがよくわかっていた。

「私の魔力を上乗せしていますが……やはり下級の悪魔では厳しいです、ね……」

 傍らで零下の吹雪を吐き出しているにもかかわらず、りーずの額には脂汗が浮いて
いた。炎のせいではない。魔力の集中が著しくりーずの体力も奪っているのだ。

 そもそも、魔王クラスの結界に立ち向かおうというのが間違い。

 集中が途切れそうになる頭を振りながら、りーずはぼんやりとそんなことも考えて
いた。
 彼らにそこまでする義理はなく、ましてや学園の危機でもなんでもなく。
 ……魔王の存在がそもそも世界の危機なのではないかというツッコミはおいておい
て。
 ではなぜ、魔力どころか命まで削りかねない真似を好き好んでしているのか?

「……好奇心と、意外性……ですか」
「は?」
「なんでもありません」

 燃え盛る炎の勢いは、りーずのつぶやきをとーるに伝えることはなかった。
 魔術、という「りーずにとっての常識」を覆す存在。
 ただ真理を求めていただけの、Leaf学園にくる前のりーずだったら、響やレミィの
ありようを見て立ち止まり身動きが取れなかっただろう。
 主観とはいえ、常識が覆されれば、人は混乱するものだ。
 まして、何の準備もなしに魔王に対峙しようなどとは考えもしなかっただろう。
 黒髪の麗しく若き魔女姫。
 蒼き炎をまとい信念を貫く白銀の狼。
 それ以外のさまざまな人々。
 自分の可能性に功罪併せ持って関わり合う存在が、自分の力を高めていった。
 そんな風に考えられるようになるとは、ほかならぬりーず自身が思っていなかった。

「私も、知りたくなりましたよ、とーる君」

 左手のガンプを胸の前で支え、右手をかざして前を見据えながら、りーずがいう。

「この、炎の壁の向こうに、いったい誰がいるのか。こじ開けてみたくなりました」

 炎になぶられ照らし出されたりーずの顔は、笑っていた。
 苦しいのは事実だが、顔は自然にほころんでいた。
 これが、ワクワクする、ということなのだろうか。
 そんな風に考えられる自分が、りーず自身新鮮だった。

「次の一手を……さて、どうするか……」
「ひ〜……ほ〜……」

 りーずがつぶやいたそのとき、ジャックフロストはついに限界に達してしまった。
 ばしゅん、という音とともにジャックフロストの姿がかき消える。
 吹雪が止む。
 刹那、吹雪にあおられていた炎が揺り返してりーずたちに襲い掛かってきた!

「しまっ……」
「りーずさんっ!?」

 炎の顎がりーずだけではなく、自分たちをも飲み込もうとしているのを、どこか実
感を伴わないままとーるは眺めていた。