Lメモ・部活編12「心、想い、そして」 投稿者:T-star-reverse
【夜・葵の自宅・葵一人称】
 私の頭の中で、言葉が渦を巻いていた。
 順序はデタラメだったけど、不思議と一言も間違えずに思い出せた。

「今すぐ返事をくれなくてもいいです」

「えーと、なんて言ったらいいのかな……」

「少し話があるんです」

「冗談とかじゃなくて、真剣に聞いて欲しいんだけど」

「これだけは、覚えていて欲しいんです」 

「ちょっと、いいかな」

「一つだけ、あなたに言っておかなきゃならないことがあるんです」

「すいません。わざわざここまでついてきてもらって」

 でも、私を悩ませているのはそんな言葉じゃない。
 わざと「その言葉」に至る言葉を混乱させ、できる限り思考から
遠ざけようと必死で頭を振っても、無駄な努力に過ぎなかった。
 私の心の中で、ただ一つの言葉が反響するように響く。
 その言葉の持つ意味の大きさが、私の体にまで重くのしかかる。
 どうしたらいいのか解らないもどかしさ、苛立ち、そしてそれよりも更に
巨大な不安感が、自分を苦しめていた。
 閉じた瞼から涙がこぼれ出し、顔を押しつけている枕に染み込むのを感じた。

 考えたくなかった。

 思い出したくなかった。

 嫌だからじゃない。

 ただただ、恐かったから。

 ……そう。恐かった。
 その言葉を聞いたことで、自分がどう答えるかによって。
 自分の今いる、いつも通りの状況が壊される可能性を恐れていた。

 逃げかもしれない。

 心のどこかでそう自分に問いかけてもみた。
 だが、答えることで傷つくのが自分だけじゃない。
 そのことが、その言葉から自分を逃避させていた。

「松原さん……あなたのことが、好きです」


Lメモ・部活編12「心、想い、そして」


【前日放課後・格闘部練習場・三人称】

 その日は、あまり珍しくもないが格闘部主要メンバーが全員集合していた。

 ずばぁん!

 サンドバッグを叩く音が、練習場にひときわ大きく響く。
 聞く者が聞けば、その音だけで誰がサンドバッグに向かっているか
容易に想像がついただろう。

 まず、来栖川綾香ではない。
 彼女であれば、蹴り一発で止めるなどということはないからだ。
 例え相手にそれがクリーンヒットしたとしても、その驚異的な瞬発力を
最大限に活かすために、すぐさま次の攻撃に移るだろう。

 かといって、坂下好恵でもない。
 彼女の場合、まずサンドバッグに向かうことが稀であるからだ。
 もし仮に、サンドバッグに向かっているのが彼女だとしても、音が違う。
 彼女の蹴りは、その威力を示すようにもっと重い音を立てる。
 まして、拳であの音が出ることは絶対にない。
 
 ではT-star-reverse……ティーはどうか?
 彼の蹴りもどちらかというと好恵と同じく、もう少し重い蹴りだ。
 それより何より、彼は格闘部で一度もサンドバッグに向かった事はない。
 彼は、弱点であるスピードを克服するため、大抵は組み手をしている。
 速度で劣るぶん、相手の次の一手を読み切らなければならないからだ。

 それではYOSSYFLAMEか? いや違う。
 彼はティーとは逆に、綾香に似て手数重視の戦闘スタイルである。
 蹴りであれだけの音を立てる威力を出すには、いささかパワー不足だった。
 逆に言えば、それを克服するためにサンドバッグに向かうことが多いのも
また事実ではあるのだが。

 ディアルトはと言うと、これもまた違う。
 彼の場合、その扱う技が倭刀を利用するものを含む特殊なものであるため、
蹴り単体ではあれほどの音を立てる威力は出せない。
 彼に関しては決してパワー不足な訳ではないのだが、彼の持つ多彩な技が、
逆に正確な打撃、つまり技の威力を最大に引き出すことを阻害していた。

 また、そーしゅでもない。
 彼の能力を以てすれば、あるいは全く同じ蹴りを繰り出せるかもしれない。
 だが、彼が敢えてそうする理由が見つからない以上、元々の彼の実力から
判断して、選択肢から除外しても良いだろう。

 あるいは佐藤昌斗がいたのならその音の主であったかも知れない。
 だが彼は格闘部の正式部員ではなく、今練習場にその姿はなかった。

 と、消去法でいけば、候補者はただ一人しか残らなくなる。

 そう、松原葵である。
 彼女が最も得意とする右の上段回し蹴り。
 その威力をもってすれば先程の音ぐらいは容易に出るだろう。
 そして人一倍努力家な彼女は、部員の中で最も多い回数、サンドバッグに
向かっての練習を行っている。

 体育の授業が終わり、ホームルームを終えてからすぐに来たらしく、
着替える間を惜しんでか、ジャージを脱いだだけの体操服姿で練習していた。

 ばしっ、ばしっ、ばしっ、ばしっ、ばしっ、ばしっ、ばしっ……

 赤いウレタン製のナックルガードが叩きつけられるたび、小気味よい音を
立てて、同じく赤く、長い間使い込まれたサンドバッグが揺れた。

 ずばぁん!

 最後に右の上段回し蹴りが叩き込まれ、サンドバッグが大きく傾いだ。
「っふうっ!」
 頬を膨らませて一息つき、すぐに息を整える。
 5分休んだあと、再びサンドバッグに向かって1分ラッシュを続けるのだ。
 それを30分間5セット。多いときは2時間続けて20セット行う。
 これほど厳しいメニューをこなしているのは葵だけである。
 無論、他の部員も決してゆるくはないメニューではあるのだが、葵のは皆に
体を壊さないか心配されるほどのきついメニューである。

 無論、それほどの努力を続けるだけの理由が葵にはあった。

 反射神経……つまりは格闘における最大の才能においては綾香。
 技の威力……つまりは格闘における最大の武器においては好恵。
 耐久力……つまりは格闘における最大の安定感においてはティー。
 スピード……つまりは格闘における最大の権利においてはよっしー。
 技の数……つまりは格闘における最大の手段においてはディアルト。

 と、それぞれに特化した能力を持つ部員達を内包する格闘部。
 葵はそのいずれにおいても、他のメンバーより下に位置していた。
 それは葵自身もよく解っていることである。
 だから彼女は練習に明け暮れた。
 毎朝欠かさず基礎トレーニングをこなし、昼休みにも練習に向かい、
放課後も、特に用事がなければずっと道場に入り浸っては練習していた。

 しかし彼女は気づいていなかった。
 彼女にもまた、他の部員と比べて秀でている部分があることに。

 スタミナ……つまりは格闘における最大の利点である。

 毎日毎日、ともすれば体を壊しかねない程の努力が実を結んだ結果である。
 だが彼女はそれに気づかない。

 彼女を動かしているのは様々な感情である。
 憧れ、不安、焦り、などなど……。
 それがいい方向に向けば、今の彼女のように一心に努力することに繋がる。
 だが葵の場合、いざという時にその感情が悪い方向に向いてしまうのだ。

 不安感。

 葵は、この感情が特に強くなったときに抑える術を持っていなかった。
 だから練習した。
 練習して、練習して、その不安感を消してしまおうとした。
 普段はよかった。 
 学校で勉強しているときはもちろん、毎朝のトレーニングや部活での練習を
しているときも、そして友人と楽しい時を過ごすときも。
 大抵のことに真剣に取り組む……つまりは集中しやすいタイプであるので、
それらのことに集中している間は不安感から逃れることができた。
 だがしかし、一旦その集中力が不安感そのものに向けられたらどうなるか。
 目をそらすことはできない。集中しているから。
 自分で取り除くこともできない。なぜなら、それが理由で逃げていたから。
 なにかしらの外因がなければ、不安感から逃れることができないのだ。
 例えば、試合を終えること。
 例えば、誰かに励まされること。
 例えば、自分より脅えている誰かがそばにいること。

「でも、それじゃ駄目」
 葵は、常々自分に言い聞かせていた。
「何かに……誰かに頼ってばかりいたら、私はいつまでも強くなれない。
目標である綾香さんに追いつく事なんてできない」
(これは、綾香に憧れる故の一種の思いこみであるのだが、それはともかく)
 だから、葵は練習した。
 自分の力で恐怖感に打ち勝つために。
 練習して、練習して、少しでも強くなるために。
 そう、少しづつでも……。

「……さん、松原さん!」
「……はぇっ?」
 休憩中に、いつの間にか寝ていたらしい。
 葵はむくっと顔を起こし、きょろきょろと左右を見回した。
 いくつかの顔が目に入るが、起き抜けの頭には誰が誰だか判別不能だった。
「あれ……私、寝てまひた?」
 ぼやけた視界の中でも、いくつかの頭が上下に揺れるのが解る。
 葵は伸びをしながらゆっくりと立ち上がった。
「うぅっ……んっ……ふぅ」
 息をついて、再度閉じていた目をぱちりと開くと、途端に視界が開けた。
「おはよぉございます……」
 視界が開けても、意識がすぐにはっきりするわけではない。
 寝ぼけまなこで目覚めの挨拶をする葵。
 当然だが今の時間は夕方である。
「葵? ここんとこ、ちょっと無理しすぎじゃない?」
 綾香が心配そうにそう言うが、葵は半分閉じた目でふるふると首を振る。
「んや、大丈夫です。へぇきです……」
「全然大丈夫じゃないじゃないの」
 呆れたような声を出す綾香。
「まあまあ来栖川さん。松原さんだってこんな時もありますよ」
「そうそう、普段がオーバーペースぎみだし」
 ティーとディアルトがそう言うが、綾香は気にした風もなく返す。
「だから休めって言ってるんじゃないのよ」
 が、当の葵はいまだ夢うつつ状態で、自分の置かれた状況が解っていない。
「あ、そだ、朝のトレーニング行かないと」
 そう言って、おもむろに走り出す。
 他のメンバーが止める機を逸したため、葵はしばらく館内を走り回り、
それから腕立て、腹筋の基礎トレーニングに移る。
 それぞれ、30回を2セットづつ。
 が、腹筋を終えると、そのまま動かなくなる。
 みんなが近寄ってみると、またも葵は小さな寝息を立てていた。
「まったくもぉ……世話焼かせて」
「まぁ、普段の疲れが出たんでしょう。私が救護室まで運びますよ」
 ティーがそう言って葵の横に屈み込むと、同じように反対側に屈んだ
よっしーと目が合った。
「…………」
「…………」
 一触即発の事態である。
 権利を賭け、同時に立ち上がろうとしたその瞬間。
 よっしーの体が一瞬浮き上がった。
「……?」
 見れば、好恵がよっしーの襟首をひっつかまえて持ち上げていた。
「よっしー、あんた私と組み手してるのほったらかして、何のつもりよ」
「さっ、坂下さん! 後生だ、見逃してくれっ!!」
「早く終わらしたきゃ、私を倒しなさいよ」
「無理だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 未練たらたらで引きずられていくよっしー。
「あちゃ、駄目だったか」
 と、ティーの後ろで残念そうな声がする。
 ティーが振り返ると、そこにはディアルトの姿があった。
「ティーさんとよっしーくんが争ってる間に、って思ったんだけど、
読みが外れたなぁ」
「それじゃ、あんたはあたしの組み手の相手してちょうだい」
「はいはい」 
 綾香とディアルトがそう言って離れていく。
 ちなみにそーしゅは好恵とよっしーの組み手を見学していた。

「さて、それじゃ行きましょうか」
 すーすーと寝息を立てる葵の体を、軽々と抱き上げるティーであった。



 格闘部の練習場……道場とも言われるが……には、様々な設備が存在する。
 その最大の理由は、当然ながら綾香がこの部に所属していることに尽きる。
 だが、それだけではこの場所に存在するいくつかの設備の設置理由には
繋がらないものがいくつかあったりする。
 しかしながら、ここ救護室はごくごく普通の設備である。
 医師の常駐こそないものの、怪我などの手当に必要なものはひととおり
揃っており、部屋の広さもベッドの数も、下手な町医者の設備などよりは
はるかに充実していた。

【格闘部救護室】

「すぅ……すぅ……」
 静かな寝息と共に、掛けられた布団がわずかに上下する。
 葵は、入り口からやや離れた位置にあるベッドに寝かされていた。
「…………」
 その傍らに座り、葵の寝顔を眺めるティー。
「こうやって見ると……やっぱり似てますね……」
 分厚い本を閉じたまま膝の上に置き、飽きもせずじっと寝顔を見つめる。
 ふぅ、とため息をつき、音を立てないようにゆっくりと立ち上がる。
 ティーの頭の中に、遠い昔と最近の記憶が重なって思い出された。

【?】

「李穂さん……李穂さん」
 ハンモックに揺られ、気持ちよさそうに眠っている姉弟子を起こすため、
樹下から声をかけている少年がいた。
 彼の姓は程、名は蒼、字は星穫。
 薄青色の道服に身を包み、手には竹箒を持っている。
「起きてよ、李穂さん」
「うぅん……っ、なぁに? 星穫、なんか用?」
 目をこすりながら、李穂と呼ばれた樹上の女性は身を起こした。
 そのまま、ハンモック越しに下にいる星穫と話す。
「お師匠様が出かけたんだ。『留守を頼む』って李穂さんに伝えとけって」
 星穫がそう言うと、李穂は特になんということもなく伸びをし、
そしてそのままハンモックから飛び降りる。
 ゆうに10メートルはある高さを、音もなく着地して片手を上げた。
「おはよ、星穫」
「おはよ、李穂さん」
 彼女、姓は李、名は穂、字は蓮潤という。
 赤銅色の道服に身を包んでいる。
 李穂は、きょろきょろと周囲を見回すと、首を回しながら星穫に尋ねた。
「他のみんなは?」
「師匠がいないから、これ幸いとそれぞれ部屋で休んでるよ」
 箒で周囲を掃きつつ、正直に返事をする。
「ん。正直でよろしい。……で、キミはどうしてお掃除してるのかな?」
「日課だから」
「いつもながら真面目だね。……よし、それじゃご褒美をあげる」
「?」
 きょとんとする星穫の額に、ぴ、と人差し指を当てる李穂。
「お掃除が終わったら、武芸の練習相手になったげる」
 それを聞いた瞬間、ぱぁっと顔を輝かせる星穫。
 李穂は師匠の一番弟子で、姉弟弟子の中では最も実力が高い。
 それより何より、強くて優しい憧れの姉弟子と練習できるのが嬉しかった。

【回想・格闘部】

「あ、松原さん」
 いつだかティーが部活に出たとき、まだ練習場には葵しか来ていなかった。
 いつものようにサンドバッグに向かって打ち込んでいる。
「ティーせんぱい、こんにちは!」
 打ち込みが一段落してティーに気づくと、ぺこりと一礼して挨拶をする。
「こんにちは、松原さん」
「せんぱい、今日は部活に出られるんですよね?」
 汗をタオルで拭きながら、そう尋ねる葵。
 頷くティー。
「それじゃあ、組み手の相手をして貰えませんか? 早めに来すぎちゃって、
誰も相手してくれる人がいなかったんです」
 無理を言ってすみません、という顔をして頼む葵。
 もちろん、ティーに断る理由もない。
「いいですよ。それじゃ、僭越ながらお相手をさせて頂きましょう」
「ありがとうございます!」
 こういうことになると、心底嬉しそうな笑顔を見せる葵であった。

【?】

「ほらほら、もっとよく動きを見て!」
 李穂の掌底が、膝が、拳が絶え間なく星穫を襲う。
 それを、あるものは受け止め、あるいは打ち払い、体をひねってかわす。
 星穫に教えられている武芸の練習、それは、徹底した「受け」の技術だ。
 相手の動きをしっかり見て、その動きを読み切って後の先を取る。
 攻撃用ではなく、あくまで自衛用の体術における基礎中の基礎であった。
「ほらっ!!」
 そこで打ち込まれた李穂の右拳を下方に受け流す。
 星穫は次の相手の行動を瞬時に予測した。
 ――関節を取られないように右拳をすぐに引く!
 そう判断し、星穫は李穂の右拳の引く軌跡に合わせて左拳を放とうとした。
 ……が、右拳は引かれない。
「!?」
「残念、はずれ」
 予測とは違う動きに戸惑い、星穫が動きを止めた一瞬、李穂は右腕の勢いを
そのまま上半身の回転力に変え、左の裏拳を星穫の鎖骨に叩き込んだ。

【回想・格闘部】

「せっ、せっ、せっ、せっ、せっ、せぃっ!」
 葵の両拳が、さながら豪雨の如くティーに向けて降り注ぐ。
 そのほとんどを、ティーは両腕で受け流していた。
 が、その連撃の威力のため、若干腕が痺れている。
 葵の拳を保護する赤いナックルガードが、ティーのつけている薄青色の
ナックルガードとこすれて滑る。
「やあっ!!」
 裂帛の気合と共に放たれた葵の左拳を、掌で下方に叩き落とす。
 バランスを崩した葵の鳩尾を狙って手刀を放つティー。
 ――体勢を立て直すのとどっちが早い!?
 ほんの一瞬早く葵が体勢を立て直し、そのまま右回し蹴りを放つ。
 その動きで手刀は鳩尾を外れ、葵の左脇腹をえぐるように滑る。
 だが葵の蹴りも、同時にティーの側頭部にクリーンヒットした。

【格闘部救護室】

「ふぅ」
 どちらも心に残った思い出。似通った二つの記憶。
 頭の中でそこまで再生した時点で、ティーは息をついた。
「松原さん……李穂さん……」
 心の中、そして目の前にいるよく似た二人の女性の名を呼んでみる。 
 鼓膜を揺らす声では、誰も答えてはくれない。
 ティーはある決意をすると、静かに救護室を後にした。



「……あれ」
 葵が目を覚ましたとき、窓の外はすでに夕陽で赤く染まっていた。
 ゆっくり身を起こすと、そこが救護室であると解る。
「私、いつの間に……寝ちゃったんだろ」
 ごしごしと目もとを手でこすり、ベッドから降りる。
 葵の荷物はベッドの脇にまとめて置いてあった。
 荷物の中からジャージを取り出し、体操服の上に着込む。
 着終えたとき、丁度出入り口から誰かが入ってきた。
「目は覚めましたか?」
「あ、ティーせんぱい」
 軽く声をかけると、ティーはゆっくり葵に近づいた。
「部活は終わりました。みんなもう家についてる頃でしょう」
「もしかして私が起きるのを待ってたんですか!? す、すいません!」
「ああ、まあ、そうですけど謝らなくてもいいですよ。
 今日の鍵当番は元々私ですから、どちらにせよ遅くなります」
「でも……」
「いいですって」
 すっかり自分が迷惑をかけたと思って恐縮する葵。
 ティーは気にしていないのだが。
「そうだ、松原さん! ちょっといいかな?」
 話題を変えるティー。とはいえ、この転換は元々決めていたことではある。
「は、はい? なんでしょう?」
「少し話があるんです。ここじゃなんだし、ついてきてもらえませんか?」

【格闘部練習場】

 すっかり人気の無くなった格闘部練習場。
 薄闇に沈んだ内部が、僅かに差し込む赤い陽の光で照らされている。
 そこに今、二つの人影があった。
「すいません。わざわざここまでついてきてもらって」
「いえ、いいんです。……それでせんぱい、お話って?」
「うん」
 ティーは、一つ頷いてから、ゆっくりと言葉を紡ぎ出し始めた。
「一つだけ、あなたに言っておかなきゃならないことがあるんです」
「なんですか?」
 気楽に応える葵。
「えーと……なんて言ったらいいのかな」
 少し言葉に詰まり、そしてまたすぐに言葉を繋ぐ。
「冗談とかじゃなく、真剣に聞いて欲しいんだけど」
 声も、顔も、場の雰囲気までが真剣味を帯びてきた。
 葵の精神面にも自然と緊張感が襲ってきた。
「……はい」
「今すぐ返事をくれなくてもいいです、これだけは覚えていて欲しいんです」
 そこで一息入れる。
 永遠に続くかとも思える沈黙。
 その圧迫感は、何ものにも耐えることができないように思われた。
 そして、伝えるべき、一言。

「松原さん……あなたのことが、好きです」

【翌朝・葵の自宅・葵一人称】

 ……気がつくと、朝だった。
 泣いたまま寝ていたみたいだった。
「どうして……」
 あの言葉を聞いてからのことは、よく覚えていなかった。
 自分のこと、ティーせんぱいのこと、綾香さんや好恵さんのこと、
よっしーせんぱいやディアルトせんぱい、昌斗せんぱいのこと。
 それにTaSさんのことやRuneくんのこと……
 いろんな事が頭の中でこんがらかったみたいで、何も考えられなかった。
「どうして、せんぱい……」
 わからなかった。
 考えたこと、みんな。自分のことも、他人のことも。
 わからないから、考えたくなかった。
 考えたくないから、何もしたくなかった。

 私はその日、初めて自分から望んで学校を休んだ。

【昼過ぎ・葵の自宅】

 昼を1時間ほど過ぎた頃、誰かが私を訪ねてきた。
「やっほ、葵、大丈夫?」
 そう言いながら私の部屋に入ってきた。
 綾香さんだ。
 声を聞いてそれだけ判断すると、私は布団に潜りながら再び思考を止めた。
 もちろん、考えることが辛いから。
「葵? ちょっと、聞いてるの?」
「聞いてます……」
 背を向けたまま、しぶしぶそう答える。
 そのままだと騒がしくて思考も止められなかったから。
「……葵」
 不意に、綾香さんの声のトーンが落ちた。
 そのことに気がつく間もなく、私は布団から引きずり出されていた。
 掴まれた腕が痛い。
「痛い、痛いです綾香さん!」
「うるさいわよ!」
 私の抗議の声を一喝してやめさせる。
 その目は、今までに見たことがないくらい冷たかった。
「葵、あんた、いつまでそうやってる気?」
「いつまでって……」
 いつまで? そんなの自分でも解らない。
 自分の事なんてなんにも解らないから。当たり前だ。
「いつまでティーの奴から逃げる気か、って聞いてるのよ!」
 その名前を聞いた瞬間、頭を殴られたような衝撃を感じた。
 いや、思い出したくない。考えさせないで。
「いつまで……いつまでって……みんな忘れちゃうまで……」
「ふざけんじゃないわよ!」
 その言葉と同時に、私は思いっきり頬を叩かれた。
 じわじわと頬が熱くなり、涙が頬を滑り降りた。
 頬の痛みが、だんだんと私の意識を連鎖的に叩き起こしていく。
「葵、あんたは真面目で奥手だから、こういう反応も仕方ないわよ。
 けどね、あんた、自分のことばかり考えて、人のこと考えてないでしょ!?」
「そんなこと……」
 そこまで言い返しかけて、はっと思い出す。
 そうだ、自分のことも考えられなかったなんてことはありえないんだ。
 自分のことしか考えてなかっただけだったんだ。
 だからさっきも、綾香さんのことを考えず、無視しちゃったんだ。
 私のこと、心配して来てくれたのに。
「話はティーから聞いたわよ。あんた、怖いんでしょ?」
「……はい……ティーせんぱいとか、みんな……いままでと……変わっちゃう」
「変わらない人間関係なんてないわよ」
 綾香さんはそう言うと、私の前にかがみ込んでゆっくり話し出した。
「せっかく、ティーが「今すぐ返事はくれなくてもいい」って言ったんだから
ゆっくり考えればいいのよ」
「でも……いつかは答えなきゃ……だめになります……」
「じゃあ答えなさいよ。今のあなたの気持ちを、正直に」
「自分の……気持ちを?」
 少しだけ、少しだけ自分の中で、答えが見えてきた。
「ひとつ聞くわよ。あんた、ティーのこと、嫌い?」
「そ……そんなことないです! ティーせんぱいのこと、嫌いなんかじゃ……」
「よっしーのことは? 昌斗とか、ディアルトとか、Runeの奴とか」
「みんな、嫌いじゃない……です!」
 そこで、やっとわかった。
 私の、正直な答えが。

【放課後・格闘部練習場・三人称】

 綾香が葵を連れてきたとき、すでに学校は放課後になっていた。
「あれ、そういえば綾香さん、午後の授業はどうしたんですか?」
「ああ、葵のことがあるからって抜けてきたわよ。単位は充分あるしね」
 練習場の喧騒の中、葵は目的の人をすぐに見つけた。
 綾香もすぐにそれをみつけ、葵の背中をぽん、と押す。
 たたたっ、と小走りに駆け寄る葵。
「ティーせんぱい!」
「あ、松原さん」
 葵が呼ぶと、いつも通りの様子でティーが答えた。
「えぇっと……昨日の答え……いいですか?」
「ええ、いつでもどうぞ」
 葵は少しだけうつむいて若干躊躇したが、意を決して顔を上げた。
「私には、まだ……決められません。ティーせんぱいの気持ちを聞いて、
心臓がドキドキして、どうしたらいいのかよく解らなくなったんです。
 私は、まだ誰が好きかとか、自分で解らないんです。
 だから、それが解ったとき……もう一度、はっきりと答えさせてください。
 ……これが私の今の気持ちです。正直に答えました」
「……松原さんの気持ち、よくわかりました」 
 そう言って、ぽん、と葵の肩に手を乗せるティー。
「いつまでも、気長に待っていますよ」

 胸の中のつかえが取れたようなほっとした気持ち。
 葵は、にっこりと笑ってはっきりと答えた。
 未来は解らないけれど、今を精一杯生きるように。
「はい! 待っていてください!」



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T「部活編完結っ!! 最終はようやく書いた格闘部編です!」
葵「ティーせんぱい! よろしくお願いしますっ!」
T「はい、今回のゲストは問答無用で松原さんです」
葵「いきなり告白されたときは、本当にどうしようかと思いました」
T「まあ、今のままずーっと過ごしていても関係は何も進展しないので、
 自分の立場を、本人に向けて伝えてみました。
 最後の部分を見れば解るとおり、関係はさほど変わらないかもですが」
葵「でっ、でも、私告白されたの初めてなんですっ!」
T「そ、とりあえず告白第一号という位置だけはキープさせて貰いました。
 松原さんのことを好きだと言うことを、松原さん自身に明確に伝えた訳です」
葵「……ちょっと照れくさいです(ぽっ)」
T「さあ、他のみなさんももっと頑張ってくださいっ!!」
葵「今回のお相手は、松原葵と!」
T「T-star-reverseでしたっ! 次回はLファン2か? それとも!?」
葵「お楽しみにっ!!」
T「予告通り年内完結できた……よかった……」
葵「よかったですね、せんぱい」