本来ならば臨海学校というものは普段体験する事のない環境下においての学習を 目的とされている。従って都会だと林間学校である事が多く、山間部だと臨海学校 だったりする。 『学校』と冠している以上、目的はあくまで学習することであるのだ。 個人的な記憶から言わせてもらえば、時間の限り海上で無駄に遠泳をさせられた 記憶しかないが。 要するに『勉強』をする場なんだが……。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 私的Lメモ海岸編(2)「海でも似合う人たち」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− Case.1:エプロンが似合う人 「すいませぇ〜ん、焼きソバ3つ!」 「はい、ただいまー」 「ねーちゃん、ビールに焼きトウモロコシなー」 「承りました」 昼時とも重なり、目の回るほどの忙しさを誇っているのは 『海の家 図書館カフェテリア』 なんだか、びみょーにネーミングセンスに疑問を持ってしまいそうだがそれはそれ。 その中を立ち止まる暇もないほどに動き回っているのが、ここの看板娘川越たける と電芹の二人である。 小柄な体躯ながらたわわに実ったバストを持つたけると、プロポーションでは 究極の黄金比を持つ電芹が 水着で! エプロン装備で!! あの笑顔を振り撒いて!!! オーダーを取るときにちょっと屈んでみたり、くるっとターンなんかした時にはもう!!!! (しばらくお待ち下さい) 「あぅぅ目が回るよ忙しいよいらっしゃいませありがとうございましたごきげんよう お客さん踊り子さんには手を触れないでねいいぞねぇちゃんもっとやれやれだったら チップは弾んでねアフターは焼肉とお寿司どっちにしようかお寿司と言ったらやっぱ トロだよトロと言ったら真藤さんの生け作りなんてどうだろう電芹」 「確かに盛況なのはありがたいのですが、お客様の回転が少々よくないですね」 客にとってはこの二人をより間近で見たいものだから、追加注文が飛び交い二人の 忙しさに拍車を掛ける。店としては非常にありがたいのだが、結果として客の回転率 が落ちているのでいつまでたっても一息つけない。 「ねぇ、ホットドックまだ〜?」 追い討ちを掛けるように、待たされている客から催促の声が飛ぶ。 慌ててたけるが鉄板の向こうで孤軍奮闘している人物の様子をうかがう。 「あいよっ! ホットドックにヤキソバ3人前!!」 「昌斗先輩ありがとー」 鉄板の向こうでたった一人でこの膨大な量の調理をこなしていたのは、佐藤昌斗 その人であった。 今月の最高気温を更新しようかという勢いの暑さに加えて、鉄板からの熱気が すさまじい。髪の毛をタオルで巻き、エプロンを身につけて一心不乱にオーダー を捌いていくその姿は、炎の料理人とも言えよう。 それから暫く。 彼らの頑張りによって戦場のように忙しかったのもピークは過ぎ、たける・電芹・昌斗 の三人はようやく一息つく事が出来た。 「すっごい疲れた〜」 「ホント疲れたよ」 「冷たい麦茶をお入れしました」 電芹が盆に麦茶を入れたグラスを持ってくる。 「美味しい〜」 「仕事の後の一杯は格別だね」 「でも、無理やりつき合わせちゃってゴメンね。昌斗先輩」 「困ったときはお互い様だよ」 海の家を開く際、たけると電芹の二人はどんなに忙しくても自分達二人で十分だろ うと甘い観測をしていた。場所の問題もあったのだが、今までカフェテリアでもやっ てこれたからという自負もあった。 ところがどっこい蓋を開けてみれば、自分達自身の集客効果に驚いてパニックを 起こしかける始末。そこを通りがかった昌斗が見かねて、急遽ヘルプに入ったのだ。 「それにしても、昌斗先輩ってお料理上手だよねぇ」 「ええ、手際のよさは参考になります」 たけるや電芹にとっては仲良しの『隆雨ひづきのお兄ちゃん』という認識しかなく、 昌斗がここまで料理が上手だとは思っていなかった。最もひづきの外面の良さから、 自分の従兄妹を家庭では酷使している事をあまり触れ回っていない事実からもきている のだが。 「まぁ、普段から料理はしているからね」 「ええっ、そーなんですか。ひづきちゃんは家だと亭主関白で家の事なんにも手伝って くれないって言ってましたよ」 「まさか〜」 昌斗は白々しく笑いながら、事実と正反対の事を広めてくれた従兄妹にどうしてく れようかと内心毒づいた。 「まったく、ヤキソバ買ってくるのにどこまでいったのかしら昌兄は…」 「佐藤先輩に何かあったんじゃ…」 「あ、いーのいーのあんな昌兄がどーしよーと。葵ちゃん放っぽりだして帰って こないのが悪いんだから」 「とにかく外にいたら、干上がっちまうし昌斗の方から探しに来るだろ」 「じゃ、あそこにしましょうか」 「すいませーん、後から一人増えて6人になるんですけど、席空いてます〜?」 「いらっしゃいませー …ってひづきちゃんにみんな来てくれたんだぁ」 (ゲッ…) 応対に出たたけるがうれしそうな声をあげる。 「おっ、ここたけるちゃん達がやっている店だったのか。 ――で、何をやっているんだお前は」 YOSSYFLAMEが投げかけた視線の先、そこには抜き足差し足で店の奥へと消えよう としていた昌斗の姿があった。 「いらっ…しゃいま……せ」 消え入るようなというか、とかく覇気の無い声で応対しながら水が注がれたコップを 置いていく昌斗。 「元気がないですねぇ。それでは陰の気が溜まってお客がこなくなりますよ」 「ご注文…は、何に…致しましょ……ぅか」 T-star-reverseが諭すように話すが効果は無い。 と言うのも、 「どっかのだれかさんにいいとこ見せようとして、飛び出して行っちゃった誰かさんが 帰ってこないからお腹すいたよね〜」 「わ、私はそんなにお腹すいてませんし…」 「あ〜ぁ、葵ちゃんに気を遣わせるとはねぇ」 「こういう炎天下では我慢して栄養を摂取しないのはよくありませんよ」 ひづきの言葉にフォローを入れたつもりの葵であったが、続けざまのYOSSY・ ディアルトらによって追い討ちへとすげかわる。 「だぁっ、わーったよ! 焼きトウモロコシにヤキソバ6人前でいいんだよなっ!!」 「大盛りでね〜」 そんな光景を傍目で見ているたけると電芹はくすくすと笑うばかり。 「あ、5人ですけど空いてますか〜」 続いてやってきたのは、浩之・あかり・志保・雅史・四季の面々。 クタクタになるまで遊んでいたのか、既に日焼けで真っ黒だ。 「おっ、浩之じゃねーか。こっちのテーブル空いてるから来いよ」 気づいたYOSSYが彼らを招き入れる。 「お前等もここに来ていたんだ」 「優秀なコックさんがね、私達の為にとびきりのヤキソバをご馳走したいって言うから」 「とびきりのコック…?」 ひづきの言葉に訝しむ浩之。 厨房の方を指差すので視線を移してみる。 そこには鉄ヘラを両手に持ち、流れるような手つきでヤキソバを作る昌斗の姿があった。 「とびきりのコックねぇ…」 呆れたように話す浩之であるが、料理については一日の長があるあかりは感心したか のように昌斗の手つきに見入っている。 「あかり先輩もわかります?」 浩之たちの分の水を持ってきたたけるがあかりに問い掛ける。 「うん、すっごく豪快で且つ素材を労る繊細な調理の仕方、さすがだよ。 これなら、昌斗君ならきっと…」 「あかりどうした?」 「浩之ちゃんちょっと待ってて、すぐ戻ってくるから」 言うや否や、店外へと駆け出すあかり。 「お待たせ〜」 それから暫く。 合計で11人前に増えたヤキソバを大皿に盛り付けた昌斗がやってきた。 「おっ、やっと来たか」 「メシ! 炭水化物!!」 待ってましたと言わんばかりの声に混ざる、既に割り箸を構えて臨戦体制のRune。 それでなくとも、鼻を擽る濃厚なウスターソースの誘惑は耐えがたい。 「「「「「「「「「いっただっきまぁ〜〜す!!!」」」」」」」」」 大皿がテーブルに置かれるや否や、四方八方から箸を持った手が伸びる。 「おぃしぃ〜い!!」 「これはっ…。もし学園で屋台を開かれたらウチの強敵になりますねぇ」 「麺とソースの絶妙な混ざり具合、輪切りのソーセージや食べやすい大きさのキャベツ。 これは志保ちゃんニュースの一面を飾れるわ!」 「オカワリヨコセッ!!」 「こらっ、あかりの分を取るなっ!」 歓声もなんのその、あっという間に底が見えて食べ尽くされるヤキソバ。 ここまで気持ちよく食べてもらえると、料理人冥利に尽きるのではなかろうか。 「佐藤先輩、ご馳走様です」 葵がゆっくりと箸を置いたときには、あかりの為に取ってある分を残して平ら げられていた。 「もぅ、お腹いっぱぁ〜い。 でも、デザートはベ・ツ・バ・ラ。ねっ、ダーリン☆」 「四季何をするつもりだっ! …って雅史はなんで俺の海パンに手をかけている!!」 で、繰り広げられるいつもの光景。 「ここはご休憩設備を整えてませんので、あちらの灯台付近にある岩場でしたら格好の ロケーションかと」 「こらっ、電芹。まじめにスポットを説明してるんじゃねぇ! YOSSYもメモるなっ!!」 「いや、是非霜月さんとデコイさんに知らせないと」 「やれやれ…」 「あ、昌斗先輩もうちよっとだけいいかな?」 いつもの喧騒を一歩離れて眺めつつ、エプロンを外そうとした昌斗にたけるが声を掛ける。 「どうしたの?」 「うん、下拵えしておいた野菜がなくなりそうなんだ。だから、ちょっと野菜を 切るの手伝って欲しいんだ」 「お安い御用だ」 「おっ、どこにいっていたんだよ」 焼きトウモロコシを頬張っているあたりで、ようやくあかりが戻ってきた。 小脇に古ぼけた本を抱えて。 「浩之ちゃんごめぇ〜ん。昌斗君は?」 「ホラ、あれ」 浩之が指差した先。 そこには愛刀『運命』を右手に。 そして持てるだけのジャガイモを左手に。 目を閉じて静かに精神集中をする昌斗。 目が開いた瞬間、宙に舞ったジャガイモに光が走る。 下のまな板に落ちたジャガイモは綺麗に皮が剥かれ、遅れてゆっくりと皮が落ちてくる。 湧き上がるギャラリーとなったひづき達。 続いてニンジンを同じように軽く放る。 まな板に落ちたニンジンのうち、一本は千切りに。もう一本は輪切りになっていた。 「すごい…」 「まぁ、確かにすごいのは事実だけど」 「まさか独学で、奥義を習得しているなんて」 浩之の言葉はあかりの耳に届いていない。 「ホントは、こんな見せ物みたいな事やってると怒られるんだけどね。 …って神岸さんどうしたの?」 と、先ほどから頭の中に響いている運命の説教を完全に黙殺した昌斗の前に神妙な 面持ちであかりが立つ。 「昌斗君、それは見せ物なんかじゃないわ。立派な飛天御剣流の奥義」 「へ?」 どうしてここで二人が学んでいる剣術が出てくるか理解できず、間抜けな声で聞き返す。 「みててね」 そう言ってあかりは携帯している(海で水着姿で何故というツッコミはそれとして) 愛用の出刃包丁を持つと、ジャガイモを軽く宙に放る。 包丁が光を受けて煌いたかと思った瞬間、下のまな板に落ちたジャガイモは先ほど 昌斗が見せたときと同じように綺麗に剥かれていた。 『龍鱗剥』 「スゲェ…」 ジャガイモの皮が桜の花びらのように舞い落ちた後あかりから発せられたその名前に、 どこからともなく感嘆の声がこぼれる。 「次は『龍髭千切』」 同じようにニンジンを美しい千切姿へとあかりの包丁が舞う。 「わぁ、すごい! すごい! あかり先輩すごいよ〜!!」 もう飛び跳ねるように喜ぶたけるを尻目に、昌斗が慎重にあかりが千切にした ニンジンを二切れ手に取り辺を併せる。 「さすがです、神岸さん」 合わさったニンジンの切れ端は、元から切れていなかったかのようにぴったり くっついて離れない。 「…で、龍鱗剥とか龍髭なんちゃらとか、一体なんなんだ?」 浩之が当然の疑問を口にする。 「うん、それはね」 あかりが一冊の古ぼけた本を取り出す。さっき、取りに行っていたものだ。 『飛天の道は一つに非ず 飛天の技は全てに通ず 飛天を知る事 其即ち可能性を示すもの也』 「そーいえば、そんな事言ってたっけ…」 昌斗は師匠であるきたみちもどるが口にしていた言葉を思い出す。 「まだ、話が見えて来ないんですけど」 YOSSYやひづき、葵といった面々が首を傾げる。 「つまり飛天御剣流は剣術の技であるけど、その根幹となる『飛天』は一つじゃないの。 私が学んだ『飛天』の技、それが『飛天御料理流』」 (う、嘘臭ぇ……) 呆れかえる、あかりと昌斗以外の面々。 「私は、この奥義書片手に必死に血の滲むような修行をしてここまで来たけど、 極めるなんてとても無理。 でも、昌斗君なら。 修行する事無く、御料理流を身に付けた昌斗君ならきっと奥義を極められる」 (昌斗の方が血の滲む苦労をしてると思うけど…) ちらりとひづきの方を見やるYOSSYだが、睨みつけるような視線に慌てて逸らす。 「その奥義ってのは一体?」 ちょっとだけ興味が湧いた葵が問い掛ける。 「そう。口にした者、天にも昇るかの勢いで美味しさを表現せずにいられない奥義。 その名も――」 あかりが手にした奥義書を開き、ある一ページを昌斗の眼前に晒す。 「――『天翔炒飯閃』」 (なんじゃそらー!!) 心の中でツッコミを入れるギャラリーの方々。 「奥義が炒飯、…なんでしょうか」 「もしかして、なんでもかんでも龍って名前がつけば飛天御料理流とやらになるん じゃないか?」 「そもそも飛天は日本で発生した流派だと思いましたが、中華料理がなんで奥義 なんでしょうか…」 「あれ、…ただのレシピ帳なんじゃ」 「なんでもいいから食わせろ!」 「い、いや、でも…」 いつにないあかりの気迫に押されてたじろぐ昌斗。 <主、私を包丁代わりだなんて承知しませんからね!!> 反対意見も飛び出して、板ばさみに合う始末。 「あ、あの…」 ちらりと周囲に視線をやると、下拵えの済んでいない野菜が脇に転がり、 入り口からは他の客がこちらを伺っている。 どうやら客として入ってくるようだ。 「い、忙しいから、また今度ってことで。 か、考えておくから!!」 エプロンを締め直し、厨房へと逃げる昌斗。 と、同時に新たにやってきた客の応対に向かうたけると電芹。 暫くして浩之達もどこかへと行ってしまった。 あかりはまだ諦め切れていない様子だったが。 「…でも、羨ましいですね」 厨房に一番近い席を陣取って昌斗の様子を見ていたひづき達であるが、 唐突に葵がつぶやく。 「どーしたのよ急に」 「だって、佐藤先輩は剣術も凄いし、格闘技だってすごい勢いで上達してるし、 …それにお料理もこんなに上手ですから」 「葵ちゃんだって、今は昌斗程じゃなくても絶対にお料理だって上手になるよ」 「焦る事無いですよ。葵ちゃんが頑張れば不可能はありませんから」 「それに『料理は愛情』っていいますから」 すかさず、YOSSY・ディアルト・T-star-reverseがフォローを入れる。 「それだったら、料理の上手な人を彼氏にして教えてもらえばいいじゃない」 「それいいかも知れませんね」 ひづきのフォローにちょっと元気を取り戻して、笑顔を見せる葵。 密かにディアルトが小さくガッツポーズをしているのも気に掛かるが、 (こ、これは、遠まわしだけど葵ちゃんからの告白なのかっ! 少なくともこの状態なら他のみんなよりは一歩リード出来ているのも事実!! でも…、でも、全ッ然嬉しくない! 嬉しくないよ〜) エプロン姿で片手におたまを持った葵が毎朝起こしてくれたり、 夕食時にキッチンから『もう少しですから〜』って振り返った姿があまりにも 可愛らしくて、つい後ろから抱きしめてしまったり。 こっそりと流れ星に願ってみたりしたのに、音を立てて瓦解していく昌斗の未来予想図。 「あ、あの、佐藤先輩泣いて…」 「い、いやぁ、タマネギが目に染みちゃって、参ったよ」 ワカメ涙を流しながら包丁を刻む昌斗に気付いた葵に心配かけまいとする。 だが、 「……あれ、キャベツだよな?」