タッタッタッタ… 「ハァハァ…」 人はなぜ走るのか? その理由はその人によって違うとは思うが、そこには目標であったり何にしろ ゴールというものが必ず存在する。終わりの見えない走りほど、辛く苦しいもの はない。 「あ、あそこの角を曲がってしまえば…」 マラソンにおける遥か先のゴールを目標にすると途中でくじけそうになる人も多い。 自分の中で小さな目標を定めて、「そこまでは頑張ろう」という繰り返しで乗り切る というのも有効な手段であろう。 この男の場合もそうであった。 だが目標として定めた地点に到達する直前、急に向きを変えてあさっての方向へと 走り去っていった。 男はその重くなった両腕に力を込めて、自問自答してみる。 「どうして、こんな目に遭うんだぁっ!?」 「愛の逃避行ですね、霜月さん☆」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「お嬢さん、お茶でも…」 「結構です!」 「どこかでお会いしたことがありませんか? まるで運命的な…」 「永久にめぐり合いません」 休日の繁華街、Leaf学園屈指のスケベ男霜月祐依はそのリビドーを爆発させる べく、片っ端から女の子に声を掛けまくっていた。…最もそんなリビドー全開の男に 引っかかる女の子などいる訳もなく、釣果といえば左頬にくっきり浮かんだモミジぐ らいである。 「っかしぃなぁ。この日だったら暇を持て余したギャルが出会いを求めてわんさかと いハズなんだけど」 右頬に真っ赤なモミジが追加された後、霜月は噴水の縁に腰掛けて呟く。ちなみに 今日は連休の初日ということもあって、人手もかなり多い。のに根本的な原因に気が つかずに人手の所為にしている。 「クスクスクス…。大丈夫ですかぁ?」 霜月が自分に向けての笑い声に気が付き視線を移すと、自分のすぐ横でツインテー ルの女の子が笑い声を堪えていた。 「さっきから見てましたけど、あれじゃぁ女の子は逃げちゃいますよ」 「なかなかキツイこと言うねぇ、君」 少々幼くは見えるがかなりの美少女。今までこんなすぐ近くにいたのに、気が付か なかった自分を悔やむ。 「それにしてもメゲないんですね。あれだけケチョンケチョンにされているのに」 「かわいい女の子がいたら放って置けないでしょ。…もちろん君だって」 「…30点ですね」 「そ、それじゃぁ女の子の心理とか、100点の取り方を教えてもらえると嬉しいな。 どっかで軽くお茶で飲みながら」 どう見ても自分より年下の少女にプライドもへったくれもないような気がするのだが。 少女は少し考え込んだ後 「どうせ撒いた直後でどうしようか考えていた所だし、いいですよ」 カラーン、コローン 「いらっしゃいませー。あら霜月君」 喫茶「HONEY BEE」に元気な声が響く。店番をしている江藤結花が出迎える。 「あ、結花さん。寮のほうはいいの?」 「休日だし、私がいなくても勝手にやっているでしょ」 結花はLeaf学園男子寮の寮母として貴重な食料供給源として崇め奉られている のだが、休日ということもあって、実家の喫茶店の手伝いをしていた。 要するに残された寮生にとって、休日の食事は自分でなんとかしろということなのだが。 なんともしようがないので、懸命な人間は朝から外出していることも多い。 「で…、ふぅ〜ん、そーなんだぁ」 結花は霜月の後ろにいた少女に気がつくと、値踏みするような視線を送る。 「と、とりあえず奥のテーブルに行こうか」 何かろくでもないことを言われそうな予感がした霜月は、逃げるように奥のテーブル へと向かった。 「お知り合いなんですか?」 「まぁ、学校の寮で食事を作っているんだ。彼女」 「で、なんにするの〜?」 カウンターにいる結花から声がかかる。 「俺はコーヒーでいいよ。で、君は…って名前聞いてなかったね」 霜月はこの段になってようやく少女の名前を聞いていないことに気が付く。結花から はここぞとばかりに非難の声があがる。 「立川郁美です。いくみんって呼んで下さいね☆」 「い、いくみんね…(^^;」 郁美は評判だと勧められホットケーキを注文した。店内では桜井あさひの新曲が流れる。 「へぇ、あさひちゃんの新曲かぁ。そーいえば、あさひちゃんがうちの学校に通ってい るってことが判ってさぁ…」 「ええ、知ってますよ」 「え? って事は郁み…じゃなくっていくみんって俺と一緒でLeaf学園にいるの?」 「はぃ。ですから、霜月さんの事も知ってますよ。学園随一のセクハラ男で有名です」 さすがにこれには霜月も驚いた。この学園でセクハラ魔人を名乗る以上、学園内の 女の子チェックは常日頃から欠かさない。だが、霜月は彼女の存在を知らなかった。 彼女が霜月の事を知っている認識は風聞で伝わっているから特に気にもしないのだが。 「じゃぁ、何年生?」 「えーと、一応三年生って事でしょうか?」 同級生の女生徒に対しては一度はスカートめくりを試みているハズなのに、顔を見 ても背後から見たお尻の形を思い出しても今までの記憶に一致しない。 「いない事も、多いんですけど。でも、こうやって話してみると噂よりはマトモですね」 その瞬間、霜月はどこから自分に対して向けられた殺気を感じる。 「どうかしましたか?」 「いゃ、なんでもないみたい」 「会った3秒後にスカートを捲られて、そのあと妊娠しちゃうって聞いていたから…」 ゾクリ 先ほどよりも強い殺気。他の客も何人かが周囲を振り返っている。が、霜月は自分の 想像以上に郁美が興味を示してくれているのでそれどころではない。 「おまたせぇ、ホットケーキとコーヒーね」 やがて結花が注文の品を持ってくる。 「へぇ、うまくやってるじゃない」 「いゃぁ、今日は最高の日ですよ。この出会いはもう運命というしかないでしょ」 そろそろ浮かれ始めた霜月が店内中に聞こえるような声で話す。 その瞬間 ピシィッ!! 大きな音に驚いた他の客が振り返った先には、店内で一番大きな窓ガラスに一本の 大きなヒビが走っている。騒ぎ出すほかの客と慌ててガムテープをとりに走る結花。 だが、霜月は 「運命だなんて…。そうかも知れませんね」 ピシピシピシッ!! 郁美のこの一言によって、他の雑音がまったく耳に入らない。窓ガラスに更に多く のヒビが生まれたことなんて気が付いちゃいない。 「ふぅ、ご馳走様でした」 「美味しかったでしょ、ホットケーキ」 「はいっ。…でも、なんだか騒がしいですね。店内」 「どーせいつもの事だから気にしない気にしない」 次々にヒビが入る窓ガラスの補修に追われる結花や、危険を感じて席を立つ他の客 なんかおかまいなしに、霜月の頭の中は春真っ盛り。ホットケーキに夢中になってい た郁美を含めて状況を理解していなかった。 「で、どうしようか。これから」 「霜月さんが連れて行ってくれる所ならどこへでも」 「どこへでも?」 「ただ、子供扱いしないで下さいね。いくみんを大人の階段登らせてくれるなら…」 メキメキッ、ズドーン!! 背後でソファーが重圧に耐え切れずに大きく音を立てて壊れる。既に頭の中で天使が ファンファーレを鳴らしている霜月は、相変わらず気にしない。だが、郁美の表情が みるみる強張っていく。 「ん? いくみんどうしたの?」 「私を…、私を連れて逃げて!!」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「……で、後ろを振り返ってみたら、強烈なプレッシャーを感じて条件反射でいくみん を抱えてたんだっけか」 霜月の頭の中には『捕まったら殺される』ただその一点しかなかった。 「ところで、いくみん。慌てていたからチラッとしか見えなかったけど、あの学ランを 着た大男は何?」 「…あの人は、私を連れ戻しに来たんです。あんな、ベッドが一つしかない無機質な 空間に」 両腕に抱えられているいく身の表情が曇る。あまり触れられたくない部分なのであ ろうか。 「ぐわはははっ、霜月どん。おんしもついにちゅるぺたに目覚めたようじゃのうっ!!」 学園寮の近くまで差し掛かった頃、突如現れたのは平坂蛮次その人であった。 思わず、足が止まる。 「元々俺はオールマイティというか、黄金比を求めて止まないんだが…。ってどーし た急に」 「なに、霜月どんがちゅるぺたランク『AAA』の立川郁美を身請けしたと聞いてな」 蛮次はどこからか取り出した自身の『ちゅるぺたデータブック最新版』を取り出し て豪快に笑う。 「で、霜月どん。ものは相談なんだが…」 「却下」 即答する霜月。 「まだ何も言ってないじゃろーが」 「どーせ、前は譲るから後ろは頂くとか、縄はこういう縛り…(以下放送禁止用語連発)… って言うつもりなんだろうが」 対象である郁美を目の前にして、思いつく限りの事をまくし立てる霜月。当の郁美 自身はどこまで理解したのか、顔が真っ赤だ。 で、蛮次はというと 「さすが、霜月どん。思っちょる事を全て代弁してくれちょったわ」 霜月に握手を求めてくる始末。 「じゃぁ、アレなんとかしてくれるかなぁ」 握手を払った手で今まで逃げてきてた方向を指差す霜月。その方向には、今まで 逃げてきたプレッシャーがどんどん強くなっているのが判る。 「ほぅ。これはなかなか…」 蛮次の顔がちゅるぺた万歳のそれから闘いに飢えた一人の男に変わる。 やがて、そのプレッシャーが徐々に明らかになっていく。太陽を背に浴び逆光と なっているためにはっきりとは判らないが、学ランに身を包んだその姿は蛮次と同 じぐらいの大男である。 「おんし…。何者かは知らんが、ちゅるぺた陵辱は多人数が基本。独り占めはよく ないのぅ」 蛮次のその言葉が逆鱗に触れたか、明らかな殺気が叩きつけられる。ちなみに、 独り占めしようとしていたのは霜月の方なんだが。 「郁美を返してもらおう」 ただ静かに、それでいて殺気のこもった声。そして大男は拳を構える。 「面白い、おいどんのちゅるぺたを邪魔できるものなら…してみんさいっ!!」 蛮次が真正面から大男に突進する。正面四つに組み合った瞬間、互いの持つ気が 一気に弾ける。 「きゃぁっ!」 「郁美!!」 衝撃に思わず悲鳴をあげる郁美。 その声に大男が反応する。そして、それは大男にとって命取りとなる。力がほん の僅か緩んだ瞬間に蛮次が渾身の力を込めて押し込む。 「おいどんのちゅるぺたパワーの前にして、余所見している余裕なんぞ無いわぁ!!」 「ぐっ…」 「チャンス!」 蛮次有利に傾きつつある中、これを好機と見て取った霜月が即座に大男の後方に 回りこみ、神通棍を構える。 「貴様ら…」 「卑怯で結構。いくみんは俺のものだ!!」 「ちゅるぺたはおいどんのものですたぃ!!」 同じこと考えているあたり、霜月と蛮次は結構似たもの同士なのかも知れないが。 「くらえっ!」 スッ… 「ぬ? うおぉ〜!」 神通棍にありったけの霊力を込めた霜月が大男の無防備な背中に斬りつけようとし た瞬間、蛮次に押し込まれていた大男が一気に力を抜いた。そして、そのまま蛮次を 後方へ巴投げの要領で投げ飛ばしたのである。 つまり、その方向には霜月がいた訳で 「嘘ォ!?」 ドガッシャーーン!! 「「むぎゅぅ・・・」」 蛮次は肉弾戦トップクラスの戦闘力を誇るが、音声魔術や霊力による攻撃等の特殊 攻撃に対する防御力が皆無。その上、霜月の神通棍による攻撃を金的に喰らってしまっ ては、さすがに場所が悪かった。霜月も勢いのついた100キロ近い蛮次の肉体にそ のまま押しつぶされてしまい、これでは動けない。 「郁美をキズモノにした罪、死をもって償ってもらうぞ」 大男はゆっくりと立ち上がると、横で伸びている霜月と蛮次に向かって拳を振り上 げる。 「ちょ、ちょっと、お兄ちゃん。何してるの!?」 闘いの成り行きを呆然と見ていた郁美が我に帰り、慌てて間に割って入る。 「知れたこと、おまえに近寄る不埒な輩を始末するだけだ。…やはり、郁美を外に出 したのは間違い−」 パァン! 乾いた音が響く。 「いい加減にしてよ、お兄ちゃん! お兄ちゃんは大好きだし、今までも感謝してい る。だけど、私だって恋もしたいし、友達だって欲しい。病院の中にいて何も知らな いまま暮らすのは嫌なの!!」 最愛の妹が見せた精一杯の主張。叩かれた痛みよりも、妹の心のうちを知らずにい たことが何よりも痛い。 「しかし…」 「心配は要りませんよ、雄蔵さん」 兄妹の間に流れた沈黙を破ったのは、九条和馬その人であった。 「九条、どういう事だ」 「いくみんさんの主治医から、日常生活を送るには支障が無いとお墨付きを得ていま す。それにこの学園の保険医はそこいらの大学病院より優秀ですから」 「くまさん…」 「それに心配なら、雄蔵さんもこの学園にいればいいんですよ」 「…ってな事がありましてね」 「俺と蛮次がノビている間にねぇ…」 「どうだ、飲まんか」 翌日の放課後。教室から校庭を眺めながら、霜月は和馬にあらかたの説明を受けて いた。 郁美は元気な姿で登校していた。余計な心配をかけてもらいたくないとの本人の希 望により、彼女が心臓を患っていた事は伏せられた。 「それよりもさぁ…」 「いいから飲め」 「どーして、あんたがここにいるんだ!?」 霜月と和馬の横には、一升瓶を手にした雄蔵が二人に向かって酒を注いだコップを 差し出していた。 「どうやら雄蔵さんの出席日数が全然足りなくて、卒業証書貰ってなかったそうなん ですよ」 殆ど学校に行ってなかった雄蔵に対し、千鶴校長の配慮で3年生に編入されたので ある。 決して、1年生と2年生の担当教諭に拒否されたからかどうかは定かではない。 「授業中、雄蔵さんの座っている周囲だけ、やけにピリピリしてたじゃないかよ」 「気にするな、木か岩がそこにあると思えばいい」 「橋本くん、早退しちゃいましたけどね」 運悪く雄蔵の隣席になってしまい、教科書の無い雄蔵にずっと教科書を見せていた 橋本は午後の授業から欠席していた。 「しっかし、いくみんも3年は3年でも中学生だったとはねぇ…」 霜月が感慨深くため息を吐く。中学生をナンパしてロリコン番長と共闘したという 事実だけが大々的に報道されてしまい、今日一日散々に言われたことを思い出す。 「…って、あれ? 雄蔵さんどこにいった?」 ふと、振り返ると雄蔵の姿が見えないことに気が付く。 「多分アレじゃないかと…」 和馬が校庭の一角を指差したその先には 「たぁすけてくれぇ〜!!」 「浩之さん、私の為に駆け落ちまでしてくれるなんて…。 きゃっ☆」 「ちょっと浩之ちゃぁん、待って〜!」 「私のダーリンを返しなさぁーい!!」 藤田浩之が郁美を抱えて走る後を、神岸あかりや四季らのいつもの面々が追っかける。 その一団をすさまじい勢いで追跡する雄蔵の姿が見えた。 「昼間はYOSSYFLAMEが同じ事やっていたっけか?」 コップに注がれていた酒を煽りながら呟く。 「おぅ、くま。酒飲まないなら貰うぞ」 「……」 霜月は返事の無い和馬からコップを奪うと、飲もうとしてその手が止まる。 赤い。 酒が注がれていたはずのコップの液体がルビーのように赤い。 「どわー!!」 思わず、コップを放り投げる。 「久しぶりに見たからびっくりした。っと、コップコップ…」 「これのことか?」 背後からコップが差し出されたので、振り返って受け取ろうとした霜月が固まる。 「夕陽を見ながら酒を煽る、貴様の年齢と今の立場を言ってもらえると有難いのだが」 「でぃ、ディルクセン…」 そこには、吐血50%混入のコップ酒の直撃を受けたディルクセンが立っている。 「そこの所、じっくりと聞かせてもらおうか?」 「し、しまった…」 一方、浩之と郁美の逃亡劇はまだ続いている。雄蔵にとって連れ去られる郁美を 助けるべく追っかけているのだが、これまでと一つ彼女の変化を見つけた。 (いい顔で笑っているな) これまでどこか遠慮がちだった表情とは違い、心底今の状況を楽しんでいるのが 長年見てきただけあってよくわかる。この笑顔を見れただけでもこの学園に来た甲 斐があったなと、少し嬉しくなった。 Fin.