試立Leaf学園、アズエルと呼ばれる棟の一室。 「うう〜っ……」 「ぐぐぐぐぐ………」 「むむむむむ………」 今この部屋に、ジン・ジャザム、ハイドラント、神海など、この学園でも指折りの強者 達が一同に会していた。 と言っても、物騒な戦闘や第一回クソゲープレイング大会などが行われているわけでは ない。 おとなしく机に座っている。 この事実だけでも驚嘆すべきだが、みな、苦悶と憂愁に満ちた顔をしていた。 あまつさえ、ガマの油取りよろしく額に脂汗を浮かべている者もいるのだ。 「みんな頑張れ! ここさえ乗り切れば後は楽だ!」 日本史教師として教鞭を取る柏木耕一が叱咤激励を飛ばすが、その言葉にさしたる意味 がないことは本人が誰よりも承知しているだろう。 「くっそー…なんでオレがこんな事しなくちゃならないんだよ」 「アンタ自身の責任でしょ? 黙ってやんなさいよ、こっちのペースが狂うわ」 こっちで言い争いをしているのは、藤田浩之、長岡志保の二人。 「だいたいだな、お前が時期も考えずにゲーセン勝負を挑むからだな、こーゆー憂うべき 事態になっちまったんだぞ」 「だったら断ればいいじゃないのよ!」 「お前がいつオレに承諾を確認したんだよ?! 時間と場所を勝手に指定してさっさとい なくなっただろーが!」 「あたしが悪いってゆーの?!」 「他にどう言い様があるのか教えて欲しいもんだな!」 「なんですってぇ?!」 「こらっ、お前達! 静かにしろ! みんなの迷惑だろう!」 場所も考えずに口げんかをしていたせいで、耕一に怒られている。 「………」 そんな一同を、セリスは無表情に見つめていた。 当たり前と言うか無理矢理引っ張ってきたと言うか、その側にはマルチもいる。 「ううう〜…ったくよぉ!」 ジンが半ばやけくそ気味に口を開いた。 「数学なんて出来なくたって生きていけると思わないか?! なぁ!」 「思うよ」 お勉強に嫌気がさし、誰彼構わず話しかけたジンのぼやきにセリスは答えた。 「微分積分が出来たからって面白いSSが書けるわけじゃないし、因数分解が分かっても 恐怖の大王が来たら一巻の終わりだと思う」 「だろう!」 セリスの返答に、ジンは勢いづいたように身を乗り出したが。 「でも、高校生である以上やらなきゃいけないこともあると思うよ」 「ぐっ…お、お前は知らないのか?! 今の大学生の20%だか30%だかは、分数の足 し算・引き算が解けないんだぞ!」 「あーはいはい、じゃあ君はそーゆー恥ずかしい人達の仲間入りをしないように頑張って ね」 駄々っ子をなだめる父のような口調で言う。 「ちくしょう…お前だっていつもマルチと遊んでいるだけのくせしやがって、何でトップ グループの成績を維持できるんだ…」 「ああそれはね」 セリスは事も無げに答えた。 「小学生の頃、”エリートM”を使ってエリートのスキルを覚えたからだよ」 「…そのネタ、FEトラキア776やってないと分からないぞ」 「んじゃ、”エリートの剣”を装備してるから…」 「それもダメ!」 「じゃあ、エリートリングをラクチェから40000Gで買った…」 「却下! ってゆーかラクチェって誰だよ?!」 「FE聖戦の系譜第二部の主力メンバーで、アイラの……」 「説明しなくていいよ!」 「まったく、ジン君はうるさいにょ」 「にょって言うな!」 「まったく、ジン君はうるさいにゅ」 「にゅとも言うな!」 「まったく、ジン君はうるさいな」 「いい加減そのセリフから離れろ!」 セリスは、ヒートアップするジンを落ち着かせるように軽く手を上げた。 「あーもー分かった分かった、ここは本放送ではカットね。テイク2で撮り直しいこう」 「急に業界人みたいな喋り方はじめやがって…、まぁいい。んじゃやり直すぞ」 ジンはコホンと咳払いを一つすると、21行前のセリフを言い直した。 「ちくしょう…お前だっていつもマルチと遊んでいるだけのくせしやがって、何でトップ グループの成績を維持できるんだ…」 「日頃の行いの差じゃない?」 「てめえがどんな良いことしてるってんだよ、日がな一日マルチと一緒にいるだけじゃねー か」 「でも、少なくとも授業中は真面目に授業受けてるよ。ノートもバッチリ取ってるしね」 「うう…事実テストで良い点取ってやがるから、反論できねぇ…」 「ま、せいぜい頑張って下さいな♪」 悔しそうなジンの言葉に、セリスは目を閉じ軽く笑いながら答えていた。 彼らLeaf学園でも名の通った生徒達は、今テスト勉強をしている。 もう少し詳しく説明するなら、翌日に迫った追試験のための特別講習を、柏木耕一より 受けているのである。 それぞれの生徒達には個別のプリントが配られ、それを耕一が一括してまとめ、個人別 に分からない点を教えたり、ポイントとなる点を重点的に教えたりしているのだ。 学年が違うはずの生徒達が同一の教室で学んでいるのはそのためである。 「ダーク十三使徒長たるこの俺が、補習を受けるわけにはいかんからな…」 「明日の追試で合格しなかったら、来週から一ヶ月、放課後の補習授業決定ですからね… 導師」 「ああ…さすがに長としての格好がつかない」 「全く、ちょっと世界征服ロボを作るために試験をサボったくらいで追試受けさせられる なんて、この学園の先生達も度量が狭いですよねー」 「ほらほらそこの二人! ぶつぶつ言ってないでプリントを進める!」 ハイドラントと神海のヒソヒソ話を耕一はしっかり聞きつけ、注意を与える。 「でも、耕一先生。どうして、オレ達の勉強を見てくれるんですか?」 浩之が不思議そうに耕一に問いかけた。 「ん?」 「いえ、追試のための勉強なんて、個人がそれぞれでやる事だと思うんですが…どうして 先生が特別講習なんてしてくれるんです?」 「あのなー…、来月からのお前らの補習の講師は誰だか知ってるのか?」 「いいえ、知りませんが」 「俺だよ!」 耕一は半分泣き顔になった。 「俺だってな、放課後に補習するなんて面倒だからイヤなんだよ。だからお前達が明日の 追試で合格点取れるよう、こうして勉強見てやってるんだ」 「でも、耕一先生の受け持ちの教科は日本史じゃありませんでしたっけ?」 「他の先生達もみんな、放課後を潰されるのはイヤなんだとよ。それで俺が…」 「耕一先生が一手に引き受けてくれたわけですね!」 少しは感激した浩之がそう言ったが、耕一はめんどくさそうに言葉を続けた。 「いや、あみだくじで外れを引いたんだ」 「ハズレですか」 「ハズレだ。当たりじゃないんだ」 耕一は自らの不運を嘆くように長い長いため息を吐く。 「それなら、明日の追試の問題教えて下さいよ。そうすれば確実に合格できる」 「それはできん」 ハイドラントがダーク十三使徒らしい提案をしたが、耕一はキッパリと即答した。 「教師としての誇りにかけて、そんな不正行為を許すわけにはいかん」 「もうちょっと融通を利かせてくれても…。ところで一応念のために聞いておきますが、 明日のテストの合格点は何点くらいなんですか?」 「うーん、そうだなぁ…」 少し考え込む表情を見せた後、耕一は答えた。 「テストの平均点にもよるが、だいたい80点〜90点くらいだろうな」 「そんな! そんな高得点、とても無理です!」 「ばか、追試の合格ラインなんてだいたいこんなもんだ。それに、点数こそ高めだが、テ ストの内容は基本中の基本。教科書丸写しするだけで100点確実ってレベルだ。だから 何とかなる!」 「あのー、先生、盛り上がってるところ悪いんですが…」 耕一は希望の光を見出したように元気になっていったが、手を上げて発言したのは神海。 「それが出来ないから、みんなここにいるんだと思うんですけど…」 「………」 「………」 「………」 気まずい沈黙。 そして… 「うがー、こうなったら貴様ら今日は徹夜だ! 寝れると思うなよ、ノルマは一人プリン ト百枚だぁぁぁぁ!!」 身体に秘められたエルクゥの力を開放し、文字通り悪鬼の形相になって耕一はそう叫ん だのだった。 「ところで、セリス。お前は何をしにきてるんだ?」 耕一の暴挙とも言える行動に、当然講習を受けている生徒達は一様にブーイングした。 しかし、いかに彼らがおよそ常識では考えられないほどの特異性を持っているとはいえ、 曲がりなりにも高校生。 教師が生徒に課題を科すのは当然であり、何よりこうなった原因は自分たちにある。 教室の入り口辺りに立つセリスに正論でそのように熱血論破されたため、一同は素直に プリントを解く以外の選択肢を失ってしまった。 やむなく、補習生徒達は渋々プリントに取り組みだしたが、ふとハイドラントが顔を上 げてセリスに問いかけた。 「え?」 「お前は成績がいいんだろう? 追試なんて関係ないのに、どうしてこの特別講習に参加 しているんだ?」 「いや、ぼくもこれからマルチと二人でテスト勉強するんだよ。その前に、せっかくだか ら君達の様子を見に来たと言うわけさ」 「お前はともかく…マルチも追試なのか?」 「耕一先生、どうなんです?」 二人の会話を聞いていた神海が耕一に訊ねた。 「いや…マルチは追試ブラックリスト、別名高校生の屑作戦リストには名前がなかったが」 「コロニーでも落とすんかい…」 「まぁでも、勉強するのは良いことだ。次回の定期テストに向けて勉強するのなら応援す るぞ」 「だったら俺達と一緒にすればいいんじゃないか? 耕一先生もいることだし」 ジンが誘うように言ったが、 「バカヤロウ!」 どばきぃっ。 「貴様、ぼくとマルチとの幸せな未来を邪魔する気か?!」 返答は熱い漢の拳だった。 「……何の事だよ?」 セリスの左ストレート(LSRCでの武器名”良いパンチだったぞ、ジョー! これな ら世界を狙える! 攻撃力2000”)をもろに受けて仰け反ったジンは、鼻血を押さえ ながらセリスを睨み返した。 「いいか、二人っきりでのテスト勉強と言えば、古くはPC版あかり、今ならKan○nの名 雪に至るまで、常にラブラブエンドへの布石、ハッピーフラグ成立の第一歩なんだぞ!!」 「…ああ?」 不審気なジンに構わず、セリスはオーバーアクションを交えて嘆きの深さを体現する。 「そう、ヒロインに『一緒にテスト勉強しない?』と問われて『No!』なんて答えてみ ろ、その時点でハッピーフラグ成立ルートが閉ざされ、決してラブラブなエンディングに はたどり着けなくなる!! オーノーとでも言うしかなくなるんだぞ!!」 「いや、あのな…」 「これほど重要な選択肢を、ぼくが長い年月をかけて考えてきた人生設計を、嗚呼お前は破 壊すると言うのか?! さぁ答えてもらおう、ジンッ!!」 「…いや、そんな血涙流しながら全力で迫られても困るんだが」 ジンの言うとおり、セリスは両の眼から真っ赤な血をダラダラ流していた―― 「分かった分かった、俺が悪かったよ。二人ッきりで勉強でも何でもしてこい」 「うむっ、分かってくれればいいんだ。手荒な真似をしてすまなかったな」 ――が、途端に掌を返したように爽やかな笑顔になった。 「お前最近、マルチに関するバカッぷりに磨きがかかってないか?」 「いやぁ、そんなに褒められると照れるなぁ」 「…どーやらこいつの場合、マルチバカって言葉は褒め言葉になるらしいな」 「ジン、お前も早くプリントを進めるように。在庫はまだ百枚以上あるんだから」 「やれやれ……」 嬉々としてマルチを連れていくセリスに、ジンはフーッと嘆息し、再び机に向き直る。 「あ、一応念のために言っておくが」 「何だよ?」 セリスの声に、ジンはうざったそうに振り返った。 「ぼくとマルチがいる教室で、もし変な物音とか妙な声とか聞こえてきても、決して覗き に来るなよ」 「何するつもりなんだよ、お前は!」 「それは…。そんな恥ずかしいこと、こんなところで言えないよ」 「言うのが恥ずかしいような事を学校でしようなんて考えるな!」 「何を言う、エロゲーではすべからく存在するシチュエーションじゃないか」 「それはそうだが……ってゆーか、Leafキャラとそーゆー事しようとか思うな! 下手し たらLメモの歴史からこのSSが抹消されるぞ!」 「うぐぅ、そーゆーシステム面でせめるなんて…ジンくん嫌いだよっ」 「嫌いでもなんでもいいからとっとと失せんかぁぁぁぁぁ!!」 ジンの鉄拳制裁が炸裂。 ばきぃっと鈍い音が響く。 「やな、感じィィィィ〜〜〜〜〜〜………」 セリスは窓ガラスをぶち破り、遙か彼方のお空に飛んでいった。 某ロケット団のよーに。 「あ、あああああ、セリスさ〜ん」 残されたマルチはちょっと困った顔になった。 「あぅ…私はどうしたら良いんでしょう?」 「そうだな、せっかくだから…」 耕一が何か答えようとしたとき、 「ぼくとテスト勉強するんだって、言っただろ? マルチ」 「あっ、セリスさん!」 いきなりセリスがニョッと顔を出した。 「てめぇ…たった今遠くにぶっ飛ばしたばかりなのに、どこから沸きやがった」 「甘いなジン」 セリスはチッチッチと右手の人差し指を振った。 「マルチあるところセリスあり! なのさ!!」 「そーか、じゃあもう一回やってみよう」 どっかん。 「うわあああぁぁぁ〜〜………」 セリスは再びどこか遠くへ飛んでいった。 「さて、じゃあマルチ、君は…」 耕一が言いかけると、 「ひどいなジン。そんなにポンポン殴らないでくれよ」 再びセリスが現れた。 「また沸きやがったな、お前…」 「はっはっは、バシルーラで飛ばされた戦士がルイーダの酒場に戻っていくようなものさ」 「あーもーいい。行け行け。お前と遊んでいるほど暇じゃないんだ、俺は」 「うん。じゃ、行こうかマルチ。耕一先生、では失礼します」 「はいっ、セリスさん」 「あ、ああ。勉強頑張ってな」 セリスは歓喜の舞を踊りつつ、マルチの手を引いて教室から出ていった。 「あったく…。マルチの事になると理性なんて欠片もなくなるな、あいつは。よくあれで ジャッジの軍師なんてやってられるものだ」 「実はエルクゥの血を引く二重人格なんじゃないか?」 「あるいは額に第三の眼があるとか…」 「写楽とか呼ばれたりしてな」 「古いな、お前も。今は三只眼って言うんだぞ」 「まぁそう言うな、あれでも学年順位一桁の点数を取っているんだから。お前達も少しは 彼を見習え」 耕一が軽いフォローのつもりで何気なく口にした言葉を聞いて、ジン達はハッと気が付 いた。 「…ってことは何か? 俺達は、あんなバカが軽々と解く問題に悩んでいるってわけか?」 「うむ、そうだな。例えば…今ジンが解いている数学の基礎問題くらい、セリスなら一分 とかからずに解くだろうな」 耕一もはたと思い当たり、少し大袈裟に言ってみる。 「セリスが楽勝で解く問題が俺に解けない…良く考えれば、これほど屈辱的な事はないな」 「そうだ! あんなバカに解ける問題がこの俺に解けないわけがない! そんな事実、修 正してやるー!」 このプリントの問題がただの試験勉強ではなく、実はプライドと男の沽券に関わる問題 だということに気付いた一同は、猛然とガムシャラに勉強を始めた。 ――結局この夜、アズエル棟の明かりが消えることはなかったという。 この威信を賭けた一夜漬けの効果があったのか、彼らは無事追試を突破。 晴れて自由の身となったのであるが。 「良かったですね、導師。これで世界征服計画を進められますよ」 「何事にもイレギュラーは存在する。それを可及的迅速に解決できるか否かが要なのだ」 「全くです。それで、今後の日程なのですが…」 ハイドラントと神海の二人が晴れやかな笑顔で――この時彼らとすれ違った広瀬ゆかり は、「あの二人がこれほど清々しい笑顔を浮かべられるとは夢にも思わなかった」と異次 元人でも見たかのように語った――ダーク十三使徒本部へと向かっていた時。 「あ、弥生さん」 神海が彼女――Leaf学園教師にしてダーク十三使徒四天王の一人・篠塚弥生の姿を見つ け、気軽に声をかけた。 「………」 しかし、弥生はハイドラント達を一瞥しただけでフイとそっぽを向くと、そのまま歩い ていこうとする。 「弥生さん、どうしたんです? 俺達ですよ」 なおも神海が呼びかけたため、弥生は仕方なさそうに振り向いた。 「何の用です? 低能軍団」 「…はっ?」 出会い頭の暴言を受け、神海は固まってしまう。 「私は三流の人とは係わりたくありません。なぜなら、三流の人は一流の人間を三流に落 とし込むからです」 「これはこれは…手厳しいな、さすが弥生さんだ」 平静を装って言葉を返すハイドラントだが、望遠レンズでズームすると24コマに1コ マの割合で激昂の表情が混じっているのがわかる。 サブリミナル効果だ。 弥生はそんな事は素知らぬ風にそっぽを向いた。 「さようなら、『赤点』を取った『追試』のダーク十三使徒首長殿。貴方のような立派な 方に率いられたダーク十三使徒の末路が目に浮かびます」 『赤点』と『追試』を嫌味なくらいに強調し、カッカッと靴音高く弥生は歩み去った。 「……………」 ハイドラントは何も言わず、プアヌークの邪剣で近くを歩いていたむらさきを吹き飛ば す。 「きゃああ〜、何するの〜」 「うるさい。黙って八つ当たりされていろ」 その時、それまで固まっていた神海がハッと気付き、今目の前で見た衝撃的な現象の原 理をハイドラントに問いかけた。 「ど、導師。今どうやって魔術を使ったんですか? 声出してないのに…」 「……………」 ハイドラントは再び無言になり、刹那言い放った。 「プアヌークの邪剣よ!」 「今言ってどうするんですか!」 「細かいことは気にするな。ハゲるぞ」 「全然細かくないですよ!」 「神海。そのパターンは漫才では使い古されたパターンだ。もっと新しいツッコミを考え ろ」 「ボクらはいつから漫才コンビになったんですか!」 「たった今だ」 「あ〜、むらさきも、むらさきも入る〜」 「そうか、ではカルテット・オブ・ザ・ダークだ」 「三人なのに何故カルテットなんですか!」 「いちいちうるさいヤツだな。些細な矛盾など忘れろ」 「だから、些細とかなんとか言う以前の問題で…」 「わーい、かるてっと〜」 ハイドラントと神海の二人にいつの間にかむらさきもくっついていた。 彼ら三人はこのようにワイワイやりながら去っていったのだが、それをまたしても目撃 していた広瀬ゆかりは、(ああ、アレを低能と切り捨てた弥生さんの判断は実に正しい物 だったのね)と思ったという。 どうにか追試をクリアするも、美しい悪役としての格は下がってしまったようだが、幸 か不幸かハイドラントも神海もその事には全く気付いていなかった。 また、ジン・ジャザムであるが。 「ジンくぅ〜ん、千鶴先生がお呼びよ〜、今から三秒以内に校長室まで来てね〜。来ない 時は針千本飲ますわよ(はぁと)」 このような校内放送が流れた瞬間、ジンは体内のバーニアをフル稼働して一直線に校長 室へ突撃。 「ち、千鶴先生! いくらなんでも三秒は無茶苦茶です!」 校長室のドアを体当たりでぶち破ると同時に言った。 「タイムは2.98秒。おめでとう、新記録よ」 千鶴は全く動じず、手元のストップウォッチをカチリと止めてにっこり笑った。 「そりゃ新記録でしょう…って、なんだって三秒なんていう無茶な要求を?!」 「待つのが面倒だったから(はぁと)」 面と向かってキッパリこう言われては、さしものジンも返す言葉がない。 「い、いや、でも俺にだって都合ってものが…」 「そんな事よりジン君」 ジンのささやかな抵抗を無情に遮った千鶴は、いつものおちゃらけ顔からは予想もつか ないシリアスな口調で話しかけた。 「貴方、追試だったそうね?」 「ええまあ。何とかクリアしましたが」 「ああッ、残念だわジン君。我が校には、追試になった生徒は合否に関わらず針千本飲ま されるという厳しい掟があるのよ」 「校則じゃないんですか?」 「掟よ」 「いやだから校則…」 「掟なのよ」 「………」 ジンはしばらく考え、一言。 「今思いつきましたね? それ」 「えっ、そ、それは…」 千鶴はあからさまに動揺した。 「と、とにかく! ジン君は針千本飲まなきゃいけないのよ!」 「『とにかく』の根拠を教えて下さい。ってーかどうしてそこまで針千本に拘るんです?」 ジンの至極もっともな疑問に、千鶴はにこやかな――白々しいとも言う――笑顔で答え た。 「ハリセンボンを食材にした新しい料理を作ってみたんだけど、誰も食べてくれないの。 だから、ジン君ならきっと喜んで食べてくれるかなって思って」 「だったら最初からそう言ってくれればいいじゃないですか。なんだってこんな回りくど い事を?」 「そーゆー年頃なのよ」 「答えになってません!」 「いいからいいから、さ、それじゃ食べに行きましょうか」 千鶴に手を引かれ、ジンは否応なしに連れ出された。 この後の彼の運命は…まぁ、本人はそれなりに喜んでやっているようなので刑法上は問 題はない。 …と思う。 多分。 次に、藤田浩之と長岡志保の二人だが。 彼らは別にこれと言ったことはなかった。 「あ、浩之ちゃん。追試合格、おめでとう」 「志保もお疲れさま。帰りにヤックにでも寄ってお祝いしようか」 神岸あかり・佐藤雅史の二人と合流、そのままヤックやゲーセンに寄って遊んで帰った。 後日あかりと雅史の二人に話を聞いたところ、 「まぁしょうがないかなって感じはするけど、さほど驚くほどの事もないと思ったから」 「不思議ではあるけど、不自然な話じゃないからね」 とすんなり答えてくれた。 つまり、浩之と志保の二人は、もともと追試になってもおかしくないと思われていたわ けだ。 だからいざ追試の段になっても取り立てて何かが変わることはなかったのだが…それは 良いことなのか悪いことなのか。 そして、セリスとマルチ。 二人ッきりでの試験勉強という一つ目のハッピーフラグを無事成立させ、二人の仲も一 歩前進! 目指すはアレでナニなシーンとハッピーエンディング! …と行きたいところだった。 「おはよう、諸君!」 翌日、セリスはご機嫌で登校した。 頭の上でちょうちょが舞っているのではないかと思うほどの上機嫌で、浮き浮きと弾む 足取りはそのまま成層圏まで浮き上がってしまいそうだった。 マルチを見るためだけについている節穴のような目でマルチを素早く見つけ、朝の挨拶 の声をかける。 「やあ、マルチ! 今日もかわいいね!」 セリスがこのように大ボケをかますのは物珍しい事ではなかったので、登校中の他の生 徒達は極力セリスを見ないようにして足早に通り過ぎるのが常なのだが。 「…あ、せ、セリスさん…お、おはよう……ございます………」 いつもだったら困惑するだけのマルチが、今朝に限って過剰な反応を見せた。 顔を微かに赤らめ、両手を胸の前で無意味に動かしたりしながら、時折セリスの顔色を 伺うようにそっと目線を上げる。。 『もじもじ』という形容詞がこれほど似合う姿は他になかった。 昔なつかし”もじもじ君”というとん○るずのパフォーマンスを思い出した者もいたく らいである。 「はっはっは、今日も一日頑張ろうね! マルチ!」 「は、はい…そうですね……」 ごにょごにょと呟くようにマルチは答える。 「てっ、てめぇぇぇぇぇぇぇ! せりすぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」 アズエル棟の教室の窓をぶち破り、ジンが文字通り一直線に飛んできた。 「あれほど言ったのに、遂にやりやがったんだなぁ、貴様ァァァァァァ!!」 そのまま勢いを乗せたロケットパンチを放つ。 「…………フッ。M.A.フィールド・強化版!!」 ガキン、という金属的な音と共にロケットパンチが弾かれた。 セリスの張る緑色の絶対空間、M.A.フィールドの防御効果だ。 「人聞きが悪いな、ジン。ぼくが何をしたと言うんだい?」 そう言うセリスの口調からは、『余裕』の二文字がありありと感じられた。 「お前が今思っている通りのことだよ!」 「ああ、アレか。いやぁ大変だったよ、大層恥ずかしがるマルチを何とか説得して…」 「せっ、セリスさん!!」 「おっとごめんごめん、これはぼくら二人の秘密だったね。二人だけの秘密だ、ふあっは っはっはっはっは!!」 赤面してセリスの口を塞ぐマルチ、異常なまでに嬉しそうなセリスの悪役笑い。 そこから導き出される解答は…。 「プアヌークの邪剣よ!」 突如魔術による攻撃が飛んできた。 「! …M.A.フィールドッ!」 すかさずバリアで守るセリスの前に、かの大魔人もかくやという程の憤怒に身を包んだ ハイドラントが現れる。 「セリスよ…俺は貴様を見損なったぞ。それだけはやってはいけないと、試立Leaf学園校 則第一条第一項に明記されていると言うのに…」 「ちょ、ちょっと待った! みんな、何か勘違いしていないか?」 なんだか大事になりそうな気配を察知し、セリスは慌てたように口を開いた。 「勘違い? 何が勘違いだと言うのだ」 「お前は昨日学校でマルチと…」 「耳を見せてもらったんだよ」 穏やかで、空虚な――それこそ白々しいまでに静かな空気が流れた。 「…なんだって?」 いち早く回復したジンが、再度セリスに問いただす。 「だからぁ。マルチのこの耳カバーを取ったらどんな感じなのかなって、前から思ってい たんだよ」 「誰にも見せてはいけない、と言われていたんですが…セリスさんがどうしてもとおっしゃ るので」 マルチは真っ赤になったままでセリスの言葉を補足する。 「たったそれだけの事で…お前は、あんなにも嬉しそうに登校した、と?」 「馬鹿。これこそハッピーフラグの第一歩じゃないか。ロゥマは一日にしてならず、千里 の道も一歩から。そういうことだよ」 ハイドラントも呆然としたまま――あんぐりと口を開け、神を仰ぐかのように嘆息した。 「さ、マルチ。そろそろ予鈴が鳴るよ。校舎に入ろう」 「はいっ、セリスさん」 呆れて唖然としている一同を無視し、セリスはマルチの手を引いて校舎に入っていった。 その姿は…かなり無理して嘘・誇張・紛らわしい表現を駆使して熊の剥製を赤カブトと 呼称するくらい全力で見間違えれば、辛うじて好き合って交際している微笑ましい高校生 カップルのように…はやっぱり見えなかった。 「…ってちょっと待て! これがオチか?!」(ハイドラント) 「20Kも引っ張っておいて、今や誰もが忘れているような設定でオトすのか?!」(ジン) うるさいよ。