Lメモ涼風譚4話・「すれ違いは翠のひらめき」  投稿者:昂河
 ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ。
 単調な電子音が、部屋に響いている。
 最初はうるさいと思ったが、ずっと聞いていたらどうでもよくなっていた。
 ピピピピ、ピピピピ。
「んー……あれ?時計……?」
 布団の中から手を伸ばす。カチッとボタンを押すと、電子音は鳴り止んだ。
「なんだ、時計の音だったのか……」
 あまりの眠さに、そこまで認識はできていなかったらしい。
 目覚し時計の単調な電子音というのは、寝ぼけている時には子守り歌に変わってし
まうことがある。いや、本当の話。みんなも注意するように。
 そして、今日の昂河にとっては目覚ましは子守り歌であったようだ。
「う〜、眠い〜…」
 時計を手にとって、時間を見る。
「…………へ?」
 がばっ!
「やばっ!ぜんっぜん気がつかなかった!」
 寝ぼけている頭を無理やり起こす。
 時刻は、いつもの時間を30分も過ぎている。
 いや、目覚まし時計って、止めないとまじで30分は鳴り続けます。
「うわ、ごはん食べてる暇が〜〜」
 あたふたとベッドから出ると、昂河は急いで服を脱いだ。
 鏡に映し出される全身。均整の取れた身体はほんのりと丸みを帯びている。もっと
も、肩幅はあるし、鍛えられて筋肉質なせいで、服を着てしまえば気にならない程度
のものではある。
 昂河は軽く眉をしかめた。他人が見れば均整のとれた──俗な言い方をすればプロ
ポーションのいい身体も、本人にしてみれば疎ましいものでしかない。
 その身体は女性のものであっても、物心ついた時から男として生活し、そのように
育ってきた昂河は、やはり「男」なのである。もっとも、自分の体はやはり自分の体
なので、異性のものとして意識したことはないが。
 昂河は白い布を取り出すと、一番形よくふっくらとしている部分──胸の部分を押
さえつけるように手際よく巻きつけた。
 その上から半袖のワイシャツを着て、夏用の制服を着る。
 ちなみに、制服は冬服と同じ長袖の紺の学生服だが、布地が薄くなっている。
 などととってつけたような説明はさて置いて。
 服を着終わると、昂河はあたふたと身支度をしに洗面所へと向かった。



Lメモ涼風譚4話・「すれ違いは翠のひらめき」



 眩しい朝の陽射しが降り注ぎ、駅前に植えられている木々の影を地面に濃く落とし
ている。
 通学ラッシュの時間帯も終わりにさしかかっており、幾人かの制服を着た少年少女
がのんびりと、あるいは慌てて、目的地に向かっている。
 走っていく生徒達の中に、鮮やかな紺の学生服をまとった長身があった。昂河であ
る。
「…間に合えよ…」
 呟いて、昂河は走る速度を早めた。彼の通う試立Leaf学園には、通学路にある
転移装置で一瞬で校門前につくことができる。いつもは予鈴の20分前には転移装置
に入るのだが、今日はぎりぎりの時間になりそうだった。
 時計をちらりと見る。予鈴2分前。このまま行けば、本鈴には間に合うだろう。今
が遅刻撲滅週間でないのは幸いだった。
 走る昂河の目に、転移装置が見えてきた。
「よし、ラストッ!」
 文字通りラストスパートをかける昂河。
 転移装置の前には、予鈴が近いせいか、腕章をつけた風紀委員が2人ほど立ってい
る。
 あと少しで転移装置だ。
 ずっ。
 こけっ!
「えっ?」
 足がすべった、と思ったと同時に、昂河の体は走った勢いそのままに、前方に飛ん
でいた。
「うわわわっ!」
 体勢を立て直す暇もなく、そのままスライディング!
「どわあぁぁぁっ!」
 目の前に転移装置の扉が迫る!
 プシューッ。
 音を立てて開いたその中に、昂河はタイミングよく突っ込んでいった。
 ガコンッ!
「ぶぎゃっ!」
 転移装置の奥の壁にしこたま頭をぶつけた昂河を尻目に、扉が閉まる。
「い…いってぇ……」
 その場に伏したまま涙目の昂河。しかし、運命は彼に休息を与えない。
 プシューッ。
 キーンコーンカーンコーン……
 再び開いた扉の向こうから、チャイムの音が聞こえてきた。
「やばっ!予鈴だ!」
 がばっと起き上がると、昂河は頭が痛むのを無視して、校門めがけてダッシュを開
始した。
 おそらく歩いても間に合うのだが、どうせなら安全な場所でゆっくりしたいのが人
情というものだろう。
「あと5分で本鈴です。急いで下さい」
 風紀委員が登校を促す声が聞こえる中、昂河は駆け足で校門に入った。
 大きく息をつきながら、走る足を緩める。
「はあ〜……なんであそこでこけるかな、僕…」
 言いながら、頭に手をやる。
「うう、たんこぶ〜……」
 できてるらしい。涙目。
 っていうか、なぜにそこでキャラが違う。
「いいだろ、別に。……って、何に向かって言ってるかな、僕」
 苦笑して、昂河は頭をさすった。
 歩きながら、まだ少し荒い息を整えるために、意識してゆっくりと呼吸する。
「…あ!」
 不意に昂河は声をあげた。
「しまった!弁当忘れた……」


 キーンコーンカーンコーン……
 4時間目終了のチャイムが鳴り響く。
 授業終了の礼もそこそこに、購買部昼食組が先を争って教室を飛び出していく。
 その中に、今日は昂河も混じっていた。
「いいかぁ?とにかく早い者勝ちだからなっ!抜かるなよっ」
「僕らも自分が手いっぱいで、フォローはできないからねっ」
「分かった!」
 一緒に購買部へ向かっている浩之と雅史の言葉に、昂河はうなずいた。
 階段を2段抜かしで降り、手すりも飛び越え、障害物(主に生徒達)をよけながら、
一同はひたすら第一購買部へと向かう。
「よっしゃ!まだそれほど混んじゃいない!」
 運良く先頭になった浩之が、目的の場所を見て言った。雅史と昂河も先頭集団だ。
 購買部では、30人近くが押し合いへし合いパンを争っている。
「いいか昂河、押しはひたすら強くいけ!一歩もひるまず前に出る者こそ、勝利を手
にすることができるんだからな!」
 アドバイスとばかりに、浩之が昂河に向かって叫んだ。
「浩之かっこいい…」
 雅史がうっとりとした目を向ける。
「了解!」
「よし、突撃!」
 それを合図に、次々と生徒達が売り場に殺到する。
 まさに戦場。通勤ラッシュの電車も店じまい大安売りバーゲンも目ではない。まさ
しく、弱肉強食の世界である。
 まして、ここには残りものに福はない。あるのは千鶴パンのみなのだ。それもまた
皆が必死になる理由である。
 昂河は人波にもまれながらも、とにかく前へと進んだ。
「選んでる暇はないか……えいっ!」
 手が届く位置にあったのは、幸運な事に普通のメロンパンとコロッケサンドだった。
こういう時、背が高いのは特である。
「これ、下さい!」
「はい、370円。…はい、おつり」
「どうも!」
 なんとか無事、ゲット。ほっとするのは抜け出してからだ、と昂河はこの人込みを
脱出すべく体の向きを変えようとした。
 その時。
「外道メテオ!」
 その声と共に、空を裂いてとんかちやら鉄アレイやらピックやら、様々な物が辺り
一帯に降り注いできた。
 ガン!ゴン!ガツッ!バシッ!
「うわあぁぁぁ!」
「ごふっ!」
「またかあぁぁっ!」
 叫びを上げて倒れる者、それさえすることなく沈む者。その場は阿鼻叫喚の地獄と
化した。
「ふっ、僕の前に立ちふさがる者は、排除するのみ。」
 赤いバンダナを額に巻いた小柄な少年が、屍達(誰も死んではいないが)を前に、
不敵な笑みを浮かべた。
「せっかくお弁当作ってきたのに…」
 後ろでぶつぶつと呟いている少女──長い髪を下の方で髪留めで止めている──を
無視して、赤いバンダナの少年は悠々と、倒れている人を踏み越えてパンを物色しに
いった。
「…いててて…」
 倒れ伏している生徒達の中から、昂河はむくりと身を起こした。パンはしっかり手
に持っているものの、飛んできた何か(昂河には確認する事ができなかった)に頭を
強打されて、大きなたんこぶをつくっている。気絶時間は約30秒。ちなみに、服も
あちこち破れていたりする。
「なんだ今の……まったく、生きてるからいいようなものの……っていうか、よく生
きてるな僕」
 呟きながら立ち上がる。昂河の他にも復活している生徒が何人かいた。
 まだ起き上がらない者達は、どこからか出てきた風紀委員達によって脇へよけられ
ている。
「…藤田と佐藤は……」
 思い出して昂河はきょろきょろと辺りを見回した。売り場には今の攻撃を受けなか
った者達が再び殺到してきていて、人を探すのは困難な状態になりつつあった。
「あ」
 後ろの方に見知った顔を見つけて、昂河は人込みを抜け出した。
 むくれたような顔で立っている、長い髪を下の方で髪留めで止めている少女。
「美加香さん」
「あ、昂河さん」
 少女は、昂河を見て表情を笑顔に変えた。
 赤十字美加香。昂河とは同じ工作部の部員である。
「やあ」
 にっこりと美加香に笑ってみせる昂河。頭のたんこぶがまだ消えていないのが、ち
ょっと悲しい。
「めずらしいですね、ここで会うなんて」
「うん、今日は弁当を忘れてきちゃってね。」
「そうなんですか。……あの、その格好」
「ああ、さっき謎の攻撃があったからさ」
 こともなげに言うあたり、昂河もこの学園にだいぶ慣れてきている証拠なのかもし
れない。
「すみません。ひなたさんてば加減を知らないから……」
 申し訳なさそうな言葉と裏腹に、にっこりと笑ってみせる美加香。
「あ、さっきのは風見君なのか」
「はい。ひなたさんてば、私がお弁当作ってきたのにここに来たんですぅ」
 ぷうっと頬をふくらませる美加香に、昂河は苦笑した。
「……しかし、話には聞いてたけど…すごいね、この状態」
「ええ。昼の購買部は、日々是戦いですよ☆」
 ぐっと拳を握り締める美加香の背後から、殺気が立ち昇った。
 昂河がはっとした瞬間。
 ドカべキ☆
「みきゃあぅっ!」
「わっ!」
 後ろから蹴りを入れられた美加香が、勢い余って昂河の胸にぶつかってきた。
「貴様は何を悠長に立ち話なんてしてるんです?」
 昂河が目を向けると、そこには赤いバンダナの少年──風見ひなたが立っていた。
「何するんですかぁ、ひなたさん」
「無事に食料を手に入れたからには、長居は無用です。行きますよ美加香」
 そう言ってひなたはきびすを返した。
「あっ、待って下さいひなたさんっ」
 美加香は慌てて昂河から離れるとひなたの後を追おうとして…昂河に向き直った。
「昂河さんて……肉付きいいんですね」
「は?」
 きょとんとする昂河。その昂河を少し拗ねたような上目遣いで見ながら、美加香
は言葉を続けた。
「私より……胸があるなんて……」
「へ?」
「男なのに…私より…ふかふかだなんて……そんなの……ずるいですうぅぅぅ!」
 きらり、と目元を光らせながら、ダッシュで走り去る美加香。
「…………」
 昂河は呆然と美加香を見送った。
「…胸…?」
 そのまま自分の胸元に視線を落とす。
「って、あああっ!!」
 声を上げると同時に、昂河はバッと胸元を押さえた。
 どうやら外道メテオをくらった際、ちょうど胸元の部分が下のさらしもろとも切れ
たようだ。
 つまり、いつもは押さえられている胸のふくらみが開放されていて、そこに頭を突
っ込んだ美加香のクッションになったらしい。
「って、悠長に分析してる場合じゃないぃぃっ!」
 昂河は慌ててパンを胸の前で抱きしめるように抱えた。これでとりあえずは見えな
いだろう。
 幸い、誰も気付いてはいなかったようだ。もっとも、全開になるほど破れてもいな
い。これもまた背の高いのが幸いしたかもしれない。
「とっ、とにかく教室へ戻って……」
「昂河君」
 びくうっ!
 声をかけられて恐る恐る振り向くと、浩之を背負った雅史がにこにこと立っていた。
「佐藤…」
「いやあ、さっきので浩之がやられてさ。僕が保健室に連れて行くから、昂河君は先
に戻っててくれるかな」
「あ、ああ」
 満面の笑みを浮かべた雅史に、昂河はうなずいた。
「じゃあ、僕は行くから」
 雅史は嬉しそうに言うと、いそいそと保健室に向かっていった。昂河の様子など、
まったくアウト・オブ・眼中らしい。
「…………よかった」
 呟くと、昂河もまた急いで教室へと足を向けた。
 さらしの替えはあるので、とりあえずは大丈夫だろう。
 それにしても。
「美加香さん……なんか変な納得の仕方してたなぁ……まあ、女だとは思われなかっ
たみたいだけど……」
 でも、女のように胸のある男ってのは、ようするに太ってるということではないだ
ろうか。
「そう思われるのも嫌だなぁ」
 まあ、美加香の勘違いは、昂河にとってはありがたかったのだが。
「にしても、ひどい目にあったな。もう弁当は忘れないようにしよう、うん。」
 ひとりでうなずいて、昂河はふと目をやわらげた。
 そもそも寝坊などしたのが今回の原因だ。遅刻しそうになったことなど、前の学校
では一度もなかったのに。
「……それだけ気が抜けてる……安心してるって、ことかな……」
 それがいいことなのか悪いことなのか、昂河にはよく分からなかった。
 けれど、悪いことではないような気がする。
 思いながら、昂河はパンをつぶさないように抱えたまま、教室へと急いだ。


 浩之と雅史がなかなか戻ってこないので見に行ったあかりが、浩之を我が物にせん
としていた雅史を天翔熊閃でお星さまにしたのは、昂河が無事身支度を整えて、昼食
も食べ終わった頃だったという……。