風紀動乱L「たぶん、友情のために」(前編) 投稿者:昂河
 藤田浩之には、このところずっと気になっていることがあった。
 気にしなくていいのかもしれない。けれど、一度気になってしまうと、どうしても
それは意識から離れてくれないのだった。
 今は昼休み。天気が良かったので、今日は屋上に出て昼食を食べていた。
 浩之はとっくにあかりの作ってくれた手作り弁当をたいらげて、のんびりとお茶を
飲んでいた。
 そのお茶はあかりの持参したもの──ではなく。
「浩之しゃん、おかわりどうぞでし」
「お、悪いな鈴花」
 浩之は身長15cmのMHM−Cに湯呑を渡した。
「いっぱいあるから遠慮するなよ」
 そう言って笑みを浮かべたのは、八塚崇乃だ。
「あ、僕も欲しいな」
 昂河晶がその横から湯呑を出した。
「あ、じゃあ私も…」
 あかりも自分の湯呑を差し出す。
 今日の昼食メンバーは5人。最後のひとりは雅史である。
「雅史ちゃんは、お茶いる?」
「…………」
「雅史ちゃん?」
 答えず黙々と弁当を口に運ぶ雅史に、あかりが小首をかしげた。
「‥あっ、ごめん、何?」
 はっとしたように顔を向ける雅史に、あかりは心配そうな眼差しを向けた。
「…雅史ちゃん、この間から何か変だよ?」
「そうかな…」
「うん。ねえ、浩之ちゃん」
 あかりの言葉に、浩之はうなずいた。
 浩之が気になっているのは、まさにそれなのである。
 最近、雅史の様子が変なのだ。
 暗い顔をすることが多くなって、もともと多くない口数が減っている。自分達と一
緒にいても、たまに上の空になる。
 本人はいたって普通にしているつもりなのだろうが、そこは長い付き合いである。
 あかりが浩之のことを見抜き、浩之があかりのことを分かるのとおなじように、2
人とも雅史のことは分かってしまうのだ。
「雅史、何か心配事でもあるんじゃないのか?」
 浩之の言葉に、雅史は一瞬目を見開いて──かぶりを振った。
「そんなことないよ。大丈夫」
 そう言って微笑んでみせる。
 いつもと同じ笑顔。
 けれど。
「…雅史、あのな」
「あ、もうこんな時間。…僕、先に教室に戻ってるから」
 浩之の言葉を遮って、雅史は立ち上がった。
「じゃあ、みんなごめん」
 にこっと笑うと、そのまま足早に去っていく。
 浩之はその後ろ姿を、にらむようにして見送った。
「……なんか、元気ないんじゃないか、あいつ」
 崇乃がポットから湯を急須に注ぎながら言った。
「いつもより静かな気がする」
「そうだね。いつもなら、そう簡単に藤田のそばから離れたりしないのに」
 あいづちを打って、昂河はお茶の入った湯呑を取った。
「昂河しゃん、鈴花が配るでしー」
「あ、ごめんごめん」
 昂河が鈴花の頭を撫でるのを見ながら、浩之は溜息をついた。
「……お前らもそう思うか?雅史の様子」
 浩之の問いに、崇乃と昂河はうなずいた。
「志保が元気になってからだよね。雅史ちゃんの様子がおかしくなったの」
 あかりが考えるように口元に手をやった。
「ああ……」
「結局、志保の様子が変だったのもなんでなのかきけなかったし…。……ひょっとし
て、2人とも何かに巻きこまれたのかな」
「何かって、なんだよ」
「それは分からないけど…」
 困ったような顔をするあかりに、浩之はがりがりと頭をかいた。
「くそっ、なんだってんだよ。全然すっきりしねえ」
 口に出して、それから浩之は志保のことを思い浮かべた。
 確かに、雅史の前に様子がおかしかったのは、志保だった。
 志保は厚顔無知の代表で懲りることなどない人間(つまりは何事にもマイペース)
なのだと、浩之は思っていた。その彼女が彼女らしからぬ態度をとるようになったの
は、いつからのことだったか。
 おどおどとした様子で何かを気にして、すがるような目で浩之達を見ながらも、彼
女は何も言わなかった。
 無論気になって、何事があったのか聞こうかと思っていた矢先に、彼女はいつもの
調子を取り戻した。
 それと入れ替わるように、今度は雅史が変な態度をとっている。
 何があったというのか。いや、それ以前に2人の変調は関係があるのか。
「……長岡さんといえば、指導部と確執があったっけね」
 昂河が気が付いたように言った。
「指導部?…風紀の生徒指導部か」
「保科さんが気にしてね。ディルクセンさんのところに怒鳴り込んだらしいよ」
「委員長が?」
「確かに、保科さんも志保のこと気にしてたけど」
 あかりが、鈴花から受け取った湯呑を持ちながら言った。
 お茶を一口飲んでから、昂河は言葉を続けた。
「どうやら、保科さんはディルクセンさんが長岡さんを脅してるって考えてたみたい
で。絶対そうなのに認めなくてムカツク、って部活に来てわめいてた」
「‥なんでディルクセン先輩なんだよ?例のヅラのせいか?」
 いわゆるディルクセンヅラ疑惑が持ちあがった時に、生徒指導部が情報特捜部を追
いかけ回したのは記憶に新しい。あの時は浩之も、あかりや雅史、祐介と共に志保救
出作戦を実行したのだった。
「さあ…でも、長岡さんは監査部に入ったりもしてるし、目の仇にされてる可能性は
あるよ」
 昂河はそう言うと、湯呑を床に置いた。
 ぽかぽかと暖かな陽気が、屋上に漂っている。
「こないだの悠の事件で、情報特捜部としての仇は討ったみたいだけど」
 崇乃が自分もお茶を飲みながら言った。
 情報特捜部部長、悠朔が生徒指導部に対し攻撃を仕掛けたのは、1週間ほど前のこ
とだ。
 生徒指導部壊滅の噂も流れたが、被害に遭った生徒指導部員達はこの1週間ほどで
次々と学園に復帰しつつある。
 つい先日、事件に関する報告のための集会も開かれていたようだ。
 浩之は口をへの字に曲げた。
「どうにもなー。志保の事はまだ分かる。でも、なんで雅史なんだ?」
 疑問はそこだ。
 雅史は、一連の風紀の動きとは関係がない。
 ならば、雅史の変調は志保とは関係がないのか、というとそれも素直に納得はでき
ない。
 志保が風紀のトラブルに巻き込まれて、雅史もそれに関わったのだとしたら?
「……志保に、きいてみる?」
 黙っていたあかりが口を開いた。
「雅史ちゃんのこと。前にも雅史ちゃんのこときいたとき、志保なんだか変だったし」
「きくんなら、場所を考えた方がいいかもしれないね」
 昂河が口をはさんだ。
「風紀が…指導部が絡んでいるとしたら、用心した方がいい。悪い噂しか聞かないか
らね、あそこのことは」
「俺もそう思う」
 崇乃がうなずく。
「どうせなら、一緒に行こうか?何か力になれるかもしれないし」
「なら、僕も」
 崇乃と昂河の言葉に、浩之はあかりと顔を見合わせた。
「…下手すると、妙な事に首突っ込むことになるかもしれないぜ?」
 浩之の言葉に、2人のSS使いはそれぞれに微笑を浮かべた。
「いつものことだよ」
「そうそう。今更だろ、浩之」
「……よし。じゃあ、一緒に行ってみっか」
 浩之はそう言うと、パン、と両膝を叩いた。



 放課後。
 浩之は崇乃と昂河、あかりの3人と共に情報特捜部の部室へおもむいた。
「あらヒロ、何の用?‥って、なんか大人数じゃない」
 志保が目を丸くする。
 部室にいたのは、志保とシッポの2人だった。
「ははーん、あんた達もとうとう志保ちゃん情報をアテにするようになったのねぇ」
 にやりと笑って、志保はポーズをとる。
「アテ、っていやあ、まあそうだけどな」
 浩之の言葉に、志保はポカンと口を開けた。
「あらら、珍しく素直じゃない。どしたの?」
「あのね、志保。聞きたいことがあるの」
 遠慮がちにあかりが切り出す。
「ナニナニ?あたしが知ってることならバーンと話しちゃうけど?」
「雅史のことなんだけどな」
 単刀直入に言った浩之に、志保の表情が一瞬こわばった。
(やっぱり、何か知ってやがる)
 思いながら、浩之は言葉を続けた。
「どうにも様子が変なんだよな。こないだから。どーも何か隠してるみたいでな」
「‥で、なんであたしのとこに来るのよ」
「雅史の前に様子が変だったのは、お前だった」
「…………」
 志保の顔が曇る。
「…なあ、志保。お前と雅史……いったい何に巻き込まれたんだ?」
「…………」
 志保は軽くうつむいた。
 そのいつもの彼女らしからぬ表情にただ事ではないものを感じて、浩之は瞳を細め
た。
「志保…。何があったの‥?」
 あかりも心配そうにきく。
 しばらくの沈黙の後。
「……ごめん。言えない…」
 ぽつりと志保は言った。
「‥志保」
「ヒロ達には関係無いもの……あんた達まで巻き込めない」
 小さくそう言った志保を、浩之はじっと見つめた。
「……脅されたって‥本当なのか」
 その言葉に、志保は顔を上げた。
「誰が、そんなこと?」
「保科さん経由で僕が聞いた」
 昂河が口を出す。
「保科さんが‥」
「ディルクセンさんの所に怒鳴り込んだようだけど、証拠が無いって門前払いされた
って」
「…そう…」
「証拠を出しても駄目だったけどな」
 皆の視線がシッポに向けられた。
 シッポは軽く肩をすくめてみせた。
「テロの首謀者から提出された資料なんぞ信用できん、とさ」
「‥なるほどな」
 浩之はあかり達を見た。あかりは神妙な顔をしている。昂河と崇乃は浩之と目が合
うとうなずいた。
 この間の悠の行為は、ディルクセンヅラ疑惑時の報復だけではなかったのだ。志保
がディルクセン──生徒指導部から脅迫を受けていたことに対するものでもあったの
だろう。
 となると、志保が脅されていたというのは間違いない。
「雅史も──ひょっとして生徒指導部に?」
「でも、理由がない」
 浩之の問いに、崇乃がつっこんだ。
「理由‥ねぇ……」
 黙っている志保の代わりにシッポが呟くと、浩之に目を向けた。
「お前ら、理由を知ってどうする気だ?」
「…あるのか、理由が」
「うん?きいてるのはこっち」
 返されて、浩之は一瞬考えた。
 確かに、目的がしっかりあるわけではないのだ。
 志保が元気がなくなって、雅史が元気がなくなって──それで。
「どうするってわけでもねえよ。けど…親友が困ってんなら助けてやりたい。…それ
だけだ」
「助けてやりたい、ね…」
 シッポは考えるように視線を上に向けた。
「ちょっと、勝手に話をすすめないでよ!」
 志保が怒鳴った。
「あたし、何も言ってないじゃない!ヒロやあかりには関係ないんだから!」
「…志保」
「だから、頭をつっこまないで。じゃなきゃ、ヒロ達まで…」
 そう言って、志保は唇を噛んだ。
「志保」
 あかりが、そんな志保に言葉をかけた。
「あのね、志保。私達、友達でしょ?浩之ちゃんの言うとおりだと思うよ。困ってる
のにほっとけないもの」
「でも、あかり‥!」
「それにね。勇者を門前払いする人って、実は勇者に助けてもらう運命だったりする
んだよね」
 まじめな顔で言うあかり。
「だから、勇者はおせっかいだって言われても、その人を助けちゃうの」
「あかり‥」
「だから、心配しないで志保。志保も雅史ちゃんも、一人じゃないの。私がいるよ。
それに、浩之ちゃんも」
「俺達だっているんだけどな」
「そうそう」
 崇乃と昂河もうなずいた。
「…でも…」
「お前は何も言うな、志保。いや、お前は何も言ってない、うん」
 シッポがポン、と志保の肩を叩いた。
「シッポ…」
「ほれ」
 シッポは、浩之にイヤホンを差し出した。
「これ‥?」
「理由だ」
 シッポの言葉に浩之は一瞬きょとんとしたが、すぐに真顔になるとイヤホンを耳に
当てた。
「お前らも聞くか?」
「もちろん」
 シッポは昂河と崇乃にもイヤホンを渡した。そして、あかりにも。
 全員がつけた頃、イヤホンから声が聞こえてきた。
『志保を狙うのを、止めて下さい』
 雅史の声だ。浩之は緊張して、耳に意識を集中させた。
『ああ、いいだろう』
 次に聞こえてきたのは、おそらくディルクセンの声だ。
『…………えっ?』
『いいだろう、と言ったんだ。聞こえなかったか?ただし、ひとつ……いや、二つ条
件がある』
『……条件?』
 続くやりとり。
『なに、簡単なことだ。まず一つ目。今回のことは、お前も長岡も一切他言無用の事。
……ふむ。では二つ目。長岡や他の監査部メンバーと接触する可能性のある場合……
つまり、特に学園内においては常時、これらのうちのどれかを常に着用する事』
『……僕に…………スパイになれ、と?』
『そういうことだ。……君には拒否権がある。ただ、拒否権を行使した場合、君の友
人たちの身の安全は保証できない』 
 聞きながら、浩之は拳を握り締めていた。
 どんな答えが出るのか、それは間違いなく予想できた。
『………………………Yes……………』
 雅史の返答が聞こえた時、浩之はぎゅっと唇を噛み締めると、イヤホンを耳から引
き抜いた。
「なるほど、ね……」
 昂河が呟いた。
「雅史ちゃん…」
 あかりが悲しそうに眉を寄せる。
 崇乃は何も言わず、無表情のままイヤホンを取ると、かぶりを振った。
「…志保、お前……このこと」
「雅史……なんにもないって笑って……でも、あれから様子が変で……」
 ぼそぼそという志保に、浩之は大きなため息をついた。
「ま、いい。俺達は志保からは結局なんにも聞いてないからな」
「ヒロ……」
「おい、シッポ」
「うん?」
「さんきゅ」
 その言葉に、シッポは片眉を上げると、軽く片手を上げた。
「よし、行くぞ」
「行くって‥」
「考えようぜ。‥捕われの王子様をどう助けてやるか」
 浩之はそう言うと、パシッと右拳を左手のひらに当てた。



「まったく、志保も志保、雅史も雅史だ。すぐに俺達に相談すりゃあいいのに‥」
 浩之はあかり、崇乃、昂河と一緒にエディフェル屋上に来ていた。
「でも、志保も雅史ちゃんも、相談したくてもできなかったんだよ。何をされるか分
からなかったんだし、人質もとられちゃって」
「2人が悪いんじゃない。ディルクセン先輩が卑怯なんだよ」
 崇乃が頭の上の鈴花を支えながら言った。
「人の弱点をついてスパイに仕立てるなんて、誉められたことじゃない」
「戦略としては間違ってないけどね」
 そう言った昂河を、崇乃は呆れたように見た。
「晶は、間違ってないって言うのか?」
「戦略としてはね。手段としては僕も気に入らない」
「ああ、気に入らねえな」
 浩之はそう言うと、ガシャンと音を立ててフェンスに寄りかかった。
「あいつは、そんなこと平気でできる奴じゃないんだ。志保を盾にとられて、しょう
がなく言いなりになって……」
「きっと、雅史ちゃん辛いよね。だって、雅史ちゃん……本当は優しいんだから…」
 あかりの言葉に、浩之はうなずいた。
 自分達を裏切っていると、雅史は思っているだろう。しかし下手な素振りを見せれ
ば生徒指導部に何をされるか分からない。しかも、その矛先は自分ではないのだ。
 動くに動けず、辛い思いをしているはずだ。
「それで、どう動く?」
 昂河がきいた。
「ああ……どーすっかなぁ。とにかく、俺はあいつを安心させてやりたいんだ」
「安心って?」
「うーんと…まあ、俺達がついてんだから、一人で悩むなってな」
「浩之ちゃんらしいね」
 あかりがくすっと笑う。
 崇乃が、ぽりぽりと頭をかいた。
「雅史と意志疎通する方法を考えなきゃならないな。今の状態じゃ、隠れて話をする
ってわけにもいかないだろ。声に出せば盗聴機を通じて向こうに分かっちまうんだか
ら」
「長岡さんと佐藤の事を僕らが知ってることが分かったら、逆に佐藤の身の保証もな
いだろうしね」
 昂河が続ける。
「だから、僕らはその事を気づかれないようにしなきゃならない」
「大変だね‥」
 あかりが溜息をつく。
「どうしたらいいのかなぁ。学校内だと、指導部の目があるよね」
「校内は避けた方がいいだろうね。あと、外も安全じゃない。現に、長岡さんは襲わ
れたわけだし」
「俺達が一緒にいてもおかしくないようにしなきゃいけないだろうし‥」
 崇乃の言葉に、浩之は腕を組んだ。
「それなら、俺の家に来りゃいい。このメンバーなら勉強会ってことにしたって不思
議じゃねえだろ。いくらなんでも、他人の家の中まで監視はしねえだろうしな」
「盗聴機はあるけどね」
「それが問題なんだよなぁ……」
 しばらく、4人とも黙って考え込んだ。
 浩之はちらりと眼下のグラウンドに目をやった。
 部活中の生徒達の中に、サッカー部の様子も見える。雅史も参加しているはずだ。
 目を戻すと、崇乃の肩の上で、鈴花がなにやらぼそぼそと耳打ちをしているのが目
に入った。
 普段は幼女のような彼女だが、小さいとはいえHM。話の流れに水を差すような真
似はせず、ずっと静かにしていたのだが。
「あ、……そうか」
 崇乃は呟くと、にこりと笑って鈴花の頭を撫でた。
「どうした、崇乃」
 声をかけた浩之に、崇乃はにやりと笑ってみせた。
「あのさ、こういうのはどうかな……」