Lメモ涼風譚3話・「水色の空高く」 いつものように、外はいい天気だった。 そして、昂河もいつものようにぼーっと外を眺めていた。 1時間目と2時間目の間の休み時間。 「じゃあ、ちょっと行ってくる」 「おいおい、またサボりか?」 「この時間だけだって」 「しらねーぞぉ」 後ろの会話が耳に入った。 ちらりと見ると、鈴花を肩に乗せた崇乃が、浩之に手を振って教室を出て行くとこ ろだった。 (ああ、次は古典か…) 昂河は思いながら、外に目を戻した。 崇乃は、なぜか古典の授業はよくサボる。古典教諭の小出由美子は、そのたびにあ きらめ顔をしたり、怒ったり、時には呼びに行ったりと忙しいのだが、当の崇乃はさ っぱり気にしている様子もない。 「…………」 昂河は、すぐ側の窓を開けた。涼しい風が吹き込んでくる。 軽く目を細めると、昂河はそのまま外を眺めた。 (……この学園、授業に出る出ないが生徒の自主性に任されてたんだっけ…?) 確か、転入時のパンフレットにそんなことが書いてあったような気もする。実際、 授業は単位制のようなものだ。 前の学校は「普通」の学校だったから授業に出ない事は考えられなかったし、昂河 も「普通」の生徒でいることを望んだから、サボった事もなかったのだが。 「‥いい天気だよな」 ぽつりと呟く。 (…………) しばらく考えて。 「よし」 昂河はうなずくと、席を立った。 「藤田」 「んあ?」 昂河に声をかけられて、浩之は顔を上げた。 「代返頼む」 「へ?代返って…おい昂河、お前もサボる気か?」 浩之は驚いたように声を上げた。 「たまには、そういうことをしてみたくなるんだよ」 いたずらっぽく笑うと、昂河は「よろしく」と付け加えて、教室を出た。 廊下を歩いている時に、2時間目のチャイムが鳴った。 「さてと……」 いくら自主性に任されているとはいっても、やはり大っぴらにうろつくわけにもい かないだろう。 「‥やっぱり、あそこかな」 微笑すると、昂河はのんびりと目的地に向かって歩いていった。 風が頬を撫でる。 昼休みや放課後と違ってまったく人気がない屋上を、昂河はのんびりと歩いていた。 巨大な校舎と同じ面積の、巨大な屋上。 (この時間に外を歩くなんて、ないからな……) 太陽の角度さえ、新鮮に思える。 「…おや」 人影を見つけて、昂河は足を止めた。 青いバンダナ、水色のサングラスの少年と、傍にちょこんと座った、高さ20cmにも 満たない人形のような少女。 穏やかに目を細めると、昂河はそちらに近づいた。 足音で気付いたのか、少年は顔を昂河に向けた。 「あれ」 崇乃は軽く驚きの表情を作った。 「あっ、昂河しゃん」 「やあ、鈴花」 昂河はしゃがみこむと、身長15cmのMHM−Cの頭を軽くなでた。 「もう授業中だよな。ひょっとして、自習になった?」 「いや、ちゃんと授業はしてるんじゃないかな」 崇乃の問いに、昂河は鈴花の頭をなでながら答えた。 「えっ、じゃあ‥」 「うん、君と同じだな」 「はにゃ〜、気持ちいいでし〜」 鈴花はうっとりしている。 「…晶はまじめだと思ってたけど」 「まじめだよ。」 昂河はそう言うと、鈴花から手を離して崇乃と同じように座り込んだ。 「天気のいい日には昼寝をしたくなるくらいにはね」 昂河の言葉に崇乃はきょとんとすると、ちょっと呆れたような表情をした。 「‥そういうの、まじめっていうのか?」 「健全じゃないか」 のほほんと言った昂河に、崇乃は軽く息をついた。 「ま、いいけど。お茶飲む?」 「いいな。いただくよ」 崇乃は茶碗に緑茶を注いで、昂河に渡した。 「ありがとう」 昂河は受けとると、湯気の立っている茶碗を口にした。 しばらく沈黙が漂う。 風が緩やかに吹いて、2人の髪を揺らす。 「…いい天気だね」 口を開いたのは、昂河だった。 「そうだな。」 「こんな日は、ぼけっとしていたいよ」 「まあね‥」 崇乃は軽く空を見上げた。 「ここは、いつでも天気がいいけど」 「そうだな。」 「…お茶菓子あるけど、どれがいい?」 言うと、崇乃は木の菓子入れを昂河の前に置いた。 「ありがとう」 昂河はにこっと笑うと、菓子に手を伸ばした。 暖かな陽射しの中、緩やかに風と時が過ぎてゆく。 「小出先生、怒ってるかな?」 「かもな。ま、いーのいーの」 こともなげに言う崇乃に、昂河は苦笑した。そのまま、空を見上げる。 雲がひとひら浮いていた。 「‥八塚は、魔術士だったっけ」 「ん?‥ああ、そうだよ。」 「魔術って面白いかい?」 昂河の言葉に、崇乃は考え込んだ。 「うーん…」 「僕は、学問としての魔術には興味があるけど」 「…あんまり考えたことないな。俺は家業の関係で使ってたから、使えるのは当たり 前って感じだけど」 「そうか。」 昂河は鈴花に目をやった。彼女は崇乃の腕にしがみついて、一生懸命登っている。 「…面白いところだね、ここは。色々な人がいて」 「人じゃないのもいるしなぁ。…俺も2年生になってからここに入って来たんだけど、 なんていうか…」 崇乃は、肩にたどり着いた鈴花の頭を軽くなでた。 「……ここなら、居られるかなって思う。」 「…………」 昂河は軽く目を伏せた。 「…そうだね。ここは…そういう場所なんだろうね。」 「…………」 「僕も…ここになら、居てもいいんじゃないかと思えるよ」 緩やかに拭いた風に、昂河の長い前髪が揺れる。 「…お茶、もう1杯もらってもいいかな」 「ああ、いいよ。」 「鈴花が運ぶでし」 はいっ、と手を上げて言うと、鈴花は崇乃の肩の上から降りようとした。崇乃が、 そんな彼女に手を貸して、下に降ろす。 「じゃあ、はい」 昂河が茶碗を鈴花に渡す。鈴花は両手で抱きかかえるようにそれを受け取ると、崇 乃の前に置いた。崇乃が、電気ポットから急須にお湯を入れ、茶碗に茶を注ぐ。 「持てるか、鈴花?」 「はいでし、崇乃しゃん」 「こぼすなよ」 よっこらしょ、といった感じで鈴花は茶碗を両腕で持ち上げた。そしてえっちらお っちらと昂河のところまでやって来る。 「どうぞでし」 「ありがとう」 受け取ると、昂河は鈴花の頭をなでた。 「昂河しゃん、気持ちいいでし〜」 至福の表情を浮かべた鈴花に、昂河は笑みを浮かべた。 「…なんか、不思議な気分だな」 その言葉に、昂河は顔を上げて崇乃を見た。 「いや、なんだかさ。やけにくつろいでるような気がする。」 「……いつもはくつろいでないのかい?」 「そうじゃないけどさ。でも、なんていうか……うん、なんか話しやすいって言うか ……」 「いいんじゃないかな。僕も、こうやっていると、なんだかのんびりしてるし」 「……よく分からないけど、お互い様なのかな」 「かもな」 昂河は微笑むと、鈴花をそっと抱き上げた。 「昂河しゃん?」 「頭に乗ってみるかい?」 「…はいでし!」 にぱっと笑った鈴花を、昂河はそっと自分の頭の上に乗せた。 「うわぁ……」 感嘆したような鈴花の声がする。 「‥高いでし…」 「悪かったね」 崇乃がふてくされたように言った。昂河は崇乃より20cm近く背が高い。 頭の鈴花の重みに、昂河は笑みを浮かべた。 昂河は機械というか、メカが好きなのだ。特に、人とコミュニケーションのとれる ようなのが。 「…なんか楽しそうだな」 「そうかな?」 言いながら浮かべた笑みは、たぶんにぱっとしたものだろうと、昂河は自分でも思 った。 「はにゃ〜、風が気持ちいいでし〜」 どうやら鈴花はごろごろしているらしい。 「落ちるなよ、鈴花」 「はいでし〜」 崇乃の言葉にも、のんびり答えている。 「…おや」 人の気配に気付いて、昂河は呟いた。 「どうやら、見つかったみたいだよ」 「え?……あ」 崇乃の目が、昂河を通り越した後ろを見た。 「や・つ・か・くん。のんびりしていいわね〜」 押さえたような声がした。 「毎度どうも、由美子さん。ま、座って座って」 「先・生・でしょ。…まだ、授業中、なのよ?」 引きつった口元が容易に想像できて、昂河は苦笑すると、ゆっくり後ろを向いた。 目が合う。 「まさか、あなたまで一緒になってサボるなんて…」 「すみません、小出先生。先生の授業は好きなんですけど、今日はどうしてもひなた ぼっこしたくなって」 にっこりと笑って言った昂河に、由美子は引きつった口元のまま、微笑んだ。 「天気がいいものね、気持ちは分かるけど。で・も・ね、昂河くん。せめて別の時間 にしてほしかったわねぇ〜」 「‥すみません」 昂河は軽く頭に手をやった。 「あ、エスケープすすめてる。いいのかな〜」 崇乃がからかうように言う。 「すすめてなんかないわよっ!もうっ、どうしてあなたはいつもいつもそうなのよ!」 「怒らない、怒らない。しわ増えるよ、由美子さん」 「でし〜」 「だーかーらっ!」 「…先生」 逆ギレ寸前の由美子に、昂河はのんびりと声をかけた。 「僕は、僕の動きたいように動きます。それが…僕がここにいる理由の一つですから」 その穏やかな声に、由美子はきょとんとした。 「でも、決して授業をおろそかにしているわけではありません。そこは、分かってい ただきたいんですが」 「……サボるのは、おろそかにしてるって言わない?」 「違いますよ」 微笑んでみせた昂河に、由美子は何か言いかけたが、結局何も言わず軽く溜息をつ いた。 「……なんで納得できちゃうのかしら。もうっ、手強いのが1人増えちゃったわ」 そう言うと、由美子は前髪をかきあげた。 「俺もおろそかにしてないよぉ、由美子さん」 「嘘ばっかり」 「ほんと、ほんと。ま、また今度添削手伝うから、くさらないくさらない」 「…なんか、八塚くんの言い方って、ひっかかるのよね」 崇乃を軽く睨むと、由美子は小さく笑った。 「んもう……今日はいいわ。そのかわり、2人とも今度しっかりと補習するからね」 「その時は、屋上でのんびりやりましょう」 「…あのねぇ……」 由美子は肩を落とした。 「昂河くんって、そういう人だったのね」 「どうも」 「もうっ」 にっこり笑ってみせた昂河に、由美子はぷっと頬をふくらませると、くるりときび すを返して戻っていった。 「……晶」 「ん?」 「お前って、わりと度胸あるんだな」 「そうかな。思ってる事を言っただけなんだけど」 昂河の言葉に、崇乃は大げさに溜息をついてみせた。 「いいのか?目をつけられちゃったぞ」 「…ま、補習はしっかりやらせてもらうさ。屋上で野外授業ってのも悪くないと思う し」 「やれやれ。ほんとにまじめだよ、晶は」 「誉め言葉だと思っておくよ」 「…食えない男だよな、実は」 崇乃は苦笑した。 昂河の頭の上の鈴花が、もぞもぞ動いていたかと思うと肩の上まで降りて来た。 「…でも、なんか妙に落ち着けるんだよな……」 言いながら、崇乃は鈴花の頭をなでた。 「僕も、八塚といるとのんびりできるな。」 そう言って笑ってみせた昂河に、崇乃はぽりぽりと頬をかいた。 「また、お茶飲みに来てもいいかな」 「ああ。お茶菓子もあるし、またのんびりしよう」 「鈴花ものんびりするでしー」 「うん」 肩の上にちょこんと座った鈴花を見ながら、昂河は微笑んだ。 陽の匂いを感じるような穏やかな風が吹きすぎ、3人の髪を軽く揺らしていった。