Lメモ涼風譚2話・「ざわめきは金色の気配」 開け放たれた窓から、そよ風が入ってきた。 昂河は、窓の外に目を向けた。 与えられた席は窓際で、外が良く見える。 転校2日目──実際授業を受けるのは今日からなので、正式には1日目──の、1 時間目の休み時間。 「よっ!」 声をかけられて、昂河はそちらを向いた。 「藤田…だっけ」 「おう。憶えてくれたみたいだな」 浩之はそう言って笑った。その隣であかりが微笑む。 「昂河君、昨日はどうだった?学園の見学したの?」 「…いや、実は…」 昂河が、事の次第──千鶴のクッキーのおかげで、一日中寝ているはめになったこ と──を説明すると、浩之は爆笑し、あかりは苦笑を浮かべた。 「そりゃあ災難だったな。まあ、通過儀礼だと思うんだな。」 浩之の言葉に、昂河は苦笑した。 「じゃあ、まだ学校内はまわってないわけだ。昼休みにでもまわってみるか?」 「え?でも」 「いいって。どうせ暇だし。なあ、あかり」 「うん。一緒にまわろ、昂河君」 あかりも笑みを浮かべた。 「あっ、もしよかったらお昼も一緒に食べない?」 「おっ、いいアイデアだな。昂河は弁当か?」 「ああ、一応。」 「じゃあ、一緒に食べようぜ。」 浩之が人なつこい笑みを浮かべる。 「……ありがとう。」 昂河も笑みを浮かべた。 その時。 (……?) 殺気に近いものを感じて、昂河はそちらに視線を向けた。 見ると、にこやかに笑みを浮かべて近づいてくる少年がいた。女の子と見まがうよ うな可愛らしい顔立ちをしている。 「よう、雅史」 浩之が片手を上げた。 雅史と呼ばれた少年は、浩之に向かってにっこりと笑いかけた。 「昂河、こいつは佐藤雅史って奴で、俺とあかりの幼馴染みだ。」 浩之が紹介した。 「よろしく、昂河君」 雅史は微笑んだ。が、さっき感じた殺気はそのまま、雅史から放たれている。 「‥よろしく」 いぶかしげに思いながらも、昂河はそれを表に出さずに挨拶した。 「…ひとつ、きくけど」 雅史がきり出した。 「浩之とは、どういう知り合い?」 「…昨日、学校内を案内してもらって…」 「それだけ?」 「……それだけといえば、それだけだけど‥」 「ふーん」 雅史はじっと昂河を見た。 (…………) 昂河はぽりぽりと頬をかいた。 (殺気、というか……こういう攻撃的な気は…) 昂河は内心苦笑した。 どうやら、雅史は浩之と自分が話しているのが気にくわないらしい。 「……幼馴染み、なんだっけ?」 「僕と浩之?そうだけど」 「じゃあ、佐藤君は藤田と仲がいいんだね。」 「そうだよ。」 当たり前のことを言う、とばかりに平然と答える雅史に、昂河は笑みを浮かべた。 「なんとなくだけど、分かるよ。」 「えっ?」 「2人が仲がいいのがさ。」 「……そうかな?僕たち、仲がいいように見える?」 「ああ。」 うなずいた昂河に、雅史はにっこり笑った。 「僕たち、小さい頃から一緒だからね。」 「まあ、腐れ縁ってやつだな。」 浩之が口を挟んだ。 「俺と雅史とあかりは、ずっと一緒だからな。仲がいいっちゃいいかな。……腐れ縁 といえば、もう1人うるさいのがいたりするけど」 「そういう友達がいるのは、うらやましいな。」 昂河は小さく笑った。 「えっと、昂河君」 雅史は改めて昂河を見た。 「せっかく同じ学年なんだし、仲良くしようよ。」 「……ありがとう」 昂河は微笑んだ。 (分かってくれた……みたいだな) 雅史から発されていた殺気は、もう消えていた。 「雅史も一緒に昼飯食うか?」 「うん、いいよ。」 浩之の言葉に、雅史はうなずいた。 その時、2時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。 「おっと。じゃあ、後でな昂河」 「昂河君、またね。」 「じゃあ。」 浩之達はそれぞれの台詞を残して、席に帰っていった。 「‥ふう」 昂河は軽く息をつくと、窓の外に目をやった。 (……よっぽど仲がいいんだな、あの2人。佐藤君、思いっきり僕のことを警戒して いたもんな) とりあえず、害がないとは判断されたらしいが。 (話しかけられただけで殺気を向けられるとはね。よっぽど藤田のこと好きなんだな。) ちなみに、昂河の頭には「薔薇」の2文字はまったく浮かんでいない。 純粋に「友情」で雅史のことを片づけると、昂河は2時間目の教科書を机の中から 取り出した。 昼休み。 昂河は浩之達と机をくっつけて昼食をとっていた。 あかりは弁当、浩之と雅史は第一購買部でパンを買ってきた。 浩之が、購買部で昼食を買うのがいかに大変かを昂河に話していたとき、 「あー、いたいたっ!」 ガラッと戸の開く音と共に、そんな声が聞こえた。 「あ?志保じゃねーか」 浩之がそっちを見て言った。 昼食をとっている生徒達の間を通り抜けて昂河達の方へ来たのは、茶色い髪にシャ ギーを入れた、可愛らしい顔立ちの少女だった。あかりと同じ制服を着ている。 その後ろに、2人の男子生徒がついてきていた。1人は人なつこそうな顔の、ほん のり茶色がかった髪の少年。もう1人は…… (…………) 思わず昂河は、そのもう1人を凝視してしまった。いや、性格にはその頭に。 (…………アフロ?) そう。その男の頭は、見事なアフロヘアだった。 (本物……かな) 思わず考える。ふと、箸を持つ手が止まっていたのに気付いて、昂河は慌てておか ずに手を伸ばした。 「なんだ、なんか用かよ?」 「あんたにじゃないわよ、ヒロ。あたし達が用があるのは、そこの転校生君よ。」 その言葉に、昂河はシャギーへアの少女を見た。 「あなた、昨日転校してきた昂河晶君よね?」 「そうですけど」 「あたしは、同じ2年の長岡志保。志保ちゃんて呼んでね☆」 志保はそう言って笑顔を向けた。 「なーにが志保ちゃんだ」 「なに?ヒロ、何か言った?」 「いんや、別に〜」 「なによ〜、聞こえてるわよ!」 「えっと、志保。昂河君に何の用?」 あかりが話を戻す。 「あ、そうそう。我が情報特捜部の部誌に載せる企画、「ようこそLeaf学園へ☆ みんなで仲良くしよーね」の取材よ。そのために、和樹と手下Bを引き連れてきたっ てわけ。」 「誰が手下Bだあぁ!」 アフロの男が突っ込みを入れる。 「いいじゃない、手下Bで。あんたは写真撮れればいいでしょ」 「それは確かにそうかもしれないけどなぁ……」 あっさりと言う志保に、アフロの男は溜息をついた。 「で、なんなんだその企画?」 浩之がパックのカフェオレを持ちながらきいた。 「転校生を紹介するコーナーよ。転校したてで右も左も分からず、1人で孤独で寂し い思いをしがちの転校生。やっぱりお互いを知らなきゃ、仲良くなれないでしょ。だ から、仲良くするための情報を、あたし達がみなさんに提供しようってわけ。」 「新しい企画なんだね?」 雅史の言葉に、志保はうなずいた。 「そう。もっと早くからやってみても良かったんだけどね。ほら、この学園って転校 生すごく多いじゃない?早くとけこんでもらうためには、やっぱりあたし達が動かな くっちゃね。」 「へえ……珍しく真面目なこと考えてんじゃねえか。」 「失礼ね!珍しいとはなによ。あたしはいつだってまじめよ!」 言い合う浩之と志保に、昂河は小さく笑みを浮かべた。どうやら、この2人も仲が いいらしい。 「それで、昂河君にも取材ってわけなんだ」 「そう。最近の転校生に片っ端からあたってるの。というわけで、昂河君、取材させ てね」 志保は昂河に向き直った。 「えーと、長岡さんは新聞部か何かなのかな?」 昂河の問いに、志保は「おや」という顔をした。 「あれ、知らない?あたし達は情報特捜部なんだけど」 「いや、まだこの学園の部活動については何も聞いてないから…」 「あ、そうなの?」 志保はにこっと笑った。 「えーっとね、情報特捜部っていうのは、このLeaf学園内の情報を生徒のみなさ んにお届けする部なの。まあ、確かに新聞部みたいなものね。」 「じゃあ、校内新聞とか発行しているんだ?」 「そんな感じ。あとは、口で広めたりもするわね。いわゆる口コミってやつ?」 「そいつが困るんだよな〜」 不意に後ろから声がして、昂河は振り返った。 そこにいたのは、チェックのワイシャツにジーパンというラフな格好の、こめかみ に傷のある男だった。なぜか竹刀らしき袋を持っている。 「なによ、よっしー」 「気を付けた方がいいぞ、転校生君。こいつらにかかったら最後、どんなちっぽけな ことでも、どでかくふくらむんだから」 「ひどいな、よっしーくん」 志保の後ろの、ほんのり茶髪の少年が、ぷうっと頬をふくらませてみせる。 「本当の事だろ、城下」 「俺はいつだって、本当の事を言っているつもりだけどなぁ」 「お前のはシャレにならん」 「えぇ〜」 昂河はそのやりとりを聞きながら、弁当の最後の一口を口に入れた。いつの間にか、 自分の回りに人だかりができている状態になっている。 「おいおい、待てよお前ら。昂河が混乱するぞ。」 浩之がたしなめるように言った。 「なに仕切ってんのよ、ヒロ」 「いいから。えーとな昂河、まずこのうるせえ女が長岡志保。後ろが城下和樹、こい つも情報特捜部。で、その隣のアフロがデコイ、写真撮ってれば幸せな奴だ。そっち の竹刀持ってんのがYOSSYFLAME。学園でも3本の指に入るナンパ野郎と言 われてる」 ひととおり、浩之が紹介してくれた。 「よろしく〜」 「よろしくお願いします」 「まっ、よろしく」 城下が笑った隣でデコイが軽く頭を下げ、YOSSYが笑みを浮かべた。 「昂河晶です。よろしくお願いします」 昂河もぺこりと頭を下げた。 浩之が、YOSSYに目を向けた。 「で、よっしーは何か用か?」 「いんや、なんか騒がしかったから来てみただけ」 「なるほど。ま、うるせーのが来てるからなぁ」 「ちょっとヒロ、さっきからうるさいってのは誰のこと?!」 「あ〜、うるせーうるせー」 「きぃ〜〜〜」 「まあまあ、2人とも」 志保と浩之の間に、あかりが割って入る。 「志保、早くしないと休み時間終わっちゃうよ?」 「あ、いっけない」 志保は頭に手を当てると、昂河を見た。 「じゃあ、はじめさせてもらうわ。まず、生年月日と血液型と星座と干支から──」 「はふ」 昂河は息をつくと、ぐてっと机にうつぶせた。 時間はすでに放課後。開放感に満ちた喧燥が、耳をくすぐる。 なんだかこのまま寝ていたいほど、昂河は疲労感を感じていた。 「よ」 ぽんっ、と肩を叩かれて、昂河は顔を上げた。 「‥あ、八塚‥」 「ダウンしてるな」 崇乃はそう言って笑った。その肩の上で、鈴花がにぱっと笑う。 「昂河しゃん、元気でしゅか?」 「うん、まあ」 あいまいな笑みを浮かべると、昂河は身を起こした。 「昼休みは大変だったな」 「あ‥見てたのか」 「屋上から帰ってきたら、大騒ぎだったから」 その言葉に、昂河は苦笑した。 結局、志保達は時間ぎりぎりまでねばっていった。志保の質問は広く深く、時には 鋭い切り口で昂河をひやっとさせ、城下はメモをしながらどんどん脚色していくし、 デコイは写真を撮るのにあっちこっちと動き回り、YOSSYは脇から口を出して話 をそらすし、浩之は突っ込みを入れるしで、けっこうな騒ぎになったのだった。 「あれを他の所でもやってるのかな……」 「だろうね。まあ、長岡さん達っていつもあんな感じだから」 「そうなんだ」 昂河は前髪をかきあげた。 あんなにたくさんの人間と話したのは、初めてのような気がする。前の学校でも友 達がいなかったわけではないが、昂河はわいわい騒ぐ方ではなかったから、あまり集 団の中にいたことはなかったのだ。 (……嫌ではないな、こういうのも) 悪くない、と思う。疲れはしたけれど。 昂河は崇乃を見た。 「そういえば、屋上って言ってたけど…」 「うん。屋上は生徒の出入り自由なんだ。だから、俺はよく屋上に行ってぼーっとし てたりするけど」 「……放課後も行けるのかな?」 「開いてるよ。行ってみるか?なんなら付き合うけど」 「ありがとう。うん、行ってみたいな」 「了解。じゃ、行こうか。」 崇乃の言葉に、昂河はうなずくと立ち上がった。 (転校してきて、一気に知り合いが増えたな) この学園に昨日来てから出会った人間の顔が、脳裏をよぎる。 (うん。……やっていけそうだ) 軽く目を伏せると、昂河は戸口の所で待っている崇乃と鈴花の方へ歩いていった。 ふと窓を振り返る。青い空が見えた。 (屋上は、気持ち良さそうだな…) 思いながら、昂河は教室を出た。 その後を追いかけるように、窓から吹き込んだ風が教室内を吹きぬけていった。