Lメモ涼風譚11話「全ては透明な中に」 投稿者:昂河

「……ふわあぁ」

 大きなあくびが出て、昂河は目をこすった。
 窓際の自分の席は、日が照ると日光が気持ちよく当たる。

「昂河しゃん、眠いでしか?」

 机の上にちょこんと座っていた鈴花がきいた。

「ん、春眠暁を覚えずってね」
「それは寝ている時だから有効な言葉だと思うけどな」

 八塚崇乃がそう言って笑った。

「それはそうか」
「授業中に寝るなよ〜。次は柳川先生の授業だぞ」
「そんな危なっかしい事はしないよ」

 八塚の言葉に笑ってそう言うと、昂河は外を見た。
 春の日差しは柔らかく地面を照らしている。

(そうだな……今日は向いてるかも)

 ふと思って、昂河は放課後それをすることに決めた。



 鉄の扉を開けると爽やかな風が吹きこんできた。
 昂河はゆっくりと扉の外に出た。降り注ぐ陽の光が、薄暗い廊下にいた目に
は眩しい。
 2年生棟エディフェルの屋上。広い校舎の面積と同じだけ広いこの場所は、
学園生徒の憩いの場の1つになっている。
 昂河は扉を閉めると、軽く伸びをした。

「さて、と」

 どこか見晴らしのいい場所はないかと見回して、とりあえず適当に歩いてみ
る事にした。
 何人かの生徒達があちこちでくつろいでいる。

「……ん」

 見覚えのある顔を見つけて、昂河は足を止めた。
 フェンスに近い場所に、水色の髪の少女が空を見つめて立っていた。その隣
にはおとなしい印象の少年と、ほんのり茶色の髪の少年がいる。
 昂河はその3人組に近づいた。

「あ、昂河君」

 ほんのり茶色の髪の少年、城下和樹が昂河に気づいて笑顔を向けてきた。

「やあ」

 昂河も笑みを浮かべる。その声に、隣の少年──長瀬祐介も昂河の方を向い
た。

「こんにちは、昂河君」
「こんにちは」

 挨拶を返して、昂河はフェンスの向こうをじっと見ている少女、月島瑠璃子
に目をやった。
 瑠璃子はいつもの焦点の合わない瞳で空を見ていた。

「今日もいい天気だね」

 祐介が視線をフェンスの向こうにやりながら言った。

「うん、いい天気だな」

 昂河も空を見上げた。
 雲1つない青い空。たまに雲が浮かんでいることもあるが、昂河はこの学園
で天気の悪い日に出会ったことはなかった。

「昂河君、昂河君」

 城下が話しかけてきた。

「昨日のラジオ、聞いた?」
「いや、特に聞いてないけど」
「なんか、ラーメンのおいしい店特集やってたんだ。聞いててお腹減っちゃっ
てさ」
「へえ。どんなとこがあった?」
「うん、学園の近くにもあるらしいんだけどね。おいしそうだったのが、麺を
卵で作って、キャベツどさーっと入れて、大根なんかも入れた上にとろ〜っと
油かけたっていうやつ。うまそうだよね」
「大根? 珍しい具だなあ」
「いいよね。キャベツとか大根とか野菜たくさん入れてさ、麺と混ぜてじゃー
っと炒めてソースかけて」
「……それはすでにラーメンじゃないぞ」
「あれ?」

 昂河のツッコミに、城下は首を傾げた。

「またやってる」

 祐介が笑う。
 瑠璃子は会話に混ざることなく、空を見ている。

「……じゃあ、僕はそろそろ」
「教室に戻るの?」
「いや、もう少しぶらぶらするよ」
「そっか。じゃあまた〜」

 城下はにぱっと笑った。

「じゃあ、また」
「それじゃ」

 祐介に軽く手を上げて挨拶をすると、昂河は歩き出した。
 歩きながら、軽く視線を上に上げる。
 青い空。どこまでも澄んだ空。
 たまに吹く風は爽やかだ。
 昂河は軽く目を細めた。

「んー……そうだな、裏山の方に行ってみるか」

 呟いて、裏山のある方に足を向ける。
 できるだけ人のいない場所を選んで、裏山を見下ろす位置に立つ。
 眼下に広がる緑。

「ここなら……」

 昂河は姿勢を正すと、軽く目を閉じた。
 意識を自分の「内」に集中する。
 呼吸が自然に深くなる。気を練る時の要領だ。
 昂河は幼い頃から古武術を学んでいた。「気」を技に乗せることによって真
価を発揮するその流派の修業のおかげで、昂河は己の内の「気」を操る事がで
きるようになっていた。
 その昂河の体に、己の内のものではない氣が宿ったのはいつの頃だっただろ
うか──。
 ふと、頬を撫でる風を感じた。
 頭上から降り注ぐ陽の光。眼下の木々が奏でる葉ずれのざわめき。
 己の内に封じている氣が、ゆっくりと体中を満たす。
 昂河の体には、《力》が宿っている。本来の己のもの以上の氣。
 いつもは抑えている己の内の氣が膨れあがる。肉体という器に収まりきるこ
とのない《力》。
 ゆっくりと目をあけると、昂河は視線を軽く空に向けた。軽く両手を開いて
ゆったりと腕を広げる。
 風が、昂河の長い前髪を揺らす。
 昂河は軽く息を吐くと、己の内の《力》を外に向けて開放した。



 例えば、自分とそうでないものはどう違うのだろう。
 自分とそうでないものの境はどこだろう。
 人は肉体を持つ。それによって自分という存在があることを知り、自分でな
いものの存在を知る。
 けれど、本当はそれらは別々ではないのだ。
 いや、別々ではあるが同時に繋がっている。
 それを知る事ができる者は少ない。その「中」において自分を保つことがで
きる者は更に少ないだろう。
 己を周りに解け込ませ一体化すること。
 昂河がそれをできるのは、龍脈より授かったその《力》のおかげである。



 昂河は半眼に開いていた瞳を閉じた。
 今まで意識しなかった自分の体の存在を、ゆっくりと意識する。
 拡散していた感覚が、少しずつ戻ってくる。
 昂河はうつむくと、開いていた手の平をゆっくり握り締めた。
 深く息を吸い、吐く。
 顔を上げ目を開けると、昂河は軽く腕を振りまわした。

「……よし」

 少しだるいが支障なく体が動くのを確認して、昂河は頷いた。
 《力》の開放をした後は、いつも体がだるくなる。

「それにしても……」

 裏山を見下ろす。
 この辺り一帯の地脈はどうなっているのだろうか。大地の氣が異様に大きい。
 龍脈に匹敵するのではなかろうか。

「案外、ここにいろんな人が集まるのは、この地のせいかもしれないな」

 SS使いと呼ばれる異能者達。この学園にそういった者が集まるのはこの大
地の氣のせいなのかもしれない。

「でも」

 昂河は、校庭の方に目をやった。部活動の生徒達が運動しているのが見える。

「昂河ちゃん」

 不意に呼ばれて、昂河は振り向いた。いつの間にこちらに来たのか、瑠璃子
がそこに立っていた。

「瑠璃子ちゃん……」
「私、ここが好きだよ」

 瑠璃子は光のない澄んだ瞳を細めた。

「昂河ちゃんも、好きだよね」
「うん」

 頷いた昂河に、瑠璃子は口元だけの笑みで答えた。
 ここが、どんな場所であろうとも。

「ここは……僕の、居場所だ」

 言って、昂河は目を細めた。