Lメモ涼風譚10話 「虹色の煉瓦は土の匂い」(3) 投稿者:昂河

 次の日の朝。作業疲れもあって早めに寝たせいか、昂河はなんだかすっきりと
した気分だった。
 今日も天気が良く、空気がすがすがしい。
「なんか、花壇作ってるんだって?」
「ん? うん。……なんで知ってるんだ?」
「昨日の帰り、瑠璃子ちゃんに会った時に」
 きいた昂河に、八塚崇乃はそう答えた。
 通学途中の道で、ちょうど出会ったのだ。
「瑠璃子ちゃんが? なんで知ってるんだろう」
「屋上から見てたって」
「……それは知らなかったな」
「花壇って、どこに作ってるの?」
 崇乃と一緒に歩いている観月マナがきいた。
「中庭の……えーと、はしっこの方なんですが」
「ふーん。物好きね」
「……なんでみんなそう言うかなー」
「そりゃ言うだろ」
 ふてくされた口調で言う昂河に、崇乃が追い討ちをかける。
「君まで言うか」
「ま、でも晶がやりたいんだからいいんじゃないか? 俺も手伝えたらいいんだ
けど、部活やらなんやらでさ」
「そう言ってくれるだけでありがたいよ」
「花壇できたら、見に行きたいでし」
 崇乃の肩の上の鈴花が言った。
「昂河しゃんなら、きれいなお花植えてそうでし」
「そうかな」
「それにしても、園芸なんて女の人みたいな趣味よね。それかおじさん?」
「……観月さん、ひどいよ」
 マナの言葉に、さすがに傷ついた表情をする昂河。
「おじさんはひどいよ、マナさん。女の人はともかく」
「君もだ、八塚」
「昂河しゃん、かわいそうでし。せめて女の子と言ってあげてでし」
「……泣くぞ……」
 言いたい放題の3人に、昂河ががっくりと肩を落としたその頃には、4人はす
でに校門に入り分かれ道に来ていた。ここからそれぞれの校舎へ向かうのである。
「じゃあね」
 言って、マナは小走りに3年生棟アズエルへ向かった。
「マナさんまたね」
「またでしー」
「……またです……」
「ほら晶、落ち込んでないで行くぞ」
「……誰だ落ち込ませたの」
「恨めしげな目で見るなよ」
 そんな会話をしながら、2人+1人も2年生棟エディフェルへと向かった。



 その日の放課後、昂河はまたジャージ姿で作業現場へ向かった。
 今日は、すでに人影があった。
「あれ?」
「あっ、晶さんですー」
「やあ」
 そこにいたのは、ちびまると誠治だった。
「ずいぶんと凝ってるな。案の時から聞いてはいるが、実際見るとまた違うもん
だね」
「そうですね。‥‥見に来たんですか?」
「ああ。水まき機のサイズを確かめるのにね。やっぱり実物を見て考えるのが1
番だからな」
「わたしはぶちょーのお手伝いですぅ」
「ちびまるも手伝ってくれてるのか。ありがとう」
「はい〜」
 昂河に頭をなでられて、ちびまるは嬉しそうだ。
「あれだな。基本的には真ん中と、あと両端に設置するものにしようと思うんだ。
‥‥こんな風にね」
 言って誠治はできかけの花壇を指差した。そこの真ん中と両隅に丸い物が置い
てある。
「勝手に入ってしまってすまない」
「いえ、いいんですけど‥‥もう出来たんですか?」
「模型だよ。でだな、この真ん中の物は周囲から水を放射する。この端のは、そ
れぞれ隅をカバーする」
「なるほど」
「で、タンクとつなげてそこから水を汲み出す方式になるな。タンクには水を入
れておく必要があるが、手間はそれだけだから」
「それなら楽そうですね」
「だろう」
 誠治は得意げな笑みを浮かべた。
「こうやって置いてみて、水を出す範囲については確認できたから、今度は組み
込む機械を作る段階に移行する。なに、予定の明後日までには余裕で出来るから
安心してくれ」
 自信ありげな誠治に、昂河は微笑んだ。
「頼りにしてますよ、菅生さん」
「ああ、任せておけよ。じゃ、そろそろ俺達は戻ろうか。ちびまる、片付けるぞ」
「はあい」
 ちびまると誠治は、花壇に置いてあった模型を買い物かごのようなものに入れ
た。
 その様子を見ていた昂河がふと気付いて見ると、ジンがこちらに向かって歩い
てきたところだった。
「よう。……お、誠治、お前も手伝いか?」
「いや、俺はメカ担当さ」
「メカ?」
「自動水まき機だよ。今は現場調査していたところなんだ」
「ふうん」
 ジンは気のないようなあいづちをうった。
「ジン様こんにちはー」
「おう、ちびまる。相変わらずの小さいマルチっぷりだな」
「いえ、マルチさんに比べればまだまだですー」
「そうか。もっと緑になるんだな」
「えっと、えっと、マルチさんみたいに色々できるようになるんですぅ」
「うーん……。ま、がんばれや」
「はい〜」
 にぱっと笑ったちびまるに、ジンも軽く笑い返した。
「じゃあ2人とも、がんばって。他の人にもよろしくな」
「がんばって下さいね〜」
 言葉を残して、誠治とちびまるは工作部に戻っていった。
 後にはジンと昂河が残る。
「FENNEKや東雲もそろそろ来るだろ。とりあえずその工事中をはずしちま
おうや」
「そうですね」
 うなずくと、昂河は人が立ち入らないように花壇の周りを囲っていた棒とロー
プをはずしはじめた。ジンも棒をすっぽぬく。
「……千鶴先生は、今日は‥‥?」
「来るだろ」
「そうですか」
 なんだかほっとした昂河を、ジンはちらりと見た。
「‥‥嬉しいか、千鶴さんが手伝うの」
「はい。僕、前から千鶴先生とは仲良くしてみたいと思ってましたから」
「平然と言ってくれるな」
 憮然としたジンに、昂河は微笑を浮かべた。
「千鶴先生は魅力的な人だと思いますよ、僕。だけど‥‥なんていうか、女性と
してどうっていうんじゃなくて、好きなんですよね」
「……どういう意味だ?」
「友達みたいな……そんなふうに話せたらなって思うんです。不思議なんですけ
ど、千鶴先生に対しては、男として好きになるってことはないみたいなんですよ
ね。あれだけ素敵な女性なのに」
「…………」
「なんだか、似てるところがあるなって思って。それで、話してみたいなって思
ってたんですけど……だからかなぁ‥‥」
 なんとなく手を止めて話す昂河に、ジンはぽりぽりと頭をかいた。
「……よく分からんが、恋愛沙汰にはなりそうにないってことか」
「ええ。それは断言できますよ」
「ふん……お前、その……好きなやつってのが別にいんのか?」
「えーと……なのかなーって思う人ならいるんですけど……」
「じゃあ、だからだろ」
「うーん……それもまた違うような……」
 なんとなく考え込む昂河を横目で見ながら、ジンは集めた棒とロープをまとめ
て地面に置いた。
「ま、お前が下手な接し方さえしなけりゃそれでいいけどな。……お、来たな」
 ジンが見た方向から、FENNEKと忍がやってきた。
「早いな、2人とも」
「こんにちは……」
 それぞれに挨拶をしてくる。
「今日は昨日の続きですね」
「はい。よろしくお願いします」
 昂河の言葉に、忍は淡く笑みを浮かべてうなずいた。
 その後ろから、軽快な足音が聞こえてきた。
「ごめんなさい、遅れちゃいましたぁ」
 言いながら小走りに駆け寄ってきたのは、運動服姿の千鶴だった。
「もうはじまってました?」
「大丈夫です、これからはじめるところでしたよ」
 千鶴にそう言って、昂河は皆を見た。
「みんなそろったことですし、はじめましょうか。まず、残っているレンガを全
部水にひたします。花壇の方にも水をまいて、昨日積んだレンガをぬらします」
「じゃあ、千鶴先生、花壇の方の水まきやって下さい」
「…………」
 千鶴は、そう言ったFENNEKを無言で見た。
「……あ、えーと千鶴さん」
「……さん、ですか?」
「…………千鶴、ちゃん‥‥」
「はい、分かりました」
 おずおずと言い直したFENNEKに、千鶴は今度は笑顔で応じた。
 やはり「千鶴ちゃん16歳」であるらしい。
「‥‥昨日はさんづけで大丈夫だったのに」
「だって、やっぱり仲良くなったらちゃんづけで呼んでもらいたいんです☆」
「いつ仲良くなったんです……?」
「昨日一緒に作業したじゃありませんか、FENNEK先輩」
 にっこりと笑う千鶴に、FENNEKはため息をついた。
「……えーと、なんにせよ終わったらこっち手伝って下さいね」
「はあい」
 明るく答えた千鶴に、みな苦笑しながらも作業をはじめた。
 昂河とFENNEKとで、プラスチックの容器に水を入れ、終わった端からジ
ンと忍がレンガを入れていく。
 その後ろで、千鶴が花壇のレンガに水をかける。
「……これ、何個あんだ?」
「えーっと、昨日使ったのが58個で……」
「残りは145個」
 ジンの問いに昂河が答える前に、FENNEKが答えた。
「やっぱりありますね」
 忍が小さくため息をついて言う。
「ファイトですっ。みんなでやればすぐ終わりますよ」
 千鶴が4人の方を向いて言った。
「って、水こっちにかけないで下さいっ!」
「きゃっ、ごめんなさいジン先輩っ!」
 その様子に残りの3人が苦笑する。
「おっ、がんばってるな」
 不意に声をかけられて、皆そちらを見た。
 そこにいたのは柏木耕一だった。一緒にいるのは眼鏡をかけて手に刀を持った
少年、佐藤昌斗だ。
「耕一先生っ」
 ぱあっと千鶴の表情が明るくなる。
「う……「先生」って千鶴さん」
「だって私生徒ですもの」
「あ、あははは……」
 ひきつった笑いを浮かべる耕一。
「耕一先生、どうしてここに?」
 FENNEKがきいた。
「いや、千鶴さんからこの作業の事を聞いていたから、ちょっと様子を見にな」
 そう言うと、耕一は腰に手をやった。
「本当に本格的だな。……君が考えたんだって、昂河?」
「はい。最初はここまで本格的にやろうとは思ってなかったんですけど」
「いや、なかなか楽しそうじゃないか」
 耕一は笑顔で言った。
 昂河は耕一の授業も受けているので、彼とは顔見知りである。耕一の授業はた
まに教科書から脱線してよもやま話になることがあるが、それが楽しいと生徒か
ら定評を得ている。
 昂河も、このちょっと抜けたような、それでいて頼りがいのある教師に好意を
持っていた。
「そう言ってもらえるのはありがたいです。観月さんにはおじさんみたいだって
言われましたからね」
「あの子きついからなぁ」
 そう言って耕一は苦笑した。
「それはそうと、今日の作業はちょっとかかりそうだって?」
「そうですね、ちょっとばかり」
「俺は残念ながら今は手伝えんが、代わりに昌斗を置いていくよ」
「え、昌斗君を?」
「あんまり遅くまではできないけど、よければ手伝うよ」
 昌斗がそう言って、笑顔を浮かべた。
「それはありがたいけど……いいのかな」
「気にしない気にしない。時間がくるまで俺もひまだしさ」
「そっか。なら、お願いするよ」
 昂河の言葉に、昌斗はうなずいた。
 昂河と昌斗は同じ学年で、よく同じ授業に出ているのでたまに言葉を交わすこ
とがある。雅史と姓が同じなので、名前の方で昂河は呼んでいた。
「じゃあ、俺はこれで」
「耕一先生、行っちゃうんですか?」
 千鶴ががっかりした声で言った。
「また後で来てみるよ。その時まだやってるようなら手伝ってもいいし。じゃ」
 言って、耕一は去っていった。
「…………」
「長引かせるのはなしですよ、千鶴さん」
 考えるような表情の千鶴に、ジンが言った。
「……ジン先輩のいじわる」
 ぶうっと頬をふくらませる千鶴。
「さてと、俺は何をすればいいかな」
「あ、じゃあレンガを水につけるのを手伝ってくれるかな」
 昌斗にきかれて、昂河はそう言った。
「りょーかい。……えーと、どこかにこいつ置ける場所ないかな」
 昌斗は手に持った刀を示した。
「あっちのベンチに置いたらどうですか」
 忍が花壇の向かいにあるベンチを指差した。
「そうします。…………なんだよ、いいじゃないか別に」
「ん?」
「あっ、えーと独り言ですっ」
 あわてて言うと、昌斗は刀を置きにベンチに行った。
「また出たな、あいつの独り言」
 ジンが苦笑する。
「たまにぶつぶつ言ってますよね、彼」
 昂河も、昌斗が1人でぶつぶつ言っているのをたまに目撃する事がある。
「ごめんごめん。えーと、水につければいいんだよな」
 戻ってきた昌斗が、作業に加わった。
「私もこっちやりますね」
 千鶴も花壇の方は終わったのか、こちらの作業に加わった。
 しばらくの間、みんなで黙ってレンガを水に入れる。
「忍さん、またモルタル作り手伝ってくれますか」
 FENNEKが声をかけた。
「うん、いいですよ」
「じゃあ昂河さん、俺達こっちはじめてるから」
「はい、お願いします」
 FENNEKに顔だけ向けて、昂河は言った。
「モルタルって?」
「レンガをくっつける接着剤みたいなものだよ」
 きいた昌斗に、昂河は手を動かしながら答えた。
 ジンも千鶴もレンガを水につける手を休めない。
 花壇をはさんで反対側では、FENNEKと忍がモルタルを混ぜている。
 今日の空には雲がなく、日が一面に照っていた。少し涼しさをともなった風が
たまに吹き過ぎて皆の髪を揺らす。
 やがて、レンガは全部水につかった。
「さーてと。で、昨日みたいに積んでくんだろ?」
 ジンがきいた。
「はい」
「肩こりそうだよなぁ、細かくて」
「ジンさんも肩がこるんですか?」
「気分だ、気分」
 意外そうに言った昂河に、ジンはニッと笑ってみせた。
「じゃあ、私も昨日と同じでいいんですか?」
「ええ、千鶴さんはそっちお願いします。昌斗君も千鶴さんと一緒に」
「……昂河先輩」
「…………えっと……千鶴、ちゃん……?」
「はい、分かりました。よろしくお願いします、昌斗先輩」
「え? あれ、先輩って?」
 微笑む千鶴に困惑の表情を浮かべる昌斗。
「だって私1年ですし」
「あれ? え?」
「千鶴さん、今1年モードなんだよ」
 ジンが昌斗にささやく。
「あっ、なるほど〜。セーラー服着てないから分からなかったよ」
「あっ、ばか」
 ジンがあわてたが、時すでに遅し。
「昌斗先輩、それどういう意味ですか?」
 にっこりと昌斗に笑顔をみせる千鶴。
「えっ、えっとあのー」
「制服着てないと、私が1年だって分からないんですか?」
「いや、その……けっして千鶴さんが歳をとってるっていうわけじゃなくて」
「…………」
 その瞬間、全員がその場の温度の低下を感じ取った。
「私……そんなに年上に見えます‥?」
 口元だけ微笑む千鶴。
「え、えええええーと」
「ほら、千鶴さんって美人だから」
 昂河は思わず口をはさんだ。このままではレンガを入れた水まで凍りかねない。
「えっ?」
「いるじゃないですか、美人だから大人びて見える人って。千鶴さん‥‥いや、
千鶴ちゃんはそういうタイプなんですよ。な、昌斗君」
「あ、え、えーと、うん、そうそう」
「昂河先輩……でも……」
「僕も、千鶴ちゃんは美人だと思うよ」
 それは本気でそう思うので、昂河はそう言った。千鶴は上目使いにそんな昂河
を見ていたが、やがてにこっと笑った。
「分かりました。そういうことにしといてあげます」
 冷たい空気が溶けるようになくなった。
「千鶴さ……えーと、千鶴ちゃん、モルタルできましたー」
 FENNEKがすかさず呼ぶ。
「はーい」
 千鶴は返事をするとそちらに向かった。
「……ああああ、びっくりしたー」
「ったく、この天然が」
 ジンが昌斗の頭を軽くなぐった。
「いてっ」
「……しかしよ、昂河。お前もまあ、よく言うよ」
「あはは。でも、美人だと思ってるのは本当ですし」
「ま、いーけどな」
 そっけなく言うと、ジンは昂河の頭も軽くなぐった。
「いたっ……なんでですかー」
「うるせえ、天然偽善者」
「なんですかぁ、それ……」
「いいからほれ、作業作業。昌斗も千鶴さんに教わってしっかりやれよ」
 言って、ジンは花壇の方に行ってしまった。
「あーあ、また天然って言われちゃったよ……」
「天然偽善者っていったい……」
 ため息をつく昌斗と昂河。
「……まあいいや、やろうか昌斗君」
「了解〜」
 昌斗の返事を聞きながら、昂河も作業に入った。



 レンガの上に目地を半分ずらして、そこにレンガを乗せる。
 叩いてモルタルをなじませながら、なおかつ隣のレンガと水平になるように水
平器で見ながら調整する。
 わりあいに慎重さが必要な作業である。
 皆、ついつい無口になっていた。
 積むレンガにモルタルをのせる役の千鶴と昌斗は4人の作業に合わせてやって
いるので少し手持ち無沙汰である。
「千鶴さ……ちゃん、と昌斗さん、ちょっとお願いしたいんだけど」
 だからFENNEKがそう声をかけたとき、千鶴は嬉しそうに返事をした。
「はい、なんでしょう?」
「なんでしょ?」
 昌斗も興味ありげに見る。
「えーとですね、そろそろ先に積んだ下の方のモルタルが固まってきてると思う
んですよ。それで、そこを整える作業をしてほしいんですが」
「どうやるんですか?」
「えーとですね」
 FENNEKは目地ゴテを持って、花壇の外側にしゃがんだ。千鶴と昌斗が寄
ってくる。
 2人が来たのを確認してから、FENNEKは目地ゴテをレンガの間のモルタ
ルに当てた。モルタルは、上から押しているせいで少しはみ出ている。
「こう、少しこそいで、きれいにしてもらいます。その後、このブラシで水洗い
して汚れを落として」
 言いながら目地を整えていく。
「ま、見た目がきれいになればそれでいいです」
「分かりました。大事な作業ですね」
 千鶴が少し真剣な表情になる。
「なるほど、見かけか。それは気付かなかった」
 忍が感心したように言った。
「一応考えた方がいいですからね。長く使う物ですし」
 昂河が答えて言う。
「そうですね。……僕達が卒業しても、この花壇は残るんだ……」
 忍はそう言って、淡く笑みを浮かべた。
「今から、んな事考えてんのか」
 ジンが口をはさんだ。
「……少し」
「先の事なんか分かんねえし。俺は、こいつが出来て花植えて、んで少しばかり
きれいならそれでいいけどな」
「‥‥そうですね」
 忍は静かな笑みを浮かべた。
 それからまた、皆作業に集中した。



「おっ、だいぶできたじゃないか」
 そう言って耕一がやってきたのは、5段目のレンガが積まれている頃だった。
「すごいな、なんだか。こう形になってきてるのを見ると」
「そうですか?」
「ああ」
 うなずいた耕一に、昂河は嬉しそうに笑った。
「で、これ差し入れだ。購買のジュースだけど」
「わ、ありがたいです」
「じゃあ、少し休もうか」
 FENNEKが声をかけ、皆それを聞いて手を休めた。
「あー、なんか集中しちまった」
 言いながらジンが伸びをした。
「うん」
 忍が同意する。
「でも、あともう少しですね」
 千鶴がそう言って笑みを浮かべた。
「千鶴さんもがんばってるみたいだね」
「ちーちゃんです☆」
「‥‥ち、ちーちゃんもがんばってるね」
 ひきつり笑いをしながら耕一は袋からジュースを出した。
「はい。楽しいですよ、みんなで物を作るのは」
「そっか。よかった」
 千鶴の言葉に耕一は微笑んだ。
 みんなそれぞれに好みのジュースを手に取る。
「ほら、FENNEKにはオイル」
「わ、ありがとうございます」
 小さな缶を渡されて、FENNEKは嬉しそうに笑った。
「ふー。やっぱり疲れるなぁ」
 ジュースを一口飲んで、昌斗が息をつきながら言った。
「ところで昌斗、お前時間は大丈夫か?」
 耕一に言われて、昌斗は時計を見た。
「え? ‥‥あ、本当だ。そろそろ行かないと」
「主夫も大変だな」
「昌斗君て、主夫してるんだ」
「ああ、昌斗は従妹と2人暮しでな。食事はこいつの担当なんだよ」
 きいた昂河に、耕一が説明する。
「耕一先生、昌斗先輩のお家の事に詳しいんですね」
 千鶴の何気ない一言に、耕一はびくっとした。
「い、いやあほら、大事な生徒のことだし。な、昌斗」
「え? あ、はい。たまに相談にのってもらったりしてますから」
「そういうわけなんだよ」
 あははは、と笑う耕一。
「慕われてるんですね、耕一先生」
 千鶴はそう言って微笑んだ。
「えーと……でもどうしよう? まだ作業途中だし」
 昌斗が困ったような顔をする。
「ああ、それなら俺が入るよ」
「耕一さんが?」
「ああ、今日はもうひまだし。だから安心して帰っていいぞ」
「ありがたいです。……えーと、いいかな?」
 昌斗はそう言って昂河を見た。
「ああ、いいよ。本当に助かったよ、ありがとう」
 昂河は笑顔で答えた。
「いやいや。必要ならまた声をかけてくれれば手伝うから」
「うん」
「じゃ、俺はこれで。耕一さん、後お願いします」
「おう」
 耕一が軽く手を上げて答える。
「忘れ物しないようにしろよ」
 ジンが声をかけた。
「大丈夫ですよー。……って、えーと‥‥」
 きょろきょろする昌斗。
「刀ならあっち‥‥」
 忍が指差した。
「あっ、そーか。そうだそうだ」
 頭をかきかき昌斗はベンチの上の刀を取った。
「‥‥しょーがないだろ。細かい事言うなよ」
 そしてまたぶつぶつ言っている。
「う、しまった時間っ。じゃあ、みんながんばって〜」
 最後に笑顔を残して、昌斗は去っていった。
「‥‥面白い人ですね」
「そうですね」
 忍の言葉に昂河があいづちをうった。
「さて、それで俺は何をすればいいんだ?」
「千鶴さんと同じ作業をして下さい」
 きいた耕一にFENNEKが答えた。
「うふふ。優しく教えてあげますからね、耕一先生」
「……千鶴さん、その言い方やめてもらえないかなー」
「んもう。ちーちゃんですってば」
「……ははは……」
 力のない笑いをする耕一。
「じゃ、後少しですし、がんばりましょうか」
 そう言った昂河に、皆うなずいた。



「えーと耕一先生、ちょっとこっちの方やってもらえますか?」
 FENNEKがそう耕一に声をかけたのは、6段目のレンガが積まれている時
だった。
「うん? なんだい?」
「レンガを半分に割ってほしいんです」
「半分に?」
「一番上には半割りレンガを使うんですよ」
「なるほど」
 言って、耕一はレンガタガネを持ったFENNEKの側に行った。
「えーとですね、こうです」
 FENNEKはレンガにレンガタガネを当て、かなづちで軽く打った。
「こうして全部の面に溝をつけて……」
 言いながら、レンガを回して、真ん中に溝をつけていく。
「で、1周したら打ち割る、と」
 バクンッ。
 FENNEKが溝に当てたレンガタガネを力を込めて打つと、レンガが半分に
割れた。
「なるほど。分かった」
「割るレンガはこれも入れて29個です。割りすぎないようにして下さいよ」
「任せとけ」
 笑顔で答えた耕一に、FENNEKはレンガタガネを渡した。
「……力仕事なら俺だってできるのに……」
 ぼそっとジンがつぶやいた。
「ジン先輩はこっちをやってて下さい。大事な仕事ですよ?」
 ちょうどジンのところの目地を整えていた千鶴が言う。
「…………」
「うふふ。ジン先輩ってばかわいい」
「なっ、なんですかいきなりっ!」
「ジン先輩はジン先輩、耕一先生は耕一先生です。ね?」
「……千鶴さんのいじわる……」
 ちょっぴり涙っぽいものを浮かべるジン。
「…………」
「…………」
 その様子を見つめる忍と昂河。
 そういう会話を聞くと、千鶴はやっぱり年上の女性だなーと思える。が、2人
とも、それを言ってはいけないことは分かっていた。
 だから、なんとなく顔を見合わせてから、何事もなかったように作業を再開し
たのだった。



 7段目に半割りレンガを使い、モルタルで目地を埋めて、花壇の器はとうとう
出来上がろうとしていた。
 レンガ積みは終わっており、今は千鶴と耕一が目地を整えているが、それもそ
ろそろ終わりにさしかかっている。
「……そろそろ終わるな」
 ジンの言葉に、昂河はうなずいた。千鶴達の作業を見ている忍も、なんとなく
嬉しそうだ。
「……終わりましたっ」
 千鶴がはずんだ声をあげた。
「ご苦労様です」
 声をかけた昂河に、千鶴は嬉しげに微笑んだ。
「こっちも終わったぞ」
 耕一が言って立ち上がる。
「じゃあ、土を入れるか。ジンさん、手伝ってくれ」
「おう」
 FENNEKの言葉にジンがうなずく。
「あと、昂河さんは上の方の土を」
「はい」
「上の方の土って?」
 忍がきく。
「下の方には市販の培養土を入れて、実際に花を植える上の方には混ぜた土を入
れるんです。東雲さん、一緒にやってもらえますか?」
「うん、いいですよ」
 昂河の言葉に忍はうなずいた。
「私達は、後は?」
「千鶴…ちゃんと耕一先生は、後は休んでて下さい」
「‥‥はい」
 千鶴がうなずいたのを見てから、昂河は土の入った袋を手に取った。
 花壇の方では、FENNEKとジンがどさどさと土を入れている。
 昂河と忍は、作業用の手押し車2つに2〜3種類の土を少しずつ入れながら混ぜた。
「……こっちは終わったぞ、昂河さん」
 やがてFENNEKから声がかけられた。
「はい。……じゃ、これも入れましょう」
 忍がうなずいて、手押し車を花壇まで押していく。昂河ももう1つを押して続いた。
「で、どうやって入れます‥‥?」
「スコップで入れていきますか」
「あー、んなまだるっこしいこと言ってねえで」
 ジンが横から手を出し、手押し車を持ち上げた。
「そらよっと」
 声と共に、どさどさと土をあける。続いてもう1つ。
「‥‥さすがジンさん」
「この方が早いだろーが」
 空になった手押し車を置いて、パンパンと手をはたきながらジンは言った
「じゃ、ならしましょうか」
「そうですね」
 昂河と忍は熊手を持って、山になった土を平らにならしていった。
 しばらくして。
「……できましたね」
 千鶴がにっこり笑った。
「とりあえず、第2段階ですけど」
 口ではそう言ったが、昂河も嬉しかった。
「あとは花を植えるだけですね」
 忍が淡い笑みを浮かべた。
「それは明日やんのか?」
「土をなじませた方がいいので、1日おいてからやります」
「ふーん……」
 ジンは軽く頭に手をやった。
「どんな花を植えるかは決めてるのかい?」
「はい」
 耕一の問いに、昂河はうなずいた。
「そうか。楽しみだな」
 言って耕一は笑みを浮かべた。
「さて、道具を片付けないといけないな」
 FENNEKが言いながら腰をぐーっと伸ばした。
「じゃあ、今日は片付けたら終わりですね」
「はい。あさってもよろしくお願いします」
「はい」
 千鶴は笑みを浮かべてうなずいた。


──続く──