3日後の放課後、昂河は中庭の花壇作成予定の場所にいた。 第2購買部からの品物の引き取りはすでに済んでいた。beakerが手配して全部 ここに直接持ってきてくれたので、昂河としてはだいぶ助かった。 「商品を渡すまでが仕事です」とbeakerは相変わらずの商人スマイルで言った ものだ。 「いい天気で良かったなあ」 積まれた土の袋をつつきながら、FENNEKが言った。 「うん、助かりますね」 昂河は言って空を仰いだ。 汚れるのは承知の上なので、昂河はジャージを着ていた。FENNEKも、ジ ャージではないが汚れてもかまわない格好をしている。 「後は、手伝ってくれる人が来るのを待つばかりですか」 「そうだな。千鶴先生、一体誰に頼んだのか‥な……」 FENNEKの語尾が不自然に途切れた。それに気付いた昂河が、その視線の 先を確認しようとしたとき。 「昂河先輩、お手伝いにきましたー」 明るい、けれど大人びた声がした。 目を向けた先にいたのは、笑みを浮かべた千鶴だった。しかも、運動服姿であ る。 まさか千鶴自らやってくるとは思わなかったので、昂河はびっくりした。 「ち‥‥千鶴先生?」 「違いますよぉ、ちーちゃんですっ」 にこっと可愛らしい笑みを浮かべて、千鶴は言った。 「……1年生バージョンの千鶴さんだ……」 FENNEKが呟いた。その声音には、まごうことなき畏怖の感情が込められ ている。 「ほら、作業するのにセーラー服汚れちゃうと困るから、体操服にしたんですよ」 「そ‥‥そうですか」 「やだなぁ、年下に敬語使わなくてもいいですよ、昂河先輩」 「と‥年下‥‥? ……あ、ま、まあ、いいですけど」 千鶴の瞳がきらりと赤く光ったのを見て、昂河は慌てて言った。 「千鶴ちゃん16歳」を間近で見るのは初めてである。さすがにどう扱ってい いのか分からない。が、とりあえず逆らうのはやめにした。 「そ、それで後ろの2人が?」 「ええ、ジン先輩と忍先輩です。一緒にお手伝いする約束しましたから」 そう言う千鶴の後ろには、口元にどこかあきらめたような笑みを浮かべるジン・ ジャザムと、静かな、けれど困ったような顔をしている東雲忍がいた。 昂河は2人ともに顔見知りである。ジンとは1度手合わせしてもらったことが あるし、忍とは彼が車の整備の事で工作部に顔を出しているので、お互い見知っ ている。 「すみません、お2人とも」 「ま、千鶴さんにお願いされちまったからな」 「‥‥僕でよければ手伝います」 声をかけた昂河に、ジンと忍はそれぞれ答えた。 「さっ、はじめましょう」 両拳を胸の前でにぎって「がんばるポーズ」をした千鶴に、苦笑しながら昂河 はうなずいた。 「今日は、花壇作りの第1段階です。大きさを決めるのは、僕とFENNEKさ んでさっきやっておきました。で、こんな感じなんですが」 そう言って昂河が指し示した地面には、白線で長方形が描かれていた。ちなみ に使ったのは、体育で校庭に線を引くときに使うあれである。 「ふーん……それなりのでかさだな」 「あんまり大きすぎても手入れがしにくいですから、こんなものかなと」 「で、ききたいんだが」 「はい?」 「これ全部材料か?」 ジンが指し示したのは、積まれたレンガの山といくつかの砂や土の袋だった。 かなりの量だ。 「はい、そうです。この大きさでレンガ積みの花壇を作ろうとすると、レンガが 200個と少し必要なんですよ。レンガを固定するモルタルも、それに見合った 量を使いますし」 「本格的ですね」 こともなげに言った昂河に、忍が感心したように言った。 「せっかく作るんですし、しっかりした物をと思って」 「実は凝り性か、お前?」 「うーん、そうかもしれません」 少しあきれたようなジンの言葉に、昂河は苦笑した。 「いいじゃないですか。レンガの花壇、素敵ですよ」 千鶴がにこにことして言う。 「それで、これからまず何をするんですか?」 「ええとですね、まずこの白線の範囲を少し掘り下げて、基礎を作ります。だい たい10センチくらいの深さに掘ればいいですね」 「で、これを使うわけだ」 FENNEKが、シャベルと熊手を示した。大きいものと小さいものがある。 「まずだいたいのところを掘って、それから水平にならさなきゃならないから」 「あ〜」 FENNEKの説明に、ジンが嫌そうな顔をした。 「どうした、ジンさん」 「あ〜、いや……」 「ジン先輩」 何やら言い渋るジンに、千鶴がにっこりと笑いかける。 「お願いしましたよね」 「……されましたけど、でもやっぱ……」 「私のお願い、きいてくれないんですか?」 涙うるるん、という感じの表情になる千鶴。 「……きいてくれないのなら……」 千鶴の表情はそのまま、声だけが低くなった。 「うわわっ、わ、分かりましたやります!」 あわてて言うと、ジンは腕まくりをして両腕を前に出した。 「ロケットパアァァンチ!」 そのまま地面に向け、ロケットパンチを放つジン。 いくぶんパワー控えめで射出されたそれは、それでも地面をえぐった。 が、皆の目はそちらではなく、ジンの両腕に向けられていた。 ロケットパンチが放たれ、ないはずの前腕は鋭利な輝きを放つドリルになって いた。 「……ロケットパンチの下にドリル?」 「ああ、そうだよ。千鶴さんに言われてな。……こんなことに…こんなことに使 う事になるとはな……」 涙ながらに、ジンは長方形の線の中を掘りにかかった。 「……ゲッタードリルか」 「まあ、本来のドリルの使い方ですね」 土煙の中のジンを見ながら、FENNEKと忍が言う。 「さ、あっちはジン先輩に任せておいて、こっちは何をすればいいんですか?」 にっこりと、千鶴が昂河にきいた。 「え、えーと……基礎用のモルタルを作らなきゃいけないんですが、ちょっと力 仕事なので、まずはFENNEKさんにやってもらいます」 「私は何をすれば?」 「そうですね、ジンさんが掘り起こし終わったら、一緒に平らにならしましょう」 「‥‥はい」 うなずきながらも、千鶴はどこか不満そうだ。 「じゃあFENNEKさん、そちらお願いします」 「おう。忍さん、手伝ってください」 「あ、はい」 忍がうなずくと、FENNEKは積んである砂の袋に向かった。その後を忍が ついていく。 「あのセメントと砂を混ぜて、そこに水を入れてモルタルを作るんですよ」 昂河は、千鶴にFENNEK達のこれからの作業を説明した。 「‥‥昂河先輩」 「はい?」 「敬語じゃなくてもいいって言いましたよね」 「え、‥‥でも‥‥ほら、やっぱり女性相手ですし、礼儀は守らなくっちゃ」 半分以上は方便である。いくら本人が「千鶴ちゃん16歳」とはいえ、千鶴は 千鶴だ。 年上として接してきたものを、すぐに年下として接するように言われても困っ てしまう。 「……生徒としている間は、同じ生徒として扱ってほしいんです」 ぽつり、と千鶴は言った。 「だってその方が身近でしょう‥‥?」 「…………」 「私は、みんなと仲良くしたいんです」 そう言う千鶴の瞳は、憂いを帯びていて。 千鶴は、生徒と同じ目線でものを見ようとしている。だから、教師ではなく生 徒として手伝いに来たのだろう。 こういう部分が人から「偽善」と言われる所以であるのだろうが──千鶴が影 で「偽善者」と呼ばれているのは昂河も知っている──たぶん、千鶴はそれを承 知でセーラー服をまとっているのだろう。 自分が、こうしたいという思いのままに。 人から見れば建前と思われそうな事を、本気で考えている人間というのはいる ものだ。それを口にすると偽善ととられるかもしれなくても、本当にそう思って いるのだからどうしようもなかったりする。 そして、偽善と思われると分かっていても、それでもよりよい方向へ物事を向 かわせるためにそう振舞う人間もいる。それもまた、心からよい結果を求めるが ゆえのものだと思う。 たぶん、千鶴はそんな人間なのかもしれない。 今まで漠然と抱いていた思いを、昂河は強くした。 昂河が千鶴に対して抱いていた親近感というのは、実はそこだった。 ……同類かもしれない、という。 猛然と響いていたドリルの音がやんだ。 「おい、こんなもんでいいか?」 ジンに声をかけられて、昂河はそちらを見た。 花壇にする範囲は、見事に掘り返されていた。多少深いようだが、これからな らすのだし問題ないだろう。 「ありがとうございます。早かったですね」 「おうよ。そんなちんたらやってられるか」 少し得意げにジンは言った。 「で、この後、水平にならすんだったな?」 「そうです」 「じゃあ、とっととやっちまおうぜ。千鶴さん、悪いけど俺の腕、はめてくれま せんか?」 「はい」 千鶴はいつの間にかタオルを用意していて、汚れたドリルを拭いてから、そろ えてあった腕をはめた。 「はい、これでいいわ」 「ありがとう、千鶴さん」 言って、ジンは指をにぎったり開いたりしている。 「……どうやってその指動かしているんですか?」 「科学の力ってやつだな」 昂河の疑問にあっさりと答えて、ジンは小さい熊手を手に取った。 「じゃ、やりますか千鶴さん」 「ええ」 千鶴も軍手をはめて、小さい熊手を手に持った。 「どうすればいいんですか? 昂河先輩」 「だいたい10センチくらいの深さで平らにならして下さい。いらない土は外に よけておいて。僕もやりますから」 言って、昂河も軍手をはめ小さいスコップを取った。 3人でジンが掘り返した地面にしゃがむ。 それからしばらくの間、3人は特に会話もせずいらない土を取り除き、地面を 平らにならしていった。 モルタル作り組は、FENNEKがかきまぜているところに忍が水を少しずつ 足しているようである。 「……ジンさん」 作業がだいぶ進んでから、昂河はジンに小声で話しかけた。 「あん?」 「「今」の千鶴先生に敬語使ってましたけど、何か言われたりしないんですか?」 「ん? ……まあ、俺は俺だしな」 熊手の先から目を離さずに、ジンは答えた。 「千鶴さんも分かってやってるし。敬語使ったくらいで何か言われるような短い つきあいじゃないからな」 「…………」 「ま、お前はお前のしたいようにすりゃあいい」 そう言われて、昂河は考えこんだ。 さて、どう扱うべきか。 年下相手の口調になればそれでいいかというと、それはそれでちょっと違うよ うな気もする。むしろ、それにこだわらずに接した方がいいのかもしれない。 「昂河先輩、こっちは終わりましたよ」 千鶴の元気な声がした。 「あ、はい。こっちもそろそろ終わるんで、そうしたら砕石をはじにまきますか ら」 言って、昂河は立ち上がった。 「ジンさん、すみませんが残りあとそこだけですんで、お願いします」 「……おう」 ジンの返事を確認してから、昂河は材料が積んである所に行って、そこから長 い棒のような物を手に取った。 「なんです、それ?」 「水平器っていうんです。これを使って、地面が水平になっているかどうか確か めるんですよ」 千鶴に言うと、昂河はならした地面に水平器を置いてみた。 少しずつ位置を変えながら、水平になっていない所は土を足したりならしたり して直していく。 「昂河さん、こっちはいいようだぞ」 FENNEKが声をかけてきた。 「はーい。こっちももうちょっとです」 顔をそちらに向け言って、また作業に専念する。 自分の持ち分が終わって千鶴と並んで昂河の作業を見ていたジンの隣へ、FE NNEKと忍がモルタルを入れた作業用の手押し車を押してきた。 「そいつを流し込むのか?」 「というか、枠を固めるというか」 ジンとFENNEKが会話する間にも、昂河は作業を進めていく。 「……っと、こんなもんか」 端まで行って、昂河は立ち上がった。 「じゃあ、基礎を作る部分に砕石を入れます」 「よし、ジンさん一緒に頼む」 「うん? おう」 FENNEKに言われて、ジンがうなずく。 「今度は私は何をすればいいですか?」 「この砕石を踏み固めるのをやってもらいます。あ、でも千鶴先……千鶴さんは 軽いからなあ」 「あら、大丈夫です。せいいっぱい踏みますからっ」 「……へこむんじゃ……」 にっこり笑顔の千鶴に、ならした地面を囲うように4方の端に砕石をまいてい たFENNEKがぼそっと言う。 「FENNEK先輩、何か?」 「いーえ、なんでもありません」 そのやりとりに、忍が小さく笑みを浮かべた。 ジンが、FENNEKがまいた砕石を軽く土と混ぜ合わせていく。 「じゃあ、踏みならしますか。東雲さん、千鶴さん、一緒にお願いします」 その作業が終わったところで、昂河は2人に声をかけた。 「はいっ」 千鶴が元気に返事をしてならした地面に下りる。忍もうなずいて後に続いた。 「で、あの3人が踏みならした後、俺とジンさんとでしっかり踏む、と」 「仕上げか」 「そ。本当は角材で突くんだけど、俺やジンさんが踏んだ方がよっぽどしっかり するだろうし。へこませないように頼むよ」 「へいへい」 注意するFENNEKに、ジンは肩をすくめた。 しばらくしてから、昂河達とFENNEK達が交代して、そして地ならしは終 わった。 「じゃあ、次はモルタルでレンガをのせる所を作ります」 「まず俺がやってみせるんで、周りをそれぞれお願いするよ」 昂河の言葉を受け、FENNEKがクワのような道具でモルタルをすくい、砕 石を敷いた上にのせた。 「で、これをこうレンガの幅にして、高さは5センチくらい」 言いながらコテを使い形を整える。 「こんな感じで周囲を囲っていく、と」 「なるほどな、了解」 「じゃあ、僕も……」 ジンと忍がコテを手にする。 「えっと、じゃあ私も‥‥」 「千鶴さんは、別の事をお願いします」 2人に続こうとした千鶴に、昂河は声をかけた。 「なんです?」 「この砂を、この中にフルイでふるって下さい」 言いながら、昂河は砂の入った袋と、モルタルを入れているのと同じタイプの 作業用の手押し車を示した。 「これは、レンガをくっつけるのに使うんです」 「そうですか‥‥分かりました」 「よろしくお願いします」 言うと、昂河もFENNEK達の作業に加わった。4人で、それぞれ4つの端 を1つずつ受け持つ形になる。 しばらくの間、みんな黙々と作業を続けていた。かといって静まり返っている というわけではなく、皆が作業に没頭しているので動きのある静けさだった。 「お、つながったつながった」 だいぶたってから、ジンが声をあげた。 「えーと‥‥こんな感じかな」 忍もぽつりと言う。 2人の作業が終わったようだ。 「これでいいのか?」 ジンに問われて、昂河は顔を上げた。 「えーと……そうですね。そうしたら、水平器で見てみて下さい。そこの板を上 に乗せて、その上で。で、水平になるようにモルタルの量を加減して下さい」 「分かった」 ジンがうなずく向こうで、すでに忍が板を手に取っている。 「お、こっちもこれで……」 FENNEKと昂河の作業もあと少しで終わりそうだ。 「昂河さん、先にそっち水平器で」 「はい」 返事をして、昂河は水平器と板を手に取った。 何気なく千鶴の方を見ると、彼女は真剣な表情で砂をふるっている。 (……がんばってるなあ) 思いながら、作業に戻る。 水平器で見る。なかなかうまくできたようだ。 「よしっ」 口に出して言ってから、FENNEKに板と水平器を渡す。 「そうしたら、どうするんですか?」 作業が終わった忍が、昂河にきいた。 「このモルタルは30分くらいほうっておいて、少し固めます。で、その間に今 日積む分のレンガを水にひたしておかないと」 「水に?」 「はい。そうすると、レンガがなじみやすいんだそうです」 「そうなんですか。……よく調べましたね」 「というか、本にそう載っていたので」 少し照れ気味の昂河に、忍は淡く微笑んだ。 「作り方をきちんとしておくのは大事ですよ。料理も下ごしらえが肝心だし‥‥」 「東雲さんは、お料理研究会にも入ってましたっけ」 「‥‥はい」 「神岸さんから聞いたことがありますよ。料理が上手だって」 「そうでもないけど……」 「僕も料理するの、わりと好きですよ。たまに神岸さんからレシピもらったりす るんです」 「神岸さんは、料理がとても上手ですからね。あと、水野君なんかも実は料理上 手らしいんですが」 「水野君て‥‥1年の?」 「そう」 「へえ……意外だなあ」 「あらっ、お料理の話ですか?」 後ろからの声に、昂河と忍は思わず表情をこわばらせた。 「ちっ、千鶴さん早いですね。もう終わったんですか?」 「ええ。ちょっと腕が疲れちゃったかな」 「すみません」 「いえ、いいんです。こうやって一緒に作業できるの、とっても嬉しいですから」 微笑む千鶴に、昂河も笑みを浮かべた。 「なら、いいんですけど」 「必要とされるのは、嬉しい事ですよ」 「…………」 必要とされること。 見ているだけではなく、一緒にできること。 それは確かに楽しいし嬉しいのだと、昂河もこの学園に来て知った。 「東雲、昂河。こっちやれこっち」 声をかけられて見ると、ジンがレンガを持ってこっちを見ていた。FENNE Kは、広いプラスチックの容器に水を入れている。 「行きましょう東雲さん、千鶴さんも」 言って、昂河は2人が作業しているところに行った。 今日積む予定のレンガは58個。それを、水を張った容器に入れていく。 「大きいんですね、レンガって」 千鶴が両手で1個のレンガを持って言う。 「種類はいくつかあるんですよ。今回は本に載っていたのと同じ大きさの物を使 ってます」 「千鶴さん、手に気をつけて下さい‥‥」 忍が声をかける。 「大丈夫ですよ、先輩」 「でも、気をつけて‥‥」 「もうっ、そんなに私そそっかしく見えますか?」 ぷうっとふくれてみせる千鶴。 「そそっかしいじゃないですか」 「ジン先輩〜?」 ぼそっと言ったジンに、千鶴はむくれたままの顔を向けた。その様子に微笑を 浮かべて、昂河は口を開いた。 「千鶴さんが女の子だから気を使ってるんですよ。ね、東雲さん」 「あ、……うん、まあ……」 ちょっと驚いたような顔で、忍は昂河を見た。忍だけでなく、ジンもFENN EKも昂河を見ている。 「……はい?」 皆の視線の意味が分からず、昂河はきょとんとした。 「……お前今、すんなりと何事もないよーに言ったな」 「えっ?」 ジンの言葉に目をぱちくりさせる昂河。 「何か変な事言いました?」 「……そうなんだよな、こういう人なんだよなぁ昂河さんって」 FENNEKが微苦笑を浮かべる。 「……素で言った……みたいだな」 「…………」 あきれたような顔のジンと、微笑を浮かべる忍。 相変わらず昂河には何のことやら分からない。 ジンが、近づいて小声で言った。 「お前、今「女の子」って言ったろ」 「はい? だって女の子じゃないですか」 「…………」 じーっと昂河の顔を見るジン。 「え、え?」 「素かよ……まいるなぁ」 「な、なんです‥‥?」 「いや、いいんだ。それならそれで」 言って作業に戻ったジンに、昂河はぽりぽりと頬をかいた。 「ふふっ。ありがとうございます、昂河先輩」 「はい?」 「女の子扱いしてくれて」 嬉しげに目を細める千鶴。 (‥‥あ、そうか) 言われて、昂河は思い当たった。 セーラー服を着る千鶴が、普段どんな風に見られているか。 「いい歳をしてセーラー服を着る女」という見方が多いのだ。だから、「16 歳相応の女の子」という扱われ方はめったにされない。 (うーん……思ったまま言っただけなんだけどな……) 昂河にとっては、千鶴がそうしたいならそうすればいい、というだけのことな のだ。 確かに最初は戸惑ったものの、こうやって一緒にいてくれる千鶴を、昂河はも う自然に受け止めていた。それがさっきの言葉になっただけなのだ。 「……だって、女の子でしょう?」 「はい。えへっ」 照れたように笑う千鶴を、昂河は素直に可愛いと思った。 例えば、吉田由紀に対して思う可愛いとは違うのだけれど、昂河は千鶴という 女性を可愛いと思う。 「さーてと、まずは終わりだ」 最後のレンガを水に入れて、FENNEKがパンパンと手をはたきながら言っ た。 「次はどうする? 少し時間を置こうか?」 「そうですね。じゃあ、少し休憩しましょう」 「おっしゃ、休憩休憩っと」 昂河の言葉に、ジンが軽く伸びをした。 10分ほどの休憩の間、昂河は忍とFENNEKとで車の話をした。 ジンはベンチに座って目を閉じ、千鶴はその隣に座って作業しかけの花壇を見 ていた。 陽が中庭を照らす中、たまに風がそよそよと吹いていく。 たまに通りかかる生徒達は、興味深げに目を向けたり、または気にせずに通り 過ぎていった。 「……そろそろ目地モルタル作りましょうか」 「そうだな」 昂河の言葉に、FENNEKがうなずいた。 「モルタルって、さっきと同じような?」 忍がきく。 「ええ。入れるものはちょっと違うんですが」 「始めるんですか?」 気付いた千鶴がやってきた。 「はい。千鶴さん達は、レンガを水から出して花壇の基礎の近くに置いて下さい」 「分かりました。ジン先輩、はじめますよ」 「……はーい」 千鶴に声をかけられて、ジンはベンチから立ち上がった。 昂河はさっき千鶴が砂をふるって入れた手押し車に、セメントの袋を持ってい った。袋の口を開けて砂にそれを入れると、待ち構えていたFENNEKがそれ をかき混ぜる。 セメントに続いて、モルタルの接着力を強める粉剤も入れる。 ほどよく混ぜられたところで、昂河はそれに水を入れた。そのままFENNE Kがこねる。 何回かに分けて水を入れていた昂河の横に、いつの間にか千鶴が来てその作業 をじっと見ていた。 「……なんだか、お料理しているみたいですね」 「そうですね。小麦粉に少しずつ牛乳を入れて、だまにならないように混ぜるの と同じですよ」 「面白いですね」 楽しそうに千鶴は言った。 「……こんなもんか」 FENNEKが手を止めた。 「じゃあ、次の作業にかかりますか」 昂河はジン達を見た。2人とも、もう作業は終わってこちらの指示待ちだ。 「えーとですね、レンガの裏にモルタルを盛って、さっきの基礎の上に並べてい きます。ちなみに、黒い方がレンガの裏です」 昂河はレンガを1個取って示した。 「で、こうやって……」 コテでモルタルをすくい、レンガの裏に盛る。 「これが接着剤になりますから」 言うと、昂河は基礎の上にレンガを乗せた。 「こうして位置を決めたら、上からこう叩いて、モルタルをなじませながら水平 に据えます」 トントンと、シャベルの柄でレンガを叩いてみせる。 「これを続けて並べていくんですが、レンガとレンガの間はこの目地ゴテの幅分 あけて下さい」 言って、1センチ幅の小さなコテを見せる。 「あと、隣のレンガと水平になっているかどうか、水平器で確認しながらやって 下さい」 「めんどくせえな」 ジンが言って顔をしかめた。 「ええ。でも、そこをしっかりしないと意味がないですから」 「で、並べたらレンガとレンガの間をあけた所に、モルタルを目地ゴテで詰める。 そのために間をあけてるんだ」 FENNEKが続けた。 「じゃ、とっととやっちまおうぜ。そろそろ時間もなくなってきたろ」 「暗くなるまではまだあると思いますけど‥‥」 「早く終わらせるにこしたこたねえさ」 忍に言うと、ジンはさっさとレンガを手に取った。 「あ、じゃあ千鶴さん、レンガにモルタル盛るのをやってくれますか? 並べて おいてくれれば僕達持っていきますから」 「分かりました」 昂河の言葉に、千鶴はうなずいた。 その日の作業は、レンガを2段目まで積んで終わりとなった。 その頃には、空はうっすらと暗くなってきていた。 「……で、明日続きやんのか?」 「はい。明日は残りのレンガを全部積んで、中に土を入れてそれで終わりです。 1日おいて花を植えますから」 「……うーん、ちまちまやんのは性に合わねえんだがなあ」 「しょうがないですよ」 ぽりぽり頬をかいたジンに、忍が穏やかに言った。 「いいじゃないですか。またお手伝いできるの、楽しいですよ」 千鶴もにこにこして言う。 「明日もがんばりましょうね」 「はい、よろしくお願いします」 昂河も笑顔で言った。 「じゃあ、私達はこれで」 「ええ、また明日」 「行きましょうか、ジン先輩、忍先輩」 声をかけて、千鶴は場を後にした。ジンは昂河達に軽く手を上げて、忍はぺこ りと頭を下げてからその後についていった。 「……助かりましたね、3人が来てくれて」 「ああ。でも、千鶴さんまで来るとはな」 「いいじゃないですか。僕は千鶴さんが来てくれて嬉しかったですよ」 「……16歳バージョンでも?」 「ええ」 昂河はうなずいた。 「千鶴さんは千鶴さんだし」 「……ま、な。なんだかんだでこうやって俺達に関わってくれるからな、あの 人は」 「いい人ですよね」 「……ああ」 うなずいて、FENNEKは伸びをした。 「さて、そうしたら入られないように囲っちまうか。それが終わったら俺達も帰 ろう」 「やっぱり少し疲れましたねー。明日筋肉痛になってたらどうしよう」 「そんなやわじゃないだろ、昂河さんは」 「あはは」 笑うと、昂河は花壇の周りに入られないように棒を立ててロープで囲う作業に とりかかった。 ──続く──