Lメモ涼風譚10話 「虹色の煉瓦は土の匂い」(1) 投稿者:昂河




 よく晴れた空。ふわりと吹く風が心地いい。
 昂河晶は、中庭にあるベンチの1つに腰かけていた。今日は、ここで1人で弁
当を食べていたのだ。
 すでに空の弁当箱は弁当包みの中にしまわれ、横に置かれている。
 ベンチの背にもたれながら、昂河はぼーっと前方を見ていた。
 そこに何があったかというと、何もない。少しきつくなってきた陽の光に照ら
されている地面があるだけである。
 ちょうどいい空き空間、という感じだ。
 中庭と一口に言っても広い。芝生のある所、木が植えてある所、広場になって
いる所……色々な場所がある。
 ここは、その中の一角。特に何があるわけでもない場所だった。ベンチがあっ
て、その後ろに何本か木があるくらいである。
 中庭で1人で昼食を食べる時、昂河はよくここに来ていた。他の所でもいいの
だが、なんとなく1度食べる場所を決めると、つい同じ所を選んでしまう。
 それに、ここはあまり人の来ない場所らしく、いつ来ても空いているのだ。
「ん〜……」
 考えるように昂河は呟き、あごに手を当てた。目は、前方の地面に据えられた
ままである。
 通路、というわけでもない。それなりに広い場所ではあるのだ。
 例えば、そこに花壇を作っても邪魔にはならないような──
「……誰かに相談してみようかなぁ……」
 再び呟くと、昂河は手に持っていたジュースのストローを口にした。



「花壇?」
 昂河の言葉に、菅生誠治は聞き返した。
「はい。というか、そんな大げさなものじゃなくても、ほんの少し花とかあると
いいなっていう場所があって」
 放課後の部活の時間。昂河は昼に考えていた事を、工作部の部長である誠治に
話してみたのだ。
「それで、そういうのってどうすればいいんでしょうか?」
「うーん……勝手に作るわけにはいかないからな。誰か先生に相談してみたらい
いんじゃないか」
「いっそのこと、直接千鶴先生に言ってみたらどうかな」
 聞いていたFENNEKが口をはさんだ。
「千鶴先生にですか?」
「校長だし。その方がてっとり早いと思うよ」
「そうですね……」
 昂河はちょっと考えた。
 柏木千鶴教諭。校長であり、全教科担当教師であり、同時に生徒だったりもす
る女性である。
 千鶴の授業は受けているので顔見知りではあるが、あまり親しく話をしたこと
はない。
「確かに、その方が早いかもしれませんが」
「なんなら、一緒に行こうか?」
「あ、そうしてもらえると助かります」
 FENNEKの提案を、昂河はありがたく受けることにした。
「なら、せっかくだから今行ってきてもいいぞ2人とも。今日はそんなに忙しく
ない予定だし」
「はい。すみません、菅生さん」
 そう言った昂河に、誠治は軽く笑みを浮かべた。
「じゃあ、行こうか昂河さん」
 声をかけて歩き出したFENNEKの後を、昂河は早足で追いかけた。



「今更ですけど、面白いですよね、この学校」
「ん?」
「一生徒が校長にこういう話ができるなんて」
「そういうものかい? 俺は学校なんてここが初めてだから、よく分からんけど」
 廊下を歩きながら、FENNEKは言った。
「うーんと……学校によるとは思うんですけど、僕が前いた学校だと校長……う
ちの場合は館長になるんですけど、やっぱり一番偉い人だから、あんまり軽々し
く話できないっていうか。何か学校にやってほしいことがある時は担任の先生を
通してましたし、そもそも学校に対して意見を言うっていうのもほとんどなかっ
たですしね」
 そうなのだ。こういう風に「何かしたい」と思った事なんて、今までなかった
のではないだろうか。
 なのに今、ちょっとばかり思いついたことを実行に移すために、校長に会いに
行こうとしている。
「ふーん……固い学校だったんだな」
「そうですね。でも、それ以前にそんなことができるなんて思いもしなかったで
す。……ここって簡単にそういうことを思いつけるし、できる所なんですね……」
「そうだなあ。俺みたいなのもこうやっていられるしな」
 FENNEKは軽く眼鏡を押し上げた。
「それでも、千鶴先生だからこうやって話すこともできるっていうのはあると思
うよ。他の2人の校長なんて見たこともないし」
「僕も、聞いたことしかないです」
「やっぱり、生徒が親しみやすい人が表に出てるのかもな」
「そうですね。千鶴先生、ちょっと恐い時もあるけど普段は優しいし。それに美
人だし」
「ん? 昂河さんは千鶴先生みたいな人が好みなのかな?」
 その言葉に、昂河は小さく笑った。
「好みっていうか……なんかいいじゃないですか、千鶴先生。ちょっと憧れてる
んですよね、僕」
「へえ。人それぞれだなあ」
「どういう意味です、それ」
 口をとがらせた昂河に、FENNEKはおかしそうに笑った。



 千鶴は今日は校長室にいた。日によって第1保健室にいたり1年生棟リネット
にいたりで、実は見つけにくかったりするのだ。
 彼女はまじめに仕事の最中だったらしく、机に向かって書類を広げていた。
 扉をノックして入った2人に、千鶴は顔を上げて微笑んだ。
「あら、こんにちは。何のご用?」
「えっとですね、昂河さんがききたいことがあるとか」
 FENNEKが前振りを言ってくれた。
「何かしら、昂河君」
 千鶴の優しげな瞳が昂河を見る。
「はい。実は中庭の一角に、休むのにはいいけどちょっと殺風景な場所があるん
です。それで、そこに花とか置いたらいいんじゃないかと思って」
 ちょっと緊張しながら、昂河は言った。
「花? 中庭だと、花瓶を置くということではないわね」
「ええ、花壇とかあったらいいかなと思ったんですが」
 それを聞いて、千鶴は優しく目を細めた。
「他にもそういう意見が出ているのかしら」
「いえ、僕だけの意見です。学園側にやってほしいということではなくて、許可
がもらえるなら僕が自分でやりたいんですが」
 少し先回りした昂河の言葉に、千鶴は軽く考えるように目を伏せた。
「……どの辺かしら? あ、今地図を出すわ。ちょっと待ってね」
 そう言って立ち上がると、千鶴は本棚の一冊を抜き出して机の上に広げた。
「……こんな地図があったんですね」
 昂河の横からFENNEKがのぞきこんで言った。それは住宅地図のように校
庭や校舎内、果ては裏山までが様々な大きさで示されている地図だった。
「職員用なのよ。……中庭はこれね……昂河君、どの辺りかしら?」
「はい、えーと……」
 昂河は地図をめくってその場所を探した。
「あ、ここですね」
 指し示した場所を見て、千鶴は考えるように頬に手を当てた。
「そうね……確かに何もない場所ではあるわね」
「僕、たまにここでお昼を食べるんですけど、ちょっとつまらないというか。…
…まあ、完全に僕のわがままなんですけど」
 そう言った昂河に、千鶴はにっこり笑った。
「いいんじゃないかしら? くつろげる場所が増えるのはいいことだわ。他の人
にとっても悪くないでしょうし。いいわ、許可します」
「ありがとうございます」
 昂河は内心ほっとしながらぺこりと礼をした。叱られたらどうしようかという
思いも若干あったからだ。
「それで、どうするつもり? あなたが自分でやるということでいいのかしら」
「はい、それでいいです」
 自分のわがままなのは百も承知なので、昂河は元から学園側にやってもらおう
とは思っていなかった。
「どういう形にするつもり?」
「えーと……プランターに花でも植えて置いておこうかな、と。花壇は1人で
はちょっと難しいですし」
「あら、全部1人でするつもりなの?」
「ええ、そのつもりでしたが」
 そう答えた昂河に、千鶴は「しょうがないわね」と言うように苦笑した。
「話せば誰か手伝ってくれるんじゃないかしら。あなた1人の場所じゃないんだ
し」
「……そうなんですけど……」
「1人でやるよりは楽しいと思うわ」
 その言葉に、昂河は困ったような微笑を浮かべた。
「それはそうなんですけど……でも、なんだか悪いような気がして」
「どうして?」
「…………」
 改めてきかれて、昂河はちょっと困った。
 本当に、ただの思いつきなのだ。そんな気まぐれのようなことに友人をひっぱ
りこむのは気が引ける。
 とはいえ、そう言うと「それならわざわざやらなくても」と言われそうで、口
にするのはためらわれた。
 千鶴は黙っている昂河をしばらく見ていたが、やがて微笑を浮かべた。
「じゃあ、こういうのはどうかしら。せっかくなんだし、あなたにはちゃんとし
た花壇を作ってもらいます。これは私からのお願いでもあるわ。だから、必要な
用具と費用はこちらから出します。あと、多少の人手もね」
「え? でも……」
「私もくつろげる場所が欲しいの。だから、校長権限使っちゃいます」
 てへ、と茶目っ気たっぷりに千鶴は笑った。
「だから昂河君は、何が必要か考えてちょうだい。教えてくれれば用意するわ」
「俺も手伝うよ。面白そうだし」
 FENNEKが口をはさむ。
「じゃ、決まりね。よろしく、昂河君」
「え、あ、いえ、こちらこそ……」
 にっこり微笑んだ千鶴に、呆気にとられていた昂河は慌てて頭を下げた。



「……なんか話が大きくなっちゃったなぁ」
「いいじゃないか。せっかく援助してくれるって言っているんだし」
 ぽりぽりと頬をかく昂河に、FENNEKが気楽そうに言う。
 部室に戻る途中である。
「ああくるとは思いませんでした」
「昂河さんが1人でやるなんて言うからだよ」
「……気を使わせちゃいましたね」
「そうだな。でも、あの人世話好きなところがあるから、気にしなくてもいいん
じゃないかな」
「……なんか悪いなぁ……」
「気にするなと言ってる矢先に気にしないでくれよ」
 FENNEKに苦笑されて、昂河も苦笑した。
「…すみません」
「動き出したからには、ちゃんと動かなくちゃな。でないと、千鶴先生にも悪い
だろ?」
「そうですね。せっかく陳情通ったんですし、ちゃんとしたものを作りましょう」
「そうそう。で、そのためには大きさとかちゃんと考えないといけないだろうな」
「そうなんですよね。あと、植える花の種類とかも……」
 言いかけて、昂河は言葉をとぎらせた。
 その目の先にあるのは、第2購買部である。
「どうした?」
「……園芸書くらいありますよねえ」
「え? ……ああ、第2購買部か。あるだろうな」
 昂河の視線の先を見て取って、FENNEKが言う。
「ちょっと寄っていっていいですか?」
「ああ、いいよ」
 その返事を聞いてから、昂河は第2購買部へと向かった。
「いらっしゃいませ」
 寄ってきた2人を目ざとく見つけたbeakerが声をかけてきた。
「ああ、いらっしゃい」
「いらっしゃいませー」
 一緒にいた坂下好恵ときたみち靜も声をかけてくる。
「今日は何のご用です?」
 にこにこと笑みを浮かべてbeakerがきいた。
「園芸書とか、あるかな?」
「園芸書ですか。どういった系統のものをお望みです?」
「ええと、中庭の隅に花壇を作る事になったんで、その参考になりそうなものが
欲しいんだけど」
「へえ、中庭にねえ」
 好恵が口をはさんできた。
「わざわざ作らなくても、中庭って色々あるじゃない」
「そうなんだけど、気になる場所があってね」
「ふーん……あんたも物好きね」
 その言葉に、昂河は苦笑を浮かべた。
「お花を植えるんだよねっ。靜、お花大好きだよ」
 靜がにぱっと笑みを浮かべた。
「晶お兄ちゃんもお花好きなの?」
「うん、そうだね」
「どんなお花のある花壇にするの?」
「それをこれから考えようと思って」
 会話が進む間に、beakerは商品の収めてある棚の一角に向かって物色していた。
出す商品を選んでいるのだろう。
「うーんと、靜はねえ、きれいでかわいいお花がいいなー」
「最初から作るんなら、使う土とか花壇を囲うのに使う物とか考えなきゃいけな
いんじゃないの?」
 靜がにこにこと言う隣で、好恵が現実的なことをきいてくる。
「うん……」
「デザインから考えなきゃならないからなあ」
 FENNEKも思案顔で言う。
「……それにしても」
 好恵は声をひそめた。
「園芸書なら図書館にもあるんじゃない? わざわざ買わなくてもいいようなも
んだけど」
「あ……それもそうか」
「いいじゃないですか、それだけうちの収入になるんですし」
 いつの間に戻っていたのか、何冊かの本をカウンターに置きながら、beakerが
にこやかに言った。
「それはそうだけど」
「好恵さんは、商売人としては優しいんですねー」
「な、何言ってんのbeaker。優しいじゃなくて、甘いってはっきり言いなさいよ」
「いいえ、優しいんですよ」
 好恵に微笑みかけると、beakerは昂河に顔を向けた。
「だいたいこんなところですね。どうぞ、中を見て選んで下さい」
 その言葉に、昂河は置かれた本を一冊手に取った。FENNEKも別な本を手
に取る。
「……それで昂河さん、花壇の材料の仕入先は考えておいでですか?」
「え……いや、特には。ただ、必要な物は学校の方で揃えてくれるって千鶴先生
が」
「ふむ……学校に任せるとなると外の業者になるでしょうね。それでしたら、う
ちにご用命いただけませんか。必要なものがあれば早急に揃えますよ。お代につ
いては学校相手ということで勉強させていただきますし、それに、第3者を通す
よりこうして直接交渉できたほうが楽かと思うんですが、いかがでしょう」
 にこやかに言うbeaker。昂河としても、確かにその方が楽だ。
「うん……そうだね。分かった、千鶴先生にはそう伝えておくよ」
「ありがとうございます」
 笑顔を崩さぬまま、beakerは一礼した。
「まったく商人だなあ」
「そりゃあもう」
 苦笑して言ったFENNEKに、beakerは平然とそう返した。好恵がその様子
に軽く笑った。
「晶お兄ちゃん、ご本決まった?」
「ん、もうちょっと待って……」
「急ぐ必要はありませんよ。じっくり選んでください。なんなら、こちらをお使
いいただいても」
 beakerがそう言って、椅子を昂河とFENNEKに勧めた。



「で、その本を買ってきたわけか」
「ええ」
 横からのぞきこんだ誠治に、昂河は本に目を落としたままうなずいた。
 部室に戻ってきた昂河とFENNEKは、部活そっちのけで手に入れた本を詳
細に見ていたのだった。
「園芸用具のカタログももらっちゃいましたし」
「相変わらずなんでもある所やなあ、第2購買部」
 保科智子が端末で作業しながら口を出す。
「それにしても、昂河君てガーデニングにも興味があったんやな」
「まあ、興味ないわけじゃないけど……こうして本格的にやる気はなかったんだ
けどね」
「言い出しっぺは大変やね」
 その言葉に昂河は苦笑した。
「近年はやりだから、色々出てるんだなぁ」
 カタログを見ていたFENNEKが言った。
「選びがいがあるな、こりゃ」
「そうやって自分好みの庭を造るのが、ガーデニングの醍醐味の1つなんだろう
ね」
 誠治が言って、昂河に目を向けた。
「ところで、その花壇ができたら、手入れは君がするのかい?」
「そうですね。保科さんじゃないけど、やっぱり言い出しっぺとしては責任持っ
て世話をしないと」
「そうか。‥‥いや、ちょっと思いついた事があってね」
「なんです?」
 昂河は顔を上げて誠治を見た。
「自動水まき機くらいなら作れるかと思ってね。そうすれば、毎日見に行かなく
ても土の乾き具合に合わせて水をまけるだろう」
「へえ、さすが誠治さん。よく考えつくなあ」
 FENNEKが感心したように言う。
「それは確かにありがたいですが……いいんですか?」
「なに、どうってことないさ。花壇の大きさや花を植える位置を決めたら教えて
くれ。それに合わせて設計してみる」
「ありがとうございます」
 言った昂河に、誠治は微笑を返した。
「それで、どんな花壇にするかは決めたん?」
「えーと、まだ……でも、なんか僕が決めちゃっていいのかな……」
「昂河さんが立案者なんだから、遠慮しないでいいさ。好きなようにやればいい」
 FENNEKに言われて、昂河は微笑した。
「そうします」
「俺も一緒に考えるよ。あんまり役に立たないかもしれないけど」
「どっちかというと力仕事向きやもんな、FENNEK先輩は」
「きついなあ、保科さんは」
「きつくない。ほんとのこと言ったまでや」
「それがきついっていうんだよ〜」
 智子とFENNEKのやりとりに、昂河と誠治は小さく笑った。



 次の日の放課後。
 昂河はレポート用紙と本を手にして千鶴を訪ねた。
 結局昨日学校にいる間に全部を決める事はできず、家に持ち帰って色々考えた
のだ。
 FENNEKや智子に意見を聞きながらだいたいの構想はできたので、後はそ
れを実行できる形にするだけだったが、これが意外とかかった。
 必要事項をまとめ終わったのは深夜をすぎてしまったが、昂河は充実した気分
になっていた。
 こうやって、「自分がしたい事」のために動いたことが今まであっただろうか。
 中庭に花壇を作るというささいな事だけれど、それでも、こうして自分のした
いようにしてみるのは、楽しいと思える。
 今日の千鶴は第1保健室にいた。入ったとき、思わず耕一の姿を探してしまっ
たのはお約束というものだろう。
 幸い千鶴は1人でいて、昂河の話をきちんと聞いてくれた。
「…それで、第2購買部のbeaker君に頼もうと思うんですが、いいですか?」
「ええ、かまわないわ。請求をこっちに回してもらえばすむことだから。‥‥で
も、よく1日でここまでまとめたわね」
 言われて、昂河は笑みを浮かべた。
「考えるのは楽しかったですから。それに、FENNEKさん達にも一緒に考え
てもらいましたし」
「1人でやるより楽しいでしょう?」
「‥‥はい」
 答えた昂河に、千鶴は笑みを浮かべた。
「せっかく学校でやるんだから、みんなの力を借りないとね。‥‥で、作業予定
が3日後。作業は放課後ね?」
「はい」
「じゃ、助っ人を頼んでおくわ。3人くらいいればいいかしら」
「そうですね。‥‥ところで、誰に手伝ってもらえるんですか?」
「それは後のお楽しみ☆」
 にっこりと笑ってみせた千鶴に、昂河は苦笑した。
「でも、先生‥‥本当にいいんですか? 僕の思いつきで作っちゃって」
「あなたがやりたいんでしょう。生徒が自主的に校内美化をしてくれるというの
を止めはしないわ」
「……この学校のそういうところが好きです、僕」
「ふふっ」
 昂河の言葉に、千鶴は嬉しそうに笑った。
「あなたももうすっかりうちの生徒ね。……よかった。ちょっと心配していたの
だけど……」
「……なじみにくそうに見えてましたか」
「そういうわけじゃないけど……でもちょっと引っ込み思案な所があったでしょ
う」
 苦笑した昂河に、千鶴は笑顔のまま言った。
「あなたのことは、前の学校の先生から頼まれてますからね。何かあったら研修
会で会った時叱られちゃうもの」
「……そう…なんですか?」
「だいぶ気にしてらっしゃったわよ。生徒思いのいい先生ね」
「えーと……担任の?」
「だったかしら? 生徒指導を担当しているって」
「ああ」
 昂河は前の学校で顔なじみの教師を思い出した。確かに彼は担任だった。今で
も、「仕事」の関係で顔を合わせている。
「……心配されちゃったか」
「でも、今の様子なら安心ね。会ったら、ちゃんとそう言うわ」
「お願いします」
 昂河は微笑んだ。
「さ、今日も部活でしょう。そろそろいってらっしゃい」
「はい。じゃあ、失礼します」
 笑顔の千鶴に一礼して、昂河は第1保健室を後にした。
 部室へ向かう廊下を歩きながら、頭をかく。
(……まいるなあ)
 前の学校の教師から千鶴に、一体どういう申し送りがされていたのだろうか。
(うーん……でも、千鶴先生に気にしてもらっていたんだ……)
 それは正直に言うと、嬉しい。
 千鶴に対して、昂河は憧れと一緒に親近感を抱いていた。それは一方的なもの
ではあったけれども、「いつか親しくできたらいいな」というふうに思ってはい
たのだ。
 その千鶴が、自分を気にかけていてくれたというのだから、嬉しくないわけが
ない。
「……わーい♪」
 小さく呟いて、昂河は微笑を浮かべた。



 部室に入ると、昂河はFENNEKの姿を探した。FENNEKは持ち込まれ
た自転車の修理をしていた。
「FENNEKさん、作業がすんだらでいいんですが、お話いいですか?」
「うん? 別に今でもいいよ」
 昂河が声をかけると、FENNEKはそう言って立ち上がった。
「例の件かな?」
「はい、最終案まとめたので。それで、もう千鶴先生に言ってきちゃったんです
が……」
「それはかまわないさ。昂河さんが最終的には決める事だったんだから。それで、
どんなのになったんだ?」
「ええとですね……あ、とりあえずこっちへ」
 事務机のある所に移動すると、昂河はFENNEKに本やカタログを示しなが
ら自分の案について説明した。
 花壇の大きさ、植える花、必要な土や用具。
 ひととおり説明すると、FENNEKは笑みを浮かべた。
「うん、いいんじゃないかな。じゃあ、これから材料の発注か」
「はい」
「第2購買部なら、よっぽど大変な物じゃない限り当日か次の日にはそろえるさ。
たぶん、明日には全部用意できると思うね」
「僕もそう思います。ただ、それだと手伝ってくれる人に千鶴先生が声をかける
のに急な事になっちゃうから、少し間を空けて仕入れてもらおうと思って」
「いつにする予定だい?」
「3日後にしようかなと思ってるんですが」
 その言葉に、FENNEKは考えるようにあごに手を当てた。
「うん。まあ、それぐらいがいいかもな。それで、花壇作成にかける時間が4日
だろ……誠治さんもそれくらいあれば、例の機械作れるんじゃないかな」
「そうですね。…えーと、じゃあちょっと第2購買部に行ってきていいですか?」
「ああ。誠治さんもそろそろ来る頃だろうし、来たら今の事を伝えておくよ」
「お願いします」
 そう言うと、昂河は昨日まとめたものの中から発注する物リストを持って、部
室を出た。



──続く──