「もうすぐテストだね」 そう昂河が話題を持ち出したのは、昼食を食べている真っ最中だった。 「そうだな……はぁ、終わったと思えばすぐ来るんだよな、テストってやつは」 いつものカフェオレを手にして、藤田浩之が溜息をついた。 「そんなにすぐでもないよ、浩之」 佐藤雅史がパンを片手に笑う。 「そりゃ、お前は赤点とは縁がないからいいけどな」 「浩之ちゃんは、ちゃんと勉強すれば赤点とらなくてすむのに」 はしを手にしてそう言った神岸あかりに、浩之は軽く肩をすくめた。 「そうでもねえよ。いつもきつきつだぜ」 「そんなことないよ。浩之ちゃんは、やればできるんだから」 「そうだな。浩之って、そんな感じだな」 あかりの言葉にうなずいたのは、珍しく教室で一緒に昼食をとっていた八塚崇乃だ った。 「おいおい、崇乃。オレのどこがそんな感じなんだよ?」 「やればできそうな感じだよ。なあ、晶」 「そうだね」 同意を求めた崇乃に、昂河はうなずいた。 勉強が、というだけではなく、浩之からは「やればできる可能性」を感じる、と昂 河は思っていた。 「なんだよ、昂河まで」 「それを言うなら、ここにいる全員が、だよ。僕もそう思うから」 雅史が訂正した。 「くあー、みんなかよ……まいるなぁ」 浩之はぼやくと、ぽりぽりと頬をかいた。 「責任重大でし、浩之しゃん」 崇乃の肩の上で、鈴花が重々しい口調で──まったく似合わなかったが──うんう んとうなずいた。 「責任てなんだ、責任て」 「ちゃんと勉強しろってことだろ」 「そうそう」 崇乃とあかりに返されて、浩之はますます仏頂面になる。 それを見て、昂河はくすっと笑った。 いつもというわけではないが、近頃、昼食はこのメンバーで食べることがある。 昂河は彼らと過ごす時間が気に入っていた。 前の学校ではあまり感じた事のない居心地のよさが、ここにはあるからだ。 「ちぇっ、なんだよ、オレだけに勉強させる気か?」 「じゃあ、一緒に勉強する?」 ぼやいた浩之に、あかりが微笑んできいた。 「うーん……」 「僕も一緒に勉強するよ。それならいいよね?」 雅史も言う。 浩之は考えるような顔でストローをくわえていたが、やがて口を離すと、「よし!」 と言ってニヤリと笑った。 「じゃあ、あかりと雅史には付き合ってもらうとして、崇乃に昂河、お前らも付き合 え」 「えっ、俺も?」 「……僕も?」 崇乃と昂河は目をぱちくりさせた。 「お前達だって、危ない教科の1つや2つあるだろ? 人数それなりにいた方が、お 互いフォローもできるだろうし」 「まあ、それはそうだなぁ……よし、了解」 「一緒に勉強か……」 崇乃が承諾した横で、昂河はちょっと考えた。 あまりそういう経験がなかったことが、躊躇の原因だった。 「ほら、今日の数学とか、そろそろテスト範囲教えてくれる教科も出てきたし。そう いうやつを集中的にやるとかな」 浩之がたたみかけるように言う。 「……うん、いいよ」 昂河は微笑してそれに答えた。まあ、何事も経験だろう。 「よし、んじゃ放課後、そうだな……オレの家にするか?」 「浩之の家だね。分かった」 「じゃあ私、家からおやつになりそうなもの、持っていくね」 雅史とあかりが笑顔を見せた。 「……いいのかな? なんか人数多いけど」 「ああ、全然。うち、今オレ1人だから」 遠慮がちな昂河の言葉に、浩之はパタパタと手を振った。 「‥‥そうなのか」 「じゃ、今日は勉強会ってことで」 「浩之しゃんのお家にお邪魔でしー」 崇乃の後に、鈴花が元気に言葉をつなげた。 「よっしゃ、行くぞー」 浩之に声をかけられて、昂河は慌ててカバンを持った。 教室を出た浩之と崇乃の後を追って、自分も教室を出る。 雅史とあかりはいったん家に戻ってから来るということで、今は別行動だ。 「ちゃんと教科書持ってきたよな?」 「大丈夫、忘れてないよ」 言いながら歩いているうち、昂河は前方から歩いてくる知り合いに気付いた。 「お、祐介に月島」 浩之も気付いて、軽く手を上げ立ち止まった。 歩いてきたのは、長瀬祐介と月島瑠璃子だった。祐介も、こちらに気付いて笑みを 浮かべた。 「‥‥3人で帰るところかい?」 「おう。今日は勉強だ、勉強」 「勉強? テストの?」 「そうそう。そろそろ範囲も出たしな」 「そうか……僕もそろそろ勉強しないとな」 言って、祐介はちょっと情けない表情をした。隣の瑠璃子は、いつものように澄ん だ光のない目でこちらを見ている。 「‥‥瑠璃子ちゃんは、試験勉強とか、いつもどうしてる?」 昂河はそんな瑠璃子に話しかけた。 「してるよ、勉強」 口元だけに笑みを浮かべて、瑠璃子は答えた。 「そっか。家でちゃんと勉強してるんだ」 「うん」 「そういえば、瑠璃子さんってテストの点数はいい方だよね」 祐介の言葉に、瑠璃子は目を細めた。 「そうかな」 「‥‥月島さんに教えてもらうから、かな」 「月島先輩か。確かにあの人なら頭いいしな」 浩之が口をはさむ。その隣で崇乃もうなずいた。 「秀才って噂だからなー、月島先輩」 「へえ……そうなんだ」 「あれ、晶は月島先輩の事知らなかったんだ」 「んー、噂だけはちょっとだけ聞いてたけどね」 あいまいな笑みを浮かべて昂河は言った。 昂河の聞いたことのある月島拓也についての情報は、実は「シスコン」以外なかっ たりする。 くすくす、と瑠璃子が小さく笑った。 「俺も、実はちゃんと会ったことないけどな」 崇乃がそう言って笑う。 「……そうだ、せっかくだし、よければお前達も一緒に来ねえか?」 「えっ?」 思いついたように誘った浩之に、祐介は驚いたように目をぱちくりさせた。 「かまわないよな、2人とも?」 「うん、いいんじゃないか」 「かまわないよ」 浩之の言葉に、崇乃と昂河も気楽に答える。 「みんなで、ってのも楽しいぜ?」 そう言って笑ってみせた浩之に、祐介は考えるような表情をした。 「うん……そうだね……」 つぶやくように言って、瑠璃子を見た。 「瑠璃子さんは、どうする?」 「どうしようね」 あまり迷ってもいない表情で、瑠璃子はあいづちをうった。 「昂河ちゃんはどう思う?」 「えっ、僕?」 話をふられて、昂河はちょっとびっくりした。 「私と長瀬ちゃんが一緒に行くと、嬉しい?」 「……うん」 昂河はうなずいた。 瑠璃子と祐介。昂河の心の内を知る存在。 浩之や崇乃達といる楽しいと思える時間を彼らを交えて過ごすことに、昂河は全く 異存はなかった。 逆に、一緒にすごせるのならもっと楽しいだろうと思う。 瑠璃子は目を細めて微笑むと、祐介を見た。 「行こう? 長瀬ちゃん」 「……そうだね。じゃあ、せっかくだからお言葉に甘えて」 「よし、オッケー! アテにしてるぜ、お2人さん」 浩之が元気に言う。 「大人数になったけど、楽しそうだな」 「でしね〜」 崇乃と鈴花がそう言った時。 「どこに瑠璃子を連れて行くって?」 感情を押さえたような声がして、皆そちらを見た。 「げっ、出た!」 浩之が「やばい」という顔をする。 「月島さん」 「お兄ちゃん」 祐介と瑠璃子が同時に口にする。 背の高い、物静かな印象の青年がそこにいた。もっとも、こちらに向けられている 細い目は苛烈な色を放っている。 「……なんかすごい雰囲気だな」 ささやいた崇乃に、昂河はうなずいた。 (殺気を……通り越してる……) 例えば、昂河が雅史と初めて会ったとき、雅史は明確な殺気──というより嫉妬── を自分にたたきつけてきた。 今、目の前の青年から感じるものは、そういう感情そのものではなく、それを通り 越している──そう感じた。 (……なるほど) 昂河はなんとなく納得した。 この男が月島拓也──瑠璃子の兄なのだと。 「君達は、瑠璃子をどこに連れて行くつもりだ?」 平坦な声で、拓也は言った。 「どこにって……えーと、オレの家に」 「ほう……そして何をしようとしていた?」 拓也は眉を上げて、浩之に問いかけた。 「あのな先輩……オレ達は友達として月島を誘っただけであって、別に深い意味はな いですって」 「なに?」 あきれたような浩之の言葉に、拓也はカッと目を見開いた。 「なんだと! 瑠璃子はこんなに可愛いのに、なんでもないだと!」 「へ?」 「瑠璃子は僕の大事な可愛い妹だ! そりゃもう、目に入れても痛くないほどに! その瑠璃子を目の前にして、なんでもないわけがあるまい!」 「って…」 「瑠璃子はこんなに愛らしいじゃないか! そうだろう、君達。いや、そう思わない 人間などいまい」 「…あのな、先輩」 「そう、だからこそ、僕が守らなければならないんだ。僕が瑠璃子を守らずして、何 が兄だ。いや、そんなことより、とにかく瑠璃子は僕が……」 「人の話聞けよ」 浩之が冷めたツッコミを入れたが、拓也は全く気にせず自分の世界に入り込んでし まっている。 「駄目だなこりゃ」 「……そうだね」 崇乃の言葉に昂河はうなずくと、瑠璃子を見た。 瑠璃子はどこか困ったようなまなざしで拓也を見ていたが、やがて祐介に視線を向 けた。 「長瀬ちゃん」 「なに?」 「どうしようか」 「……止めた方がいいんじゃないかな?」 「うん」 うなずいて、瑠璃子はゆっくりと拓也に近づいた。 「おい、祐介」 「大丈夫だよ」 声をかけた浩之に、祐介は笑みを見せた。 拳を握り締めてぶつぶつ呟いている拓也の前で立ち止まると、瑠璃子は手にしてい たカバンからノートを取り出した。 「……お兄ちゃん」 呼びかけながら、それを丸める。 「むっ? 今、どこかから瑠璃子の声が?」 「えい」 パカーーーンッッ!! ささやくような声で気合を入れて、瑠璃子は丸めたノートで容赦なく拓也の頭をは たいた。 「はっ!」 拓也は驚いたように目を見開くと、呆然とした表情で動きを止めた。 少しの沈黙。 そして、拓也の瞳が瑠璃子に向いた。 「る、瑠璃子……」 「……お兄ちゃん」 「なんだい、瑠璃子‥‥」 「人の話は聞かなきゃだめだよ」 「ん……あ、ああ……すまない瑠璃子、僕はまた……」 拓也は軽くかぶりを振った。そして昂河達を見る。 「そうか、すまない君達。僕はつい瑠璃子のこととなると、平静を失ってしまってね」 どうやら冷静さを取り戻したようだ。 「はあ……まあ、いいんスけど……」 ぽりぽりと頬をかく浩之。崇乃がほっと息をついた。 拓也のまとっていた奇妙な気配は、もう消え失せていた。 「それで、月島さん。僕達は一緒に勉強しないかって誘われただけなんですよ」 祐介の言葉に、拓也は一同を観察するように見渡した。 「ほう、瑠璃子と一緒に勉強をね。ふむ……」 そう言うと、拓也は瑠璃子に目をやった。 「で、瑠璃子はどうしたいんだい?」 「勉強、するよ」 「…………そうか」 拓也は一瞬目を伏せたが、すぐに浩之に目をやった。 「君の家だったかな、場所は」 「そうっすけど」 「ここにいる君達で全員かな?」 「いや、あと雅史とあかりも……」 「……ふむ……」 思案するようにあごに手をやると、拓也は軽くうなずいた。 「分かった。瑠璃子がそうしたいというのなら、いいだろう」 「はは、どーもな先輩」 ほっとしたような顔で、浩之が頭に手をやる。 「よかった」 祐介が呟き、昂河も安堵した。 拓也はにっこりと、人のよさそうな笑みを浮かべた。 「ただし、僕も一緒に行かせてもらうよ」 そんなわけで。 「つまり、ここの解はこういうことになるわけだ」 「くあー、そうか、そうだったのかー!」 拓也の解説に、浩之が頭をかきむしった。 「浩之ちゃん……だから、そこはこの式を使うんだよって言ったのに」 あかりが苦笑する。 「使ったけど、間違っちまったんだよ」 「浩之はそういうとこ、せっかちだからね」 雅史がくすくす笑った。 「どうだった瑠璃子。僕の説明はきちんと分かったかい?」 「うん」 「そうか、瑠璃子は賢いな」 ノートから顔を上げず答えた瑠璃子に、拓也は優しく笑みを浮かべた。 「…………」 「確かに分かりやすかったけど……どうにかならないのか、あれ?」 その拓也の様子をあきれたように見る昂河と、その隣で祐介に耳打ちする崇乃。 「いや、しょうがないと思ってあきらめるしかないよ」 苦笑しながら小声でそう言う祐介。 浩之の家のリビングルーム。 総勢8名で机を囲んで勉強中だ。さすがに置いてあった机だけでは場所が足りない ので、浩之の部屋からガラステーブルを持ってきてくっつけている。 みんなで教科書の練習問題を解き、拓也が解説しながら答え合わせをしてくれると いう方式でやっていた。 さすがに校内でも優秀な頭脳を持つと言われるだけあって、拓也の解説は非常に分 かりやすく、しかも各自の質問にもきちんと答えてくれて大助かりではあるのだが。 1つ解説するごとに、隣に座っている瑠璃子に話しかけるのが困ったところだった。 瑠璃子も慣れているのか何も考えていないのか、いつもの口元だけの笑みでうなずく だけである。 「あかりしゃーん、お湯沸いたでしー」 キッチンから、鈴花の声がした。 「あ、お湯沸いたって」 「よっしゃ、休憩休憩〜。いいよな、先輩?」 浩之がきく。 「ん? あと2問残っているぞ、このページは。せめてそれを終わらせてからにした らどうだい?」 「いいじゃないですか、休んでからでも」 言いながら、崇乃が疲れたように、腕をテーブルに投げ出した。 「一気にやった方が楽だろう」 苦笑する拓也の隣で、瑠璃子が顔を上げた。 「……紅茶、飲みたいな……」 「よし分かった、休もう。神岸さん、瑠璃子のためにぜひとも紅茶をいれてくれたま え」 「……いいのか、それで」 浩之がつっこむ。 「何を言うか、君は。僕は瑠璃子が望むなら、なんでもするぞ」 胸を張った拓也に、皆は苦笑した。 「じゃあ、私お茶の準備するね。みんな紅茶でいい?」 「あ、手伝うよ」 立ち上がったあかりに、昂河はそう声をかけて自分も立ち上がった。 「1人で持ってくるの、大変だろ?」 「ありがとう、昂河君」 「じゃあ僕、お菓子出すね。浩之、手伝って」 「オッケー」 雅史の言葉に、浩之がうなずく。 「じゃ、机の上きれいにしようか」 「そうだね」 崇乃と祐介が、机の上を片付けはじめる。 昂河は動き出したみんなを後にして、あかりと一緒にキッチンに行った。 「火は弱めたでし」 「ありがとう、鈴花ちゃん」 ガステーブルの横で火の番をしていた鈴花の頭を、あかりは優しくなでた。 「はにゃ〜」 鈴花がぽやんとした顔になる。 「えーと……どれを使えばいいのかな?」 「お盆はそこに立てかけてあるから、それを使って。カップは適当なの出しちゃって いいよ」 食器棚を見て迷う昂河に、あかりがてきぱきと言った。 「慣れてるね、神岸さん」 「うん、何度か来てるし、浩之ちゃんにごはん作った事もあるから」 言いながら、あかりは迷いなく戸棚からティーバッグを取り出した。 昂河は2枚のお盆を出すと、その上に適当なカップを出した。 「……さすがに8人分だとカップがまちまちになるなぁ」 「大人数だよね」 言いながら、あかりは出したティーポットにお湯を入れた。 「ああ、暖めておくんだ?」 「そう。その方がおいしく入るから」 「本格的だね。さすが、お料理研部長」 「えへへ。……あ、誰かミルクティーがいい人いるかな? ミルクティーだと淹れ方 が変わってくるから」 「きいてこようか?」 「うん、お願い」 言われて昂河がリビングに戻ってくると、机の上は片付けられて、お菓子類が並べ られているところだった。 「誰かミルクティーがいい人、いますかー」 昂河が声をかけると、何人かが顔を上げた。 「あ、僕ミルクティーがいいな」 「じゃあ僕も」 雅史と祐介が手を上げる。 「私も、そうしようかな」 「む、なら僕もだ」 「先輩……」 小首をかしげて言った瑠璃子に反応して言った拓也に、浩之が涙する。 「じゃ、俺と浩之は普通の紅茶か」 「そうなるな」 「そういうわけで、よろしくー」 「了解」 崇乃の言葉に答えて、昂河はキッチンに戻った。 あかりは改めてティーポットにお湯を入れていた。今度はティーバッグが入ってい る。 「藤田と八塚以外はミルクティーだって」 「ん、分かった。昂河君は?」 「僕もミルクティーかな」 「了解〜」 にこっと笑うと、あかりは並べられたカップにお湯を入れはじめた。 「カップもあっためるんだ」 「ミルクティーの場合はね、カップを暖めてからミルクを入れて……ミルクっていっ ても牛乳でいいんだけど、それを入れてからお茶を入れるのがイギリス式なの」 「へえ……」 次々とお湯を注いでいくあかりの手際を、昂河は感心して眺めていた。 「ね、月島先輩って、面白い人だよね」 言いながら、あかりはやかんを戻して、冷蔵庫から牛乳を出した。 「そうだね。ちょっと変わってるけど、面白い人だね」 「今まで特にお話したことってなかったから、なんか勉強まで教えてもらっちゃって、 いいのかなぁって感じだけど」 「僕もちょっとの噂しか知らなかったよ。あの瑠璃子ちゃんの溺愛ぶりだけ、ね」 「有名だもんねー」 笑いながら、あかりはカップのお湯を捨てた。 「ああいうお兄さんだと、月島さんも大変そう」 「そうだね」 「でも、月島先輩の気持ちも、分かるような気もするかな。ずっと一緒にいて、大事 で、側を離れたくなくて……」 必要な人数分のカップに牛乳を注ぎながら、あかりは言った。 「大切な人を、自分だけのものにできたら、って……そんな感じなのかなって」 「…………」 どこか実感のこもったあかりの台詞。 だから、昂河は何も言わなかった。 あかりの言っているのが誰に対してなのかは察しがついたし、拓也のそれをそのま ま当てはめるのは違うとも思ったからだが。 (……そうでも…ないのかも、な……) 殺気を通り越した拓也のあの気配。 だけど、それは自分が入るべきところでは、たぶんない。今は。 「あ、ごめんね、変なこと言って」 慌てて言うあかりに、昂河は微笑んだ。 「いや、いいよ。……僕は、逆によく分からないから。人に執着がないっていうか…… あまり親しい人もいなかったしね」 「…………」 今度はあかりが黙る。 牛乳をテーブルの上に置いて、あかりはティーポットを持ち上げた。 そしてカップに紅茶を注ぐ。 「……でも、昂河君」 「ん?」 「今もそう?」 「…………」 「前に浩之ちゃんが言ってたけど、私達、もう友達だし……だから、親しい人がいな いって言われるのは、ちょっと悲しいかな」 「……そういう意味ではなかったんだけど……」 とまどいながら、昂河は言った。 「うん……でも、ちょっと気になったから。前に昂河君、友達少ないって言ってたよ ね。それって、自分で思ってただけで、もしかしたら他の人には友達だって思っても らってたのかもしれないよ?」 「……そう…なのかな…」 「ただ知ってる人っていうのと、友達っていうのと、どう違うかってうまく言えない けど……でも、浩之ちゃんに友達じゃないなんて言ったら、絶対怒られるよ? 私も 雅史ちゃんも、昂河君は友達だと思ってるし。きっと、長瀬君や月島さんだって、八 塚君だってそうだろうし。月島先輩とだって、これからでもお友達になれるかもしれ ないよ、私達。せっかく知り合ったんだもん」 真面目な顔で言うあかりを、昂河は複雑な思いで見ていた。 「……昂河君は…私達のこと、友達だって思ってない……?」 「そんなことないよ。……ただ、今まで改めてそんなこと考えた事なくて……」 言いながら、昂河は気が付いた。 もしかしたら、自分が思っているよりも気にされていたのだろうか、自分は。 そして、自分も彼らを気にかけているのではないのだろうか。 それが、そういう関係が──友達、なのだろうか。 「でも、僕はみんなと一緒にいて、楽しくて……いつも一緒にいたくて……」 そうだ。 ここは──自分にとってLeaf学園で出会った者達は── 「そうだね。……大事な人達だよ、みんな。僕にとっては……」 それは弱点を作ることだと、心の何処かで自分の声がした。 (……分かってる。でも) 認識してしまった。もう。 「そう、なんだよな……」 「晶」 不意に呼ばれて振り向くと、崇乃が後ろに立っていた。 「八塚……」 「何か手伝おうか?」 「あ、じゃあ八塚君、これ持っていってくれる? 今準備終わったから、昂河君と2 人で」 あかりがそう言って、片方のお盆を指差す。 「ん、いいよ」 言って昂河の横を通りざま、崇乃はポン、と昂河の肩を叩いていった。 ただそれだけだったけれど。でも。 「崇乃しゃーん」 「ご苦労様、鈴花。一緒に向こう行こうな」 「はいでし」 崇乃はガステーブルの横にいた鈴花を肩に乗せると、カップの乗ったお盆を持った。 「じゃ、そっちは晶よろしく」 「あ、うん」 うなずいた晶と、崇乃の肩の上の鈴花の目が合った。 鈴花はそれに気付くと、昂河に向かってビシッと親指を立ててみせた。 一瞬ぽかんとして、それから昂河はくすっと笑った。 「ふふっ」 あかりも小さく笑った。見ていたらしい。 崇乃と鈴花はそのままリビングに行ってしまった。 「じゃあ、こっちも持っていくよ」 「うん、よろしくね」 昂河は残ったお盆を持ってリビングに向かった。 「お、昂河もごくろうさん」 行った途端、浩之から声がかかった。 崇乃はすでにお盆を机に乗せていた。 「さ、瑠璃子の分だぞ」 「ありがとう、お兄ちゃん」 「はい、長瀬君」 「あ、ごめん、佐藤」 拓也が瑠璃子と自分に、雅史が自分と祐介にカップを取った。 「なんだ、結局オレと崇乃だけか」 言いながら、浩之が2つだけの紅茶のカップを、昂河の持つお盆から取った。 「あ、ちょっと待ってろ。全部置いちまうから」 「ありがとう」 「あ? んなことでいちいち礼言うなって」 あっけらかんと言う浩之に、昂河は微笑を浮かべた。 「お砂糖いる人、持ってきたよー」 あかりがキッチンからやってきた。 いつもの感じ。にぎやかで、居心地がよくて。 (……いて…いいのかな。この中に) 思いながらみんなを見ていると、不意に瑠璃子がこっちを向いた。 「昂河ちゃん」 「ん?」 「座らないの?」 「あ、うん、座る」 「そこ、昂河ちゃんの席だからね」 そう言って、瑠璃子は微笑んだ。 「……うん」 昂河も微笑んだ。 自分の場所。 (……そうだな) 思いながら、昂河は自分の席に腰を下ろしたのだった。