「西山さん、一つ……いいですか?」 「何だ?」 西山は美加香の急な訪問に面食らいながらも聞き返した。 そして、その次に出された質問は更に西山を戸惑わせるものであった。 「もしも……娘が突然お嫁さんになる、と言ったらどうしますか?」 「その婿をぶちのめす」 即答。 美加香は唾を飲み下しながら、もう一度訊いた。 「それじゃあ……その婿が言葉が通じない相手だったら?」 「……?どういう意味だ?」 「例えば、その……外国人だとか、異星人だとか」 西山は、しばし迷ってから、ふっと笑って言った。 「娘の部屋に厳重に鍵掛けて絶対に連れてけないようにするさ」 「……娘が、どうしてもその人と一緒にいたいとか……主張するなら?」 「それでも……渡したくないな。特に、そんな変な奴には」 言葉を選んだ西山の答えに美加香は頷くと、ぺこりと頭を下げた。 「参考になりました、有り難うございます」 「なんだ、上がって茶でも飲んでいったらどうだ?」 だが、美加香はゆっくりと首を振って辞退すると、西山家を離れた。 後には首を傾げた西山が怪訝な顔をして立っていた。 それは、事件の起こった日の夕刻のことであった。 翌日、美加香達が学校に着いた頃には学内では既にかなりの騒ぎになっていた。 号外新聞が多数配布され、ざわざわと生徒達は噂話を交わし合っている。 工作部には第二購買部スタッフ一同が詰めかけて誠治が彼等に向かって困惑したような 表情を向けていた。 「だから、何度も言っているだろう!ウチはそんなものは知らない!」 「嘘を付け、風紀委員がちゃんと目撃して居るんだ!今なら盗ったもの全部返せば何もな かったことにしといてやる!」 「俺達を泥棒扱いする気か!?」 「しらばっくれるな!」 先頭に立ったbeakerは誠治と口論を交わしている。 かなり険悪なムードになっているようだ。 美加香は急いで二人の間に割って入ると、誠治を背にしてbeakerに向かい合った。 「どうしたんですか、beakerさん!?」 「……美加香ちゃんか。君も一枚噛んでるのか?」 「え?」 何の話か一向に要領を得ず、きょとんとする美加香に誠治が後ろから声を掛けた。 「みかちょん、第二購買部から銃器系統がごっそり盗まれたらしいんだ。それで、ウチの せいにして詰め寄ってきてる」 「え?え?それが、何でウチのせいになるんですか?」 不思議そうに美加香が聞き返すと、渋面をしたbeakerが眉間を叩きながら言った。 「銃器系統の倉庫にはコンピュータのロックがかけられていた。とびっきり金を掛けて作 った<ハッカー返し>って奴だ……それに、どうやらそれを盗んだのはロボットだったら しいんだ」 「ロボットが?」 それなら、工作部よりも疑わしいところがあるではないか。 銃器に、ロボット。普通に結びつくのはここではなく科学部だ。 そう切り返そうとした美加香だが、それはすでに考えられた後だったらしい。 誠治は困惑しきった顔で美加香に囁いた。 「そのロボットが人型ならよかったんだが……」 「人型じゃなかったんですか?」 「ああ。……自動販売機型だったらしい」 その言葉に、美加香は思わず持っていた学生鞄を取り落とした。 「自動販売機……型?」 「何でも昨夜初等科を見回っていた風紀委員がその自動販売機型ロボットに長距離スタン ガン喰らって失神したらしい……みかちょん?」 初等科。 シリアルナンバーN2251。 来栖川エンブレムの後ろの文字。 ごくっと唾を飲み込む美加香に、beakerは詰め寄った。 「やっぱり何か心当たりがあるんだな!?」 「ええ、あります……ありますけど……すみません、私これから行かなくちゃ行けないと ころが!」 そう言い捨て、美加香はbeakerの腕をすり抜けると全力でその場を走り去った。 「みかちょん!?」 「あっ、待てっ!」 その後を追って、beakerや購買部スタッフが駆けだしていく。 一人残された誠治は頭を抱えて呟いた。 「……どうなってんだ」 「そうか……やっぱり、多かったのか」 「はい。校内備品録に記録されている自動販売機の数は今回の自動販売機も含めた数なの ですが、業者納入時の数はそれよりも一少ないです。とゆうことは……」 「いつの間にか増えていた、と言うことになるな」 生徒会室では岩下と瑞穂が書類を必死にめくっていた。 主にめくっているのは瑞穂で、岩下はその報告を受けているのだが。 「しかも備品録の数字は合っていても、誰もその自販機を置いたりしていないんだろ?」 「はい、配置表によると初等科校舎裏には配置されていないことになってます」 「しかし、その自販機はずっと以前からそこで稼働していたんだろう?事実初等科の生徒 達は時々その自販機を利用していたようだし……」 岩下の質問に、瑞穂はこくりと頷いた。 「そうです。しかも、外見は他の来栖川コーポレーション製の自動販売機と寸分変わらな かったようです」 「うーん……だけど、おかしいな……正しい配置場所にない自販機がどうやって品物を補 充していたんだ?補充員が来るはずないんだが……」 今回の型の自動販売機が納入されたのは一昨年、71年度春である。 今年の春の備品チェックに引っかからなかったということは、少なくとも去年かそれ以 前からロボットは紛れ込んでいたことになる。 「わからないな……どの書類を見ても71年度春以降にそれらしい業者が侵入した形跡は ない……かといって科学部や工作部が作ったものではないことは分かっている」 一体いつの間に、どこからどんな手口でロボットは侵入したのか。 そして、何故突然昨日になって行動を開始し、その目的は何なのか。 無論、外部からの諜報機が作動するタイマー時刻がきただけ、ということもあるが。 しかしそれではいつでも品物補充が為されていたことに対する説明は付かない。 いつ誰が自販機に品物を補充していたというのか。 「手がかりが掴めないな……」 学内のあちこちで初等科での自動販売機ロボットの事件が囁かれている。 高等部、中等部では工作部や科学部との関係が噂になり、初等科では幽霊話として話題 になっていた。 廊下でも、教室でも。 ティーナとルーティは自分たちのクラスの中で緊迫した顔で向き合っていた。 「やっぱり……アレだよね」 「間違いない。さっき、どさくさに紛れて見てきたそれより姉さんはちゃんと休んでる?」 「それも大丈夫みたいだよ。美加香お姉ちゃんが急いで嘘理由並べて、マールお姉ちゃん と西山お兄ちゃんを研究所に連れていったって」 そこまで情報を交換して、二人ははあっと息を吐いた。 「一体、何がどうなってんだろ?」 「それをあたしに訊く?教えて欲しいのはこっちだよ……」 そうぼやいてから、ルーティは遠くに目をやって呟いた。 「姉さん……」 Lメモ外伝『リ・メ・イ・ク』 美加香は長瀬ラボの扉を乱暴に開け放つと、研究員達を押しのけて奥へ向かって突き進 んでいった。 そして大きく息を吸い、ぎょっとしている長瀬主任に向かって詰め寄る。 「主任っ!あなたは一体何を作ったんですか!?」 「と、突然現れて何を言うかと思えば……赤十字君、学校はどうしたんだい?」 「それどころじゃないんです!主任、『N2251』は何ですか!?」 「は?」 長瀬は目を丸くして美加香を見返した。 美加香はジト目で長瀬を睨み付けている。 「『N2』は長瀬源五郎を示す製作者ナンバー、『251』はあなたの251作目!一刻 を争うんですから早いとこ白状して下さい!」 来栖川では技術者の能力を特に評価し、優れた作品にはエンブレムの後ろにその製作者 の頭文字を入れている。 美加香も来栖川サイドの人間だから当然知っているべきだが、まだ一つも来栖川で作品 を作ったことはないのですっかり失念していた。 マルティーナなどのHMにはエンブレムを入れないのだ。 「私の251番目……?ずいぶんを昔のナンバーだな……えーっと、何だったっけ?」 そこで後半を隣にいた助手に向けて言ったりするから、余計に美加香は苛立った。 助手は黙って分厚い書類を音を立てて机に叩きつけた。正しい判断である。 「えーーっと、251、251……ああ。これだ」 ぬぼーっとした風体からは似合わない手先の動きで書類をめくり、すっと目的のものを 探し出す。この手際の良さには、いつも美加香は舌を巻いてしまう。 もっとも今はそうやってのんびりしていられる場合ではなかったので、美加香は書類を ひったくるようにして読み始めた。 「『N2251』極秘ユニット……偵察機?」 美加香は思わず困惑した声を漏らした。 そこに描かれていたメカは、自販機どころか単なる平べったい箱にしか見なかった。 こんなものが偵察できるはずがない。妙な意味で目立ちまくっている。 「……そいつは形態の一つだ。事実上、こいつはありとあらゆる無生物の姿に擬態し、自 動的に稼働を続ける……」 「自動的に稼働?……まさか、核融合炉……」 ひきつった顔の美加香に、長瀬は首を振って煙草に火を付けた。 「まさか。こいつには自己保存機能が付いていてな、任務の必要に応じて様々な姿にメタ モルフォーゼする……その形態はその場所に最も適した形で、燃料が足りなくなったり任 務を見失ったりすると勝手に補給を行うんだ」 「例えば……自動販売機とか?」 美加香の言葉に、長瀬はぱちんと指を鳴らした。 「そう!さすが私の愛弟子だ、的確に答えたな」 だが、その言葉には乗らず美加香はますますひくついてゆく。 「しかも、これって……もしかして任務に応じて外部からパーツを奪って装備を強化する、 とかの能力もあったりするんじゃないでしょうね……?」 「おおっ、すごいぞ!今日の君は特に冴えている!」 美加香の後頭部に無数の血管マークが浮かんだ。 そして、震える声でもう一つだけ訊いた。 「おまけに他のコンピュータの制御回路にジャックして命令や会話をする能力まであった りして!?」 「そうだ!これによってこいつは無敵となったのだ……あらゆるコンピュータ制御の防衛 システムを操作する最高の偵察機!何を隠そうそこのところが私が最も…」 思わず得意げに自慢を始めようとした長瀬だったが、美加香の恐ろしげな視線に怯んで 言葉を飲んだ。 「あー……それで、何で今更そんな古い機体を?確か失敗作だったんで廃棄処分になった はずだが」 「…念のため更にもう一つ訊きますが、何で失敗作だったんですか?」 美加香の毒の入りまくった視線を受けながら、長瀬は頭をかきかき答えた。 「ああ、それか。……いやあ、実はな。そいつ人間の命令を全くきかんのだ。今ならHM みたいな心を持つ機体もいるが、そいつを作った頃はそんな高等なロボがいなくてな…」 そしてそこまで言って、ようやく長瀬は美加香が何故自分に詰め寄ってきているのかを 悟った。 「……まさか……そいつが何か迷惑かけてるのか?」 美加香はにっこりと笑うと、大きく息を吸って師に叩きつけた。 「廃棄処分になったはずのその機体がうちの学園で自動販売機に化けてて、しかもなんか マールを気に入って大騒ぎを起こしそうなんですけどっ!?」 「な、何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」 「師匠!」 風見は扉を大きく開け放つと、中でマールと茶を啜っている西山に叫んだ。 西山は至って平和そうにぼーっとした視線を弟子に向けている。 「ん?何だ風見、そんなに泡喰って……」 「師匠、お願いです!何も訊かずにこの切符を使って今すぐこの町から出来るだけ遠くに 離れて下さい!」 「はぁ?」 あまりにも急な話に、西山とマールは目をぱちぱちさせるだけだった。 列車の発車時刻が近付いてくる。 西山とマールは既に先頭の車両に乗り込んだはずだ。 敵が全てのコンピューター制御回路を操作できるのなら、来栖川研究所は防壁がないの と同じだった。 中央の車両の扉口で誠治は悠に話しかけていた。 「すまん、悠さん……迷惑を掛ける」 「気にしないことです。西山さんの生活を守るためなら、これくらいの事はやって見せま しょう」 西山とマールは何も知らない。 ただ、春の日のピクニック気分で列車に乗っているだけだ。 誠治は悠に小さく頭を下げると、小さな金属筒を手渡した。 「……これは?」 「工作部特製対機械スタンシェル……命中した途端に高圧電流が流れて機械の敵をショー トさせる」 悠はそれを手の中で転がしてみた。 「……三発ですか」 「急だったんで、それだけしか用意できなかった」 すまなそうにうなだれる誠治に、悠はふんと鼻を鳴らした。 「何を勘違いしているのですか?多すぎるんですよ」 「え?」 悠はにやりと笑ってライフル弾を一本だけつまみ上げて見せた。 「一本で充分です」 ベルが鳴り、悠は扉の奥に躍り込む。 そんな悠に向かって、誠治は深く頭を下げていた。 駅を眺めることが出来る丘で、ルーティと美加香は立ちつくしていた。 その視線は列車に固定されている。 ルーティは物憂げにため息をついた。 「姉さん……」 ルーティはマールを知っている。この世で一番よく、知っている。 だから、もしもマールがN2215の事を知ったなら、どうしようとするかは想像が付 いた。 恐らくN2215はマールを追う……あの『命令』、『あなたが私達みたいに動けたら』 を実行するために、あいつは十年ぶりに動く練習をした。 そして、次はその後半の『命令』を実行するだろう。『もっと一緒にいられるのにね』。 あいつはマールを取り込むつもりなのだ。そして、永久に『一緒にいる』ことを実行す る。それはマールの消滅を意味していた。 美加香は哀しい目で列車を眺め、風にかき消すように呟いた。 「ごめんね、N2215……あなたをHMにする事が出来れば破壊せずとも済んだのに…」 N2215にHMのボディを与えることは出来ない。何故なら、彼には自己保存機能と 命令遂行機能はあっても『心』がないからだ。 そして、頭脳回路にHMにしてやるだけの余地がない。 犬に人間の身体を与えたところで、使いこなすことは出来ず結局不適合を起こして死ん でしまう。 ルーティはきっと美加香の方を向くと、強い調子で反論した。 「あんなヤツっ!あいつは所詮モノじゃないか!そのくせに姉さんを吸収するなんて…… そんなの、絶対間違ってるよ!あいつはあたし達みたいなモノじゃないっ!」 「……ルーティ……」 分かっている。 美加香の哀しそうな呟きを聞くまでもなく、ルーティにも自分の言動が度を超えている ことは分かっていた。しかし、止められない。 もしもマールがN2215の事を知ったら、きっとマールは進んでN2215に喰われ ようとするだろう。ルーティが愛する姉は、優しすぎるのだ。悲しいくらいに。 (姉さん、そいつはあたし達とは違うんだ!命令を実行するだけの、心のないモノなんだ!) この言葉はきっと届かない。 それくらい……マールは優しい。 だから、ルーティは悠達がN2215を破壊してくれることを祈らずにはいられなかっ た。せめて、姉さんが居ないところで葬ってやって欲しい。 列車が動き出した。 制御に機械を使わず、人の手で動かしている。 まさかあの歩みに追いつかれることはないと思うが……。 「ルーティ、出たわ!N2215よ!」 「えっ……ええっ!?」 ルーティはぎょっとして町の上空を真っ直ぐに列車に向け突き進んでくる自動販売機を 見た。 「と、飛んでるっ!?」 N2215は側面から翼を生やし、ジェット噴射ですっ飛んできていた。 「ちいっ、空からお出ましかっ!」 悠は列車の屋根に座り込み、ライフルに誠治特製の弾を込めた。 「大丈夫ですか、一人で!?」 突風を受け、風見は悠の後ろで声を挙げる。 悠は鼻で笑うと伏せの体勢を取って、ライフルを構える。 「任せておくんですね、伊達に銃持ってるわけじゃありませんよ!」 悠は後方から迫り来る敵に向かい、狙いを定めた。 「三…二…一…!いけっ!」 火薬の炸裂音とともに、金色の弾丸が放たれた。 それは狙い違わずN2215のどてっ腹に着弾した。 「やった!」 ばちっ、と音がして球体が青白いスパークを起こす。 球体が消えると、本体はスピードを更に速めて接近してきた。 「何っ!?バリアだって!?」 「くっ、心もないくせにアジな真似をっ!」 風見は懐に装備したナイフを三本連続して投げつけた。 しかし、それもあっさりと弾かれる。 「対衝撃・対高電圧!?」 「ああっ、ダメだっ!追いつかれちゃう!?」 ルーティははらはらと胸を押さえてその様子を見守っていた。 「誰か……お願い、あいつを姉さんに会わせないでえっ!」 「……君らしくもないな、人頼みとは……」 不意に背後で声がした。 振り返ると、ハーレーに跨ったとーるが排気筒を蒸かせながらルーティを眺めている。 「とーる……!」 「僕たちはやりたいことは自分の実力でやるのだと思っていたが……君は違うのか?」 絶句するルーティに、とーるは薄い笑いを浮かべて見せた。 美加香は突然異常な風体で現れたとーるに驚きを隠すことが出来なかった。 「とーるくん……それ、何?」 「母さん、これはちょっとしたことで手に入れたオプションです。もはやN2215の問 題は母さん達のことだけじゃない……あいつが長瀬主任に、父さんに作られたものだとい うのなら僕は弟として責任を持って……!」 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、風を切る鋭い斬撃が空を裂いた。 「ヤツを、断つ!」 「あたしも行くっ!」 一瞬、美加香は誰が何を言ったのか分からず目を丸くした。 そして、その状況を理解して更に目を拡げる。 「ル、ルーティ!?」 「あたしが助けずに……一体誰が姉さんを助けるのよ!」 「ルーティ!あなたはまだ子供で……」 美加香は慌ててルーティを止めようとする。 とーるはふうっとため息をつくと、ルーティを眺めた。 「正気か?僕としては君みたいなおてんばとはいえ妹を危険に晒すのは御免被るが」 「妹じゃないよ」 ルーティは強い意志を湛えた目をとーるに向けて、繰り返した。 「あたしはあなたの妹じゃない。あたしはあたし自身の意志で姉さんを助けてみせる!あ たしが死のうが生きようがあなたには関係ない!」 「なら、僕が君を乗せる理由もないぞ?」 とーるはからかい口調でルーティに言った。 しかし、ルーティは頭を振ってとーるを睨み付けた。 「あるわ。あたしはあなたの影、そして死神!あなたを超えて、あたしはあなた以上にな る!」 「ふん……影、そして死神か。ならしょうがない、付いてこい!振り落とされるなよっ!」 「甘く見ないでっ!」 ルーティは素早くハーレーの後ろに飛び乗ると、とーるにぎゅっとしがみついた。 「ルーティ!待ちなさい!」 「ゴメン、美加香さん!だけど、今行かないとあたし絶対に後悔する!」 「喋るな、舌を噛むぞ!」 真っ黒なガスを吹き上げ、ハーレーはとんでもない勢いで走り出して行く。 大量のガスに囲まれ、美加香は咳き込んでから拗ねたように呟いた。 「……バカ」 「くっ……しつこいヤツだな!女の子に嫌われますよっ!」 そう言って悠はN2215に向け再びライフルを撃った。 そして、先ほどからずっと繰り返されていた攻防と同様に再びN2215の周囲にバリ アが現れる。 だが、今度撃たれた弾はバリアの表面で凄まじい爆発を起こした。 さすがにバリアを破ることは出来なかったが、それでもN2215を後方に吹き飛ばす。 「悠さん、何ですかアレは!?」 「衝撃弾!こいつを繰り返し打ち込んでバリアを破壊させてやる!そこまで行かなくても、 列車の最後尾まで追いつめてやるっ!」 「成る程ねっ!」 風見は得心した表情を浮かべると、上着の裾から小さな球体を取り出した。 ねばねばとした粘着性の液体がたっぷりと塗られている。 それを敵に向けて、思いっきり投げつけた。 「冷血っ!グレネードォッ!!」 小型爆弾は着弾と同時に小規模の爆風を巻き起こし、バリアを後方に吹っ飛ばす。 そこに向けて、再び悠はライフルを発射した。 この攻撃には参ったらしく、N2215はしばらく沈黙して後退を続けた。 どうやらこちらの弾切れを待つつもりらしい。 だが、それはN2215の誤算であった。 悠の最後の一発が列車の最後尾からN2215をはじき落としたと同時に運転室のドア が叩き割られ、OLHが姿を現した。 「くたばりな、バケモノっ!ダーク・ウィンドォォォ!!!」 闇色の風がN2215を包み込む。 そして、甲高い軋み音とともに背後の線路までが大きく盛り上がる破壊が起こる。 視界が晴れたとき、N2215の姿は見えなくなっていた。 「やったね、お兄ちゃん!」 ティーナはモップを構えたままガッツポーズを取った。 モップで窓ガラスを叩き割ったらしい。 「ああ……いくら物理攻撃に強かろうと、魔法には弱いだろうな」 そう言った瞬間、列車の前の方で何か重いものが落ちる音がした。 顔を見合わせ、二人が駆けつけるとそこには屋根の穴から落とされたらしい風見と悠が 転がっていた。 悠は苦しそうにげほげほと咳をしている。 「油断したっ……!ヤツめ、スタンガンで攻撃かけてきた……!」 風見はそれに巻き込まれて落ちただけらしく、悔しそうな表情で上を見上げている。 「くっ……このままではマールに発見されてしまう!」 線路の上を常識を越えたスピードで走り、とーるのハーレーは列車に追いついていた。 そして、二者の間には先ほどOLHがねじ切った線路が大きな坂を作っている。 「好都合だっ!ルーティ、あの坂をジャンプ台にさせて貰うぞっ!」 ルーティの方は返事どころではない。 線路の板の上を走っているのでがくがく車体が揺れ、しかも未だかつてない体感速度に 晒されてすでに目が回っている。 それでも気力を奮い起こし、こくっと頷いた。 背中に額が当たったのを受けて、ハーレーは大きく空を飛んだ。 がくんという衝撃と共に、見事に列車の屋根の上に着地する。 「よぉぉしっ、ゆっけぇぇぇぇ!!!」 そう叫び、とーるはブレードを抜いてハーレーを突撃させた。 一段と強くなった向かい風の中、今にも先頭車両に到達しそうなN2215に走って行 く。 既にN2215はボロボロに傷つき、バリアを張れる状態ではなかった。 「もらったぁぁ!!!」 とーるは雄叫びを上げてハーレーのスピードを上乗せしたブレードの一撃を叩き込もう とした。 その瞬間、横から聞き覚えのある絶叫が響いた。 「冷血!グレネードーーーッ!!!!」 「なっ!?」 N2215に向けられた爆風に巻き込まれハーレーは宙を泳いだ。 「……なんか、騒がしいな?」 西山は怪訝そうに車窓から外の景色を眺めた。 その隣に座っていたマールも父親に倣う。 マールは見た。 よく知っている友達に飛びついて、妹が落下して行く。 線路の下は湖だった。 実のところを言うと、ルーティは明確な考えがあって飛びついたのではなかった。 気が付けば、吹き飛んで行こうとする自動販売機にしがみついていたのだ。 「馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!あんたのせいでっ……あんたのせいで姉さんが苦しんでるじゃな いっ!心もないくせに!何が良くて何が悪いかも分からないくせに!どーして、どーして 姉さんを苦しめるのよ!もうやめて、これ以上は姉さんを苦しめないでっっ!!!」 言いたいことを言った。 落ちて行く。 奈落へ。 当然の報いか。愚かなのは自分だったのか。 分からない。 そのまま、落ちて行く。 寸前に落ちるのは奈落でなく湖だと気付いた。 同じ事だ。 もう、助からない。 姉さん。悪い妹でゴメンね。 「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ、おねえちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」 ティーナが絶叫した。 「ルーティ!ルーティっっ!」 遥か後方に向かって叫ぶとーるの横で、風見は頭を抱えて崩れ落ちた。 「あ……あああああああっ!!」 「やめとけって言ったじゃないっ!お母さんの言うこともたまには聞きなさいよっ!!」 飛行カメラが映すモニターを両手で叩きつつ、美加香は肩を振るわせた。 誠治は掛ける言葉もなくそんな美加香の後ろ姿を見つめていた。 「馬鹿……な」 遠ざかる光景を絶句して見つめる西山。 その後ろで、マールは虚ろな目でぽつりと呟いた。 「……何故?」 あなたが何故姉さんを追い求めたのか、あたしは結局わからずじまいだ。 やっぱり優しさに惹かれたの?それとも純真さ? 暗い、暗い湖の底に落ちていきながらあたしは考える。 そして、答えを見つけたような気がした。 そうだよ。寒かったんでしょ? 暖めあう人を見つけられずに、心が凍えそうだったんでしょ? じゃあ、もういいじゃない。 姉さんにはかなわないかも知れないけど、あたしがいるから。 …………………。 ああ。やっと聞こえたよ、あなたの声…………。 「駄目、か………」 既に4時間が経過していた。 夕闇が迫り、サルベージはますます難航する。 美加香は俯いて、言った。 「もう駄目ですね。サルベージは終了しましょう」 「でも、まだルーティが!」 風見の声に、美加香はゆっくりと頭を振った。 「ルーティにはまだ防水機能が付いてません。4時間が経ってしまえば、もう発見したと ころで頭脳回路は完全にショートして復旧は不可能です……」 「美加香!」 ぱんっと風見の頬が鳴った。 顔を上げた美加香の目からは、大粒の涙がこぼれ落ちている。 「私が悲しくないとでも思ってるんですか!?返して貰えるものなら、返して欲しいです よ!何をしてでも!」 風見は、何も言わず殴られた頬を押さえて俯いた。 結局、ルーティは発見されなかった。 壊れて動かなくなったN2215だけが湖底から引き上げられた。 N2215も剥き出しになった部分から水に触れてしまい、壊れてしまったらしい。 誰もN2215を罵るものは居なかった。 マールは西山に連れられて、一足先に家に帰った。 結局マールは何も知ることはなく、当初の目的だけは達成された。みんなそう信じた。 しかし、明日妹の訃報を聞き彼女はどんな顔をするのだろう。 それを考えると、一同の心は痛んだ。 息苦しいような沈黙の中で、ティーナがぽつりと言った。 「ルーティお姉ちゃんが死ぬもんか……あのお姉ちゃんが死ぬもんかっ!きっと明日にな ったら元気な顔で学校に来るんだ!ボクに意地悪言って、それで二人でケンカするんだ! それからマールお姉ちゃんに叱られて、ボクはルーティお姉ちゃんのせいにするんだ!そ うだよね?明日になったら、きっとみんな良くなってるよね?」 ティーナの声は後半に向かうに連れ涙声になり、最後はもう泣き声にしか聞こえなかっ た。そして、そうだったらどんなに良いだろうか、と一同は思った。 「お姉ちゃんの……ルーティお姉ちゃんの……ばかーーっ!」 「誰が馬鹿よ」 『…!?』 沈黙していた自動販売機の蓋が開き、ルーティが内側から現れた。 ふるふる、と頭を振ってルーティは乱れた髪を元に戻す。 ピーーーッと電子音が響き、自動販売機のランプが点滅した。 マイクからたどたどしい人工音声が流れる。 『メイレイ……まーる、ヲ、コレ、以上、悲シマセ、ナイ……完遂、シマシタ』 ぶしゅっ、と蒸気を上げてN2215のランプが消え、今度こそN2215は沈黙した。 そんなN2215をルーティは愛おしそうに眺めて、囁いた。 「あなた、本当に馬鹿だわ……こんなありきたりのオチの為に命捨ててどーすんのよ」 N2215の中にはジュースを入れる部分の代わりにドライヤーと冷却装置が入ってい た。おそるおそる近付いた誠治は、その中を調べて呆れたように呟いた。 「……内部は完全防水だ」 「……私、今日ほど長瀬主任が偉大だと思った日ないです」 美加香もさすがに呆れかえって呟く。 つくづく必要のない機能が好きな人である。 この分だとマルチにも妙な機能が付いていそうだ。 実は本当に付いているのだが、残念ながらここにいるメンバーはそんな事は知らない。 ティーナはゆっくりとN2215に近付いて、そして深々と頭を下げた。 「ありがとう、N2215さん」 それから先は、書く必要はない。 これ以上は、きっと無粋になる。 二日後、三人はまた校舎裏の広場にいた。 マールは三日前まで自動販売機があった空間を見つめて、呟いた。 「いなくなっちゃったのね、あの自動販売機さん」 マールの言葉に、ルーティは頷いた。 「うん……どこへ行っちゃったんだろうね」 その横ではティーナがベンチに座って持参した水筒のジュースを飲んでいる。 マールは応えず遠くを見つめて、風に身を任せている。 ルーティはそんな姉を眺めながら、訊いた。 「ねえ、姉さん?」 「なあに、ルーティ?」 ルーティはちょっと口ごもってから、訊いた。 「どうしてN……あの自動販売機と仲良くしてたの?」 「……」 マールはちょっと眉を吊り上げて、答えた。 「そうね……寂しそうだったから、かな?」 「そうなの?」 「ええ。……私と同じ、と思ったから」 そしてマールは悪戯っぽく笑った。 「……やっぱあたしと同じだ」 「えっ?」 「………な・い・しょ!」 ルーティもやっぱり悪戯っぽく笑った。 マールは一瞬きょとんとしてから、もう一度笑った。 きぃーんこぉーんかぁーんこぉーん 「良い音色。あのチャイム、治ったのね」 「……うん」 マールの言葉に頷いて、ルーティは目を細めた。 とんとん、とティーナがマールの背中をつついた。 振り返ると、もじもじと数人のクラスメートの女の子がこちらを見ている。 「あ、あのマールちゃんって頭いいんだよね?」 そんな、と言いかけたマールを遮るようにしてティーナは元気良く言った。 「そうだよ!マールお姉ちゃん、すっごく頭いいんだからっ!」 「じゃ、頼もう!」 女の子達がきゃいきゃい言うと、女の子のうちのリーダー格らしい娘が進み出て、恥ず かしそうにマールに言った。 「あの……今日の算数の宿題、分からなかったから……教えてくれない?」 びっくりするマールの背中を、ルーティとティーナは同時にどんっと押した。 マールはちょっとよろけてから、にこりと笑って頷いた。 「いいですよ。私のおうちでいっしょにやりましょう」 「やったぁー!」 女の子達はわいわいとマールを引っ張って連れて行こうとする。 こちらを向くマールにルーティはちょいちょいと手を振って促した。 マールが行ってしまってから、ティーナはくすくす笑いながらルーティの方を向いた。 「あれ?もう嫉妬しないの?」 「あたしも成長したのよ、ティーナと違って」 うそぶくルーティに、ティーナは小さく頷きながら切り返した。 「ああ、その分早くオバンになるって事だね」 拳を振り上げようとしたルーティの視界の端に、ちっさな女の子が映る。 紫色の髪をした少女はルーティを見てびくっと飛び上がった。 慌てて拳を引っ込める姉をよそに、ティーナは女の子に話しかけた。 「あっ、笛音ちゃん!迎えに来てくれたの?」 「…お兄ちゃんがティーナちゃんあんまり帰るの遅いから今日から一緒に帰りなさいって」 「えー、そうなの?ごめんね!」 そんな会話の後、ティーナは姉の方を振り返った。 「どうする?一緒に帰ろっか?」 「いいよ、あたしはサッカーして帰るから」 ルーティが言うと、ティーナはしゅたっと右手を挙げて見せた。 「そぉ?じゃあね!」 「……さようなら」 「ばいばい!」 ルーティは手を上げて妹たちに答えると、グラウンドの方を振り向いた。 チャイムの音色は未だに心地よく響いている。 空は今日も泣きたくなるくらい青い。 グラウンドの向こうに時計台があるため、どちらに向かっているのか分からなくなった。 自分を律するように、ルーティは時計台に向かって呟いた。 「そこから見つめていればわかるでしょう、去るものあれば、来るものあり……。ねえ、 そうでしょう?N2215……」 彼女に応えるようにチャイムは響き続ける。 ルーティは吹っ切ったように伸びをすると、グラウンドに向かって走り出して行った。 完 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ひ:長いっ!?何故こんなに長いんだ!? み:初め10Pで終わらせるはずが……気付けば24Pですもんね……(汗) ひ:ううっ、しんどかったよぉ……しかも途中、書いてる本人が泣いちゃったし(苦笑) み:本当はスピードみたいな爽快アクションを書くはずがなんかもの悲しいファンタジー になっちゃいましたねぇ…… ひ:タイトルは二つの意味があります。 み:この話のオチと、あと智波さんのHPに書いた自動販売機ネタを根本的に焼き直した からです。 ひ:それにしてもなんか、シリアス書く度に誰か死にかけるな。病気か?(汗) み:単に修行が足りないだけであ…… げしっ!! み:ううっ、顔に足形が残るほど蹴り入れなくたって…… ひ:ふん、貴様の顔など足形付こうが付くまいが誰が気にするか!調子に乗るなよっ!! み:るーーーーーーーーーーー(涙) ひ:そんなわけで、シリアス宣言第一弾でしたー。次はもっとハイテンションなバトル書 きたいですね。 み:出演して下さった皆様、有り難うございました。特に悠さんととーるさんは口調がな んだか違う可能性がありますが……見逃して下さいね(汗) ひ:さあ!それではこのへんでっ! み:「さあ、早いとこ勉強して下さい!」赤十字美加香と! ひ:「言われなくとも(苦笑)」風見ひなたがお送りしました!