Lファンタジア第八話「魔道士達の聖域」 投稿者:風見 ひなた
 魔道士教会……。
 魔道士達により結成された世界最大の組織。
 世界の至る所にネットワークを拡げるまさに最強最大の力を持つ。
 女神の存在を否定し、数多くの勇者を歴史の闇に葬ってきた。
  古代王国の遺跡に関する全ての情報を一手に集握し、その戦闘能力はありとあらゆる国
家を凌ぐ。よってこれまで誰も開くことが出来ないでいた。
 大陸西部に広がる魔界への門を。
 俺達は、今……世界を越える。

「世界各地で魔道士達の反乱が起こっている……この戦闘、短期決戦が命だ!」
 ひなたんの台詞どおり、現在人界統一国家メイプルキングダムの各地で魔道士教会の 
構成員達が内乱を起こしまくっていた。
 おかげで軍は民衆鎮圧で大わらわ。このままでは内部崩壊も近いだろう。
 俺達は旧レザムヘイム王都の一角にそびえ立つもう一つの王宮……。
 魔道士教会本部前に集結した。
「………いくぞおっ!」
『おーーーーーーーーーーっ!』
 勝ち鬨の声を上げ、俺達は一斉に教会へと突撃する!
 ばじばじばじばじばじばじばじばじばじばじじぃぃっ!!!
「あじゃああああっ!?」
 突然巻き起こった電撃により、俺達は吹っ飛ばされた。
 な……なんだなんだ!?
「ふわはははははははははははははっ!」
 目を回してへたりこむ俺達に、頭上から得意げな笑い声が聞こえる。
 慌ててみてみると、そこには七歳くらいの女の子を肩に乗せた怪しい男が得意そうに高
笑いをあげていた。…なんだ、あいつは。
「どうだぁ!見たかエセ勇者っ!」
 こういうさも嬉しそうに喜んでいるヤツ見ると思わず後ろから蹴倒してどたま踏みつけ
たくなってくるな。
 俺はヤツを半眼で見ると、頭を押さえて呻いた。
「なんだ、お前……?」
 俺の呟きに、男はばっ!とマントを翻す。
 よく見れば典型的な魔道士衣装だった。
「ふっ……戯れ言を!この俺を忘れたとはいわさんぞ!」
 うーん、本気で何なんだよお前は。
 俺が首を傾げていると、後ろからつつっと貴姫がやってきて囁いた。
「智波さん、あの人ですよ。ほら、二週間前の」
「二週間前ぇ?」
 俺が不審そうに聞き返すと、男は反応して大きく笑った。
「ようやく思い出したかっ!そう、我が名は榊!貴様を倒すために地獄の底から這い出し
てきたぜっ!」
「そして私がその恋人の木風ちゃんでーーすっ」
 肩の上の女の子がしゅた、と手を挙げる。
 俺が貴姫に視線で解説を求めると、彼女はふうっとため息をつき、言った。
「ほら、二週間前にとある民家のタンスから300アクアを徴収したじゃありませんか」
「ああ」
 俺はぽんっ、と手を打つと頷いた。
 男はびしと俺を指さし、叫んでくる。
「ようやくその罪の重さに気付いたか!だがもう遅いのだ、この俺の……」
 ヤツはまだ何か言っていたようだが、俺は頭をかきかきその台詞を遮った。
「あー、悪い。そんなの日常茶飯事過ぎて覚えてねーわ」
 ぴくっ……と榊と木風の動きが止まる。
 信じられない、と言わんばかりに俺の方を見つめている……。
「お…覚えて……ない?」
「ああ。なんせ勇者の特権行使しまくったからなぁ。はっはっは」
 俺が笑うと、たっぷり30秒くらい二人は硬直していた。
 そして、突如眉を逆立てて怒りだす。
「き、貴様ぁぁぁ!!!俺達の結婚資金を黙って盗んで、しかも対応がそれかぁぁ!」
 俺だけじゃないと思う。
 同じ感想を抱いたのは俺だけじゃ絶対ないと思う。
 だが、それでも俺達は突っ込まずにいられなかった。
『七歳児と結婚すんなよ………』
「き……貴様らぁぁ!この上俺の木風まで愚弄するかぁぁぁーーーーっ!」
 いや、愚弄してるのはお前なんだけど。
 そんなツッコミが届くはずもなく、榊は手にした魔力球を掲げた。
「てめえら全員皆殺しだぁぁぁーーーーーっ!!!」
 その瞬間、強烈な雷撃が周囲を包み込んだ。
「てっ、撤退ーーーーーーーっ!」


 Lファンタジア第八話「魔道士達の聖域」


「そうですか……王軍を追い返しましたか……」
「はっ。このまま榊殿の結界魔法で守りを続けていれば、王軍は決して立ち入れません。
我が同志達によって王国は自壊への道をたどりますでしょう」
 教皇は彼女の報告を聴くと、遠く窓の外を見つめた。
 王国軍の兵が、必死に隙を探っているのが見て取れる。
「……用心に越したことはありません。聖騎士を召集します」
「はっ」
 わずかに返答を返すと、部下は立ち去ろうとする。
 そんな彼を教皇は手をかざして呼び止めた。
「魔力これ真理なり」
「魔力これ世界なり」
 教皇の言葉に従って、部下は言葉を紡いで行く。
「勇者はその存在を否定されたり」
「勇者の名を語る者は断罪すべきなり」
「女神はその力人に示さざるなり」
「女神は神聖にして冒すべからざるなり」
 二つ言葉を紡いでから、教皇はサインをだす。
 古代王国での弾圧期に信者の間で行われた秘密のサインである。
「女神の恩恵は我等に降り注ぎたり」
「女神の祝福は我等が力を満たしたり」
 そして、二人は声を同じくして呟いた。
「恩寵を我等が手に」
「恩寵を我等が手に」
 沈黙が二人の間を満たした。
 ごくり、と彼女が唾を飲み込む。
 それから、教皇は手をゆっくりと下ろした。
「行きなさい、我が同志」
「………心が痛みます」
 顔を伏せて呟かれたその言葉に、教皇はわずかに頷いたように……見えた。

 部下が立ち去ってから、教皇は一人呟いた。
「勇者として生きるも反逆者として生きるも……全ては彼次第である、か……」


 夜も更けた。
 俺達はレザムヘイム王城で対策を練っている。
 ……とはいえ、その雰囲気はお気楽そのものだ。
 会議詰めも良くない、というわけで各自対策を考えることになっているのだが……。
 はっきり言ってこれじゃ遠足の自由行動。
 みんな好き勝手に王城の中を散歩している。
 まあ、元々からこういう感じだったしな。
 ひなたん、岩下、セリスはまだ会議している。暇な連中だ。
 綾香は気分が悪いと言って自室で寝込んでしまっている。
 沙耶香はまたふらふらと城内を散歩しているに違いない。
 何故か付いてきたOLHは未だに笛音の後を追い回しているようだ。
 惚れ薬を飲ませると言ったままだが……もしかしてそれで寝返ったつもりなんだろうか。
 まぁ飲ませるのは事実だからいいか。
 貴姫は……なんで俺があいつのことを心配しなきゃならないんだ?
 琴音は…………やっぱりOLHから逃げてるのかなぁ。
 こんなところか。
 それにしても、ここまでくるのも結構長い道のりだったなぁ。
 セバスの野郎に召還されたのが2ヶ月前。
 当てもない放浪を3週間続け、次の2週間で諸国統一。
 最後の1週間でレザムヘイムを落とした。
 本当は魔界の扉を開くだけで良かったのに、それがまた難しいもんだから滅茶苦茶な回
り道を要求されてしまった。
 芹香様は、果たしてまだ無事なんだろうか……?
 俺はそんなことを考えつつ、テラスへと出た。
 今宵は満月、月の光が俺を照らす。
 そうだ……確か月光は俺の魔力を増幅してくれるんだった。
 何故かこの世界に来てから一向にその現象は起こらないが……。
 ん……?待てよ、なんで俺は満月を浴びても魔力が……。
(ずきっ)
 くっ!?
 俺はその瞬間じんじんと頭の内側から襲いかかる痛みを感じた。
 な、なんだ……頭が……痛い?何故……いきなり鍼を打ち込んだみたいに……?
  俺は身体を二つに折って、座り込んだ。
 頭を抱えてじっとしていると、次第に耳の感覚が鋭敏になってくる。
(人の…話し声)
 それに耳を傾ければ、痛みはずいぶん引いて行くようだった。
 俺は痛みをかき消そうと、必死に会話に集中した。
「あなたも眠れないようですね」
「ええ……」
 俺はひょいと頭を突き出した。
 会話しているのは……琴音と………あれは………美加香か?
 二人はベランダにもたれかかって、じっと空を見つめていた。
 視線を合わせることは決してない。
「美加香さん……あなたはこれから……どうなさるおつもりです?」
 琴音が静かに訊いた。
 美加香は降り注ぐ月灯りを全身に浴びながら、ただ夜空を眺めている。
 やがて、美加香が口を開く。
「聞いて……どうするんです?」
「私の身の振り方の参考にしようと思います」
 月から夜に滴る雫が、ぽちゃんと波紋を落としたように見えた。
 美加香は俯くと、ゆっくりと答える。
「私は……魔道士だから。死ぬまで……きっと魔道士だから」
 少しばかり、震える声。
 琴音は一つ頷くと、言った。
「では私は……智波さんに付いて行きます」
 はっとした様子で、美加香は琴音を見返す。
 視線はしっかりと結ばれている。
「どういう意味だか分かってるんですか!?」
「はい」
 美加香の声はここまではっきりと聞こえるほど大きなものだった。
 だが琴音の視線は揺るがない。
「はい」
 もう一度繰り返した。
 美加香はゆっくりと、視線を月に戻す。
 しばらくの静寂。
「……私も……そうすると思います。本当は」
「そうでしょうね」
 琴音が言った後で、美加香はその顔を少しだけ見た。
「怖くなかったんですか?私はあなたが密告するのが怖くて……」
「……私はもう……闇を恐れなません。女神よりも明るい光が、私の足下を照らしてます」
 あいつら、何の話をしてるんだろうか?
 なんだか俺のことを離しているようにも聞こえるけど……。
 しばらく見ていると、琴音は懐から瓶を取り出した。
 見覚えのある小瓶だ……いや、見覚えがあるもないもない。OLHが俺に渡した小瓶だ。
 そう……惚れ薬。
 美加香は琴音が手にしている瓶を見ると、目を丸くしたようだった。
「それって……OLHさんの?」
「はい。私は…これを飲みます」
 ぎくっとしたような美加香の視線。
「……正気ですか!?それを飲んだら最後、もうあなたは智波さんの事なんて……」
「試したいんです」
「試す……?何を!?」
 面食らった表情の美加香に、琴音は静かに告げる。
「これを飲んでなお……私が智波さんを好きでいられるのか」
 美加香の顔が驚愕に凍り付いているのが見える。
 俺も面食らった。
 これ……男冥利だけど……なんか、女の情念ひしひしと感じて怖いんですが。
 美加香はごくっと唾を飲み込むと、呆然としたように呟いた。
「馬鹿ですよ、あなたは」
「……自分でもそう思います」
 んじゃそういう危ない真似はやめろよ。
 いや、自分から飲んでくれるんなら好都合だけどな。
「……でも、どうしてそんなに智波さんが好きなんです?私には……」
「それは……」
 あっ……なんか、俺の品定めしてるみたいだ。
 美加香の評価なんていらないけど、聞いて損になることは……!
「盗み聞きはいけませんよ」
「ぎくっ!?」
 突然背後に生まれた気配に、俺は思わず大声をあげるところだった。
 慌てて振り返った俺が見たのは、貴姫。
 だがそれはいつもの笑みを湛えてはおらず……。
(あれ……?)
 俺の意識は腹部から生じる強烈な違和感の内に薄れていく。
「た、貴姫……?なんで……」
「……申し訳ありません、勇者様……」
 そんな彼女の謝罪と共に、俺は……。
 彼女に当て身を喰らいずるずると倒れ伏していった……。


 ぴちゃん……。
 うっ、く。
 俺は何処からか聞こえてくる水音に目を覚ました。
 といってもすぐに視界が戻ってくるわけではない。
 ゆっくりと目を開けても、何も見えない……。
 ここが閉鎖された空間だからだ。
「我は生む小さき……」
「おやめください」
 灯りの呪文を唱えようとしたとき、そんな声が俺を静止した。
 俺はこの声に……聞き覚えがある。
「琴音か?」
「はい」
 そう答えながら、琴音はカンテラをかざして見せた。
 本当に単なるカンテラのようだ。魔法の品物ではない。
「ここでは全てのマナの動きが感知されます。うかつに魔術を使用すると監視システムが
攻撃を加えますよ」
 その言葉に、俺はごくっと唾を飲み込んだ。
 なんなんだ、この物騒な場所は…。
 いや…待て。琴音は……鉄格子の向こうに?
「ここは……どこだ?」
 分かっていながらも、俺は訊いた。
 その答えは十分予想された物だった。
 琴音は能面のような顔で、無表情に答える。
「ここは……魔道士教会。反逆者を拘留するための地下牢です」
 く………くくくくくくくっ。
 俺は笑わずにはいられなかった。
 だって……そうじゃないか?
「なるほどな。そうか……グルだったんだな?初めから……お前も、貴姫も」
 俺の言葉に、琴音は顔を伏せた。
 やっぱり、そうだったんだ。
 あの町でOLHが俺に声をかけてきたのも、琴音が俺が売ってしまった名剣を回収し、
付いてくるようになったのも、貴姫が強引に俺を連れていったのも……。
 俺はこいつらに踊らされて、ここにおびき寄せられたんだ。
 そして……俺はそれを分かっていながらも騙された、大馬鹿野郎だ。
「智波さん…私を…怨んでいますか?」
「怨まれずに済むと思うのか?」
 俺は冷徹な口調で答えた。
 びくっ…と琴音の指が震えた。能面から一瞬だけ本音が見えたような気がした。
 そんな彼女の反応を見て、俺は苦笑した。
「……なんてな。怨まないさ……ただお前等を信じた自分に腹が立つだけだ」
 それは……ひどく手痛い台詞なのかも知れない。
 だが、俺は嫌みを言ったわけではない。
 この世界に来てからこっち……ずっと他人を騙してやってきた報いかも知れない。
 漠然とそんなことを思っていた。
 俺は何もかも馬鹿らしくなり、ごろんと冷たい床に倒れ込んだ。
(結局……俺が甘かったってことか……)
 がちゃん。
 俺は金属質の音に驚いて顔を上げる。
 琴音が……開いた鉄格子の向こうで、鍵を煌めかせていた。
「……何?」
「智波さん……行って下さい」
 無表情に、琴音は言った。
 俺は面食らってそんな彼女を見つめる。
「……今度は何を企んでいる?」
 しばらくの沈黙の後……彼女は囁くように言った。
「正直な話……私には教皇様が何を考えていらっしゃるのか分かりません。一時は魔道船
まで持ち出してあなたを殺そうとしたというのに、今度は捕らえている……」
「それで?」
 能面が崩れ去った。琴音は、強い意志の光を瞳に宿らせ、言った。
「あなたは確かめるべきです。教皇様が何を考えておられるのか……その全てを」
 それはつまり……俺に教皇とやらと対決しろってことか。
 ……おもしれぇじゃねえか。
 この際琴音が又何を企んでいるのかなんてどうだっていい。
 とにかくここまで俺を踊らせてくれた教皇とやらにパンチの一つも叩き込んでやらねぇ
と俺の気がすまねぇからなっ!
「お前の企み……踊らされてやるぜ!」
 そう言うと、俺は鉄格子をくぐり抜けた。
「……いいのか?」
「もう要りませんから」
 と……そうそう。
「琴音……お前は大丈夫なのか?その…俺を逃がして」
 あれ?俺…何でこんな時までこいつの心配なんかしてんだ?
 俺の質問に、琴音はわずかに微笑んだように見えた。
「私は聖騎士団が一人、紫の琴音。ここから脱出するのに障害となる者なんて居ません」
 その答えを背に……俺は地上へと駆け出していた。

 智波が去った後で、琴音はきゅっと拳を握りしめた。
 ゆらりと闇が揺らぎ……そこから一人の男が姿を現す。
「琴音さん……」
「OLHさん……私……これでよかったんでしょうか?」
 沈黙。
 闇よりも深い色のローブをふわっと淀んだ空気になびかせる。
「ヤツを監視せよ、と言われたとき俺は使命を無視してヤツを殺すべきだった」
 はっとして、琴音はOLHを見上げた。
 OLHは肩を震わせると……壁を殴りつける。
「そうすれば……そうしていれば、俺はお前の心をヤツに盗られることもなかったんだ!」
 演技で始めた茶番劇……。いつか琴音は本当に智波に惹かれていた。
「俺は道化だ。君の気持ちは本当は俺の元にある……常にそう信じていた。気付かなかっ
たんだよ…気付かなかったんだ、俺はっ!」
 畜生……畜生。
 OLHは涙をこぼしながら、何度も何度も壁を殴り続けた。
 煉瓦に傷つけられた拳からは激しく血が滴る。
 意味のない絶叫を挙げながらさらに叩きつけられようとする拳を…琴音が止める。
 くっ……と呻くOLHの胸に、かつていつもそうしていたように……本当の恋人だった
ときのように、心が通いあっていたときのように琴音が手を置く。
「行きましょう…OLHさん。ここの空気は子供にはよくありません」
 はっとして…OLHは凍り付く。
 マントの下には笛音……琴音のクローンが眠っている。
 大人達の企みなど知らず、ただ与えられた情報だけを真実にひたすらOLHを慕ってき
た娘。幼いながらも必死にOLHの気を引こうとして、計画を滅茶苦茶にした。
 この娘が智波にタリスマンなどを勝手に与えなければ、智波はここまで来れなかったか
も知れない。
 琴音はOLHに微笑みを向けた。
 そんな琴音を見て、OLHは呟く。
「……行ってくれ」
「えっ?」
「ヤツが心配なんだろう!?ヤツを待っててやれ!そして……」
 ぽたり、と涙の雫がこぼれ落ちた。
「いつか…俺の元に…帰ってきてくれ…!」
 琴音はOLHの目を見て……それから強く頷いた。
 ありがとう…そんな呟きを残して、彼女も又地上へと走り去る。
 やがて笛音が目を覚まして、OLHを見上げた。
「…ふにゃ?おにいちゃん、ママはどこにいったの?」
 その頭を優しく撫で、OLHは囁く。微笑みと一緒に。
「ママはね……何より大事なモノを守りに行ったんだよ」
「ふぅん…でも、笛音寂しくないよ。おにいちゃんがいるもん」
 そう言って…笛音は彼に抱きついた。
 ぽたりと笛音の髪に涙がこぼれた。


 王城では、混乱が起きていた。
 突然失踪した勇者……彼の必死の捜索が行われていた。
 捜索隊の中にはアヤカと沙耶香の姿もある。
「ったく、あの馬鹿!何処で油売ってんの!?」
 言ってもしょうがないことを呟きつつ、懸命に城内を走るアヤカ。
 そんな彼女の隣で、沙耶香はぼそっと呟いた。
「もしかしたら……もう智波さん、戻ってこないかも知れない」
 その言葉の調子に、ぞくりとしてアヤカは沙耶香を振り返る。
「な……何を不吉なこと言って……!」
「感じるんです。智波さんが…どこか手の届かないところにいるって!もう…帰って来れ
ないんだって!」
 そんな彼女の頬を、アヤカは思いっきりはたいた。
 ぱぁんと高い音を立てて、沙耶香はのけぞる。
「適当な…そんないい加減なことこと言わないで!」
 叩かれた頬を抑えた沙耶香が、アヤカの頬を張り返した。
「あの人を心配しているのが…自分だけだなんて思わないで下さい!」
 じわっと涙が浮かぶ沙耶香の目を見て、アヤカは顔を伏せた。
 しばしの沈黙の後、沙耶香の頭を撫でる。
「ごめん、軽率だったわ。沙耶香ちゃんは…智波が好きなんだもんね」
 沙耶香はそんなアヤカの手を取って、彼女を見上げた。
「それは、アヤカさんもでしょ?」
 そして…二人は顔を綻ばせた。
「……さがそっか」
「はい」
 そうやって再び走りかける二人を、呼び止める声がした。
「捜しても駄目でしょうね」
「え?」
 カザミが廊下の中央に立っている。
 いつもはその傍らにいる美加香の姿はなかった。
「カザミ王、それはどういうことですか?」
 カザミはがりがりと頭を掻くと、いいづらそうに口を開いた。
「貴姫と美加香、琴音も姿を消している。勇者殿は教会に拉致されたと考えるのが利口だ」
「……………!」
 二人は愕然とした表情で彼を見やった。
「ま…まさか!?王は彼女たちが教会と内通していたと!?」
 アヤカは憤然とした表情でカザミを睨んだ。
「よくもまぁ……自分の仲間をそんな風に言えますね!?」
 当たり前である。貴姫はともかく、琴音とはここに来る前から仲間だったのだから。
 カザミは首を横に振ると、真剣な顔で二人を見つめた。
「内通していたのではない。初めから……そのために送り込まれていたんだ。美加香は傭
兵時代から祝福を受けし者である僕を監視し…貴姫は国内で最も勇者に近しい者となり…
琴音は勇者を監視していた」
 そう言って、カザミはアヤカに一枚の紙切れを差し出した。
 どうやら何かの書類らしい……それが教会の隠し書類であると悟るのにはさほど時間を
必要としなかった。教会のサインが記されている。
「三人は教皇直属の私兵……聖騎士のうちの紫・紅・黒……だ」
 アヤカはぎょっとしてカザミを見返した。
「そ……それがわかっていながら、どうして三人を野放しに!?」
 カザミはそんなアヤカに穏やかな笑みを返すと、確信を持って断言した。
「いつかはこのときが来ると分かっていた。…教皇は勇者との対決を望んでいる」
 アヤカはもう声も出なかった。カザミは初めからこれを狙っていた。
 教会が勇者を導き入れる日が到来するのを。
 そんな彼女をよそに、沙耶香はぐぐっと拳を握りしめた。
「……智波さんは教会に居るんですね?」
「ああ」
 その返事に、彼女の目が燃え上がる。
「助けなきゃ!私、やります……智波さんをお救いして見せますっ!」
「えっ?」
 その恋する瞳に……なんだかとっても嫌な予感がするカザミだった。



 三人の女神は地上を見下ろしていた。
 そこには混乱の渦に叩き込まれた世界がある。
 愛を司る者は、ため息をついた。
「何てこと……人界と魔界の勢力が統合されてしまったわ。これでは世界のエントロピー
が加速してしまう……」
 勇気を司る者は腕を組んで世界を嘆いた。
「歯車が一つ外れただけでこんなことになってしまうなんて……」
 希望を司る者は諦めきった調子で言った。
「もうこんな世界は破棄して、新しく作り直してしまいましょう」
 だが、愛を司る者は首を横に振った。
「それは短絡だわ。そんなことでこの世界の人々を見捨てることは出来ない…」
 希望を司る者は愛を司る者を見ると、訊いた。
「ではどうするの?もうすぐ人軍と魔軍がぶつかるわ。……ヤツの思い通りになるのよ」
 勇気を司る者は、そんな二人を見ると、決断した。
「ここはいっそ人魔両軍を対決させてしまおう」
 希望を司る者は、ぎょっとしたように勇気を司る者に叫ぶ。
「そ、そんなことをすれば世界が破滅してしまう!」
 だが、愛を司る者はゆっくりと頷いた。
「そうね……ここはあの勇者に賭けましょう」
 希望を司る者は、頭を抱えた。
「あ……あなたまでそんなことを……!」
 愛を司る者は、そんな希望を司る者を見ると、微笑んで見せた。
「信じましょう。彼が見事世界を救ってくれることを……」
 勇気を司る者は強くそれに同意した。
「そして彼に出来る限りの助けを与えなければ」
 仕方なく希望を司る者は頷くと、ぱちんと指を鳴らした。
 とたんに空間が揺らぎ、神の使いが参上する。
「希望を司る我が名に置いて命じます。ただちに地上に下りあの勇者に付き従う神族の力
を覚醒させるのです!」
「……御意のままに」
 直ちに神の使いは下界へと駆け下りて行く。
 そんな彼を見やりながら、勇気を司る者は心配そうに呟いた。
「大丈夫かしら……」
「決まってます」
 希望を司る者は部下をけなされ、少しむっとしたように見えた。
 愛を司る者は、そんなやりとりを聞きながら地上を眺め続ける。
「………世界は………汝達の手に委ねられました、智波………」

             つ…続いてしまった