Lファンタジア最終話「俺を探して」 投稿者:風見 ひなた
 菅生誠治はふう、とため息をつくと肩をぐるぐると回す。
 六時間連続の急激な処理ですでに頭痛がしてくる。
「うん………これで完成かな」
「みたいですね」
 それに応じた美加香が、カップから茶を飲み干してふうっとため息をついた。
  二人とも目が赤い。
「しかし複雑なベースだね……頭痛がしてきたよ」
「ええ、まぁ」
 美加香は軽く頷いてから、こんとキーを叩いた。
「それじゃ早速ランしちゃいましょうか」
「よし。サルベージプログラム……スタート」


 Lファンタジア最終話「俺を捜して」


 色もはっきりしない混沌の空。
 廠気の渦巻く腐臭の風。
 歪んだ生態系の生き物達が跳梁跋扈する世界。
 魔界。
 今ここに……互いの存亡を賭けて二つの軍が向かい合う。
 片一方は人間軍、世界の東半分を統べる者たち。
 もう一方は魔族軍、世界の西半分を統べる者たち。
 長らく封印によって閉じられてきた世界が開き、対立する。
 人間は、害なす魔族を打ちたおさんと。
 魔族は、人を滅ぼす使命を完遂しようと。

「来たか……カザミ!」
「ハイドラント…今回こそ年貢の納め時だ!」

 戦乱の渦の中で、二雄は剣を構える。
 幾度となく小競り合いを繰り返した両者の戦いは、互いに最後の覚悟に満ちている。
「デスブリンガー……屠るがいい!」
「師匠の鍛えた名刀落葉……負けはしない!」
 そして……人間の覇王、魔族の長の戦いは始まった。


 この世界にやってきてから二ヶ月半。
 俺はようやくここまでたどり着いた。
 無論ここまで来れたのは俺一人の力じゃない……。
 アヤカ、琴音、貴姫、そして沙耶香。
 彼女たち四人の下僕…いや、仲間が居てくれたからこそだ。
 まぁなんといっても俺が一番活躍してるけどな、うん。
 などとちょっと自画自賛なことを考えつつ……俺は魔界の果てに立つ。
 セリカ様をさらった悪の魔道士め、この俺が見事成敗してくれよう!
 そしてセリカ様と……ふふふふふ、燃えるぜっ!
「あっ、智波さんったらすごく張り切ってますねっ!」
「………あたしにはなんかよからぬことを考えてるように見えるわ」
 黙りやがれ。
 うーん、もしかして考えたことが顔に出てたんだろうか……?
 とにかくそれはそれとして、俺は洋館の前に立った。
 いかにも「悪の魔道士の住処でございます」って感じだ。
 ………なかなかいいぞ、こういう率直さが。
 この世界とにかくねじれまくってるからなぁ……。
 俺は深い感慨を胸にため息をついた。
「やっとここまで来れたんだなぁ……!」
「この二ヶ月間……地獄だったわよ」
 アヤカ、お前はいつまで照れてるんだ?
 まったく困ったヤツだ。
「悪の魔道士を倒したら…とりあえず教会に報告しなくちゃ」
 琴音はいまだに教会を捨てきれないらしい。
 未練深いヤツだなぁ。……まぁいいけどな。
 沙耶香は相変わらず後ろの方でもじもじしている。
 教会以来、戦闘になるとピクシーサヤになる二重人格症に陥ってしまったようである。
 いや、別にそれはそれで可愛いんだが二人きりになると襲われてしまうようになってし
まった。これが琴音あたりならまだ気付いていないようだが、カンが鋭いアヤカや貴姫の
視線がちょっと痛い。
 そんな貴姫は今も何を考えているのか相変わらず分からない、くすくす笑顔を浮かべて
いるのだった。怖いなぁ。
 特にこいつの場合は本音を表に出さないから突然突飛な行動に出て結構心臓に悪い。
 結局セリカ様を助け出した後もこいつらは俺の人生に関わり続けるんだろうな。
 もっとも俺の方も別に構いやしないけど。特に沙耶香が。
 …………あれ?
 俺、今何か恐ろしいこと考えなかったか?
 ぶるぶる、何もない何もない。
 そんな俺を見て、貴姫はにっこりと笑った。
「それにしても勇者様、もうここまで来たら人間じゃありませんねぇ」
「まてい」
 何を突然失礼なことを。
「俺の何処が人間外だよ、お前は」
「だって、ほら魔族なんかもういくら襲ってきても一瞬で倒しちゃうじゃありませんか」
 いや、それはタリスマンの力なんだが……。
 詳しく知らない貴姫にとっては脅威に見えるんだろうな。
 まぁだまっとけばいいか。
「全く失礼なヤツだなお前は……俺が人間じゃなくて何」
(ズキン)
 ぐっ…………。
 まただ。また、この突然の痛みが襲ってくる。
 一体、何だってんだ?
「………勇者様?」
 心配そうな顔で、貴姫が俺の顔を覗き込んでいた。
 俺は頭を振ると彼女を遮る。
「ああ……なんでもない。いつもの偏頭痛だ」
 こんなことで心配して貰いたくないもんだな……。
「智波さん、セリカさんを助けたら検査して貰った方がいいですよ」
 ………かもな。
 俺はぱんぱんと顔をはたいて気合いを入れる。
「よぉしっ、後一歩だ!行くぞおぉっ!」
『おーっ!』
 そして俺達は館の門を開いた。


 中には予想通りうじゃうじゃうじゃとモンスター共がいっぱい詰まっている。
 だが今更それがどーした!
 もはや今の俺達には恐い者など何もない!
 何故なら………!

 智波:浮気勇者
 LV:65356
 武器:ヨークのタリスマン
 HP:65356
 MP:65356

 アヤカ:武闘巫女
 LV:65356
 武器:鉄拳
 HP:65356
 MP:65356

 琴音:聖騎士
 LV:65356
 武器:名刀一葉
 HP:65356
 MP:65356

 貴姫:聖騎士
 LV:65356
 武器:女神の聖杖
 HP:65356
 MP:65356

 沙耶香:魔法神族
 LV:&*●◎◇(表示バグ)
 武器:ピクシーステッキ
 HP:●◎※↓○(表示バグ)
 MP:¥¢*§@(表示バグ)


 ふっ…………。
 メタル○ングの群生域で一週間ほど殺戮を繰り返した俺達は…。
 すでに無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵無敵ィィィィィーーーーーーーーーーッ!!!
 さすがに保護団体の人に命を狙われたが、いまやその保護団体さえ世界から消滅して最
早問題ナッシング!
 オーガ?アークデーモン?ヘカトンケイルス?ブラックドラゴン?アンデットキング?
 はっ、ンなもんごとき片手でひねれるわぁぁぁぁぁ!
 卑怯もクソもねぇ、勝ったもんが偉いのだぁっ!
 今なら大魔族だってタメで戦えるわぁぁ!
 何処からでもかかってきやがれぇぇぇぇぇ!!!
 ……とはいえ、ちょっとキツいかな?
「数が多すぎて……捌ききれないな!」
「負けることはないけど……ここはあたしたちに任せて、あんたは姉さんを!」
 アヤカの言葉に、俺は強く頷くと次々と迫り来るモンスター共をかき分けて先へと邁進
する!
 狙うはにっくき魔道士の首ただ一つ!!
 負ける予感はしない…あたりまえだ、ここまでレベルアップすればな!
 この世界では経験を積めば積むほど魔力が上がって行く、恐ろしいような原則で成り立
っているようだ。もっともそれにも上限はあるみたいだが……。
 ともかく、今俺はまさに無敵!恐い者なんてナッシングアトオール状態なのだ!
 だが、念には念を入れることは忘れない……。
 俺はひときわでっかいすっごく怪しい部屋の前に走ると、ドアを蹴り破りながら叫んだ。
「我は放つあかりの白刃 我掲げるはセバスの拳 悪焼き尽くソドムの炎!」
 連続攻撃が瞬間的に部屋の中央に陣取っていた人影にぶち当たる。
 いきなりの三連コンボ、いくらなんでもこいつは効くだろう。
 俺はすでに勝利を確信していた。
「セリカ様!今助けに参りましたあっ!」
 ……あれ?
 セリカ……様?
 俺は静かすぎる室内を見て、硬直した。
 その部屋は魂を吸い込もうとするような深淵の闇の色をしていた。
 天窓はあるのだが、魔界の淀んだ空の光は不気味な色調を与えるばかりだ。
 混沌……。そんな色を部屋一面にペイントすると、ちょうどこんな風になるだろう。
 どこか長く見ていると精神が破綻してしまいそうな…そんな部屋だった。
 そして、その部屋の奥に。
 俺の長らく求め続けてきたセリカ様がいた。
 しかし、その表情に浮かぶのは俺の期待した待望と歓喜の色ではなかった。
 そこにあるのはただ、無。
 そんなセリカ様を背景に、俺の攻撃を受けたはずの男はばっとマントを翻す。
 マントの色はやはり部屋の色と同じく混沌であり、ヤツは目深にフードを被っていた。
「部屋に入りざまの攻撃……そんなものを予期していないとでも思ったのか?」
 そして……いつ張っていたのか、瑠璃色の壁が霧散する。
 防御呪文だ……!
 俺は信じられない思いでヤツを凝視した。
「バ、バカな!?LVの上限に達した俺の攻撃を防いだ!?」
 そんな言葉が俺の口から漏れ出る。
 敵は…俺が倒すべき男は、俺の呟きを効くと肩を振るわせた。
「笑わせてくれるな…LVの上限、だと?そんなものは女神達が決めた『ルール』に過ぎ
ないんだよ」
 笑っている。
 俺はむっとしてヤツを睨んだ。
「えらく余裕こいてくれるじゃねーか……!」
「余裕?違うね……」
 男は微妙な笑いをその言葉に込めながら、マントを廠気の風になびかせる。
(グッ)
 なんだ……?
 この、強烈な不快感は……。
 俺は頭の芯から響くような居心地の悪さに軽い眩暈を感じた。
 そんな俺の元に、男の声だけがはっきりと響いてくる。
「俺は…予測していたんだぜ、勇者智波!」
 そう叫ぶと、男はばっとフードを脱ぎ去った。
 そこから現れるのは……俺だ。
 ヤツの顔は俺の顔と似せて…違う、ヤツは俺だ。
 ……では……俺は?
 男……俺……いや、違う…ヤツは誰だ。
 強烈な吐き気と頭痛に襲われる俺に、俺の顔をしたヤツは囁いた。
「俺はお前だ。俺の名は智波、オリジナルの俺だよ!」
「なっ……?」
 うずくまる俺を横目に見ながら、ヤツはパチンと指を鳴らした。
 そして…ふらふらとセリカ様がこちらに近付いてくる。
 だが、ヤツは俺を蔑んだ目で見ながら、宣告した。
「違うね。お前に近付いて言ってるんじゃない。俺に近付いてきてるのさ」
 俺の考えを見透かした台詞、それをまさに示すように……セリカ様はヤツの隣まで行く
と、ぴたりと動きを止めた。
 ヤツはその首に腕を絡めると、セリカ様のふっくらした頬を指で撫でた。
 あああああっ、セリカ様……何でそんなヤツの言いなりに!?
「うらやましいかい、勇者智波よぉ」
 そう言うと、ヤツはぺろりとセリカ様の頬を撫でた。
 きっ……!
「貴様ぁぁぁーーーーーーーーっ!!」
 俺は絶叫を挙げると、それを魔術発動キーとしてヤツに熱波を叩きつけた。
 しかし、ヤツはセリカ様を抱いたまま右手を冷静に繰り出すのみ。
「我は防ぐ瑠璃の盾」
 それだけで……俺のフルパワーの魔術は効力を失った。
 ただ…俺は呆然とするしかなかった。
 立ちすくむ俺を見て、ヤツはクク、と喉の奥で笑う。
「苦しいだろう?辛いだろう?俺を殺したいだろう……なぁ?」
 瞬間的に、ヤツの前に構成が浮き上がる。
 ポウとその右手が輝き、俺に向けて光が煌めく。
「だがなぁ……お前に想い人を取られた奴等はみんなその苦しみを味わってきたのさ!」
 俺は、避けることもできなかった。
 直接胃の腑に叩きつけられるような衝撃、それと共に大きく俺の身体が浮く。
 がふっ、と俺の肺の奥から空気が漏れ出る音がやたらはっきりと聞こえる。
 床に叩きつけられた俺は、思わず拳を握りしめていた。
「何でだよ……」
 俺の呟きを気にもとめないように、ヤツはセリカ様と共に俺をただただ見ている。
 拳を血が出んばかりに握りしめ、俺は絶叫していた。
「何で俺なんだよっ!ここまで来て……何で俺が出て来るんだよっ!」
「愚かだな貴様はぁっ!」
 勝ち誇ったようなヤツの叫びが大広間に響きわたった。
「考えもしなかったのかよ、元々この世界にいた自分はどうなったのか!疑問にも思わな
かったのかよ、何故お師様が自分を知っていたのか、こんなにも都合良く多くの助け船が
やってきたのか、そして本当の自分が一体誰であるのか!」
 そして……叩きつけられる衝撃。
 俺は全身から滲み出させながら、ヤツを見上げた。
 ヤツの、自信に満ちた…いっそ傲慢な、笑み。
「教えてやるよ…。お前は俺だ。俺そのものだ。俺の人格のコピーなんだよ!」
「コピー……」
 俺の力無いオウム返しに、ヤツは頷いた。
「そう。お前はもう忘れちまったかもなぁ……元居た世界で、自分がどんなヤツだったの
かを。もうここに来てから二ヶ月半、すっかり俺に染まっちまったかもなぁ」
 何……言ってやがる!
 俺は智波……雪智波!
 俺は俺でしかねぇんだ、馬鹿野郎!
 …………本当に…………そうか?
 そうだった……か?
「俺は……ぼ、僕……は……?」
「思い出してきたみてぇだな……元々の自分を」
 僕の名は智波……。
 ルーンを師に持つ魔術師で……。セリカ様を救うための……勇者……。
(ズキン)
 ち…違う?僕は……僕は……………?
「さっき、LVがどうたら言ったな……そうだろうよ。確かにこの世界の住人にとっては
LVは絶対的な強さの具現だ。メモリーを管理しやすくするために女神が定めた、な」
 ヤツは…僕に…語り続ける…。
「だがな、俺はもはやこの世の住人じゃねえ。女神の管理下にはなく、奴等に干渉される
ことはねーんだよ。だから奴等の定めたルールも関係ねえ」
 ……………………………………。
「いわば俺と女神は対等だ。それを修正するために、女神は俺の抜けた穴にお前をはめ込
んだ。それが勇者智波……お前だ」
 そこまで言うと…ヤツは、にやりと笑った。
 僕が得意にしていた…自分の計算通りに物事が進んだことが嬉しくてしょうがない、そ
んな笑みだ。
「笑っちまうだろ、ええ?だがそのためにはお前はお前自身で居ることは出来なかった!
この世界の俺の穴を埋めるには、お前は俺の人格をコピーされるしかなかったんだよ!」
「そんな……そんなコトって………!じゃあ、じゃあ僕の行動は……みんな……」
 ヤツは、酷薄に笑った。
「全て、女神に仕組まれてたのさ。俺を倒すようにな。だが、俺は馬鹿じゃねえ。お前が
送り込まれるのも、ここまで誘導されるのもお見通しだ。……だから、予測をたてたのさ。
どうすれば楽してお前をぶっ殺せるかってなあ!」
 嘘だ。そんなこと嘘に決まってる。
 こいつは…僕を騙そうとしてるんだ……!
「勇者智波!俺はお前を倒すことで女神の一切の管理から解き放たれる……そして、俺は
統一された地上の民全てを率いて女神をこの世から追放してやるんだよ!」
「ば、馬鹿言うな!それじゃあまるでひなたんが……」
 僕が叫んだ台詞を、ヤツはにやりと笑って肯定した。
「そうとも。カザミも魔王も俺が操ったのさ。世界を統一するようにな」
「………………………………………………!」
 口の中が、カラカラになった。
 そういうことだったんだ。
 僕がやってきたことはみんなこいつの思い通りでしかなかったんだ。
 こいつはずっと僕を監視しながら、極めて巧妙に手駒を進めていたんだ。
 そして、そのチェスの相手は女神。
 自分がこの世界の神となるために、こいつはここまできた。
 しかも……ミスをすること無しに。
 それがこいつのふてぶてしいまでの自身の源…。
「僕は……それじゃ僕はなんのためにここまで来たんだよ!芹香様を助けるためじゃなか
ったのかよ!僕のこれまでの道のりは一体何のためだったんだよーーーーーーっ!」
 僕の思わずの絶叫に、ヤツは高笑いを挙げながら魔術で答える。
「決まってんだろが!俺に殺されるタメなんだよっ!!!」
 畜生……ちくしょぉぉ!!!!
「タリスマンよ、我に応えよ!我は放つ……あかりの白刃!」
 二つの魔術が正面からぶつかり合う。
 だが、それはあまりにも貧弱すぎた……。
 僕の放った魔術は弱々しい風を起こしたのみ、ヤツの攻撃はそれを突き破って僕を吹っ
飛ばす!
「がふっ!?」
 僕はさらなるダメージに、身を折って床にはいつくばらざるを得なかった。
 どうしてだよ……タリスマンまで反応しなくなってる、それどころか何で僕の魔術が弱
体化してるんだよ!
「お前は俺の人格を演じることで勇者として女神の管理下にあった。故に、お前はこの世
界の法則にのっとった魔術を使えた。だが元の自分を取り戻し、女神の管理から外れてし
まったお前には……もはやこの世界の法則は分かるまい!今の貴様には魔術を使えるわけ
もないだろうが!」
 狙ってたんだ……!
 僕が僕であることを思い出させて、僕を弱くさせたんだ!
 どこまで周到なヤツなんだ、こいつは!
 だが……これならどうだっ!?
「悪焼き尽くせソドムの炎!」
 儀式魔術ならば世界法則が違っても作動するかも知れない……。
 僕の放った魔術によって、地面に描かれたサークルから火柱が立ち上る。
 ヤツはぴくりと眉を動かして地面を睨み付けた。
「……我は殺す生贄の子羊」
 そんな呟きと共に……ヤツのシルエットは炎の中に沈んだ。
 ……やった……のか?
 僕は唾を飲み込むと、燃え上がり続ける火柱を見つめた。
「甘いな」
 その声は……僕の真後ろから聞こえた。
 次の一秒、ぞっとするほどの悪寒が背中を駆けめぐる。
「我打ち砕く黄金の牛像」
 だん、と足下からスパークする火花が起こり、僕は脳味噌が弾け飛ぶようなショックを
受けた。
 地面に倒れ伏した僕は、手足が麻痺して居ることに気付く……。
 幻術と……雷撃の儀式魔術だ…!
「残念だったな……それを研究しているのはお前だけじゃない」
 くそっ……こいつも……使うのか。
 しかも、僕よりもより高度なレベルで!
「勝てない………絶対に、勝てるわけがない……………ッ!」
 僕の口から無意識に絶望が漏れた。
「これまで全てを予測し……世界を意のままに操ってきた男に、何で僕が勝てるわけある
んだよ……!勝てるわけないじゃないかよぉぉぉぉ!!!」
「そうだっ!てめえは……ここで死ぬんだよぉ!」
 さらなる衝撃波が僕の身体を木屑のように軽々と吹き飛ばす。
 僕は自分が底のない絶望の内に捕らわれているのを知った。
 絶対に勝てるわけがないんだ。
 あいつは女神の支配からすら逃れ出た男、所詮掌で踊らされてたってことも知らない僕
なんかとは器が全然違うんだ。
 あいつは……!
 ざりっ、と床の上の瓦礫を踏みにじる音が聞こえた。
「ただ一つの俺の誤算は、お前の到達が遅すぎたってコトだ。本当はもっと早くここで死
んで貰うはずだったんだが……どうやら思っていた以上にお前が弱すぎたらしい」
 なんとでも言えよ。
 もういい、どーせ僕は負け犬だよ。
 お前のその見下した台詞がお似合いさ。
 さあ、殺すなら殺せよ!
「ったく、弱いくせに妙に高慢な態度取りやがって、見てるこっちがムカムカしたぜ!
あばよ、弱っちい俺ぇぇぇぇ!!!」
 はっ、高慢だぁ?
 その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ、この高慢ちきちき野郎!
(ズキン!)
 そうだよ……考えて見ればそうじゃないか。
(ズキン!)
 あいつは僕じゃないか。あいつも所詮負け犬に過ぎないじゃないか。
(ズキン!)
 僕のくせに生意気なこといいやがって!一度殴らなきゃ気が済まない!
(ズキンズキンズキン…)
 大体からしてあいつが何でも思う通りに出来るようになったのは、ただ単に女神の管理
から外れただけの話じゃないか!そのぐらい………
(ズキンズキンズキンズキンズキンズキンズキンズキンズキン!!!!!)
 僕にだって出来るわぃ!


 世界が、まばゆい輝きに満たされた。


「な……何だと?」
 ヤツの驚く声が聞こえる。
 さすがにヤツにとっても、驚異的な出来事のようだ。
 いや、それどころかこれがヤツにとっての初めての予想外だろう。
 いい気味だ、ざまぁ見ろ。
「人が黙って訊いてればいい気になって………!」
 僕は怒りを込めてそう叫んだ。
「そうだよ。何で気付かなかったんだろう……女神の管理から逃れれば新しい自分の世界
を持てるんなら……僕の世界を持ち込めばもっと効果はでかいに決まってる!」
 僕の周囲から、煌めくオーラが出ているのが分かる。
 そして、それはたちまちに辺りを包み込んで行く。
 僕には分かる、これは僕の世界……愛すべき試立Leaf学園の世界を構成する粒子そ
のものだ!
「そ……そんな理屈があるか!所詮は全く違う他の世界、元々この世界から分派した俺の
世界の方が女神の世界に馴染むはず……!」
 ヤツの身体からもまたヤツの世界が吹き出して行く。
 だが……遅い!
 明らかにLeaf学園の方が侵食スピードが速いぞ!
「そんな…そんな馬鹿な!俺の世界が負ける!?ヤツの世界の方が馴染むのか……………それとも!?」
 ようやくヤツも気付いたらしい……。
 急速なスピードでLeaf学園の世界が女神の世界に流れ込んで行く……そう、まるで
堰を切ったダムの水が平野に流れ込んでいくように!
「まさか……まさか、ヤツの世界は女神の世界よりも高位にあるのか!?」


 魔界の中央で激しい剣戟の響きを舞わせる二族の長……。
 その二人の剣が、粉々に砕け散る。
 だが、カザミもハイドラントもそれを全く気にした風はなく大きく互いに飛び下がる。
「うらぁぁ、酷薄グレネードぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」
「なんの、プアヌークの邪剣よぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」

 館の中央で闘いを続ける四人……。
「ヒメカワ星人を馬鹿にすると許さないんですからっ!トラックに轢かれて死んじゃって
 下さいっ!」
 どこからともなく現れたトラックがあっと言う間に魔物達をぺしゃんこにした。

 世界の行く末を見つめる魔王城……。
「あっ、あんみつ食べたい。たけるさん、一個作って☆」
「わーい、むらさきもー!」
「はいはい、ちょっと待っててくださいね」

 辺境の地で野ざらしになっている冒険家……。
 むくっ。
「あー、ひどい目にあったなー」

 教会で勇者達の無事を祈る人々……。
「うううううう、腹減った」
「ルーンさん、カップ麺あるけど食べる?」


 いける……!
 この世界なら、俺は充分すぎるほどよく知っている!!!
 俺は全身の力を込めて、真なる姿を解放する。
 そして助走を付けて待ちわびた愛しいお方の胸へと飛び込んだ。
「ね、猫!?猫だと………貴様の正体は、そんなモノだったのかっ!?」
 連続する驚愕にヤツはショックを隠せない。
 そう、ついさっきまで僕がそう思い込んでいたように……女神の世界では僕は猫ではな
く純粋な人間だった。
「芹香しゃま、いくにゃあ!」
 こくっ、と芹香様が頷かれるのが見えた。
 ヤツは涙を目に浮かべ、絶叫する。
「そ……そんな!セリカ様…俺は……俺はぁぁぁぁっっ!!!」
『フェニックス!!!!!』
 不死鳥と化した僕は灼熱の炎を身に纏い、壮絶な威力をもってヤツの腹を薙いだ……。
 どさり、という音。
 だが僕は元の姿に戻ると同時に、素早く人間雪智波に姿を変える。
 ヤツは焼けただれた腹部を押さえ、血走った目で僕を睨み付けている。
 その姿はまさに狂気の具現、僕のもう一つの姿。
「何故だ……何故だぁ!俺が、俺が負けるはずはない……!セリカ様は俺のもの、この世
の全ては俺の思いどうりに動くはずだっ……動かなければならないんだぁぁーーっ!!!」
 酸素を渇望する死にかけた魚のように……。
 光を求める狂人のように、ヤツは天に向かい手を伸ばす。
 視野狭窄に陥った哀れな敵の姿を見据えながら、僕は呟く。
「高きゴモラに落ちよ裁き」
 終わっていたんだよ。
 もうとっくの昔に、お前は終わっていたんだ。
「全ては自分の思い通りに出きると思ったときから、思い通りに動かない人生の流れの中
でもがき続けることを放棄したときから、お前は……僕は、終わっていたんだ!」
 さようなら。
 もしかしたらいつか僕がなるかも知れない……もう一人の僕。
「聖者の胸に刺され咎人の槍」
 高エネルギーの槍がヤツの心臓を貫いた。
 重力遮断の儀式魔術が効果を失い、どさりとヤツだったモノは床に落下する。
 それと同時に、ヤツの意識操作から外れたのか芹香様が力無く崩れ落ちた。
 それは、ヤツの命が完全に尽きたことを意味する。
 僕は……勝った。
 見事に、悪の魔道士を打ち倒し芹香様を助け出して見せた。
 だが…………。
 なんなんだ、このやるせなさは。
 僕はなんのために自分を殺し、なんのために芹香様を救ったんだ。
 放っておけば彼らはそれはそれで幸せだったかも知れなかったのに……。
 そのとき、ぱあっと天井が明るく輝いた。
 あいつは……見たことがある。
 そう、女神の使い……神犬ってヤツだ。
 キグルミ男こと佐藤ポチは相変わらず怪しいファッションで舞い降りてくる。
 そんな脳天気なポチを見て、僕はついつい何の躊躇いもなくあっさりと殺したくなって
しまった。
「……人が悩んでるときにふざけまくった格好で現れやがって……!」
「そんなコト言われてもこれがコスチュームなんだからしょうがないワン。それより勇者、
女神様がお呼びだワン」
 とりあえず正拳一撃で勘弁しておいた僕は、ばきっと指を鳴らした。
「望むところだ!駄目だと言われても僕は行くぞ……こんな後味の悪いことさせやがった
やつがどんなツラしてるか、たっぷりと見せてもらう!」
「は、はぁ。それじゃあ俺の背中に乗るんだワン」
 …………………………………………………………………………まぢ?
 俺は頭痛を堪えながらも、ポチの背中にまたがった。
 そして……ポチは天高く僕を乗せて舞い上がって行くのであった。


 そして天上界。
 本気で空高くにあるこの場所で、俺はついに世界を支配する三人の女神に会った。
 いずれもとびっきりの美人揃いで、静かに微笑みを浮かべている。
「よくやりました勇者智波」
「あなたのおかげで世界は救われました」
「世界を代表して、お礼を申し上げます」
 ふっ………。
 ふっふっふっふっふっ、ふざけるなよぉ?
 そんな三流RPGみたいな陳腐な台詞でいつもいつもカタが付くと思ったら大間違いだ!
「おまえら、正体何だーーーっ!」
 俺は再びLeaf学園の世界を流し込んだ。
「きゃーーーーっ!?」
「う、うわぁぁーーーん!」
「あーん、縮んじゃうよぉーーーっ!」
 モロにLeaf学園の世界を浴び、女神達の姿が変わる……。
 20代前半からティーンエイジ、そしてみるみるうちにちびっこへと……。
「おひ」
 そこに立っていたのは、衣装は変わらないまでも背は思いっきりちっこい…。
 マルティーナだった。
「あっ……お外の世界の姿になってしまいました」
「うぇーん、ひどいよひどいよー」
「折角大人の姿になってたのにー!」
 ほぉぉぉぉ〜〜〜?
「言いたいことは…それだけかい?」
 僕の台詞に危険を感じたのか……三姉妹は一斉に背中を向けると、蜘蛛の子を散らすよ
うに逃げ去って行く!
『きゃーーーっ!』
「待てこらぁぁ!!!てめえら一発殴らせろぉぉぉぉ!!!」
「やめい」
 がーん!
 俺はとっても固い何かを顔面に喰らってぶっ倒れた。
 い………いつつつつつ。
 誰だよ、ったく……!
「子供を虐めないで下さい、あの子達は悪くないのに」
「げっ……!」
 そこに立っていたのは、フライパンを持ちながら腕組みしている美加香だった。
 …何でこんな所に美加香が!?
「み、美加香!?確か魔道士教会においてきたはずじゃあ!?」
「………はぁ?何言ってんですか?」
 しかし美加香は訝しげな表情を浮かべると、俺の顔をじっと見つめた。
 この娘、美加香じゃないのか!?
 な、何が起こってるんだ……!?
「ああ……多分、この世界の私のことを言ってるんですね?」
「この世界って……すると君は」
 俺が訊くと、美加香はにこりともせずに答えた。
「私は智波さんと同じ世界の美加香ですよ……それより」
 あっ……ジト目!?
 なんだか嫌な予感だ!
 案の定美加香は、はぁーーっとため息をつくとこめかみを押さえた。
「何てコトしてくれたんです!智波さんが私達の世界を持ち込んでくれたおかげでもうあ
の子達の世界が滅茶苦茶になっちゃったじゃありませんか!」
「い、いやだってそうしなくちゃ僕殺されるとこだったし……!」
 だが、美加香は僕の必死の弁解にも関わらずぐいっと僕の腕を取って立たせた。
「いいから来て下さい!」
「ど、どこに!?」
「決まってるでしょう、私達の世界へです!」

 こうして僕は……もとの世界へと生還した。


「サルベージプログラム終了。ミッションは成功しました」
 ぷしゅーっと音を立て、智波がポットから転がり出た。
 それを見て菅生誠治は額の汗を拭う。
「なんとか成功したようだな……」
「成功じゃないですよ、もう」
 美加香は相変わらずの不機嫌顔で智波を眺める。
 智波は、わずかに呻くと頭を振り振り立ち上がった。
「こ……ここは?」
「工作部室です。お帰りなさい、智波さん」
 そう答えながら、電芹が智波にコップを差し出した。
 なにやらドリンクが入っているようだ。
「……やぁ電芹、二ヶ月ぶり」
 智波はコップを受け取りながら、そんな風に声をかけた。
 だが、電芹は不思議そうに首を傾げて智波を見るばかりである。
「えっ?智波さんがマルティーナちゃん達の世界に侵入してから6時間しか経っておりま
せんが?」
「…………えっ?」
 智波はそろそろと部室の時計に目を向けた。
 時刻は午後10時、日にちは最後に授業を受けた日のままである。
「……そんな!?僕は確かに二ヶ月半の冒険を……………」
 混乱しかける智波に、美加香は冷静に告げた。
「レザムヘイムはマルティーナの思考の中に存在する世界だから、時間の流れ方がこっち
の世界よりも遥かに早いんですよ」
 だが、こんな説明で智波が納得できるはずもない。
「一体、あの世界は何だったんだ!?」
「……あの世界はレザムヘイム。魔法世界レザムヘイム。マルティーナに魔力を与えるた
めに、一つの平行世界をまるまるこの世界の下位従属世界としてマルティーナの精神の中
に組み入れた……それがあの世界。その魔力的な位置エネルギーにより彼女たちは絶大な
魔力を得ているんです……女神として統治する責任を負う代わりに」
 ごくっ……と智波が唾を飲み込んだ。
「そんな大がかりな……まさか一つの世界を移すなんて、そんな事が出来るわけが」
「出来ちゃたんですよ、それが。出来たものはしょうがないじゃないですか?」
 そんな智波を見て、誠治はかりかりと頭を掻く。
「これは企業秘密だ。君にだけ教えたが……もうこのことは夢だと思って忘れることだね」
 いったんはそれで智波も引き下がったように見えた。
 だが、慌てて我に返り猛反発する。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!僕はあの世界に人を待たせて……!」
 そう、アヤカ、琴音、貴姫、沙耶香。
 彼女たちは今も決着が付くのを待っているはずである。
 それに、人界と魔界の戦争もどうなったか分からないし、芹香様だって介抱していない。
 だが美加香は非情に首を振ると、智波に囁いた。
「夢です、すべては。醒めてしまった夢は……二度と見ることは出来ません」
 その言葉に……智波はうなだれた。


 どうしても……どうしても、納得行かない。
 二人は夢だって言うが、僕にとっては……あの二ヶ月半は紛れもない現実だった。
 命を賭け、恋愛を賭け、そして時には人生を賭け、それが全て夢だったというのか。
 僕は工作部の部室を出ると、ふらりとその場にへたりこんだ。
 もう、立ち上がりたくなかった。
 このまま出来ることなら眠ってしまって、夢の続きを見てしまいたいと思った。
 だがそれは……まさに、叶わぬ夢……。
「智波さん……ですよね?」
 突然掛けられた声に、僕は驚いて顔を上げた。
 夜の十時のグラウンドで……一体誰が僕に声なんて掛けるっていうんだ?
 僕が顔を上げると、そこには沙耶香が相変わらずのおどおどした動作で見下ろしている。
 危うく歓びの声を上げそうになって……僕は必死に自制した。
 いや……こっちの世界では、僕は沙耶香とはほとんど初対面なのだ。
 不意に沙耶香のあの熱い吐息が耳元にせり上がってきて……僕は思わず赤面した。
 気取られてはならない。あくまでさりげなくやり過ごさなくては。
 そんな僕の気持ちも知らぬげに、沙耶香はにっこりと笑っっていた。
「ええ、そうですが……あなたは?」
(ズキン)と心が痛んだ。
「あ、私沙耶香って申します。購買部のお手伝いの他、トレジャーハンターなんかを…」
 知ってるよ。
 君のことは……よーく知ってる。
 君が何を好物にして、何が趣味で、どんなセンスの服が好きなのかも全部。
 知ってるんだ。
 ぽたり、と雫がこぼれた。
「あら……」
 沙耶香がいそいそとポケットからハンカチを取り出した。
 そのハンカチは、向こうの世界でも見たことがあって、僕は余計に、泣いた。
「智波さん……泣いていらっしゃいますか?」
「あ……あれ……お、おかしいな。何で…涙が出ちゃうんだろ」
 必死に笑おうとしたけど、泣き笑いにしかならなかった。
 沙耶香はそんな僕の顔をハンカチで拭いて、そしてそれを僕の手に握らせた。
「あの……お恥ずかしいんですけど、このハンカチ大事なモノなんです。だから…………
出来れば、あとで届けて下さったら嬉しいです」
 それだけ一気に言うと、沙耶香はそれじゃと言って走り去っていった。
 僕は呆然としてその後ろ姿を見つめていた。……ハンカチを握りしめたまま。
「言い忘れていましたけど、レザムヘイムって魔法少女達の故郷なんですよ」
 不意に背後から声がして、振り向いて見れば美加香が立っていた。
 彼女はくすっ、と笑って、俺にウインクして見せた。
「だから、もしかしたら潜在的な魔法少女の人にはこっちでも影響があるかも知れません」
 美加香の言葉ががんがんと胸の空洞にエコーして行く。
 沙耶香……今、私服だった。
 ということは、一度帰って、それから……ここでずっと僕が戻るのを待って?
 僕は飛び上がって叫びだしたい衝動を必死に押さえ込んだ。
 そして、このハンカチをきれいに洗っておこうと心に決めた。

           Lファンタジア 完