L学園の一番長い日 風見編後編 投稿者:風見 ひなた
 夕暮れの赤い光が窓から差し込んでくる。
 胸が悪くなりそうな淀んだ空気を光が照らし出す。
 光条の中に舞い続ける塵が浮かび上がり、幻想的な雰囲気を作り出す。 
 汚れたマットの上で、ぴくりと動く者があった。
 指を痙攣させ、やがて手を開いたり閉じたりさせる。
 紅色の金属がその胸からこぼれ落ちた。
 がさっと少しだけ起きあがろうとして、自分の動きが封じられていることを悟る。
 やがて弱々しく彼は呟いた。
「僕……生きてるのか」


 美加香は悄然としゃがみ込んでいた。
 ここ数時間というもの風見との精神リンクが途絶えたままなのだ。
 相互が覚醒状態にある以上は、常に互いの危機を知らせあっている。
 それに応答がないということは風見が気絶しているのか、或いは既に……。
 美加香は頭を振って悪い考えを頭から振り払おうとした。
 だが、こうまで応答がないと本当に生存しているのかどうか怪しくなってくる。
 やはり理性を失った西山に殺されてしまったのであろうか?
 ふさぎ込む美加香の横に、一人の青年が立った。
「何か食べないと体に悪いですよ。昼だって抜いてるんでしょう?」
 美加香は無言で首を振った。
 気持ちは有り難かったが、食欲はどうしても湧いてこない。
「悠さんの言うとおりだ。少しは食べた方がいい。敵を討つためにも」
 美加香の方が震える。
 悠朔はHi−Waitの胸ぐらを咄嗟に掴んでいた。
 しかし彼は落ち着いた表情でその顔を睨み返す。
 無言の対立が二人の間にあった。
「……彼女の気持ちを考えてものを言ったらどうだい」
 悠の言葉に、Hi−Waitは鼻を鳴らす。
「美加香の気持ちを考えたらひなたが戻ってくるのか?」
 その声は震えていた。
 悠はその瞳に、激しい憎悪の炎が燃えているのを知った。
 Hi−Waitは唇を噛み、続けた。
「もうひなたは戻ってこないんだ。西山に殺されちまったんだよ!」
「あの方を悪く言うな!」
 悠の言葉にHi−Waitは激昂した。
「馬鹿野郎!ひなたは奴に殺されたんだぞ!?」
「違うな!西山さんは我を見失っているだけだ!」
「どうでもひなたが殺されちまったのは事実だろうが!あんな危険な奴もっと早くに殺し
ておけば良かったんだよ!」
 きっと悠を睨み付けたまま、Hi−Waitは吐き捨てるように呟いた。
「あんたはいいさ……目障りな奴が死んだんだからな。内心喜んでんだろが!」
「こっ……」
 悠の平手打ちがHi−Waitの頬を打った。
 しばらくの間をおいて、わなわなとHi−Waitの肩が震える。
「やりゃあがったな……?」
「誰であろうと私と西山さんを誹るものは放っては置かない」
 Hi−Waitは牙を剥いて悠に殴りかかった。
「てめえから殺してやるっ!」
「やめてっ!」
 ぴたりとHi−Waitの動きが止まった。
 美加香は膝を抱きかかえるようにして顔を伏せている。
「もうやめてよ……お願いだから……」
 拳を振り上げたまま固まるHi−Waitに、マールが声を掛けた。
「やーみぃさん……一番辛いのは美加香お姉ちゃんなんだよ…………」
 ちっ、とHi−Waitは吐き捨てると拳をおろした。
 だが殴られっぱなしでは気が済まなかったのか、ぎろりと悠を睨む。
「おい、命拾いしたな」
「Hi−Waitさん!」結城が声を上げる。
 非難の声に耐えかね、Hi−Waitは腰を上げた。
「こんな所で油売ってるわけにいかん……俺は一人ででも西山を殺してやる」
 そのアクセントから、彼の主人格が解放されたことが分かった。
「………やはりあいつが学園で真っ先に排除しなければならない奴だったな」
 そう言い残し、やーみぃは去っていった。
 残った一同には、重苦しい沈黙が残された。
 まずここには落ち込んでいる美加香がいる。
 そして悠と結城の西山の弟子達がいる。
 保護されたマールとルーティがやはり落ち込んでおり、ちょっと離れた場所にゆきと
初音と楓とが捕獲されている。
「私、やっぱり信じられないよ……」
 そう呟いたのはマールだった。
「英志お兄ちゃんがそんな残酷なことを…………」
「僕だって信じられないよ」悠が応じる。
「でも……事実なんでしょう?その……」結城は言いかけて、口ごもった。
 美加香はまだ落ち込んでいる。
 ルーティは突然がばっと飛び起きた。
「あたしもやーみぃさんに付いてく!ひなたさんの敵を討つんだ!」
「ルーティ!?」
「ルーティちゃん!?」
 一同が驚きの視線を向ける中、ルーティはばっと背を向けた。
「落ち込んでばかりで何もしないなんて………そんなの卑怯だから」
 そう言い捨てて、ルーティは走っていく。
「ルーティ!待ちなさい!」マールはその後を追おうとして立ち上がった。
 が、むんずと結城に首根っこをつかまれる。
「離してください!ルーティが……」
 必死に言うマールだったが、結城は真剣な目でマールを見つめた。
「君が行ってもどうにもならない!やーみぃさんだってルーティがいれば無茶なことはし
ないだろう。ここで待っているんだ」
 マールは諦めて地面にしゃがみ込んだ。
 そんな二人を見て、悠はふうっと息を吐く。
「で、どうするんだ?美加香さん、あんたは……」
 その呟きに、美加香は立ち上がった。
 目はまだ潤んでいるが、強い意志の光が宿っている。
「私…行きます。行ってひなたさんをみつけます。ここでじっとしてるのは卑怯ですから」
 悠はこくりと頷いた。
「私も付いて行かせて貰う……西山さんにもう一度会って確かめたい。拒否は認めないぞ」
 美加香が拒むはずもなかった。
 結城はマールの頭を撫でながら言った。
「それじゃあ僕はここで楓さん達の見張りをするか」
 こうして美加香と悠の即席コンビは一歩遅れて進んでいった。


「やーみぃさん、待って……!」
 振り向けばルーティが走ってくるところだった。
「どうしたルーティ?安全なところにいた方がいいぞ」
「あたしもひなたさんの敵を討ちたい!闘いたいんだっ!」
 その口調にせっぱ詰まったものを感じ、やーみぃは口ごもった。
 安全を考えると拒否したいところだが……ここで帰しても一人で戦いに行きかねない。
 ここはその心意気を買ってやるか。
「分かった。だけど、俺の後ろに付いてろよ?」
「うん!」
 やーみぃはふっと表情を緩めると、ルーティを従えて歩き出していった。


 時間はまた少しばかり進む。


 もうすっかり日は暮れた。
 窓から射し込んでいた光もすっかり弱くなってしまった。
 傷は大分癒えてきたようだ。
 いつもよりも若干DK細胞の効きが早い。
 それだけ風見が昔の風見に近付いているという事だ。
(外道の心を手に入れる前の……僕)
 SS不敗流後継者としての風見ひなた。
 捨て去ったはずの自分の影。
(別れ際にゴメン………ね)
 自らの台詞に苦笑する。
 すっかり心も弱くなってしまったものだ。
 それだけ素直になったという事か。
 西山が本格的にエルクゥに目覚めたことでDK細胞が活性化し……かつての自分に近付
いているということなのだろうか。
 どっちにしろこのままでは死ぬ。
(何とかしなくちゃな)
 と、そのときがらがらと窓が開いた。
「ふん、いたか。美加香さん、こんなところで寝ていますよ」
「体育倉庫なんかにいたんですね」
 小さい窓から入ってきたのは美加香と悠だった。
 ご丁寧にも窓の格子は切断している。
「ひなたさん、精神リンク通じないから心配したんですよ」
 美加香が心底安心した、というように言った。
「ん?……直ぐに治るだろ」
 風見は敢えて何も言わなかった。
 悠はじっとこちらを睨んでいる。
「西山さんはどこに?」
「さあね。僕をここに閉じこめてどこかに行っちゃったよ」
 その言葉に嘘はなかった。
「大方楓様を捜して………!?」
 自分の言葉に風見は青くなった。
 美加香と悠も同じである。
「楓様はどこに!?」
「あの、SS不敗流の修行場に……」
「直ぐ戻るぞ!誰が残ってる!?」
「結城さんがいますけど…」


 三人が帰り着いたとき、道場はぼろぼろになっていた。
 風見は息を呑んで扉を開ける。
 そこに待っていたのは予想もしなかった光景だった。
「おっと……生きてたんか。悪運の強い奴やな………」
「やーみぃ!?」
 その横ではせっせと包帯を巻いているマールがいる。
 さらにルーティがばったりと床に倒れていた。
 やーみぃは入ってきた三人を見ると、弱々しく笑った。
「つつつ……まあしかし良かった、お前が無事……」
「ルーティ!しっかりしろ、ルーティ!!!」
 風見はルーティに飛びつくとゆさゆさとその身体を揺り起こす。
 やーみぃは所在なげに手など上げていた。
「おーい……俺は無視か………?」
 マールが苦笑しながら風見に笑いかける。
「大丈夫ですよ。西山さんに投げられたショックでハングしてるだけですから」
「そうか……」
 風見はほっと息を吐くと、やーみぃの胸ぐらをひっつかんだ。
「やーみぃ!貴様が付いていながらルーティをこんな目に遭わせるとはどういう了見だ!」
「てめえって奴は……人が命がけで闘ったってのにそれかい……!」
 息も絶え絶えなのだが、風見は構わずにやーみぃを締め上げていた。
 美加香はつつっと汗を垂らしながら、頭を掻いた。
「ま、まぁこの二人らしいですけど……」
 悠はあくまでも冷静にやーみぃに近寄る。
「で、楓さんはどこに?」
「楓ぇ?俺がここに戻ってきたときにはいなくなってたぞ」
 ぎょっとして三人は顔を見合わせた。
「やーみぃ、どういうことだ!?」
「どうしたもこうしたも……俺が帰ってきたらマールが結城は楓を連れてどっかいっちま
ったっつーからここで代わりに留守番してたんだ。そしたら西山がやってきて……この子
達は護ったけどゆきと初音を連れて行かれちまった」
 風見はぐっと拳を握りしめた。
「よし、よくやったやーみぃ!」
『よくないっ!!』
 美加香と悠のツッコミが風見をどつき倒した。
 やーみぃは一人照れている。
「たはは、そう言われると照れるなぁ。まあ親友だからな、頼りにして……うっ」
 とりあえずうるさいやーみぃを殴り倒して、悠は振り返った。
「それにしても光さんはどこに?」
(やーみぃさんは重体なんだけど……)マールは一人胸中で呟きながら包帯を巻き直した。
 風見はむくっと起きあがって考えるポーズを取った。
「何で結城君は楓様をどこかに連れ出すような真似をしたんだろうなぁ……?」
 といいつつ実は既に風見には筋が読めていた。
 しかし、ここで明かしていいものか。
 誰かが見ている可能性もなきにしもあらず…風見は何も言わないことにした。
「さて、行くか」
 そんな風見を見咎めて悠は話しかけた。
「待て。何か知っているのか?」
「何を?」
 悠はじっと風見を睨んだ。
「まさか貴様西山さんと結んで……」
 風見は冷たい目をして悠を見た。
「……今の侮辱は聞き逃してあげます」
「残念ながら外道に許して貰うほど私は落ちぶれていないんだよ」
 悠は真剣な目で風見を見た。
「寛恕とは悪人と馴れ合う事じゃないからな。わかるか?」
「悪人………ね」
 風見は苦笑した。
 やはり周囲からはそう思われているのだ。
 ちょっとした安心を覚えた。
「そうとも、僕は偽悪者だ」
 だが、本人がそう言いきったにもかかわらず悠は少し考え込むような素振りを見せた。
「貴様は悪人……のはずなのだが。ジャッジに入ったりエルクゥ同盟の一員だったりダー
ク十三使徒のハイドラントと親交があったり。……貴様、何者だ?」
「……万事に中途半端なだけです。中途半端に正義、中途半端にダーク……他にないです」
 そう、他にどんな言いようがあるっていうんだ。
 僕は悪人になりたかったんだから、これ以上の説明なんて必要ない。
 素直な心の弱者より汚れた心の強者になろうとしたのだから。
「ではやはり貴様は私の敵だ」
「好きにすればいいでしょう」
 余計なお世話だ。
 風見は小さく呟くと、道場を出ていった。
 悠もそれに続く。
 美加香は首を傾げながら、二人の後を追った。


 結城は日暮れの中、楓の後を歩いていた。
「で、師匠の居場所はまだ分からないわけですか」
「はい」
 楓はこくっと頷く。
 もう何十分か学内を歩き通しだ。
 悠が出ていってから楓が目覚め、それからずっと二人で歩いている。
「でも見つけたところでその後ろに隠れてる奴を叩かないとどうしようもないんでしょう?」
「それはそうなんですけど」
 結城はこりこりと頭を掻いた。
 少しばかり不安そうな表情である。
「どうかなぁ………いくらなんでもエルクゥ………僕に倒せるかなぁ」
「でも英志さんの弟子なんでしょう?」
「まぁそうですけど……」
 楓は安心しきっている。
 結城は言い出せなくて困惑してしまった。
 一度も敵に勝ったことがないなどとは、とても言えない。
 本当はもう道場に帰りたいのだが。
(安請け合いするんじゃなかったなぁ)
 結城ははあっとため息をついた。
 やっぱりここははっきりと言った方がいいな。
「楓さん、ひょっとしたら風見さんも帰ってるかも知れないし一度道場に……」
「あっ」
 それでもどこか言い訳がましく口を開いた結城を無視して、楓は声を上げた。
 結城もつられてそっちの方を見てみる。
 そこには陽の残光に照らされたゆきと初音がいた。
 ゆきは殺気を浮かべてこっちを睨み付けている。
「光さん、出番です!」
「え、そ、そんな……」
 楓に振られて結城は困惑した。
 話が違う。
 自分の役目は西山師匠の後ろで糸を引いている奴を倒す事じゃなかったのか!?
 しかも何でこんな所にゆきと初音がいるんだ?
 道場はすでに襲撃されているのか………。
 ゆきはぎしっと爪を鳴らし、楓の方へと進み出た。
「さて、楓様。あなたには再洗脳を受けていただきますよ」
「お姉ちゃん」
 楓はすっと結城の後ろに隠れた。
 ごくり、と青ざめた結城の喉が鳴る。
 た……頼られてる………。
 逃げるわけには行かないようだ。
 結城はなけなしの勇気を振り絞って叫んだ。
「こうなりゃやけだっ!!!」
 覚悟を決めて、というかやけになって拳を固める。
 そして勢いを付けてゆきに迫っていく。
「僕だってSS不敗流の拳士、西山先生の弟子なんだぁぁぁ!」
「貴様など眼中にはないな」
 あまりにも冷たい反応だった。
 ゆきに蹴飛ばされあっけなく結城は壁に叩きつけられた。
(そ、そんなぁ………)
 ずりずりと壁をずり下がりながら、結城は心の中で泣いた。
 あまりにもあっけなさすぎる。
「未熟者………だから君に後継権渡すのが不安なんですよ」
 ざっ、と地を踏みしめる音が聞こえた。
 結城は痛みをこらえつつ顔を上げる。
 兄弟子の一人が、いつも通りの余裕の笑みを浮かべていた。
「ゆきちゃん、渡せませんよ。楓様をお護りするのは今のところ僕の仕事なのでね」
 楓はたたっと風見の方へと走っていく。
 ゆきはぎりっと歯がみして、風見を睨み付けた。
「また邪魔をするのか、貴様!」
「ずっと思ってたんですけどゆきちゃん……怖い言葉遣いしても迫力ないですよ」
 風見の挑発にゆきは凶暴性を燃え上がらせた。
「なめるなよ人間っ!」
 だがゆきの迫力も西山の殺気と比べればそよ風くらいにしか感じられない。
 風見はふっと冷笑を浮かべると、ちゃきっとカタールを構えた。
 ゆきは絶叫を上げると、雪辱を晴らすべく突き進む。
「今度こそ死ねぇぇぇっっっ!!!」
「獣になると知能まで動物並になるんですかね……」
 風見は一歩踏み出すと、大きく上方に跳んだ。
 ゆきもそれを見て宙に飛び上がろうとする。
 だが、そのモーション中に空を切り裂く銃声が起こり、ゆきの肩口がえぐれた。
「なっ……にっ………!?」
 バランスを崩し、ゆきが踏みとどまる。
 そしてその頭上から風見が舞い降りてきていた。
「いくら腕力があっても経験から学習しない奴は決して勝てませんよ」
 そう呟き、カタールの柄をゆきの脳天に突きおろす。
 弱点めがけての強烈な一撃に、ゆきはたまらず昏倒した。
 初音もほぼ同時に美加香からの当て身を受けて倒れる。
 あっと言う間に二人を倒して、風見はふうっと汗を拭った。
「ご苦労様でした、悠さん」
「ふん………」
 悠は未だ硝煙を上げ続けるライフルを持ったまま、闇の中から姿を現した。
 嘲るような目で風見を見ている。
「戦士の風上にも置けん奴だな。これは計略ではない。だまし討ちだ」
 悠の言葉に風見は肩を竦めただけだった。
「殺し合いにルールは不要。それに………あなただって共犯でしょう?」
「……………下衆が」
 悠の銃撃でゆきの動きを止めてから、風見が不意打ちを喰らわせたわけである。
 卑怯と言えばこの上なく卑怯な戦闘であった。
 だが、風見はこういった戦法で納得しているのだが。
 結城は頭を押さえながら立ち上がった。
「風見さんって相変わらずこういうの得意なんですね………」
「……拳を捨てた身にはこうするしかないんですよ」
 自嘲するように風見は笑みを浮かべると、くるりと楓の向こうの闇を見つめた。
「さて、貴方の出番ですよ………師匠」
「うむ」
 西山は爪を打ち鳴らしながら、一歩ずつその姿を現した。
 完全に変態を遂げたその姿。
 まさに鬼と呼ぶべき破滅的な美しさを備えた生きる凶器がそこに在った。
 楓は哀しそうにそんな西山を見つめている。
 西山はくっくっと笑うと、爪を赤い光に輝かせた。
「さあ、俺自らが引導を渡してやろう……俺の可愛い弟子達よ!」
 どこだ。どこにいる。
 中継となる奴は…………どこにいるのだ。
「どこを向いてるんです、風見さん!」
 結城の声に風見は視点を西山に戻した。
 目前に迫った西山の爪が風見の頭めがけて振り下ろされる。
「ちっ!」
 ほぼ反射的に振り上げたカタールとぶつかり合い、カタールの刃がへし折れた。
 だが西山の方とて反動がないわけではない。
 躊躇の隙に風見はサイを構えつつ後ろに飛んでいた。
(こりゃとてもじゃないけど師匠をあしらいつつってのは無理だな)
 風見の頬からうっすらと血が流れ出る。
 先ほどのカタールの破片によって出来た切り傷だ。
 風見は悠の側に走ると、その手に自分の手を重ねた。
「何だ、これは…………?」
「…………どうやらこれは貴様の出番のようです」
 悠はそれを握ったとき、本能的にその使い方を知ったらしい。
 こくりと頷くとそそくさとこの場を離れて行く。
 見咎めて悠を追おうとする西山の前に風見は立ちはだかった。
「おっと。師匠、あなたの相手は僕たちです。弟子誤れば師が直し……師が曇れば弟子が
吹き払う。あなたの作ったSS不敗流にはそんな掟がありました……」
 僕たちという表現に結城がごくりと唾を飲み込み立ち上がる。
 西山はくっくっと笑うと牙を舐めた。
「では貴様達が俺を正すというのか?所詮未熟の身で?それに………」
 風見はサイを構えた手にわずかに力を込める。
 だが、西山の言葉は風見の心配した狩りの予告ではなかった。
 ただし風見に衝撃を与えるにはそれで十分であったが。
「風見。貴様は我が門下ではない」
 その言葉にびくりと風見のサイを握る手が反応する。
 しばしの沈黙の後、やがて風見は笑い出した。
「成る程…………ならば、こうすればいいのです」
 だらりとサイを握っていた手がずり下がり、サイが地に落ちる。
 ブレザーの上を脱ぎ去って地面の上に脱ぎ去ると、ずしんと重そうな音がした。
 やがて完全に暗器を捨て去った風見は不敵な笑みを浮かべると拳を掲げた。
「僕は鬼畜拳の使い手風見ひなたではない。今の僕は………」
 拳が茜色に輝く。手に填めていたグラブが千切れ飛び、その下からきらきらと輝く紋章
が露になる。
「四人の鬼姫が一人柏木楓の忠実な守護者…………」
 頭にくくりつけていたバンダナが吹き飛び、そして拳には楓の葉が記された紋章がはっ
きりと力を放射させていた。
「SS不敗流次期後継者候補!西山英志が弟子、風見ひなただ!」
 風見の両眼は今や皮肉と冷徹に満ちたそれではなく、かつて師の下で修行に明け暮れて
いた頃の純粋な色に満ちていた。
 美加香は自らの不要を知り楓を庇いつつ後ろに下がる。
 鬼畜でないのなら自らに出来ることはこれくらいしかないのだ。
「風見さん…………」
「いくぞ、光君。師匠を止めに!」
 結城を引き起こした風見は険しい眼で西山を睨み付けた。
「馬鹿はあなただ。楓様の本心はどこにあるか。そしてあなた自身の心がどこにあるか悟
っていないわけでもなかったろうに!」
(そうとも………師匠だって完全に支配されているわけじゃないんだ)
 でなければ。
(でなければあのとき僕を助けるはずなんてなかったんだからな!)
「師匠!この命に代えてあなたを正気に戻す!」
「貴様達にそれが出来るか!?我が力は偽りではない!」
 西山の叫びに風見はひきつった笑みを浮かべながら、結城に囁いた。
(僕が良いって言うまで攻撃を掛けるなよ)
(え?は、はいっ)
 風見の、そして西山の闘気が高まって行く。
 そして、風見と結城、そして西山の力が激突した。

 数合の後に、風見と結城は手ひどく傷つけられていた。
 対する西山の方も無傷というわけではないが傷の治りは極端に早い。
「それで終わりか、軟弱な……」
「馬鹿に、するなぁっ!」
 風見の叫びと共に校庭の土が吹き飛ぶ。
「我が師匠に鍛えていただいたこの身体、そうは簡単に屈することはない!」
 それは結城も同じ事だった。
 不屈の闘志を秘めた眼で師を見つめる。
「ならば………次で死ね!石破!楓!天驚拳っっっ!!!!!!!」
 赤く燃えるエネルギー波が二人めがけて飛来する。
(まだか……まだか悠!?)
「風見さん!」
「光君、根性入れろぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
 視界が真紅に染まった。

「今だっ!」
 悠は西山のはるか後方に隠れる鬼に音もなく走り寄ると、全力を込めて青く光るナイフ
で斬りつけた。
 通常ならそれで鬼がダメージを喰らうはずもない。
 だが、このナイフは違うのだ。
 このナイフは……………。
「風見ひなたが師への祈りを込めて護った鬼を狩る武器だっっっっ!!!!!」
 悠の絶叫と共に抵抗する鬼の胸めがけて風見が砕かれた爪の一部が突き立った!。
「滅べ、鬼よぉっ!」

 青い白い光が西山の向こうに点灯し、風見は溜めに溜めた拳の力を一気に解放させにか
かった。
「光君、今がそのときだぁぁぁっ!!!」
「はいっ!」
 西山は支配を断たれぐっとよろめいた。
 ダリエリの強制覚醒を受けた西山はダリエリの力を中継する鬼によってそのコントロー
ルを受けてきた。いわばエルクゥのテレパシーの応用だ。
 そして中継した鬼の意識が弱まれば……西山の支配、そしてコントロールが自然弱まる。
(このくらい溜めないとエルクゥの装甲はぶち破れないからなぁ!)
「二人の力を一つに集めて行くぞ。いいな」
「はい」
 しかし西山とてただ者ではない。
 力を掻き集めるとそれを集約する。
『流派、SS不敗の名に置いて!僕のこの手が真っ紅に燃える……楓を護れと轟き叫ぶ!
爆裂、メイプルフィンガー………楓天驚拳!』
「うおおおおおおおおおっ、石破!楓ぇ!天驚拳ーーーーーーーーーーーっっ!!」
 そのとき………西山の獣化した赤い瞳の表面に………楓の祈る姿が映った………。
 二つの真紅のエネルギー波の固まりは双方の陣営に向かい突き進む!
 風見は結城を突き飛ばすと、にやっと笑って見せた。
「あと………頼んだよ」
「か………風見さん…………?」
 そして風見の姿がエネルギー波の中に消え……西山の横をすり抜けた二人のエネルギー
波はそのはるか背後に居た鬼を穿ち………。
 結城はぼたぼたと涙を流しながら西山の横を走り抜け………。
 そして両手に野立を構えた悠と赤く燃える拳にかつてない怒りを込めた結城の攻撃が…。
 西山達を中継支配していた鬼を木っ端微塵に打ち砕いた。

 楓が西山に取りすがって泣いている。
 力を失った西山のその胸を何度も何度も揺り動かす。
 結城は全体力を使い果たしてしまいぐったりと倒れて動けなくなっている。
 風見は………クレーターの底で眼を閉じたまま動かない。
 悠は冷たい目でその光景を見ると、その場にしゃがみ込んだ。
「全てはまた………日常の中へ消えて行くのか」
 呟いて、じっと西山を見つめる。
 楓の必死の涙に答えて、やがて西山は目を見開いた。
 凶暴で荒々しい獣のそれではなく、優しい人の眼で。
 結城もやがてうなり声を上げ、生きていることをアピールする。
 それらを見渡してから、悠はクレーターの縁に立った。
 美加香がそんな風見の近くに座り込んでいた。
「奴は……あの男は………」

 風見はうっすらと目を開け、美加香の姿を認めるとにやっと笑った。
 いたいたしい傷口が少し開き、風見はわずかに顔をしかめる。
 それでも余裕に満ちた笑いを何とか作ると、美加香に囁いた。
「ほら、ね?たとえどうなっても僕は最後には絶対に勝つんですよ」
「………馬鹿」
 美加香はそう呟くと、ぎゅっと風見を抱きしめた。
「いだっ!美加香、痛いぞ………っ」
 風見は美加香に文句を言おうと痛む身体を叱咤して立ち上がらせた。
 だが、その勢いはすぐに半減する。
「馬鹿です………ひなたさん、馬鹿ですよっ……他人を傷つけることでしか………自分を
傷つけることでしか優しさを見せられないんですからっ………」
 嗚咽を漏らしつつ取りすがる美加香に風見は何も言うこともせず、その身を任せた。
(せめて今日だけは……SS不敗流後継者でいてあげましょう)
 風見はくすりと笑うと、澄んだ眼を暮れなずむ夕焼け空に向けた。
 突然美加香の重みがなくなる。代わりに頭が持ち上げられ、ふぁさっとした安らぎが
後頭部から伝わってきた。
 困惑する風見を、美加香はまだ少し潤んだ目で上から見つめていた。
 びっくりして罵倒しようとする風見が、ぴたりとその表情を止める。
「美加香………お前の膝、こんなに柔らかかったんでしたっけ?」
「はい、女の子ですから」
「女の子、ね………………」
「はい」
 風見は眼を閉じて、唇を緩めると頭の重みを美加香に預けた。
「今日ばかりは女の子扱いしてあげましょう。感謝するんですよ」
「はい」
 そう言うと、美加香は安らいだ表情の風見に微かに微笑みかけた。

 クレーターの底を見下ろしていた悠はふん、と鼻を鳴らすと太刀を鞘にしまい込んだ。
「風見……貴様を目標にするのはやめだ。貴様のように腑抜けた輩はとうてい私のライバ
ルになどなりえんからな」
 そう言って悠はいずこかへ立ち去って行く。
 それでもその眼は、限りなく優しいままで。


 こうしてある一人の少年を巻き込んだ事件は一部に置いて終焉を迎えるのである……。

      「Leaf学園の一番長い日・風見編後編」完
                                        
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ネタパク企画『今日の英志さん』

「さーて、怪我も治った!」
 ぴんぴんだぞ、西山。
『げげっ、早い!?』
 驚く三人を後目に西山はつやつやと血色のいい顔色で言った。
「んじゃ恒例のあれだっ!」
『ひいいいいいいっ!?』
 おそれおののく三人を無視してすーーーーーーっと息を吸い込み………。
「楓ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!?』

 こうして結城、風見、美加香の三人はさらに重傷を負った。
 特に結城は二週間ほど入院する羽目になったそうだが……。
 それはまた別の話。