Lメモ外伝「タキシード金(ラメ入り)」 投稿者:風見 ひなた
 あるとき気が付くと私は一匹の蝶になっていた。
 私はひらひらと辺りを飛び回った。
 そのとき私は明らかに人ではなく蝶そのものであった。
 しかしまた気が付けば、私は昼寝から醒めたところだった。
 はたして私が蝶の夢を見ていたのか、それとも蝶が私の夢を見ているのか私には分から
なかった。
                            ―――『荘子』


 今日もいい天気だなぁ…。
 風見は伸びをすると、ベッドから飛び降りた。
(あれ?)
 なんだか違和感を感じ、振り返ってみる。
 妙にベッドが高いような気がした。
 それでけではなく、なんだか目に入るもの全てがいつもより大きく見える。
 首を傾げつつも風見はドアに向かって歩き出した。
 ぺたぺたぺたぺたぺた。
(………………え?)
 何の音だ?
「きゅきゅきゅぴ?」
 …………………………。
 この声って、まさか…。
 風見は自分の手をしげしげと眺めてみた。
 青くて指がなかった。
 ……………………………。
(なんじゃこりゃああああああああ!?)
「きゅきゅきゅくくきゅきゅきゅーーーーーーーー!?」
  風見はばたばたと自分の机に飛びつくと、引き出しから手鏡を取り出した。
 紛れもないペンギソが鏡を覗き込んでいる。
 体中からだらだらと脂汗が流れた。
 手を挙げてみる。
 ペンギソも手を挙げる。
 口を開いてみる。
 ペンギソも嘴を開く。
 シェーをしてみる。
 よく見えないがどうやらシェーをしているようだ。
 間違いない。
(ペンギソになっちまったーーーーーーーーーーーーっ!?)
「きゅきゅきゅきゅぴきゅるぴーーーーーーーーーーーーーーっ!!?」
 風見は荒い息を吐き出しながら昨日のことついて振り返ってみた。
 確か昨日は学校から帰った後、マールと師匠が遊びに来て、ティーナも里帰りして…久
しぶりにみんなでテーブルを囲んだ。
 そのあと9時までみんなで遊んでいたが、突然眠気が差してベッドに崩れるように倒れ
込んで…。
 それからの記憶がない。
(にしてもまいったな、こんな所を美加香にでもみつかろうもんなら…)
「ひなたさん、朝ですよぉ〜!早くご飯食べちゃってくださーい!」
 げげっ!いきなりきやがった!
 風見はわたわたと部屋中をかけずり回った。
 窓から逃げようとも思ったが、いかんせんペンギソの身体では高すぎる。
「ひなたさーん、早く食べないと学校に遅刻しちゃいますよ〜」
 ここは適当に返事してゴマかすっきゃない。
(ああ、すぐ行く!)
「きゅきゅきゅぴーーーー!」
 …………………………………………。
「えっ!?」
 美加香がドアを凄まじい勢いで開け放った。
 そしてがびーんという効果音を背負った風見を見て、目を輝かせる。
「きゃーーーーっ、ペンギソだーーーっ!可愛い〜〜〜〜☆」
 エプロンをした美加香がダイブして、風見をぎゅっと抱きしめた。
 普通の男なら女の子に抱きしめられれば嬉しいものだが、美加香の場合は話が違う。
 はっきり言って、ターミネーターにさばおり喰らったようなもんである。
(てめえ、殺す気かっ!?)
「きゅるぴっ!?」
 風見の容赦ない蹴りが美加香の顔面にヒットし、美加香はごろごろと部屋の外まで転が
っていった。
 だがそこで諦めてはペンギソファンとは言えない。
 美加香は素早く立ち直ると再び風見に抱きついた。
「ペンギソ〜!この愛くるしい嘴が〜〜!!」
(いい加減にさらしやがれこのすかたん貧乳脳天気グロ生物マニアがっ!)
「きゅぴっ!」
 風見のペンギソアッパーが美加香を天井に叩きつけた。
 ひゅるるる…と音を立てて落下する。
 それをさらに踏みつけてから、風見はたまたま机の上に置いてあったノートを取ると嘴
にペンを加えて顔を動かした。
 美加香が目を回しながら上を見上げ、ノートを見てぎょっとする。
『馬鹿たれ、僕だ僕』
「ひ、ひなたさんっ!?」

 ルーティは夜の内に汗で肌に張り付いてしまったTシャツをぱたぱたいわせながら二階
から降りてきた。
 基本的に高等部で何が起ころうと初等科には関係ない。
 今日は何をして遊ぼうか、などと考えながらルーティは居間のドアを開けた。
「ひなたさん、師匠、おはよーーーっ!」
 ペンギソが椅子に座りながら新聞を読んでいた。
 その向こうでは美加香がぐつぐつと味噌汁を煮込んでいる。
 ルーティはそのまま無言でドアを閉めた。
 しばし頭を抱えてしゃがみ込む。
「………ペンギソ?」
 呟いて、ルーティは対応に困った。
 どうしよう。なんかペンギソが家の中に入り込んでるし。
 とりあえずもう一度ドアの影から中の様子を窺ってみる。
 相変わらずペンギソが風見の席に陣取っていた。
「そんなとこで何やってるの?」
 ぎくっとしてルーティは飛び上がった。
 制服の上にエプロンを掛けた美加香が怪訝そうにこちらを見下ろしている。
「う、ううん別にっ!」
 ルーティはぎこちなく席に座ると、そっと目の前のペンギソを見つめた。
 ペンギソは眼をぱちくりさせてこっちを見ている。
『どうかしたのかい?』
 スケッチブックに書かれた文字を見て、ルーティはぶんぶんと首を振った。
「なんでもないよっ!それよりひなたさん……」
『ん?』
 ごくり。
「…………ううん、なんでもない」
 触れてはいけない話題のような気がした。
 きっとこれは夢だ。今日一日終わってぐっすり寝ればまたいつも通りの今日が始まるん
だ。だから、変なことにこだわっちゃ駄目なんだ。
 すでに悟りきっているルーティであった。
「ルーティ、卵は完熟がいい?半熟がいい?」
「………半熟」
「ひなたさん、お魚は秋刀魚がいい?鰯がいい?」
『鰯』
「はいはい、ちょっと待ってて下さいねーっ」
 美加香はいつもよりちょっとかいがいしく働いている。
 だが、ルーティは少しだけ口を付けただけで席を立った。
「……ごちそーさま」
「あれ?もういいの?」
「…………うん」
 ルーティは顔を伏せ、足早に居間を出ていこうとした。
 残った美加香と風見は顔を見合わせた。
「消化器官の調子でも悪いんでしょうか?」
『反抗期じゃないだろうな』
 ルーティには言えなかった。
 こっこっこっと魚を丸飲みしている風見を見て、餌付けしてみたいと思ったなどとは。


「やーみぃさん、お早うございまーす!」
「ん?お早う、美加香」
 Hi−Waitは挨拶を返してから、きょときょとと辺りを見回した。
「あれ?ひなたはどこいったんだ?いつも一緒に登校してるくせに」
「いえ、ちゃんとここにいますよ」
 美加香の返事に、Hi−Waitはより一層周囲を見渡す。
 だがいつもお馴染みの目つきの悪い親友はどこにも見いだすことは出来なかった。
「やっぱりいないぞ」
「ほら、ここですってば」
 美加香は背負ったディパックをどん、と机の上に置いた。
 もぞもぞ、とバック自体が動き勝手に転がる。
 やがてじっと凝視していたHi−Waitの前に、「やあ」と挨拶しているポーズを取
った一羽のペンギソが現れた。
「ひなたさんです」
『おう、お早うやーみぃ!』
 スケッチブックを掲げたペンギソを見て、Hi−Waitの動きが一瞬止まる。
「ひ…な…た?」
『どうかしたのか?』
 喧噪の続く教室の中で、Hi−Waitは硬直していた。
 たっぷり1分の後、それはHi−Wait自身の絶叫によって破られることになる。
「わーーーーーーーーっ、ひなたがペンギソになっちまったーーーーーーーーーっ!!」
『なにぃぃぃぃぃ!?』
 その瞬間、教室に溜まっていたり教室のドアを蹴破って入ってきたりした生徒達が思い
思いの凶器を持って殺到してきた……。


(逃げ切れたか……?)
 風見はぜいぜいと荒い息を吐きながらその場にへたりこんだ。
 中庭の木の陰である。
 まぁここまで逃げてくればもう心配はあるまい。
 あの後Hi−Waitと美加香の献身的な防御により窓から飛び降りた風見だった。
 全く人がペンギソになった途端に襲いかかってくるとは卑怯な連中である。
 等と思っている風見は当然日頃の行いが悪いせいだという考えなど全く持ってはいない。
(くそう、連中元の姿に戻ったら絶対に半殺しにしてやる)
 だからそれがいかんのだというのに。
(しかし……)
 何でこんなことになってしまったんだろうか?
 少なくとも風見には突然ペンギソになるような異常事態には心当たりなかった。
 あってたまるかという感じもするが。
(全くこんな魔法みたいな……)
 魔法?
(まさか誰かに呪われたのか!?)
 風見は愕然として立ち上がった。
 ジャッジの一員として日頃妖魔を狩る風見である。
 その可能性は極めて高かった。
(こうしちゃいられない、今すぐにでも呪いを解かなくちゃ)
 そのとき向こうの方で大声が響いた。
「見つけたぞ、風見だっ!」
「今こそ日頃の恨みを晴らすときだぁぁぁ!」
「覚悟しろ風見ーーーーーーっ!」
 見つかってしまったらしい。
 連中、全員授業ボイコットしてきやがったな。
 この姿では外道技を使うことは出来ない。
 風見は背を向けると素早く走り出していった。

 その頃「緊急風見タコ殴り大会」が始まり授業どころではなくなってしまった校舎の方
では、さまざまな情報が飛び交っていた。
「沼の方で風見の足跡を発見!」
「家庭科準備室で風見らしきペンギソが冷蔵庫を漁っていたそうです!」
「女子寮で覗きを働いていたペンギソは風見ではないかとして私刑許可嘆願が出ています!」
 由紀はばたばたと書類を整理しながら、高速で作業をしている太田を振り返った。
 至って冷静に手続きを終えている。
「ねえ香奈子」
「何?」
 太田は書類から顔も上げずに返事した。
 いつものことなので由紀は特にこだわらない。
「いいの?なんかどさくさ紛れに色々起きてるみたいよ?」
「構うことないわ。彼は生徒会の敵だし、たまには……」
「え?」
 香奈子は書類を見ながらくすりと笑った。
「こんなイベントもなけりゃ一般生徒にストレスが溜まるもの」
 だんだん月島さんに似てきたわねぇ。
 そう思いながら由紀は再び資料に視線を帰した。
 それっきりこの件に関して暗躍生徒会からは何もコメントはなかった。

 くぅ、この姿は足が短いから走りにくい。
 それでも風見はペンギソの超常的能力を駆使して逃走を続けていた。
(着いたっ!)
 風見が一直線に目指したのは図書館だった。
 狙いはこの中に収められている魔道書である。
 そのままダッシュで中に駆け込む。
 さすがに一般生徒はこの中にはおらず、代わりにまさたが暇そうにカウンターに座って
いた。相変わらず授業を受けない男である。
 声を掛けようとして風見はためらった。
 ……どうやって中に入れて貰おうか?
 この姿で風見だと主張しても中に入れてくれないだろう。
 迷っていると、まさたがこちらを向いた。
「あ、来たね風見君」
 あれ?
『僕だとわかるんですか?』
「まあね」
 そう言って、まさたはごそごそとカウンターの中を探った。
 取り出したのは一冊の本。
 近寄る風見にあるページを示しながら、まさたは解説した。
「いいかい?君が掛けられたのは古代使われた刑罰の呪文だ。悪人に自らの罪を自覚させ
るべく無力な動物の姿に変えてしまう呪いなんだよ」
『ふーん』
 答えながら、風見はある疑惑に囚われていた。
 ……何故いきなり答えられる、この男。
「その眼はどうして僕が知ってるのか疑ってる目だね?」
 訊かなくてもみりゃわかるだろが。 
(やっぱりこいつが掛けたのか?)
「言っておくけど犯人は僕じゃないからね」
 信じろと言う方が無理な発言をしてくれる。
 日頃の行いという言葉を知っているのだろうか?
「犯人はここにいる……」
 そう言うとまさたはカウンターの中から一人の少女を取り出した。
「えへへ、ひなたさんごめんね☆」
 ティーナは悪戯っぽく笑うと、ぺこっとお辞儀した。
 目を白黒させる風見に、ティーナは説明した。
 昨日風見が疲れて眠ってしまった際に、暇つぶしに読んだこの魔道書の呪文をどうして
も試したくなりこっそりと呪文を掛けたのだそうだ。
 そのままティーナは帰宅してしまい、あとで美加香から話を聞いて慌ててまさたの所に
相談に来たのだという。
 愛娘が軽い悪戯心でやった行動に、風見は怒る気力もなくへたりこんだ。
『…で』
 だるそうにマジックでスケッチブックに書き込む。
『もういいから早いとこ魔法を解いてくれません?』
 その書き込みに、まさたとティーナは顔を見合わせた。
 言いにくそうにもじもじしている。
 風見は非常に嫌な予感がして思わず顔がひきつった。
 このパターンは……?
「風見君、解き方は地下500階のこの魔道書の下巻に書かれてるんだ……」
 目眩がした。


 結局たった一人で地下に潜る羽目になった風見は、エレベーターでとっとと500階ま
で潜ってきていた。
 やろうと思えばいくらでもこうやって潜ってはこれるのだ。
 ただ無理して階段で降りようとするから失敗するのである。
(まあ、ここらのモンスターは足遅いしな)
 素早さだけは折り紙付きの生物である。
 しかし油断は禁物だ。
 500階は未探索地域がある危険な階である。
(考えたらこの階のどこにあるか聴いてこなかったな)
 ペンギソは鳥に見えて鳥でない。
 何故か暗視能力がある不可思議な生物である。
 まあそのうち見つかるだろう。
 風見はぺたぺたと廊下を歩いていった。
 ぺたぺたぺたぺたぺた……。
 ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた……。
 ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた……。
 ぺたぺたぺたぺたぺたぺぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺぺぺぺたたたぺぺたたぺた。
(あれ?)
 風見はぎくりとして立ち止まった。
 自分以外の足音が聞こえたような気がしたのだ。
 しかし、今はもう聞こえない。
(空耳かな?)
 そのままぺたぺたと歩きだす。
 と、どんと何かにぶつかった。
 ちょっと柔らかい。
 見上げると、でっかいトカゲのような生物がぎらんとこちらを光る目で睨んでいた。
 ヤン・ガ・イタン。
 炎を吐く大トカゲである。
 大トカゲはあんぐりと巨大な顎を開いた。
 捕食する気だ。
(き、聞いてない!こんな大物が居るなんて聞いてないぞっ!?)
 暗視能力のせいでその鱗の一枚一枚がはっきり見える。
 風見はあまりの恐怖に思わず絶叫をあげていた。
「きゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 かっ。
 体内に直接レーザーを撃たれた大トカゲはぷすぷすと煙を上げながらそのまま絶命した。
 風見は自分のしたことにあんぐりと口を広げた。
 叫びと同時に口から放たれたレーザーがあっさりと大トカゲを倒してしまったのである。
(ぺ……ペンギソのレーザーって……こうやって撃ってたのか……)
 そのとき、背後で声がした。
「こらっ!こんなところで何をやっている!」
 びくっとして振り返る。
 灰色がかった作業着を着た男がこちらを見ていた。
「駄目じゃないかせっかく捕まえてきた生き餌を……ん?」
 風見はそれが誰であるか悟った。
 葛田玖逗夜。
 ダーク十三使徒首長ハイドラントの忠実な弟子にして、薔薇十字団の一員。
(まずい、この姿じゃ勝ち目ないぞ……)
 怯む風見に、葛田はずかずかと近付いてきた。
「お前一体どこから逃げたんだ?全く……」
(え?え?)
 首をひっつかまえられた風見は抵抗する間もなく葛田に運ばれていった。
 そして行き着く先は……。
『ペンギソ牧場』
 ………げげっ!?
 檻に放り込まれそうになる寸前で風見は葛田の手から慌てて逃げ出した。
 突然の抵抗に葛田は思わず落としてしまったが、直後その顔に怒りが浮かぶ。
「む!?僕に歯向かうのか!?」
 葛田は飼育着の袖を捲りあげると風見を捕獲するべく指をわきわきと動かした。
(冗談じゃない!)
 このまま葛田に飼育されてたまるか。
 風見はいきなり口を開けた。
(喰らえっ!)
「きゅぴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 白色のレーザー光が吐き出される。
 だが葛田は慌てる風もなくそれに真っ正面から相対した。
「ふんっ!」
 直撃。
 世界が純白の閃光に包まれる。
 風見は思わず目を閉じた。
 ペンギソの暗視能力の意味が分かった。
 暗い図書館地下で生活するためではない。
 この閃光に備えるには光を遮断する特殊な瞼。
 そしてその内でも行動できる視界が必要なのだ。
 風見はおそるおそる目を開けた。
 もうもうと煙が上がっている。
 そして、その煙の中に人影があった。
「きゅうっ!?」
 風見は驚きの声を上げた。
 葛田はぴんぴんして嘲るようにこちらを見つめていた。
「甘いねえ……」きらきらと鏡のように輝いている飼育着を指し示す。
「このミラージュスーツにはレーザー光線なんか効かないよ」
(まずった!?)
 失念していたが、この男が飼育者なのだ。
 ペンギソの攻撃に対抗する防衛手段を講じているのが当然ではないか。
 だが……。
(僕にだってこれしか武器はないんだ!)
 風見は全力をこめて体内でエネルギーを還元した。
 そして葛田を睨んで口を開く。
 これを撃ったらしばらくは歩くこともままならぬ、まさに乾坤一擲の一撃。
「いくらやっても無駄なんだよ!」
 葛田は再び身構えている。
(なめやがって……死ねっ!)
「きゅっっっっっっっぴいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」 
 廊下の幅一杯に極太のレーザー光が放たれた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
 葛田の絶叫が聞こえる。
 閃光と疲労のため、風見の視界がブラックアウトした。
 ……気絶したのはものの数秒だったらしい。
 風見は視界を復元させた。
 そこにはぼろぼろになった壁と、その破片が散らばる床と、そしてやはり不敵に笑う
葛田が居た。
(そ…そんな……)
 葛田はぱんぱんと腕の煤を払うと、こちらを驚いたように見た。
「びっくりした……こんな生命力の強い奴がいたなんて……でも」
 その口元が綻ぶ。
「僕には効かないな」
 風見は絶望が心を占めて行くのを感じた。
 やはり駄目だ。
 僕はこのまま暗い地下で葛田に飼われて朽ち果てて行くのか……。
 どどどどどどどどどどどどどどどど……………………。
「ん?」
「きゅ?」
 二人は突然聞こえてきた物音に頭を上げた。
 勝ち誇っていた葛田も諦観を持ち始めていた風見もきょときょとと辺りを見渡す。
 そして葛田が後ろを振り返り、絶叫が上がった。
「な、何だお前達っ!?や、やめ………」
 ぶみっ!!!!!!!!!!
 葛田は轢かれた。
 風見に向かって大量のペンギソ達が迫ってくる。
 そして彼らは皆一様に目にハートマークを浮かべていた。
 ペンギソの生態に詳しくない風見は知らなかったが……。
 レーザーを吐くペンギソはオスに限られる。
 強いレーザーを撃てるオスほど生命力の旺盛な優秀な個体なのだ。
 そして夏の発情期になるとペンギソ達はレーザーを吐いてパフォーマンスを見せるので
ある。
 風見は本能的に貞操の危機をひしひしと感じ、脱兎の如く逃亡を開始した。
 メス達は優秀な遺伝子を求めて全力で風見に追いすがる。
(い、いやだいやだいやだぁぁぁぁぁ!!!!!)
「きゅぴきゅぴきゅぴきゅぴぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!」
(ペンギソに犯されるなんて絶対に嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!)
「きゅうううううううううううううううう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
 全力を使い果たしたはずなのにまだ走れる風見だった。

 今度こそ逃げ切れただろうか……?
 風見は書庫に飛び込むと閂を掛け、奥の方に逃げ込んでいた。
 朝からこんなのばっかりである。
(腹減ったな……)
 早く帰ってご飯を食べたい。
 もう帰れないかもしれないと思うと、美加香の料理が突然恋しくなった。
 ぽつりと涙がこぼれる。
 風見はしゃがみ込んで膝を抱えた。
 もう魚なんて嫌だ。
 美加香のめちゃくちゃなレシピの料理が食べたかった。
(帰りたいな……)
 風見は本棚に寄り掛かった。
 がたん。
 バランスが崩れ、本棚の上に積んであった本がばらばらとこぼれてくる。
 それらをごんごんと頭にぶつけながら、風見は泣いていた。
(もう、踏んだり蹴ったりだよ……)
 図書委員の哀しい習性からそれをもう一度積み直そうとする。
 ぴたりと風見の腕が止まった。
『魔法刑大全(下)』
(見つけたっ!?)
 風見は目を輝かせてそれを拾い上げる。
 そのときどーん!とものすごい音がした。
『きゅぴーーーーーーーーーーん☆』
 扉が決壊してメスペンギソ達が風見に迫ってきていた。
(ペンギソのハーレムなんて絶対にお断りだっ!!!!)
 風見はおろおろと隠れ場所を捜したが、そんな場所はどこにもなかった。
 絶体絶命か?
 そのとき、何かが持ち上がるような音がして風見の視界が白く染まった。
 足元を見ると見覚えのある形の魔法陣が輝いていた。
(これって盗賊避けのテレポータースイッチ……?)
 そう思った頃には風見は中庭に転移していた。
 信じられない偶然だが……助かったらしい。
 半ば信じられない気持ちながら、風見は手の中の魔道書を見た。
 確かに本はそこにあった。
 生還したのだ。
 やった……風見はついに人間に戻れるのだ。
 本を広げ、ページを捜す。
(人を動物に変える刑罰……これか!)
『悪人を動物にして反省を促す呪文です。そもそもこれは………』
 そんなうんちくはどうだっていい。それよりも解き方だ。
『この呪文は自動的に解けます』
 あれ?そうなのか。わざわざこんな苦労する必要もなかったな。
『なお、効果時間は対象の心の悪の大きさによって決まります』
 つまり、悪の固まりのような風見には。
 永遠に、解けない。
 ……………………………………………ふウッ。
 風見は今度こそ失神した。

 気付けば風見は一般生徒達に囲まれていた。
 殺気がむんむんと迫ってくる。
 もうどうだっていいと思った。
 この姿のまま一生を終えることになるよりは、ここで死んだ方がましかも知れない。
 風見の脳裏に墓碑銘に『学園最大の鬼畜、ペンギソになりここに眠る』と書かれた墓が
浮かんだ。それはちょっと嫌かも知れない。
「風見……往生しろ!」
 じりっと輪が小さくなる。
 風見は覚悟を決めて座り込んだ。
(もう好きにしやがれ……)
「待て!」
 はっとして一同が頭上を見上げた。
 黒ずくめの怪しい人たちが腕組みして立っていた。
「そこのペンギソは、我々ダーク十三使徒が貰い受ける!能なしなバンピーどもは引っ込
んでいるがいい!」
「ひっこめひっこめー☆」
 言わずと知れたハイドラントと紫色の髪の少女だ。
「そうはいくかっ!」
 一般生徒代表が前に進み出た。
「お前達ss使いはいつもそうだ!俺達の気持ちを無視して突っ走りやがって……」
「黙れ、やられ役どもがっ!」
「よわっちいくせにうるさいぞー☆」
 そうやって口論しているこいつらを見てると、なんだか次第に馬鹿馬鹿しくなってきた。
 何が哀しゅうてこいつらに倒されなきゃならないんだ?
「ともかく、こいつは俺達の獲物だ!」
「ふざけるなよ、こいつの価値も解らぬ愚民どもがっ!」
「衆愚衆愚ー☆」
 むかむかむかむか。
(僕はモノか!?)
 消す。消してやる。こいつら皆殺しにしてくれるっ。
 極限状態に置かれた風見は、無言で狂気の扉を開放した。

「…………………………きゃあああああああああああああああああああああああっ!?」

 日陰は自分の身体を抱きしめて絶叫した。
 でもって魔王の力が暴走した。

「マスターってとっても優しいよねー?」
「うん、やさしーの!」
 むらさきはにへーっと笑いながら日陰の着ている制服にくっついていた。
 ハイドラントはそのうしろをとぼとぼとついていっている。
「マスター、すみません。寒くないですか?」
 日陰に話を振られたハイドラントは、あははははははと空虚に笑いながら首を振った。
「い、いや。まあ、夏だしな」
 日陰は覚えていない。
 とりあえず全員しばきたおした後、ハイドラントを殺意の籠もった目で見つめた自分を。
 そして慌てて制服を脱ぎ、恭しくハイドラントが差し出したことを。
 ティーナの魔力を打ち破って自力で魔法を解いたものの、服を着ていなかったことには
気付かなかった間抜けな魔王であった。
「あたしってば何で裸であんな所にいたのかしら?不思議ねぇ……」
「うー、不思議ー」
 むらさきは首を傾げて考えるポーズをとっている。
 風見がどさくさ紛れに都合の悪い記憶を消し去ったせいで、日陰の記憶も一部抜け落ち
ている。
「マスター、お腹空きませんか?」
「ぺこぺこだおー」
 夕焼けの中を三人は歩いて行く。
「あ、おごらせていただきます……とりあえず寮に帰って服着てから……」

 そんな日陰を遠くから見つめるさおりんの姿があった。
 その手にはしっかりと新鮮な鰯と本が握られている。
『ペンギソの飼い方』
「……………餌付け……………したかったのに…………………」
 その横ではぼこぼこにされて倒れているティーナと暴れるルーティを取り押さえている
美加香の姿があった。


 こっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこっこ。
「まだ……戻らないね……」
「うん……………………」
 その頃、二匹のペンギソがマールと笛音に餌付けされていたという……。



 行方不明になった西山英志とOLHがその後どうなったかは、定かではない……。

                  合掌