Lメモ外伝「電子の迷宮に竪琴は響かない」(5) 投稿者:風見 ひなた


 ロゴス……パトスと対になって『論理』と訳される言葉。
 そしてまたこの言葉は『法』とも訳される。
 古代ギリシア社会において、人を裁くのはこの『法』であった。
 世の中の全ての人間に、他人を裁く権利はない。それは神の領分なのだ。そして神は、
生者に裁きを与えることは出来ない。
 だがそれでは生きている内には悪を裁けないことになってしまう。
 そこで人は『論理』から『法』を造り、これに神性を与えることで裁きの基準を作った。
 現在でも裁判所では『法』に立脚した裁きが行われている。
 しかしやはりそれだけでは不十分なのだと美加香は思う。
 人間は決して論理だけで生きられず、感情だけでも生きられない。
 両者は元々本能に組み入れられた不可分なものなのだ。
 ある場合において、感情は裁きに大きく影響する。実際に『法』に従って裁きを行うの
は神ならぬ人間だからだ。それはそれで正しいと美加香は考えている。
 現実に置いては、感情は論理と並列に存在する。


 Lメモ外伝「電子の迷宮に竪琴は響かない」(5)


「馬鹿な……こんなことが……」《冥王》は陽の光を浴びて、苦しそうな声を漏らした。
 その前にはルーティ、とーる、マール、てぃーくんが彼を睨み付け、少し離れたところ
ではロゴスとパトスが相対している。
「《冥王》……終わりよ」
 ルーティがワクチンを抱えてそう言うと、《冥王》は憎々しげに彼女を睨んだ。
「まだだ……何をしている、ロゴス!?とっととこいつらを殺せ!!」
 主人の命令を受けて、ロゴスが四人の方へと動き出す。
 しかしその眼前に先ほどロゴス自身がやったのと同様にパトスが立ち塞がった。
「貴方の相手は……この私です!!」
「排除します……!」
 そう叫んで攻撃を開始しようとするロゴスに、パトスは素早く手を動かした。
 ロゴスの目の前でパトスの両の手が打ち鳴らされた。
「……!?」
 突然繰り出された《猫騙し》にロゴスの動きが強ばる。
 そこを狙ってパトスの蹴りがロゴスを捉え、ロゴスは大きく蹌踉めいた。
「理解不能……!!」
「貴方の最大の弱点はそこです!!予測やデータにない行動には反応できない!!」
 そう言いながらパトスはだんっとロゴスの足を踏みつけた。
「この行動にはどう対応します!?」
「ううっ……?」
 パトスの突きがロゴスの腹を強打する。
 続いてパトスの両の手がロゴスの肩をばんっと音を立てて叩く。
「これには!?」
「理解……不能……!」
 パトスの平手打ちがロゴスを吹っ飛ばした。
 静かな怒りの燃える瞳でロゴスを見つめながら、パトスは呟いた。
「論理的な戦いとは所詮データに寄り掛かったセオリー通りの戦い。そんなものなど戦い
慣れた相手にしか通じない。ましてや自分自身に勝てるものですか!!」
「何故だ……何故ロゴスが押し負ける!?不安定で曖昧な《感情》ごときに!?」
 《冥王》の言葉に、馬鹿にするようにマールが答える。
「分からないんですか?ここはあなたの内的宇宙であると同時に元はD芹さんの内的宇宙
でもあります。ここではD芹さんの感情が直接事象に影響する……今、D芹さんは怒って
いるんです!!D芹さんの《感情》が強くなるのは必然、しかも《論理》と違い《感情》
は無制限に強くなりうる!!読みが浅かったですね、《冥王》!!」
「こんな……こんな……有り得ない事が何度も起きるなど……」
 愕然として呟く《冥王》に向けてルーティはワクチンの瓶を傾けて、言った。
「さあ、そろそろチェックメイトだ!!」
 ルーティは勢い良く《冥王》に走りより、ワクチンの蓋を開けた。
 そしてその中身を動けないティーナに浴びせかける。
『グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
 明らかにティーナとは違う野太い男の絶叫がティーナの喉から迸る。
 瞬間、その姿が二重写しになりティーナの背後に黒い男の影が見えた。
 ルーティは残ったワクチンを自分の頭からふり掛けながら、《冥王》を睨み付けた。
「ようやく正体顕したわね!!さあ、返して貰いに来たわよ……ペルセポネを!!私の
可愛い妹、HM−212Cティーナを!!」
『渡すか……絶対に明け渡すものかぁぁぁぁ!!』
 《冥王》は地獄の底から響くような声で叫んだ。


「ティーナが……壊れたんじゃなかったのか……?」
 放心した表情の誠治を後目に、美加香はモニターに見入っていた。
「当たり前です。マルティーナの精神はレザムヘイムから召喚したもので、プログラムは
その身体となる延長に過ぎません。喩えバグがあったところで自己修復します。D芹達の
ようにロゴスとパトスに別れることもありません……元々私達と同じ類の精神ですからね」
「分かってたんだな、初めから」
「当然ですよ。……親ですから」
 そう言って美加香は僅かに笑った。
「今のワクチンは?解析する時間なんて殆どなかったようだけど」
「……雛形を見たことがあるんですよ。遠い昔に、ね」
 美加香の遠い昔とは……一体いつのことなのだろうか。


「………止まった?」
 結界を張っていた六人はいつまで経ってもDボックスが全然爆発しないのに気付いて、
そろそろとDボックスの側へと歩いていった。
 Dボックスは完全に沈黙し、カウントをストップさせている。
 拍子抜けして視線をDセリオの方に向けると、へーのきは未だにDセリオを抱きしめて
キスを続けていた。
「……いつまでやってると思う、連中?」
「僕としてはへーのきさんが窒息するまでやっていて欲しいんですけどね」
「若いって良いなあ、うんうん」
「秋山さんはまだ若いと思うけど……」
 脳天気な四人と違い、緊張の糸が切れたOLHはかくんとその場に崩れ落ちた。
「な……何が起きたんだ……?」
 まさたはこりこりと頭を掻いて、呟いた。
「……まあ、『愛の奇跡』とでも言っておきましょうか」
 それから水筒のお茶をこぽこぽと注いで、OLHに訊いた。
「ところでお茶などいかがです?」
「いらない」


 一瞬は分離し掛けた《冥王》は再びティーナに重なり、その顔でルーティを睨んだ。
「は、はははは……外れなかったぞ。忘れたのか、一度ザクロを食べたペルセポネは冥府
の住民になったのだ!!既にティーナのプログラムには私の一部が組み込まれている!!
最早ティーナはお前達の元には還らぬ………私と共に永遠の時を生きるのだ!!ははは、
ははははははははは!!」
 だがルーティはこりこりと頭を掻いて、ふっと嘲った笑いを見せた。
「本当にそうなのかしら?」
「そうとも……そうなのだよ!!奇跡でも起こらない限りは絶対にそうなるのだっ!!」
「ふーん、そう。じゃあ、起こしてあげようじゃないの、奇跡ってのを!!」
 そう叫ぶとルーティはティーナの懐に飛び込んで、ワクチンでびっしょりと濡れた手甲
を高々と振りかざした。
「おい、ルーティ!?」
 あまりに突飛な攻撃にとーるが叫びを上げる。
 だがそれに構わずルーティはどこぉん!!というとんでもない音を立ててティーナの腹
を突き上げた。
「げほっ!?」《冥王》が思い切り咳き込んだ。
 さらに続けてルーティはもう一撃ティーナの腹を強打する。
「がほっ……!!き、貴様実の妹を……!?」
「デメテルが犯した最大のミスはペルセポネがザクロを食べたまま放っておいたことよ!!」
 どがぁんっ!!
「がはああっ!?」
「毒を食べたらどうすれば良いか知ってる!?」
 ルーティはそこで一瞬力を溜めて、次の呼吸と共に一気にティーナの腹を突き上げた。
「消化する前に吐き出させれば良いだけの話なのよッッッ!!」
 どぐああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁん!!
「ご……げほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!?」
 ティーナの身体が二つに折れ、その口から黒い塊がてんてんと転がり落ちた。
 ザクロだった。
「ほーら、出た」
 ルーティは絶句する一同の前で、事も無げに呟いた。


「ん、ンなバカな……」誠治は今度こそ口をあんぐりと開けてモニターを見つめた。
「力技でウイルスを削り出すなんて……出来るわけが……」
 それからぎりりっと音を立てて美加香の方を見て、モニターを指さす。
「みかちょん……何なんだよ、アレは……」
「……マルティーナは魔法機。電脳、戦闘、純魔法と機能をそれぞれの機体ごとに三分割
していますが、その能力の根幹はいずれも魔法力です。魔法を応用したルーティの格闘術
がそれくらいやっても不思議じゃないでしょう?」
「不思議だよっ!!きっぱりと!!」
 誠治は食い下がって叫んだ。
 そんな彼を困ったように見上げて、美加香はくすっと笑いながら答えた。
「魔法機マルティーナ……異界の女神の精神を継ぐ彼女たちの最大の能力は………………
『奇跡を起こすこと』なんですよ」


 館が歪む。
 床が溶けだし、天上が瓦解して行く。いや、それどころか……《冥界》そのものが砕け
て行こうとしているのだ。
「これは、一体……」
 空を見上げるてぃーくんの声に、マールが答える。
「《冥王》はティーナの身体を乗っ取ることで、その身体に秘められた本人さえ気付いて
いない魔法力を操っていたんです。私達二人のような余分な能力がないぶん、ティーナの
魔力そのものは私達二人を遥かに凌駕します。その力で《冥界》を造りDシリーズを手中
に収めていたわけですが…ティーナが支配を逃れたことでそれが崩れ始めているんです!!」
「えっ!?」
 振り返ればパトスとロゴスの身体が輝き、共鳴を始めている。
 二人はお互いに見つめ合ったまま相対していたが、やがてその身体は光そのものと化し、
そのまま光は融合していった。
 後にはDセリオが呆然と立っているのみ。
 Dセリオはぎこちない仕草で自分の身体を見下ろし手を開閉させていたが、元の自分の
本体に戻ったことを知って顔を上げた。
「D芹姉ちゃんが……元に戻った!?」
 てぃーくんの台詞に頷きながら、マールは叫んだ。
「さあ、ここは危険です!!《冥界》の崩壊に巻き込まれない内に――」
「まだだ、姉さん!!」
 ルーティはぐったりしたティーナの身体を床に横たえると、ザクロを睨み付けた。
 真っ黒なザクロはしばらく地面に転がっていたが、やがてそれは霧となって上方へと
舞い上がっていく。霧は固まって塊となり、血のように赤黒いザクロ色の目と口を剥き出
しにした。
『よくも……よくも愚かな木偶風情が私の野望ヲォォォォォォォ!!!』
 憎悪の凝り固まったような耳障りな声を挙げて《冥王》は叫んだ。
 ルーティはブレードを突き出してその醜悪な姿を見据える。
「禍根は完全に絶たなくちゃね。《冥王》っ、これまでの借りを返させて貰うわよ!!」
『まだだ!!まだまだまだまだまだぁぁぁ!!貴様、自分の手を見ろ!!私に触れた時点
で、既に貴様にも私の一部が感染している!!』
 ルーティは自分の手を見た。
 白銀に輝く手甲に黒いシミがぶじぶじと広がっている。
『貴様もいずれ私に支配される!!誰も私の支配から逃れることは――』
 がちゃんと音を立て、ルーティは自らの甲冑を脱ぎ捨てた。
 白いボディースーツが露になり、思ったよりも華奢そうな手足が見えるが、その手には
全くキズがついていない。
 武装プログラムを自ら外したルーティは、冷たい目で《冥王》を見上げた。
「………で?」
『―――――――――――!?』
 冥王は絶句した表情になった。もしもその顔に色があったならば、きっと蒼白になって
いるだろう。
 マールは《冥王》を睨んで宣告した。
「もう終わりです。地底の奧で這いずるあなたなんかに光の世界の花は手に入りませんよ。
私の妹は闇の中の世界なんかには決して満足しないんです」
『ま……まだ手は』
 弱々しく呟く《冥王》にマールは突き放すように断言した。
「ありませんね。そもそも……貴方にまだ手があるなら、例えば貴方《冥王》が現実世界
からハッカーが動かしているとするなら、きっとそのハッカーは貴方を退散させている筈。
貴方のように疑似人格プログラムでかつ感染型ウイルスというのは貴重ですからね。……
それがないと言うことは」
 マールはきっと《冥王》を睨み付け、言った。
「あなたは疑似人格プログラムなどではない。『完全に単独な』人格プログラムだ」


「みかちょん、そろそろ話してくれても良いだろう。君は一体『何を』発明してしまった
っていうんだ?」
 誠治の声に美加香は頷いて、ぼそりと呟いた。
「私がマルティーナの精神プログラムを考える過程で仮想的に考えたもの…………それは
『人格移植プログラム』。人間の人格をプログラムとして移植するんです」
「それはマズかったのか?強化人間にも使用された技術の筈……」
 美加香は小さく頷いた。
「私の見つけてしまったそれは、そこらのハッカーよりもよほどタチの悪い存在になって
しまいます。何しろ自分の意志で機密情報を盗み歩く……しかも彼等の食料は『データ』」
「データ?」
「そう。初めから疑似人格としてプログラムされたAIと違い、精神を維持するため彼等
は手当たり次第にデータを食い漁るんです。そんな厄介なものは既に『人間』ではない。
ただの『ウイルス』じゃありませんか。結局私は作った人格移植プログラムを破棄して、
強化人間のボディでしか生きられない人格移植プログラムを受け入れました」
 そこで美加香はぎゅっと拳を握りしめた。
「それで全ては終わるはずだった。強化人間達は強化人間のボディから外へは出られない
構造となり、私の作り出した『最悪のウイルス』は闇へと消えるはずだったんです」
「………だけど、失敗したのか」
「ええ。その時私が所属していた教室の教師、高橋は力を欲していた。そして何より彼が
求めたのは『不死』。彼は強化人間プロジェクトの傍ら、永遠の命の研究をしていました」
「そんなことは不可能じゃ……あっ。そうか、『人格移植』!?」
「高橋は力と不死は欲しかったけれど、どうしても強化人間となり肉体の外へと出られな
くなるのが嫌だった。そこで彼は自由に動き、不死を得られる方法として私の研究に目を
付けたんです。何よりも『ウイルス』は只のオリジナルのコピー、本体に影響はない」
 誠治は悔恨に満ちた美加香の背を見て、ぼそっと呟いた。
「……でも渡さなかったんだろ?」
「はい。私は技術を必死に隠匿しました。絶対に渡しちゃいけないと思ったから」
 美加香はだんっと机を叩き、叫んだ。
「そしてそのままヤツは死亡したはずだったのに!!どうして今になって出てくるの!?」
「落ち着け、みかちょん!」
 誠治は美加香の肩を揺さぶって叱責した。
 美加香はびくっと背中を震わせ、固まった。
 その背中をぽんぽんと叩きながら、誠治は静かに呟いた。
「……大丈夫だ。あと少しで……決着が付く」


『貴様の言うとおりだ。確かに私は高橋という男の人格のコピー《ハデスプログラム》。
赤十字美加香の作り出したマルティーナ、そして来栖川技術の結晶である学園中枢を支配
して電脳世界から権力を握ろうとこれまで力を蓄えてきた存在……』
 《冥王》はぎりっと歯を食いしばって答えた。その表情には計算し尽くした自信の計略
を悉くひっくり返された事への怒りと憎しみが籠もっている。
『よくもここまでこのプランを台無しにしてくれたものだな……結局私はお前達、赤十字
の作品達に敗北したという事か』
 そう小さな声で言ってから、《冥王》はくわっと唇を吊り上げた。
『まあ尤も、今となってはどうでもいいことだがなあ!!』    
「!こいつ、まだ抵抗するのか!?」
 とーるの叫びをそのまま身体で体現しながら、《冥王》は空中に飛び上がり人のかたち
となった。その手には何かのボタンスイッチが握られている。
『万が一を考えて《天空の劫火》の発射スイッチだけは手元に残して置いたのだよっ!!
私は負けぬ!!逃げることも叶わぬとなれば、せめて学園ごと貴様達も赤十字も焼き尽く
してくれる!!これで勝負は引き分けとなるのだ、ははは、はーーーははははははは!!!』
「こいつ……狂ってやがる!?」
 とーるの悲鳴があがる。
「《冥王》……あんた最低のゲス野郎よ!!」
『ははははははははは、何とでも言え!!殺す、殺してやるんだ!!………くっくっく、
ひゃーーーはははははははははははははははは!!』
 《冥王》の手がスイッチに懸かった。
『押すぞ!!押す、押してやる!!コレで全てはオシマイだ、ざまあみやがれっっっ!!』


「み、みかちょん!?」
「………しまった!?」


 《冥王》はスイッチに掛かった手を強く押し込んだ。
 だが爆発はしない。
 それどころか、スイッチを押すことさえ出来なかった。
『な……何故だっ!?』
 慌てて手を見て、次に眼下を見た《冥王》の身体が強ばる。
 半壊した館の玉座、妻の椅子。
 死の眠りから覚めた笛音が《冥王》を睨み付けていた。
『念動力……馬鹿なあっ!?こんな、こんな小娘がああぁぁぁぁぁぁ!?』
「子供だと思ってバカにするからこんなことになるんですよ!!」
 マールの叫びが響く。
 次の瞬間、てぃーくんの撃ちだした気孔弾が《冥王》を直撃した。
「あんまりなめるなよ……僕だって笛音ちゃんをさらわれて頭に来てるんだっ!!」
『ガキが……ガキのくせに、ガキのくせにっっ、畜生っっ!!』
「黙りなさい!!」
 Dセリオの撃ったミサイルが《冥王》の腹に風穴を開けた。
『が……があああああああああああああああ!!!』
 苦悶に叫ぶ《冥王》の目の前にとーるが現れる。
 高々と跳躍したとーるは《冥王》の歪んだ顔を睨み付け、呟いた。
「あんたはちょっと……遣りすぎた」
  とーるのレーザーブレードが《冥王》を叩き斬り、その身体を地面へと追い落とす。
 その落下点目掛けて、雷撃の宿ったブレードを持ったルーティが走り抜けた。
「《冥王》の罪は《死神》が裁く!!」
 青白くスパークを挙げる、プログラムにとっては致命的な殺傷力を備えた刃が呻った。

『さよなら、ハデス!!』

『があああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』


「《ヴァルキュリエ》は英雄の魂を天上ヴァルハラへと導く北欧の戦女神。つまり……」
 モニターを見つめながら、美加香は誠治に向かって呟いた。
「あの娘もまた……《死神》なのです」


『ほ……滅びるのか。私が……この私が……滅びる……』
 データの塵となって消えて行く《冥王》の残骸に向かって、ルーティは吐き捨てるよう
に呟いた。
「くたばれ、ゲス野郎。ヒモ男の癖に王様気取りたがるバカには地獄の底がお似合いよ」
『そん……な』
 その言葉を最後に……《冥王》は塵となって陽の光に消え去った。
 ふっと視界が歪む。
 ルーティはへなへなと床に崩れ落ちた。
「おい、大丈夫か!?」
 慌てて駆け寄るとーるの顔を見て、ルーティは軽い虚脱を交えた笑みを浮かべた。
「は……ははは、辛勝だった……ね」
 よく見るとルーティは所々擦り剥いて怪我をしている。ロゴスに散々殴られていたのだ
から仕方がない。
「全く、無茶してくれるよ……」とーるは疲れた表情で笑い返した。
 突然地響きが一同を襲った。
  激しく振動する地面の上を、がらがらと音を立てて館が崩れ落ちて行く。
「な、何!?」
「《冥王》が消滅したことで《冥界》が完全に拠り所を失い、大崩壊を始めたんです!!
早く逃げないとみんなこの世界ごとデータの塵になっちゃいますよ!!」
 マールの声が一同を恐れさせた。
 てぃーくんが泣きそうな顔で悲鳴を挙げる。
「ちょ、ちょっと!!どう逃げるってのさ、今から冥界の外に出るなんて不可能だよ!!」
「私に任せて下さい!!」
 Dセリオは気絶して7歳に戻ったティーナをひっつかみ、皆に言った。
「私達にとっては学園中枢は庭のようなもの……私が抜け道を先導しますから、付いてき
て下さい!!」
「はい!!」
 マールがいち早くDセリオの肩に飛び移ろうとする。
 そしてその動きを止めると、てぃーくんの耳元に向かって囁いた。
「さ、オルペウスさん。ちゃんとエウリュディケを連れて還るんですよ」
「え?」てぃーくんが振り向くと、笛音が歩いてくるところだった。
「………分かったよ」
 その返事を聞いてマールはくすっと笑い、Dセリオの肩へと移る。
「さ、笛音ちゃん!」
「……うん」
 てぃーくんは笛音の手を引いて駆けだした。
 とーるは地面にへたり込んだままのルーティを見て言った。
「さ、俺達も急ぐぞ。……どした?」
  ルーティは情けなさそうな顔でとーるを見上げて呟く。
「……こ、腰が抜けちゃって……立てない」
「全く……」とーるは大げさにため息を吐いて、ルーティの手を取った。
「本当に世話が焼ける妹だよ、お前は!!」


「終わった………な」
 誠治はごろんと椅子の背もたれに寄り掛かって呟いた。
 美加香は未だキーボードを叩いて何かやっている。
「……みかちょん、今度は何やってるの?」と誠治が訊くと、
 くすくすと美加香は笑ってこう言った。
「粗大ゴミを捨ててるんです」
 誠治がモニターを見ると、とんでもないことが書かれてある。
『《天空の劫火》廃棄プログラム起動。
 現時刻をもって《天空の劫火》を破棄。
 高度を上昇し、地球重力圏外まで上昇させます。
 以下は一切の外部干渉を受け付けません』
「み……!!」
 とことん越権行為を行おうとする美加香に向かって開かれた口を、しっと制する。
「こんなものない方がいいんですよ。またぞろ支配されたらえらいことになりますからね」
 そう言ってから、美加香は呟いた。
「……あ、そうだ。これは内緒ですよ」
「………君って娘は………」
 誠治はほとほと呆れ果てたように呟いた。
 深くため息を吐き、誠治は椅子に沈む。
「まあ、これで何とかカタはついたか」
「あとは《ハデスプログラム》用の自己進化型抗体をマルティーナや学園中枢に撒いて…
口裏を合わせて事故ということにするだけですね。………でも」
 美加香は眉をしかめて誠治に聞こえないようにぼそっと呟いた。
「これで本当に終わったんでしょうか……?」
 そのときモニターがチカチカと輝き、背景が真っ黒になった。
「……え?」
「何だ!?」
 驚く二人の目の前に文字が表示される。だが先ほどに比べて若干遅い。
 外部から入力しているのだ。
『貴方ノ 善戦ニ 賞賛ヲ 贈ル』
「なっ……ハデスプログラムは撃退したのに!?」
 美加香の叫びを無視して文字は告げた。
『See you again!!   ―――CATOO』
「また……来るぞ、か」
 苦い顔で呟いた誠治の横で、美加香は顔を強張らせていた。
「CATOO……カトゥー?一体、誰なの……!?」


 実に面白いゲームを見せて貰った。
 まさか赤十字の作品がここまで面白い出来に仕上がっていようとは。
 ハデスプログラムはもう二度と連中には通用しないだろうが、それだけの価値はあった。
 ふふっと笑うと、PCからDVDを引き抜いて腕組みをする。
  残念ながら電脳戦では勝ち目はないようだ。マルティーナはあまりにも強すぎる。
 ならば今度は……現実で直接彼女とチェスゲームとしゃれ込もうか。
 また、包囲網を張らねばならないようだ。だがそれすらも……面白く感じている。
 不意に部屋の入り口から殺気が漲った。
「サイレンは唄う破滅の歌!!」
 見覚えのある魔術が展開されているのを感じる。
 《そいつ》は舌打ちすると、窓ガラスに向かって走る。
 衝撃波が背後から迫ってくる、それを感じながら窓ガラスをぶち破り外へと飛びだした。

「くそ、逃がしたか!!」彼は舌打ちして窓の外を見おろした。
 既に敵の姿はどこにも見えない。相変わらず神出鬼没だ。
 破壊されたPC机の上にDVDが置かれているのに気付き、それを拾い上げる。
『ハデスプログラムVER2.0』
「赤十字君の……くそ、技術を盗むことにかけては天下一品だな」
 憎々しげに呟いて、それを懐へとしまい込んだ。
「やはり……工作部と協力する必要があるか」
 そう言ったとき、部屋の外で激しい靴音が響いた。
「誰だ!!私達の部室で何をしている!!」
 柳川は科学部準備室の扉を開けて叫んだ。
 と、その顔が硬直する。
「………緒方……先生」
「やあ、柳川先生。申し訳ありません、賊を逃してしまいました」
 緒方英二は慇懃に頭を下げて謝った。
 一方的に頭を下げられ、柳川は二の句が告げず口を開閉させる。
 緒方は真摯な表情で柳川の顔を見つめて言った。
「私はこれから賊を追います。PCを壊してしまったことはお詫びします、では後ほど!!」
「あ、ちょ……」
 柳川が何か言いかけるのを有無を言わせず畳みかけ、緒方は外へと駆けだしてゆく。
 しばらく硬直して、柳川はぽつりと呟いた。
「あいつ……俺に何も言わせないとは。なかなかの迫力を持っているな……」
 それからどんなことになったのかと準備室を覗いた。
 悲鳴が響いた。
「ああああああっ!?あんの野郎っ、俺の、俺の《梓》をぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 館が、冥界が崩れていく。
 一人の狂った男の亡霊を道連れに消えて行く。
 壊れ行くデータの中で何かの拍子に音楽ファイルが再生されたらしく哀しい音が響いた。
 オルゴールのような寂しい旋律だった。
「………レクイエムか」
 てぃーくんの言葉に、マールは首を振った。
「違う。鎮魂歌なんかじゃない……」
「そうだ。彼は誰にも迎えに来て貰えない。彼のためにはオルペウスは竪琴を弾かない。
電子の迷宮に……竪琴は響かない」
 とーるが呟き、崖の上から一同は静かに滅んでいく王国を見つめていた。
 ふとティーナがルーティに訊く。
「ねえ、ルーティお姉ちゃん?あのとき私を斬るって言ってたけど……本気だった?」
「覚えてたの?」
「うん」
 ルーティはバツの悪そうな顔をした。
 やがて頭に手をやって、首を傾げる。
「わかんない。でももしティーナと《冥王》を分離できなかったら……斬った、と思う」
「あー!お姉ちゃん、私のこと愛してなーーーい!!」
「ふーんだ、あんなんに支配されたままよりはいっそ死んだ方がマシでしょ?」
「ぶー。マールお姉ちゃん、ルーティお姉ちゃんが酷いよー!!」
 すっかりいつものティーナに戻っている。
 一同は苦笑しながらその遣り取りを見ていた。
「私は一足お先に帰還し、報告をしなくてはなりません」
 Dセリオが一礼し、一同はぱたぱたと手を振った。
「うん、D芹ねーちゃんまたねー!!」
「今度またネットダイブしましょうね!!」
「おー、D芹またなー!」
 Dセリオは僅かに微笑んで、電送されるように消え失せる。
「はい。皆さん、お気をつけてお帰り下さい」
 一同はそんなDセリオの居た方をしばらく眺めていた。
「あ、そーいえば」
 てぃーくんはまだ明かされていない謎を思い出してマールの方を向く。
「ねえ、何で《冥王》は笛音ちゃんを巻き込んだの?それ、まだ言ってなかったよね?」
「あ、そのことですか」マールは苦笑した。
「くだらないことですよ?」
「いいよ、言ってみて」
「あ、私も聞きたい!!」
 てぃーくんばかりか笛音が同調し、マールは仕方なさそうに頭を抱えて言った。
「オルペウスをモチーフにした映画の事は話しましたよね?」
「うん。確か何かのグランプリを取ったんでしょ?」
「そうです。で、その映画のタイトルが……『黒いオルフェ』って名前だったんですよ」
『はあっ?』
 一同はあんぐりと口を開けた。
 マールはヤケになった笑いを浮かべながら、続けた。
「オルフェっていう青年が死んだヒロインを甦らせようとして、やっぱり失敗して崖から
転落死して二人仲良く死者の国で一緒になる……ってストーリーなんです」
「オルフェ……『OLH』?それじゃあまさか笛音ちゃんは……」
「……その映画の意趣合わせとしてティーナ共々さらわれたんじゃないかと……」
 マールの苦笑混じりの説明を聞いて、一同は脱力して座り込んだ。
「な…何だそりゃああ〜〜!!」
「でもよく考えればこの場所って崖なんですよね……偶然って怖いですねぇ」
「やれやれ……幽霊の正体見たり枯れ柳……ってトコだったね」
 てぃーくんの言葉にとーるも同調した。
「まあ、夜の魔力も明るい白日の下には通じないって事だな」
 一同は顔を見合わせると、誰からともなくぷっと吹き出し、笑い合った。
 ルーティはさぁて!と勢い良く立ち上がり、一同を振り返って言った。
「さあ、帰ろう!」


 そして、子供達は光の世界へ帰還した。


             『電子の迷宮に竪琴は響かない』
                     完

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ひ:や……やっと終わった……(汗)
み:すっかりグロッキーですね(笑)
ひ:いやあ、強行軍の上「風見の思う格好良さ」を凝縮してしまいました。おかげで
  かなり内容も濃くなってしまいましたが、なかなか納得のいく作品に仕上がった
  と思います。
み:読んで貰えますかねぇ、これ(笑)
ひ:実は最後は「電子の迷宮に……竪琴は響かない」という台詞で切なくシメる積もり
  だったのですが、明るいオチにしましたし……やっぱり丸一年も暖めたネタだけに
  後味良く料理したかったので(笑)
み:さて、それでは本編に納まりきらなかったオマケをどうぞ(笑)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
オマケ1「今日のへーのきさん」

ジン「で、あいつらいつまでキスしてるんだ?」
風見「そろそろ息も保たないと思うんですけど……」

D芹「(はっ!?)」
へーのき「(ぶちゅーーーーーーーっ)」
D芹「(ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽっ!!)」

D芹「サウザンドミサイル!!!」
へーのき「うぎゃああああああああああああああああ!?」
 ちゅごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご!!!

D芹「(どきどきどきどき)」
へーのき「ま……まだ正気に戻らないのか、D芹ぃぃぃぃ……」

ジン「おおっ、照れとる!!照れとるぞっ!!」
秋山「愛だなっ、愛!!」
風見「勝手にラブコメして、後でしばかれないかなぁ(笑)」


              「ごめんね、へーのきさん(笑)」

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おまけ2「今日のとーるくん」

とーる「美加香母さん、分からないことがあるんですけど」
美加香「何、とーるくん?」
とーる「ルーティの17歳バージョンは《ヴァルキュリエ》ですよね?」
美加香「そうですよ」
とーる「マールの17歳バージョンはスパコン接続可能モードですよね?」
美加香「ええ。ルーティに聞いたんですね」
とーる「あの、じゃあティーナの17歳バージョンは?」
美加香「え?」
とーる「ティーナの17歳バージョン、想像付かないんですけど」
美加香「何言ってるんです、いつも見てるじゃないですか」

エルクゥユウヤ「ダーーーリィィィーーン!!!」
OLH「どひーーーーーっ!?」
マジカルティーナ「天呼ぶ地呼ぶヒトゲノム!!変態倒せとボクを呼ぶ!!魔法少女……」
佐藤ポチ「わうぅーーーん!!」

とーる「…………」
美加香「ね?」
とーる「トップシークレットがぁぁぁぁぁ!!トップシークレットが漏洩しているぅぅ!?」
美加香「うふふ、何を今更♪」


             「これがマルティーナの『純魔法』パート(笑)」

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おまけ3「今日の綾香さん」

綾香「あああああっ、なんかたまたま浮遊要塞を一人視察に来たら操作不能な上に
   上空に上がって行くぅぅぅぅぅ!?」
ハイド「ははははは、そんな時のために俺がいるのだ!!」
綾香「ハイド!?あんた、どーして!?」
ハイド「お前の行くところ常に俺あり!!ストーキングしてきたわけでは絶対にない!!」
綾香「何でもいいからこの状況を何とかしてーーーっ!!」
ハイド「任せろ!!俺にはこのパラシュートがある!!」

(ちゃらちゃちゃん!!)

綾香「おおっ!?」
ハイド「さあ、俺の愛を受け入れると誓えば俺が抱っこして一緒に地上へ―――」
綾香「…………………」

(がごすっ!!)

綾香「ありがとうハイド!!あんたの犠牲は無駄にはしないわ!!そんじゃ!!」
ハイド「(だくだくだく)」

                  「ハイド、昇天(笑)」

ハイド「ひーーーーーーーーーーっ!?」

(BGM:天空の城ラピュタ)
(そのまんまだね・笑)

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ひ:とゆーわけでおまけも終わり! 自分の作品のパロ好きだな、僕(笑)
み:よーやくこのシリーズもオチましたね(笑)
ひ:まあ『高橋編』はまだ続くんですけどね。
み:早くハイドさんにバトン渡さないと(笑)
ひ:ではでは今回はこの辺で!!
み:「さあ、投稿だっ!!」赤十字美加香と!!
ひ:「うー、目が回るー(汗)」風見ひなたがお送りしました!!