Lメモ外伝「四月四日」(前編) 投稿者:風見 ひなた

 うららかな日差しが地を照らしている。
 柔らかな風が満開に開く桜の花を愛で、のんびりとした空気を運んでくる。
 すっかり春爛漫である。

「もう春ですね」
「そうですねー…」
 気の抜けた美加香の呟きに、風見はこれまた眠そうな声を返した。
 場所は学園中庭に広がる芝生の上、緑の青い香りが穏やかに薫る日光浴には
最適の場所である。
「春はいいですよねー、暖かでのんびりしててほえほえっとした気分になりま
すもんねー」
「ふーん、でも僕は秋の方がいいですけどねー。なんといっても花粉症だし」
 さりげなく毒味の利いた風見の一言に美加香は一瞬硬直するが、やがてまた
ほえーんとした表情で呟く。
「…今年は花粉が少なくて良かったですよねー」
「まったくですねー」
 二人は幸せそうな顔で呟いた。
 ちなみに二人の周囲にはおにぎりの包みやら団子の串やら空のペットボトル
やら大きないびきをかいている友人やらが無数に散乱している。
 ささやかな花見の席の後のようだ。
 美加香の膝の上ではルーティが安らかな寝息を立てている。
「遊び疲れたんでしょうね、きっと」
 言いながらルーティの髪を撫でると、きゅっと小さな手がスカートを握る。
 風見はそんな母娘の姿を見ながら、満足げな表情で目を閉じた。
「丁度良い桜があってよかったですね」
「ええ、本当に」
 さーっと温かな春風が吹き、中庭の草々を撫でつけてゆく。
 ああ本当にこの学園の中庭で花見をして良かった。
「動くな、風紀委だっ!! お前達っ!! 中庭で花見とはどういう了見だ!!」
 突如けたたましい罵声が穏やかな空気を破った。
 異様なまでに毅然とした格好の青年がつかつかと歩み寄ってくる。
 今巷で評判の生徒指導部、ディルクセンである。
「やあ、ディルさん。この陽気に随分とご苦労な事ですね」
 ディルの剣幕とは裏腹に、風見は眠そうな表情のまま呟いた。
 それがディルの癇に障ったか、彼は勢いよく風見に指を突き付けて叫ぶ。
「お前達が仕事を増やすからだろう!! 背後の文字が読めないか!?」 
 良く見ればディルの指は風見を素通りし、背後の看板を指していた。
 風見と美加香はぼーっとした表情でゆっくりと振り返った。
 赤い字で『芝生に立ち入り禁止!! 風紀委員会』と書かれた看板が刺してある。
「芝生の中には立ち入り禁止だ、字が読めなかったとは言わさんぞ!!」
「はー」
 風見はとろんとした表情で目をこすりながらディルに振り向く。
「今、僕は脳がとろけてて理解能力が低下してるんですけど……」
「うん?」
「何で僕が貴方達が勝手に作った決まりごとに従わなくちゃならないんです?」
「馬鹿が!!」
 ディルはふん、と鼻を鳴らし高圧的な口調で言い放った。
「学園の全生徒は我々風紀委員会の管理下におかれねばならないからだ!!」
 その言葉には一点の疑いも感じられない。心底それを信じきっているようだ。
 風見は相変わらず眠そうな顔でふわぁ、と小さく欠伸した。
「随分と勝手な団体ですねー」
「抜かせ、それが人類発祥より延々と続く支配と被支配の間のルールだ!!」
「……僕は別にそんな大きなスケールの話はしてませんけど」
 風見はようやく目覚めかけた頭をこきこきと左右に揺らし、ごく自然に呟いた。
「僕はただ、『貴方達の命令には従いたくない』と言いたいだけなんですがね」
「よく言ったもんだな……! いいだろう、貴様を季間限定条例130条違反及び
反逆罪の現行犯でしょっぴいてやろうか!!」
「どうぞ……僕に指一本触れられるとも思えませんけど」
「諸君、あいつを逮捕しろっ!!」
 ディルクセンはぎりっと歯噛みし、部下達に向かって号令をかけた。
 勿論自分も警棒を片手に部下達の後ろから突撃する。
「年貢の納め時だ風見ーーーーーっ!!」
「うるさい」
 風見が呟いたとき、ぼこっとディルを含む風紀委員達の足元で大きな音がした。
『わーーーっ、落とし穴ーーーーっ!?』
 たちまち風紀委員達の身体に地球の中心からの重力がかかり、地の底へと引きず
り込まれて行く。それは文字通りの地の底で、かなりの深さが……。
 美加香は看板を手に取って、くるりとそれを裏返した。
『危険!! この前方に地下50階直通シューターあり!! 風紀委員会』
「……自分達が書いたくせに、挑発されてそのまま突っ込んでくるなんて……」
「まあ風紀委員の全てが何故それが禁止項目なのか知ってるわけじゃない、って
ことですか。頭の固い形式主義はこれだから……」
 風見はふう、と軽い息をついた。
 美加香はそんなパートナーに苦笑して、とりなすように言う。
「別に風紀委員の全てがあんな人達ばっかりってわけじゃないと思いますよ?」
「当然です。あんな風紀委員しかいない学校なんてない方がまだマシですね」
 風見はあっさりと言い放ってから、ルーティの頭を持ち上げて横に帰って来た
美加香の膝に乗せた。ルーティは未だに幸せそうに眠っている。
「全く子供が寝てるんだから、静かにして欲しいもんですね」
「…それにしても良く寝ますね、この子は」
 美加香が髪を撫でてやると、ルーティはうにゃうにゃと気持ち良さそうな寝息
を立てた。寝ていても髪を撫でられると嬉しいらしい。
 風見はその光景を見ながら再びぽやーとし始めた。
「まあ、春眠暁を覚えずって言うし……僕もまた眠くなって来た」
「春ですもんねー…」
 心地良い風が二人の髪をかきあげて行く。
 うららかな春の日の午後がのんびりと過ぎるのを感じる。
 ふと、向こうから地鳴りが聞こえてきた。
 どどどどどどど、と何か大きな物が走ってくる音。
「わーーーい、ひなたさーーーん!! 見て見てですぅーーー!!」
 聞き慣れたショタ声がのどけさを破り、こちらへと向かってくる。
 嫌な予感に思わず目を開いた風見と美加香は、あんぐりと口を開けた。
「ライオンさんなのですーーー!!!」
『がぉーーーっ!!!』
 水野君が巨大なライオンに乗ってこちらへと走って来るところだった。
 おおよそ5メートルはある個体で、目を疑うばかりの大きさ。まさに百獣の王を
体現するかのような雄雄しく力強い体躯である。
 風見は大口を開けながら、震える手で水野君の下の獣を指差した。
「み、水野君……何だ、それ……?」
「何ってさっき言ったとおり、ライオンさんですー!!」
「いや、そうじゃなくて」
 風見はちらりと横に目をやった。美加香は未だに硬直している。
 こほん、と咳払いしてから出来るだけ冷静を装って訊いた。
「何でライオンに乗ってるんだ?」
 すると水野君はきょとんとした顔で、首を傾げる。
「ひなたさん、知らないですか? 今日は四月四日ですよ?」
「いや、四月四日だけど。何でそれがライオンに乗ってるのと関係あるんだ?」
「うふふ、分からないですか? 四月四日は……」
 水野君は何故か胸を張り、大威張りで言った。
「よんよん、しし、つまり獅子の日!! だからライオンさんの日なのですよ!!」
「獅子の日は分かったがそのライオンはどっから持って来たんだ!?」
 堪り兼ねた風見が叫ぶと、ライオンはがおーーと鳴いてみせた。
 水野君はそんなライオンの頭を撫でて、にこにこと微笑む。
「ひび猫がまた変身したですー♪」
「うわあ、納得」
「今度は同じ猫科だから説得力がありますー」
「いやそれはどうか知らんが。とりあえず羊よりマシだけど」
 風見が返答に窮していると、再び巨大なライオンことひび獅子は今度は前よりも
大きく鳴いてみせた。その吼え声にはっと美加香は我に返る。
「か、可愛いーー!!」
 美加香はきらきらと目を輝かせ、ルーティを静かに置いてひび獅子に飛びついた。
「わーい、ふわふわー!! あったかーい!!」
『がおーーー♪』
 美加香がすりすりするのを受け、ひび獅子はくすぐったそうに鳴き声を上げている。
「……あいつの『可愛い』の基準って何だ……?」
 風見はそんな相方を眺めながら、ちょっと付いて行けないとばかりにため息を吐く。
「うふふ、美加香さんは美的基準がズレてるですね」
「水野君もあいつに可愛い、って言われた事なかったっけか?」
「……とっても正しい基準の持ち主なのです」
 風見の冷静なツッコミに、水野はけふけふと咳き込む。
 それからその場を取り繕うようにびしっとあらぬ方向を指差して叫んだ。
「ライオンさんは百獣の王なのです!! だから今からわたしたちは百匹の動物さん
をやっつけて、最強を証明するのです!!」
「動物虐待すると愛護団体にどやされるぞ?」
「いいのです!! だって動物のしたことだもの!!」
 水野君はそんな根拠なく自信たっぷりの発言をすると、ひょいとひび獅子に跨った。
 ひび獅子はにゃー、と鳴いて美加香から顔を離す。
 その声に風見はぎょっとしてひび獅子を見つめた。
(今にゃーって鳴いた!! 絶対にゃーって鳴いた!!)
 風見はごくり、と喉を鳴らしてひび獅子を指差した。
「なあ水野君、もしかしてその中ってハリボテ……」
「ハイヨーシルバー!! さあ、動物百匹斬りの旅に出発なのです!!」
『がおーーー!!』
 水野君とひび獅子は都合の悪い何かを遮るように叫び、走り出して行く。
 美加香はそんな彼等の後ろ姿に向かって叫んだ。
「ジェーン!! カムバーーック!!」
「ええっ!? 奴等カウボーイっ!?」
 一瞬風見の頭の中で『しーゆーすぺえすかうぼーい』という文字が浮かんで消える。
 美加香は名残惜しげに微笑み、再びちょこんと座ってルーティを膝の上に置く。
「まあ、春ですもんね」
「……春だもんな」
 風見は自分に言い聞かせるようにその台詞を繰り返した。
「……でも水野君は一年中あんなのだぞ……?」
「……春ですね」
 美加香は目をそむけてそう呟いた。
 しばし沈黙が続いたが、やがて風見がふうっとため息を吐く。
「分かったよ。春だ」
「えへへへ」
 美加香は嬉しそうに笑った。
 風見も顔をほころばせた。
「…ふふっ」
「えへへへへっ」
 二人は互いに笑い顔を見せ合った。
 静かで穏やかな時が流れる。いい雰囲気の時間である。
 さーーっと三度目の風が吹いた。
「さあ、今度は何かな?」
「そんなに何度も……あれ?」
 向こうから一人の男が走ってくる。頭からすっぽりとフードを被り、埃だらけの
茶色いマントに身を包んでいる。
 男は風見達を見かけると、足早にこちらに向かって近付いて来た。
「あれ? 誰だろ?」
「さあ、顔も体型も隠してるから……」
 二人が話してる間に男は風見の背後に回りこんできた。
 さすがにいきなり見知らぬ人に背中をとられると、かなり怖い。
「ちょっと貴方、一体……」
「すみません、何も訊かずに匿って下さい!!」
 声は少年のようで、風見の背中に陣取ったまま動かない。
 どこかで訊き覚えのある声に頭を巡らし、風見はじっとフードの中身に目を凝ら
した。少し考えて、ようやく見当が付く。
「……まさたさん?」
「しっ!!」
 まさたの警告の声に振り返ると、またまた何かが土煙と轟音をあげ迫って来ると
ころだった。今度は人型のようなのだが、それにしては凄まじい音だ。
『にゃーーーーーーーーーーっ!!!』
 それは雄叫びとしか思えない奇声を上げて恐ろしいスピードで移動してくる。
「き、来た……! よろしく頼みます!!」
「頼むって何を……わわわっ!?」
 下手なトラックよりも断然早いスピードと迫力を伴い、それは風見の目前に迫っ
て来た。本気で轢き殺されそうな勢いだ。
 風見が叫び出しそうになったとき、それはききーっと急ブレーキをたてた。
 地面がとんでもない音を立てて削れ土砂混じりの土煙が上がる。
 痛々しい跡を地面に残して急停車したその娘は、耳と尻尾を全開に隆起させつつ
物凄い剣幕で叫んだ。
「まさたにゃんがこっちに来なかったにゃかっ!?」
「ゆ、ゆかたさん!?」
 暴走トラックの正体は図書館長まさたの恋人兼秘書、猫娘こと着物ゆかただった。
重いコンダラを片手で引っ張り回す、一撃で大地を粉々に粉砕する、自転車ペダル
を猛スピードで漕いで空を飛ぶ、など数々の偉業を成した隠れた強者である。
 ただ今日は明らかに様子がおかしい。猫耳と尻尾はこれ以上ないほど逆立ってい
るし、目は充血して真っ赤、爪は伸びきって鋭く輝き、口からフーッフーッと荒い
吐息を上げている。はっきり言って取って食われそうなほど怖い。
「様子が変ですよ? 一体何が……」
「ゆかたの様子なんてどーでもいいんだにゃ!! まさたにゃんが来たにゃか来な
かったにゃかを聞いてるんだにゃーーーーっ!!!」
 フウーーッと毛を逆立て、瞳を縦長にしてゆかたは叫んだ。
「あ、あっちに行きましたよ!!」
 とっさに美加香が見当はずれの方向を指差すと、ゆかたはぎんっとそちらを向いた。
「あっちにゃか!? 間違いないにゃね!?」
「はいっ!!」
 美加香が断言すると、ゆかたは地面にクレーターが出来るほどの脚力で駆け出した。
「まさたにゃーーん!! 好きにゃ、大好きにゃ、アイラブユーにゃーーッ!!」
 愛情が溢れ迸る言葉をあげながら、ゆかたはあっという間に小さな点となった。
 パワーゲージが振り切れている。
 風見は呆然としながら動かないマントの塊をつんつんと突ついた。
「まさたさん、ゆかたさん行きましたよ?」
 するとまさたはマントを脱ぎ、フードを外して安堵の息を吐く。
「た、助かった……」
 美加香はゆかたの消えて行った方角を見送りつつ、まさたに訊いた。
「一体ゆかたちゃんに何があったんですか? いつもはもっと大人しく……」
 言いかけて、美加香はちょっと口篭もった。
「……大人しく、はありませんけどまだもうちょっと理性は残ってませんか?」
「それはかなり微妙な表現だと思うのは僕の気のせいかな?」
 まさたはあはは、と笑いながら頷いた。
 さりげなく自分の恋人の欠点を認めている。まさたにとっては魅力なのだろうか。
 そんな事を思いながら、風見は笑っているまさたに訊いた。
「一体どうしたんですか? 明らかにいつものゆかたさんじゃありませんでしたよ?」
「そりゃ発情期だからね」
 まさたはあっさりと言い放った。
 あまりの無造作さに二人とも何と言ったのか即座に理解できなかった位である。
「発情…期?」
「そう。動物が一年の定まった時期に繁殖のため情欲を催す期間のことです」
 どこから取り出したのか国語辞典をめくりながら、まさたは言った。
「……ゆかたちゃん、そんなのあるんですか!?」
 美加香が驚いて訊き返すが、まさたの反応は至って冷静だった。
「だって猫だからね。ないのは人間くらいでしょう?」
 当然だといった表情でまさたは頷き、ぱたぱたと扇子で顔を扇ぐ。
「いやー、いつもは危ないな、と思ったら即座に水ぶっかけるんだけど、今日は突然
発情を始めちゃいましてね……ははは、危機一髪でした」
「ああ、確かに夜うるさい時はあれに限りますね」
 風見は納得顔でうんうん、と頷いた。
 それとは対照的に美加香は白い目でまさたを見ている。
「まさたさん、さっきから貴方自分の恋人を猫だの水ぶっかけだの滅茶苦茶言ってま
せんか?」
「だって事実ですから仕方ありませんよ」
「それにしたって自分の恋人でしょう? 求愛してるんだから、受け入れてあげても
いいんじゃないですか?」
 美加香が不満そうにそう言うと、まさたと風見はふっと鼻で笑ってみせた。
「ははは、美加香ちゃん。あなたは私に死ねとおっしゃいますか?」
「今のを見ただろ? あのパワーを正面から受け止めてみろ、まず間違いなく――」
 二人はそこで声を合わせ、断言した。
『死ぬ!!』
「死ぬとまで言いますか!?」
 驚く美加香に向けてまさたは引き攣った笑いを浮かべた。
「いや、確実に死にますね!! 発情期の彼女はパワーリミッターが振り切れ、潜在
能力を全開にしたまま本能に任せて突っ走ります!! 正面から体当たりされれば、
運が良ければ全身打撲で入院確定、まかり間違えば人死が出ます!!」
「そこまで凶悪!?」
 絶句する美加香に風見は追い討ちをかけた。
「おまけに下品だから僕の口では言わないが、彼女の相手をすることを考えてみろ!!
ここにいるまさたさんなんか到底干物だぞ、干物!!」
「干物にっ!?」
 美加香はばっとまさたの方を振り返った。まさたはこりこりと頬を掻いている。 
「……いや別に干物にはならなかったけどね」
『ええっ!? 耐え切ったの!?』
 風見は畏怖と尊敬の目でまさたを崇めた。美加香は複雑な目で見ている。
「うん、疲れる上痛いから嫌なだけなんだけどね」
「まさたさん、相変わらず謎が多いですねー」
 男にとっては脅威的な内容らしい。
 そんな二人にこほんと咳払いして、美加香は文句を言った。
「もう、酷いですよ二人とも。慕ってくれてる女の子を猫だとか水浴びせるだとか、
体当たりされたらトラック並のダメージだとか相手したら干物になるとか…。もっと
いたわりを持ったことは言えないんですか?」
「いや、だって全て本当のことだから。いたわるのも相手のタイプ次第で……」
 言いかけてから、まさたは真剣な顔で風見に耳打ちした。
『彼女はもしかして、自分もまともな人間扱いしてもらえず体当たりされたらミサイル
並のダメージを受け、相手しようものなら干物になるまで吸い尽くされそうなタイプの
女の子なのだと自覚してないのでは?』
『…訂正です。奴は確実に自覚してません』
『……お互い、頑張りましょう……』
『はい……』
 同病相憐れむの精神で、まさたは男泣きする風見の肩をぽんと叩いた。
 美加香はそれを見ながらうー、と不満げな声を挙げる。
「……なんだか素晴らしく不名誉な事を言われてるような気が……」
 まさたはそんな美加香を見ながら、こぽこぽとお茶を注いだ。
「とりあえず一杯いかがですか干物メーカーさん?」
「命の恩人に毒入り茶を差し出した挙句に干物メーカーって言うなーっ!! 大体何
ですかその干物メーカーってのは!?」
 まさたはにこにこと微笑みながら、風見を振り返った。
「干物メーカーは干物メーカーですよね、風見さん?」
「あー、まあ、なんというか……」
 風見は敢えてはっきりとは答えなかった。命が惜しかったから。
 まさたはくすくすと笑いながら、再びマントとフードを被って立ちあがる。
「さてと、ではそろそろ私は逃避行に戻るとしましょうか」
「ところでまさたさん、猫の嗅覚ってかなり鋭いんじゃありませんでしたか?」
 思い出したように風見が訊くと、まさたはぴらっとマントを翻した。
「大丈夫ですよ、このマントには柑橘系の汁をたっぷり染み込ませてますから」
「成るほど、それなら猫も寄って来ず安心ですね」
「ええ、ゆかたの特性を突いた見事な逃げでしょう」
『あはははは』
 まさたと風見は一緒に笑った。
 美加香は頭痛を堪えながらそんな二人を見る。
「この人達は、とことんまでゆかたちゃんを猫呼ばわりする気ですね……?」
 笑いが収まったとき、まさたはふと思い出したように呟いた。
「あ、そういえば発情期のゆかたは全てを薙ぎ倒し破壊しながら突き進む破壊の塊
と化すんですが……まあ大した事でもありませんよね?」
『ってそれ大した事だよっ!!』
 風見と美加香は同時に叫んだ。