Lメモ未来編『望まれぬ生命 ――白鬼――』 投稿者:ジン・ジャザム
「Leaf学園!? 馬鹿な……学園空間は消滅した! 今の世界の現状がそれを最も証
明しているじゃないか!」
 そう。
 dyeの言うとおり、5年前の学園空間消滅が世界に致命傷を与えたのである。
 世界を包む廠気。
 死の砂漠。
 燃える海。
 腐り落ちる空。
 全ては学園の死がもたらしたもの。
 学園が滅びなければ、世界の黄昏は存在しなかった。
「なのに! なのに何故、彼は……柳川先生はそこにいるんだ!?」
 彼の問いは絶叫だった。
 当然である。
 SGYを倒したとはいえ、多くの仲間を失い、そして学園も世界も守りきれなかったこ
とへの後悔は、全ての生き残ったLeaf学園生徒に共通する思いなのだから。
「何かの間違いということは? でなければ、柳川先生が偽りの情報を流したとか……」
 ……ふるふる。
 そう言う智波に答えたのは、源五郎ではなく芹香だった。
 例によってその声は聞き取りづらいが、首を横に振り、はっきりとした否定の意を伝え
ている。
「………………」
「えっ……?」
 智波が芹香の台詞を、その意味を考えるため、反復した。

「『彼女なら……彼女の力を以てすれば、学園を再生すること、死せるヨークに再び命を
宿すことも不可能ではない』……ですか?」

・
・
・

「……『哭嘴』?」
 千鶴のその呟きに、哭嘴は答えなかった。
 相変わらず量産型ジンの方を見据えたままで、微動だにしない。
 哭嘴の視線の先……量産型ジンの1人が再び柳川の声で口を開いた。
「貴様……何者かは知らんが、邪魔をするなら容赦はせんぞ」
 やはり哭嘴は答えない。
 冷たい眼差しを向け続けるだけである。
「ちっ……やれ」
「!?」
 その命令に応えて、全てのジンが同時に火器を構える。
 千鶴たちの目の前で、ジンたちの無数の銃砲が火を吹こうとしていた。
 だが……
「嘗めるな」
 哭嘴が右手を前に突き出す。
 刹那。
 彼の掌から紅いエネルギー波が放たれた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



                『望まれぬ生命』



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


                 ――白鬼――


ヴォォォォォォォォォン……

 紅い光が収まったときジンたちは、何とか光から逃れた一体を残し、全滅していた。
 残骸もない……消し飛んだのだ。
 残ったジンも、躰の半分を吹き飛ばされている。
「馬鹿な……量産型とはいえ、こうも簡単に全滅させられるとは……貴様、何者だ?」
 憎悪にその顔を歪めながら、ジンが柳川の声で哭嘴に問う。
「言ったはずだ。俺の名は哭嘴。それ以外の何者でもない」
 哭嘴の答えは、相変わらず淡々としている。
「くっ……うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 憤怒したジン=柳川は、まっすぐに哭嘴に突撃する。
 向かってくるジンに、哭嘴は鉤爪状になっている右手を無造作に振り下ろす。

ばくぉっ!

 重い音と共に、ジンは粉々に砕け散った。
 残ったのは、哭嘴、千鶴、忍の3人だけである。
 哭嘴の強さに、しばし呆然としていた忍は、我を取り戻すと哭嘴に近付こうとする。
「あの……ありがとうございます……助かりまし……」

ばっしゅんっ!

「えっ……?」
 忍が踏み出そうとした一歩先、そこの地面がえぐれた。
 哭嘴がビームを撃ったのだ。
「俺が味方だとは限らない。簡単に気を許すな」
 全く変わらない淡々とした口調で、忍に警告する。
「………………」
 絶句する忍。
 そこに今度は千鶴が、哭嘴に語りかける。
「……本当に何者なのですか、哭嘴さん? 柳川先生のことや……色々、知っている様子
ですけど?」
「答える義務はない」
 哭嘴の答えはにべもない。
 忍が食ってかかった。
「そんな! 僕には何が何だかまったく分からないんです! 何か知っているなら、教え
てくれても……!」
「そんなことよりも……急いだ方がいいぞ」
 混乱しかけている忍を遮って、哭嘴が告げる。
 だが、忍には哭嘴が何を言っているか、理解できない。
「柳川が襲うのは、何もお前たちだけではない。むしろ本命は別に……」
 そのとき。

ぶごぉぉぉぉぉぉぉぉん…………

 遠くから爆音が聞こえてきた。
 見ると街の方……それも鶴来屋のある方角から炎と煙が上がっている。
「なっ……!?」
「遅かったか」
「いけない! 鶴来屋には……!」
 青ざめる千鶴の表情を、哭嘴は見逃さなかった。
「やはり……鶴来屋にあるんだな。『プラント』が」
「!!!?」
 千鶴と忍が、同時に驚愕する。
 忍が叫んだ。
「何故……何故、鶴来屋と来栖川の中でも、重要人物しか知らない『プラント』の存在を
あなたが知っているんです!?」
 だが、その質問に哭嘴はやはり答えない。
 バーニアを吹かし、風と土煙を上げる。
 少しだけ宙に浮かんでから、哭嘴が忠告した。
「『プラント』を奪われるわけにはいかないだろう? 急いだ方がいい。あと……恋も危
ないかもしれないぞ」
「なっ!? それはどういう意味……」

ぶおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 忍の叫びは、バーニアの音にかき消された。
 哭嘴が一気に浮上し、そのまま猛スピードで街の方へと飛んでいく。
 風に乱される髪を押さえながら、二人は哭嘴を黙って見ていた。
 そして、哭嘴の姿が見えなくなって、ようやく今の状況を思い出す。
「……いけない! 鶴来屋に急がないと! それに今の言葉も気になるわ!」
「くそ……恋!」
 二人は同時に、山の急な斜面へと飛び降りる。
 人外の力によって斜面を、崖を、木々の上を飛び移りながら、街への最短距離を進む。

(無事でいてくれ……恋!)

 胸に広がる悪い予感を、必死でかき消しながら、忍と千鶴は急ぐ。
 疾風の速度で。

・
・
・

「『プラント・クロノス』沈黙! 9号(ナイン)、奪われました!」
「こちら『プラント・アレス』! 現在、敵の攻撃を……う、うわああああああああ!」
「『プラント・アプロディーテ』からの通信ありません!」
「6号(シックス)の反応ロスト。敵の手に落ちたようです」
 柳川の量産ジン軍団は、12号(トエレブ)の保管されていた『プラント・ハデス』の
みならず、全ての『プラント』に対し、攻撃を開始した。
 圧倒的な戦闘力の前に、次々と蹂躙される『プラント』。
 ソレは同時に、人類の明日の喪失をも意味していた。

ばんっ!

 岩下が壁を叩く。
「『プラント』停止による世界の崩壊。それが柳川の言う『最後の審判』か? くそ! 
ふざけやがって! 何とかして『プラント』のメイン・ユニットを取り戻さないと、全て
が滅びゆく……!」
「でも、学園への転移装置はもう無い。学園への道は閉ざされている……」
 セリスも悔しげに拳を握り締める。
 dyeも似たような心境だろう。
 だが、智波だけは違った。
 智波は、自らの主人の顔を盗み見つつ、考えを巡らせる。
(『プラント』のメイン・ユニット。世界を浄化するシステムそのもの。だけど、僕たち
はその正体を知らない……)

「俺はな……貴様らに思い出させてやっているのだ。貴様らの腐りきった未来を支えてい
るのが誰なのかをな。そうでなくては、ジンが浮かばれん……」

「そちらの芹香お嬢様なら知っているだろう? お前たちが如何に外道なやり方で、生き
延びているかということを」

 柳川の言葉を思い出す。
(柳川先生は全てを知っているようだった。それにご主人様は、何かを隠している……)
 自分にも教えられないほどの、秘密。
 芹香の隠す、彼女自身の闇。
 その存在を知り、智波は少しだけ、やり切れない思いだった。
 だが、今は感傷に浸っている場合ではない。
(「ジンが浮かばれん」……5年前の戦い……あの戦争にも、ジンさんは深く関わってい
た……詳しいことは何も分からなかったけど。)
 5年前の戦争。
 世界の崩壊。
 『プラント』のメイン・ユニット。
 『聖徒界凶師』柳川祐也。
 ジン・ジャザム。

 『彼女』。
 
 そう、芹香の言っていた『彼女』。
 死せる学園を甦らせることの出来る、その存在。
 ……これらを繋ぐ鍵は何だ?
 答えは出ない。
 彼は決定的な情報を持っていない。
 だけど……
 智波は悲痛に、顔を歪める。

 このことに、来栖川が、芹香が関わっていることだけは間違いないのだ。

・
・
・

 光も音も死滅させるのは、闇。
 闇は総ての帰り着く場所。
 死という最終地点。
 安息と絶望。
 だが、ここの闇は決して死んでいない。
 闇は胎動している。
 閉じたこの世界から、光溢れる世界へと、相反する、決して相容れぬものが支配する世
界へと、解放されるのを待ち望むかのように。
 闇の終焉は、光。
 光の終焉は、闇。
 生の終焉は無論、死。
 ならば死の終焉は、生。
「そう……俺はそれを求める。もはや、この世界に安息の死などいらぬ。必要なのは、苦
痛の生。総ての死に終わりを告げる。あいつの愛を、皆に与えてやろう……凌辱という、
愛のカタチで」
 闇に甦った音は、柳川の声だった。
 だが、音があることがかえって、この闇の静寂を強調する。
「…………ふふっ」
 突然、柳川が笑い出した。
 笑いながら、闇に向かって語りかけた。
「気配を感じるぞ、TaS。そうだな、ここが……学園が甦ったんだ。お前がいてもおか
しくはない。おかしくはないが……何もできまい」
 柳川の笑いは嘲笑へと変わった。
 その柳川の嘲笑に、闇が答える。
「柳川さん、貴方の思うとおりにはなりません。彼らが……Leaf学園の出身者たちが
貴方に負けるはずがありません」
 静かな声だ。
 静かだが、確信に満ちた声だ。
 しかし、柳川の嘲笑は止まらない。
「第2次SGY大戦は、敗れたに等しいだろう?」
「………………」
「罪は償わねばならん。ジンを凌辱する者も、その事実を知らぬ者も、死という安息に逃
げた者も、そして……俺自身も、みんな等しく裁かれなければならない。それに……」
 柳川が闇の中で後ろを振り返った。
 そこには唯一、存在を許された光があった。
「裁くのは俺じゃない。裁くのはジンだ。ジンだけが裁く権利を持つ。そう、ジンだけが
……」
 光に向かって、柳川は夢遊病者のように歩き出した。
 泣いている。
 柳川が泣いている。
 血の涙を流している。
 裁きの日が来るまで、決して渇くことのないだろう、涙を。
 TaSは、柳川の哀しみを知っていた。
 だから、それ以上は語らず、その場から消えた。
 どうせ、自分にはもう何の力も残されていない。
 5年前の戦いで、その力のほとんどを失った。
 実体化する力すら失いつつある。
 あとは……彼らに、Leaf学園の出身者たちに委ねるだけだ。
 闇には、柳川が残された。
 Tasの気配が消えたことなど気にも止めず、光の前に近付く。
 光を発するのは、水槽だった。
 いや、水槽の中に浮かぶ、少女だった。
 下半身を失った少女。
 その少女だけが、総てを埋め尽くす漆黒の中の、唯一の色。
 そう。

 唯一存在を許された『白』だった。

・
・
・

「……鶴来屋の方角!?」
 柏木邸の塀の上から、ゆきは天に昇る煙を見上げていた。
 あまりにも突然のことで、何が起こったのかは理解できない。理解できないが、ただ事
ではない。
 舌の奥がカラカラに渇き、うなじにチリチリと火傷のような痛みが走る。
 これはただの爆発なんかじゃない。
 とてつもなく不吉のこと、はっきり言って最悪なことが起きようとしている。
 ゆきのエルクゥがそれを告げていた。
「急がなきゃ……!」
 柏木邸と鶴来屋までは、最低、列車で1駅分の距離がある。
 かなりの距離だ。
 しかし、エルクゥである彼、そして常軌を逸したLeaf学園の出身者である彼にとっ
てはその程度の距離など、ものともしない。
 ゆきは力を解放し、鶴来屋に駆けつけようとした、そのとき。
「ゆき」
「ゆきちゃん……」
 2つの声に呼び止められ、ゆきは振り返る。
 そこには見知った2人の顔があった。
 1人は彼の妹であり、彼と同様、優れた能力者であるM・K。
 もう1人は、彼が守護すべき『姫』、柏木初音だ。
 2人は不安そうな顔をゆきに向けていた。ゆきの感じた悪寒をこの2人も感じたのかも
しれない。
 ゆきは真剣な表情のまま、2人に告げた。
「鶴木屋を見てくる……M・K、初音ちゃんを頼むよ」
 緊張した面持ちで頷くM・K。
 初音が一歩前に踏み出し、ゆきを潤んだ瞳で見つめる。
 ゆきは初音を安心させるように微笑むと、初音の頭を撫でた。
「大丈夫……何があったって、やられはしないよ。僕は学園最強のエルクゥ同盟がリネッ
ト・エース、ゆきだからね。」
 5年前の戦いは、何も絶望だけをもたらしたのではない。
 あの戦いで『クィーン・ザ・リズエル』と『キング・オブ・エディフェル』を失い、さ
らに学園消滅と共に『ジャック・イン・アズエル』と『ブラック・カオリ』は行方知れず。
 紋章を持つ守護者は、もはや、ゆき1人となった。
 それでも彼は紋章の重さに押し潰されはしなかった。
 ジン・ジャザムの死。
 それが彼を1人の戦士として成長させたのだ。
「じゃあ、行ってくる」
 告げるや否や、ゆきは大きく跳躍し、隣の家の屋根に着地する。
 そのまま、凄まじいスピードで屋根と屋根とを飛び移り、あっという間に見えなくなっ
た。
「ゆきちゃん……」
「大丈夫よ。あんなんだって、一応は守護者の端くれなんだから」
 M・Kが初音の肩を叩いてそう励ますと、初音もようやく軽く微笑んだ。
 微笑み返し、M・Kは初音を家の中に連れていこうと歩き出す……そのとき。
「!!!?」
 M・Kが屋敷の屋根に鋭い視線を飛ばす。
 だが、そこには何もない。
「……M・Kちゃん?」
 初音がM・Kの様子に気付き、尋ねてくる。
「ん……? 何でもないよ。さあ、中に入ろ?」
「う、うん……」
 初音を心配させないように、M・Kはまた笑顔を取り戻すと、初音の肩を押しながら、
家の中へと向かった。
 最後に再び、ちらっとだけ屋根の方を見る。
 やはり何もない。
(一瞬、何かの気配を感じたけど……気のせいかな?)
 元来、楽天的なM・Kはあっさり悩むのを止めると、そのまま初音を連れて中へ入った。
 外には誰もいなくなる。
 否。
 先程、M・Kが睨んだ屋根の上に1人の僧形の男がいる。
 僧はそこから動いていなかった。
 だが、M・Kの視界には入らなかった。
 完全に気配を消せる者は、たとえ姿を見られても存在を認識されない。
 優れた能力者であるM・Kにすら欺くほどの実力を、その僧は持っていた。

しゃらんっ……

 僧が手にした錫杖が静かに鳴る。
 僧はじっと、煙上がる鶴来屋の方角を見つめていた。
(……ついに動き出したか、柳川。『マザー』の強奪からずっと追い続け、それでも行方
が掴めないと思えば……どうやら、次元の向こう、Leaf学園に潜んでいるらしいな。
道理で分からんわけだ……)
 僧の表情は編み笠の下に隠れ、窺い知れない。
 だが熱く、深い情念が鶴来屋を刺すように放たれていた。それもすぐ、彼の訓練された
精神によって抑えられてしまったが。
(来栖川や鶴来屋に『マザー』を渡すわけにはいかない。俺の手で『マザー』を取り戻さ
なければ……必ずこちらと向こうを繋ぐ扉があるはずだ。それを見つけ出せば……)

しゃらんっ……

 再び、錫杖が鳴る。
 僧は空いた左手で印を作った。
 そして、
「御(オン)」
 短い、かけ声。
 同時に僧の姿はまるで空気に溶け込むかの如く、消えてしまった。
 今度こそ誰もいなくなる。
 何も残らない。

(苦しめるな柳川……これ以上、ジンを……あいつを苦しめるな……)

 僧の想いを除いては、何も。

・
・
・

 来栖川の有する全ての『プラント』は瞬く間に落とされた。
 あと残るは鶴来屋の『プラント』と、ここ来栖川本社ビルの最下層に眠る『プラント』
のみ。
 来るべき量産型ジンの襲撃に備え、セリスたちは戦闘配置に着いた。
 そして、予想通り量産型ジンは出現した。
 一瞬で。
 本社ビル間近への空間転移。
 本社ビルは一気に数百体のジンの攻撃に晒されることになった。
 その気になれば、このビルを灰燼と化すことが出来るほどの圧倒的戦力である。 
 それほどの敵に来栖川の警備システムは全くの無力。
 ジンの軍団と互角に戦えるのは、セリスたち、Leaf学園の出身者のみ。
「はあああああああああああああああ!!!!」
 セリスの霊波刀が47体目のジンを両断する。
 右半身と左半身が正反対の方向に倒れ、爆砕した。
 セリスの周り、『プラント』へ通じるエレベーターを守る最後の部屋の中、壊れた量産
型ジンの散開していた。
 だが、ジンの数は一向に減る様子を見せない。
 無骨な、倉庫のような薄暗い空間の向こう、ジンたちの瞳が金色に輝いている。
 闇夜に潜む肉食獣の瞳のように。
「はあ……はあ……ふざけるなよ。お前たちのような偽物が何百揃ったところで、本物に
は遠く及ばないんだよ……!」
 強がるセリス。だが霊波刀を持つ右腕からは血が流れ落ち、息も絶え絶えである。
 彼と背中を合わせている岩下も似たようなものだ。他の警備兵や警護ロボは全て破壊さ
れている。
(ふっ……今ほど、あの忌まわしい力が欲しいと思うことはないな……)
 岩下が心の中で自嘲した。
 オロチの血。
 彼の一族に破壊者の血、忌々しき血。
 そして圧倒的な力を与えてくれる血。
 その力があれば、これくらいの数を焼殺することが出来たであろう。
 しかし、今の岩下にオロチの力は残されていない。 
 5年前の戦いのとき、SGYを倒すため、その力の総てを費やしたのだ。
 その証拠に今、彼の放つ炎は呪われた紫炎ではなく、輝きを伴った赤い炎だ。
 あのときは、この呪われた力を捨てて、良かったと思った。
 もはや破壊者の血が自分を苛むことはないと。
 だがその血を今、自分は欲しいと思っている。
 そんな自分の無力さが恨めしかった。

狩ッッッッッッ!!

 風を切り裂き、新たなジンたちが2人に襲いかかる。
 岩下は鬼焼きで跳びかかってきたジンを燃やし、セリスが破軍による気弾の拡散攻撃で
残りのジンを吹き飛ばす……ジンはまだ減らない。
「畜生……数だけが取り柄のくせに……」
「とにかくやるしかない……やるしか!」
 体力の限界も近いが、それでも2人は敵を鋭く睨み返す。
 もう、守らねばならないものを守れない無念を味わうのはたくさんだ。
 だから戦う。この力が尽きるまで。
「そう……もう負けるわけにはいかないんだよぉぉぉぉぉぉ!!」

・
・
・

 鶴来屋も状況は同じだった。
 迫り来る強大な敵に、為す術もなく瓦解する鶴来屋の警備網。
 柏木4姉妹で最大の攻撃力を誇る柏木梓が先頭を切って、何とか敵の『プラント』侵入
を防いでいるが、突破されるのは時間の問題である。
「……梓姉さん」
 会長室の椅子に座ったまま、不安に表情を翳らせている楓。
 その横には足立の姿もあった。
「楓ちゃん……ここは君だけでも逃げた方がいいんじゃないかね?」
 足立の言葉に、楓は首を横に振った。
「……いいえ、私だけが逃げるわけにはいきません。だって私は……鶴来屋の会長だから」
 5年前の戦いで重傷を負い、また心にも大きな痕を残した千鶴は会長職を辞任している。
 彼女たちの祖父である柏木耕平と叔父の柏木賢治が戦死し、従兄の柏木耕一が隆山を去
った今、会長職を継げるのは梓、楓、初音の内の誰か。
 年功序列からいけば梓が職を継ぐべきだったろう、しかし人の上に立つことが苦手であ
る梓は楓に会長職を譲った。
 重い責任に潰されそうになりながらも、楓はこの5年間、鶴来屋を支えてきた。
 だが彼女が守ってきた鶴来屋も今、崩れ去ろうとしている。
「英志さん……」
 思わず洩れた言葉は、かつての自分の守護者の名前だった。
 最強を冠するに相応しい者の名を上げるならば、まず間違いなく5指に入る漢。
 学園崩壊後は、死に逝く世界をその目に焼き付けるため、当てのない流浪の旅に出た。
 彼なら……彼なら、この鶴来屋と自分を護ってくれるだろうか?
 ……助けて欲しい。
 何かに縋らないと壊れてしまう。
 あの人がいれば……あの人が側にいれば……。

 ……んだ。
 ……だっんた。
 ……傲慢だったんだ。

 そのとき、5年前の彼の言葉が、楓の脳裏に甦った。

「……傲慢だったんだ。何がSS不敗……何が『護るための力』だ! 俺は……俺は自分の
妹1人、自分の弟子1人、満足に護れなかったじゃないか!!」

 ……!
 楓の瞳に光が戻る。
「……そう。逃げられないんです……。」
 それは、足立にとっては先程の台詞の続きに過ぎなかった。
 だが、楓にとって、それは自らを奮い立たせる決意の言葉。
(あんな……あんなに弱々しい英志さんを私は初めて見た……)
(私は英志さんをずっと強い人だと思っていた……だから戦えるのだと)
(でも違った。英志さんだって弱かった……弱いのに……必死で戦っていたんだ)
 戦わなくちゃいけない。
 弱さを理由に逃げてはいけない。
 そう。

がしゃあああああんっっっっっ!

「!!!?……楓ちゃん!!」
 窓ガラスを割って、量産型ジンが会長室に侵入する。
 足立は叫び、楓を庇おうとする。
 だが、間に合わない。
 ジンの瞳が楓を捉える。
 楓は瞳を背けない。そう。
「弱さに逃げて……大切なものを失うのは、もう嫌です!!」
 楓の叫びに応えるかの如く。

風王ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

 銀色の風が会長室の扉を吹き飛ばし、足立と楓の横を通り抜け、ジンに迫った。
 ジンは慌てて、迎撃の構えを取る。いや、取ろうとした。
 それが叶わなかった理由は単純だ。
 風がジンが構えるよりも速く、ジンの上半身を吹き飛ばしたからである。
 唖然と佇む、楓と足立。
 銀の風が吹き去った後、その場に残っていたのは……
「ふん、遅い……オレの方が17倍速いな」
 銀色の人狼だった。
 人狼は鋭い獣の瞳で、動かぬジンの残骸を見下ろしている。
 唐突と、あまりにも唐突に現れて自分を救った狼を、楓はしばし見つめていた。
 ……美しい獣だった。
 地上の如何なる獣よりも洗練された獣。
 神の最高傑作。
 至高なる銀の生命。
 どの言葉が、この目前の人狼を、正確に比喩できるだろう。
 見とれる楓の視線に、人狼は気付いた。
 楓と人狼の視線が交わるとき……楓は見た。
 その鋭い光の中に、深い哀しみと、それに伴う喜びが宿っていることに。
 それに気付いたとき楓の中で、思考と記憶と直感とが急速に符合する。
 一つの答えが導き出される。
 根拠も無しに。
「貴方は……XY……!」
「くっ……!?」
 楓がその言葉を口にしたその瞬間、人狼は畏れた。
 楓が最後まで言い終わらぬうちに、人狼は再び風となって、彼女の横を通り過ぎる。
「待って!!」
 楓が人狼を呼び止める。
 だが、そのときにはもう人狼の姿はなかった。
「……XY−MENさん」
 楓がぽつりとその名を呟く。
 5年前、死んだとばかり思っていた男の名前を。
「XY−MEN君!? 今の狼が、かい? そんな馬鹿な……」
 足立の否定の言葉に、楓はゆっくりと首を横に振った。
「……分かるんです。理由はないけど……それでも分かるんです」
 あの瞳を見れば。
 心の中で楓は付け加えた。
 優しい瞳。
 哀しい瞳。
 そして、耕一や英志に似た……護るべき者を見つめる瞳。


(違うんだ……違うんだよ)
 人狼は駆けながら、心の中でそう呟いた。
(見守っていた。ずっと見守っていた……君のこと。だけどオレはオレじゃないんだ……)
 5年前の戦いは。5年前の死は、彼の獣を呼び覚ました。
 彼の魂の奥の奥、そこに封ぜられた真なる獣を。
 もう、XY−MENには戻れない。
 彼は狼。
 彼は獣。
 獣に人の論理は、人の愛は通用しない。
 獣と人は相容れない。
(戻れない……オレだけじゃない。みんな戻れないんだ……)
 人狼は思った。
 そうだ。
 オレたちは、世界を取り戻せるほど強くはなかった。
 ……弱かったのだ。
 ならばいっそ、絶望に全てを委ねることが出来れば、ここまで苦しむこともなかったの
に。
 なのに、オレたちは全てに絶望してしまうほどには弱くはない。
 なんて残酷な強さ。
 なんて残酷な弱さ。
 ……こんな中途半端な力なら欲しくはなかった。
 こんな……こんな……

「君を護りきれない強さなんて……君を見捨てられない強さなんて」

 人狼は駆けながら、ここの中で泣いた。
 人として泣けなくなる日に恐怖しながら。

・
・
・


 廠気が大気を蝕んでいる。
 灰が街を白く埋め尽くす。
 黒い太陽が、生命無きもの総てを等しく照らす。
 何もかもが死んでいる。
 それが今の世界。
 5年前の戦いに敗れた者たちが背負う、贖罪の十字架。
「もし、ハイドが生きていたら……この世界を見て、何て言うかしらね?」
 死の光景の中に、1人の女が長い髪をなびかせて佇んでいた。
 世界の黄昏を見つめながら、隣りに立つ白衣の青年に問う。
 いや、実際は誰に問うたわけでもないのだろう。
 だが、青年は答えた。ほんの少しだけおどけた風な笑みを浮かべながら。
「奴なら……そうだな。『だから、総ては無に還るべきだったのだ。それだけが唯一絶対
の救いなのだから』……と言ったところかな?」
 笑みを浮かべながら、青年もまた、死んだ世界を見つめている。
 廠気は今もなお吹き荒れている。総ての生命を貪るために。
 なのに2人はその廠気の中、平然と佇んでいる。
 2人の生命の前からは、死の方が避けていく。
 ……この程度でくたばるようなら、最初から生き延びちゃいないがな。
 青年は笑みをさらに皮肉で歪めた。
「ゆーさく……」
 女が――青年の愛する女性、来栖川綾香が、彼の名を呼ぶ。
 正しくは悠朔(はるか はじめ)であって、断じて「ゆーさく」ではない。
 だが彼女は初めて出会ってからずっと、その呼び方を改めようとはしない。
 そのうちに悠のほうも、どうでも良くなってしまった。
 だから、変わらない。
 そう……ずっと変わらない。
 他の何が変わっても、それだけはずっと。
「何だ」
 短く尋ね返す悠。
 綾香は僅かに憂う表情で言葉を続ける。
「ゆーさく。私たちは間違っていたのかしらね……学園を失って、世界を失って、そして
『あんな方法』で生き延びようとして……もしかしてハイドは、この未来が見えていたの
かしら?」
「さあな」
 悠の返事はあくまで素っ気なかった。
 綾香は黙って、悠を見つめている。
 悠は続けた。
「俺たちが間違っていて、ハイドラントの奴が正しかったのか……そんなことは分からん
さ。ただ俺たちは……」
 5年間を思い返す。
 嵐のように生き抜いた5年間を。
「俺たちは前にしか進めない。たとえその先が奈落への転落だったとしても、俺たちは止
まれない。ただ……それだけだ」
 未来も滅びも、自ら進んで掴み取らねばならない。
 座して運命を待つくらいなら、自分は流れに逆らい、打ち砕かれたい。
 悠の言葉に、綾香の瞳から迷いが消えた。
「そうね……進むしか、無いのよね」
「ああ」
 ――辛いことかも、しれないけど。
「……今回の調査はこの程度ね。来栖川に帰りましょう」
「そうだな。何故か……胸騒ぎがするしな」
 悠が頷くと同時、2人の姿は一瞬でかき消えた。
 人外の速さで、死んだ街を駆け抜けていく。
 そして、街には再び死だけが残された――ただ一つの例外を除いて。
 先程まで2人が立っていた場所から、遥か遠く。
 朽ち果てたビルの中。
 瓦礫と灰に埋もれながら、ソレは虚空を見つめていた。
 ソレは、どうやら元々は人間であったらしい。
 いや、今も人間ではある。
 だが、あまりにも生気の抜けた風貌が、彼に生命を感じさせず単なるモノ、そこに転が
る瓦礫と何ら変わりのないように感じさせた。
 燃え尽きたように真っ白になった髪。
 乾き、ところどころ崩れている肌。
 唯一、緋色の瞳だけが、ソレが生き物であることを主張しているようでだった。
 元々は美形であったのだろうソレは、ゆっくりと覇気のない声で闇に語りかけるように
呟いていた。
「死ねないんです……死ねないんですよ、導師」
 死ぬ、死なない以前に、そもそも生命が宿っていたのかも怪しい声で、ソレは呟く。
「これだけの廠気を浴びても死ねない。死ねないんです、導師」
 生命のないモノの呟きは続く。
「世界を滅ぼすことも出来ない。出来ないんです。生き続けるしかないんです。無意味に
生き続けるしかないんです、導師」
 そして、ソレは震えた。
 その瞬間、ようやくソレに生命が宿ったようだった。
「導師……何処に逝ってしまわれたのですか、導師? 導いて下さい。僕を導いて下さい。
何もないんです。りーずもいないんです。僕には何もないんです……」
 呟きに生命が宿れば、それは悲痛で惨めな慟哭にしか過ぎなかった。
 生命が宿ればソレは、ヒトにもモノにもなれない、中途半端な存在に過ぎなかった。
「導いて下さい。導いて下さい。僕に救いを滅びを闇をお与え下さい……」
 ソレは救済者を、導き手を求めている。
 だが、救済は訪れない。
 彼にとっての救済者は、もう存在しない。
 ありもしない救済を求めるソレ。
 ソレはかつて、葛田玖逗也と呼ばれていた、ヒトでもないモノでもない、何か、だった。

・
・
・

 苦しんでいる。
 みんな、みんな、苦しんでいる。
 生命があるから。
 生きているから。
 生きている限り、死にたくないから。
 死なせたくないから。
 だから、もっと苦しむ。
 もっと、もっと、苦しむ。
 ……愛おしいよ。
 藻掻き苦しむみんなが愛おしいよ。
 でもね、足りないの。
 まだまだまだまだ足りないの。
 もっともっともっともっと苦しまなきゃいけないの。
 苦しみの輪廻。
 永久(とわ)に続く輪廻。
 生命の輪廻。
 分かるかな?
 それだけがきっと、完全なる愛……


「もう少しの辛抱だよ……」
 柳川は少女の入った水槽を抱き、陶酔した表情で告げた。
 柳川の手がゆっくりと水槽の硝子を撫でる。
「総てが揃えば、総てが叶う。『最後の審判』もお前の愛も、総てが完成される……」
 水槽の中の少女は、白の少女は応えない。
 瞳を閉じて眠り続けている……苦痛と絶望に満ちた、目覚めの刻を待ち焦がれながら。
「だが……気になる」
 硝子を撫でる手はそのままに、瞳に鋭い眼光を取り戻しつつ、柳川は呟いた。
「哭嘴……ジンのコピーを一瞬にして殲滅した、あのロボット。奴は何だ? 奴は『プラ
ント』の真実を、我々のことを知っているのか?」
 疑問に答える者は無論、いない。
 柳川は視線を少女に戻す。
「お前は知っているのか、奴のことを? 白き鋼鉄を身に纏いし者……翼を抱くあの鬼の
ことを」
 やはり少女は答えない。
 だが、柳川はほんの一瞬。
 気のせいかと思うほどの、ほんの一瞬だけ、少女が微笑んだように見えた。
 本当に気のせいだったのかも知れないが。
「ふっ……お前はこの眠りの中、どんな夢を見ている? 幸福をか? 絶望に沈む幸福を
夢見ているのか? ……待っていてくれ」
 俺がお前の愛を完成させる。
 それが俺の贖罪。
 完成した愛が、世界を、俺を永遠に貪り続ける。
 それが俺に与えられた罰。 
「邪魔をする者は何人であろうと排除する! 哭嘴とやら……俺は止められんぞ! 俺は
『最後の審判』を必ず成就する! そう! 今、完全なる愛を手にするために!!」

・
・
・

 ……完成させてなるものか。
 哭嘴は空を駆けながら、胸中で呟いた。
 柳川の動きは早かった。
 全ての『プラント』を同時に襲撃し、メイン・ユニットを回収する。
 それが出来るほどの力を、未だに有していたとは誤算であった。
 だが……
(ユニットが一つでも欠ければ『最後の審判』は完遂できないだろう? ならば、ここの
『プラント』を死守するまで!)
 眼下には既に鶴来屋が見えていた。
 空に飛ぶ量産型ジンたちを紅い閃光による一撃で葬り去ると、哭嘴はそのまま窓を破り、
鶴来屋の中に突入した。
 舞い散る無数の硝子は己が内に、舞い降りた白い鋼鉄の鬼を封じ込める。
 硝子の破片が反射する光に包まれて、白き哭嘴の姿はより幻想的に、より美しく見えた。
 そしてその数多な光の中で、一等星の如く強く輝く光……哭嘴の眼光。
 その光は明らかに人工を超えた、強い生命が込められていた。

「完成させてなるものか! 愛は、俺と共にある! そして今、完全なる愛を手に!!」

 哭嘴が吠えた。
 彼はユニットの気配に導かれるように、鶴来屋内を進み出す。
 そうだ、導かれているのだ。
 絆が、断ち切れない運命の鎖が、哭嘴を導く。
 その先がたとえ、苦痛と絶望であったとしても。

                                    つづく

…………………………………………………………………………………………………………

 話進んでねぇよ、俺(爆)
 というワケで話が長引いてすいません、最初は全5回のつもりでしたが、そんなんじゃ
あ終わりそうもねぇぜ、なジン・ジャザムです(<おひ)
 皆さんはろはろ。
 俺はへろへろです。
 さて、このSSで不幸になるのは俺だけ(死人は例外)とかほざきながら、何かみんな
結構、不幸じゃねぇかと思う今日この頃、皆様はどうお思いでしょうか?(爆)
 でもまあ、これ以上は転落しないはずなので許して下さいませませ☆(偽善者スマイル)
 いやあ、今回は予定が大きく変わった、変わった(笑)
 その典型的な例は……XY−MENさん登場。
 本当は西山さんが、何かとてつもねぇ登場方法で乱入する予定だったのが、こうなっち
ゃいました。
 この「とてつもねぇ登場方法」、このまま腐らせるのは俺的に勿体ないので、別の話で
使います(笑) SS不敗の本領発揮だ(笑)
 ちなみに西山さんは次々回登場予定。
 出番なくなったわけではないので、ご安心を(笑)
 では、次回予告だぁ 

…………………………………………………………………………………………………………
 次回予告

 柳川が、哭嘴が、謎の僧が『プラント』のメイン・ユニットを求める。
 彼らが求めるものは一体、何なのだろうか?
 誰にも明かされなかった、メイン・ユニットの正体。
 その真実の姿が今、明らかになる。

「まさか、これが……これが『プラント』の正体なのか……!?」

 真実を知ったとき、人は己の罪深さに恐れおののく。
 だが、もう遅い。
 総ては動き出してしまった。
 もはや人に残された道は、罪深き前進か、贖罪の絶望か、二つに一つ。
 そして、人は決して絶望できない。
 絶望しきれない人間は、さらに悲劇を加速させる。
 未来に進もうという意志が、己の未来を閉ざしていく。
 運命は狂々と回転し、戦いは熾烈さを増していく……



 次回『望まれぬ生命 ――罪鬼――』


「その忌まわしい気配……そうか! 貴様はリズエルの守護者……!!」