Lメモ未来編『望まれぬ生命 ――勇鬼――』Bパート  投稿者:ジン・ジャザム

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 蝋燭の炎が揺らぐ仏壇の前で、一人の少女が手を合わせていた。
 年頃はだいたい十二歳ほどか。
 少女を知る者が見れば、彼女はまた一段と彼女の母――姫川琴音に似てきた
と思うだろう。
 もっとも琴音が本当に彼女の母だったのかどうか、誰にも分からないのだが。
「OLHお兄ちゃん。笛音は元気です」
 少女が仏壇に語りかける。
「昔のわたしは小さかったから何もできなかったけど、今のわたしは大きくな
りました。だからみんなと一緒に戦えます」
 大きくなった……というには少女の躰はあまりに小柄すぎる。
 戦いを宿命と背負うには少女はまだ幼い。
「わたしは一生懸命がんばります……だからお兄ちゃん、どうか笛音を見守っ
ていてください」
 だが彼女は敢えてその道を選ぼうとしている。
 それが五年間苦しみ続けた彼女のやっと見つけ出した答えだった。
 幼い彼女が稚拙ながらも必死に見つけた答えだった。


 仏壇に手を合わせる笛音に気付かれないように、扉の影から彼女を見つめる
女性がいた。
 斎藤勇希。
 Leaf学園の教師だった女性だ。
 今は五年前にOLHを失った笛音を代わりに保護している。
「OLH……ちゃんと見ているの?」
 責めるような口調。
 涙が床にこぼれる。
 一度溢れた涙はもう止まることを知らず、次から次へと床に痕を広げていく。
「あの娘、あんな辛そうな顔してるじゃないの。アンタ、バカだよ……」
 残されて、涙流して、哭く者と。
 想い残し、涙に濡れて、逝く者と。
 より痛いのはどちらなのだろう。

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 凛……
 其処に足を踏み入れると同時、澄んだ音が波紋となって闇に響き渡った。
「……誰ですか?」
 音に反応し、中心に座る人影がそちらに振り向いた。
「八塚です、くま先輩」
 相手が後輩の八塚崇乃であると分かった九条和馬の顔が綻んだ。
「ああ……久しぶりですねぇ。どうぞ、中に入って、入って」
 九条の言葉通り、八塚は九条の方に近付いた。
 闇に慣れた瞳がようやく九条を捉える。
 そして、その姿を見た八塚は絶句した。
「……くま先輩、その躰」
 ようやく声を絞り出す。
 それほどまでに、九条の躰は痩せ細っていた。
「はは……ついに四十キロを切っちゃっいました。それに目ももう……ね。
 あっ、でも周囲に音の結界を張り巡らせているから不便はないですよ」
 言って微笑む顔は、闇の中で映えるほどに、血の気が無く白い。
 八塚はかける言葉も見つからず、ただ黙っていた。
「この躰……いつまで保ちますかね?」
「えっ……?」
 ふと和馬は呟やき、立ち上がった。
 その途端、咳き込み膝を突いてしまう。
「先輩っ! 無理したら……!」
 駆け寄ろうとする八塚を、九条は手を振って制した。
 そして再び立ち上がる。
「多分ね……僕はもう長くありません」
「!」
 そんなことを九条はさらりと言ってのけた。 
 顔も笑ったままだった。
 が、瞳には覚悟を決めた者だけが持つ、悲痛で清浄な輝きがあった。
「ならせめて、死ぬときくらいは前のめりが良いじゃないですか。独りで死ぬ
には……この闇の中は寒すぎる」
 八塚はもう何も言わなかった。
 黙って九条に肩を貸し、歩き出した。
 光溢れる戦場に赴くために。

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 朝。
 清々しい朝。
 鳥が囀り、眩しい日の光がカーテンの隙間から射し込む。
 今日がいい天気であることに感謝して、赤十字美加香は思いっきりカーテン
を開け放った。
「……眩しい」
 まだベットの上でウトウトしている寝ぼすけは、そんな不平を言いながら、
シーツを頭から被ってしまった。
「『……眩しい』じゃありません! ほら、ひなたさん朝ですよ! 起きて下
さいっ!」
 エプロン姿の美加香は、風見ひなたのシーツを剥ごうとする。
 ひなたはそれに全力で抵抗した。
「今日は日曜でしょう! 昼まで大人しく寝させて下さいっ!」
「何言っているんですか! 今日はみんなで遊びに行くって、ルーティたちと
約束したじゃないですかっ!」
「えっ……そうだったか?」
 ひなたが怯んだ隙に、美加香は一気にシーツを引っ剥がした。
 勢い余って、ひなたの身体が床に転がる。
「痛ぅ! ……貴様はもっと丁寧に起こせないんですか!」
「はいはい、もう朝御飯出来てますから、早く下に降りて下さいっ。もうルー
ティも日陰ちゃんも起きてますからねー」
 美加香はひなたの背中を押して急かした。
 ひなたはブツブツ言いながらも階段を降りていく。
 世話の焼ける子供のようなひなたに、美加香はしょうがない人だ、といった
風に微笑む。
 だけど、幸せだ。
 くだらない日常を紡ぐことが、この上もなく幸せだった。
 たわいもない、だがしかし温もりのある家庭。
 ずっとずっと、この幸せが続いてくれればいい。
 日溜まりの中の小さな幸せ。

 ――幸せ。

「あっ……」
 そのとき、何故か、美加香の瞳から涙が溢れた。
「な……何で……何で?」
 分からない。
 泣く理由なんて何も無い。
 でも涙は決して止まらなかった。
「うぐ……幸せ……なのに……ぐっ……幸せ……なのにぃぃ」
 酷く酷く酷く酷く。
 哀しい。
 眩しい幸せが、哀しい。
 救いようになく、哀しい。
「何で何で何で何で何で! 何でっっっ!」

「目覚める時だからだ」

 半狂乱になって泣き叫ぶ美加香の耳に、声が届いた。
 辺りを見渡す。
 其処は、あの日溜まりの幸せではなかった。
 廠気渦巻く空。
 錆びた海。
 腐った大地。
 死せる世界。
「此処は……」
「これが本当の世界……」
 嫌だ。
 聞きたくない。
 知りたくない。
 耳を塞ぎ、目を閉じて、美加香はその場に蹲った。
「嫌……嫌っ!」
「いい加減にしろ、美加香!」
 声の主が、美加香の胸ぐらを掴み、無理矢理に立たせた。
 美加香の目の前に、彼の顔がある。
 西山英志。
 彼女のパートナー、風見ひなたの師だった漢。
 その西山が、怒りの形相で美加香を睨んでいた。
「良いか聞け、美加香! 風見は……」

 ――憎悪の闇に染まる、ひなたの瞳。

「嫌嫌嫌嫌嫌! 聞きたくないっ!」

 ――血の色の涙。

「風見ひなたは死んだのだっ!」

 ――金色の瞳。

「――――!」
 暗黒と黄金の記憶と共に、虚構の幸せが砕け散る。
 指先からこぼれる砂を必死に留めて創った楼閣を、目の前の男は無慈悲に暴
虐に崩してしまった。
「何で! 何で何で! こんな酷いことっ!」
 泣きじゃくり、美加香は西山の胸を弱々しい拳で殴った。
 しかし西山は美加香を離さない。
「何で、だと? 美加香、いつまで現実から目を反らしていれば気が済む!?」
「関係ない! 現実なんて関係ないっ!」
「貴様ァ!」
 西山の剣幕が激しさを増す。
 だが美加香にとって、そんなことはどうでも良かった。
「私が何をしたっていうの! 私がどれだけ悪かったっていうの! 私はただ、
幸せに暮らしたかっただけ! こんなの……私の求めていた未来じゃないっ!」
「もし未来を選べるのだとしたら! 誰もこんな未来は望まなかったさ!」
 西山の声は絶叫に変わっていた。
「そうだ! 誰が、妹と弟子の死を望むものかっ!」
 西山の瞳から、一縷の涙が流れ落ちる。
 美加香はそんな彼から目を反らそうとする。
 だが、西山はそれを許さなかった。
 逃れようとする美加香の瞳をなおも覗き込み。
「それでも世界はこの道を歩んでしまったのだ! たとえ絶望に身を裂かれて
も、もう引き返すことは出来ん!」
 そのとき、死せる世界に光が溢れた。
 夜明け。
 黒い太陽が、世界を照らす。
 こんな世界でも、朝はやってくる。
「見ろ! 崩れ逝く世界の痕を! 聞け! 苦痛に呻く世界の悲鳴を! そし
て……それでも生きようと足掻く世界の! その祈りに応えろ、美加香!」
「……っ!」
 西山のその叫びと共に、現実が戻った。
 必要なもの以外何もない、虚ろな部屋。
 白い壁。
 白い天井。
 白いシーツ。
 今までの美加香の心のように、寂寥とした空白だ。
 でも
 白いカーテンの間からは、確かに朝日が射し込んでいた。
 ベットの上で美加香は、声もなく泣いた。
 そんな美加香に背を向け、西山は扉のノブに手を掛ける。
「さあ……独りの夢を見るのはそのくらいで充分だろう。お前にはまだ、お前
を必要としている者がいるのだからな」
 扉が、開いた。
 その向こうに三人の少女の姿がある。
 美加香が知る彼女たちよりも成長した彼女たちの姿が。
「美加香お姉ちゃんっ!」
「!? ……マール! ルーティ! ティーナ!」
 駆け寄り、抱き合う彼女たちを置いて、西山は黙って部屋を出た。
 廊下の窓から、黒い暁が見える。
 夜明け。
 そう、夜明けだ。
 決戦の刻は近い。

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 ――どうする。

 砕けた仮面を押さえながら、哭嘴は問う。
 八人の遊輝はマザーの手に落ちた。彼女はもう完全体に近い。
 それに加えて、マザーは例の力をも取り込んでいる。
 比べて自分はどうだ。
 タナトスプログラムだけでは彼女に適わない。
 そんなことは五年前に証明済みだ。
 彼女が取り込んだ力に対抗する切り札も用意はしたが、それも彼女と自分と
の戦力差が、これほどまでに大きくては意味がない。
 これで、遊輝を一人でも自分に取り込めれば、話は違ってきたのだが……今
更、悔やんでも仕方がないだろう。
 今必要なのは、もう一つの切り札。
 それを見つけることだ。
 しかし、今の彼女に対抗し得る切り札など、何処に……
(……?)
 そのとき、哭嘴に中に眠るものが、時空の果てに在る何かと共鳴した。
「何だ? 何があるというのだ?」
 答えはイメージとして返ってきた。
「……ッ! これは……!」
 哭嘴の躰が震える。
 歓喜が全身の血を、身を焦がすかの如く、熱くたぎらせる。
「勝てる……勝てるぞ! この力があれば……マザーを超えられるっ!」
 哭嘴の仮面と鎧が一瞬に再生する。
 機械の翼を広げ、哭嘴は飛んだ。
「そう、超えてやる……完全であるためなら、俺は世界すら超越してやる!」
 叫びと共に、哭嘴の躰は時空の彼方へと消え去った。 

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 『超S級危険物封印倉庫』。
 巨大なシャッターの横にあるプレートには、そう刻まれていた。
「この先か」
 この空間に現出した哭嘴は、向こうから感じられる気配を確認しながら、シ
ャッターに触れようとした。
 小さな電光が哭嘴の指先で爆ぜる。
「やはり結界が張られているか。こいつは相当厄介だな」
 哭嘴が意識を集中すると、結界の魔力が光になって見え始めた。
 とてつもなく強力な結界だ。並みの術者に張れる代物ではない。
「さて、どうしたものか……っ!」
 思案に暮れる哭嘴の背後に、細く鋭い殺意が迫っていた。
 刹那。
 床に一本の矢が突き刺さった。
 其処にいたはずの哭嘴の姿はない。
「なっ……!?」
 襲撃者が驚きの声を上げる。
 哭嘴の姿を探す襲撃者の背中に、冷たい鉄の感触が当たった。
「いきなりとはご挨拶だな」
「くっ」
 哭嘴がアームランチャーの銃口を押し付けたのだ。
 身動きが取れず、そのまま凍りつく襲撃者。
 哭嘴と並ぶと襲撃者の躰は随分と小さかった。
「沙耶香か……ということは、此処は第二購買部の倉庫だな」
「!? 私を知っているのですか。何者です、貴方?」
 襲撃者の正体は小柄な女性だった。
 沙耶香。
 Leaf学園でbeakerと共に第二購買部を経営していた者の一人であ
る。五年前の学園崩壊以降、beakerともども行方知れずとなっていた。
「さて、な…………そこに隠れてるのも出てこい」
 軽い舌打ちが聞こえた。
 物陰から二丁の拳銃を構えた青年が出てくる。
「やはりbeakerか……どうやら、購買部を時空ごと学園から切り離すこ
とで、あの崩壊を逃れたらしいな。初代の爺の仕業か?」
「こちらの事情にやたらと詳しいですね……目的は何です?」
 二丁拳銃の男、この第二購買部の長であるbeakerが哭嘴の挙動に目を
向けながら尋ねる。
 哭嘴の返答は単純明快だった。
「此処の封印を解け」
 beakerの顔色が蒼くなる。
「馬鹿を言ってはいけません! この先にあるのは、この第二購買部倉庫の中
でも最も危険な封印物! 解放するわけにはいきません!」
「こっちには人質がいるぞ?」
 言って哭嘴は、沙耶香の細い首に腕を回した。
「……人質は殺しては意味がないって知っています?」
「別に殺す必要はない。いっそ殺してくれと、泣いてお願いしたくなるほど、
愉快な目に合わせてやるさ」
 くっ……。
 追い詰められたbeakerは沙耶香の様子を見る。
 沙耶香の表情は恐怖の色に染まって――いなかった。
 沙耶香の手が、自分の首に回された哭嘴に腕に触れた。
「分解(ディス・インテグレート)」
 刹那、哭嘴の腕が『消滅』した。
「何っ!?」
 危険を察した哭嘴が、沙耶香から離れようとする。
 だが遅かった。
 消滅の波動は瞬く間に全身を包み込み、霧散するかの如く、哭嘴の躰は消え
て無くなった。
 分解(ディス・インテグレート)。
 文字通り触れたものを塵に『分解』する、沙耶香の奥義である。
「沙耶香! 大丈夫ですか!?」
「ええ、平気です……」
 駆け寄ってくるbeakerに、沙耶香は笑顔で無事を伝えようとした。
 だが。

 パンッ。

 紙風船が破裂したときのような軽い音を立て、沙耶香の胸が爆ぜた。
 同時にとてつもない量の血が噴き出し、辺りに血の雨を降らせる。
「――――! きゃああああああああああああああああああああああああ!」
「さ、沙耶香ァァァァァァ!」
 紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅紅。
 苦痛と恐怖と絶望の紅。
 その紅の光景の中央、唯一の白が存在していた。
 beakerはその白に吸い込まれるような錯覚を受けた。
 それは……沙耶香の胸から生えた、白い、鋼で出来た一本の腕。
 否、生えてきたのは腕だけではない。
 沙耶香の胸から噴き出る血より、白い鋼の鬼が生まれ落ちる。
 哭嘴。
 紅の中の白。
 命の中の鋼。
 哭嘴の躰が完全に現出すると、あれほど噴き出ていた――そう人間の持つ血
の総量を遥かに越えるほど噴き出ていた沙耶香の血がぴたりと止まった。
 血の海の中に沙耶香が倒れる。
「沙耶香っ!!」
「安心しろ……殺してはいない」
 言って、哭嘴は倒れた沙耶香の傍らにしゃがみ込む。
 確かに沙耶香はただ気絶しているだけのようだった。
 胸にも何の痕も残っていない。
「流石に少し驚いたがな。『凌辱者』の前には無力だ……」
「『凌辱者』!? まさか貴方は……」
「さてどうする、beaker?」
 沙耶香の頬に指を這わせ、哭嘴が問う。
「如何なる生命をも超越する『凌辱者』の力だが、実は唯一重大な欠点がある」
「…………」
 bekearは第二購買部の長としての責務と、義理の妹に対する想いの狭
間で葛藤していた。
 だが哭嘴の次の言葉に、beakerも屈服せざるを得なかった。

「この力を使うとな……酷く欲情するんだよ」

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「来たぞ」
 漆黒の中、哭嘴の声だけが響く。
「これも運命ってヤツか……ただ、それももう終わりのようだがな」
 漆黒にはあらゆるものが混在する。
 友愛。性愛。愛欲。羨望。焦がれ。嫉妬。憎悪。悲しみ。哀しみ。慈しみ。
偽善。虚無。渇望。絶望。怒り。加虐。自虐。自嘲。慟哭。悦び。喜び……
「嫌われたものだな……はは、切ないな」
 漆黒が総てを内包するが故に人は闇に迷う。
「だが」
 だが。
「比奴は拒めまい?」
 漆黒は迷わない。
 漆黒は如何なる色にも染まらない。
「はははは……ははははははははは……ははははははははははははははは!」
 そして如何なる色にも染まっている。
 矛盾。
 矛盾すらも正しい。
 だから穢すことすら、愛になる。

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 マルチがいた。
 彼女は涙をぽろぽろ流しながら、それでも微笑んで、ぼくに何かを語りかけ
ていた。
 でも、ぼくは彼女が何を言っているのか、まったく分からなくて、それが途
方もなく悲しかった。
 そしてマルチが、ぼくの視界から遠ざかる。
 待って!
 行かないでくれ!
 叫びながら、ぼくは必死に彼女を追った。
 少しずつ、彼女に近付く。
 そしてようやく、ぼくの手がマルチの肩に触れようとした、そのとき。
 彼女は、砕けた。
 真っ赤な血と、腑を撒き散らしながら。
 嗚呼、やっぱり君は生きていたんだね。
 そんな異常な喜びに身を震わせながら、ぼくは彼女の首を抱いて泣いた。
 嬉しくて、悲しくて、泣いた。
 ジンが、ぼくを、見下ろしていた。
 哀しい瞳で。
 それはまるで人が家畜を見るときのような、傲慢な優しさに満ちた瞳だった。
 怖かった。
 逃げ出したかった。
 いや、実際、逃げようとした。
 しかし、その前に、ジンの言葉が聞こえてしまった。

 ――何一つ、護れなかったな。

 その一言で、ぼくは凍りつく。
 ジンの言葉は続いた。

 ――仕方がないか……お前は弱い。
 ――自分しか、愛していないから。

 違う。

 ――違わないさ。
 ――お前は魂を失ったマルチが悲しいんじゃない。
 ――マルチを失った自分が悲しいのさ。

 違う!

 ――たがら縋り続けているんだろう?
 ――目覚めないマルチに。
 ――ひたむきに、ただ一人を愛するフリで、お前は救われる。

 抱えていたマルチの首が砂になって崩れ落ちる。
 セリスはその砂を必死に掻き集めようとした。
 気が狂いそうになりながら。

 ――怖いだろ? 縋るものが無くなったら。
 ――悲しいだろ苦しいだろ壊れそうだろ?
 ――だから。

 誰かがセリスを抱き締めた。
 燃えるように情熱的に。
 凍えるほどに残忍に。
 彼を抱いているのは……

 ――慰めてやるよ。


 遊輝。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 絶叫と共にセリスはベットから跳ね起きた。
「はあ……はあ……はあ……はあ……」
 何とか息を整え、落ち着きを取り戻そうとする。
 ここは……病室か。
 カーテンの向こうは明るい。
 セリスは、汗でべっとりと濡れたシーツを剥がし、起き上がった。
 カーテンを開ける。
 黒い太陽が東の空に輝いていた。
 穢れた世界の象徴だ。
「ジン……。お前はこの世界に、ぼくたちに、一体何を想う?」
 一人ごちるセリス。
 その問いの答えは、遊輝が持っているのだろうか。

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 夜が明けて、刻は来る。
 それぞれの決断を胸に、Leaf学園の人間たちは隆山に集う。

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 Dシリーズたちとへーのき=つかさは、ようやくプラントから帰還した。
 決戦には間に合いそうだ。
 彼女たちの胸にあるのは、元・来栖川警備保障としての誇り。
 そして絶対勝利への決意である。


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 智波には分からなくなった。
 来栖川芹香の罪。
 柏木千鶴の罪。
 柳川祐也の憎悪、慟哭。
 プラント。
 遊輝。
 何が正しいのか、何が間違っているのか、何処で間違ったのか。
 何もかも分からない。
 でも混乱の中で、唯一つ確かなこと。
 自分は芹香を愛しているということ。
 それだけを信じて、進むしかないのだ。

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 セリオは出撃の時間が来るその直前まで、壊れたGT2000を黙々と磨き
続けていた。

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「セリス君……」
 岩下が、扉を開けて入ってきたセリスを見て、声を掛けた。
 同時に会議室の中にいる全員に緊張が走る。
 そんな場の空気を無視して、セリスは芹香に近付く。
「…………」
 芹香は黙ってセリスを見つめていた。
 後ろではセバスとdyeが身構えている。
「無様に生き恥を晒してたってワケだな、僕たちは」
「…………」
 セリスの言葉に、芹香はいつもの聞き取り辛い小さな、だがはっきりとした
意志の込められた声で答えた。

 ――だけど、生きています。

 と。
 セリスは黙って芹香を睨んでいたが、しばらくして芹香に背中を向けた。
 そして、後ろを振り返らないまま一言告げる。
「ぼくの答えは戦いの中で見つける。答え次第では……次の柳川はぼくだ」
 そのままセリスは部屋から出ていった。
 重い沈黙が流れる。
 そんな中、悠朔は中央のスクリーンに映るヨークの映像を見つめていた。
 それは断罪者たちの城。
 罪、か。
「だけど、生きている」
 芹香の言葉を反芻する。
 そうだ、生きている。
 例え絶望に身を裂かれようと。
 例え罪に穢れようと。
「生きているんだ……こんなになったって、俺たちはまだ生きているんだ!」
 悠は想った。
 生きようとする意志を、何人であろうと裁かせはしないと。

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 朝焼けの廃墟を、銀色の獣は疾駆していた。
 駆けることで、この喪失感を忘れられるからだ。
 疾って、疾って、疾って。
 疾り抜いたとき風になれたなら、自分はきっと救われると思う。
 だけど。
 他の総てを失ったとしても、きっと彼女への想いだけは失わないのだろう。
 それだけが辛い。
 それだけが誇らしい。

 ――楓ちゃん。オレは君を包む風になりたい。

 銀色の風は、ただその想い故に、戦場に流れる。

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 東雲忍もまた、愛する者たちへの想い故に戦う。

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「空から降ってくるなんて、相変わらず非常識ですね……」
 巨漢の男に押し潰されつつ、青年は毒突いた。
 ヒョロッとした体格の彼に、男の重量は如何にも苦しそうだ。
 巨漢の男が、何かを告げる。
 青年の表情が、僅かな哀しみに曇った。
「そうですか……電芹さんがそう言ってましたか……」
 巨漢の男が彼の上から退き、青年は立ち上がった。
 立ち上がった青年の顔に、もう曇りはない。

「じゃあ、早速、助けに行きましょう! 誰も傷付けない……みんなを護る!
 それが銭形の使命ですっ!」

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 梓の怪我は完治し、彼女は出撃の準備を整えていた。
「梓姉さん……本当に大丈夫?」
 隣には梓を気遣う楓の姿もあった。
 梓は笑って答える。
「大丈夫だって。身体の鍛え方が違うからね……それにみんな戦っているのに、
あたしだけ眠っているワケにゃいかないでしょ?」
「姉さん」
「さっ……征くよ、楓! あんたは鶴来屋の会長なんだから、シャキッとして
なさいって」
 楓の背中を叩いて、梓は歩き出す。
 その梓には、別の不安があった。

(むしろ心配なのは、千鶴姉なんだけどね……)

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 朝が来ても千鶴は苦しみ続けている。
 罪を犯して生きる意味は何か。
 愛を穢して生きる意味は何か。
 答えが無い。
 答えが無い。
 答えが無い。
 答えが無い。
 答えが無い。
 ――当たり前だ。
 今までずっと、それから逃げようとしていたのだから。
 だから今さら求めたところで
 答えが無い。
 答えが無い。
 答えが無い。
 答えが無い。
 答えが……

 否。

 応え、が有った。
「……ジン君?」
 本当は応えですら無かった。
 それはただの木霊(こえ)に過ぎない。
 だが、それは確かに千鶴に共鳴したのだ。
 ならば、それは千鶴にとって、応え、なのだ。
 答えでは無くとも。
「ジン君……やっぱり……」

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「ゥゥ……ゥゥゥ……ゥゥ……!」
 それは呻きだった。
 血にまみれた哭嘴の洩らした苦痛。
 己の内より沸き上がる強い何かが、哭嘴を蹂躙する。
「ァァァ……アァァァア……アアアア!」
 耐え難き苦痛だった。
 逃れられない苦痛だった。
 絶望的な苦痛だった。
 それほどまでに無慈悲な――
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ――ジン君。
                        どうしたの、君?――


「ッッッッッ!!!!!!」


           暖かな日々の残滓だった。


 ――また泣いているの?
                    どうして、泣いているの?――


 ――どうして? ……私のせい?


 ――償うから。私の総てを賭して償うから。だから……


                             ジン君――


              だから帰……
            これからもよろし……


「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
 哭嘴が吠えた。
 狂ったかのようだった。
 哀しくもあった。
 だから、それは断末魔のように聞こえた。
 事実、それは何かの死を告げていたのかも知れない。
 哭嘴に辛うじて残されていた、何かの。
 断末魔と共に、哭嘴は、己の心臓をえぐり出していた。
「……喰らってしまえば良い!」
 己の血を浴びながら、哭嘴は叫んだ。
「喰らってしまえば良い! その想いが! 夢が! 愛が! 魂が!
 俺を哭嘴でいられなくするというのなら!
 喰らってしまえば良い……『ジン・ジャザム』を!」
 哭嘴の躰が爆ぜた。
 白い鎧の隙間から、紅い血が溢れ出る。
 何もかもが血に染まっていく。
「喰らってしまえ……俺の魂など、喰らってしまえ!」

 ――遊輝!!!!

 哭嘴の叫びは、まるで哭いているようだ。
 それでも彼の頬の濡らすのは、涙ではなく、血なのだ。
 哭嘴は泣かない。
 泣かないのだ。
 哭嘴は……

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「泣いている……泣いているよ、ジン君」
 あのときのように。
 独りで。
 自分の弱さを憎むかのように、必死に涙を堪えて……それでも、彼は泣いて
いたのだ。
「ジン君……弱いのに……本当は弱いくせに……!」
 いつも最後は独りに逃げようとする。
 自分の弱さを誰かに見られることが大嫌いなのだ。
 思えば、彼女に似ているのかも知れない。
 弱さを隠さなければならない弱さが。

 だから。

 千鶴は決意した。
 叱ってやらなければならない。
 独りで苦しむ愚かさは、悲しさは、彼女自身が一番理解してる。
 それを分からせてやらなければ。
 ……叱って、怒鳴って、抱き締めてやろう。
 一緒に涙が涸れるまで、泣きつくしてやろう。
 傲慢でも、思い上がりでも、それが出来るのは自分しかいないのだ。
 総てを賭して償うと誓ったのなら、自分はそれをやらねばならない。

 そして、千鶴は立ち上がった。

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・

 更にもう一人。
 彼もまた応えを聞いた。
「導師?」
 ふらふらと立ち上がる。
 身体中に積もっていた灰がパラパラと床に落ちた。
 彼は遠い何処かを見つめるように天を見上げながら、一人呟く。
「導師……僕を呼んだのですか? 其処に居られるのですか?」
 応えは二度と返ってこない。
 だが、彼は確信していた。
 彼の救済者は現れる。
 あの場所に……総てが始まり、終わった、あの場所に!
「導いてくれるのですか、導師? 僕を……あるべき道へと。答えが……答え
がある! あそこに! Leaf学園に! 導師っ!!」

 そして、総てが動き出す。
 総ての戦いの、答えに向かって。

                               つづく

……………………………………………………………………………………………

 終わっぎゃらべらばっ!(想いだけが暴走)
 ……どもども、えれぇお久しぶりのジン・ジャザムです。
 『望まれぬ生命』第6話、ようやく完成です。
 はぁぁぁぁ、すげぇ分量になってしまいました。
 45k? 狂うわ。
 今回ばかりは永遠に終わらないかと思いました、はい。
 しかも出来はかなり不細工だし。

 で、予告通り、全員集合編です。
 全然、集合してないけど。Lキャラ少ないし。
 えーと、ここまでで登場してないSS使いは多分死んでいます(笑)
 作中では語られてませんが、冬月俊範、きたみちもどる、長瀬祐介、姫川琴
音、松原葵、葛田玖逗夜を除く全ダーク13使徒は確実に死んでいます。
 他は曖昧(笑)

 えー、何か書いている途中で、設定変わりまくりで困っています。
 1話〜4話はリメイクしないと駄目ですな。
 忘れて欲しい設定や台詞ありまくりですし(笑)
 実は最終戦の演出も当初の予定から変化していて悩んでます。うぐぅ。

 さて、それでは次回予告。
 実は毎回、次回予告を書いたことを後悔してたり(笑)

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 次回予告

 血戦は始まった。

「どうだ……我の新しい躰は!」

 量産型ジンが、パンデモニウムの怨霊たちが、ダリエリが、Leaf学園の
戦士たちを迎え撃つ。
 ぶつかり合う全力と全力。
 吹き荒れる戦場の嵐。
 戦士たちはそれぞれの明日のために、その力を振るう。

 そして哭嘴は、柳川は。

「どうしてだ、ジン!!」

「柳川先生……しばしの別れだ」

「そうか……どうやら俺は……余計なことをしたらしいな……」

 血戦が続く中、ついに哭嘴とマザーは対峙する。
 この刻を……この刻を二人はずっと待っていた。
 五年前、否、もっと気の遠くなるような輪廻の果てから。

「これでようやく完全なる愛を手に……」

「……白…………に…………よ……」

「ま、まさか……!」

 鐘は鳴った。
 『最後の審判』を告げる鐘は。
 来るべき刻を前に、人はようやく真実を知る。


 次回『望まれぬ生命 ――烈鬼――』


「分かっただろう? 俺はジン・ジャザムじゃないんだ」