Lメモ私的外伝6「断罪」後編 投稿者:ハイドラント
  血臭。
  悲鳴。
  肉塊。
『ゲーム』が進むにつれ、悲鳴は次第に減り、血臭と肉塊は数を増やしてゆく。
『ゲーム』の遊び手は二人。駒は三十数個。
  多くの駒を狩った方が勝ち。但し、同時に二つ以上の駒に手を出してはなら
ない。必ず一つずつ狩ること。
  それがルールだ。
「十三個め!」
  遊び手の一人・・・日陰が、指をぱちんと弾く。
  その指から飛んだ小さな光が、派手な金髪男の額を撃ち抜いた。
「ゲッ・・・」
  短いうめきを最後に、それはただの肉塊と化す。
  その後方で。
「十二個・・・。」
  呟きつつ、もう一人の遊び手たる俺は、目の前の男の喉を手刀で薙いだ。
  ヒューッ、と笛を鳴らしたような音が響き、鮮血の布が視界を染める。
  残る駒は数個。二人の得点はほぼ同点だ。
『駒』たちは、恐怖に満ちた表情で、一つ所に固まって震えていた。
  逃げ場がないということを理解したらしい。
  ここは、何とか言う名前の不良グループが根城にしていた、街の片隅・・・
ではなく、日陰が構成した閉鎖空間の中である。
  不良グループを、辺りの建物などの物体ごと、その閉鎖空間の中に転送した
のだ。ゲームのために。
  日陰が支配している空間であるから、日陰が認めない限りここからは出られ
ない。
  先ほどまでは、『駒』たちは、逃げ場を求めて必死に閉鎖空間の中を走り回っ
ていたのだが、どうやら無駄であることを知ったようだ。
  しかし、これではゲームが面白くない。
「ねえ、あなたたち。固まってないで、走り回ってくれない?」
  日陰も同じ気持ちらしい。不満そうに頬を膨らませて言う。
「ちゃんと逃げてくれないと、ゲームにならないじゃない。」
「ゲ・・・ゲーム!?」
  駒の一つが悲鳴のような声を上げた。
  そいつが救いを求めるように、俺の方を見る。
「ああ」
  俺は頷いてやった。
「ゲームさ。負けた方があんみつおごるって約束なんだ。」
「ふ、ふざけるな!」
  そいつが震える声で叫ぶ。
「何でゲームで殺されなきゃならねえんだ! 俺達が何をした!?」
「色々やったんでしょ。弱い者いじめ。」
  やや声を落として――顔は笑ったままだった――日陰が言った。
「あたし、弱い者いじめが嫌いなの。そーゆーことしてる奴を見ると、そいつ
らを逆にいじめてやりたくて仕方なくなるの。」
「お前らの話は聞いている」
  俺は日陰に続けて言った。
「地元のヤクザの後ろ盾を得て以来、恐喝、強姦、麻薬売買、好き放題にやっ
てきたそうじゃないか。
  それだけ楽しんだんだ、この世に未練なんかないだろう?」
「ち・・・違うんだ! それは、そのヤクザたちの命令で・・・!」
「心配するな。次のゲームはそのヤクザどもが標的だ。だからお前らは――」
  駒の戯言を遮り、俺は宣告した。
  魔術の構成を編み上げながら。
「安心して死ね!」
  魔術を解き放つ。
  光熱波が、駒どもの足元を打ち砕いた。
  悲鳴を上げながら、駒どもが蜘蛛の子を散らすように走り出す。
「ゲーム再開だ、日陰!」
「おっけー、マスター!」


  ゲームが終了したのは、それから三十秒後だった。


「もう夕方か・・・」
  元の空間に戻った俺達を迎えたのは、真っ赤な夕陽だった。
「あ、綺麗・・・」
  目を細めて眺めつつ、日陰が呟く。
「そうだな・・・」
  俺もそれにならって夕陽を見やり、小さく頷く。
  ――いつからだろう。
  血で染め上げたような夕陽を、美しいなどと感じるようになったのは。
  昔の俺は、夕陽を不気味なものと捉えていたはずだ。
  空を埋め尽くす血の色に、恐怖すら抱いてはいなかったろうか。
  それが・・・
  俺はちらりと日陰を横目に見て、苦笑めいた表情を浮かべた。
  ――こいつと出会ってからだ。俺が変わっていったのは。
  魔王、風上日陰。
  数年前の、契約・・・というのもおこがましい口約束によって、俺はこの魔
王のマスターとなった。
  マスターとは、つまり支配する者だ。
  しかし俺には、俺こそが魔王に支配された・・・いや、魅了されたとしか思
えなかった。
  だが、それでも構わない。
  重要なのは、俺と魔王とが同一のものを望んでいるということ。
  すなわち、完全なる滅びを、完全なる安息を求めているということ。
  そのために協力し合えるのであれば、どちらがどちらの主であるかなど、大
した問題ではなかった。
「・・・どしたの? マスター」
  俺が黙り込んだのが気になったのだろう。日陰が心配そうに顔を覗き込んで
きた。
  俺はにやりと笑う。
「いや、昔の事を思い出してな。
  初めて会った時より、日陰はますます綺麗になったな、って思ってたのさ。」
「え? や、やだなマスターったら。突然そんなこと言わないでよ。」
  照れて目を逸らす日陰。
  その頭に、ぽんと手をやりながら俺は言った。
「さて、そろそろ帰るか。鈴木屋のあんみつ食ってからな。」
「うん。今日はマスターのおごりだからねっ!」
「分かった分かった」
  笑いながら、俺達が歩き出そうとした時。

  彼女が、そこにいた。


  長い髪。すらりとした肢体。
  その姿を赤い光に照らし出させ、彼女はそこにいた。
  前髪も長いために、表情は良く見えない。
  俺はその姿に見覚えがあった。
(確か、最近転任してきた美術の教師だ。名前は・・・?)
  その時、わずかに風がそよいだ。
  ほんの一瞬だった。
  その一瞬、彼女の前髪がたなびき、顔がさらされる。

「・・・!」

  俺の目に映った彼女の顔。
  それは、俺の記憶の底を稲妻のように貫いた。
  一人の少女の姿がそこから浮かび上がる。その名前とともに。
  あのとき、俺を真っ直ぐに見詰めた瞳。好きだと言った唇。
(・・・飯塚・・・皐月・・・・)
  彼女の名前。ずっと忘れていた・・・・・
  そして、一つの名前はもう一つの名前を引き出し、

「・・・飯塚弥生・・・・・」

  俺は、全てを理解した。

  断罪者が現れた事を、知った。


「フルネームで覚えていてくれたのですか。嬉しいですわ、ハイドラントさん」
  彼女は笑みを――表面だけの笑みを、俺に向けた。
「・・・何の用です? 先生・・・」
  俺は辛うじて平静な風を装い、尋ねた。
  隣で日陰が、怪訝そうに俺と弥生を交互に見回している。
  弥生は、俺の問いにすぐには答えなかった。
「先ほどのゲーム、拝見させて頂きました。」
「見た?」
  異空間でのゲームを?
  そんな事が出来るとすれば・・・・
(魔術士・・・!)
  弥生は笑みを浮かべたままだ。
「中々興味深いゲームでしたわ・・・」
「そうですか。で、先生の御用件は? 感想を言うためだけに現れたという訳で
はなさそうですが。」
  俺は気短そうに答えを促した。
  これが平和的な出会いでない事は分かりきっている。ならば結論を先延ばし
にした所で、こちらが精神的に追いつめられていくだけだ。
  分かっている――彼女が断罪の為に現れたのだという事は。
  逃げ道はない。逃げる気もない。
  俺は魔王のマスター。
  この世界の全ての罪を贖おうとする者が、自分自身の罪から逃れる事など許
されはしないのだ。
「私から、一つゲームを提供して差し上げようかと。」
  ゆっくりと、体と心を戦闘状態に整えていく俺に、弥生はそう告げた。
「・・・どんなゲームですか?」
  いつでも魔術の構成を編み上げられるようにしつつ、俺は問い返す。
  彼女の右手が、そっと肩の高さにまで上げられた。
「こんなものは・・・いかがです?」
  彼女の指が動く。
  左に、下に、右に、斜めに・・・・
  そして彼女の指の軌跡にそって光が走り、空中に紋様を描く。
  その紋様は、俺の知識の中の一つと合致した。
(召喚魔術?)
  紋様を描きながら彼女が詠唱するスペルが、静かに響く。
「Zerzersh.Zerzersh.Neasatanerder・・・」
  美しいアルトだった。
(・・・綺麗な声だ・・・)
  既に心身は完全な戦闘状態にありながら、俺は心のどこかでそう感じていた。
  そして旋律が終わりを迎える時・・・紋様も完成した。

「絶望と悲痛によりて、我は汝を召喚せり・・・」

  紋様が弾け、そこに闇が現出した。
  うごめく闇は、次第にある形へと変化していく。

「シュヴァルツヴァルキューレ・・・」
  黒い戦乙女。
  それが、彼女が召喚したものの名。
  本来、「正」の力の結晶である精霊を、歪んだ形で呼び出す事によって現れ
る「負」の精霊。その中で、最も強力なものの一つ。
「しかも、実体化してやがる・・・!」
  俺は思わずうめいた。
  精霊は極めて強力な力を持っているが、魔術によって召喚された精霊がどれ
だけの力を振るえるかは、術者の力量に依る所が大きい。
  例えば見習い程度の力量しかない術者が火の精霊を召喚したとして、出てく
るのはせいぜいライター程度の火の塊であり、その能力もライター程度にしか
役に立たない。
  が、超一流クラスの術者が召喚すれば・・・・
(実体化――物質世界で力を振るうために最適な、肉の体を得て現れる。この
姿で現れる時、精霊はほぼ完全な力を発揮する事が出来る)
  昔、『塔』で習った知識が頭の中に思い浮かぶ。
「だが」
  その先を、俺は口に出して言った。
  自分自身を鼓舞する為に。
「それは同時に、実体化していない時は通用しない物理的な攻撃が、通用する
という事だ。仮の肉体を破壊すれば、精霊は元の世界へ帰還する」
「その通りです。ゲームのルールはご理解頂けているようですね。」
  俺の言葉に、弥生が冷ややかに応じた。
  今の召喚でかなり体力を消耗したようだが、未だその顔には笑みが浮かんで
いる。
  冷たい笑み――ではなかった。
「?」
  暖かい微笑み。愛情を込めた眼差し・・・。
  それは無論、俺に向けられたものではない。
  ・・・黒い精霊に向けられている。
  弥生は、優しげな声で、精霊に命じた。
「お行きなさい、皐月」
「!?」
  俺はシュヴァルツヴァルキューレの姿を見直した。
  黒い甲冑。手に捧げ持つ長大な槍。
  だがその武装に似つかわしくなく、やけに小柄な体をしている。
  まるで年端もいかない子供のように。
  そして――
  その顔は。
「う・・・」
  俺の口からうめきが漏れた。
  飯塚皐月。
  あの少女だった。
(妹への想いを核にして召喚したのか・・・!)
  我知らず、体が震え出す。
「く・・っ・・」
「マスター」
  突然呼びかけられ、俺はびくりとしながらそちらを振り向いた。
  日陰。
  俺の魔王が、そこにいた。
(ああ、そうだったな・・・)
  俺の震えが、嘘のように収まっていく。
(俺はこいつと一緒に、世界を滅ぼさなけりゃならないんだ。
  この程度のことでがたついているようじゃ駄目だぜ、ハイドラント!)
  俺は唇の両端を吊り上げ、にやりと笑って見せた。
「何だ、日陰?」
「あいつ、あたしが消そうか? あたしはまだ覚醒してないけど、あの程度の奴
なら・・・」
「いや」
  俺はかぶりを振った。
「こいつは俺の為に用意されたゲームだ、日陰」
  俺は、普段は使わない一人称を自然に口にしていた。
「・・・うん。わかった」
  日陰は素直に頷くと、ハイドラントから離れる。
  それを見届けて、俺は黒い精霊に向き直った。
  シュヴァルツヴァルキューレは、槍の穂先を俺に向けつつ、ゆっくりと歩み
寄ってくる。
「さて」
  その顔を見据え・・・俺は再び、にやりと笑った。
「ゲームを始めようか」


「プアヌークの邪剣よ!」
  槍の間合いに入る前に、俺は魔術を解き放った。
  光熱波が黒い精霊に押し寄せる。
「・・・・・」
  ヴァルキューレは、防ごうとする素振りすら見せなかった。
  光熱波が直撃し・・・そして何事もなかったかのように、黒い精霊が熱波の
渦の中から姿を現す。
  まるでダメージを受けた様子はない。
(この距離じゃ無理かっ!)
  ヴァルキューレにダメージを与えるには、至近距離から強力な魔術を叩き込
まねばならないらしい。
  が。
「・・・・・」
  黒い精霊が突き掛かってくる。
「つっ!」
  喉元に繰り出されたそれを、俺は身をのけぞらせて躱した。
  だが俺が懐に飛び込む隙を与えず、一瞬で槍は手元に引き戻され、再び繰り
出される。
  今度は腹。次は胸。そしてまた喉。
  踏み込む隙どころか、魔術を使う時間さえ与えない連続攻撃。
「くっ!」
  俺は大きく飛び退き、ヴァルキューレの槍から逃れた。
(どうする?)
  黒い精霊が再び突撃体勢を整える様子を見つつ、俺は頭を巡らせた。
(遠距離からでは並大抵の魔術は通用しない。近距離では魔術を使う隙がない。
  ・・・なら)
  俺は魔術の構成をイメージした。
(遠距離から、攻城戦術級の魔術で破壊する!)
  イメージした構成を編み上げる。
  普段使うような魔術とは違う、複雑な構成。
  空間爆砕の魔術。
「ガディムの――」
  呪文を叫ぼうとした瞬間。
  ヴァルキューレが、槍をすっとこちらに向けた。
  その先端から、電光が迸る。
「!?」
  とっさに身を躱そうとした為、集中が乱れた。
  編み上げていた構成が霧散する。
  だが、電光の直撃は免れた。
  それは俺の脇腹をかすめ、手酷い火傷を残して飛び去っていく。
「・・・!」
  激痛を悲鳴と共に飲み込み、俺は顔を上げた。
  槍を構えて突進してくる黒い精霊の姿が目に映る。
「・・・・・」
  再び、嵐のような突きが俺を襲う。
  脇腹の痛みが動きを妨げ、俺の体は忽ち傷だらけになった。そしてその痛み
が、俺の動きを更に鈍くする。
「くそっ・・」
  俺は先ほどのように、大きく飛び退いて間合いを外そうとした。
  だが。
「!」
  体勢を崩した。
  無様に転がる俺。
「・・・・・」
  それを見ると、ヴァルキューレはすぐさま突っ込んできた。
  ――躱せない。あの槍は俺の心臓を抉る。
  一瞬で、俺はそれを理解した。
  次の一瞬で、俺は決断した。
  素早く・・・とにかく素早く、一つの構成を編み上げる。
  慌てて雑に編んだ構成が、果たして効果を発揮するか。
(それは賭けだ!)
  構成が完成する。
  黒い精霊は、今まさに俺に突き掛かろうとしている。
  そして、俺は呪文を叫んだ。

「ヨークの翼よ!」
  空間転移の呪文。

「!」
  ヴァルキューレの動きが、止まる。
  俺が精霊の懐へと、一瞬にして転移した、その瞬間。

「エルクゥの拳よ!」
  魔力を乗せた拳を、俺はヴァルキューレの腹に叩き付ける。
  甲冑の上からでも、確かな手応えを感じた。
「・・・・!」
  声のない悲鳴を上げ、精霊が体を折る。
  そして・・・

「!」

  ヴァルキューレが、かっと目を見開いた。
  氷のような瞳が、俺を捉える。
(あっ・・・)
  俺は胸中で――いや、声に出して叫んでいた。
「皐月っ・・・!」

  俺の腹に、何かが当たった。
  次の瞬間、俺の全身に凄まじい衝撃が走る。
  そして、俺は自分が吹き飛ばされ、地面に転がった事を、頭のどこかで理解
した。


「がっ・・!!」
  起き上がろうとした時、腹の中で激痛が走る。
  喉の奥で、何かがごろごろと音を立てた。
(内臓をどっか傷つけたな・・・)
  痛みに支配された意識の片隅で、冷静に事態を分析する。
「マスター!」
  こちらに駆け寄ろうとした日陰を、手で制した。
(まだゲームは終わってない・・・)
「ぐっ・・・」
  胃からせり上がってきた血の塊を飲み下し、俺は立ち上がった。
  再び、シュヴァルツヴァルキューレと向き合う。
「・・・・・」
  俺に比して、黒い精霊は殆どダメージを受けた様子を見せなかった。
  その右手の拳で、何かがばちばちと弾けている。
  電撃だ。
  俺を吹き飛ばした、電撃の拳。
(あんなもんに直撃されて、よく死ななかったな、俺)
  笑みを浮かべる。強がりの笑いだと自覚していたけれども。
「皐月。決着をつけなさい」
  弥生が、妹に・・・ヴァルキューレに命じた。
  黒い死が、ゆっくりと俺に近付いてくる。
(俺は・・・ここで、死ぬのか・・・?)
  別にいい。いつ死んでも構わないと思っていたのだから。
  いや、俺はいつだって、死の安息をこそ求めていたのだ。
  だから、ここで死んでも、何一つ困る事はないはずだ。
  ――出来損ないのまま。
  世界を滅ぼしてやれないまま。
  綾香の奴を、俺のものにすることも出来ないまま。
「・・・・・・・・」
  俺は黒い精霊を見やると、一度大きく呼吸した。
  内臓に再び激痛が走るが、無視する。
「シュヴァルツヴァルキューレ」
  俺は低い声で告げた。
  ヴァルキューレは無表情に俺を見詰めている。
  あと僅かで、槍の間合いに入る。
「・・・最後の賭けだ。付き合えよ!」
  そう言うと、俺は魔術の構成を編み上げた。
  精霊なら、魔術士が空間に描く魔術の構成を認識することが出来るだろう。
そして一度見た構成は覚えているはずだ。
  だから、ヴァルキューレには分かったはずだ。俺が再び、空間転移の魔術を
編み上げているという事が。
「・・・・・・」
  精霊の顔に、逡巡の色が浮かんだ――ような気がした。
(奴は、気付くはずだ・・・)
  魔術を解き放つまでの一瞬、俺は胸中でそんな思考を巡らせていた。
(俺に残された手段は二つ。さっきのように懐に転移するか、距離を取って大
規模な魔術を使うか。)
  懐に転移してきたら電撃の拳で。距離を取ったら槍から電光を放てば、俺を
仕留める事が出来る。
  勝負は一瞬。
  黒い精霊は、どちらかに賭けるはずだ。そして、俺は・・・・
(最後の賭けに勝つのはどっちだ・・・!)
  俺は声に出さずに叫んでいた。
(負ければ死の安息が手に入る。勝てばもう暫くこの世界で遊べる。
  どっちにしても、悪くねえ・・・!)

「ヨークの翼よ!」
  呪文を叫び、魔術を解き放つ。
  ヴァルキューレが身構えるのと、俺が消えたのは、殆ど同時。


  数年前・・・・
「ハイドラント」
  その日、先生――柏木賢志は、俺にこんなことを問い掛けた。
「お前が誰かに問題を出すとする。一番、二番、いずれかを選ぶ二択問題だ。
  さて、解答者を確実に間違わせるためには、どうすればいいと思う?」
  俺は暫く考えて、解答者を殺せばいいと答えた。
  先生は肩をすくめた。
「それでもいいが、もっと楽な方法がある。
  正解を三番にすればいいのさ」


  刹那。
  俺は再び、そこに現れた。
  そう。転移する前と同じ場所に。
「!?」
  その時俺は確かに、精霊の顔が驚愕に引きつるのを見た。
  ダンッ!
  俺は全力で地を蹴り、一挙動で懐に飛び込んだ。
  そのまま手を放ち、ヴァルキューレの唯一甲冑に覆われていない場所――顔
面を掴む。
「・・・」
  ほんの、一刹那。
  指の間から覗いた精霊の瞳と、俺の眼とが、真っ直ぐに見詰め合った。
(皐月・・・)
  激しく動いた為か、喉の奥から生臭い液体が逆流してくる。

「プアヌークの邪剣よ!」
  血を吐きながら呪文を叫ぶ。
  零距離で炸裂した魔術が、黒い精霊の頭を跡形もなく消し飛ばした。


  頭を失った戦乙女の体は、しばしその場に立ち尽くしていた。
  が、やがて・・・霧のように、霧散していく。
  それを見届け、俺はその場に崩れるように座り込んだ。
「マスター!」
  日陰が駆け寄ってきた。
  魔王は俺の所に来ると、すぐさま手を俺の腹にあてがう。
「おい・・・」
  俺が口を開こうとするより早く、その手から暖かいエネルギーが流れ込んで
きた。
  激痛が嘘のように引いていく。
「ほお・・・」
  俺は驚きを隠さずに言った。
「まさかお前が、癒しの力なんか使えるとは思わなかったぞ。」
「普通は使わないよ」
  日陰はにこっと笑って言った。
「でもマスターが死んだら困るもん。一緒に世界を滅ぼすんだから。」
「ああ、そうだな。」
  俺は日陰の頭をがしがしと撫でた。
「立てる? マスター」
「ああ」
  ゆっくりと立ち上がると、俺は彼女に目を向けた。
  飯塚弥生は、俺を見ていた。
  最初と同じように・・・冷たい目で、冷たい笑みを浮かべて。
「ゲームはあなたの勝ちです、ハイドラントさん。」
「そうだな」
  俺はそっけなく頷いた。
「で、賞品でもくれるってのか?」
「ええ。」
  軽口のつもりで言った言葉を肯定され、俺の方が驚いた。
「何をくれるってんだ?」
「そうですね・・・」
  弥生は思案する風を装ったが、最初から答えを用意していたであろうことは
明白だった。
「私自身、などはいかがでしょう。」
「はあ?」
  俺は思わず間抜けな声を上げていた。
「どういう意味で言ってる?」
「私を十三使徒に加えていただけませんか、という意味です。」
「・・・あんたを?」
  俺の横では、話の急展開についてこれなかったのか、日陰がぽかんと口を開
けている。
(彼女は、俺が皐月を死なせた事を知っている。
  にも関わらず、十三使徒に入りたいだと?)
  とすれば・・・
「いかがでしょう?」
  弥生は、ごく落ち着いた口調で俺の答えを求めた。
  俺がどう答えるかは分かっている・・・そんな口調だった。
(彼女が意図している所は一つしか考えられない。
  ・・・だがそれでも、俺は・・・)
「いいだろう」
  俺は言った。
「あんたを新たな使徒として認める。飯塚先生・・・」
「有り難うございます。」
  感謝の気持ちなど、かけらほども感じられない礼の言葉。
「ちょっと、マスター。いいの?」
  ようやく我に返り、俺の袖を引っ張る日陰。
  その目は、「殺した方がいいよ、この女」と明確に語っていた。
  俺はかぶりを振る。
「俺は逃げない、日陰」
「え?」
「自分の罪から逃げはしない。俺はお前の――魔王のマスターなんだからな」
「・・・・・」
  俺の言葉に、日陰は沈黙していたが、やがて小さく頷くと手を離した。
「ところで、ハイドラントさん。今後は貴方の事をどう呼べば良いでしょう?」
  俺達のやり取りなどまるで聞いていなかった風で、弥生が問い掛けてきた。
  俺は即答した。
「普通は導師と呼ばせているが、あんたはそう呼ぶ必要はない。
  これまで通りでいい。」
「・・・そうですか。ハイドラントさん、でよろしいのですね?」
「ああ。その代わりと言っては何だが、俺――私もあんたを弥生さんと呼ばせ
てもらう。構わないか?」
「ええ、結構ですわ。」
  頷いて――彼女は微笑んだ。
  冷たく――そして悲しく、彼女は微笑んだ。


  こうして、新任の美術教師・飯塚弥生は、ダーク十三使徒の一人となった。
  しかしその事実は、一般には決して知られる事はなかった。




                                  Lメモ私的外伝6「断罪」  END


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  最初に一言。石を投げないで下さい(笑)
  やはり悪の組織には、「首領に対して二心を抱いてるっぽい女幹部」(笑)
が欲しいなあ、と思ったのが今回の話のきっかけ。弥生さんにやって欲しいな
あ、と思い始めてからはもう止まりませんでした(笑)。
  一応確認しておきますと、弥生さんはハイドラントを妹の仇として狙ってい
ます。ハイドラントもその事には気付いています。
  ただ、弥生さんはハイドラントをあっさり殺すことで復讐が成るとは考えて
いません。ハイドラントの近くにいて彼を観察する中で、最大の復讐法を捜そ
うとするのでしょう。
  しかし、重苦しい設定だなあ。Lメモでこーいう事してほんとに良かったん
だろうか?
  ・・・悪役だからいいのか・・・・(笑)