Lメモ私的外伝14「War in Storm」(三)  投稿者:ハイドラント

【午後一時十一分 基地屋上】


 赤十字美加香は、雨が降り注ぐ基地の屋上に立っていた。
 激しい風に吹かれ、髪がちぎれそうな程にはためく。
「……ハイドラント……」
 地上を見下ろす視線の先。
 北側――警備保障基地が見える方角に後面の扉を開け放ったトレーラーの中
に、彼はいた。
 大型の無線機の前に立ち、送話器を握って、誰かと連絡を取っているようだ。
(好機)
 美加香は、風見たちの前では決して見せない冷徹な表情で、手にしたケース
の中からアサルトライフルを取り出した。
 黒光りする銃身が、忽ち雨に濡れる。
 基地内の武器庫から勝手に拝借してきたものだ。
 弾丸を装填しようとして、美加香はもう一度ハイドラントを見た。
 見るからに堅牢そうな、黒い甲冑で全身をよろっている。
 もしかすると、ライフルの弾でも貫通しないかもしれない。
 そう思った美加香は、手にしていた弾を捨て、やはり武器庫から掘り出して
きた別の弾丸を装填した。
 エクスプローダー弾。
 この弾丸ならば、例え貫通できずとも、爆発の衝撃で充分なダメージを与え
られる。
 美加香は屋上の手すりの上に銃身の先を乗せ、左手で中ほどを押さえ、右手
で銃把を握った。
「ハイドラント……」
 スコープで標的の姿を捕捉する。
 目標までの距離は五十メートルほど。ライフルにとっては近距離だ。
「あなたは、いてはいけない」
 引き金に指を掛ける。
 僅かに、震えた。
「あなたがひなたさんを戦いに巻き込む都度、ひなたさんの中の『日陰』は強
く呼ばれる。
 あなたの存在は、ひなたさんを不幸にする……。
 だから……」
 話が終ったのか、ハイドラントは送話器を置いた。
 悩むように、顎の下を指で挟んでいる。
「だから……」
 瞬間、風が弱まった。
 今なら、弾道が逸れる事もない。
「だから……!」


 美加香は引き金を引いた。




【午後一時八分 十三使徒本営】


「戦闘の発生が伝わっている?」
「二年部校舎と三年部校舎にね」
 突然入った広瀬からの無線連絡は、ハイドラントの表情を険しくさせる内容
のものだった。
「何故だ? 警備保障の通信手段は全て封鎖した筈だろう」
「一つだけ残ってたのよ」
 声から察するに、広瀬も予想外の事態にいささか困惑気味らしい。
「人工衛星経由で通信を発したのよ。それを三年部校舎の柳川教師のパソコン
と、二年部のセリオが受信したってわけ」
「人工衛星? 警備保障にはそんな…………Dセリオか!」
 否定しかけて、それに気付く。
 来栖川の誇る最高級HMセリオシリーズは、人工衛星とデータのやり取りを
可能にするサテライトシステムを標準装備している。
 Dセリオというと戦闘能力ばかりが目に付くが、セリオタイプには違いない
のだから、そのシステムを持っていてもおかしくない。
「しかし、あいつにそんな器用な真似が出来るとも思えんが……」
「通信を出したのはDマルチよ。Dセリオのシステムを利用してね。
 でも幸い、教職員棟には伝わっていない。あそこには受信手段が無いから」
「二年部か三年部から電話で連絡が行くという事は?」
「大丈夫。あらかじめ念の為に教職員棟の電話線を切断しておいたから。
 この嵐だもの、電話が通じなくなっても不自然には思われないでしょ」
 それを聞いて、ハイドラントは小さく息をついた。
 予想外の事態ではあったが、それならば致命的な問題ではない。
「今すぐにバリアが解除されるという事は無いんだな?」
「ええ。バリアを解けるのは千鶴校長だけだから。それは十五時まで大丈夫。
 ただ、十五時になったら、私はすぐに風紀委員を総動員して出動しないとな
らない」
「タイムオーバーは認められなくなった……って事か。
 十五時を過ぎても、学園首脳が状況を把握して風紀委員に出動を要請するに
は、それなりの時間が掛かる……ってのが最初の計算だったのにな」
「大丈夫?」
 その声は全然心配そうではなかったが、ハイドラントは意図的に自信を見せ
付けるように答えた。
「何とかするさ。
 お前は、余計な事は考えず、風紀委員長として動けばいい」
「……そう。分かった。
 コールアウト」
 通信が切れる。
 沈黙した送話器を無線機に戻し、ハイドラントは小さく鼻を鳴らした。
「ふん……お前如きに心配される謂れはないわ。小策士が……」
 吐き捨てるように呟く。
 既に、ジャッジを動かしたのが広瀬である事は分かっていた。
 弥生から話を聞いてすぐ、第二茶道部で密かに待機中の「蛇の牙」――十三
使徒の内部監察・粛清を主な任務とする極秘部隊「蛇」の一員――に連絡を入
れて調査させ、本作戦に動員した使徒の中に怪しい動きを見せたものはいない、
という返答を得ていたのだ。となれば、広瀬が情報を洩らしたとしか考えられ
ない。
 大方、ここで十三使徒の力を削いでおき、いずれ訪れる対決を有利に運ぼう
とでも考えているのだろう。
 そんな事を思って眉をしかめていると、自分を見上げる金色の瞳と目が合っ
た。
 オーガセリオが、不安そうとも取れる眼差しでこちらを見つめている。
 ハイドラントは肩をすくめ、安心させるように笑みを浮かべて見せると、や
はりこちらを見ているたけるに声を掛けた。
「おたけさん、お茶入れてくれ」
「はーい。……誰からのお電話だったんです?」
「いけ好かない女だよ。気にしないでくれ。
 あ、茶受けは饅頭な」
「分かりました。
 電芹、手伝って」
「はい、たけるさん」
 二人がぱたぱたと動き始める。
 その様子を見ながら少し手持ち無沙汰な気分で立っていると、もう一台の無
線機の前にいた弥生がこちらに近付いてきた。
「どうした? 何かあったか」
「いえ。
 ただ、各方面ともなかなか手間取っているようです」
「そりゃあ、そうだろ」
 ハイドラントは笑った。
「曲がりなりにも、この学園の治安を維持してきた連中だ。そう簡単に勝たせ
てもらえるとは、はなから思っていない。
 それでも、最後に勝つのは我々だけどな」
「はい……」
「ハイドさーん、おまんじゅう、こしあんのとつぶあんのと、どっちがいいで
すか?」
 たけるが饅頭の箱を二つ手にして、声を掛けてくる。
「あ、そーだな――」
 それに答えようと、ハイドラントが首を巡らした、
 その時だった。
「ハイドラントッ!!!」
「!?」
 それが誰の発した声か、そんな事を理解するよりも早く――
 ハイドラントは反射的に背後を振り向く。
 そして、見た。
 自分めがけて飛んでくる小さな金属の塊――銃弾を、確かに見た。
 真っ直ぐに――胸の中央を狙っている。
(…………死んだ!?)
 何かが、勢い激しく横からぶつかってきた。
 為す術も無く、転倒する。
 それから、刹那の間すらも置かず……無線機が爆砕した。
「きゃあ!」
「たけるさん!」
 誰かの悲鳴――たけると電芹だろう――が耳を打つ。
「……っ!」
 弥生が懐から拳銃を引き抜いた。
 ――ベレッタM92F。
 弾丸が放たれた元、基地の屋上に銃口を向け、引き金を引く。
 パン、パン、パン――
 乾いた音が立て続けに響いた。
 十五発の九ミリ弾を数秒で撃ち尽くす。
 しかし、彼我の距離は約五十メートル。完全に拳銃の射程距離外である。十
五発が百発でも当る訳がない。
 が、それでも威嚇としての効果はあったのか、屋上にあった射撃手の影は消
えた。
「大丈夫ですかっ!?」
 青ざめた顔でこちらを向く弥生に、軽く手を振って見せる。
 傷はなかった。
 無線機の破片もハイドラントの体には一つたりと食い込んではいない。
 それすらも、彼女が庇ってくれたのだ。
「皇華……」
「はい」
 自分の上に覆い被さっていた皇華――オーガセリオが、ゆっくりと身を起こ
す。
 背中の上や髪に纏わり付いていた金属片が、ぱらぱらとこぼれ落ちた。
「……俺の名を呼ぶな」
 呻くように言う。
 倒れたまま、身を起こそうともせず、じっと彼女を見上げながら。
「その姿……その顔で、俺の名を口にするな。
 お前は、俺の事を兄と思い、兄と呼べ。……そう言った筈だ」
「……はい」
 金色の瞳で静かに彼の顔を見下ろし、オーガセリオが頷く。
 彼女から、つと眼を逸らし――ハイドラントは、独りごちた。
「お前は……綾香ではないのだから……」




【午後一時二十二分 基地内整備室】


「そろそろここは限界ですかね……」
 整備室。
 作業台の陰に身を潜ませながら、とうとう敵兵が全員侵入してきたのを見て、
SOSが悔しそうに呟いた。
 全員と言っても、それは残った敵兵全員という意味である。
 最初は十七人いた敵部隊は、既に十人にまで減っていた。
「――人数が減った事で、敵はかえって動きやすくなってもいるようです」
 彼の隣で、Dセリオは各種兵装の点検をしつつ口にした。
 実際、先刻までは、あまり広くない上に大小様々な機材で溢れかえっている
この部屋の中で右往左往する十三使徒達を物陰から狙い撃ちするだけで良かっ
たのだが。
 今や彼らは統率を取り戻し、そのような隙など見せてはくれない。
「――ドウシマショウカ?」
 何も考えていないDガーネットが言う横で、SOSは暫し考え込む。
 が、やがて、Dセリオを真っ直ぐに見据えてきた。
「Dセリオさん」
「――はい」
「このままではどうせ負けます。
 ならばいっその事、一発逆転に賭けましょう」
「――と言うと?」
「私が連中を引き付けます。
 その隙に、Dセリオさんは中央突破して外に出て下さい。
 その後は、千鶴校長に知らせに行くか、あるいは敵のボス、ハイドラントを
叩くか……あなたが良いと思った方を。
 どちらにせよ、それで私達は勝てます」
「――ですがそうなると、この場は……」
「大丈夫です。私達二人で何とかしますよ。
 ね、Dガーネットさん?」
「――ナントカシマス、ナントカシマス」
 相変わらず何を考えているとも思えないDガーネットの台詞に、Dセリオは
悩んだ。
 冷静に考えて、この二人でここの戦線を維持するのは不可能だろう。
 だがDセリオがいた所で、敗北までの時間を延ばす事にしかならない。下っ
端の使徒だけならともかく、敵の中には十三使徒の幹部が二人いるのだ。
 ならばSOSの言う通り、乾坤一擲の勝負に出た方が賢明かもしれない。
「――分かりました」
 DセリオはSOSに頷いた。
「――その手で行きましょう。
 でも、あなた達も無理はしないで下さい。危なくなったらすぐに撤退するよ
うに」
「分かっていますよ。
 さてと……じゃあ、早速始めますか」
 そう言ってSOSは立ち上がると、無造作に作業台の陰から歩み出た。
 当然、息を凝らして周囲を窺っていた十三使徒達の視線が、忽ち彼に集中す
る。
 後方にいる、深緑色の貫頭衣を纏った男が、声を掛けてきた。
「おや……どうしました、SOS君。
 降伏ですか? それは賢明ですが、いささか遅きに失してもいますね」
「いや。遅いも早いもないよ、神凪君。
 元より、君達のような連中に降伏する気など、カケラもないからね」
 余裕の表情の神凪に、それ以上の余裕をにじませて応じるSOS。
 妖術師の顔付きが、僅かに歪む。
「ふん……やれ!」
 彼の命令一下。
 使徒達が一斉に攻撃を開始した。
 魔術の炎、電撃、光熱波。そして銃弾。
 一つ一つが致命傷となりうる攻撃が、雨あられとSOSに降り注ぐ。
 が。
 それらが当たる直前、彼の姿が掻き消える。
「何!?」
「こちらですよ……」
 思わず声を上げた使徒の背後に、SOSは出現していた。
 皆がそちらを向く。
「くそ!」
 声を上げた使徒が毒づき、手にした拳銃の引き金を引いた。
 しかし、またもSOSの姿は消え、弾丸は虚しく壁にめり込む。
「……危ないですねえ」
「うわあっ!?」
 唐突に背後からぽん、と肩を叩かれ、その使徒は喚きながら振り向きざまに
手刀を振るった。
 だがそれも、標的を捉える事はなく。
 SOSの姿は、再び別の場所に現れる。
「……ふむ」
「これが『マスター・オブ・タイム』の力ですか……」
 この状況下で、黒い帽子を被った男――T−starと神凪は、冷静さを失
っていなかった。
 だが彼らの部下は、SOSの変幻自在の技に、次第に動きを乱していく。
「隊形を乱すな! 落ち着いて対処しろ!」
 神凪が使徒達を一喝した。
 ――その瞬間。
 機を窺っていたDセリオが、物陰から飛び出した。
 服を押し破りつつ、飛行用のジェットがその背中に現れる。
「っ!」
 最も早く反応したT−starが手を伸ばすのと、ジェットノズルから白煙
が噴き出すのとは同時だった。
「――GO!」
 Dセリオが地を蹴る。
 ……一瞬のうちに全ては終った。
 初速から新幹線を超える速度に達したDセリオは、真っ直ぐ窓へと向かい―
―突き破り、外へと飛び出す。
 T−starが背後を振り返った時には、もう彼女の姿は視界の何処にもな
かった。
「やった!」
「……っ」
 歓声を上げるSOSを尻目に、T−starは僅かな苦渋を表情ににじませ
ながら、虚しく宙に伸ばした手を握り締めていた。




【午後一時四十五分 基地入口ホール】


「闇よ!」
 空中に立つ子供――魔族ベネディクトの掌中に、黒い光球が生まれた。
 それを下に向け、叫ぶ。
「弾けろ!!」
 光球が無数の粒に分裂した。
 黒い雨が床上の三人に降り注ぐ。
「させませんよ」
 天神貴姫が素早く前に進み、手を翳した。
 そこから放たれた光条が、闇の雨を飲み込み、相殺する。
 幻力――「光の主」。
「食らいなっ!」
 手の中に気を凝縮して弾丸を生み出し、それを立て続けに空中の魔族に向か
って撃ち出すディアルト。
「そんなものがっ!」
 ベネディクトは軽快に宙を舞い、その尽くを躱してのけた。
 が。
「何!?」
 突然、何かに全身を絡め取られ、動きを止める魔族。
 Dマルチが、彼に向かって腕を翳していた。
 そこから伸びたワイヤーが、ベネディクトの全身を締め上げている。
 この機を逃さず再び放たれたディアルトの弾――圓明流「雹」が、彼の身体
中に食い込んだ。
「ぐっ……」
 上級魔族であるベネディクトは、本来ならばこんな攻撃でダメージを受けた
りはしない。
 が、ディアルトが放った弾は「気」を凝縮させたものであるため、魔族にダ
メージを与える力を有していた。
「があああああああああああああ!!!」
 ワイヤーを引き千切るベネディクト。
 その全身から衝撃波が放たれた。
 下の三人に向かって吹きつける。
 避ける間もなくまともに受け、ディアルト達は吹き飛んだ。
「おおっ、ベネディクト選手の一発が出ましたぁーっ!
 そーれ、みんなも一発!」
 わー!!!
 どんどんぱふぱふ。
 葛田の号令を受け、一斉に歓声とラッパと太鼓で囃し立てる十三使徒。
 ウェーブのおまけ付きである。
 更には、「FIGHT! ベネちゃん」と書かれた急ごしらえの旗を振って
いる奴までいる。
「……あ、の、な……」
 ぎりぎり、と何かに耐えるように歯を軋らせつつ、ベネディクトはゆっくり
と背後に振り向いた。
 「応援団長」と書かれたハチマキを額に巻いてにこにことこちらを見ている
葛田を睨み付け、喚く。
「いったい何がしたいんだよお前ら!?」
「そりゃ勿論、頑張っているベネディクトさんにエールを送ろうと……」
「馬鹿にされてるとしか思えんわっ! だいたいその太鼓とラッパはどっから
持ってきた!?」
「いやあ。こんな事もあろうかと思って、音楽室から拝借しておいたんです」
「うーがー!!」
 足場の無い空中で地団太を踏むように暴れるベネディクト。
「何故んな事を思うんだよ貴様は! どーゆー脳構造をしとる!
 そもそも、応援なんかしてる暇があったら手を貸したらどうだっ!」
「そんな事言われても」
 葛田はひょい、と肩をすくめた。
「最初、僕が慎重に作戦を進めていたら、こんな奴らに何をビクビクしてんだ、
僕が片付けてやる――と言って、飛び出して行ったのはあなたじゃないですか」
「ぐ……」
「やっぱり、前言撤回します?」
「ぬ……」
「なになに?『やっぱり僕だけじゃ無理ッス。助けてくずぴょん』ですって?
 仕方ないですねー、そーまで言われては助けてあげるしかありません」
「誰がんなこと言ったかーっ!!」
 ベネディクトは絶叫した。
 血を吐くような……と言うか、吐けるものなら吐いてるんじゃないかって形
相だった。
「言わないんですか?」
「言わないよっ!
 僕は誇りある魔界の貴族だ、人間なんかに遅れは取らない! ルミラの婆あ
とは違うんだっ!!」
「はあ。なるほどさいですかー」
 ふんふん、と軽薄に頷いて見せる葛田。
 が、ふと顔を上げる。
「あの。ところで一つ」
「なんだっ!?」
「ちょっと気になっているんですが」
「何なんだよっ!」
「いや。大した事じゃないんですけど」
 葛田はぴっ、と前を指差して言った。
「危ないですよ」
「……え?」
 ほけっ、とした顔で振り向く。
 そのベネディクトの視線の先には、彼に手を突きつける貴姫の姿があった。
「あんたら、吉本にでも行け!」
 閃光。
 貴姫の手が爆発的な輝きを放った。
「がっ!?」
 視界が真っ白になる。
 危険だ、とベネディクトの脳裏で警告が響いた。
 大きく後ろに飛び下がろうとする。
 そこへ。
「――逃がしません」
 Dマルチの手から鞭が飛ぶ。
 スタンロッド。
 それはベネディクトの腕に巻き付き、電撃を――人間であれば間違いなく即
死させる限界出力で――発散した。
「……っ!?」
 魔族の身体が痙攣する。
(負ける……のか? また? ……人間に)
 ベネディクトは、ぐっ、と奥歯を噛み締めた。
 弛緩しそうになる四肢に、意地と根性で力を取り戻す。
「おおおおああああああああ!!!!」
 咆哮。
 ベネディクトは力ずくで鞭を振り解き、かっ、と眼を見開いた。
 両目を潰した閃光からも、全身から力を奪った電撃からも、どちらからも素
早く立ち直ったのは、彼の力が尋常なものではないという証だと言えよう。
 だが、魔族の力にも限界はある。
 視力を回復したベネディクトの眼に映った光景は、その具象化だった。
「はっ!」
 壁を使い、三角飛びの要領で空中の魔族の前に躍り出るディアルト。
 その手には、「気」を物質化した倭刀。


「エンター……」


「!?」
「虎翔――絶刀勢!!!」
 ディアルトは身体を回転させ、自らの倭刀の背に蹴りを叩き込んだ。
 殺人的な速度で、刃が振り下ろされる――


「『紫電乱舞』!」


 ……無数の電光に、ベネディクトの視界は埋め尽くされた。


「有り難うございます、神凪くん。お陰で助かりました」
「いえ……葛田師兄。タイミングよく駆けつける事が出来て僥倖でした」
 差し伸べられた葛田の手を握りかえし、神凪は笑みを浮かべた。
 貴姫、ディアルト、Dマルチの三人は、床に倒れ伏している。
 背後から、神凪のアブストラクトによる攻撃を受けたのだ。
 神凪に続いて現れた使徒達が、三人をロープで拘束していく。
「整備室を制圧して、廊下に出たところでベネディクトさんが追い詰められて
いるのを見ましてね……」
 ちら、と神凪は脇に視線を向けた。
 子供の姿をした魔族は、何も無い虚空を呆然と見つめ、立ち尽くしている。
 く、と神凪の顔が嘲弄に歪んだ。
「……ま、幸運でしたよ。本当に」




【午後一時四十七分 基地内介護室】


 ドゥン!
 トラップが発動し、またも小さな爆発が起こった。
 屈み込んでワイヤーを外そうとしていた使徒が、爆風を受けて吹き飛ぶ。
「そっちじゃなくてこっちのワイヤー……って、もう遅いですか。
 ああ君、その人を運び出して」
 困ったような顔の神海の指示に従い、別の使徒が倒れた男を担いで外に出て
いった。
 それを尻目に、神海は再びワイヤーの網を睨んで悩み始める。
「ええと……そっちの君、そこのワイヤーを外して。
 で、君はその……違う、その右のワイヤーを。
 ああ君は、そこのワイヤーを外したら、下のを押さえておいて下さい。
 良し良し。次はそっち――」
(まるで、隠し芸大賞とかでたまにある巨大あやとりだな……)
 あれやこれやと指示を下す彼をバリケードの陰から見て、風見ひなたは独り
ごちた。
 実際、これはあやとりだった。
 こちらの方面の迎撃を任された風見は、神業的な手腕で、短時間の内にこの
介護室をトラップゾーンと化したのである。
 機関砲を突破して突入してきた神海ら十三使徒が見たのは、部屋中に張り巡
らされた網の如きワイヤー群であった。
 ワイヤーには小型の爆弾が仕掛けられており、うかつに触れると作動すると
いう事を、彼らは仲間を一人犠牲にする事で知った。
 しかもこれらのワイヤーは複雑に絡み合っており、うかつにワイヤーを外す
とその拍子に別のワイヤーに繋がった爆弾が作動するようにもなっていた。
 この危険地帯を踏破するために彼ら十三使徒が必要とするべきは、まさにあ
やとりの才能であったに違いない。
「そこのワイヤーを押さえていて下さい。
 今の内にそっちの君、そこのワイヤーを外して。
 ああ、そこ、勝手に触らない!
 ……よし、それじゃそっちを……」
「ダーク・フレア」
 ドゥン!
 ワイヤーに手を掛けた所でOLHの攻撃を受けた使徒は、手元を狂わせてま
た一つ爆弾を作動させた。
「シット!」
 その背後にいた使徒が、怒りの声を媒体として魔術を放つ。
 バァン!
 OLHは素早くバリケードの陰に潜り込んで、衝撃波をやり過ごした。
「おー、危ない危ない」
「これで四人ですね」
「ああ。この調子なら勝てそうだな」
「……いや、そうもいかないんじゃないか」
 バリケードから僅かに顔を出して様子を見つつ、冬月俊範が首を振る。
「そっちは外したね? じゃあ、次はそっちを。
 君、そこのワイヤーを押さえながら左側のを外して。
 次は……そこか。君、まず右、次いで左、最後に真ん中の順番で外すんだ」
 彼の見る先で、十三使徒達は神海の的確な指示に従い、少しずつしかし確実
に、トラップを解除していきつつあった。
 妨害しようにも、さっきの今だから彼らも警戒している。
「あの神海という男、こんな状況にも関わらず冷静だ。侮れんな。
 この調子だと、後一時間もつかどうか……」
「冬月さん」
 風見は彼の肩をぽん、と叩いて小さく笑った。
「あれ見て、あれ」
「?」
 冬月は風見の指差す先を見た。
 そこには。
「……む〜……」
 青い髪をした少女が机の上に腰掛け、所在無さげに足をぶらぶらさせている。
 その顔には、「ひま」「つまんない」「いらいら」の三語が明記されていた。
「破壊の大使徒、むらさき……」
「ええ」
「なんだか、苛立っているようだが……」
 風見はそれを聞くと、我が意を得たりとばかりに人差し指を振って見せた。
「そうです。
 あの子、もうすぐ苛立ちに任せてワイヤーを引っ張り始めますよ。手当たり
次第に」
「……私は彼女の事は良く知らないが、そこまで馬鹿なのか?」
 疑わしげな冬月の問いに、風見は自信たっぷりに答えた。
「馬鹿です」
 どうやら以前に何かあったらしい。
 そう察して冬月は口を噤み、再び十三使徒らの様子を見ようと顔を出す。
 丁度その時、それは起こった。
「あーもう、いらいらするぅ!」
 だん、と小柄な身体で精一杯の音を立てて、むらさきが床に降り立つ。
 神海はじめ十三使徒達の顔が一斉に青ざめた。
「あ、あの、むらさきさん。
 ええと、さっきまでは梃子摺ってましたが、ようやく仕掛けが見えてきて…
…もうすぐ終わりそうなんですよ。後三十分、いや二十分もあれば……って、
その、聞いてます?」
 聞いていない。
 神海の必死の言葉を右から左へと聞き流し、じゃきりと大鎌を構えるむらさ
き。
 使徒達の顔色が青を通り越して真っ白になった。
「こんなものはねぇ……こうすればいいのっ!」
 凶々しい輝きを発する鎌が振り上げられる。
 ……むらさきが苛立って暴れ始める。ここまでは風見の予想通りだった。
 しかし、その暴れ方の非常識さは、予想を遥かに超えていた。
 言い方を変えると、むらさきは風見が考えていた以上にお馬鹿だったのだ。
「神威のSS――龍鳳麟亀の体――」
 蒼い輝きが、大鎌を包む。
 神海が、天井を見上げて十字を切った。
「群裂!!!」
 閃。
 斬。
 蒼い稲妻が、全てのワイヤーを裁断し――


 ……爆弾が幾つか同時に作動しても、バリケードの陰の自分達に被害はない
――とは風見はちゃんと計算していたが、流石に十個以上の爆弾が同時作動し
た場合の事は考えていなかった。


 十三使徒四大の一、「破壊の大使徒」むらさき。
 彼女を評して、首長ハイドラントはこう言ったという。
「起爆装置がいかれた爆弾娘」