【午後一時三十一分 基地上空】 ――どうするべきか。 嵐の中、基地を見下ろしつつ旋回飛行しながら、Dセリオは迷っていた。 千鶴校長に知らせに行くべきか。 ハイドラントを叩きに行くべきか。 四校舎を覆うバリアは上空までは張られていないから、千鶴校長に知らせに 行く事は造作もない。そしてバリアを解除させ、風紀委員会と校内巡回班を出 動させて貰えば、仲間達は助かるだろう。 ハイドラントと戦うならば、リスクを負うことになろう。彼が黙って倒され る筈もなし、応戦してくるに決まっている。空を飛んでいるDセリオの有利は 動かないだろうが、簡単に決着がつくかどうかは分からない。加えて彼は一人 ではなく、部下を数人身辺に置いている。 Dマルチであれば、間違いなく前者の道を選んだであろう。 だが、彼女はDセリオ――プログラムの中に正体不明の破壊衝動を抱える破 壊の女神であった。そしてその破壊衝動は、今はハイドラントに向かっていた のである。 (――……私は……許せない。私達の家を荒らした人を。許さない) 彼女は心を決めた。 頭を下にし、潜水するような体勢になり、急降下する。 ハイドラントのいる十三使徒本営、大型トレーラーに向かって。 結果として、Dセリオは判断を誤った。 【午後一時三十二分 十三使徒本営】 「!」 狙撃事件からまだ二十分ほどである。 過敏になっていたハイドラントの感覚は、迫り来るプレッシャーを明確に感 じ取った。 茶碗を投げ捨て、外に飛び出す。 「ハイドさん!?」 背後でたけるが驚いたような声を上げたのに気付く余裕もなく、ハイドラン トは荒れ狂う空を見上げた。 暴風雨を物ともせず、黒い塊が幾つもトレーラーめがけて突き進んでくる。 (ミサイル!? ――魔術で撃ち払うか? いや、距離が近すぎる――) 悩んだのも刹那。 彼は上空に魔術の構成を展開した。 「アロアダイの壷よ!!」 魔術が完成し、現実の空間に重なる。 あとコンマ一秒で着弾する筈だったミサイル群は、全て氷のような物質に固 められ、ただの大きな物体となって泥沼の中に突き刺さった。 「何者だ……?」 再び空を見上げる。 人間のようなシルエットが、凄まじい速度で真っ直ぐこちらに向かってくる のが見えた。 「Dセリオ? あいつ空飛べたのか……背中にジェットが付いてるな」 思わず舌打ちしそうになる。 ただでさえ強力なDセリオが、しかも高速飛行しているとなると、自分の魔 術で対抗するのは無理だろう――と、すぐに悟ったからだ。 「この戦いには投入したくなかったが……止むを得んな」 背後を振り返る。 彼女は既に、そこに控えていた。 黒地に赤のストライプが入ったボディスーツに雨を弾かせながら。 「良いか?」 「はい。兄様……」 簡潔過ぎる問いに、迷う事もなく頷くオーガセリオ。 ハイドラントは、こちらの様子を窺っている使徒達に叫んだ。 「ジェノサイドシステム『羅喉』、スタンバイ! 急げ!!」 【午後一時三十五分 基地上空】 「――これでは埒があきませんね」 またもミサイルが無力化されたのを見て、Dセリオは呟いた。 接近してミサイルを発射し、魔術の攻撃範囲に入る前に離脱、また接近、と ヒットアンドアウェイを何度か繰り返してみたが、ハイドラントはミサイルの 迎撃に専念しており、こちらを深追いして隙を見せる事もなく、全くの膠着状 態に陥っていた。 ――多少の危険を犯してでも、強襲するべきかもしれない。 そう思い、身を翻す。 体勢を立て直すためだ。 高度数百メートルまで上昇し、Dセリオは全兵装のチェックを行った。 ――マグネティックフォースフィールドOK。アサルトサテライトOK。オ プティックブラストOK。サウザンドミサイル残弾数522……充分。 (――いっそのこと、サテライトフォースで一掃してしまいましょうか……) 名案かとも思ったが、某国の攻撃衛星にハッキングしてマイクロウェーブ砲 を撃たせるこの攻撃は、やり方がやり方だけに時間も掛かるし、精度もあまり 良くない。十三使徒を吹っ飛ばしたはいいが基地も一緒に吹っ飛びましたでは、 笑い話にもならない。 やはり自前の装備で強襲する事に決め、Dセリオは再度突入体勢を取った。 「――!?」 何かが飛んでくる。 何か。 距離が遠いゆえにDセリオには「何か」としか認識できなかったそれは、あ る程度近付いてもやはり「何か」であった。 形容し難い形状をしている。 (――下から真っ二つに割れたものの皮一枚で繋がっているクルミの殻……?) 強いて例えれば、そんなようなものだった。 音速レベルの速さで飛翔するそれは、あっという間にDセリオを抜き、より 高みへと駆け上っていく。 メイドロボにそのような表現が許されるならば、呆然としていたDセリオは はっと我を取り戻し、それを追って上昇した。 ……もし傍らから見るものがいれば、それは天頂へと駆け上る一対の彗星の ように見えたかもしれない。 ジェットの出力を最大に上げて追いついたDセリオは、その物体が何である かを知った。 それは、人間……いや、メイドロボ――セリオタイプだった。 金色の瞳のセリオ。 すぐにそうと判明しなかったのは、ショルダーガードのように両肩から張り 出した半球状の巨大な物体のためだ。クルミの殻の様に見えたのはこれである。 本体であるセリオより遥かに大きい。頭部を除く上半身は殆どそれで隠され てしまっていた。 そのショルダーガードには、砲門やミサイル筒と思われる部品が幾つも装着 されている。 《――あなたは、誰です?》 Dセリオは、そのセリオタイプに話し掛けてみた。 無論肉声ではなく、通信でである。 暫しの間を置き、それは返信を送ってきた。 《私は……オーガ。オーガセリオ》 彼我の距離が離れる。 オーガセリオと名乗った彼女が針路をずらしたのだ。 彼女を追うべくDセリオも針路を変更すると、オーガセリオはそれを読んで いたかのように更に針路を変え、Dセリオを見下ろす形で距離を確保した。 右のショルダーガードにある砲門を、Dセリオに向ける。 口径は大きいが、砲身はむしろ短い。 《私は》 ぐぉぉぉん……と、何かが唸るような音を、Dセリオは聞いたように思った。 《あなたを破壊しろと命じられました》 《――!》 砲口が光る。 Dセリオは全力で回避行動を取った。 急激な方向転換のため、凄まじい重圧が全身に掛かる。 光が迅った。 砲口を頂点とし、円錐状に伸びる光。 それは、Dセリオの視界を白く染め上げて―― 大地へと、舞い降りた。 【午後一時三十六分 第一校長室】 ゴゥゥゥゥン……! 突然訪れた振動に、千鶴は危うく湯飲みを取り落としかけた。 「……地震かしら?」 【午後一時三十六分 三年部校舎「アズエル」】 「……なんだ? こりゃ?」 モニターに映った光景を見て、英二は顎を外した。 山の形が、変っている。 謎の黒いセリオが撃った光線が、掠めたために。 山の中腹をごっそり削り取ったその傷痕は、あたかも富士山の風穴の如しで あった。 「あのサイズで……この出力だと!? 馬鹿な! 有り得ん!!」 興奮の余り、思わず机を殴りつける柳川。 それはあっさりとひしゃげ、載っていた物をばらばらと床に撒き散らす。 「あんな非常識な武器を作れる人間といえば……まさか……」 英二はそれ以上口に出来なかった。 彼には心当たりがあった。あったが、考えたくはなかったのだ。 「十三使徒に、あんなセリオが……。まさか電芹じゃねえだろな?」 「違う。……見た事のないタイプだ」 ジンが口にした可能性を、即座に否定したのは誠治である。 電芹の管理者であり、HMに造詣が深い技術者である彼は、あのセリオが極 めて特異なモデルである事を見抜いていた。 プロトタイプセリオとも、電芹とも、Dセリオとも、根本的な所で違ってい る。それが何かまでは分からなかったが。 「あんな滅茶苦茶なのが相手では、幾らDセリオでも……」 「……っ!」 思わず誠治の口をついた言葉に、ジンの顔が強張った。 全身を拘束されていながらも跳ね上がりそうな勢いで、未だ呆然としている 二人の教師に喚く。 「先生、早く作業やってくれっ! 時間がねえ!!」 「あ……ああ!」 その声で呪縛から解き放たれ、柳川と英二は再び作業に取り掛かった。 「アーチャーV4」とジンとの接続作業は殆ど終わっている。後は微調整だ けだ。 食い入るようにモニターを見つめつつ、ジンは作業が完了するのを待った。 モニターの中では、謎の黒セリオとDセリオの戦闘が続いている。 流石に連発は出来ないのだろう、黒セリオはあのビーム砲は使っていないが、 それ以外にも多く装備されている武装を駆使し、Dセリオを少しずつ追い詰め てゆく。 「機動力はDセリオの方が上のようだが……な」 誠治が呟いた時、まさにそれを体現するかの如くDセリオが華麗な動きで黒 セリオの短距離ミサイルを躱し、そのまま背後に回るや無数のミサイルを発射 した。 サウザンドミサイル。 「よっしゃ!」 歓声がジンの口から上がる。 これは回避できるタイミングではない。 ――が。 黒セリオのショルダーガード状のパーツの下から小さな球体が四つ現れ、ミ サイルの前に飛び出した。 四つの球体はそれぞれ別の一つの球体に向けて光線を放ち、黒セリオの背後 の空間に長方形を描く。 そして……その長方形の中に、エネルギーフィールドが発生した。 「バリアー!?」 サウザンドミサイルがフィールドに触れて爆発する。 黒セリオには、一発のミサイルも届く事はなかった。 「防御システムもぬかりなしか……」 感心を通り越してもはや呆れたような口調で呟く誠治。 あの大きさの機体にどうやってこれだけの機能を積み込んだのか、もはや詐 欺としか思えなかった。 黒セリオは宙返り的な動きでDセリオに向き直り、四門の機銃を連射する。 近付き過ぎていたDセリオは躱し切れず、手足の数箇所に被弾した。 人工皮膚が裂け、機械が露出する。 「……Dセリオ……!」 ジンは奥歯を噛み締めた。 歯茎が軋んで音を立てる。 もう数秒もしたら折れていたかもしれないが、そうはならなかった。 ぽん、と彼の肩に手が置かれる。 「作業終了。……ジン、待たせたな」 振り向いたジンに、柳川はにやりと笑った。 【午後一時四十分 十三使徒本営】 「素晴らしい……素晴らしいぞ、皇華。 私の期待通りの性能だ……!」 トレーラー内のモニターでオーガセリオとDセリオの戦闘の様子を見、ハイ ドラントは狂喜していた。 HMX−13j――掃討戦用HM試験型「オーガセリオ」。 オーガセリオは、それ単体ではノーマルセリオと同等の性能しか持たず、戦 闘能力も殆どない。 オーガセリオの真価は、「羅喉(ラゴウ)」があって初めて発揮される。 JS−13j01――オーガセリオ専用強襲アーマー「羅喉」。 オーガセリオの両肩にショルダーガードの如く装着されるこれは、オーガの 内部回路と接続され、その意のままに搭載兵器を作動させる。 搭載兵器の中でも、主兵装の荷電粒子砲「浄火」はSLGで言えばマップ兵 器並みの威力を誇り、オーガセリオを超戦術級兵器たらしめていた。 何故、それほどの出力を達成できるのか。 その秘密は、羅喉に内蔵されている「次元炉」にある。 次元炉は、オーガセリオの内から、彼女のもう一つの姿である強化人間壱型 「皇華」の魔力を引き出し、それを高次元を介して莫大なエネルギーに変換す るというものである。 これの為に、オーガセリオは機動兵器でありながら戦艦以上の破壊力を発揮 する事が可能なのだ。 強化人間壱型「皇華」とHMX−13s特殊改造型セリオを科学的かつ魔術 的に融合させ、この魔物を生み出したのは、三人の技術者―― 柏木教室の異才ハイドラント、妖術師にして錬金術師たる神凪遼刃、そして 狂気の天才高橋。オーガセリオは彼らの共同開発である。 「高橋……あれほどの狂者でありながら『塔』が教師として抱えていたのも、 今なら納得出来るな……」 羅喉の開発に際しては、高橋の力に依る所が大きかった。 特に次元炉は高橋独自の開発である。非常識な理論を非常識に構成して彼が この万能動力源を開発してしまった時、ハイドラントは自分の正気を疑わずに おれなかった程だ。 とはいえ、この次元炉も完璧ではない。 効率良く魔力をエネルギーに変換してくれるものの、何しろオーガセリオが 必要とするエネルギーは桁違いであるため、稼動時間は十分程度。魔力を補う バッテリーも開発中ではあるが、まだ実用には至っていない。 ハイドラントは懐から時計を取り出して見た。 オーガセリオが出撃してからそろそろ六分になる。 ――あと四分。 「充分だな……」 モニターの中で無残な姿を晒しているDセリオを見て、ハイドラントは低く 笑った。 【午後一時四十二分 三年部校舎「アズエル」】 屋上に運び出されたジン・スナイパーカスタム――命名柳川、取り敢えず何 か名前を付けておきたかったらしい――は、ノートパソコンのモニターに映る 戦闘の様子を見ながら撃つタイミングを計っていた。 彼の両手はミサイル発射筒を抱えるような形で固定されており、両足はしっ かとコンクリートの床を踏みしめている。 「ミサイルは一発きりだ。ミスは許されんぞ、ジン……」 「分かってる」 雨でモニターが濡れないよう、傘を差し掛けながら囁きかけてきた柳川に頷 きを返す。 言われるまでもなく、ジンは慎重だった。 ミサイルは目標まで直線距離を飛んでいく訳ではないが、ジンに内蔵されて いる射撃管制コンピュータで計算し、目標地点に達するよう撃つ事は出来る。 問題は、何処を目標とするかだ。 ミサイルを発射してから目標地点に達するまでは時間がある。だから、発射 した時にはオーガセリオが目標地点にいたとしても、着弾する時には既にいな いであろう。当たり前だが。 命中させるには、オーガセリオの動きを予測しなくてはならない。 本来ならやはりコンピュータで計算すべきそれを、ジンはカンで決めようと していた。 カンと言っても当てずっぽうではない。豊富な実戦経験に裏打ちされたもの である。ジンは己のカンを信用していた。 「Dセリオ……」 彼女は、まだ戦っていた。 制服を、人工皮膚をずたずたにされ、金属の骨格を剥き出しにしながら、破 壊の女神はまだ戦いを諦めてはいなかった。 惨めな姿と見る者もいよう。 が、ジンは断じて、そうは思わなかった。 「お前には……お前にはな、俺との決着をつけるまで無事でいてもらわないと 困るんだよっ!」 オーガセリオが、Dセリオから距離を取った。 まるで、最後の止めを刺すための準備をしよう……という様に。 (!) カンが、閃く。 今がその時だ――内なる声がそう告げている。 「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」 ジンの咆哮とミサイルの発射音が、嵐の中に轟き渡った。 【午後一時四十二分 基地上空】 粒子ビームが、空の彼方へと消えていく。 (また、外した) オーガセリオは胸中で呟いた。 一度目の射撃情報をもとに照準を修正し、荷電粒子砲を再び撃ったのだが、 ぎりぎりのところでDセリオを捉え切れず、止めの一撃とはならなかった。ま だ幾らか誤差があったらしい。 Dセリオは、兵装の大半を沈黙させられながらも、なお戦おうとしていた。 (なぜ、倒れずにいられるのだろう) オーガセリオの見る所、Dセリオは既に機能停止してもおかしくない程の損 傷を受けている。 人間であれば「精神力のなせる技」と納得も出来ようが、彼女はメイドロボ だ。精神力だの根性だのというものが……あるのだろうか。 (分からない……) 何にせよ、彼女が倒れるまで攻撃を続ける以外にない。 だがオーガセリオはひとまずDセリオから離れた。 今の荷電粒子砲発射で過熱状態になった「羅喉」を冷却する必要があったか らだ。 全兵装を停止し、バーニアの出力も落とす。 Dセリオがこちらの状態に気付けば反撃してくるだろうが、既に距離を置い ている。兵装を再稼動させるまで逃げる事は難しくない。 その後、ミサイルと副砲のリニアキャノンで沈めてやれば事は済む。 (でも、彼女は動かない様) 警戒しているのか、それとも余力がないのか。 ……だが、攻撃は来た。全く予測外の方向から。 (上!?) レーダーの警告に、オーガセリオははっと頭上を見上げた。 何かが落ちてくる。 槍のようなものが……まっしぐらに自分を目指して。 (ミサイル!) オーガセリオは直ちに回避行動をとろうとした。 だが、バーニアの出力は一瞬では上がらない。 ミサイルは容赦のない速度で落下してくる。 (……!) バーニアが火を吹いた。 跳ねるような動きで、オーガセリオがミサイルの軌道上から逃れる。 紙一重の差で―― (――避けた!) 【午後一時四十三分 三年部校舎「アズエル」】 戦鬼の叫びが二度、轟く。 「バーン・アウトォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」 【午後一時四十三分 基地上空】 ――と、オーガセリオが信じた瞬間。 ミサイルが爆発した。 避けられる訳もなく、バリアーも無く、至近距離からの爆風を受ける。 (!!!) オーガセリオの全身を、圧倒的な衝撃が襲った。 身体をばらばらにされそうな衝撃。 「羅喉」とボディスーツが無ければ、本当にばらばらになっていたであろう。 辛うじて、オーガセリオ本体は深刻なダメージを受けずに済んだ。 だが、その代償は大きい。爆風の直撃を受けた「羅喉」は、主砲の荷電粒子 砲を始めほぼ全ての兵装が破損していた。更に、バーニアも四基のうち二基ま でが使用不可能となっている。 素早く自身の身体にチェックを走らせてそれらの事を知ったオーガセリオは、 己が殆ど無力になった事を知った。 そして…… (Dセリオ) 破壊の女神が、残った全ての武装を解き放ち、こちらの喉笛に食いつこうと していた。 【午後一時四十三分 十三使徒本営】 「馬鹿な!!??」 ハイドラントは思わず叫んでいた。 こんな事がある訳がない。あっていい筈がない。 あと一歩でDセリオを仕留めるところだったオーガセリオが、何処からとも なく飛んできたミサイルを受けるなど…… 「いったい誰の仕業だ!?」 普段の傲岸不遜な表情を保つ事も出来ず、喚き散らす。 勿論、誰も答えなど返せない。動揺する五人の使徒も、何が起きたのか良く 分からないたけるも、困惑する電芹も――喜悦の笑みを心中に押し隠す弥生も。 「……糞がっ!!!」 天に向かって吐き捨てると、ハイドラントは通信機を手に取った。 【午後一時四十四分 基地上空】 《皇華、聞こえるか!?》 ハイドラントからの通信が届いた時、オーガセリオは僅かに残った武装、一 門のレーザーと一門の機銃でDセリオを迎え撃たんとしていた。 レーザーはもはや攻撃に使えるほどの出力はなく、測距と照準くらいの役に しか立ちそうもない。 となると頼みは機銃だが、これが威力を発揮するのは近距離である。そこま で近付かせれば、Dセリオはサイファー――Dセリオが持つ近接武器――の間 合いまで飛び込んでくるであろう。機銃が四門揃っていれば容易く寄せ付けた りはしないが、一門だけでは妨げられるかどうか疑わしい。 加えて、バーニアの出力が半減した事で、機動力の差が致命的なレベルにな っている。Dセリオは兵装の多くを失ってはいるが、機動力はまだ維持してい るのだ。 ……勝負は見えていた。が。 (やらねばならない……兄様が命じたのだから。彼女を破壊せよと) それでも。 オーガセリオはハイドラントの命令を果たす事に固執し、無謀な勝負を挑も うとしていた。 《皇華、どうした! 無事か!?》 《……はい》 返信を送ると、見えた訳ではないが、ハイドラントは安堵したようだった。 《よし、ならば――》 《速やかに目標を撃破し、帰投します》 《待て。そちらの被害状況はこちらからでも分かる。今の状態では無理だ。 元の姿に戻って切り抜けろ》 《しかし》 滅多にない事だったが、オーガセリオは思わずハイドラントに対して反駁の 声を上げていた。 《それでは「羅喉」を放棄しないとなりません。 これは、兄様が苦心して開発した――》 《構わん。そんなものはまた作ればいい》 《ですが》 《皇華、お前の代わりはいないのだ》 《……はい》 そう言われては、頷くしかない。 その言葉に、例え自分が疑問を抱いていたとしても。 (私自身が、代わりなのではありませんか。兄様――!) 心の叫びを、口にする事は許されない。 自分はハイドラントの忠実な道具であればいいのだから。そうでなければな らないのだから。 オーガセリオは内部回路をチェックした。 問題はない……おそらく。詳しく調べている時間はなかった。Dセリオは目 前まで迫っている。 「――羅喉――強制排除!」 【午後一時四十四分 基地上空】 「――!!」 Dセリオは、オーガセリオを目前にして逆制動をかけた。かけざるを得なか った。 爆発したのだ。突然――オーガセリオが。 先程と違い、何処からかの攻撃を受けた様子もなく、全く突然に。 あのショルダーガードが吹き飛び、遥か下方の地面へと落下していく。 (――自爆?) Dセリオがそう思った時だった。 爆煙の中から、声が響いたのは。 「プアヌークの……」 声とともに、人影が現れる。 オーガセリオ――ではない。 (――この人は……) 長い真紅の髪に金色の瞳を持つ、十代前半の少女。 初めて見る人間だ。それは間違いない――メモリの何処にもこの人間の情報 はない。が。 (――この顔は……どこかで……) Dセリオは、それ以上考える事は出来なかった。 少女が両手を突き出し、叫ぶ。 「……邪剣よ!」 濁流のような光熱波が、Dセリオに押し寄せ――呑み込んだ。 【午後一時四十五分 三年部校舎「アズエル」】 「……何……」 愕然、とするジン。 黒セリオに止めを刺すかに見えたDセリオが――撃墜されたのだ。 光条に薙ぎ倒されて。 「何だ……今のは……?」 「魔術……」 やはり呆然と、英二が呟く。 自身も魔術を行使できる英二には、Dセリオを墜とした攻撃が魔術によるも のである事はすぐに分かった。 そしてその事実は、もう一つの事実を指し示している。 「メイドロボが、魔術を使っただと? それでは……」 信じられない事だった。 だが、事実として、それは英二に突き付けられていた。 (マルティーナシリーズと同等の存在――!) 【午後一時四十八分 十三使徒本営】 「ご苦労だった。……良くやったな、皇華」 トレーラーから降り、ハイドラントは帰投した皇華を出迎えた。 出撃した時はオーガセリオであったが、今は皇華である。 強化人間壱型「皇華」と掃討戦用HMオーガセリオ。 彼女は自分の意志で、二つの形態のどちらにも変身することが出来た。皇華 の時には強化人間能力と魔術を、オーガセリオの時にはジェノサイドシステム 「羅喉」を使う事が出来る。 科学技術でも、魔道技術でも、このように奇怪な変身能力を付与する事は出 来ない。その二つを複合利用して初めて可能な業であった。 「ゆっくり休むがいい」 「はい……」 軽く頭を撫でてやると、少しくすぐったそうな表情を浮かべ、皇華は白皙の 顔を頷かせた。 トレーラーの中に入っていく彼女を見送ると、ハイドラントは使徒達を呼ん で命じた。 「Dセリオが落ちた地点に行き、回収して来い。 おそらく死んではいまい。機体中枢は生きている筈だ」 「はっ」 「それと、『羅喉』の残骸も、可能な限り拾って来い」 「了解!」 五人の使徒が走っていく。 ハイドラントはトレーラーの端に立つ弥生に振り返った。 「私は回収作業が終ったら、行く。ここは任せるが、いいな」 「どちらへ?」 「決まっているだろう」 親指で、背後を指し示す。 来栖川警備保障基地。 白い牙城は、天災と人災とに同時に見舞われながら、未だ健在であった。 「決着をつけに――な」 空を見上げる。 嵐はますます荒れ狂い、全てを吹き散らさんばかりに猛っていた。